00:00
はい、始まりました。care-radioです。ということで、今日はゲストの方に来ていただいております。
寺戸慎也です。お願いします。
はい、人文系施設創造課のルチャリブロの青木真兵です。お願いします。
寺戸慎也です。よろしくお願いします。
care-radioは頑張るぞ、この夜。
そういう感じじゃないですよね。
確かに。
care-radioってね。
はい、頑張るぞではないですね、たぶん。
できるだけ頑張らないでいいよっていう。
そうですね。
いや、それも極端かもしれない。
そうですね。
どっちかっていうと、結構ね、社会のことを語っていくみたいな。
そうですよね。
はい、感じ。
そうです。
やらせていただいておりますが。
やらせていただいてます。
やらせてというか、やっていただいていましたけど、
ちょっとそれも違うんじゃないかなみたいなね、ことを
前々月ぐらいに僕は、東京は武蔵小山の居酒屋で聞いた気もするぞっていう
そういう話もしていきたいですね、今日は。
そうですね、ちょっと転校したっていう話があるので。
転校生だっていうことですね。
転校生です。
はい。
転校生。
はい。
始終を前にした転校生なんですけど。
ね、わからない人に言っておくと、学校が変わったっていうことではなくて、
思想心情がね。
そうですね。
転校したって、まあ転校って言うとね、武装というかね、右翼の人が
左翼になったりみたいな時に転校という言葉を使いますけど。
はい。
そこまで大きくね、左から右に触れたということではないかもしれないけど、
ちょっとその辺の話もしていきたいなというふうに。
そうですね、その辺も多分話していくでしょうということで。
はい。
今日は趣旨としては振り返りをしようということで。
そうでした。
11月の16日、日曜日ですね。
だから1ヶ月前になるんですけど。
ね、早いですね。
早いもんで。
えっと、栃木県宇都宮市にあるキチヒルネさんですね。
そうだ。
で、トークイベントをさせていただいたということで、
その振り返りをしていけたらと思うんですけど。
そうですね。
その模様はオムラジでもうすでに配信していて、
ちょっとね、聞きにくいというか臨場感ある感じにはなってるんですけど。
そうですよね。
子どもたちが来てたりいろいろあったんで、
声も入ってるかもしれないですけど。
03:00
そうですね。
ぜひ聞いていただけたらなと思ってます。
青木さん覚えてますか?
11月16日のことを。
11月16日のことも覚えてる部分はあるんですけど、
11月15日のその前日。
前日。
前日からね。
さっきお知らせと言ってた、
武蔵小山でね、僕と寺野さんと阿部るくみさんと3人で、
居酒屋さんというか、
居酒屋さんよりちょっといい雰囲気のね、
何でしたっけ?
なんかでっかいマグロの。
マグロの。
なんかありましたね。
中落ち的な感じですよね、確か。
そうそう。
それでなんか、
あれ何て言うんですか?
キベラみたいなので、
そうそうそう。
細いでみたいな。
細いでですね、そうそうそう。
細いでそれを食べるみたいな。
食べるっていう。
初めてしましたね。
そうですね、アバラみたいなとこからこう。
そうそう。
美味しかったですけど。
美味しかったですけど。
で、そこでなんかみんなでご飯食べたっていうところだったり、
なんかその時に、
まあ、何でしょうね。
居場所とは何かっていう、
なんかそういう固いテーマの話ではなかったけど、
でもなんか、
たまにそのテーマもかすめるような。
はい。
そんなお話が、
うんうんうん。
なんかね、すごくいいっていうのかな。
何でしょうね。
なんか別に話が深まったわけではないんだけど。
確かに。
何ですかね、あの空間は。
そうです、なんか僕も不思議な感覚で割とお話してた気がしますね。
なんか割と自分のことも話した記憶があって。
確かに。
うん。
なんていうか、まあどっちか男性性みたいな。
そうだそうだ。
話を結構した気があって。
で、なんかもう自分がここまでこう頑張ってきたのって何だろうみたいなのを振り返った時に、
割とそういう男性性的なものが結構影響してるんじゃないかみたいな話をさせてもらって。
僕はなんかその多動性で片付けてたんですけど、ずっと。
この自分が外に行っちゃうとか働きすぎちゃうみたいなのも。
まあでもそれが、実は男性性というか何か成し遂げないといけないとか、
自分が他者とちょっと違う存在にならないといけないみたいなものが、
結構あったなあっていう話をなんかした気がしますね。
06:00
そうでしたね。
はい。
そうでしたそうでした。
なんかお互いに自分のことを見つめ直したというか。
そんな話をしましたね。
なんかアビルさんはね、まあやっぱりその大学の教員としてユースワークであったりね、
そういう福祉的なこととかっていうのを教えたりとかしてるんだけど、
実際に現場にいらっしゃる支援員の方とか、
そういう人たちはすごく発球であって、
自分は大学の教員で現場にも行ってないのに、
すごくお給料とか、お給料だけじゃないんだけど、
恵まれすぎてんじゃないかみたいなところにちょっと葛藤もあってみたいな話とかね。
ああそうでしたね。
サバイバーズ・ギルト的な話でしたね。
そういうのもあったし、
今言ってたように、
男性としてなんか何かを、
社会的な価値みたいなのを得なければならないみたいなのが、
やっぱりどこかであって、
それが特性であったりとか、自分の体の強さ弱さっていう部分だけで、
そういう一種のジェンダー規範みたいなところも影響してたんだってことに、
最近気づいたみたいな話をね。
僕自身もそうなんですけど。
僕は自分のというよりも、
僕が幼少期、
シングルマザーだったみたいなことの影響の大きさみたいなのを、
最近考えてっていう話とかね。
自分たちの話にしましたね、そういえばね。
そうですね、結構深いっていうか内面の話とか、
それがどこから来たのかみたいな話を。
そうですよね。
割となんかそういう話することないなぁと思って。
確かに、だってしかもほぼほぼ、
みんな初対面的なね。
確かに、アビルさんと僕リアルだと2回目とかだったんで。
僕も多分そうだと思う。
この前のミノーのところでね。
JYCフォーラム。
そうそう、JYCフォーラムのところで初めてお会いして、
そこからオンラインでは1回お話し、1回2回かお話ししたけど、
リアルで会うのは2回目とかだったかな。
09:00
そんななんか割とディープな話になって。
確かに。
5時間ぐらいね。
そうでした。
2件目行って。
2件目行ってなんかでかいパフェ。
でかいパフェ食べて。
3人で。
なんかだからね、なんでしょうね。
ああいう、でもちょっとなんていうの、
その、合宿感があったかなって気はしますね。
確かに確かに。
こう宿泊するからこその、なんかちょっと内面が出てくるみたいな。
そうそう。
だしね、やっぱりなんですか、
オンライン会議とかって、
県庁ですけど、
やっぱりね、アジェンダがあってとか、
この議題を片付けなきゃいけないから1時間でとかってね、
逆算する話ではなかったなっていう。
確かに。
とつとつとなんかね、誰かが喋り出したことに応答していくみたいな。
そうそう。
割と僕がなんか喋り出したのかもしれないですね、
そういう内面的な話というか。
なんかこう多分応答する形でいろいろ喋ってくださって。
確かに確かに。
ような気もしますけど。
ねえ。
その缶、マグロをね。
そうですね。
たまにこうこそいで。
こそいで。
はい。
あの店良かったですよね、でも。
いや、めちゃくちゃ良くて。
なんかおいで、店員のね、お兄さんというかおじさんというか、
結局あの方僕と多分同い年で。
