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2025-06-18 53:08

【こくカレ卒業生インタビュー】(5期)永積渉さんに聞きました!

こくカレこと、
こくぶんじカレッジ事務局とのコラボ企画!

卒業生インタビューを配信しています!

コラボの第3回目は
(5期)ぶんじドリンクに参加された
永積渉さんです!

収録は、国立の昭和レトロな喫茶店
ロージナさんで行いました。

途中、背景の音声で聞きづらい箇所もありますが
昔ながらのゆったり時を刻む喫茶店の雰囲気を
思い浮かべて、お聞きください!

インタビュアーは、
こくカレ事務局の阿部恭子さんです!

こくカレ応募に迷っている方、
こくカレの雰囲気を知りたい方へ
雰囲気が伝わればと思います!
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/66e1938e06dbc95aee5236a3

感想

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00:09
こんにちは、ぶんじブリッジです。
【こくカレ事務局とのコラボ企画 第3弾】
今回も卒業生インタビューをお届けします。
ゲストは、5期の永積渉さんです。
収録は、国立の昭和レトロな喫茶店、老字那さんで行いました。
途中、店内の音も入り、少々聞きづらい部分もあるかと思いますが、
ゆったりとした喫茶店の雰囲気をイメージしてお楽しみいただけたらと思います。
インタビュアーは、こくカレ事務局の阿部京子さんです。
会社に入ったきっかけ、どういう勢いでこくカレに参加しようと思ったのか?
参加しようと思ったか?
こちらについてお願いします。
こくカレを知ったのは、うちの上さんから教えてくれたから。
うちの上さんが話しかけをしてくれたのがきっかけなんだけど、
もともと医療の仕事をずっと病院とかでしてて、
その前はずっと仕事的なソーシャルワーカー、地域のことをずっとやってて、
50歳過ぎて、自分の仕事を地元に返そうかなと思ってね。
遠い病院ではなくて、地元で自分の思ったように仕事を作るいい時期かもしれないと思ってた矢先に、
地元の友達は数人残っているけど、全然地域のことが分からなくて、
子供を通じたパパ友とかはいたけど、それ以外知らないし、
当然彼らもみんな都内で仕事行ってるから分からないじゃない。
よくよく戻ってこようと思ったら誰も知らないっていう環境に、
それで急にできないよなと思って、悶々としてたらこういうのがあるんだって教えてくれたのがきっかけだった。
それが初め4期の時だね。悩んでたんだけどあまりにも時間が短かったから、
4期の時には申し込めずにいて、もう一回本格的に1年ずっと考えてるときに、
やっぱりそういうのがあった方がいいかなと思って、何がそこにあるか分からないけど、
いろんな人たちと繋がれるんだったらいいかもしれないと思って入ったのがきっかけ。
自分もずっと住んでるんだけど、国分寺に。2歳いたらずっと住んでるんだけど、
本当に自分の関係の人しか知らないから、知らなかったんだよね。
住みさんは一回も国分寺から引っ越したこともない?
03:08
ある。社会人になって、大学卒業して、社会人になってすぐ家を割ってたの。
ずっと小金井に住んでた。
2つか。
福祉の仕事とか病院の仕事って転勤がないから、そこにしかないわけ。職場が。
結局それが始めたときは杉並区のところだったから、近くにあるよね。
小金井とかに住んで、10年ちょっと一人暮らして。
今も言語聴覚師になって、学校通って自宅に帰ってきて、2年間勉強して、
資格取って病院に勤めることになるんだけど、結局病院もそういう感じだから、
初めに勤めたのは日の出町だったので、その卒業と同時に結婚をしたので、
国分寺近辺で、アミさんも中央線、沿線で仕事してたから、
国分寺がいいかねって言って住み始めたのは、2人で住み始めたのは結局国分寺で、
そこから結婚してからもずっと国分寺。
だから10年間だけ抜けてた。
抜けてるとはいえ、東方がねえだから、ほぼほぼ同じというか。
だけど僕が住んでるのって西町だから、立川都の静岡やな。
そうすると国分寺とか全然知らないもん。
国分寺の知り合いもそんなに、地元の友達しか知らないし、
みんな仕事でみんなのとこ行っちゃってるから、地元で働いてる人いなかったから。
だから全然そういう意味では繋がりはなくて、
むしろ職場の友達とかそういう人たちのほうが密に付き合ってたし、
