1. care-radio(ケアラジ)
  2. 2025年は「傷」「イタリア」「..
2025年は「傷」「イタリア」「嫉妬」「置き配的」
2026-01-05 1:05:11

2025年は「傷」「イタリア」「嫉妬」「置き配的」

久しぶりのビデオポッドキャストですが、長々と話しております。


影響を与えてくれた本などを紹介しつつ、去年の振り返りをしております。


やはり話は「若者支援」にまつわる話に。

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:01
はい、始まりました。care-radioです。ということで、年内最初のcare-radioを配信していきたいと思います。
久しぶりのビデオポッドキャストということになります。歯切れが悪いですが、やっていけたらと思うんですけど、ちょっと年始なんで、どうですかね。
振り返りと今年の抱負みたいな感じでいこうと思いますけども、どうですかね。2025年は割と地味な年だったなという気はしていて、
特別大きな仕事をしたわけでもなく、大きな仕事というと難しいですけど、
過去僕がやってきた、例えばクラウドファンディングをしてみたいなとか、イベントに出て投稿みたいなことじゃなくて、
本当に目の前でいる人が必要としていることをやるとか、そんな仕事を祝々とやってきたみたいな気がしております。
どっちかというと、自分の体のこととか、ちょうど僕がこの前12月に39歳になったんですけど、
去年、おととしの末ぐらいから、年齢がどうこうっていうのはもちろんあるんですけど、本当に体調が悪い日が続いてたので、
それが嫌だなあというか、もうちょっとちゃんとしないとっていうのはずっと思ってて、
20代みたいにはいかないし、30代前半ともちょっと本当に体が変わってきたなっていうのがあって、
そんなに生活習慣とかが良い方ではないっていうか、食べるものも全然気を使わなかったですし、
睡眠時間とかもね、どっちかというと削って仕事するようなタイプだったんですけど、いよいよそれが無理が効かなくなってきて、
で、どうしようかなっていうのを、ああでもない、こうでもないと試行錯誤してきた1年だった気がします。
お酒をやめたりとか、これは結構大きくってですね、これはもう多分一生続けていきたい。
習慣っていうか、その方が自分にとって良いので勝手に続くと思うんですけど、
03:06
あとは何だろうな、あとまあ食べるものも結構変えたりとか、
それもいろいろプロテイン飲んでみたりとかいろいろ実験してみたんですけど、
プロテインは多分自分の今の運動量に全然合ってなくて、どっちかっていうと飲んでた時よりは今の方がちょっと途中でやめて、
今の方が体調がいいなっていうのがあるんで、それよりかは朝をしっかり食べるとか、卵を取るとかね、
なんかそんなことをして、朝必ず子どもたちにもご飯飛べさせたい、ちゃんと栄養を取ってもらいたいっていうのがあるんで、
スクランブレックだったら次女は食べるし、長女が卵がアレルギーあって卵白がダメなんで、
長女のタンパク源のために鳥の胸肉だったら彼女は食べるので、そういうのを用意するようになるべくしたりとか、
それを今年はさらに発展させて、奥さんと話したりしてるんですけど、ちゃんと飼い出し、どっちかでも結構共働きで、
2人とも平日をバタバタとしてたりと、奥さんは福祉職なんで、シフト生だったりして、
あと職場がちょっと豊中の市街っていうこともあって、僕が家近いんですよ、職場との今の。
そういうのもあって、バタバタと家事、育児だったりをしてるっていうことがあったんですけど、
ちゃんと週末に飼い出しに行って作り置きをしてみたいなのをやったりとか、それで家計の圧縮もできますし、
みたいなすごい堅実な話し合いを、話し合いってまでしてないですけど、そういうのしようかみたいな話した今年のスタートって感じで。
年末年始は割と2日3日ぐらい大掃除をしてて、年末、僕もいつもはもうええやんとか、奥さんが結構やりたいタイプなので、
どっちかっていうと後ろ向きというか、もうええやん、そこまでやらんでもいいやみたいな感じだったんですけど、
これを機にと思っていろいろ僕も家の中のこと含めて整理一緒にして、このタイミングで。
06:00
それはよかったなっていうか、すっきりしたなっていう気がしてて、ちゃんと大掃除するのもありかなっていう気がしました。
これまでちゃんとやってなかったんで、もう大量のゴミが出て、いらないものも結構家にあったなっていう気がしますし、
子供がいてるとやっぱりものがどんどん増えていくんで、そういうものも、自助も小学校1年生なんで、そういうのも整理したりとかできたなっていう感じで。
いろんな身の回りのことの整理をしたような1年だったかもしれないですね。
で、いろいろ今年は土壌はさらにちょっとそれを続けていく、発展させていくみたいなふうには考えてるので、
いいものは続けながら余分なものを削ぎ落としていきたいっていうのはすごいあるので、
どうしてもなんか家庭から求められるものが多いっていうか、長女はもう中2で来年だから中3なんですよ。
で、受験とか始まって、豊村川ってなんかね、やっぱりちょっとどうなんすかね。
僕は大阪の南の方で育ったんで、やっぱりなんかそっからでも20年ぐらい経ってるから、自分がね中学生20年以上経ってるのでレベルの差みたいなの分かんないんですけど、