そうですそうです、アオキさんと同い年で。
ねえ、えーとかつって言ってて、
なんかしないけどスト2、ストリートファイター2、
昔流行ってましたよねみたいな話をして。
そうなんですよ。
それでめちゃくちゃ盛り上がるっていうか。
盛り上がったね。
うん、なんか何使ってそうみたいな話を。
そうそう、キャラクターをね。
はい。
じゃあなんだっけ、ベガだって言われて。
アオキさんベガ使ってそうって言われて。
なんかちょっとずるいやつみたいな。
はい、なんか、
そうそう、
やっぱ80年代生まれっていうか、
90年代を育ってきた我々はやっぱゲームが。
そうそう。
そうなんですよね。
なんか誰かとアオキさんが喋ってて、
あ、UNOさんかな。
ああ、はいはい。
喋っててその、
情報、得てる情報が全部ゲームからだみたいな話されてて、
あれめっちゃおもろかったですよね。
そうそう、あの、
当時のその国際情勢を、
国際情勢っていうか、
その国際、国際的な情報を、
もうすべてそのストリートファイター2から得ていたっていう、
だから、
いや、あれはおもろいです。
そうそう、もう、
中国のイメージはもう、
チュンリーのステージの、
12:01
そうですね、ステージのね。
あの背景。
キャリガー背景ワーって走ってるとか。
そうそうそうそう。
あれとかね、
えー、なんですか、
ヨガはもう完全にね、
あの、手足が伸びるだろうっていうこととかね。
ね。
そうそう、火吹くだろうって。
火吹いたりね、テレポートしたり。
いや、ほんまにそうだなと思って。
僕とか、特に、
なんていうんですか、
大学とかも言ったら、
工学系で、
全然海外に目が向いてなかったんで、
よりそういうなんかステレオタイプなイメージしか持ってなかったなーと。
どんなステレオタイプやねんっていう。
ステレオタイプなのかどうかも分かんないです。
確かに確かに。
火吹いてるとかね、偏見に近いですよね。
偏見に近いですね。
偏見でしかないんですけど。
その偏見を生んでる、
ですね、
その原因というかね、
大元がもうすぐ分かってるっていうね。
そうですね。
ストリートファイター2だったり、
もしくはね、
キングオブファイターとかね。
そうですね。
ファイナルファイトとかね。
ファイナルファイターとか。
なんでしたよ。
っていう話はね、知ってましたね。
僕と大学の時の、
友人のね、
UNO君っていうの。
UNOさんとされてるシリーズで。
でもなんか嬉しかったですけどね。
80年代ってやっぱりこう、
繋がれるものがまだあった時代っていうか。
みんなゲームしてたし。
ね。
ゲーム機なくても、
友達の家ってあったりとか、
そういうのがあった時代なんで。
だってソフトだけ買って、
で、そのハードがないと、
遊べないのに。
だから自分ちでは遊べないと。
ありました、ありました。
で、友達の家に行って、
遊ばせてもらうみたいなね。
ありましたね。
ソフトに名前書いたりしてましたもん、だから。
そうそう、マジックでね。
マジックで書いて。
そうなんですよね。
してましたよ。
だから、
そういう意味ではやっぱり僕は、
あれは、
オンライン対戦っていうのが出てきて、
やっぱり決定的に、
そこは断絶というかですね。
確かに。
会わなくてもできるっていう。
いや、そうですね。
この会わなくてもできるっていうことの、
自由と、
その交際ですよね。
そこが、
実は僕が後々話したいことがすごい、
繋がってて、
またちょっと話したらと思うんですけど。
もうでも、
戻ってくるか分かんないから、
もういいですよ。
なんか、
一旦昼寝さんの方、
一旦。
そっかそっか。
ごめんなさい。
そうだった。
一旦行きましょう。
はい、すみません。
その翌日にね。
そうですそうです。
その翌日に、
16日ですね。
僕は、
15:00
どこに泊まったんだろう。
武蔵境に泊まってて、
中央線の。
で、
昔住んでた国たちに、
朝一瞬立ち寄って、
なんか懐かしいなとか思いながら、
写真をパシパシ撮ったりして、
で、
東京駅から合流させてもらって、
津波屋に向かい、
っていう感じでしたね。
そうでした。
新幹線にね。
はい。
えっと、
ん?
東北新幹線かな。
ですよね。
たぶん。
なんか名前忘れちゃいましたけど、
翼みたいな。
そうそう翼高、
早草高みたいなね。
みたいなのに乗り。
もうでも、
ん?
まあ、
喋ってたらもう一瞬で、
あ、そうですね。
着いちゃって。
50分ぐらいしかかかんなくて、
意外と東京から近くて。
近くてね。
はい。
そうでした。
で、
池田さんに迎えに来ていただいて、
そうだね。
池田さんとは、
だからその前に、
池田さんと、
そうです。
藤田君が、
はい。
ね、
寺宇さんの職場に遊びに行ってたから、
そうなんですよ。
初対面じゃなかったんですよね。
そう、
2回目で、
だからリアルが。
ね。
すごい助かりました、
本当に。
初対面だと結構緊張し、
お互い多分緊張しちゃってたと思うんで、
それはそうだ。
はい、
そういうのなく、
この前はどう思う?
みたいな感じだったんで、
確かに。
すごい良かったんですけど、
僕にとっては。
そうでした。
宇都宮はでもどうでしたか?
宇都宮は、
あ、でもなんか、
どっかで見たことある町っていう気がして、
うん。
僕も、
あの、
さっき武蔵境の話をしたんですけど、
はいはい。
なんか、
多摩地区にずっと長いこと住んでたんですけど、
そこに近いような雰囲気もあるっていうか、
うん。
郊外感っていうか、
ああ、
郊外の都市という。
都市みたいな、
うんうん。
感じで、
ちょっと騎士感がありながら、
こう車乗ってたみたいな感じですね。
うんうん。
まあでも、
うん。
なんだろう、
まあ似たような、
あの、
あれなんじゃないですか?
その都市計画というかね。
ああ、
そうかもしれないですね。
で、
特にJR東日本の、
ああ。
あの、
駅前っていうんですかね。
うんうん。
はもう、
特に一緒なんで。
ああ、
その騎士感かもしれないですね。
ああ。
こう、
駅の周りの、
確かに。
そうなんですよ。
特に、
やっぱり、
あの、
大宮とか、
埼玉でいうと大宮とかって、
はいはいはいはい。
あの、
ホーム、
ホームじゃないか、
改札出ると、
とりあえず2階になっていて、
うーん。
で、
1階に降りていくと、
車のロータリーがあって、
うんうんうん。
確かに確かに。
ほんとね、
一緒なんですよ。
あ、似てますね。
確かに確かに。
うん。
なんかそれで、
こう、
初めて感あんまりなかったんですけど、
うんうん。
北関東自体ほんと初めてだったんで、
確かに。
そうか。
はい。
そうっすよね。
うん。
18:00
でもなんか、
行けてよかったなというか、
うんうん。
うん。
なじみある土地の一つになったんで、
よかったですけどね。
よかったよかった。
それで、
あれですよね、
えー、
ヒルネさんでトークイベント。
トークイベント。
あ、
ヒルネさん自体の
あれはどうでしたか?
あ、
いや、
なんかめちゃくちゃよかったですね。
うんうん。
うん。
その、
吉ヒルネの方もよかったですし、
こう、
門司でしたっけ?
あ、
門司焼きでね。
門司焼きみたいなやつ。
うんうん。
うん。
門司予約台があった。
そうそう、
鉄板があってね。
うん。
あったり、
駄菓子が置いてたりみたいなんで。
そうなんですよ。
あの、
ヒルネさんは元々、
しょしヒルネって本屋さんとして、
はい。
スタートして、
うん。
で、
その時に多分行ったんじゃないかな、
僕が。
あ、
そうなんですね。
そうなんですよ。
で、
まだ、
なんていうか、
吉の方がなかったの?