そういう中でこっちに仕事を移すっていうことになった時には、
確かにどんどんしていったんだろうなっていうね。
従来の病院に勤めるっていうのもあったんだけど、
人のサイズを見とるのに、そこを自分の中でトピックスにしてて、
人がどういうふうにやって生きていくのがいいのかなっていうふうに思って、
それにどうやって医療が添えるのかなっていうようなことを考えてた時に、
地域の力とかっていうのと一緒にその人が生きるような地域づくり、
年寄りなら年寄りなら生きるような地域づくりと一緒に医療をできたらいいなと思ってたんだけど、
06:04
それにはやっぱり地域のことを知らなすぎた。
それをどうやったら知れるんだろうなっていうのはよくわからなくて。
それでそういうのを教えてもらって、
どこ行ってどんな繋がりができるかわからないけど、
ここから行ってみようかなと思って。
5期でここから行って、40人くらいいたけど、誰も知ってる人いなかった。
誰もいなかった。
そうですよね。私もそうだったわ、4期の時。
きゅっこさんだとそうですよね。
私も全然。私はそもそも国分寺界隈に知り合いがいない状態だったから、
本当に皆さん初めましてね。
なんか結構ね、農業系やってる人とか、お店やってる人とか、個人で活動やってる人とかは、
デザイナーさんとか主催をよく知ってるし、建築家の人もよく知ってるし、
そういう繋がりがある人もいるみたいだね。
僕はむしろ全く誰も知らなかったから、すごい新鮮で。
奥様が見つけられたっていうのは、
瑞美さんがもっと国分寺のことを知りたいなとか、知らないといけないなみたいなことをおっしゃって、
それを聞いて奥様が探して、ここにあったよって感じで。
探したわけじゃなくて、彼女もたまたま見てたから。
なんか市の広報に出てたのを、こんなのあったんだって、とか言って教えてくれたの。
たまたまそのときも広報から出てて、応募開始みたいなのが備わってて。
へー、みたいな。
キャッチコピー見て、なんか面白そうで、何やってたのかなみたいな。
でもそんなのがあるんだっていうのは、そのとき初めて知って、
片隅にあったっていう感じだったね。
本当に素敵ですよね。奥様が見つけて、こういうのあるよって。
その時点で仲難しいご夫婦なのかなって、想像が膨らむ。
まあまあ、それは普通ですよ。
なんかいいなと思って、ほのぼのしちゃう。
あとそんな話をしてたときに、ちょうど募集のときで市の広報で、
たまたま見る時間なかったら、見ないでそのまま流れていっちゃうこともあるじゃないですか。
見る習慣がなければ。
そういうのもタイミングだったのかなって感じしますよね。
そうかもしれないね。
彼女がたまたま目についたのも、ちょうどそんな風にしようとしてたからかもしれないし、
そうじゃなくて彼女がたまたま気になって見てたのかもしれないし。
だからね、まあでもいいきっかけで。
そんなのがきっかけで、じゃあちょっと知ってみようかなみたいなね。
09:03
本当に住む町だったんだよね、国分寺は。
何かするとかじゃなくて、本当に住む町で。
ノスタルジーには浸れるけど、これからっていうことに関しては全く手がないっていうか、店も知らないし。
まあ国たちは子供の頃から来てるから、このお店しかね。
まあ色々知ってるお店はコチコチあったけど、そこでも過ごしてたけど、青春にいない。
でもなんかそれぐらいでしかなかったから。
本当に住む町だったからねっていうのに、なんか偶然ともしたけどね。
ほんまに俺なんか実は知らなかったんだなと思って。
何見て帰ってきたんだろうって思って。
終末で結局どっか遊びに行っちゃったりとか、友達だとかいう感じじゃない?
確かにここら辺にいないし、大人になってからもね。
遊ぶところってもう少し隣の方だったり、そういうとこだったかなね。
でも今お話聞いてて、国分寺はノスタルジーがあるけど、ミラーがなかったんでめちゃめちゃかっこいいですね。
めっちゃかっこいい?
めっちゃかっこいいですよ。
ライター館って言ったらその表現痺れるわって感じで。
なるほどって感じ。私もそんな同じような感じだったけど、全くその表現は思いつかなかった。
通勤してただけですみたいな感じになったんで。
自分の地元とかってそんな感じじゃない?
自分の地元にはすごい思い出はあるけど、そこで何かを思った時に新しい何かできるきっかけすら知らない。
それが俺はここが住んでる町で、やはりここは出身の町だから、そういう意味では余計戻ってきたんだけど、実は何も知らなかったんだなみたいな。
人も知らない。店も変わっちゃった。
ちなみに説明会で出られました?
