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「他者の物語」に絡め取られないために
2025-03-09 1:10:27

「他者の物語」に絡め取られないために

ルチャ・リブロ青木真兵さんをお招きして、青木さん自身が今考えていることを伺いながら、寺戸のお悩み相談。


社会がつくった大きな物語(ナラティヴ)、自分自身でつくりあげた過去の物語からいかに逃れるか、自分がアクセルを踏むタイミング、専門家によるエビデンスへの対抗軸などについて語り合う。


2025年、地に足をつけながら、ゆっくり行こう。

感想

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00:03
はい、始まりました。care-radioです。ということで、今日はこの方にゲストに来ていただいております。
はい、人文系資生操縦官ルチャリブロの青木です。お願いします。
すみません。よろしくお願いします。
お願いします。
はい。お久しぶりでもないですかね。
どうですか?どうですかって。お久しぶり。
去年末のJYCフォーラムって言って、若者支援の全国なんかネットワークみたいのがあるんですけど、
そこに青木さん来られるということで、では僕も行きますっていう感じで。
いやー嬉しかったです。
はい。久々にリアルでお会いして。
そうでした。一緒にお昼ご飯も食べました。
そうですね。
はい。
あの時はなんか、青木さんどんなことを考えてるのかなっていうのをまた伺ってて。
はいはい。
こうなんか、保守?
うん。
保守的なことをまた。
あー。
こう考えてるんだっていう。
うんうん。
ちょっと表現は忘れちゃったんですけど。
そうだそうだ。
うん。
あの、だからまあ、なんて言ったらいいんですかね。理論とか、そういうことというよりは例えば合宿をしてその肉体を使うであったりとか。
あーはいはい。
そういう部分ですよね。あとはなんだろうな、なんかまあ、強い口調で、とか強い言葉を使うっていうのがなんか今の世の中的にもちょっと一律アウトになってる。
うんうん。
だけど、でもとはいえやっぱりなんかちょっと必要な時ってあるよね、であったりとか。
うーん。
ね、そういうその、保守とリベラルって言っちゃうと。
あー。
どうなんでしょう、なんか政治的な話のように聞こえてしまうかもしれないんですけど。
はい。
なんかそのね、やっぱり、なんでしょうね、まあLGBTであったり、まあ社会福祉、社会正義っていうその公平性っていうのを。
うん。
あの、重視するのがそのまあリベラルだとすると。
はい。
ちょっといろいろな、いろんな、なんでしょう、まあ言葉にできない部分も含めて。
うーん。
そのね、あの一緒に飯食うみたいなのも、そういうところのなんかね、同じ場にいることでいろいろ起こる、まあ喜怒哀楽出るんだけど。
うんうん。
なんかそれ、喜怒哀楽出ちゃうみたいなこともやっぱ大事なんじゃないかなみたいなことで。
それで、えっと、ね、まっ太郎さんがやってるようなその合宿してるとかってね、言ってたじゃない?
そうですね。僕も毎年合宿に行ってるので、夏。
はい。
ね、そういう関心から多分その、合宿ってどんなことやってますか?みたいな話をしたような気がしますね。
03:08
うん。合宿論みたいな話をチラッとして。
そうそうそう。
あ、そっか。
思想的な、いわゆるこう保守主義みたいな、vsリベラルっていうよりかは、なんか僕の感覚的にもその、こうちょっとリベラルに寄りすぎたというか。
うん。
僕自身もでもすごいリベラルだと思ってるんですけど、自分のことは。
うんうん。
むしろなんか極差ぐらいに思ってて、その社会がどうしても悪いんだっていう考え方なので、リベラル寄りだと思うんですけど、ちょっと行き過ぎた感じもあって。
うん。
で、その秋さんおっしゃったみたいにこう腹割って話せなくなってるっていうか。
あー。
これNGワードなんじゃないかなとか。
うんうん。
すごい20代の子とかと話してもやっぱり、例えば能力とかもそうなんですよね。
うんうん。
なんか能力って言った瞬間に、あーちょっと今あんまり言わない方がいいと思うんですけど、みたいな。
うん。
エクスキューズがついちゃうっていうか。
うん。
なんか言ってもいいんじゃないっていう。
うんうん。
で、なんか訂正し合えるような関係をいかに作っていくかかなと思って。
で、ちょっと僕も自分の中のそのイコーリティっていうんですか、なんかこう公平性というよりかはなんか平等性みたいなものが行き過ぎてないかなっていうのをちょっとチェックしないといけないなと思ってるとこなんですけど。
いやーそうですよね。だから。
うん。
たまに僕この例え出すんですけど。
はい。
あの、タバコの煙が臭いと。
はい。
なったときに、なんか要は知らんおじさんおばさんお姉さんお兄さんのタバコの煙は臭いんだけど。
うん。
知ってる人とかね、あとはまあ友人とか知り合いとか、まあ好きな人であったりとかのタバコの煙ってそんなに気にならない。
あー、わかります感覚。
そういうことってあるじゃないですか。
うんうん。
だからそういうことってあっていいんじゃないっていう。
そうですね。
感じなんですよね。
あー、だからあれですよね。こう、近所の学校のとか保育園の騒音問題に近いかもしれないですよね。
うんうん。
知らん子の声はすごいイライラするみたいな。
そうそうそう。