あ、
全然全然。
えー。
全然なんか、
そうなんですね。
そうそう、
全然なくて本屋さんで、
はいはいはい。
トークイベントさせてもらって、
うん。
そうしたら駄菓子屋を作ったとか、
うんうん。
で、
もう一個なんか、
あの、
場所を作るんだ、
みたいなことを言ってて、
うん。
で、
それが吉ヒルネになり、
はいはい。
で、
えー、
ここユースセンターにするんだとか、
うん。
って言うんでね、
あの、
なんて言うんですか、
刻々とやっぱ変わっているので、
うん。
はいはいはい。
なんかそれがすごく楽しい。
で、
うん。
その変わって、
うん。
変わってるのも、
なんて言うんですか、
その池田さんと藤田くんがやりたいことを、
着々と実現してるという、
うん。
まあそういう側面もあるんですけど、
うん。
なんかね、
うん。
ヒルネを取り巻く人が、
あー。
やっぱりいろんな人が取り巻いてて、
そこがね、
刻々と変わってるっていうか、
うん。
関係がね、
はいはいはい。
面白いですね。
そうなんですよ。
うん。
それはね、
うん。
すごく、
なんて言うんでしょうね、
まあ、
なんか、
ある意味自然というか、
うんうんうん。
あー。
うん。
確かに。
そうなの。
あの、
5カ年計画を着々と、
あの、
遂行してるみたいなイメージじゃなくて、
うんうんうんうん。
そう。
あー。
いや、
だからなんか、
変な意味で、
ユースセンターぽくなくていいなと思ったんですよね。
ああ、
そうなんだ。
うん。
なんか、
ユースセンターって名乗るのもったいないんじゃないぐらいの、
あ。
へー。
感じがしたっていうか、
僕的には。
ほうほう。
うん。
それは、
どういうことですか?
いや、
なんかその、
うん。
今、
かゆきさんがおっしゃったみたいな、
こう、
有機的につながっていくみたいな、
うんうん。
感じが、
その、
僕は先に話したかったって言ってた、
ちょっと今考えてることにつながってて、
うんうん。
なんかイタリアにすごい興味があって、
おお、
はいはい。
うん。
なんかあの、
坂本さんとかもそうですよね。
あ、
イタリアの、
そうそう。
あの、
私。
師匠というか。
21:00
陽介さん。
ああ、はい。
っていうね、
あの、
プロジェッティスタという。
あ、
プロジェッティスタですね。
そうそうそう。
はいはい。
で、
なんかその、
この前、
松島武さんっていう、
うんうん。
今広島大にいらっしゃる、
文化人類学者の方で、
その方イタリアの本を書いていて、
うんうん。
で、
その方、
たまたまお会いすることができて、
まあ、
トークイベントだったんですけど、
で、
そのテリトリオっていう考えが、
イタリアにあるんだって言ってて、
まあ、
なんか、
日本語にすると地元っていう、
まあ、
雰囲気の言葉なんですけど、
なんか本当にこう、
そこに住まう人が、
なんか、
生態系っていうか、
生命圏、
一つの生命圏であって、
うん。
あの、
そこは移住者も関係なく、
うん。
先住民も関係なく、
うん。
なんかそこに住まう人全てがこう、
うん。
うまく循環していく、
うん。
ように考えるみたいな、
話をお聞きして、
うん。
なんかすごいいいなというか、
なんか、
それを思ってて、
なんとかその、
イタリアの仕組みじゃないですけど、
なんかそういう概念みたいなのを、
なんか日本っぽくアレンジして、
取り入れられないかな、
みたいなちょっと考えてて、
うん。
なんかすごいヒルネはそういう意味で、
テリトリオっぽいっていうか、
おー。
うん。
地域の方と連動しながらなんかこう、
徐々に徐々になんか、
パーツっていうか、
っていうよりかは、
なんか腕が生えてきたみたいな感じっていうか、
それがすごい、
いいなーっていうか、
ユースセンターってなんかやっぱり、
西洋のものっていう感じがしててすごい、
うん。
うん。
まぁ、
イタリアも西洋なのかもしれないですけど、
ちょっとその辺の分け方は分かんないんですけど、
なんか、
あんまり馴染まんなっていう感じがして感覚的に、
うん。
なんか北欧とか、
うん。
ですよね。
こういうセンターができるとすごいよくなるんだっていう、
イメージもあんまり湧いてないっていうか、
うーん。
うん。
へー。
なのですごい、
面白い。
ヒルネさんいいなーって思ったっていうか、
感じですね。
うん。
少しヒルネになんか階段ができてたんですよね。
あ、そうそう。
なんか2階建て…。
2階に上がる階段が。
だからまぁ、分かんないよね。
その藤田くんに、
これどうなんのって聞いたら、
もしかして教えてくれるのかもしれない。
その計画をね。
あー、なんかないかもしれないですよね。
なんかないんだろうけど、
なんか、なんでしょうね。
で、ただやっぱり本屋っていうのは非常に儲からないわけですよ。
儲からないっていうね。
で、あのー、
なんでしょう、1冊売っていくら?みたいな。
うんうんうん。
だって、1冊売るためには1冊仕入れないといけないっていうことなんですよ。
うん。
で、なんかそのー、
材料買ってきて、
で、ちょっと水とかでね、
24:00
傘増して、
とかってことはできないわけですよね。
なので、
一言で言うと、
儲からないっていうことなんですよね。
株とかっていう、
金融商品よりは、
少なくとも。
で、儲からないわけじゃないですか。
で、その次に作ったのが駄菓子屋っていうね。
儲ける気がないっていうことで、
その次がだから、
もんじゃ焼きとかでしょ?