出た。
どこの説明会?
国分寺市役所。
もう最後、一番最後くらいかな。都庁なんとか室とかいうところでやったやつ。
あれその時織戸さん?
そう。織戸さんが来てて、で、その時ね、あと鈴木さん?三木夫さん?がいらっしゃってたかな確か。
で、あとはメンバーだけど、その時4人か5人くらい聞きに来てる人いて、みんな入ってた。
そうなんだ!すご!
すご!
餅田さんと、ゆめちゃんと、村田さんと、みなの子の。
その3人と僕と、1人いたかな?いなかったかな?ちょっと忘れちゃったけど、みんないたからね。
すごい!
優秀な説明会。
12:01
ほんと!ほんと!すごいですね!
入学率100%!
もうその時には入るって決めてたから、もうあれも出しちゃった後だったんだけど、
申し込みもね、出しちゃって、文章書くんじゃない?
あれも出しちゃった後で、でも一回聞きたいなと思って。
なんかその説明会に行って、その時点で申し込み書出しましたけど、
なんか行って、こういう感じなんだみたいな発見とか、
雰囲気的に自分が思ってた通りだったとか、なんかそういうのありますか?
説明会に行って、こうだったら大丈夫だなって確信したりだとか。
なんかね、強烈なものはあったわけじゃないけど、たまたまさっき言ったように、ゆめちゃんがいて、
ゆめちゃんって役者の人でしょ?
小木野さんがいて、ゆめちゃんが自分が入りたいと思っているきっかけを話したんだよね。
役者の職員だと。入っていいのかどうかちょっと不安だけど、
自分も知らない町で、その時ゆめちゃんは課税家かなんかでいて、
計算仕事がすごい多い、任務的な仕事が多くて、もっと人と関わりたいと思って、
そのきっかけに参加できたらいいなと思ってますみたいな。
あ、そうだよねって。それはどんどん、やっぱりね、
職員だろうが、入った方が面白いと思うよっていう、その小木野さんとの会話に、
なんかちょっと俺はホッとして、あ、なったらちょっと入ってみたいなと思った。
それはすごかった。説明会の内容はもちろん、面白そうなことや活動のことをいろいろ教えてもらったけど、
それに対して具体的に、じゃあどうとかっていうことは全くなくて、
そういうことするんだぐらいしかなかった。
ただその会話のやりとりがすごく良くて、僕にはね。
同じ職場のね、僕もなんか福祉的な仕事を以前やってたから、
役所の人たちの人間関係とか上下関係とか、なんとなく分かってたけれども、
ちょっと見えてたところだったと思うんですけど、ちょっとまたちょっと違って、
全然違う派で走らないという、
役所の人たちにも、来いよ来いよみたいなの絶対に買った方がいいと思うよって、
推してる夢ちゃんもそういう理由がね、そういうところにあったりして、
それもよく分かったし、そういうような関係性の中でできている会だったら、
なんか面白いかもしれないなと思って。
そういう意味ではその説明会のやりとりとかがすごい面白かった。
あ、そしてその時、もち田さんも別の役所の職員だった。
神奈川役の役員だった。
そうだ!
それで、もち田さんも、住んでるのは小平で、
なんでこっからいに来るの?みたいな話で、
もち田さんもやっぱりそういう思いみたいなものがあって、
15:02
その時ちょっと聞いてたと思うがね、どうして来たんですか?みたいな話をみんなでしたよね。
それもすごくしっくりきて、
中田さんは自分の中でのいろんな課題があって、
こういうことをやりたい、みたいな。
ソーシャルワークを彼もやってた。
そういうのも、確かにそういう可能性があった。
その中で話をしていることが、全て自分の中には響いた感じがあった。
説明会で。
その印象の方が強かった。
小美乃さんが何話してるかって。
そんなもんですね。
でも小美乃さんもあんな感じだから、すごい親しみやすいなって思って、
サポートは全力でしますみたいなね。
そういうのも、ああいう感じで話をして、
これを絶対します!みたいなよりは、
人柄の中で話をしてくれる。
そういうのも、すごく楽しんだなって思いましたね。
なかなか座学かなとはじめ思ったんだけど、
そうじゃなくて、実際にやるっていうことがメインになってるっていうところは、
すごい良かったかもしれない。
それが知れた。
やらなきゃいけないっていうのは、やれるんだとか、
何か形にしてやれるんだとか、
その後もそのままやらなくてもいいんだとか。
それは何かね、その間に生まれるかもしれないなっていうのは、
自分の中で思ったし、
話し合いとかも大変だとかって聞いたからね。
でもそういう中でいろいろと面と付き合わせてできるっていうのは、
人付き合いの基本かなと思うと、
どんなものになるのかよくわかんないけど、
そういう機会があるっていうのはとても良いことだと思うので、
自分にとって。
そこがすごくマッチしてたかもしれない。
そうなんですね。
すごい何かいろいろ納得しました、聞いてて。
勉強だと忘れちゃうからさ。
こういうふうにやって、こうやったらこんなものが立ち上がりますよって教えてもらうだけだと、
なかなかできなくて。
それはやってくださいって言うのは、
それまでがあなたたちのハートシフトプロジェクトですって言われるから、
そういう何か、何かやらなきゃいけないようになったら頑張らなきゃいけないみたいな。
何か出てくるかもしれないし。
なるほどですね。
じゃあ、そういう国会のスタイルとしても、
座学というよりは、自分たちでやれるんだって感じで、
じゃあそうやったら楽しそうだなと思って入られて、
いざ入って、入った当初は、
そっちゃんとしてはこういうことをやってみたいとか、
18:03
みんなこんな感じだから、じゃあこれしようかなみたいな構想みたいなのありましたか?