うん。
ねえ、でもそうそう、あのね、まあどんな子がいてとかね、どんな先生がいてとか、どんなことやっててとかっていうのを知っていくことで。
うんうん。
ねえ、あー、じゃあええんちゃうみたいなことになるみたいな。
うんうん。
でも、で、なんかその、そういうもんだよね。ってか、本当はそうやって人間生きてんだと思うんですよ。
06:01
うん。
本当はね。だけどみんな言わないっていうか、その、そこに覆いを隠して。
はい。
うん、なんか、えーっとね、そのイクオリティを重視しているかのように振る舞う。
あー。
まあ、いわゆるリベラルな人っていうか、まあね、ちょっと頭良さげな、まあ本読む人たちですよね。
うん。我々も。
我々も含めてもちろん。
はい、そうですね。
なんだけど、でもよく考えると、ねえ、なんか、じゃあなんでそのことに対しては怒るけど、このことに対しては怒んないの?とか。
うーん。
やっぱり、ねえ、で、じゃあ全包囲に対してその不平等、不平等に全包囲的に怒ってたら、ねえ、身が持たなかったりもするし。
そうですよね。
やっぱり現実的じゃないですよねっていう時に。
うんうん。
じゃあ現実的って何なんだろうってなったら。
はい。
やっぱり一緒に飯食ってる人と飯食ってない人だったら、どうしても飯食ってる人の方が、ねえ、身近に感じるし。
はい。
で、頭に浮かぶしっていう。
そうですね。
やっぱりそういうことなんじゃないっていうね。
うーん。
で、なんか、寺戸さんは分かんないけど、僕なんかが、例えば就職活動しますとかっていう時に、その、そういう時期、2000年代。
うんうん。
あの、真ん中ぐらいって、なんかやっぱりその、縁起採用、だからまあご縁出とかっていうのってなんかやっぱり悪いものとされてて。
あー。
で、そうそう。で、だからまあ、マイナビみたいなのがなんか、まあそれこそ何、フェアなんだみたいな。
はい。
なんかそういう考えがどっかにあった気がしてて。
うーん。
で、まあ、例えば僕、僕の分野で言うと大学の先生になるとかっていうのも、昔はまあめちゃくちゃご縁だったわけですけど。
うんうんうん。
でも、今ってその博士論文出すと何点、論文出すと何点、本出すと何点、その点数方式で。
うんうんうん。
で、その点数が高い人が。
あー。
あのね、で、海外留学行くと何点みたいな。
うーん。
そういうのは数値化されちゃったんですよね。
なるほど。
で、数値化すると、なんかフェアな気がするっていう。
そうですよね。
でもそもそも。
イコーリティーの世界。
そうそう。でもそもそも東大入れる人っていうのがもうすでにね、その東大入れる時点で経済拡散。
あー。
が出ちゃってるから。
なんかその。
なんかすごい分かってきた。なるほど。
なんか最後のとこ、長尻合わせで数値化して、なんか平等ですよみたいな。
うんうんうん。
こと言うんだけど、いやそもそも現実ってそんなもんじゃないでしょっていう。
あー。
ところに思ってて。
で、そのいやそもそも現実でさっていうところにやっぱり立ち返って考えたいっていうのが、僕の言ってる保守っていう。
09:06
うーん。
いや、めっちゃそうですよね。
なんか見せかけのイコーリティーというか。
うん。
僕も気持ち悪くて。
うん。
でもなんかそれで牽制し合ってるので、言いたいこと言えなくなっちゃってて。
そうですよね。
で、まあそれが見せかけなんだからそんなもんいらないんだって言ってるのが、
ね、あのNHKぶっ壊せの人だったりとか。
うーん。
まあね、トランプとかイーロン・マスクとか。
そうですね。
ね。
でもそれはそれで違うじゃんっていう。
ぶっ壊せってなっちゃうと、違うでしょっていう風にも思うので。
そうですよね。
だからトランプ現象も結構なんか考えたっていうか、なんであんなことが起きるんだろうっていうか。
うん。
やっぱりなんかSNSと地続きな気はしてるというか。
で、その分断され、まあ分断っていうことは僕ちょっと最近疑ってるんですけど。
そもそもじゃあ、なんかみんな一つだった時代って本当にあんのかなみたいな。
青木さんおっしゃったみたいに多分みんなこう、ご縁の中で生きてたというか。
分断とかではなかったんじゃないかなっていうか。
自分の縁の中で住んでただけで。
なんかそれが繋がってたかのように錯覚してるというか。
うんうん。
そもそも分断というか、個々に生きてたっていうのが多分すごいリアルな世界なんだろうなと思ってて。
でもなんかSNSでこう、そのイコーリティを武器にというか、こう発信できるようになって。
で、ああいうトランプみたいな人を応援するというか、なんかぶっ壊してくれみたいな感覚が、
まあ兵庫県政で起きたこととか、アメリカで起きたことと地続きなんだろうなって思うと。
どうしたらいいんだろうっていうのが、ちょっと僕の2025年の迷いというか。
結構ザワザワしてきて。
でもなんか僕自身がすごい。
なんていうか、マッチョ思想になってきてないかなとか。
最近、なんか子供のこととかってお金稼がないととかってなってて。
ってなるとすごいなんかマッチョにならざるを得なくて。
でもなんかそういうベールに追いかぶさってる、おかしいやろうみたいなこともどんどん見えてくるし。
こうなんか動けなくなってるっていうのが、2025年なんですけど。
どうしよう、ちょっとアキさんと喋りたいっていう。
12:03
定期的になんか発作のように起きる今日って感じなんですけど。
いやー。ありがたい。ありがたいのかな?