なんとなく自分たちの住んでた地域よりやっぱり勉強難しい気がしてて、
でもなんか勉強なんてできなくてもいいじゃないっていう思いもありつつ、
でもなんとなく親としては子供にその、なんていうんですかね。
うちも両親ともに、今はちょっともういないっていう状況なんですけど、結構母親が教育熱心ではっていうことではないんですけど、
やっぱりちゃんと生きていけるようにとか、やりたいことができるようにとか、そんなに裕福な家庭ではなかったんですけど、
頑張ってパートに行って、塾とかも活かしてもらいましたし、
大学もね、言うたら僕は受験を失敗したというか、効率を狙ってたんですけど、
落ちてしまい、老人もしないということで、私立に行かしてもらい、
09:01
奨学金はその分借りてましたけど、
そういうことをしてもらったっていうのがある分、やっぱり自分の子供にもやっぱりしてあげたいっていう思いはあって、
で、なるとやっぱりお金がかかってくるんですよね、すごい。
で、なんかこう、このまま福祉職でやってると、
もちろん何か無駄遣いしてる部分とかもあるかもしれないですし、バタバタとね、
友働きで、お互い福祉の仕事だからそんな給料良くなかったりする中で、
でもバタバタとしてたんですけど、どっちかって言うと僕が改めるっていうか、
その中でもやっぱり余剰をちゃんと生んでいって、子供たちにお金をしっかり使おうみたいな、
ちょっとモードではあるので、今年はね、なんかちょっとお弁当生活を頑張ろうとか、
それは何かいいものを取るっていう、自分の体にも返ってくることですし、
自分でね、自炊した方がコンビニで買うよりはよっぽどいいと思うんで、
そういう過程の状況もあり、いろいろ見直しをした去年と、
今年も引き続きやっていくんだろうということですね。
そんな感じで、会社としても祝々とフェルマーターでも派手な動きは取ってはないんですけど、
やるべき仕事っていうかね、いただいた仕事を一生懸命やってきた、そんな1年でした。
はい、ですね。で、なんか急遽なんですけど、なんとなく読んでよかった本が結構、何て言うんですかね、
その年を表しているものが結構あるなとか、やっぱり本って大きな気づきをくれるものであって、僕の中で。
で、それをね、ちょっと話せたらいいなと思って一応手元に置いてるんですけど、
えっとね、読んだ順でいこうかな。
まずはね、去年で言うとこれなんですよね。
このプシコナウティカっていう、これは微量だと反転するかもしれないんですけど、
耳だけで聞いてる方は、ね、省影は見えないかもしれないんですけど、結構分厚めのプシコナウティカっていう本があって、
これは松島武さんっていう方が書いた、おびぶんにね、なぜイタリアは精神病院を廃絶したのかっていうことを書いてますけど、
12:02
ワザアリアっていう人がいて、医師であり哲学者でもあるっていう方なんですけど、
ワザアリアがそういう運動を起こして精神病と廃止するような法律を作ったっていうか、通したっていう感じだと思うんですけど、
そのことも含めて書いた、書かれた本です。
で、なんか僕が考えてることとしては、大臣援助の仕事をずっとしてきてて、
特に若者支援分野だと、なんかこうやっぱりヨーロッパが強いっていうんですか、ヨーロッパというか、
イギリスと、あとやっぱスウェーデンとか最近、ものずみさんとかがよく発信されてるので、
若者支援が先進国イコールスウェーデンみたいになってるとこもあるなとか思って、
それそれでいいんでしょうけど、イギリスもそのユースワーク発祥の地とされてて、
これはまた今本が手元にないんですけど、若者支援の日英比較っていう書籍があって、
これもすごい歴史を若者支援の歴史をひも解くにはすごいいい本だったんですけど、
なんか僕自身が現場でやってる中ではあんまりね、なんかそれを輸入して結局日本が良くなっているんですかいという、
気はしてて、それは別にヨーロッパの思想が悪いとかいうわけではなく、
それ以前の問題があるっていうか、そもそも若者支援に予算が割かれてないとか、
実際直輸入できてるわけではないっていうこともありつつも、なんか裸感としては、
例えば権利みたいな言葉だったりとかも、これは実はすごい西洋的な考えがあるというか、個人主義っていうか、
キリスト教師観っていうんですかね、なんか自分としてはすごい権利っていうのは大事なものってもちろん思うし、
何か公的なサービスを使うっていう時には、権利っていうものを行使するわけなので、
その考えがダメだって言ってるわけでもないんですけど、
なんか、じゃあそれはセーフティネットとしては必要なんですけど、
15:02
なんかいまいちピンとこないってずっと思ってるところで、そのユースワークとかもちろん僕がよく分かってないっていうこともありつつも、
なんか、子ども若者っていう国理っていうんですか、で、相対化しすぎてないかなっていうのがちょっと僕が思ってるところで、
もちろん若者得意の問題っていうのはあって、それは公的サービスでサポートされるべき課題っていうのは結構あるなと思ってて、
それはいろんなところでしゃべっているその移行期っていう概念なんですけど、
本来、なんていうんですかね、日本だと東大の尾田幸先生が言ってる戦後日本型循環モデルって言って、
このモデルがあるからこそ高度経済成長ができたと思うんですけど、
18歳になったらそのまま労働市場に入っていく、または18歳になったら高等教育大学に行く、専門学校に行くみたいなルートを決めてしまっていて、