はじめはあんまりなくて。
流されるのは2回ぐらい過ぎたかな。
9月のチーム組み。
9月チーム組みをするにあたって、何をしたらいいんだろうかっていうのは考えたけど、
それまでは毎月1回のために一生懸命、とりあえず与えられたものを一生懸命やるみたいな、
人に会いに行くみたいな、そんな感じだったじゃん。
うわー、すげー大変とか思ってたよね。
そうそう。
超大変思ってたよりとか。
だけどやっぱりそこは考えてなくて、
むしろどんな風に流されていくのかなっていうのがはじめの考え。
何をやろうとかっていうのは、その後ちょっと練習をして、
その2回で知ったこととかを自分なりに考えて、自分のプロジェクトを少し考えたっていうところ。
もし何かあったら、あったら聞いてくださいね。
なるほどーと思ってきた。
なるほどって聞いてたんですね。
うん、聞いてた。
その2回で、はじめにNOとか祭りだっけ、
いろいろいくつか10個くらいのテーマでチームごとにそのテーマを選んで、それを突き詰めるみたいなのをやったじゃん。
で、2回目がインタビューだったかな。
それで何かいろいろ自分が全く知らなかったことがあったり、
そこでチームの人たちと話をして、そのメンバーが知っていることとかを知れて、
面白いことを考えている人がいるんだなっていうのもわかったし、
あと自分が知らないことが地域に結構あるんだなっていうのも。
やっぱりお題をもらわないと、国分寺の野菜、NOって言ったら何なのって言われても、
畑はあるよね、そこで何が作られているかよく知らないとか、
あ、そんなことも知らないんだと思って。
スーパーで売られてるって知ってましたみたいな。
確かに国分寺の農家さんの野菜とか作ってるコーナーがある場所もあるけど、あんまりちゃんと見てなかったなみたいな。
直売所もあったけど、それがどういうことなのかっていうのはあんまりよく考えたことなかったし、
ああいう場でテーマをもらって、それをちょっと考えていくっていうことができたのがすごいいいきっかけだった。
一回やってみたらいろんなところに起こってるそういうものに、
21:00
これってどうしてここにあるんだろうとか、誰がやってるんだろうとか、
この直売所ってどこの畑の直売所なんだろうとか、
そういうことに一歩踏み込んで周りを見るようになったというかね。
同感です。私もフワーッと流れてた町の風景っていうか、
もうちょっとフォーカスできたっていうか、解像度が上がったっていうか。
まさしくそういう感じで、その二回目はきっかけで、
それからその後自分でプロジェクトを考えるときに、
その一番初めに考えた地域で自分みたいなものが出てきたときに、
どういうふうにやって、そこで終わりを迎える人たちをどういうふうに見ていくのがいいんだろうかとか、
どうやって自分は仕事もこっちに移しちゃったし、
じゃあこの先の自分の人生、国分寺の中で生まれていく人生っていうのに、
一体どういうものがあったらいいんだろうかとか、
っていうのを自分ができる、今までやってきたことに踏まえて考え始める。
二回目以降自分のプロジェクトを考えるときに。
自分の場合だったらリハビリは言葉とか食べることとか、
そういうものの障害を持っている人たちが対象で、
あともちろん病院だったから地域に帰ってきて亡くなったとか、
もしくは地域の中にも実は結構妊娠の夫婦がひっそり住んでたりとか、
いうような家も結構実はたくさんあって、
そういう人たちを本当に周りのヘルパーだ、訪問医療だ、訪問幹部だっていう人たちだけが見ていればいいのか、
それで本当にその人たちが幸せなんだろうかっていうようなところもちょっと考えていたところもあって、
ここからで知ったこととかを少し繋ぐ。
