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はい、おはようございます。このチャンネルは、元消防士、現部動産事業課の京都のバーニング大家がワクワクしていきよう、をテーマに、
親業や子育ての日常を毎日元気に発信していきます。さあ、本日は9月12日の土曜日ですね。
いやぁ、もういつになるかなぁ。2年、3年前か。
あの元気が出る、親祭りっていうのをね、年末に開催したんですね。
2023年の、確か12月、はい、です。
全国の親仲間集めて、500人のお祭りやろうぜ、大忘年会みたいな感じですけど、飲んで騒ぐだけではなくて、
ゲストの講師を、その当時は3名お呼びして、それも1回で聞けるという、そういうセミナーみたいな、そういうたてつけのものをやります。
立ち上げて、本当にいろんな助けがあって、運営スタッフから、本当に参加してくださった皆さんもそうですけれども、
もちろん家族の支えもあって、実現したものであると。
やりまして、そこからまた来年もやりましょう、来年もやりますという宣言を、
もともと決めてたわけでもなくて、本当にその時のノリで宣言して、最後の締めの乾杯の挨拶みたいなところで、
それを言ったら盛り上がるのも見えてたし、どうしたってそういうノリ重視な癖があるもんで、
来年もやろうぜって言ったらワーって湧いたっていう、あの気持ちを今でも忘れられないですけど。
っていうので、またXとか、そこに投稿したわけですよ。
大聖教のままにお祭り開催いたしました、ありがとうございました、お越しいただいてください、来年もやるので皆さんお越しください、
この書いてですね、それでいいねいっぱいいただいてとかあったんですけども、
妻に言われたんですよ、翌日やったかな、ダイナモやるん?
あ、そうね、そのつもりでって言ったら、私聞いてへんけどって言われたんですよ。
あ、そやな、ちょっとその時のノリで言ってもたみたいな。
言ったら、私はあなたの今後の動向をSNSで知ることが多いな、言われたんですよ。
あ、すっごい悪いことしたなと思って、せめて妻の私には相談ぐらいしてよって。
そりゃそうやなと思って、なんで周りの人はもう知ってんのに、一番近しい私だけがあなたの動向をSNSで知らなあかんの?
っていうこと言われててね、ほんまにそうやなって思って反省して、
それでもまだ突っ走る癖はあるんですけど、なるべくのことはちゃんと伝えていこうって思うようにしたんです。
それと同時に自分ばっかり好きなことやってたらあかんなと思って、
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やりたいことあったらどんどん後押ししてあげようって心に決めてたんですけども、
そんな妻が最近ね、すっかり地域化活動、略して地域活にハマってましてね、
いろんなグッズとか買いに行くのが楽しそうで楽しそうで、
日中に蔵寿司食べに行ったり、あとはゲームセンターに行って、
これが取りたいっつって、事前に調べた上でここにあるんだと、これが取りやすいらしいんだっていう、
そんな調査までしてですよ。
で、もううちの長男がね、翔平がね、よ好きやからYouTubeで調べたりして、
撮り方とか、で何回か何回かやって撮れたってなった時にもうね、
白昼堂々に抱きつかれて、やったーって。
悪い気はしないね。
今ギュッてされてるね。
楽しそうなんかもう嬉しいと、いうことなんですよ。やっと好きなこと見つかったかと思って。
ほんで僕、日々事務所で仕事してるんですけど、家が近いもんで、
家に帰ってお昼ご飯食べるんですよ。
そのご飯もね、毎回作ってくれてるんですよね。
いい妻ですよ、本当にもうあなたの支えがあるから僕はもう仕事できてるし、
自由にやられてるっていうのもありがたいって思うんですけど、
胸肉のね、低温調理したやつとサラダもたくさん。
納豆生卵とか大体お決まりの身体にきつかった食事をいつも準備してくれてるんですけど、
サラダ作るのも大変なところね。
で、この間も、昨日一昨日だったかな。
家帰ったら妻いないわけですけど、ただもうキッチンに料理が用意されてるんですよ。
でラップかけてあって、スープも添えられてあって、
でその横にね、置き手紙があったんですよ。
内容が、
ウォーキングでもしてきますね。
天気もいいのでね。
で、ちいかわの、ちいかわと鉢割れの絵が書いてあって、
うわ、ほっこりするわーと思って、
見てたんですよ。
確かに最近運動しなあかんなーって、
私もあんたと一緒のジム通い出そうかなーとか言うてて、
だけどまあ、そこにお金を払うぐらいやったら、
ちいかつに使いたいっていう、もう彼女なりの理由でね。