そのまま要は労働力になっていくっていうことがあったから、70年代以降の高度経済成長期が実現できたと言えると思うし、
成長しているタイミングであれば、要はその若者たちもやっぱり幸せになれたわけですよねっていうのはすごいわかるんですけど、
ただ低成長になっていって、ちょっと日本だけ経済成長してないんで、これはまた別の構造がある、構造的問題があると思いつつも、
でもそもそも定常的な社会だと、若者期っていうのはその移行期であり、自分をこう社会の中に位置づけていく中で模索ができる期間として定められてると、
定められてるというか、そうだよねっていう社会的なコンセンサスが多分ヨーロッパ圏にはちゃんとあって、
いろんな体験をしたりとかできる、できたりとか、大学で学ぶっていうことを無償でできたりとか、
そういうものが日本にないっていうことがあるので、いわゆるユースワーク的な実践がよりやりづらいっていうか、
そういう、いや何で働いてないねとかね、すぐそういう話になっちゃうんで、ユースワーク的な発想が実現しづらいっていう構造はあるにせよ、
18:07
なんかそもそもが、なんていうんですかね、そのアソシエーションを作ってみたいなことなんですよ。
いわゆるアソシエーションっていうのは、多分スタディーグループとかって言って、
人為的な人の集まりみたいなものだと思うんですけど、
それってなんか今の日本にはなじまない気はしてて、要は何かを学び合うとか、
学んで市民活動に参加するみたい、とか政治参画を目指していくみたいなことなんですけど、
それはそれで大事だと思うんですけど、若者政治参画も大事だと思うんですけど、
ユースカウンシルとかって言いますけど、なんか僕があんま興味ないって言った方がいいんですかね、
でもなんかやっぱり、もちろんユースカウンシルに参加してる子たちって、
もちろん個々に頑張ってるし、色々な課題を抱えてる子たちだっていうのは分かるんですけど、
なんかすごい僕が見てる若者たちとはすごい乖離があるっていうか、
なんかそもそも、それが悪いって言ってるわけじゃないんですけど、
僕は興味がないっていうだけで、そもそもそういうすごいプレゼンテーション能力があったりとか、
要はオーラルコミュニケーション上手い子たちなんですよね、その場に参加できるっていう時点で、
そういう子たちが政治に参画していくっていうこともとても意義があることだと思うんですけど、
なんかそういうものが取り上げられやすいし、取り上げられていいとは思うんですけど、
なんか一方でやっぱり、それってすごい社会の祝図でもあって、
というのは何でしょうね、支援者側も何ていうかすごい豊かな環境で育ってきた人たちが多いし、
多かったりすると、やっぱりそこから疎外されている若者がいるっていうことに対して、
誰もあんまり何も言ってないなというか、気はしてるんですよね。
でも本来、スレデンとかのヨースワークで言ったとしても、やっぱり移民の子たちとか、
やっぱりそういう社会的に弱い立場に置かれた子たちのためにあるっていうか、
21:07
それはツトミ先生とかが言ってることであるんですけど、
なんか僕としてはそっちを思考していきたい。
とはいえ、そのヨーロッパのモデルっていうのが、なんかしっくりこないっていうのが今思ってるところで、
話長くなったんですけど、このイタリアっていうのがすごい僕は面白いと思ってるし、
僕の実践ともすごい重なりがあって、
何て言うんですかね。
この前アウキさんと喋ってて、地中海っていう地政学的なものもあると思うんですけど、
何て言うんですかね。
もちろん権利みたいな話もあるんでしょうけど、
このプシコナウチカの中だとあんまり権利みたいな話、
出てくるのかな、出てくるとは思うんですけど、
なんか普段ユースワークの中で感じる権利、
日本で裸に言われてるような子どもたちの権利みたいなっていうのとちょっと違うっていうか、
もうちょっと土着的というか、
そんな気がするんですよね。
なんかこう人間感がしっかりあって、
地域の中で生きていくんだっていうことが当たり前なんじゃないかとか、
なんかそんな気がしてて、
何て言うか、権利ってすごく個人主義っていうのが、さっきも言ったかもしれないんですけど、
なんかそういう感覚が僕にはあって、
だから制度で支えられるべきなんだっていうのってすごい、
実は個人主義によった考えで、
それはそれでもちろんセーフティーネットとして必要なんですけど、
何て言うか、地域っていう、地域って言っても、
これもまたいろんな意味合いがあるんで難しい言葉なんだなと思うんですけど、
でもなんかいろんなネットワークの中で、
その人だけじゃないっていうんですかね、
人も含んだ上で、何て言うか、
応答しながらっていうか、
そのネットワークの中にいろんな人が混ざり合っていくみたいな、
それをテリトリオとかっていう概念があるんですけど、
24:02
僕がやってることってそれを思考してるっていうか、
支援とかっていうよりかは、
それは大事な、何回も言うとおりに、
それは大事なんですけど、
何て言うか、やっぱり根本的な解決にはならないというか、
そもそもみんながしんどくなってるのって、
資本主義社会によって人が子になっていって、
どんどんどんどんその方が資本が大きくなるには効率がいいので、
何て言うんですか、新自由主義批判とかではなく、
そういうシステムなんですよね、資本主義っていうのが。
