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こんばんは、絵本作家のきゃっとえいぶるです。
今日はですね、あー私やっぱり忘れてたんだ、初心をっていうような話をしたいと思います。
今日もね、出版の話なんですけど、なんかね、うーん、あのー、まあ、
今ね、コミックエッセイを描けるんじゃないかっていう話があって、なんか、今絵を描いているんだけど、
私の絵がね、もともと結構単純な絵、単純な線の絵で、主に猫の絵を描いているっていう感じで、
猫か猫化した人しか描けないみたいな感じなんだけど、それじゃダメだって言われていて、
あの、もっと、あのー、猫だと、猫が主人公、今ね、あの病気の時の話を描いているんだけど、
猫化した人で描くと、なんか、それが不思議な世界の話っていう感じで、共感、共感にできないっていうふうに言われちゃって、
まあなんか、あのー、まあ多分編集者さんの中で、明確にこういう本っていうイメージが多分結構明確になって、
そこは結構、あのー、強く崩さないだろうなっていう感じなので、
まあ私が絵を合わせていくしかないのかなーと思っていて、
まあでも合わせていくしかないのかなーと言いつつ、合わせるだけの力量がなくて、
なんかこう、一生懸命今絵の練習をしているんだけど、なんかなかなか人を描くのって難しいなーと思っていて、
で、私の絵がね、その人筆描きみたいって言われていて、
で、なんかすごいこう、雑な感じが、雑というのがなかったかな、なんかそんなように見えるみたいな感じで言われて、
まあ確かに、まあラフな絵って言えばラフな絵ですよね。
で、なんか多分許さを求められていなくて、こう緻密で綺麗な絵っていうのを多分求められているのかなと思うんですけど、
なんかね、人筆描きみたいって言われて、人筆描きっていうのはもっと違うものなんじゃないかと思いつつ、
まあ仮に人筆描きだったとしても、人筆描きって何が悪いの?って思う気持ちもあったりするんだけど、
でもまあそういうものを求めてない以上は、やっぱりこっちが合わせていくしかないのかなーっていう気もしてね、
まあ練習をしているんだけど、なんかなかなかうまくいかないわけですよね。
なんか練習するって言っても何を練習したらいいのか、そもそもどういう絵だったら描けて、どういう絵を描くべきなのかみたいなのもわかんなくなっちゃって、
結局ね、私もいつも感覚で描いてるし、感覚だったり偶然だったりで描いているので、
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なんかこう正しい絵みたいなものはね、ちょっと描けないんですよねって、なんか描けないって決めつけちゃいけないと思ってて、
まだね、人を描く練習を始めたばっかりだから、まだ練習量とかも足りてないとは思うんだけどね、
なんかうまく描けないよーっていう悩みを持っているわけですよ。
なんかそれと同時にね、昨日もスタイフで配信したんだけど、
なんかその病気の話を描くっていうことで、私自身がもう病気の、なんていうのかな、
病気にすごい苦しんでた時期から、一旦今出している状態でポスト病気の状態っていう感じの動画を出たから、
なんか病気の話を描けるのかなーみたいな感じのことをね、昨日スタイフで配信したんですよね。
そしたらね、コメントでね、あの勝沼さんっていうね、出版スクールの先輩でもある方でね、
私の出版オーディションの時にもね、その前にもね、すごい応援してくださってすごいありがたいなと思っている
勝沼さんっていう方がいらっしゃるんですけど、その方がコメントをくださって、
私はポスト病気かもしれないけど、読んでいる人は今現在進行形で、病気で苦しんでいる人に届けるんじゃないですかっていうコメントをいただいたんですよね。
それを読んでね、私はなんかすごいハッとして、ああ確かにその通りだと思ったんですよね。
やっぱり自分の書きたいものとか、自分が伝えたいことみたいなことを、結構頭がいっぱいだったけど、
私が書く本、今少なくともね、将来どうなるかわかんないけど、今取り組もうとしている本っていうのはあくまで、
今病気で苦しんでいる人とかね、そういう人をメインとしてお届けする本になるから、
その人たちをもっと頭の中に思い描いて、その人たちにどう届けるかっていうことをね、
考えなきゃいけないんだなっていうね、初心に変えるというか、誰に届けるかっていうのをね、
なんかちょっと考えてなかったなっていう反響にすごい反省したんですよね。
だからなんかそう、私が届けたい相手、届けたい相手っていうか届ける、今回の本で届けるのは、
主に自分のような病気になって、子供を産むことができなくなってっていう、そういう人だなと思ったんですよね。
で、なんかね、そういうタイミングで面白いなって、面白いっていうか不思議だなって思うのは、