理屈でね。
階段、自宅の階段のどこに寄りしたりとか、
ちょっとしたウォーキングでも始めようかなー言って、
でこの9月から始めてるんですけど、
確かにね、雨続きやったけど、
今日は晴れとるし、いい天気やし、
ウォーキングか、ええやんと思って。
そんな中でも食事作ってくれてありがとうって思ってたんですよ。
僕もそのままに受け取ってたんですよ。
そしたら彼女、ちいかつの延長でスレッツっていうね、
あのインスタグラムの、
なんですか、あれは姉妹版みたいなアプリですか、
まあ僕も入れてて見る専門ですけど、
そこにもうちいかつを日々入れとるんですよ。
でそこに、僕も思わずこう自分で写真撮っちゃったんですけど、
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同じアングルのね、その料理、
作り置きの料理と置き手紙のやつアップされてて、
別に知られてもいいのに、
ちいかわランド、つまりちいかわのグッズが置いてある雑貨屋さんですわ、
に行くのをウォーキングに行くと、
ごまかして旦那に伝えてもうた。
まあ歩くことに嘘はないしね。
その投稿が結構バズってた。
いいねだけで700とか超えてたんで、
すごい見られてて。
みんなわかる?みたいな書いてたんですよ。
ウォーキングじゃなかったんや。
SNSで知った。
3年越しに返されましたね。
妻の動向をSNSで知る。
そんな日が来るとは。
彼女が幸せだったもん。
それでバズってよかったね。
おめでとう。これからもちいかつの投稿、
僕も楽しみにしてます。
ということで本日の本題は、
消防士を辞めた時の周りの心境。
これについて振り返りをしながらの
お話をしてみようと思いますが、
このテーマについてはですね、
トッティさん、リスナーのトッティさんから
リクエストいただきましたコメント欄でね、
よかったらそういう過去の体験ですけれども、
差し支えない範囲でお話いただけるとありがたいです。
っていうことを言われてました。
それもちょっと前にね、うちの妻がね、
妻ブロック、嫁ブロックのことについて
自分のチャンネルで発信をしてたので、
その目線って結構知るに知れないというか、
なかなか聞けなかったりするというか、
当事者の方、これから辞めようっていう方については
なかなか内部な問題だったりもするし、
それを経験した妻が数年越しに
あの時こんな心境だったなっていうのは、
よかったらまた皆さんに本当に聞いていただきたいな
って思うところなんですけども、
それを受けてですね、僕自身が見た目線で言うと
周りってどうだったのかなっていうことを
多分気になって書いてくださったんですけども、
それについてお話をしてみようかなと思っております。
さあ本題に入る前にお知らせをさせてください。
9月の19日の土曜日ですが、
こちらは元気が出る応援の会の9月度勉強会、
ちょうどもう来週になりましたよ皆さん。
お申し込みできてますか。
現地参加のみですよ。
ズームございません。
アーカイブ動画の配信もございません。
現地来た方のみになります。
現地のみだからこそ突っ込んだ深い話が
たくさん飛び出ること、これ受け合いですんで。
絶対皆さん来てください。
講師は山猫さん、大西さん、このお二人。
そして僕も入りましての3人ディスカッションの
回してくれるMCは山主。
わざわざこれ見えから来てくれますし。
みんなの交流という意味合いでもね、
本当にいい会になると思いますから。
それも目に見えてます。
なので内容もだいぶ詰まってきてますしね。
失敗共有勉強会、俺みたいになるな。
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皆さんの再現性のある内容。
でも失敗って失敗だけで終わるから失敗なのであって、
それを成功するまでし続けることが
寛容だよっていうお話もありますが、
ここについてのメンタルのお話であったりですね。
得るもの必ずあると思いますので
ぜひとも現地までお越しください。
そして10月の17日の土曜日ですね。
こちらは僕の先輩でもあります
井上さん、井上裕介氏、括弧仮名です。
この方もですね、本当に僕が
土産地位大会を始めたのは10年少し前ですけれども、
初めて2年目ぐらいに出会いまして、
その当時から土地から新築っていうのを
ずっとやられていたんですよね。
その当時は関東メインだったんですけれども、
主戦場だったんですが、
今現状は関西のまとあるエリア。
これもですね、全て現地お越しになられた方に対して
のみお話をいただくということで、
やっぱり新築ってね、今すでに取り掛かっているものとか、