そうですよね。
まあ、もんじゃ焼きは、
辛うじて水で溶くから、
確かに。
傘増しはできそうだけどね。
傘増しはできそうだけど、
すごいね、ビビたるものじゃない?と思ってて。
だからといって。
そういう感じなんで。
はいはいはい。
やっぱりなんでしょうね。
普通に計画立てたらそうはならないっていうところは、
やっぱり感じるんですよね。
なんかそれもすごい良くって。
うん。
で、やっぱりなんかこう、
生き物っぽい感じがして、
昼寝のお二人がっていうか、
割と二人のコントラストすごい、
なんか好きで。
うんうん。
池田さんってほんと真面目で、
そうっすね。
こうね、実直な印象を与えてくださる方で、
台湾にライブ行ったり、
ちょっとなんかぶっ飛んだ面も、
確かに。
持ってそうっていうか、
でもなんか藤田くんは、
ちょっとやんちゃ坊主っていうか、
うんうんうん。
なんかすごい人好きがするっていうか、
なんか人を惹きつけるものは、
お二人ともまああるんですけど、
なんか甘え上手な感じっていうか、
うんうん。
確かに。
でもなんか千書とか見てると、
すごい面白い本ばっかりで、
なんかこの二人が揃ってることが、
すごい面白いなっていうか、
ねえ。
どう出会ったんだろうみたいな、
ちょっとまた聞いてみたいですけど。
うんうん。
だからまあ、そうそう僕も、
え、もう4回目、
4回目が言ってんですよ。
4回目とおっしゃってましたね。
そっかそっか4回目ですね。
なんか面白い。
ねえ。
でまあ宇都宮、
でなんかやっぱり宇都宮って街も、
実はなんか面白いっていうか、
そのまあ、
その時のテーマの一つにもなりましたけど、
謎が多いっていうか、
謎が多い。
なんでこうなってんの?みたいな。
まあヒルネ自体もね、
さっき言ったように、
その経営を安定したかったら、
そのなんて言うんだこれ、
あらりっていうんですか、
そういうね、あの利益率が高いものを扱おう、
なるはずなんですけど、
そうならないっていうこの謎が、
謎ですね。
あるわけですよね。
うん。
でもやっぱり、
なんでしょうね、
27:01
なんかその、
今ってカーナビをはじめですね、
うん。
その、もうなんて言うんですか、
あの近道を、
みんな、
みんな教えてくれるわけですけど、
でその近道、
うん。
を、まあ、
案内してくれたときに、
いや近いかもしれないけど、
この道ちょっとなんか、
気持ち悪くて行きたくないなとか、
そのなんかちょっと、
腑に落ちないんだよなみたいな、
そういうことを考えられる時間とか、
なんか、
そのつまり、
あえて遠回りをする選択肢っていうのがすごく、
なんかなくなってて、
そっちを選ぶってこと自体がなんか、
なんて言うんですか、
されちゃうような、
ああ、そうですね。
気がしてる中で、
やっぱりだからその経済合理性に、
あの、
まあ、反したことをすると、
うん。
で別にそれは経済合理性に反している、
反することが多分目的なのではなくて、
うんうん。
自分たちの感覚に従うってことがやっぱり、
うん。
大事なんだろうなっていう気は、
うん。
しますね。
そうなんですよね。
なんか、
そのユースセンターをたくさん作っていこうみたいな、
うん。
割とこう、ヒルネさんの記事みたいなのが、
あの、ヤフーニュースとか、
新聞にもなんかね、
取り上げられてて、
うん。
その僕らの界隈もちょっと反応してたりするんですけど、
うん。
宇都宮にもユースセンターができたんだみたいな、
なんか、
それでいいのかなみたいな、
ユースセンターがたくさんできるっていうことを
喜んでいいのかなみたいなちょっと、
割と僕は、
なんていうか遠まきに見てるっていうか、
なんか、それでいいんだっけみたいな、
ことはすごい思ったので、
でもなんか不便液っていうのがすごい、
キーワードであって、
うん。
イタリアもそうなんですけど、
なんかイタリアの人は、
えっと、なんか壊れ者の哲学っていう、
その松島さんが書かれてたんですけど、
うん。
壊れたらなんかもう閉めたもんだみたいな感じで、
うん。
修理できるわけじゃないですか、車とか壊れると。
その瞬間にすごいなんていうか、
こう実感を持てるっていうか、
自分でコントロールしてる感じっていうか、
うん。
もうそれを壊れ者の哲学みたいな感じで
書かれてたんですけど、
だから不便液があることでなんか、
こう世界と関わる理由ができるんだみたいな、
うんうん。
発想で、
それをまさにこう、
おかしであり、
初詩昼寝でありっていう感じがして、
駄菓子屋でありみたいな、
そういうあり方を通っているユースセンターって、
多分今ないと思うんで、
うん。
うん。
なんか子供に居場所を、みたいな感じなので、
30:04
うん。
まあそれも確かに大事なんですけど、
根本原因を叩くことにならないんじゃないかっていうか。
うん。
確かにね。
いや、あの、
そのイタリアね、
松島さんの本は僕も持ってるけど、
うん。
で、めちゃくちゃ読みたいのだが、
まだ読めていないという状態ではあるんですけど、
そのテリトリオの議論とかっていうのも、
ちょっと僕も分からないんですけど、
うん。
ただまあ、僕自身は、
古代地中海の歴史を研究してたりして、
だからその、
あのさっき寺尾さんが、
まあ西洋と、
イタリアってもしかしたら違うんじゃないかっていう話があったと思うんですけど、
うん。
まあいわゆる西洋って言われてるものっていうのは、
うん。
国民国家として、
うん。
特に近代においてすごく、
うん。
まあ強かった国々のことを、
まあ日本は明治時代に入って、
うん。
追いかけていったわけです。
それってイギリス、ドイツ、フランス、
そうですよね。
なわけですよね。
うんうんうん。
で、まあそこから、
あともっと近代国家っていうと、
フロイセンであったり、
スウェーデンであったり向こうの、
北の方に行くわけですけど、
やっぱり、で、
で、地中海っていうのがどういう文脈で出てくるかというと、
やっぱり、
そういうその西洋っていう、
まあ近代ですよね。
その成長する、で、あと工業ベースであるっていう。
うんうんうん。
で、やっぱり地中海ってそうじゃなくって、
すごく人と人が生き返っていて、
うん。
あの、まあ工業ベースではないっていうことなんですよね。
うんうんうん。
人がどう、まあ人と関係しながら生きていくかっていう中で、
うん。
で、まあヨーロッパと、
アジアと、
アフリカの、
まあ三大陸が接する、
宇宙味であるっていうのが、
ポイントで、
で、まあヨーロッパの中だと、
まあ一番地中海性が高いっていうのが、
まあ僕はイタリアだと思って、
ああ、なるほど。
いるんですよね。
うんうんうん。
で、その時にやっぱり、
なんか常々思うのは、
まあ僕もイタリア人の人と一緒に発掘調査とかして、
うん。
で、それですごく、なんていうのかな、
あの、あ、やっぱり生きるってこうだよな、
みたいな風に、
うん。
思ったところがあって、
やっぱりその、
人が人として生きるっていうことに、
うん。
なんかすごく、なんていうんですか、
まあ情熱を注いでるというか、
うんうんうん。
なんかまあ、ある種の常識?
うん。
なんだよね、だからその、
一生懸命働いたり、一生懸命お金稼いだりして、
でもそれって人として、
うんうんうん。
33:00
生きれないんだったら、
それって何の意味があるの?みたいな。
うんうんうん。
それ、ねえ、
それっておかしくない?みたいなことが、
言えちゃう人たち、
うんうんうん。
なわけですよね。
うん。
で、やっぱりこれが、だからその、
一番大きいのって、人間感だと思うんですよね。
ああ、そうですね。
ユースセンターと呼ぶか、もしくは居場所と呼ぶか、
サードプレイスと呼ぶかとかって、
うん。
なんかその、呼び方の話じゃなくって、
うんうんうん。
やっぱりその、人、人間がどう生きるかっていう、
そうですよね。
うん。そこの話を抜きにして、
うんうんうん。
なんか、何と呼ぶかとかね、その、
どこをえっと、理想とするかみたいな話しても、
しょうがないよねっていうのは、
うんうんうん。
思うとこですよね。
いやあ、なんか今の話はめっちゃ面白いですね。
たぶんそういう、
ヨーロッパをなんかやっぱり、
一括りに見て、
うん。
あんまり分かってない部分があるから、
そういう話聞いてすごい面白かったんですけど、
確かに人間感ですね。
なんかそれがやっぱりすごい合わなくて、
うんうん。
あの、僕はというか、
ずーっと違和感があるっていうか、
うん。
22歳でこう、システムエンジニアになって、
ものすごい違和感で、
こう、
なんか実感がないんですよ、全然。
生きてる実感がなくて、
うん。
何かを自分でコントロールしてる実感もないし、
なんかそういうのずーっと根っこにあって、
今も続いてるっていう感じがして、
うん。
で、今日そのアオキさんと話したかったのは、
話したかったっていうか、
うんうん。
こうなんか、よそ者感がずっとないですかっていう、
おお。
こう、自分自身が、
はいはい。
なんかよそ者であるみたいな感覚、
あの、僕は結構あって、
やろうとしてたんですけど、
最近はもうなんか、
ちょっとよそ者であることをもうちょっと、
なんか自覚して、
うん。
よそ者の役割を担っていくほうが、
ちょっと面白いのかなっていうのは、
おお。
ちょっと思ってて、
よそ者。
うん。
なんていうか、それもちょっと僕は、
文化人類学にかぶれてきたっていうのもあるんですけど、
あ、文化人類学的な用語なわけ?