でもやっぱりその弊害が出てきてる中で人が子になって、
隣の人の様子も分からなくて、
何があるかというと、
SNSぐらいしか人とつながる手段がなくてみたいな。
だからやっぱり何か、
人為的にネットワークを作っていかないといけないけど、
そこがやっぱり人だけじゃなく、産業も含めて、
このイタリアの実践の中でもしっかり産業っていうものを、
そのテリトリオっていう中に含まれてるというか、
やっぱりそういう地域の中での循環みたいなのを作っていく。
ちょっと歯切れ悪いですけど、
今日ちゃんと自分の中でやっぱりまとまってないんでしょうね。
とはいえやっぱり今あるニュース、
日本の若者支援の流れみたいなものには、
何か乗れない自分がいるっていうことだし、
何ていうか、若者支援っていう風に領域化されてるっていうんですか。
子ども支援とか若者支援みたいな風に、
それってすごい実は分配のロジックによってるっていうか、
すごい実は行政的な考えが根付いてる気がしてて、
さっき言ったみたいに若者機特有の課題っていうのはあるんですけど、
何て言うんかな。
そこにこだわる必要ってほんまにあるんやっけみたいなことを最近は考えてて、
僕も歩くユースセンターみたいなことを言って、
若者支援を生業にしてるところはあるんですけど、
でも別に僕は高齢者の方のサポートもしてきたし、
いい仕事の中で。
27:02
水泳のコーチやってたときは子どもたちのサポートしてたし、
今は若者のサポートしてるんですけど、
あんま変わりないなって実は思ってて、人を支えるという意味で。
子ども若者で言うと、何て言うんですか。
権利権利っていうのもすごい違和感が最近出てきてて、
やっぱり子どもとか若者っていうのは未熟なんですよ。
で、未熟っていうのは、
だからといってその子たちの意見を聞かないというわけではないんですけど、
やっぱり先を生きている僕たちが、
いやここはこうした方がいいんじゃないみたいな、
その子の言う通りばっかりしてたら、
未来の可能性を閉じてしまうことだってあるわけですよね。
一時的な感情で、例えばですけど、
不登校ですと。
で、不登校ってあり方もいいんじゃないっていうその意見はわかるんですけど、
今の日本で、
じゃあ別に転学したりとかいろんな方法があるので、
オルタナティブな選択ができる子は送料したらいいと思うんですけど、
じゃあ全く学校に行かなくていいかとかって考えると、
やっぱりそうは思えなくて、
もちろんいじめとかそういう本当に実害があるようなものがあれば、
行かない方がいいと思うんですけど、
そういう細かいニュアンスの話ができづらい言論空間にあるなっていう感じがするっていうか、
学校に行った方がいいって言ったら、
それは学校に行った方がいい子もいればそうじゃない、
さっき言ったみたいな子もいるっていうバリエーションの話が全くできないというか、
学校に行かないといけないというのは何ということだみたいな風になっちゃうんですごい、
なんかもう話すのも疲れるみたいな感じだと思うんですけど、
僕は普段してるのって、
学校に行った方がこの子はいいなと思う子は学校に行った方がいいんじゃないとか、
働いた方がいいなと思う子は働いた方がいいんじゃないっていうだけで、
それはやっぱり少し先を行くっていうかね、人生の先を行く大人として、
いろいろやってきた大人としてはやっぱりこれをやっといた方がいいっていうのは、
ある種パターナリスティックにならないといけない部分というか、
そういうその子の希望をずっと叶えてきたようは、
30:02
それでうまくいってる子もいるんですけど、
中には本当に身勝手な、要望ばっかり言う子になるパターンも結構あって、実は。
もう日も札も行かなくなってるご家庭とか結構あるんですよね。
それはやっぱりすごい自我が肥大化してるというか、
自我が肥大化するだけだったらいいんですけど、
そういうことで自分が何か課題に直面化するってことはやっぱりできなくて、
それを親のせいにしたりとか、周りの環境にせいにしたりっていうことをずっと結局やっちゃう。
それが家庭内暴力に発展したりとかっていうのもあるんですけど、
そういう現実を見てると、その子が言うニーズを叶えるっていうのもちょっと違うなと思ってて、
やっぱり合意形成していくっていうのが支援の中では必要で、
それはわかったと。働きたくないのもわかった。
例えばね、っていうときに、
でもそれだったらこうなっちゃうよっていうことを誰も言ってくれない社会だと思うんですよね。
とか、すごい小習慣とか職業習慣みたいなもので、
働いてない人から見たらなんかすごい違和感があったりとか、
何か矯正されてる感じとかあると思うんですけど、
でも人と共同していくっていうのはやっぱり学校とはちょっと違う側面もたくさん出てきて、
それはやっぱりやらないとわからない部分だってたくさんあるし、
もちろんその塩梅の話など難しいんですけど、
例えば朝7時に起きたほうがいいっていうのも、
1時にすっと起きれる子もいれば起きれない子もいるので、
そういう生活習慣を正しましょうみたいなのが、
そういう言説だけが行き勝っちゃうとあんま良くないと思うんですけど、
でも生活習慣ってやっぱり整えたほうが良くって、
じゃあその子がどう整えたらいいのかっていうのを一緒に考えるのが支援だと思うんですけど、
その子ども若者が言ったことを、