まあお金、声かけていただいて嬉しいですけど。
でもたぶんそうなんじゃないですかね。やっぱりトランプに投票した人とか、
オールドメディアとかつって、テレビとか新聞とかそういうのを叩く人たちもそうだし。
我々も今の話で言うと、たぶん同じようなことを感じてるんじゃないですかね。
SNSとかYouTubeとか、インターネットですよね。
インターネットの登場によって、個々に判断せざるを得ない状況、得ないっていうか、
個々に判断できる状況が生まれて、それが自由だっていうふうにされてきたんだけど、
やっぱりそこまでのある意味での知的負荷というか、そういうのにみんな耐えられなかったっていうね。
そうですよね。
でも誰か決めてくれよっていう。
確かにな。イコーリティって結構残酷だなって思うんですよね。
民主主義で、たぶん青木さんが前おっしゃってたグレーバーの民主主義の起源を扱った本があって、
そんなに機能しなかったというか、たぶんそういう側面もあって、
確かに一人一人で考えて決めようって結構僕は残酷な面もあるなと思って。
でなると、トランプに流れざるを得ないというか、
なんかわからんけど、なんか強そうやし、よく見るからっていう、
投票行動につながってもおかしくないのかなっていう気がしてて。
そうですよね。たぶんその、なんていうかな、自分で決めましょうっていうのって、
戦後民主主義っていう価値観だと僕は思って。
戦後民主主義のやっぱり特徴っていうのは、やっぱり高度経済成長期だったり、経済成長ですよね。
中流っていうね。だからある程度自分の生活っていうのをアウトソースできるっていうか、
それで考える時間、自由な時間が取れるっていうのを前提にした上で、
物事を考えましょうよっていう。
そうじゃないと民主主義っていうのはたぶん成立しないんだろうなっていうふうなことは思いますよね。
15:01
だからアテネが民主主義の原点だ、古代ギリシャのっていうけど、
それは奴隷制によって支えられてたんですよね、市民がね。
だから自分の生活をアウトソースしてた人たちが時間があって考えることができたと。
で、話し合うことができたっていう。
いやーそうですよね。
でしょうね。だから戦後っていうのも、いわゆる先進国と言われる日本とアメリカとかヨーロッパの
ドイツ、イギリス、フランスとかっていう国々ではやっぱり経済成長があって、
福祉の制度も整えられて、福祉国家ですよね。
福祉国家っていうのができてっていう中で、やっぱり話す時間、考える時間が例外的にあった時期だったんでしょうね。
そうですよね。
なんかそこへのカウンターみたいなものもあるかなと思うんですよね、この2024年から続いているものっていうのが。
結局はその余裕のある人たちのっていうのが、マグマみたいになって出てきてて。
だから民主主義とかっていうのもちょっとやっぱり考え直さないといけないというか、
結局ブルジョワ民主主義みたいなことでしかなくて多分、僕たちが民主主義って呼んでたものが。
だからこっからどうやっていこうっていう。
でもなんか同じ釜の飯を食うみたいなすごいヒントなのかなと思うんですけど。
青木さんもなんか同じとこに留まってる感じが最近しなくて、なんかいろんなとこに行ってるなーって思って。
それはなんかそういう呼ばれる流れとかもあると思うんですよ、青木さん来てくださいとか。
青木さんが考えてることがあってやってはるのか、どんな感じなんだろうと思って。
でも、どう見えてるかはちょっとわからないんですけど、僕としては動かない方向に。
そうなんですね。
はい。動かない方向に行ってて。
動かないって何なのかっていうとできるだけルチャリブラにいるっていうことですよね。
そうなんですね。
18:02
確か発信しか見てないからそう見えてるだけかもしれないんですけどね。
日記をつけてるんで、Twitterなどを使って日記をつけてるんで、あんまりみんな今日何したとかってあんまり実はこと細かにつぶやかないじゃないですか。
そうですね。
でも僕はつぶやいてるから多分そうそう。
動きが。
そうそう動きが見える。で、さすがになんだろうな、なんか一日家にいましたとかっていうことは書かずに、書かずっていうか、やったこと書くじゃないですか。
そうですね。
そうするとなんかすごいやってるように見えるっていう。
でも僕も近いところはあるかもしれないですね。
思ったこととかは絶対発信っていうかログを残してる感覚なんですけど。
そうか。
でもなるべく動かないっていうのは何か考えがあるんですか。
やっぱりずっとルチャリブラにできるだけいたかったんですよね。ずっと。
東吉野でずっと生活したかったし、ただそれこそ何でしょうね、仕事しなきゃいけなかったりするから就労支援したりとか、7年8年やったりしてとか。
で、いろいろ自分の中でバランス取るためにトークイベントとかでいろいろ飛び回っててっていうこともやってたんですけど、
基本はやっぱり家にいて、東吉野村のルチャリブラで図書館開館してっていうところにいたいっていう気持ちはずっとあったので、
それができるようになってきたっていうようなことでは一つはあるし、
で、あとはやっぱり何でしょうね、毎週末例えばトークイベントやったりとかっていう予定を詰め込んじゃうっていうのは、
一つはやっぱり自分の課題の解決の仕方だったんだろうなとは思いますね。
何かを解決するために。
例えば何か、自分の過剰性というか。
そうですそうですそうですそうです。
バランス取るためにとかね、
っていうこともあって、いろいろその本を出す、例えば悲願の図書館を出した人、2019年とか、
2022年、2021年とかって本出してとかって、
あとはその前から寺院を作ってとかって、
21:03
個人の本屋さんが少しずつ全国にでき始めてとかっていう、そういう状況ももちろんありますけどね、
その中で本も置いてほしいし、あとは仲良くなった本屋さんも応援したいから、
それが応援になってたかわかんないけど、トークイベントさせてもらって、
っていうのもあった。
それが自分自身の中でもうちょっと一旦いいかな、みたいな。
っていうのももちろんあると思いますよ、その状況ですよね。
状況もそうですよね。
自分の状況、もう本もね、一生懸命書かなくていいかなっていうことはないんですけど、
まあちょっとね、全く書いてなくて、ちょっとやっぱり本書きたいなとかって思ってた時とはやっぱりちょっと、
状況も違うし、モチベーションも違うし、っていう中で、やっぱり自分の課題っていうんですかね、
問題解決の仕方っていうのを外に発信する、外に出す、外で解決して、
で、家に帰ってくるっていう形ではなく、