いや、えっとね、
文化人の言葉なんですけど、
こう、コミュニタスと、
あ、ちょっと忘れたな。
要はそのよそ者的な言葉があるんですよ。
はいはい。
そのコミュニティには普段属してない、
うん。
外の人間みたいな。
で、その人が、あ、リミナリティです。
ほうほう。
そういう人のことをリミナリティとか、
えっと、要はこのコミュニティの生員ではないみたいな。
まあ、子供とかもそうみたいな。
リミナリティって呼んでて、
36:00
で、そういう存在がすごい、
えっと、神聖化されてるし、
大事だみたいな。
うんうん。
で、お祭りの時はそういう、
まあ、そういう人たちがこうバーって入り乱れて、
で、普段の近郊と違う近郊がもたらされるみたいな。
で、それをコミュニタスって呼ぶみたいなんですけど、
なんかそういうことが今の社会にも必要なんじゃないかな、
みたいな。
だから、
なんか、こうしないといけないんだ、
みたいなっていうよりかは、
その、ちょっとかき乱す存在っていうか、
外から。
いや、こうじゃないですか、みたいな。
なんかいう存在として、
自分を認知できると、
結構、心が穏やかになるんじゃないかって思って。
ああ、あっと。
逆に。
自分の心がってこと?
いや、自分の心が。
なんか、適応しようというか、
ばっかりしてたんですけど、
ああ。
そうじゃなくて、
ちょっとなんか、
よそから違う意見を言うとか。
ああ。
意外ですね。
なんか、適応しようと思ってたんだっていうのが、
意外。
そうなんですよ。
意外と。
意外とね。
2年ぐらいは、でもずっと、
そっち側に行こうっていうか。
そうか、だから、
ねえ、適応しようと思って頑張ってるのに、
なんでみんな認めてくれないんだ、
そうですね、多分。
やさぐれてたのは。
なんとか入ろうとした、
入って中を変えようとしてたっていうか。
ああ。
おお。
それが多分、全くねえ、
そんな力はあるわけじゃないんで。
うーん。
まあ、ねえ、力がある人であっても、
やっぱり、
他者を変えるってことは、
うん。
あんまり、なんていうんですか、
しないほうがいいっていうのが、
変わりましたね。
無理だってなって。
そうそう、やっぱり、
あれですよね、自分が変わることによって、
変わることで、
その変わることを、
なんていうんですか、みんなに開くというか。
ああ、確かに確かに。
それで、
あ、なんか、開いた、
なんていうんですか、
あ、なんかいい感じになってるなっていうのを、
周りの人が見てくれて、
で、周りの人が自分から、
あの、
あ、ちょっと開いていきたいなというふうに、
思ってもらうってことしか、
なんか僕は、
その、ないんじゃないかなっていう気は、
うーん。
してて、だからそういう意味で言うと、
今の、
コミュニタスと、
リミナリティって言うんですか。
リミナリティって言うんですね。
僕もちょっとその分け方わかんないですけど、
まあ、あの、折口忍なんかが言うね、
丸人とかっていうのも。
ああ。
そうかと思いますけど、
ね、その共同体の外からやってくる、
人々がいて、
で、
まあ、それを、
神聖神するっていうことですよね。
39:01
丸人でもあるし、
ある種、虎さん的でもあるし、
ああ、そうですね。
芸能集団でもあるし、
やっぱりその、外側の、
原理っていうのを持ち込む、
人間がいて、
で、そういうふうに、
なんて言うんですか、
中と外を行ったり来たりするっていう人を、
まあ、トリックスターとも、
呼ぶわけですよね。
うんうん。
で、
だからまあ、そういう、なんて言うんですか、
ある種、トリックスター的存在、
うん。
なんじゃないですかね。
で、そのトリックスター的存在の人って、
やっぱりどうしても、
なんて言うんですかね、
その共同体の、
縁というかね、
縁が見えちゃう。
だからその、
共同体がどういう原理で回ってるのかっていうのが、
見えてしまうと、
どうしても、
共同体の中だけにいるっていうことが、
できづらくなってくるわけですよね。
だから、中と外を行ったり来たり、
まあ、
することになると。
で、
そう言われてみると、
僕はこの2025年ですね、
えっと、
なんですか、正式にというか、
組織を離れてですね、
フリーランスになったんですけど、
そうしたら非常に、
なんて言うんですかね、
あの、
しっくりくると、
いうことになりまして、
うん。
まあ、それも同じようなことかもしれないですよね。
僕も、
一つの組織、でも僕は中で、
社会保険がどうとかっていうことで、
一つの組織にいなきゃいけないんだ、
というふうに思い込んでいたところはあって、
で、
その組織をどうにかしようって思うと、
テラルさんのように、
なんかまあ、しんどくなるという。
だから、
そこが出ちゃって、
でも別に、
一人でやっていきたいわけじゃないんで、
はいはい、そうですね。
だから、いろんな組織と関わるっていうふうにしたら、
非常に、
なんていうか、
心身と穏やかに、
あの、
暮らせていると。
経済的にはいろいろ大変だったりも、
うんうん。
するけど、
でもまあ、それもね、
生き方を自分なりに、
自分的に作っていくっていう意味では、
うんうん。
多分、そっちのほうが働く意味も、
見えてくるし、
いいと思いますけどね。
いや、そうですね。
だから、そこに行けるといいなっていうのは、
ちょっと思ってるんですけどね、僕も。
いやー。
そのほうがいい、
無責任なこと言いますけど、
そのほうがいいでしょうね。
で、確かにそれって、
なんていうんですかね、
あ、そうなんだってポンって、
いきなりっていうことでも、
なかなかね、できないので、
42:01
やっぱり僕も、
やっぱりそういうふうになりたいなっていうのは、
やっぱりじわじわじわじわって。
2、3年かかったんじゃないですかね。
3年くらいかな。
うんうん。
かかったんじゃないですかね。
いや、そうですよね。
だから僕的には、
この2026年くらいと思ってたんですけど、
はいはい。
ちょっと難しくて、
いろいろ相談したりしたんですけど、
もうちょい先かなと思ってて、
でもそれはそれで、
そういう準備をする時間も、
結構楽しいっていうか、
いろいろどう生きていこう、
みたいな考える時間なので。
やっぱね、
僕すごい無責任なこと言いますけど、
はい。
ケアラジで。
はい、言ってください。
いいですか。
はい。
やっぱね、この歩くユースセンターを、
で、食っていくっていうことがいいと思います。
あー。
来ましたね、これは。
で、食ってける気がするっていう気はしますね。
あー、じゃあもうそれで行きましょう。
それが今言ったように、
その、テラドさんが、
コミュニティの外から、
リミナリティですか、
として、
コミュニティに入ることによって、
そこがユースセンターになっていくっていうかね、
ユースセンター性を取り戻すっていう。
うんうんうん。
で、また違う場所に、
違う場所に行っていう風に、
で、いろんな関われる場所を作って、
行くと。
そうですね。
そういうことができると、
なんかすごく、
いいなあ。
でね、それって、
ユースセンターっていう、
その名前ともバッチリ、
うん。
ね、合うし。
うんうんうん。
で、さっき僕言いましたけど、
食ってけるっていうのって、
ちょっと経済的には分かんないです。
分かんないんですけど、
なんていうんですか、
かといって別に、
それでどうにか工夫したらどうにかなりそうだし、
そして、
テラドさんが多分やりたいことが、
歩くユースセンターっていう、
この名所には詰まってると、
僕は勝手に感じてるんで、
はい。
ここがね、
お金を稼ぐだけじゃなくて、
精神的にも充足するっていう、
この二つが両立するっていうことをもって、
食っていくと、
言ってるんですけど、僕は。
そうですね。
なんかそれは、
ね、
そこを目指すと、
なんかめちゃ楽しそうだよなあ、
そうですよね。
結構いいネーミングしたなっていうか、
いいネーミングだと思いますよ。
ではいてて、
でも確かに、
どこかに留まることっていうよりかは、
その人間感が大事っていうのは、
ほんとそうで、
こういうふうに、
45:00
若者はサポートした方がいいんじゃない?