何か地域の力っていうものをより知っていくと、
そういうところにアプローチできる方法がないのかなみたいな、
というのを考えるときに漠然と自分の中では回想を含めて考えた。
ちょうどコロナもあけて、コロナの時にも結構みんな在宅で起こっていたから、
仕事するようになったから結構地域の人たちがします。
俺は病院はどうしてもコロナの時は行っていたから通常通り仕事だったんだけど、
でも週末に行くと在宅勤務も暇だよねみたいなパパたちがいたり、
あと地域のおじさんとかが日曜日路地に出てきて、
ちょっと話したりする。結構いろんな人がいるんだなと思って、自分の家の周りにも。
24:01
そういう人たちと一緒に何かできて面白いっていうのもちょっと目についていたと思う。
そこを踏まえて何かできないかなと思った時に、
知らないとその人の家には入れないけれども、
何か物としてメッセージを届けるっていうことは、もしかしたらできるのかもしれないなっていうのがあるね。
そのアイテムは何がいいんだろうかと思った時に、
たまたま国分寺の、国別寺とかそういう能のあり方っていうのを国家で知ったので、
それで何か作ったというのは、
例えばその認知症のうちの手術のうちにあったりとか、
少なくとも両方認知症じゃなくて片側がね、
牢牢介護の方が何かやってるんだろうから、
そういう家の食卓に何か国分寺のものがあるっていうことで、
送られてる感とかないんだろうかっていうのをちょっとイメージしてて。
コロナの時、うちも全員コロナになって、東京都から物資が送られてきたんだけど、
まあまあこんなことで残せないように、
クソまずいレトルトの余り物みたいなのがどっかに来て、
食い切れなかったんですよ。まずくて。
友達も言ってました。ひどい。
でもあれの中に、例えばこれ一万円の柿ですとか、
清水農園の人参ですとか、1本入ってたら、
なんか違うんじゃないかなと思ったわけなんですよね。
印刷でもいいから手書きのメッセージがあるわけですよね。
国分寺で大変だけど頑張っていきましょうとか、
例えば清水農園の人参一本と一緒にあるだけで、
なんかすごいメッセージがあるんじゃないかと思って、
まあ仮に手紙があるんですけど。
そういうような届け方って、
思いの届け方ってないんだろうかなっていうのを、
そこから考えたんですが、プロジェクトで、
飲み物っていうものを一つの題材に、
頑張って作ったのが自分の友達の言い出しだと思って。
なるほど。それでドリンクになったんですね。
あとは自分の成功的な部分でも、
私は結構缶で食べるとかって、
シキがすごく高くて、固形ものを食べる。
だからサラサラの水もすごくシキが高くて、
たぶん少しこうちょっと、
要は塩気障害とかになるととどみ食だったりとか、
ゼリーとかそういうことになるんだけど、
例えばゼリーとかも、
例えばとろみの水も、
これをとろみにしたらまずいんだけど、
まあでもそれしか飲めない人もいるじゃん。
でも例えばスムージーは、別にそれまずくないよね。
スムージーの形態としてはそれであり、
とろっとしているのは当たり前なんだけど。
27:01
そうやってゼリーとか、
そういった飲み物とか、
いうものがあることでアレンジができたら、
少しちょっとこう、そういう人たちも、
黒分寿の味を確かめられる。
飲み物だったりゼリーとかも加工してるとか、
いう風にしたら、
これは一枚ずつの柿はゼリーですって言ったら、
それは食べられる年寄りとか障害者もいるかもしれなくて、
柿は食べれないけど。
そうすると、なんかちょっとこう、
みんなで共用できるじゃない。
すごいな、そういう世界観が。
子供から大人まで。
全世代食べれますね。