そのまま叶えるのが支援だっていう風になってる風潮は僕は危惧を覚えてて、
そういう子がそうなんだ、例えば起きれないんだっていうのはちゃんと受け取るんですけど、
じゃあ起きれないなりの働き方を探そうとかっていうのも最初の第一手としてよくやることなんですけど、
夕方のバイト探そうとか、
でもそこで思考錯誤をしたほうが良いなと思ってて、
33:01
単純に全然動いてないとか、あとはちゃんと食べ物食べてないとか、
そういうことで睡眠のリズムって取れなかったりするんですよね。
だからどこにも所属してない子たちって、
実はすごい自分をコントロールするのって、
自分のこと考えたら分かると思うんですけど、
よくしゃべりますね、今日は。
つらつら思ってることが出てきましたけど、
例えばこのお正月休み、長い人で休連休とかあったと思うんですよ。
意外と休みの日って何にもできないと思うんですけど、
これが常時じゃあ続いてたと考えてもらうと分かりやすいと思うんですけど、
すごい自分のモチベーションだけで、
自分の行動をコントロールしないといけないっていうので、
すごいハードル高くてっていう話を最近よくみんなにはしますかね。
それ難しいねっていう話を。
よく学校行ってたときは何ともなかったんですけどね、みたいな。
今なんかしようとするとすごいブレーキがかかっちゃうっていうのは、
それはそうやねんと。
ある種パターナリスティックにどこか行く場所があって、
自分の席があってっていう方がよっぽど楽なんですよね。
所属がなくなって、
何かシステム的なものから外れてしまうほど、
自分の習慣を保つことってすごい混乱性が増していく。
だから僕は定期的に2週間に1回はここにおいでとか、
それが難しくても全然、それは不思議なことではなくて、
今みたいな話をするんですけど、
実はめちゃくちゃ難しいことを今君はやってるから、
よっぽど会社行ってる方が楽屋でみたいな。
そうなんですよね。
なので適切に足場をかけていくっていうのを、
本来大人がやらないといけないと思うんですよね。
いいやいいやっていう人って、
実は優しくないって思ってて、
でも何かそういう話が通じる人と通じない人が出てきてて、
なのでもういいかなっていうか、何でしょうね。
それを何かあえて行政的な若者支援っていう領域に閉じて、
僕が仕事をしていく意味ってあんまないんかなとか、
別に何か地域で働いてるおじさんとして、
出会ってもいいわけじゃないですか。
どうなんですかね。
そこは難しいですけど、
そういう思いで若者に接してるんですっていうことは、
36:03
結構今体系化してはいってるというか、
それが合意形成っていう、
テクニカルな話で言うとそういうところになっていてて、
どういう情報を提供するかとか、
医療の話で言うとニフォームのコンセントみたいな話があると思うんですけど、
それは今から君にこういう手術を施しますっていう、
ちゃんと説明と合意を取るっていうところですけど、
そこから進んでいって、
医療の中でもさらに実は進んでいってて、
どういうふうに行きたいですかっていうところから、
じゃあこれをやったほうがいいと思いますっていうのは、
そういう医療の領域ですらそういうふうになってきてるんですけど、
僕も若者支援の中では、
やっぱりどういうふうに生きていくかっていうところから逆算していくと。
でもそれがある子はそういうやり方をしていくし、
ないっていう子はやっぱりたくさん体験をしてもらうっていうことしかないんですけど、
なんかこういう体験してみたらっていうのって、
合意形成していくんですけど、一定パターナリスティックなんですよね。
だって、なんていうか、
これはセミナー、自分で作ってる研修の中でも言ってるんですけど、
味見したことない料理を食べ、イメージするのと同じことで、
それって無理なんですよね。
で、情報提供をしていくんですけど、何が一番の情報かというと、
そういう動的な情報っていうか、こういう制度があるよとかっていうのも、
情報の一つではあるんですけど、
体験も僕は情報提供の一つだっていうふうにそのセミナーの中で言ってて、
なんかこれをやってみて、気分が良かった良くなかったって一番大事な情報なんですよね。
自分自身、自分の動的情報っていうんですかね。
で、若者社員の中では特にそれが大事っていうか、
若者っていうのは当然比較的経験が少ない、相対的には少ないはずなので、
どんどんどんどんいろんな体験をしてもらおうっていうのが、
一番の情報提供になるっていうのを軸と支配りつつも、
今大人も経験少なくなってるので、今の20代の子たちとか見てて思うんですけど、
僕もそんな、何て言うんですかね、働くという意味でいろんな経験をしてきましたけど、
社会経験としては少ない。
その中でもさらに経験していけたらいいなとか、
39:00
ちょっとライト消えちゃいましたけど、思ってるところではある感じですかね。
で、何が言いたかったのかというと、
まあその権利っていう、なんか小裸に使ってるのが嫌なんでしょうね。
権利だ権利だって言って、じゃあその権利を誰が守ってるとか、
が置き去りにされてる感じがあるっていうか、気がしますね。
それが僕が感じてる格好つきですけど、リベラルへの違和感っていうか、
すごい国に対していろいろ言うんですけど、
そこでやっぱりバザリアには参照する、バザリアを参照する意義があるっていうか、
僕はそこまで多分できないとは思うんで、