っていうことなので、
それはやっぱ、
さっき言ったように、生きる実感を持ってもらうとか、
そういう関わりを持てる場を作るとか、
そういうことだと思うので、
ここは、
ちょっとやっていきたいところでは、
あるっていうのと、
あとはでも、
こう、
その松島先生が来た時に、
せっかくなんでと思って質問したんですけど、
こういう若者たちを支援してますと、
どうしたらいいですか?
みたいなのを、
割とおっきめな問いを投げたんですけど、
割と、
もう1秒ぐらいで、
こう、
回答返ってきて、
雇われなきゃいいんですよ。
みんな就職しようしようと思って頑張ってできないって、
どうしたらいいんですか?
って言って、
雇われなきゃいいんです。
みたいな、
すごいシンプルな回で、
僕も雇われるのがしんどいんですよね、
っていうのをずっと常々思ってて、
イタリアの人は、
やっぱ雇われるのが嫌いだっていう話で、
すぐ起業するっていう話の流れになっていったんですけど、
だから、
そういう道を、
作っていくっていうか、
別に個人事業で食っていける人を増やすとか、
そういう方向の方がいいなっていうか、
いうセンターみたいなものがいっぱいできても、
結局みんな雇用を目指して、
しんどい思いして、
雇われてしんどいってなってるんだったら、
そういうイタリア感のある、
考えだったり、
実際に、
考えだけじゃやっぱダメでっていうのがあるんで、
実際そういう場を作る、
実作でもいいから、
実際にそういうテリトリを作ることが大事だっていうのをおっしゃってて、
まあそうやなと思うんですけど、
なので多分、
ユースセンターとかって言うんですけど、
支援とかじゃあまりなくて、
本当にこう、
小垣内を作るとか、
家を改装して住めるようにするとか、
多分そういうことをプロジェクトベースでやっていくのが、
アルク・ユースセンターの最終形っていうか、
すごいだから刺激を受けた、
この11月、12月、
あったんですけど、
割となんか人生の方向づけができたっていうか、
すごいっつって、
なんか、
やっぱり、
そうですね、
例えば、
ルチャー・リブローも、
なんか、
やってる意味はあんまり、
ないというか、
何のためにやってるんですかって言われると、
ものすごくパーソナルな、
事情しかなくて、
それでいい、
48:00
とも思っているし、
一方でちょっと引いてみたときに、
なんていうんですか、
パーソナルな、
事情だけで、
だけで続けている、
それだけで続けててもいいしっていう、
パーソナルな事情で、
何かやることって、
ある種、良くないみたいに、
趣味でしかないみたいな風に、
すごく、
社会の中で賄賞化されている気がして、
それがすごく、
僕は良くないなという風に、
思うんですよね。
だから、
オムラジ、
僕の場合はオムラジもそうですけど、
ルチャー・リブローもそうだし、
好きでやってるっていう、
それ以上でもそれ以下でもないっていう、
それを、
そういう人を少しでも、
増やす、
ことが良くって、
でも、
そういうことって、
なんでしょうね、
育成期間みたいなのを作っても、
とか、
ノウハウ、
なくはないんでしょうけど、
最終その人が何を、
楽しいって思うかとか、
何を心地いいって思うかっていう、
そこに、
目指してないと、
続かないんで、
だから、
そういう意味では、
歩くユースセンターって、
こういうのですって、
あんまり、
ガチッと、
固まるというよりも、
その都度その都度、
寺原さんが、
ピンとくることを、
やって、
それを発信していると、
なんか、
好きなことして生きていっていいんだ、
みたいな、
それが、
何よりのメッセージになる気がして、
確かに確かに。
本当そうだと思いますね。
支援もそんなに、
昼寝さんの時も、
話したと思うんですけど、
就労支援しなくても、
勝手に就職していく、
みたいな話を多分してて、
それをハンター×ハンターを例にして、
話した記憶があって、
ハンター×ハンターを呼んでいるその子を、
見ることが大事なんだ、
何に興味があるのかとか、
何が好きなのかっていう、
それを見ている、
大人がいたりとか、
それを堂々とやっている大人がいるっていうのが、
一番の、
ユースワークっていうか、
サポートになると思うので、
だから、
ユースワークとか言っているのに、
ゴリゴリに雇われて、
なんか疲弊しているみたいな、
すごい本末転倒だなっていうか、
51:02
それはそれで、
意義はあったし、
僕もやってきたことであるんですけど、
ちょっと限界かなっていう気も、
してきているという。
まあね、
根がわくばそうですよね、
なんていうのかな、
やっぱり大人が、
自分の人生に生きていないと、
っていう意味ですよね、
多分ね、
雇われているっていうのは、
雇用形態の話というよりは、
自分の人生を、
生きていない、
っていう、
ことなんじゃないですかね、
そうですね、
すごいしんどそうっていうか、
コントロールされているわけですよね、
それがすごいしんどいんじゃないかな、
っていうか、
僕もしんどかったんですよね、
私その道しかないと思っていたから、
すごいしんどいわけで、
うん、
確かに確かに、
うん、
選択肢あると思っていたら、
たぶんすぐ辞めていたと思うんですけど、
辞めれなくて、でも頑張らないと、
みたいなんで、
潰れちゃったわけなので、
そうなんですよね、
そうだね、
なんかね、
なんていうんですかね、
一手というか、
何か一手が、
なんていうんですか、
これをやると、
自分も、
やらなくてもやることであり、
うん、
で、やると、
お金がもらえるとか、
生活ができるとか、
別にお金じゃなくてもいいと思うんですけど、
うん、
そういうものが1個あると、
うん、
それをいくつか、
ね、
展開じゃないんですけど、
うん、
すると、
なんか、
たぶん、雇われ分が減っていくっていうか、
雇われ成分がね、
自分の人生を、
うん、
自分の人生を生きる、
その、
なんていうんですか、時間を少しでも、
うん、
増やしていくっていう、
うん、
ことですかね、
そうですね、なんかちゃんと世界と関係するっていうことだと思うんですよね、
確かに確かに、
うん、
うん、
なんでそうなっちゃうんだろう、
ね、どう抗っていけばいいんだろうっていうか、
うん、
抗うとなんかいろいろ、
ね、
そう、
それをよく思わない人もやっぱりいるというか、
ああ、
まあね、
うん、まあ実際いないのかもしれないですけど、
自分がそう思ってしまってるっていう人も、
54:01
うん、
どうなんですかね、
ね、
うん、
まあでも本当、なんでしょう、
気にならなくなったらいいよね、
周りの人が、
あ、そうなんですか、
ある意味ってね、
ああ、あおきさんでもないですか、その、
結構やっぱり、
自由ってすごい言われるんですけど、
ああ、はいはい、
この前もなんか忘年会とかで言われたっていうか、
へえ、
その自由とか枠がない感じっていうか、
へえ、
まあそこがいいですよねみたいな、
へえ、
でも割とそれって妬みにも変わる時があるっていうか、
ああ、
それを感じる時があるんですけど、
はいはい、
自由さみたいな、
はいはい、
なんかそういうのはなかったですかというか、