おばあちゃんはとろみがついてる、
お父さんは普通の柿じゃなくて、
柿ゼリーだったらみんな同じものを食べられるよね。
みんな同じものを食べて、
同じ感想が、
同じ土俵の上で感想が言えるよねっていうのは、
やっぱりすごくいいんじゃないかっていう風に思って。
そういう職場専門の部分の中で、
そういったきっかけになるのは、
物色とかね。
物色みたいな、少し形態が変えられるものだと、
もしかしたら良いかもしれないと思って。
ヘブンリップリングがそんなに深かったと。
それは俺が考えてたんだよ。
でもすごい、私もそんなに深かったと思わないよね。
なんか地元の山植で取れたてのものを、
メイドイン国分寺なんとか町みたいな、
メイドイン本田産地みたいなのができたら面白いよね、
ぐらいな感じかと思っていた、勝手に。
そういうのができたら、
いろんなアレなのかなと思って。
でもその中でメンバーは、
例えばそういうのでマックショップを、
例えば今神社エールを作っていると。
例えばみんなで国分寺の生姜を使って、
神社エールを作るってなると、
例えば子供たちにさせて、
今、去年から始めたけど、
本田産地で生姜を育ててもらってたね。
国分寺産の生姜になるとかするが、
今年はそれで生姜の神社エールを作ったから、
純国分寺産になる。
そこに例えば自分たちの今子供たちなんか、
ちょっと参加できたら参加してもらったりして、
そうすると生姜がどうなった、植えた記憶とか、
そういったものがあるし、
それを今度みんなでマックショップ的に作るってなると、
それがそれで子供たちも楽しみながら、
国分寺にこんなものがあるんだねとかね、
それにシーカーサー絞るときって、
シーカーサーって、でもこれも国分寺産ですみたいな。
例えばそうなるわけじゃん。
そうしたら自分たちの地域ってこんなに豊かなのかな、
っていうようなワークショップをやれば、
そういうような中でもメッセージとして
高生に伝えられるし、
あとは本田産なんかも、
やっぱり姉妹都市からいろいろなあれはあるけど、
国分寺のものは一体出ているんだろうなって思って、
当初のときには、
ふるさと納税、どんどんみんな地方に納税しちゃうけど、
国分寺に納税してもらった人には、
30:00
国分寺産の、例えば神社エーグのシロップとか、
それはそれで面白いんじゃないかと思って、
なんかそういう発想がいろんなみんなから出てきて、
なんかそうこうしたら面白そうだよね、
飲み物っていうきっかけでみんなつながりながら、
自分たちの思いを体現できる、
ひとつのアイテムになるかもしれないっていって、
それが集まったみんな。
目的は違うけど、
なんかそれってすごい可能性がいろいろあるねって、
飲み物っていうものがある。
じゃあそのメンバーのそれぞれの思いっていうのは、
すみさんみたいにみなさんそれぞれの思いはあって、
でもその思いを形にするとか達成するってなったときに、
一番やりやすかったのがドリンクだったっていう感じですか?
ドリンクって携帯?
やりやすいっていうか、携帯は面白いかもねっていって、
みんな飲み物っていうのをテーマのひとつに入れてくる人もいて、
だからそれはひとつちょっと面白いかも。
あとはなんかそういう地域喫茶みたいなのに興味があったりとか、
そういうような考えとそのひとつね、
それをきっかけにいろんなことが広がって考えられるから、
こういうプロジェクトというよりは、
そしてそれをどういうふうに汎用させるかっていうことは、
きっとみんないろいろイメージがあって、
それがシンボル的に飲み物っていうのに、
みんな可能性を感じてくれる人たちが6人集まったと。
なんかでも考え方がデザイン志向ですね。
あ、そうなの?