自分なりの実践をしていこうと思ってるんですけど、
長くなりましたけど、そういう僕は若者支援っていうことを考える上で、
すごい軸足になってくれた本だなと思います。
1回読んだだけで結構抜けてて、もう1回読み直すとまだいろんな発見がある本だなと思うので、
また読み返したいんですけどね。
プシコナウティカっていうのが、結構日本だと今もトランプがベネズエラにいろいろ軍事行動を起こしてるわけですけど、
日本では全く報道がなされてないとかあるわけですよね。
やっぱり世界的なトレンドを見ると、
実はすごい北米中心主義みたいなものからの脱却とか、ヨーロッパ中心主義的なものから脱却していくというか、
という流れがある中で、意外と日本の支援界隈を見ても、
確かにフランスのパリの実践の話とか聞くといいなと思うんですけど、
じゃあそれ日本にフィットするのかなっていうのは、すごい疑問がいつまでも残ってて、
その中で僕はイタリアに今注目してるっていう、なんか日本的でもあると思うんですよね。
すごい家族主義の国でもありますし、そのことの弊害はもちろんあると思うんですけど、
実は日本にはイタリアのようなテリトリを作っていくとか、すごい日本も自然が豊かな国ですし、
そういう農業的なものとか含めてテリトリを作っていくっていう方が、
42:06
僕が実践していきたいことに近いなと思って、っていう感じですかね。
何ができるかわかんないですけど、方向性としては、すごい今そんなことを考えてる。
長々喋ってますね。もうこれだけで40分喋ってしまいました。
結局なんか若者支援の話になってしまうんだなという感じですけど。
でもこの本をきっかけにね、この前もノートの記事書きましたけど、
ノマディックさんって野瀬にある大谷さんご夫妻がやっておられる、
なんて言ったらいいんでしょうね。
施設図書館的でもあり、飲食もできる場としてのノマディックさんともつながりができたので、
松島先生とも実際お会いできましたし、
今僕は文化人類学にすごい興味があって、それを深めてくださったの松島先生なんで、
話めちゃくちゃ面白かったんで。
この本が非常に自分のキーポイント、軸足になったな、1年だったなと思います。
これを実践の中でどう展開していくかなんですけど、
あとはばばっと紹介しておくと、自分を救ってくれた本としてはこれって感じですね。
目線が、宮地直子さんっていう精神科医の方が書いた傷を愛せるかっていう本は、
これエッセイ集なんですけど、すごい救われましたね。
精神科医としての葛藤みたいなものも書かれてて、
でもそういう人を支援する人であっても、ちゃんと包帯を巻かれてもいいんじゃないかみたいな、
自分をケアしてもいいんじゃないかみたいな言葉だったり、
なんていうかね、すごい文庫本なんですけど、むちゃくちゃ質量があるっていうか、
このプシッコナウンティカもそうですけど、なんていうんですかね、質量があるんですよね。
これがなんていうんですかね、今話題の令和人文主義的なものと一線を帰すっていうか、
僕もその三宅嘉穂さんの書いてある本とか読んだりとか、
45:04
すごい出版業界としては意義があるんだろうなというか思いつつも、
自分の実生活とか働くことに対して、
応用が効くかとか引っ張ってくるものがあるかというとあんまなくて、
それは別に三宅さんの本が悪いとかって言ってるわけでは全然ないんですけど、
何か人を支えるっていう仕事に対して、そもそもそんな目的で書いてないから、
逆になんかすごい悪口っぽくなっちゃう可能性もあるんですけど、
やっぱり僕がそういう仕事をしてるって特殊性があると思うんですけど、
やっぱり強度が足りないんですよね。
それはそれで別に全部が強度ある本である必要はないんであれなんですけど、
このプシコナウチカって松島さんがイタリアに行ってフィールドワークして
っていうこと以上に松島さんがこれまで経験されてきたことだったりとか、
三宅さんもそうですよね、トラウマの専門家ですけど、
やっぱりなんかすごい強度があるんですよね。
自分が支援の現場に引っ張っていける。
上間陽子さんの書かれてる本とかもそうですけど、
なんていうか、結構しんどい場面にいろいろ出会うわけです。
もちろんどんな仕事だってそうだと言えるんですけど、
でもやっぱりそこに応用を効かせようと思うと、
ある程度の強度みたいなものが必要になってきてて、
この2冊はすごい、そういう意味で何ていうか、凄みがある本って言うんですかね。
なんかプシコナウティカに関しては、
バザリア自体がこんなとんでもない人がいるんだみたいなインパクトもあるし、
松島先生自体の出力っていうんですか、
このとんでもないですし、
そういうものを感じさせてもらえる本ってやっぱりそんなないんで、
僕としてはどっちかというと、
こういう素晴らしい本を読んでいきたいなって思うので、
お二人とも大学で多分研究者でもあるっていうところだと思うので、
その本がどう残っていくかということもありつつも、
こういう豊かなフィールドワークができるからこそこういう本ができるわけなので、
48:07
そういうところのお金の話とかも大事なんじゃないかなとか思う。
市場でどう生き残っていくかっていうのも、
人文系の領域では大事なんですけど、
そこでなんかすごいライトなものばっかり出てきて、
強度が担保されてないとしたらどうなんだろうっていう、
そのためのライトに市場を開いていくっていう意味もあるのかもしれないんですけど、