ああ、いや、
なんか思い返すとありますよね、
うん、
あるけどでもやっぱりなんていうんですか、
それを気にして自分がやりたいことを我慢するっていうか、
自分がやりたいことを我慢するっていうことを我慢できないっていう感じ、
あ、そうですね、
じゃああんまり僕もまあ一緒っちゃ一緒というか、
うん、
結局やっちゃうんで、
そうそうそう、
それだったらやっぱりなんていうの、
ね、
まあある種何やっても、
うん、
ね、何やってもなんか言われるっていうことであれば、
うん、
やっぱりよりなんか楽しくというか、
うん、
そうですね、
なんか、
そうそう、
なんか言ってくれる人ってもうほっとこうというか、
うん、
うん、あまりほっとこうとも思ってないかもしれない、
うん、
でもそうだね、あの、なんていうのかな、
例えばSNSだったら、
うん、
全然その、何、
批判的なコメントとかが、
うんうん、
あっても全然、
うんと関わらない、
うん、
あってさ、なんか、
みんなに返したりするじゃない、
はいはいはい、ああ、
ああいうのしない、
うん、
とかね、
そこの線引きはしつつ、
そう、なんかほら、自分にとって、なんか、あの、
何て言うんですか、都合のいい、気持ちがいい情報ばっかり、
うん、
得ていると、
何て言うんでしたっけ、
エコーチェンバー、
ああ、エコーチェンバー、
世界だって思っちゃうよってあるじゃないですか、
うんうんうん、
で、それを確かにそういう気もするんだけど、
うんうん、
一方でなんかちゃんとその、社会に出て、
リアルの付き合いがあるんだったら、
うん、
別にSNSぐらいなんかエコーチェンバーで良くねと思ってる、
っていうか、
確かに確かに、
そうですね、
むしろこう、視野を狭めた方が、
そうそうそう、
全然、
視野を狭めてるなっていうのが自分で分かってるんだったら、
57:02
うんうんうん、
全然良いし、
うん、
で、やっぱり、視野を狭める、
視野を狭めないと何も言えないっしょっていうか、
その、
全部見てたらね、こう、四方八方、
それはしんどいですよね、
しんどいですよね、
うん、
なんか、僕が転校したっていうのも、
おお、そうだそうだ、
そうなんです、その辺があって、
うん、
視野に入れようとしてたっていうか、
それが多分職業柄もあると思うんですよね、
確かに、
福祉の人ってやっぱり、
あっちにもこっちにも配慮してっていう、
それはもう福祉職であっても多分無理なので、
無理無理、
だって、
だからそういう意味では僕、
だから寺戸さんとか木戸口くんとか、
マナさんとかね、
森もさんとか、
はいはいはい、
西くんとか、
グラフィックってか、
リアルの付き合いがあったり、
顔を思い浮かべる、
うん、
それ以上の人に対して、
これを言ったらなんか傷つけちゃうんじゃないかとか、
うんうんうん、
それ想像し始めたら切れないかな、
そうなんですよね、
うん、
そうなんです、
って思って、
結構僕より下の子たちは、
それをなんか、
デフォルトで埋め込まれてるような感覚もちょっとあって、
うん、
それがすごいね、
かわいそうって言ったらあれですけど、
そこで疲弊してる部分もあるなーって、
すごく見てて思うんですけどね、
ねー思うよねー、
そんなの気にしなくていいじゃん、
ちょっと発言したことが、
あ、これ言っちゃダメですよねーみたいな、
うんうん、
でもこの関係性だったらいいんじゃないみたいな、
そうそう、
ほんとね、その関係性をやっぱり取り戻す、
取り戻さないと、
関係性であったりと、
文脈、
取り戻すっていうか、
やっぱり、
それって、
大事だと思いますね、
だから、
なんていうのかな、
感覚としては、
検索ワードがあるじゃないですか、
はいはいはい、
チャットGPTになってちょっとそこは変わったのかもしれないけど、
やっぱり長らく、
検索ワードだから、
うん、
ワードがすごく強い力を持ってきたと思ってて、
そうですね、
だからこの言葉を言っちゃいけないんですよねとか、
確かに確かに、
この言葉を使ってたらいいですよねとか、
うんうんうん、
そうじゃないじゃないですか、
そうですね、
あー、
関係性においてその言葉を使っていい時もあるし、
うんうんうん、
この関係性とかこの話の文脈の中だと、
うん、
その言葉使っちゃうと、
ちょっと、
1:00:00
あの、まずいよねとかね、
うんうんうん、
やっぱりその、
っていう、
うん、
そのトレーニングが多分、
うん、
ものすごく実はリアルの付き合いの中で学べることだと思って、
うんうんうん、
だからね、
いやーめっちゃ分かりますね、
だからちょっともう1時間経とうとしているところもあるんですけど、
ただ、なんか、
そうなんですよね、
なんか行為をする時に、
YouTuber的になってるっていうかみんな、
なんかやった時にそれを言葉で発信しないといけないとか、
それを前提になんか行為をしちゃうっていうのが多分、
すごいしんどいんだろうなっていうか、
うん、
言葉ありきの行動になってるっていうか、
だから全部やった後に言葉にしようとするとか、
うん、
うん、そんなことしなくてもいいはずっていうか、
自分がその世界と関係してるから、
そこで完結すればいいんですけど、
これやったことがどう意味があったとか、
なんかそっち、
うん、なんかそういうことばっかりやってると生きていく実感ってないんだろうなっていうか、
なんかそういうのはすごい、
言葉が強いっていうのは本当にそうだなと思うんで、
実感の世界とか関係性の世界みたいなのを、
どうやってそれをなりわえにしながら、
こう生きていくかっていう感じですかね、多分。
うん、ね、でも、
めちゃいいし、できそうな気がしますね。
うん、とか、
一緒に草刈りに行くとか、
そうだよね、
本当はそうなんですよね。
そういう意味でやってたっていうか、
扱えたなとかね。
やっぱね、説明だと思うんですよ。
僕も最近もものすごくそれ感じてて、
はいはい。
草刈りをするとか、
銭湯の掃除をするとか、
その、やってることじゃないんですよ。
うん。
それが、なんでやってんのか。
やったことによってどうなるのか。
うんうんうん。
それをどう説明するかっていうのが、
うん。
多分、我々ができること。
ああ。
だし、我々の、なんていうんですか、
得意な、というか、
うん。
これが多分、ものすごく大事だと思うんですよ。
うんうんうん。
そうかそうか。
そうですね。
だから、草刈りだけだったらね、
まあ、草刈りだけだったって言っちゃあれだけど、
多くの人はできるし、
うんうん。
その草刈りとかなんか、
1:03:00
働くとか、
職場に行くとかっていうのか、
うん。
どういう意味があるのかっていうのが、
うん。
確かに。
説得的に、まあ、
働けるようになると、
確かに確かに。
ああ、じゃあ寺尾さんお願いします、という風になると思うんですね。
そこを僕はちょっと、
逆に実感が強すぎると、
うんうん。
なんかめんどくさくなっちゃうっていうか、
ところがあったんですけど、
多分それをまた言葉にしていく作業も必要っていうか、
そうですね。
気がしてますね、最近。
そうですね。
それこそ領域の外の人にも伝わる言葉?