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なんかあの免許証のね、更新の葉書が来たんですよ。で、ちょうどね、あの前回の更新をした日の前日に、
私、あの家族会議でね、発狂するほど泣いたっていうことが起きたんですよね。
あの、なんかまあ私ね、最初乳がんになって、子宮帯がんになる前にというか、子宮帯がんがわかる前に一度ね、
あの、妊養成分をするかどうかっていう話が出たことがあったんですよ。
乳がんって、私多分ホルモン療法を10年やるコースになるだろうって、政権とかをしていてね、なんか、
あの事前に多分そうなるんじゃないかなって言われてて、で、まあその時点で42歳だったので、10年経ったらもう52歳じゃないですか。
で、もしかしたらね、あの、もしかしたら生理とか復帰する、復活する、一時的に戻ることはあるかもしれないけど、
でも、まあその時になってから多分出産というわけにはいかないから、なんかその、なんだろうな、なんか、
妊養成温存して、ね、それでどこかで休薬期間を1年間作って、そこで妊活をするみたいな、なんか不妊治療して、
子供が授かれば子供を産むっていうようなね、なんかそういう妊養成と温存しますかっていう話をね、
あの、生殖外来っていうところがあって、そこでしてたんですよね。
ね、その話はね、一人で聞きに行ったんだけど、それをね、あの家に帰ってね、あの両親にそういうことをしたいって言ったんですよね。
それでまあ家族で話し合ったんだけど、結局ね、私、あの、ガンだけじゃなくて他の病気を持っていて、ずーっともう20代ぐらいの時からずーっと薬を飲んでるんですね。
ね、それでその、でも、その薬を飲んでるって言っても、あの、なんだろう、もう症状はほぼ完壊してはいるんですよ。
で、なんだけど、あの、まあその薬を飲むのをやめると、ちょっとやっぱり調子悪くなってしまうんですよね。
たまに飲み忘れちゃう時とかあるんだけど、やっぱすごい調子悪くなっちゃって。
だから、あの、薬は多分一生飲まなきゃいけないだろうと思っていて、結局ね、なんか今まで、その私が40、その当時42になるまでに、その、結婚とか妊娠とかそういうことをね、なんかちょっと目を反らしてしまった理由って、そこら辺にも理由があって、
結局薬と問題があるから、私はいつ、いつ薬を飲めて、いつ子供をなんかこう産むんだろうっていうのは、なんかずーっと、なんかこう、自分の中で、なんか考えなきゃいけないけど目を反らし続けてしまった。
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まあなんか反らし続けてしまった結果、そんなことになるまで反らし続けちゃったっていう自分のね、まあ反省というか、あの、
いや、もっと早く若い時期にね、なんかそこら辺考えてね、なんとかすればよかった、まあなんとかならなかったかもしれないけどね、なんかそういうことがあって、で、まあでも結局ね、その、何だろう、
家族会議でやっぱり薬をやめて、体調が悪くなって、で、子供を産んだけど育てられないとか、その、なんか薬をやめることによって病気が悪化して、その、その赤ちゃんのメント見れないっていうような感じのことをね、なんかすごい母が心配してくれて、
で、結局ね、じゃあ、まあ無理なんだっていうのはね、わかったんですよね。で、わかったんだけど、もうそれがすごい辛すぎて、で、それでその場ね、もうほんと発狂するようなぐらいになりて、もう過呼吸になって、なんかっていうような感じのことがね、その免許を更新する前の日にそういうことがあったんですよね。
で、その後、次の日はね、あの、仕事休んで免許の更新に行ったんだけど、私、車の免許持ってるけど運転しないんですよね、ペーパードライバーで、で、それでその、まあ母にね、警察署まで送ってもらったんだけど、なんかその時にね、なんか、なんか母に、まあでもあなたが本当に頑張ってるよって言われてね、で、それをね、なんかね、なんかもう、なんていうのかな、なんかぼーっと聞きながら、
っていうか、もうなんか、私の人生だってもう終わりだみたいな感じのつもりがあってね、なんかすごい、そういうことがあったっていうのが、なんかすごい印象に残ってるんですよね。
で、それで、それ、それがその前の更新の時で、で、もう次の車の更新、免許の更新来るんだって思ったんだけど、その時にすごいその時のね、なんか思いみたいなものをすごいまざまざと思い出してね、ね、それからその間のね、5年間、まあ4年間になるのかな、有料ドライバーだから5年間なのかな、なんか、
まあ、その、がんから5年経っているわけですけど、なんか、あの、私本当に元気になったなって思うんですよね、で、なんか私、その、自分のがんがね、すごい軽かったっていうことで、あの、抗がん剤治療とかもしてないし、なんかそのことに対してね、なんか、その、なんだろうな、なんか、もっと大変な治療してる人に対してね、なんか、