なんかそこにずっと揺られてるとこういう本が、
宮井さんの本は売れてるんじゃないかなと思うんですけど、どうなんですかね。
なんかそういう器具があるというか、っていう気は僕はしてるんですけど、
もうなんか超グダグダすぎて、
これを流すかどうか迷うぐらいですけど流そうと思います。
あともう1冊、3冊ですね、あ、4冊かな。
もう1個がこのシット論っていうね、山本慶さんのシット論。
これめちゃくちゃ面白い本なんですけど、
民主社会に渦巻くね、いろんなバリ憎悟、誹謗中傷みたいなもので、
なんかこう人間の嫉妬っていう観点からあんまり語られてないよなと思ってて、
これはその嫉妬とは何かということと、
嫉妬の思想史みたいなのを振り返っている本で、
僕はこれで皮膚に落ちた部分がほんとたくさんあって、
要はここで紹介された相対的剥奪っていう考えていく概念があるんですけど、
人間に備わってるんですよねっていうそれが、
これはお猿さんの実験で、お互いが見えるようなお猿さんがいてて、
これだから猿ですら嫉妬を感じるっていう話なんですけど、
ずっと最初は同じ餌をあげてると。
途中からこっちには良い餌を与えて、こっちには今までと同じ餌を与える。
それを見るとこっちの同じ餌を与えられてる方がすごいストレスを感じるらしいです。
同じ餌なんですよ。同じ餌なんですけど、
こっちが良い餌を食べてるっていうのを見るだけですごいストレスがかかるっていう。
話があるらしくて。
これは相対的剥奪って言うんですけど、
これは嫉妬の素みたいな、多分話で。
やっぱり人間っていうのはこういうものをすごく感じているし、
51:03
種としてのこれは生存本能なんですよね。
なので、何て言うんですかね。
人の悪意とかに触れるたびに、
なんでこんな風に思うんやろうとか、
なんでこんな人のこと攻撃するんだろうみたいなのが、
僕の中では恐怖としてはあって、
そんな言わんでいいやんとか、
自分のことやったらいいやんとかって思うんですけど、
それがすごい負に落ちたっていうか、この相対的剥奪っていう考えによって。
でもこの嫉妬心っていうものが、
すごいポピュリズム政治であるとか、
いろんなところに実は動員されてしまう、
感情の一つであるっていうことですね。
しかも自分の中にもあるんですよ、やっぱり。
僕も自分の中にあるからこそ、
怖さを感じるっていうところがあると思うんで、
そこに気付けるようになったっていうことですね。
これ嫉妬論すごい面白いです。
概要見たいなと思うんですけど。
資本主義なんてこの嫉妬でドライブされてるところ多分あると思うんで。
自分も同じもの手に入れてやるとかね。
それが果たして人を幸せにしてるのか。
っていうところです。
あともう一冊が面白いのが、もうあると思うんですけど。
福尾匠さんの置き廃的っていう。
これすみません、Gindle版です。
難しかったです。
難しかったですけど、面白い。
置き廃ってAmazonのドアの前に置いていくっていうことがあって、
それがちょっとメタファーとして福尾さんを使っていく。
哲学者の方ですよね。
メッセージを誰かに届けるっていうことが主題ではなくなっていってて、
位置情報だけのやりとりみたいになってるっていうんですか。
正確に置き廃的って何ぞやっていうのを説明するのは難しくて。
っていうのを僕がすごい注目したのが、置き廃的っていうアイディアではなくて、
これはこの書籍を通して福尾さんが考えたのは、
言葉と物の関係を、風向とかを引用しながら考えてる文章群を一冊にまとめたっていうのが、
54:05
この置き廃的っていう本なんですけど。
結構哲学的なタッチっていうんですか、が難しくて、
何かを言ってるんだろうけど、僕には読み解けないっていう部分が非常に多くて、
何回も振り落とされながら、とりあえず読破したんですけど、
分からない部分も多分にあったんですけど、
メッセージって言葉って法律みたいなものもあるんですけど、
そういう枠組みを作るとか概念みたいな、概念化するみたいなことで、
メタな情報を作っていくっていうのが言葉の役割であって、
ただ、うまく要約できるか分からないですけど、
デジタル空間とかってよく言いますけど、
SNSも人間は空間があるみたいなものを加工してると、
加工っていうのは仮に構築する、こういうバーチャル空間とかもそうですけど、
人間っていうのはそういうものを加工すると。
で、言論っていうのが、本来はメッセージのやり取りをするっていうのが、
お気配的でない言葉のあり方だと思うんですよね。
その人に何かを伝えるっていうのが本来。
ただ、SNS上だとメタの取り合いみたいな体を要してると、
言葉っていうものが、
それはすごい分かるなっていう気がしてて、
自分のポジショニングを、
自分たちが、人間が加工した言論空間っていう、
これは本来ないものではあるんですけど、
法律の条文とは違うんで、
ただ、言葉が、例えば相手にラベルを貼り付けることで、
自分が安定する自分を定義させるであるとか、
そういうメタポジションの取り合いみたいなために言論っていうのは使われてるんだっていう、
だからそれをお気配的と呼んでるのか。
それがすごい自分の解像度を、
SNSとかを見るときの解像度を上げることに役立ったっていうか、
それが敬願だなと思ったんで、
57:01
このお気配的をちょっと今回は上げましたけど、
おまそうやなと思って、
例えばですけど、