うん。
確かに。
っていうのが大事なのかなという風に、
まあ、自分自身も、
どうやって言ったらいいかしらと思って、
うんうん。
いるので、まあ、こういう話にね、
うん。
僕自身のこととしても、
うん。
なっていくというか、
そうですね。
気がしますね。
ありがとうございます。
今めちゃくちゃ研修を作ってて、
ああ、すごい。
はい、なんかこれ伝えないとというか、
それは誰にもできることじゃないんですよ。
うん。
なんかその、
自分自身の皆さんとしての研修であるんですけど、
うん。
なんか情報を伝えるとか、
1個でもう感覚的にやってるんですけど、
言葉にしてみるとすごい分量になって、
もうちょっとできるだけ研修をいっぱい作って、
おこうっていうか。
あ、それででももうなんか、
うん。
アルクユースセンター、
うん。
事業。
そうですね。
ね。
めちゃくちゃできそうな気がしてきて、
まずこうまあ内部でやるんですけど、
うんうん。
うん。
すごいすごい。
じゃあちょっとそれを、
うん。
このままやっていこうかなっていう気がします。
いやあ、めちゃ、
はい。
いい気が。
あの、気がしてるだけなんだね。
問題はこの2人が。
そうですね。
でもそれがいいっていう、多分。
いいんですかね。
はい、それでいい気がしますね。
まあでもちょっと、
はい。
僕そういう、なんて言う、構造化ができないんで。
あ、そうなんですね。
うん。
それは意外というか。
構造化の人じゃないですか。
はい。
山本さんって。
あ、そうですね。ずっと構造のこと考えてるので。
ねえ。
僕は違うんで。
あ、そうなんですね。
うん。
構造化じゃないとしたら、なんか、どんなスタイルっていうか。
何なんでしょうね。
うん。
いや、何なんだろう。
何なんですか、逆に。
え、何なんでしょうね。
逆に聞きたい。
1:06:01
構造化じゃないですよね、多分ね。
構造化なのかな、実は。
いやあ、なんか構造化のイメージもありましたけど。
ほんと。
こうやっぱ、社会をこう俯瞰して捉えるじゃないですけど。
ああ。
でもどうなんですかね。
でもフェニキア人の話とか。
あの大城先生とのトークイベントも聞いたんですけど。
あ、はい。ありがとうございます。
やっぱりなんか、構造化も多分できないっていう印象は全然ないんですけど。
うん。
何でしょうね。
やっぱりこう実感が強いっていうか。
うん。
こうフォーカスしたことを。
うん。
やり遂げるじゃないですけど。
フェニキア人の研究でもそうでしたもんね。
割とこう、研究の限界までこう突き詰めて。
これしかちょっとできないんだみたいな。
うんうん。
うん。
ことをおっしゃってて。
確かに。
大城先生もそうだよねみたいな、そこは限界だよねみたいな研究の。
そうですよね。
ああ、なんかそういうスタイルっていうか。
うん。
こう地図を描くことを目的としてないっていうか。
あ、確かに。
うん。
僕どっちかというと地図派だと思うんですよね。
へー。
明らかにしたいみたいなことがあって。
だからレポート書いたりしてるんですけど。
うんうん。僕って絶対あれ無理だもん。
ああそうですか。
うん。
うん。
多分ここのエピソードの中のここがすごい実感があって、ここをめちゃくちゃ突き詰めていくみたいなことなのかもしれないですよね。
あ、僕はね。
大城さんが。
そう、多分そうだと思う。
うん。
だから何でしょうね。
まあそういう意味では本当に、まあ研究ってあるじゃないですか。
研究ってやっぱり全体の中に位置づけるという意味ではその地図を描くっていう作業だと思うんですけど。
僕の言ってる研究って当事者研究なんで。
うんうんうん。
全体の中に位置づけないんですよ。
確かに。
うん。
そういう意図もあったみたいなお話でしたよね、こうフェニキア人選んだっていう。
そう、結果的にやっぱそうだったんだなっていう。
うんうんうん。
実感、実感だけが頼りっていう感じで。
そこがなんかリミナリティ感があるっていうか。
ああ。
だからみんな大城さんとこにルチャーリブロに行くっていう気がしますよね。
でそれが、なんかやっぱ辞める人がよく行く、なんか辞めようと思ってる人が行くっていうのは。
そう。
多分ね、そういう部分じゃないですかっていうのは。
へえ。
こう、やっぱりこの世ならざるものではないんですけど、
やっぱりこう、今あるコミュニティを抜け出そうとしてる人は大城さんのとこに行きたくなるっていう気がしますね。
1:09:04
へえ。
すごい安心するっていうか。
へえ。
実感を突き詰めてる人を見ると。
確かにね。
そうやって自分も生きていいんだみたいになるっていうか。
で、自分の組織を飛び出していくっていうか。
そうです。
なんかそんな気がしてきましたね。
そう、辞める人とかね、辞めた人とかね。
辞めた人。
でも本当、いやおっしゃっていただいた通りというか、ことですね。
なんかもっと自分の実感、実感ベースでみんながね、なんか生きれるような社会。
うん。
で、やっぱりその、僕発掘調査、オーローニア大学の発掘調査チームに入ってましたけど、
やっぱりみんな実感ベースで生きてますよ。
ああ、そうなんですね。
うん。で、やっぱり、もうちょっと極論を言うけど、
僕イタリアにも行ったり、チュニジアにも行って、リビア、トルコ行って、
この前も韓国行って、シンガポールとか行ってきたけど、
まあそれくらいの話ですけど、
やっぱり実感ベースで生きてなかったら何のために生きてんの?っていう
話はみんな通じると思いますけどね。
通じないのは日本だけっていう。
なんか、そんな風にどうしても思っちゃいますよね。
いや、これなんなんでしょうね。
あんまり海外の方と交流ないか分からないですけど、
そういうイタリアの話とか聞くと、
いや、そっちの方がいいよねってなるっていうか。
ね。
そういう場を作っていきたいと思うんですけど。
ね。
まあ、その一つの仮説として、僕は商品化っていう話をしておりまして、
まだその新刊が。
新刊が。
2月でいいんですかね。
2月に出るんですよ。
口を開けばその話ばかりっていう。
いやいやいや、もう。
でも多分青木さんの本がね、入り一本っていう。
そうなんです。
いいですかね。
本のところにはどこにもイヴァン・イリーチの名前は出てこないんですが。
出てこないですね。
カバーとかね。
表には。
読んでいくとたくさん出てくるという。
そういう本になっておりまして。
タイトルがですね。
決まりました。
あら。
別に公表してもいい?
どうなんでしょう。いいんじゃないですか。
多分もうこれ以上変わることはないだろうなという気はしてて。
本当はですね、ちょうどよく生きるっていうタイトルだったんですが。
1:12:01
それじゃ売れないと。
なるほど。
だったらしくて。
資本主義を半分捨てるというタイトル。
結構刺激的ではありますよね。
刺激的ですよね。
確かに。
そうなんだと思って。
半分捨てるって意味わかんなくて。
いいなと思って。
確かに。
面白いですね。
どういうことなんでしょうか。
確かに。
やっぱり今日話したような実感を持っていけるっていう。
この本が売れることで。
そういう人が増えるだろうということで。
まあね。
そうですね。
僕が実感がある程度は売れてほしいですけど。
僕の実感を超えては別に売れないでいいですっていう。
そうですね。
また本が出た後はトークイベントなどさせていただけるといいなと思って。
ぜひぜひ。本当だ。
それが一番いいっていうか。
いきましょう。
こんな気がしてきました。
豊中しかり、大阪のせしかり。
本当だ。
会場にしていいよって言ってくれてる方がいらっしゃるんで。
嬉しい。そこがね、200人入りますとかじゃないってことがいいですよね。
全然入らないですね。
全然入らない。
20人、30人キャパぐらいで。
いやもう30人はちょっと多いな。
多いですね。
そうですね。
いやもうそれ。
ジャスト。
本当にそれぐらいの顔の見える関係がいいなと思ってますんで。
ぜひよろしくお願いします。
ありがとうございます。
では今日こんなところで終わりたいと思います。
今日のゲストは青木新平さんでした。
ありがとうございました。
ありがとうございました。