やっぱりその今いる場所、今の自分の体とか、今の環境の中で解決というか取り組んでいきたいなっていう、
そういう環境であったり、仕事の状況であったり、自分の心持ちであったり、
そういうのがだんだんと整ってきたっていうと言い過ぎなんですけど、
ちょっとまあそういうフェーズに入ってきたかなっていうところはありますよね。
そうか、なんかちょっと自分のことにも照らしながら聞いてたんですけど、全く見えないですね、自分のことが。
どういう段階なんだろうとか。
まあでもあんま考えなくていいのか。
なんかどうです、青木さんって結構、本を書くぞみたいな、やっぱりモチベーションとか書きたいなとかで、
瞬間瞬間で結構考えてエネルギーを出す場所を考えてるって感じなのか。
確かにあの、今みたいに僕が喋ると、あと本もそうなんですけど、
今の現状に向かって一直線で歩いてきたように、やっぱり語っちゃいますよね。
それが言葉にするっていう意味だし、それが話すっていう意味だし、
24:05
それが物語るという意味で、
確かになんかその、それで人に伝わったり、あと自分が癒されたりっていうこともあるんですけど、
あるんだけど、なんかでも本当にそうなのかなっていうか、本当に全然そうじゃないんですよ。
本当にそういうゴールをまず設定して、そこから逆算してね、
まず就労支援で福祉の勉強をして、
そこにやっぱり今までやってきた大学院の歴史学の研究を合わせて本を出してみたいな、
そういうことをしてるわけじゃないじゃないですか。
そうですよね。でも今振り返るとすごい綺麗に物語れるというか、
そういうストーリーになってるように見えちゃうっていうのは確かにありますよね。
見えちゃうし、それは手前、手前味噌って言うんですか、こういうのは。
ですけど、僕の物語る力がある意味強いんで、
それはイタシカユシというかですね、モロハノツルギというか、
自分の物語に引っ張られてしまうんですよ。
確かに。
ある意味そういう人間ですって伝わるんだけど、
でもそういう人間にならなきゃいけない自分じゃないかとか、
本当に自分はそういう人間だったんじゃないか。
ルチャリブロをやって、人文地と福祉をある種ブリッジングしながら発信する人みたいな、
全然そんな人じゃないというか、
ただやっぱりそういう、ある意味言葉の力とかロジックが強いんで、僕。
ちょっと分かりますというか、
なんかナラティブを自分で作れてしまったりとか、
僕もそれを30代前半とかでやって、めっちゃ癒されたっていうか、
治療になったっていうのが経験としてあって、成功体験になってて、
でも確かにナラティブって結構怖いっていうか、
居ついてしまうというか、そんなことも考えますね。
そうそう、その通りですね。
確かに。
本当に自分だけのナラティブってあるならいいんだけど、
やっぱり自分だけのナラティブってなかなか構築できない、難しいですよね。
どうしたって最初の話ですけど、
社会的な平等性とか気にすると、やっぱりこの言葉よりもこの言葉を使おうかなとか、
27:04
やっぱりその取捨選択を無意識にもしているし、
それは社会とか時代によってもちろん使う言葉っていうのは制約されるというか、
それは当たり前のことなんで、全然悪いことじゃないと思うんですけど、
だけどどうしたってそこに絡めとられるとも違うんですけど、
大体ね、意地側面は語り終えたかなっていう気はしますよね。
だから、僕の中でね。
なので、そこに対してどう思うというよりはあんまりそこに興味がなくなってきたっていうのはあるし、
だからさっきのね、その合宿とか、
っていうような、なんでしょうね、言葉にしにくいものの方が重要だよねとか、
あとは最近思うのは、やっぱり何が何でも言葉にしようとみんなしすぎじゃないかっていう。
確かに。
昨日、げんちゃんと話してたんですよね。
そうなんだ。
げんちゃんが大阪でイベントやるんで、寺田さん来ませんかって誘ってくれて、
ちょっと行けなかったんですけど、
彼は芸大に出て、本当そういうことをやろうとしてるんですよね。
なんかアートで表現しようとしてるというか、全部言葉にしないとか、
同じ飯を食べて空間を共有するみたいなことをやろうとしてて、
すごい面白いなと思ったんですけど、
なんか僕もそっちに寄ってきてるなというか、
感覚値とかをいかに若者社員の中で作っていくかみたいなのを結構考えてて、
それを誰かに伝えようと思っても伝わらないっていうのが、
面白さであり難しさであるんですけど、
その感覚が、これでなんか面白いもの見つかったとか、
なんかすごい抽象的なんですけど、そういう体験って多分あると思って、
例えば内田先生の本読んだときとかもあったし、
なんかそういう感覚的なものを広めていくにはどうしたらいいんだろうっていうか、
は思ってなんか場作りをしたりはしてるっていう感じですかね。
うんうん、めっちゃわかりますね。
だから、かといって言葉が必要ないっていうのは全然思わないんですけど、
30:11
専門、専門家になりたくないっていうのは最近すごく思っているので。
あれめっちゃ面白かったんですよ。
李健さんとやられた、めちゃくちゃ面白くて。
よかったです。あのね、オムラジで配信してる。
あれ、僕2回ぐらいほんまに聞いて面白すぎて。
そう、だから最近ね、思っていることはそこですかね。
専門、でも僕は専門的に歴史学を学んだ人間でもあるので、
専門の重要性はすごくわかるんですけど、
そうですよね。
ただやっぱりその専門で飯を食おうとしちゃうと、
どうしてもなんて言うんでしょうね、
なんて言うのかな、まあその辺を李健さんと喋ってたんですけど、
なんかやっぱり同業者に勝つにはとかね、
その専門のポストを明け渡さないためにはみたいな、
なんかそもそも何のためにやってんの、じゃなくていうその問いから、
なんかその同業者に勝つためみたいな競争のロジックに入っちゃって、
そうするとなんかあんまりなんか僕は、
そうなっちゃうとなんかやる気なくなっちゃうっていうか、
うん、わかります。
ってなっちゃうので、あんまりなんかその専門、
専門のことを身につけるのはすっごく大事だと思うんです。
肩ですよね、一瞬ね。肩を身につけるのはすっごい大事だと思うんですけど、
その肩でなんか生活してこうみたいな、セックスしてこうっていうのかな、
なんか食ってこうみたいな、この肩だけでやっていくんだみたいなことになりすぎると、
なんかやっぱりちょっと、まああえて言いますけどその本質みたいなところからは、
なんか離れていっちゃうなっていうところがあるので、
でも社会的にはそのなんとかの専門家ですとかって言った方が評価されるんですよね。
そうです。僕もなんか若者支援の専門家ですとか言っちゃうときあるんで、