デザイン志向とか言って私もよくわかんないんですけど、
ただ例えば、この何々ジュースを作るとか、
それではなくて、それぞれが思う思っていって、
それだったらたまたまいろいろ選択肢がある中で、
飲み物っていうのは広がり方が結構柔軟に広げることができるから、
面白いよねっていう。
それでそれぞれの思いとかを広げたりとか、
それで膨らますよっていう、
皆さんの思いとかいろんな考えを体現できるものが、
これだったっていう、なんていうのかな。
絶対にこれっていうよりも、これがいいんじゃないっていう、
その感じがデザイナーさんみたいだなって思いました。
なるほどね。
みんなの気持ちのこうやって丸があったら、
一番重なるところにドリンクがあったら、
なんかカチッとはまったぞみたいなね。
そうかもね。なんとなくみんな考えてることがドリンクにつながって、
そこからまた波及して広げられそうっていう。
当時その打ち合わせの中で、
そういうのが一つでいるとどんどんイメージって膨らむじゃん。
じゃあ西町コーラとか、高木町ジンジャーエールとか、
東本町スムージーとか、そうやっていろいろできたら、
それはそれで今度は国分寺の市の地域の中で、
なんかいろいろにぎやかになってきて、
じゃあこの国分寺西側3点セットじゃないけど。
33:04
そんなのもあっても面白いかもねとか言って。
うんぶんウォークでドリンクスタンプラリー。
そうそうそうね。
そこ行ったらちょっとこれで潤してみたいな。
国分寺飲みクラブセットとかいいですね。
ホットドリンクだけど。
なんかそういうのができても面白いからねとかっていうのは、
当時いろいろ発想としてはあって、
でも顔を重ねてはね、
みんなとりあえず卒業じゃないや、発表までの間に、
他のチームがどんどん出始めちゃったから外で。
やべえやべえどうするどうするとかって言って、
とりあえず出てたのが神社寄りだったの。
それが今続いてて、
どんどん植えるとかいうこともなってきたんだけど、
とりあえずその時コーラを作ろうと思ったけど、
コーラなかなか難しくて、
どうするどうするって言って、
でも日にちがないのでとりあえず神社寄りで行こうかみたいな、
っていうのが今に続いてる。
そういうものも含めて、
教養範囲の中、みんなね、
できる範囲の中で決めていきながらやった結果が今になってるんだけど、
だから今後またどういう風にしていくかね、
まだ神社寄りも商品になってるわけでもないから、
そういったものも今、
突き詰めなくて、
そういうものになったらいいよねとかって言ってるし、
ワークショップもまだちゃんとできてないから、
そういうものができる機会があってもいいよね、
っていう話もあるし、
もっともっとそれに合わせられるような果実。
その時はシーカーサー、
みんなシーカーサー国民でできるってのをみんな驚いて、
それと神社寄りのセットにして、
発表ではあって、
シーカーサーはちょっとすごく象徴的ではあるんだけどね、
僕らにとっては。
カボツだったりとか、
キウイだったりとか、
ホンダさんがいるからね、
いろいろ教えてもらって、
そのものを使わせてもらいながら、
牡蠣だったり、
そういうので考えているというかね。
今の文字ドリンクって定期的に集まって、
打ち合わせとかされてるんですか?
そうだね、
ここのところちょっと、
1ヶ月、2ヶ月、
去年は1ヶ月に1回ぐらいは打ち合わせをしてて、
去年はいろいろたくさんお声かきをいただいたから、
それで1ヶ月1回ぐらいやってて、
ただね、冬の間は取れるものがなくて、
あと出店にすごく保健所の衛生許可が非常に高くて、
それでね、なかなか、
声かけもらったけど出れないところもあったりして、
臨時出店もなかなか降りないとかね、
だから、そういうので、
ちょっと回数が減った分、
打ち合わせの回数はちょっと減ってるけど、
まあでも、
36:00
年末年始飲んだりとか、
ああ、最高ですね。
あとはそういうので、
打ち合わせして次どうするとかっていう、
オンラインでちょっと話したりとか、
いうのはしてるね。
一応だから、メンバーのうち半分揃ったら、
出店、その当日にね、
牡蠣出してくださいって言ったら、
その日に揃ったら、
出店の方向でやろうとか、
いうのを一応決めて、
今、やってて。
ああ、なるほどね。
じゃあ、すごい、
今も続いてらっしゃって、
定期的に皆さんと出会って、
すごく、
そういったお仲間ができたことも、
おかかれに入った、
一つの、
得た財産なのかなって、
話を聞いて思ったんですけど、
それ以外にも、
ずみさんがこっかりで、
得たもの?