これから仕込もうと思っているものとかもあるので、
結構内部の内容を多分に含んでいるわけです。
なのでこれ本当にあの県内のみで
できれば破壊物を残さずにお願いしたいです
っていうことも受けてですね、
これ3ヶ月連続にはなっちゃいまして、
もったいぶってんじゃん最近元気が出るようなかいって思われる方、
いや現地来てほしいです。
その交流を大事にしていきたいですっていう
思いとも合致しましてね、
よかったらこれまた現地にお越しいただけたらと思います。
これから新築取り組まれる方はもちろんですね、
それ以外でも今後いつかやろうかなと思っている
っていう方についても知っておいて絶対損はないですし、
さらに今後の不動産指標についてのお話も
たくさんしていただけると思いますので、
ぜひとも現地までお越しください。
10月17日の土曜日、
土地から新築の井上さんのお話、
新大阪でお昼の13時30分から17時まで、
懇親会もその流れでやっていく予定です。
はいでは本題いきましょう。
僕が消防止やめたのは、
もうかれこれ5年半前ですね、
2021年の3月31日。
僕が不動産自体を始めたのが
2016年の9月です。
だから丸10年か。
2016年。
今日12日ですよね。
僕会社の設立年月日が
2016年9月14日なんですよ。
あと2日や。
10年間は迎える。
ちなみに僕会社自体は12期なんですけど、
第1期目を2ヶ月で締めてるっていうのもあって、
ちょっとそこは年数と食い違う部分があるんですけど。
とはいえもう10年やってきてるんだよな。
考え不可。
ほんでね、やめたのが2021年ということは、
5年消防署をやりながら兼業としてやっていて、
今またやめてからも5年やってるような感じですね。
反反になってきたな、兼業と専業の割合が。
やめようと思ったきっかけっていうと、
いろいろあるんですけれども、
当時の消防士の手取り収入の約3倍ぐらい。
明確には申し訳ないですけど。
になってきたっていうところと、
月々のキャッシュフロー。
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毎月いろんな管理費とか経費を差し引いた手残りで
100万円ぐらいが残ってくるようになった。
それで、わかるか。
まあいいや。
になってきたというところと、
それで、
僕が代表ではなかったわけですよ。
無職の専業主婦だった妻が代表の会社。
だったんですけど、
その状態ではある程度サラリーマンの年収倍率、
倍率規定というかね、
そういうのを銀行さんが言ってて、
年収の何倍までしか貸せませんみたいな設定があって、
それがいくつか僕取引会った銀行さんの
2項ぐらいから言われてたんですよね。
これ以上はちょっと難しいです。
ただ、これを実質主体である谷さん自身が代表になって、
どんどんどんどん決算書の内容を
良くして伸ばしていくのであれば、
これもまだまだ可能性ありますよ。
そんなタイミングに、
さらに長女ちゃんが生まれる年、
2人目が生まれますよのタイミング。
さらに、これも大きかったですね。
自宅が見つかりまして、
これぞ住みたいっていうのが見つかって、
自分の属性を使い切って住宅ローンを組めるっていうタイミング。
このあたりが全部重なってね、
自分が宅建資格も取れました。
取った翌年、
よし、もう腹くくって不動産屋になるんだ、
言ってやめようって思ったんです。
こういう全てのタイミングが一気に合致したのが2020年。
翌年ですよね。
要は2020年度とでも言いましょうか。
にもう辞めることを決意したという感じですね。
令和3年度。
まあまあいいや、細かいことは。
ということですが、
結局妻に対しては、
いずれ辞めたいはずっと言ってたわけです。
最初の2、3年は言ってなかったけれども、
いずれはね、やっぱりこれを大きくして辞めていきたい
というのも言ってたので、
まあまあいよいよかという感じだったとは思うんですよ。
半分後押しはしてはくれますけれども、
諦めみたいなところはあると思います。
一回言い出したら聞かへんもんなっていうのは絶対あるんですけども。
その周りに対してですが、
妻はもうそういうところで遊ぶっていうね。
やるやったら応援するしかないから。
っていう感じで、
さらに周りの交流もあったんで、
ファミリー、すでに辞められたご家族とかとの交流もあったので、
ある程度理解はしてくれてたと思うんですよ。
ただその周りですよね。
僕の父親とか、
僕は片親なんで父しかいないんです。
母は健在で別家庭を持って、
僕は3歳の時に離婚してるのであるはあるんですけども、
今実質は父しかいない状況で、