まあそういう側面もあると思いますし。
そうそう。で、その専門であり肩であるからそこのロジックはめちゃくちゃ強いわけですよね。
この説明できちゃうっていうか。
33:00
そうですね。
だけど、なんかその説明できちゃうことが、説明できないものをすごく取りこぼしてないかとか、
なんか説明できちゃうことによってその本来説明できない生き物であるはずの人たちを、
なんかすごく傷つけてないか。
ああ、そうですよね。
なんかすごいいろんなものを車掌してるっていうか、分かった気になってるというか。
で、なんか誰を傷つけてるのかっていうと、何より自分が傷ついてるんじゃないかって気がするんで、
だからあんまりその、何でしょう、専門の、専門を突き詰めないというか、その専門で語りきらないっていうか。
そういう意味でね、僕は関西弁のね、なんかもう語りきった後に、いや知らんけどみたいなのはめっちゃいいなって思ってて。
確かにな。
あれはいいですよね。そんなもんだよって。
なんかそういう言葉って確かによりなんかローカルな言語にありそうですよね。
まあナンクルナイサーとかもそうですけど。
知らんけどっていう。
知らんけどとかね。
確かにな。
なんかね、その一生懸命語った言葉を最後打ち消すみたいな。
それの重要さ。
確かに確かに。言葉は言葉でしかないっていうか。
そうですよ。
ツールではあるんですけど、あの強力な。
そうそう。
でも知らんけどで、全部なしにするっていう。
そうなんですよね。だから、ケアっていう言葉が、このケアラジもそうですけど、ケアっていう言葉がすごく使われてて。
ケアも何でしょうね、ケアとか支援とかサポートとかっていうのもそうなんだけど。
それはその人が必要なときに必要なだけ提供されたりとかね、そこにあるからいいわけであって。
その人が必要ないのにケアされ続けるとか支援され続けるっていうと。
逆にその人の自立とか生命力っていうのを削いじゃうんじゃないかって気はするんですよね。
そうですね。なんかほんまにタイムリーにげんちゃんともその話をしてて。
36:03
ケアって言葉じゃないですよねみたいな態度というか。
なんか不必要なケアをする姿勢ってすごいその人傷つけると思って。
尊厳を。
なんかできることをやっちゃうとか。
ほんまにケアもなんか消費されてる感が僕はすごいあって。
ブルジョワになんかこっちは現場でこうセコセコセコセコ。
誰に評価されることもなく。
まあ楽しくはやってるんですけど。
それがなんかすごい消費されてるなっていう感覚はどうしても持っちゃうというか。
その人たちの言ってることとかを本とかに出てたりするんですけど。
分からんでもないけどなんかちょっとリンクしない部分があったりとかして。
何なんだろうっていうのは最近めっちゃ。
ケアラジとか自分でやってるから何とも言えないとこあるんですけど。
いやいや。
かといってじゃあケアっていう言葉を使わないようにするのがいいのかっていうとそうでもないと思うんで。
そうですね。
でも本当そう思いますよ。
現場が過小評価されてるっていうか。
ロジックが強い人とか言葉が上手い人とか。
何となく耳障りのいいことを言う人とかが評価されてる。
そうですね。
だからケアって言ってる人で僕その介護保険の報酬が実は下がっちゃったんですけど。
そういうことに言及してる人って見たことがないなとか。
そういうのをチクチク思ってしまうというか。
全然ケアのこと考えてないやんとかって。
ちょっと現場目線では思っちゃうというか。
そうですよね。
生活保護のこととか何か考えてんのとか。
それをこういうふうに言うと角が立っちゃうんで。
言論としては何かなかなか難しいとこなんですけど。
でもそういうことを細々やっていこうかなっていうモードにはなってきてますかね。
細々というか、実直に現場を見ていこうとは思ってるんですけど。
いちいち何か起こってたらキリないなというか。
確かに。
そういうのを考えてるんですけどね。
そうですよね。
でも何か傷んでくるっていうか。
若干しんどくなってくる側面もやっぱりあるというか。
あんまり見過ぎないようにしようっていうのを最近思ってるとこですけど。
39:00
何かSNSとか?
そうですね。
自分でも何かしっかり軸を持った方がいいかなとかは思ってるんですけどね。
そうですよ。
SNSもそうだし、本もそうだし、あんまり信じないほうがいいですよ。
自分が感じてることが全てなんで、基本的にはね。
基本的には全てで、ただ自分が感じてることを肯定してくれる言葉を探すときに、
本を読む、インターネットを見るとかってして、
自分の感覚が間違ってなかったみたいなのはやばいと思うんですよ。
そうですね、確かに。
自分の感覚を、何でかっていうと、本とかインターネット上の言葉って文脈がわかんないっていうか。
本はもうちょっと文脈がわかりやすいですけど、
自分の感じてるこれと、この本に書かれてるこの言葉が全く同じ文脈で言われてるのかって言ったら、
それはわからないですよね、本当のところはね。
インターネットなんてもっとわかんない。
だから、あなたは一人じゃないとかっていう言葉を聞いて、
そうなんだ、安心したとかってね。
で、あなた一人じゃないのに一人にさせようとしてるのはあいつだ、みたいな風にされちゃうのがインターネットだし、
本もそこまで解像度は荒くないけど、構造的には似たようなところに陥っちゃう可能性はあると。
だからやっぱり僕は自分で感じてるんだけどっていうときには、
同じような、できるだけ同じような文脈に五つでも違う人。
だから、いわゆる当事者界みたいなのは、僕それはすごく大事だよなって思うんですよね。
そういうことか。なるほど、なるほど。
そうですね。どうしてもネットとか、手に取りやすい情報から行っちゃうっていうのがあるので。
僕、青木さんと喋りたいと思ったのは、穴勝ち間違ってなかったですね、なんとなく。
当事者界。
当事者界。確かに。そういうことか、確かにな。
そういう気がしますよね。
だから当事者界であればリアルであれ、オンラインであれ、いいだろうし。
あとは読書界とかっていうのもそうですよね。すごくいいな。
42:00
僕のやってるね、黒蛇行っていうやつでやってるのも結構同じ本を読んで、それぞれ立場が違うからこういうふうに読んだよとかっていうので、別に何が正しいってわけでもないし。
そうですね。黒蛇行も面白いですよね。これも聞かせてもらって。
ありがとうございます。
なんか僕的にはアミケンさんがすごい好きで。
なんか異色の、メンバーの中ではちょっと理系っぽいって言ったらあれなんですかね。
ちょっと表現があれかもしれないですけど、僕はなんか分かるぞとかってちょっと思っている一人であるっていう。