フェミニズムっていうのが、
本当に学術的なものもあると思うんですよ。
とか、クイアースタディーズとか呼んでると、
すごい勉強になった本も何冊かあって、
それもまた紹介できたらと思うんですけど、
ただSNS上で展開されてるフェミニズム的な議論っていうのが、
フェミニズムとアンティフェミニズムみたいな人たちいますよね。
それが非常にお気配的な、
男はこうこうこうだっていうラベリング貼り付けて、
その相手を動けなくするっていうんですかね。
貼り付けにしてしまうっていうような言葉が非常に多いんですよね。
それで自由になってたらいいんですけど、
結局は本来はないはずの言論空間みたいなポジションの取り合いをずっとしてて、
それで世の中って自分が生きやすくなったりしてんのかなっていうのが、
ずっと疑問としてはあるっていうか。
じゃあお気配的な、
それはSNSとかのプラットフォームが規定する部分も多分にあると思うんですけど、
それも何て言うんですかね。
技術決定論って言うんですか。
それはそれで危険だなっていうか、
これは綾水健郎さんっていう方がポッドキャストの中で言ってたことですけど、
ほんまそうやなと思って、
技術決定論って結構危険だよみたいなことをおっしゃってて、
このSNSがあるから、
人間はそういう暴力性を発生してしまうんだっていうことではなく、
このシット論が書いてるように、
もともと人間っていうのは相対的白奪っていうことを感じる生き物であり、
SNSはそれを可視化してるだけであって、
確かに今まではアカデミックな領域の中で論文とかで積み上がってるようなものって、
そういうメタ領域の取り合いみたいなっていうか、
そういうメタな議論の積み重ねだと思うんですよね、哲学って。
だからこそこのお気配的を読み解くのは難しいんですけど、
誰々が何々を言っているとかっていうのが哲学には入ってくるんで、
いちいち振り落とされるっていうことが起きるんですけど、
それはやっぱりそういうメタなものの積み重ねではあるので、哲学っていう営み自体が。
1:00:10
とはいえ技術決定論っていうよりかは、そもそも人間は嫉妬にまみれているということなので、
これまでを総化すると、
やっぱり生き物に戻っていったっていう感じがしますかね、2025年を総化すると。
だから若者っていうのもある種のメタカテゴリーなんですよ。
でもそのメタカテゴリー化した若者として、メタカテゴリー化することの意義もあると思っていて、
それは社会政策とかを変えていくにあたってはやっぱり必要で、そういうメタな話をしていくんですけど、
僕はもうそこにはあんま興味がなくなって、その目の前にいるAさんならAさん、BさんならBさんっていう人がやっぱり中心。
で、その周りを取り巻く環境をどう作っていったらいいかなっていうことは、
人に説明するときにはメタ化して伝えるんですけど、
その人を見ていくしかないっていうか、あとは実際地域にある資源を見ていくしかないっていうか、
っていうことなんですよね。
生き物だったり物だったりとかリテールですよね、とか小売業とか物流みたいなものの方がむちゃくちゃ大事なんじゃないかなっていう。
それが日本の経済を支えてるのに、資源の人って権利だ権利だって言って、
産業とかそういうものに、僕の観測範囲内ですけどね、向けてないような人も多いし、
僕はそういう支援者みたいなものにはなりたくなくて、それしか知らない人にはなりたくなくて、
自分自身も地域に貢献してるし、その中で若者と関わるっていう部分も自分の中にはそういう仕事をしてきたんで、
そこで培った知見もあるだろうと。
だから地域の中で自分自身も生きていくっていうことがやっていきたいことであるし、
もうちょっと若者支援っていう領域に自分を閉じ込めておくっていうことはできないなと思うんで、
でも結果としてやっぱり人が生き物としてエネルギーを復活していくっていうことがやりたいことには変わりないっていうか、
1:03:08
でもちょっと自分のいるフィールドではなかなかやりたいことができなくなってきてるんで、
そうですね、なんかそのテリトリーを作るっていうような実践をやっていくには自分がもっと自由に動けるっていうことが必要で、
それを自分勝手にするというよりかはいろんな領域を行き来できる自分の活動の在り方っていうのを担保しないとテリトリーを作っていくっていうことは無理で、
そういう実践をやってたんですけど、なんか支援っていうフィールドじゃなくっていうのは戻ってきてやっぱり子どもたちを支えていきたいっていうのはあるので、
そことのバランスが取れないって感じですかね、どうしても公的事業の中でやるとボランタリーになっちゃうんで、
そんないろいろ模索していきたいというふうに思ってるっていうもう本当に取り留めようもない話を1時間もしてしまいましたが、
なんか喋ってて整理できたのかできないのかよくわかんないです。
人が聞いてどうなるのかわかんないような話でしたけど、なんかいろいろ溜まってたんでしょうね。
そんな感じでこれで終わろうと思いますが、
2026年もこんな感じでなんというかグダグダと人が考えなくてもいいのにっていうことをひたすら考えていくんだろうということで思っています。
もう最後まで聞いてくれた方はいないかもしれないですが、聞いてくれた方はありがとうございました。
それでは本年もどうぞよろしくお願いいたします。
01:05:11

コメント

スクロール