妻に関してはお父さんお母さんがご自家にいらっしゃるので、
そこに対してですよね、まず。
それ以外、兄弟とかって言っても別に自由じゃないですか。
転職みたいなもんやったんで。
最初にね、妻のお父さんお母さんに言ったんですけど、
妻のお父さんが元警察官やったんです。
で、僕結婚した時に、
これはもううちの娘、
消防士と結婚やったらもう安定やと。
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手堅いと。
警察消防も同じような公安系で、
似たようなもんで、
頑張っていってくれよ、娘を幸せにしてくれよ、
その約束をしてるわけですから、誓いを立ててるわけなんで。
これ言いにくいなと思ってね。
すごい気がつかったですけど、
でもそれ言わなきゃいけないじゃないですか。
仲良くさせていただいてますし、一緒に旅行行ったりもしますしね。
で、内訳なんです。
いや、お父さんと。
実は不動産。
やってることはね、ずっと言ってはいましたし、
小一人大業ってことは知ってたんですけど、
それを本業にしていこうと思ってるんです。
ずっと消防士としてはやってきたんですけれども、
ただこれぐらいの今、経済基盤はありまして、
収入もこれぐらいを見込んでおりますし、
さらにここからどんどんね、
宅勤業としてもやっていくので、
さらに売り上げ伸ばしていきます。
必ず子供たちと、そして妻と、
守っていく。
そんな懐のでかい弟になりますね、みたいな感じでね。
そこそこ賢いって言ったと思うんですけど、
言ったんです。
よろしくお願いしますと、
いうことを言うたらですね、
何をって言われるかなと思ったら、
元気くんが決めたことやったら、
わしを応援する。
っていうニュアンスね。
いやでも覚えてます。
後押ししてくれあるんやって、
すごい心強い気持ちになったの覚えてますね、今でもね。
俺の息子なんやから。
やりたいようになったら。
ただ、娘を泣かせた時には、
これは、
俺はもう、
そういうことやぞって言うね。
優しいですよね。
ほんまにグッと来たんですよね。
もうそこから酒飲み交わした覚えがありますけどね。
応援してくれはんや。
誰よりもやっぱり、
消防士ということ公務員、
同じ公務員やっていうことを誇りに持ってくださってたのが分かるから、
承認試験も受けや受けや、
承認したらええぞ、
給料も上がるけど責任というものも多いようになって、
っていうのを誰より毎年ね、
いつ承認すんやとか言われてたんで、
それでこう上がっていくことを、
僕はもう途中で知ってるわけですか、
断ち切るわけなんで、
それすごくね、
最初気になったんですけど、
結果的にはもう打ち明けたら、
背中を押してくれるって言ってくれはったことと、
やっぱりその、
元気くんは俺の息子なんやからって言ってくれたのが、
ほんまに今でもグッと、
ちょっと涙ぐんはなんか、
今思い出しても。
っていう気持ち。
で、お母さんももちろん、
元気くんの決めたことなんやから、
ああ、もう背中を押してあげよ、
一緒に応援してるから、
みたいな感じで言ってくれたら嬉しい。
って思ったんすよ。
でね、父親なんですけど、
うちの父はもう本当に一人なので、
まあばあちゃんがいてたんですけど、
長男が1歳の時にもう老衰で亡くなって、
93歳大幼女やと思ってんすけど、
で、父親は実家で一人で暮らしていて、
年金暮らしですよ。
少し個人事業主の仕事もやってたんで、
ちょこちょこという収入はあったんですけど、
っていう状況で、
もうかなりね、僕が立ち上げた当初から、
協力はしてくれてました。
何だったら、その会社の住所を貸してくれってのは、
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結局実家なんで、僕は。
その当時僕消防の料理員いましたからね。
で、その実家を借りてましたから、
その時点で協力してくれてるでしょう。
さらに言うと、僕物件買う時の
パンポにも入れさせてくれたんですよ、実家を。
これもなかなかじゃないですか、
その実家に頼るなっていう声もあるかもしれないですけど、
僕はもう使えるものを協力してくれる人も、
僕は属性の一つだと思っているので、
やれやったらやったらええと、
自分は個人事業主なかなか稼ぎも少ない中で、
苦労もかけてきたから、
お前が稼ぐことに関してはもう応援すると、
やれることは何でも言ってくれ、
今でも清掃とかね、いろいろ手伝ってもしてくれるんですけど、
そんな後押ししてくれている父親だからこそ、
僕は理解あるんかなと思って、
で、伝えたんです。
涼しいことやめようと思っている?