喜びますよ。
やっぱりね、そうそう。やっぱりそういうね、同じようなことを感じてるんだけど、でも生きてる。
状況とか家族とかも違うし。
そうですね。
だから同じようなことやってても、得ている収入は違ったりもするわけじゃないですか。
そうですね。
例えばだけど、大学の先生だって国立と私立だったら全然違うわけだし、高校だってそうだしとかね。
福祉とかっていうのは大体似たような報酬でやってるかなっていうのかもしれないけど、
でもやっぱり株式会社、社会福祉法人とNPOとかって言ったらまた違ったりもするだろうしとか、
その収入と支出は違うわけですよね。家族の形態であったりとかね。
そうですね。
仕事の種類によって。
で、大体そこはみんな何も言わないじゃない。何も言わずに。
うん。
でも結構そこ大事じゃないっていうか、それによって。
そうですね。
なんかその同じこと言われても、
例えば何だろうな、いや寺尾さんそれだったらちょっとヨーロッパに研修に行って来たらいいよって。
はいはいはい。
その受け止めって違うでしょっていう。
何言ってんだこいつって思う。
無理無理無理無理っていう。
あればね。
確かに。
とかね。
いやー、なんか大阪で知らんけどって出ましたけど、大阪人は家賃を聞くっていうのがあるんですよね。
そうなんだ。
家賃なんぼなんっていう。
重要ですよ。
そういう、確かになんかすごいやっぱり人と人の距離が近い土地であって、今はちょっと違うのかもしれないですけど。
そういうなんかローカリティーみたいなものを大事にしている土地でもあるかもしれないですけどね、関西は。
45:01
確かにね。
大事ですよね。
だから別にそれで全てが決まるってわけじゃないんだけど、でもやっぱりそれはめちゃくちゃ重要な要素だよね、人が生きる上で。
そうですね。
実家だったらね、なんか家賃もそんなかかんないし、なんかすごく余裕があるんじゃないかなとかって思ったとしても、もしかしたらその家族の関係があんまり良くなかったから、実家にいることがしんどいみたいな。
人もいるしね。
だからなかなかそのね、一概には言えないわけですけど、だけど大事って気がする。
そうですね。僕も仕事でそういうところを掘り下げていってるだけと言えばだけというか、その人一人の全部必要な範囲で立体化していって、必要なサポートを届けるっていう必要なだけ。
ということなので、そういうのが全部やっぱり車掌されちゃうのがインターネットであり、それがインターネットの面白さではあるはあるんですけどね、たぶん。
なんかミーム現象みたいな感じで、何ていうか抽象的なところだけ取り出されてバズるみたいなとか、文脈関係なくなるって変な音楽が生まれたりとか、
そういうのは面白さではあるんですけど、後財の財の方が結構強すぎて、社会基盤もちょっと既存し始めてるっていうのが、
2025年から何か加速しそうだなという気もしてるので、やっぱり何か抵抗。
何か言葉としては抵抗っていうのが出てきちゃうというか、そこに抗って、どう人間らしいっていうか、
全部生活環境も含めた自分として、人間としてどう生きていくかみたいなことは考えていこうという感じですかね。
いや、そうじゃないですかね。すごくいい気はするけど、でもやっぱりその時に何かをやれば全て解決できるんだっていう思考に陥らない方がいいっていうことでしょうね。
そうですね。何か情報を得てこれだとかっていうよりかは。
仕事を辞めればとかね。
転職すれば。
そうそう、転職すればとかって、やっぱりそうなりがちじゃないですか。
一番大きな自分に対して影響力が大きいところを変えればどうにかなるんじゃないかというふうに、それはすごくなっちゃいますよね。
48:07
そうですね。でも何か僕もそこを勘違いしてたっていうのが、2025年考えてるところで。
そんな俺には力ないぞっていう当たり前のことなんですけど、何か社会を変えようとやっ気になってたんですけど、ちょっと待てよ、そんなこと無理やんっていうのが。
でもね、その変えたい社会の規模、ちっちゃくした、やっぱりね、ケアラジも聞いてくれてる人もいるわけだし。
そうですね。
普段の家庭もそうだし、就労支援で関わってる人たちとかもいるわけだから、全然社会は変えてると思うんですけど。
何かどんどん中傷度高くなっちゃうんですよね。
そうですね。なんか求心的にやろうとしないっていうのは、改めてちょっと何か最近意識したところで。
それは大切な気がしてるんですけど、ただね、さっきからその2025年って言ってるけど、まだ2ヶ月ぐらいしか経ってないけど、結構何かいろいろ考えてるんですね。
そうですね。なんでこんな2025年になるんでしょうね。確かに。
変えたいと思ってんのかな。
でもなんか劇的に変わったんですよ、自分の体が。
何か食べ物変えたりして。
お酒を辞めたんですよ、まず。
めちゃくちゃ痩せて6キロぐらい、それだけでガーって減って。
何も関係ないかもしれないですけど。
なんか2025年は自分の中で節目にしようとしてる感はあって、仕事のこと含めて。
あれ?40ですか?
えっとね、今年39です。今38で。来年40なんですよ。
急に焦り出して。
何を焦り出したんですか?
なんかもう40だという数字。数字っていうか、子供が成人するんですよね、40代終える頃に。
子供と一緒にいれる期間ってもう少ないなとかって考えて、この39の年と、今年は厳密に8の年なんで。
ちょっとなんかギアを変えようとかいうふうなモードになってるかもしれないですね、そこから。
それでやたらと2025年をれんこするっていう。
ねえ、なんかもう年末かなみたいな気がしてましたけど。
確かに、もう年末感が僕の中では。
51:01
すごいです。まあね、年度末っちゃ年度末ですけど。
ちょっと行き急いでる感もあるかもしれない。なんか焦ってるかもしれないですね、そういう意味だと。
どうしたんでしょうね。
どうしたんでしょうね。
なんかまあ、あれじゃないですか、一緒に飯食ったり、しゃべったりしながら。
まあ僕とね、寺野さんって結構タイプが似てるじゃないですか。
似てる。だからこそ思うんですけど、自分で何かを変えようとしない方がいい。
いやあ、そうですね。
な気がしますけどね。
そこなんかちょっともうちょっと聞いてもいいですか。なんか僕直感的にはほんまそうやって今思ったんですけど。
そう。
なんか大きさの。
そうですね、なんかね、そのやっぱりアクセル踏みすぎちゃうってとこがあります。
まさに。
でもやっぱり我々直感で動く頑固者としては、多分アクセル踏まなくても進んでいくんですよね、そっちの方向に。
わざわざアクセル踏む必要はないっていう。