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そういう人は世の中にたくさんいるので、で、なんかそういう人、私みたいな人が、なんか、なんだろう、私はがんの経験者です、みたいな感じでね、なんか、あく、なんかこう、話すことに対する抵抗みたいな、抵抗っていうか、話す資格あるのかな、みたいな、なんかそういうような思いもね、なんかあったりもするんですよ。
たくさん、たくさん、いろいろな抵抗があるし、あの、もっと辛い治療されなきゃいけないことを、方から見ると、ね、なんか、私なんかの話聞きたくないって、もしかしたら思われる方もいらっしゃるかもしれないけど、でも、その、私みたいに、その、まあ、妊幼性のことはね、残念ながら解決しないけど、でも、あの、その後ね、あの、5年間で、こんなに元気にアクティブに動けるようになるぐらい、
で、なんか私は今すごい自分の人生を楽しんでいるので、なんかそういうふうに人生を再び楽しめるようになる可能性もあるんですよっていうことをね、お伝えすることができるのであれば、それはそれでね、なんか、あのー、私が描く意味があるのかなーって思ったりとかしてね、まあでも、そう、でもね、イラストの問題がねー、ほんとにねー、なんか人描けないんですよねー。
いやー、どうしようって、まあ練習するしかないのかなー。
なんかね、私の描ける絵とその編集さんのイメージする絵がね、なんとかすり合わせられるようなところ、着地点を見つけられないかなーって思いながらね、絵の練習をしているんだけどね。
まあ、いずれにせよ、やっぱもっと絵を上手くならなきゃいけないっていうのはね、なんか確かだと思うので、その練習すること自体は別に嫌じゃないし、あと結構私、あのー、まあ私の絵本見てくださった方とかはお気づきになったかどうかわかんないんですけど、
私、まつげの長い猫っていう絵本と渦巻ぐるぐるっていう本と、あとその前にもね、あのー、雨は降るかしらっていう本を作ってるんですよね。で、その、まあそれ以外にもいろいろこう、自分で製本しただけとかね、なんか、あのー、一冊だけ作った絵本とかやると結構十何冊ってあるんだけど、その複数冊作って販売したことがある絵本っていうのは、
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その3冊なんですけど、その3冊ともね、あのー、結構絵のタッチも違うんですよね。まあでも全部猫なんだけど、あーでも猫化した人とか猫とかなんだけど、なんか、そういう風にね、なんか、あのー、なんか、なんだろうなー、なんか、その絵のタッチを変えることに関する抵抗っていうのは実はそれほどなかったりしていて、
その絵、その本、その作品、その作品で、こういうのが合うだろうという模索をした上で、絵を作ってるっていうところがあって、なのでその絵のタッチが、そのー、例えば今よく技師さんで描いているような猫の、猫の、そのー、なんだろう、あのー、猫化した人みたいな絵しか描けませんっていうわけでもないんだけど、でもやっぱね、人は描けない、人は描けないとか言っちゃうんだけど、
人描くのほんと苦手なんですよね。で、あと、そのー、なんだろうなー、なんか、自分の中で納得いかないと描けるようにならないんですよね。なんか、これ、こう、あっ、こういう風に描けばこれが描けるっていうのが、掴めると描けるようになるんだけど、それを使うまではね、結構時間かかるんですよね、毎回。
タッチの確率じゃないんだけど、でもなんかそれがね、もし人でも応用が効けば、なんかいつかな、あっ、これを私描けるって思うようになるのかなーって思うんだけど、でもさ、猫化した人、あとさ、さ、女の子、今描いてるんだけど、練習で、女の子まだよくて、私ね、男性の絵がほんとに描けないんですよね。
だからどうしようって、ほんとどうしようどうしようって思いながらね、今日もね、なんか練習しましたけどね、うーんっていう感じなんだけどね。
今でもその、今ね、私が伝えたいことっていうのを、伝えたいこと、伝えるべき相手っていうのはこういう人なんだなーっていうのをね、なんか、あのコメントをいただいたことでね、なんか、なんかすごいなんかハッとしましたっていう感じでね。
まあ初心に帰って、伝えたい人に向けて伝えるっていうことをね、やっていけたらいいなーと思ってます。
おお、なんか17分も喋ってしまった。
なんか、最後までお聞きくださってありがとうございます。
生きてるといろんなことありますよね。でも大丈夫なんです。今生きている。それだけで今までの自分は大正解。
今日も明日も明後日も、ぜひ楽しく飲み飲み行きましょう。
それではまた次の配信で。またねー。