言ったらですね、
それはやめといた方がいいんちゃうか?
あ、結構反対してきた。
父親が一番ね、ちょっと時間かかりましたね、説得。
せっかく安定した職にもついているし、
でも子供たちもおるし、
大丈夫なんか?つまやちゃん。
逃げるんか?と。
俺はもう個人事業主でずっと苦労してきたから、
お前が処分になってくれるということを誇りに思っているんです。
それをミスミス捨てる必要はあるのか?
今だって言われていいんやから、今のままでええんちゃうか?
結構言われはしましたが、
ただいかんぜ、僕もね、
腹くくっているところはあるので、
いやもうこれを成り割りにしていきたいなと。
でも俺の人生の舵はちょっと俺で切っていきたいし、
でももちろん今まで消防にかけていた時間すべてを
フルベッドで不動産にかけていくし、
これまで培ってきた経験もあるし、
さらに仲間もたくさんいるから、
ここで僕はやっていきたいという思いで、
最終的にはもちろん納得はしてくれたという形ですね。
そういうところで、
ただ真摯に向き合っていきたいし、
僕は黙って辞めるような選択は取れなかったし、
結果として向き合って家族と作る時間がたくさん増えてきたし、
本当に毎年どこかしら旅行は行ってますね。
父親連れて行きもそうだし、
妻のご両親との旅行とかも一緒に行きますね。
仲良しだと思う。
こういう関係が当たり前じゃねえんだなって。
なかなかご実家とのつながりっていうのは
距離感が難しい話もよく聞くじゃないですか。
そんな中で本当に距離感近くで、
しかもお互いに、
僕自身も思ってないし、
多分向こうもそんな思ってないんですよ。
ノンストレスでお付き合いできている関係性って
本当に珍しいというか、
この軌跡を大事にしていきたいなっていう風に
僕は思うので、
そんな価値観が近い者同士っていうのは
本当に出会いの姉さがというか、
それを応援してくれているのは嬉しいですよね。
父親も本当にいろんな物件の
シルバーさんのように働いてくれるし、
もう丁寧、めちゃめちゃ、
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信頼できる。
一番のパートナーだと思ってます。
現地見に行ってくれるっていうね、
草引きとかもやってくれるんですよ。
除草剤だけ撒いといて、
ちゃんと根から一回も草を引き抜いて、
これもボケボウチになるから、
運動させてもらってありがとうな、
言ってくれて、
本当に嬉しい。
支えられて、
俺はここに立っている。
俺はもう二本の足で立っているだけ。
支えてくれているのは周りの力だけ。
支えられていなかったら、
僕はこの場所に行っていないんで。
っていうことも改めて思いました。
本当に家族の理解っていうのがめちゃくちゃ大事ですし、
やっぱり自分の真摯な姿勢を見せていくっていうこと。
変に見栄張ったりとか、
嘘で塗り固めたりみたいなこともする必要ないので、
あるがままをストレートにぶつけていけば、
やっぱり信頼たる人間っていうのは、
応援はしてくれるんだろうなっていうふうに思いますね。
というところで、
トッティさんからいただきました、
本日は消防士を僕が辞める時の周りの反応、
っていうことについてお話をさせていただきました。
まだ職場でどういう反応だったのかとかいうのもあるでしょうけれども、
過去に話したのもあるでしょうけど、
いつ話してたのかもう僕は覚えてないので、
それまた改めて話す機会があればやろうと思います。
今回は両親に打ち明けた時のそれぞれの反応、
っていうことについてお話をさせていただきました。
これから辞めようという考えをお持ちの方、
少しでも参考になれば幸いです。
ということで、本日もワクワクと楽しき元気にいきましょう。
それではまた明日。