確かに。
アクセルするんで、アクセル踏んじゃうと早いとか言ってブレーキ踏まなきゃみたいな、なんかわちゃわちゃやっちゃうっていうところが。
確かに確かに確かに。
それはそれで、それはそれなんですけど、なんかできるだけ日常をね、平穏に過ごしていれば。
勝手に。
勝手に変わっていくし。
でもなんか多分年に3回か4回ぐらい、なんかアクセル踏むタイミングあると思うんですよ。
あーそうですね。
そのタイミングにアクセル踏めればいいし、普段踏まないと踏むタイミングが見えてくる気がするんですよ。
あーなるほどな。
ちょっとどう踏めばいいかばっかり考えてましたね、多分。
今踏まないとってなんかなっちゃってて。
なんかスピード感的には年末に言ってたんですよね、多分僕は。
この2025年まだ2ヶ月しか経ってないのに。
もう5倍速ぐらいで焦ってましたね。
ね、なんかちょっとね、抽象的な話ですけど、体感としてはそんなような気はして、でなんかアクセル踏むとなんかやったような気になるんですよね。
54:03
なりますなります。なんか残るじゃないですか、しかもそういう成果というかアウトプットが出てくるので、そういう時って。
確かそれを求めてるだけかもしれないですね。
そうなんですよね。
だからまあそういう意味で、何でしょうね、でもそういう意味でお酒やめて体が改善とかっていいですよね。
僕もなんか、そっちの方でやったような気になるっていうことがいい気がしますね。
あー確かに。
なんか筋トレするとか、なんか1日何千歩歩くとか、なんかそういう、まあ僕数値化のことをねすごく嫌ってますけど、数値化できるものはできると思うんで。
そうですね。
それは、それを積み重ねているっていうことの大事さ、だから例えばですけど、何だろうな、支出を下げるとか収入を上げるとかって、なんか分かりやすくその安心するじゃないですか。
安心するし分かりやすくその不安になるし。
そういうものと、あとなんかこっちの数値化しないほうがいいとか数値化できないとか、その人間存在に関わるみたいなものっていうのはちょっと分けて考えておいたほうが良くって。
確かに。
いう気はしますけどね。
そうですね。
なんか、そうそう食事ってやっぱり毎日とるから、そういう意味で、なんかそこを変えると、なんかもう本当文字通りヘルシーだなというかはしたんですよね。
楽しくなるし毎日が。
うんうん。
うん、なんかいい食事できてるなみたいな。
でもなんか、癖でアクセル踏もうとしちゃうっていうか、なんかそんな状態だったのかもしれないですよね。
それを勝手に社会のせいにしたりしだすから、またトランプ側とかつって。
そうそう。関係ないんじゃないかな。
全然関係ないやん。
この辺、そうだからなんかそのね、ゼロイチじゃないっていうこの中間の部分で。
うん、確かに。
でもだからなんか、なんていうんですかね、自分主催のイベントをするとかね、年1回は。
うんうん。
みたいな、そういうアクセルの踏み方とかはなんか大切な気がしますけどね。
確かに。
なんか、そう言ってると割となんかお仕事の話とか来たりして。
57:03
うんうん。
あ、なんかブーストできそうな場所見つかったなっていうのは今あったりするんで。
うんうん。
ちょっと平穏に過ごすことにします。
ちゃんと2025年、こっから僕だからスタート感もしんないですね。
おお。素晴らしい。
もう年末まで行ってたんで。
そうですよね、年末まで。
僕もそんな感じで、ちょっとできるだけ平穏に。
ああ、そうか。
平穏に過ごしたいし。
そうですね、まあおっしゃる通り、あんまり何でもかんでも社会のせいにしないっていう。
そうですね。
ほとんど。
そうですね。
そうですね。
あ、なんか良かったです、本番に話せて。
そうだよなって。
いや、分かんないですよ、これはね。
うん。
これも分かんないんで。
そうな気がします。
これは今の僕の現状を考えてること。
でも僕は本当に今ハマっていることっていうのは、もう1時間くらい喋ってこのタイミングで言うのかって感じですけど、
密教です、密教。
ああ、ねえ。
今密教は熱い。
密教に熱いってね。
まあやっぱりその、この前のオムラジでね、科学的根拠、エビデンスで子育てっていう本を読んで僕は怒ってたわけですけど、
その科学的根拠ってエビデンス、近代科学がある意味で強くなりすぎてしまっているんで、
その対抗軸を持ちたいなと思ったときに、
自分の実感っていうのももちろんいいんですけど、
ちょっとやっぱり弱いんですよね、科学のが強すぎて。
ああ、なるほど。
そこに対してこの実感をちょっとバックアップしてくれるロジックを持ちたいと思ったときに、ちょっとやっぱり仏教じゃねえか。
しかも日本の高野山であったりとか、僕が住んでる環境に近いところで寝られた日本的密教、空海が考えたっていう、それはすごい大事な気がしていて、
で、ちょっと勉強しているっていう、勉強なのでもないんですけどね、
ちょっと少しずつ音を読むっていう。
だから、仏教自体はめちゃくちゃ都市の論理っていうかね。
うんうんうん。
だから、煩悩を消すみたいな、自分のことしか考えてないみたいな。
言い方悪いけど。
確かに確かに。
だからこのね、自我を消すみたいな。
1:00:01
うん。
やっぱりめちゃくちゃ都市的ですよね、その。
ね、なんていうのかな。
まずは稼ぐみたいなことじゃないわけじゃないですか。
で、あとは、全然雨が降らないからね、雨を降らしたいみたいなことでは全然なくて、自分の煩悩を消す、自我を消すみたいな話って、めちゃくちゃ都市的だけど。
で、そういう仏教のロジックと、あと何でしょう、草とか木とか、人、動物、全てに仏があるんだみたいな、
そういう、ある種その、矢を寄ろずの神的考え方ですよね。
うんうん。
それを合わせた空海、すげえなみたいな。
へー。
そこでちょっと勉強してるっていう。
勉強っていうか興味があるよっていう感じ。
うん。
なって。
うんうんうん。
これをもうちょっと自分の中でしっかり持っておくと、
うんうん。
科学的エビデンスみたいなことを鵜呑みにしないんじゃないかなって。
うん。
いや、どうしてもなんか食いぶちの問題になっちゃうと思って、そのさっきの専門家の話も、
これ専門家した方が社会のためにいいっていうのが始まったものが、
うんうん。
なんかポストと食いぶちの話になってきちゃって、
で、なんか変なことになるというか。
ベースに、そう、日本ってやっぱり仏教あるんですけど、ほぼほぼ無宗教じゃないですか。
うん。
多分それって世界から見たら結構異常なことで、
アメリカとかもね、いろいろ、
まあそれこそ戦争になっちゃうぐらいだと思うんで、宗教の問題ってね、強いですけど。
意外と日本のこのなんか、殺伐としちゃうというか、
ハッピーな感じがしないっていうのは、
割と宗教がないっていうのは、結構根本的な問題としてあるかもしれないですよね。
宗教って、ある意味世界観だと思うんですよ。
うんうんうん。
ああ、そうですよね。
世界観、まあ世界観がないというか、
ある意味その、ね、まあ言ってみればフィクションだと思うんですけど、
フィクションを持たない人間って、
なんか人間って言えんのかなっていう気がしてきちゃってる。
うん。なんか広行き感出てきますよね。
そうそう。
ちょっと、ね。
1:03:00
それってあなたの感想ですよねってなっちゃうっていうか。
なっちゃう。
し、結局信じられるものは、まあ言ってみればお金。
うん。
ね。
ああ。
ってしまうわけですよね。
で、そのお金をどう稼いだらいいのかはみんなわからないから、
じゃあエビデンスがあることやりましょうって言って、
うんうんうんうん。
そっちに。
確かに。
それね、なんか科学的エビデンスとかっていう、なんか、
その、まあ僕からしたら嘘なんですけど。
あれも宗教ですよね、ある宗教。
宗教ですよ。
うん。
その、なんていうんですか、世界観だということを感じさせない点において、
めちゃくちゃ悪質な宗教だと僕は思っているので。
うんうんうん。そうですね。
うん。
だってそれを真実かのように見せてるわけでしょ。
うん。
で、そういう意味ではね、その、やっぱこの教えが全てなんですっていう宗教はやっぱりダメだと思いますよ、僕は。
ダメっていうか、それはそれでね、あの悪質だと思うんで。
うんうんうん。
だからね、宗教だったらなんでもいいってわけでは全然もちろんないんですけど。
うんうんうん。
でもやっぱり千何百、千二百年、千二百五十年とか続いてる、
やっぱそれは、ちょっと勉強する価値あるよね。
いやー、そうですよね。
なんかそこでやっぱりこう、保守っていう言葉に立ち戻るっていうか、
そうですね、確かに。
時間の経過を経たものっていうか、
僕もだから、なんかおばあちゃんの梅干しをなんか食べるとか、こういう時に食べた方がいいとか、
ああいうものってめちゃくちゃ実は価値があって、
うん。
科学的イビデンスを超える、
多分なんか人間の英知みたいなものがあったはずで、
なんかよくわからんけど大根を張るみたいな、謎の、あれでも多分めっちゃ効くと思うんですよ、多分。
イビデンスはないけど。
ね、だからね、かといってそのなんですか、なんか癌になった時に西洋医学は絶対信じず、
とかっていうのになっちゃうとやばいじゃないですか、それはそれでね。
原理主義はやっぱりちょっとやばいんですよね。
そうなの。
いいエッセンスを入れていくのと、
なんかやってみていいなって思える身体を持っとかないといけないなっていう気がしますね。
めっちゃ効いたからこれやろうとかって、
自分の体で信じるというか。
そうですよね、そうそう。
そう、僕も全くそういうこと感じてて、だからそのためにはやっぱり平穏な。
うん、確かに。
平穏な日常と、なんでしょう、だから、
1:06:01
嫌なものは遠ざけとくっていうことですよね、できるだけ。
どうせね、どうせ社会に出たらなんか嫌なことって向こうから飛んでくるんだったら、
わざわざ自分からこういう本も読まなきゃいけないんじゃないか、
こういうことをしないと社会人とは言えないんじゃないかとか、
こういうことをしないとお父さんとか旦那とか妻とかお母さんとか言われないんじゃないかみたいなことを、
そういうなんか自分の中にはないんだが、
社会的に養成されているように感じさせられるものにキャッチアップしよう、キャッチアップしようっていうふうにはもう、
もういいんじゃねっていう。
そうですね。
気はしてます、もうね、何ですかね、もう自分はこれしかできないんですっていうことから始めていき、
その中でベストを尽くすっていう。
そうですね。
いやー、ちょっと慌てすぎましたね。
いや、わかんないけど。
でも考えてることはやっぱり近しいんだなというか、
秋さん密教見つけられたけど、多分その縦にするものがなかなか多分見つかってはないんですけど、
やっぱり身体っていうところには行き着いたっていうか、
うん。
なんかね、こう、いつかないようにこう動ける余裕というか、
身体作りはまあうまくいってるかなっていう気がするんで。
うんうん、確かに確かに。
うん。
大事ですよ。
変にアクセル踏まないっていうのはちょっともう一回、すぐ踏んじゃうんで。
そうですね、いや僕もそうですよ。
うん。
いやー。
なるべく、
そうですね、
あの、
なんでしょう、
最近ずっと自分に言い聞かせてるのが、
はい。
他人の期待に応えない。
うんうん。
それを言い聞かせてるんですよ。
うーん。
自分に対してね。
うんうんうん。
どうしてもなんか、
良かれと思って、
人の期待に応えようとしてしまう。
うん。
まあ特にケアとか福祉とか、
うーん。
仕事に就いてる人ってそういう人多いと思うんですよね。
いやそうですね、めっちゃ思います。
だからね、
まあ社会で、
なんていうんですか、生きるよりも、
まずはやっぱ自分の、
うん。
状態を、
良くする、
ことに、
1:09:01
全勢力を、
注ぐべきなんじゃないかなっていう気は、
してます。
ありがとうございます。
ははは。
いやいや、はい、すみません。
いや、良かったと思って、はい。
そうそうそう。
3月はちょっと本当に話したい人に話す月間にしようと思って、
はい、思ってて。
それは多分自分でもどっかなんか違うなと思ってて、
うんうん。
もちろんね、こう社会のことも、
やっぱり、
なんとなく、
こう透明で見ながら、
必要だと思うんですけど、
ちょっと自分のことを集中して、
僕も期待に、
すぐ勝手に背負って、
あの押し潰れちゃうんで、
うんうん。
そうならないように気を付けようかなと思うのと、
あと、ちょっと春ぐらいにまたルチャリブロに、
行こう会がちょっと立ち上がっていて、
おお、ぜひ。
はい、また相談させてください。
お待ちしてます。
はい、じゃあそんなところで、
1時間半弱喋ってしまいましたが、
すみません、なかなか。
いいえ、めちゃくちゃ話して良かったです、本当に。
こちらこそです。
はい、では、
今日はこれで終わりたいと思います。
はい。
じゃあ今日のゲストは青木新平さんでした。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
さよなら。
さよなら。
01:10:27

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