得たものは、
えっとね、
さっきの話にも通じちゃうかもしれないけど、
知らなかった人の思いとか、
知らなかったものとか、
そういったもの、
ものであれば、
その裏側にある言葉とか、
あとは、
やってる人たちの思いとか、
子供が持っているそういったものに、
触れられるところに、
いられるというか、
そういう言葉を、
思えることがすごく、
得られるものだったね。
今までそれに気づかなかったわけだから。
だから全然関係がなく、
自分の人生は、
そこで過ごしてたわけだけど、
例えば、
伊藤満だったら、
本田さんなり、
他の活動者のたけちゃんとか、
それぞれでも、
別に何か起こしてないけども、
こんなことがあったらいいなとか、
そういう人たちはみんな、
面白いことできないかな、
って思ってる人もいるじゃん。
そんなの話さないと分かんないじゃん。
でもそもそも出会ってないから、
話が聞けない。
今まで見てたものの裏の言葉も、
別に知らない。
ただ見過ごしてたから、
さっき言ったように、
ぼやかして見てたからね。
そういうものに触れられたっていうのが、
すごく一番自分の中では、
得られたものかな。
それを何かの形で伝えたりとか、
共感もできるし、
そうすると何かやろうってことにもなってくるし、
自分のできる範囲の中で
共通することになってくるし、
同じように自分がそういう思いを言うことで、
共感してくれる人たちもいるし、
そういう言葉や思いっていうものを、
国分寺の中で、
見えなかった思いとか、
そういう言葉っていうものに、
すごくたくさんもらえたかなと。
有名な人では全くないし、
こっかりに入らなかったら、
出会わなかった人を、
ちょっと仲良くなって話したら、
39:00
みんなにそれぞれストーリーがあるって感じですよね。
それを知れることで、
さっきのニュースからではないけれども、
自分の中でも、
広がったりするものもあるじゃないか。
さっきのラジオとかでは、
そうそうラジオってやりたいよねみたいなさ、
でもそんな技術があるんだとか、
例えばそういう中で、
っていうような思いって、
それぞれは活動者にもなってなければ、
そんな思いを発するところは、
本当に身内しかないわけで、
そういったものがこっから入ることで、
出さなきゃいけないっていうのもあるけど、
みんな考えるから、
小さな思いが膨らんだものとかっていうのを、
みんな言うから、
それがすごい、
面白かったっていうか、
すごい可能性もあるし、
それはその人から出てくるから、
自面で出てくるんじゃなくて、
その人の口から出てくるから、
すごい色を持って、
自分の中にも入ってくるものもあるしね。
それがすごくよかったかなって思うし、
人にも会えた、
裏の気持ちにも会えたっていうことがね、
すごくよかったかなと、
思ってるけど、
対比だってね、
どうしてあれをやったのかとかね、
話を聞くと確かになとかさ、
思いに本当に引かれるわけだからね、
いろんなことができちゃって面白いよねとかね、
すごく意味があるよねとかね、
いろんな切り口があるけど、
あんまりそれに触れられないと、
なかなかわかんないから、
そういう意味では、
それはすごい財産かな、
今もそのままずっと続いている感じもするし、
柿畑もそうだし、
手筋もそうだしけどね、
ああいうものを全部一つ一つ、
どんどんどんどん削っていくと、
スタートや何か、
考えた人の裏の気持ちがすごく出てくる。
やってて針があるというかね。
なんといい話でしようね。
どうぞどうぞ、すみません。
それこそ中で自分が考えてて、
こういうのいいな、
こういうの好きだなとかいう思いって、
人間の一人から湧いてくる思いって、
AIとかには絶対どうしようもできないことじゃないですか。
どんなにそれが発達しようが、
ディープラーニングでいろんなことが蓄積されようが、
そういうのに人間がジャックされつつあるから、
そういうのを押しのけて、
自分たちの楽しみが、
自分たちの中から出てくるのが、
私は楽しいなって。
だから実際こうやって、
面と向かって話して、
その空気感を含めて、
表情も含めて、
同じ言葉でも、
42:00
違った空気感の中で聞ける。
それがきっとすごく大切で、
と思っていて、
それが、
後続かもしれないけど、
自分たちが診療を見ていても、
病院では常に医者が、
パソコンを見ながら問診をして、
書いていくとか、
スピードが重視されて、
面と向かって、
面倒で時間かかろうと、
わざわざ手書きでやるとか、
ってことはなくなってきているわけじゃん。
それが寂しいと思っている人もいて、
やっぱり仮に、
それがちょっと、
手書きで聞き取りで、
手書きでやることで抜けちゃったとしても、
抜けちゃうことがあったとしても、
その人に見てもらっているっていうことが、
診療の、
信頼関係のベースだとすれば、
そういうものが、
そうじゃない社会になっているっていうのは、
すごく、
もったいないというか、
人間の本来のものを、
失っているような気がしてね。
実際ここからは、
そういうものが、
本当に全く知らない人と、
全く知らなかった思いを、
ここに置いて、
そしてみんなが、
いいね、いいねだけじゃないじゃん。
それはこうした方がいいと思った。
なんだよって思うことも含めて、
めんどくさいと思うような、
今の時代ね、
思うようなことも含めて、
なんかやる。
やらされるも含めて、
そういう機会があるっていうことが、
すごく、
大切なような気がする。
そのきっかけを、
させられるというか、
できるっていうのは、
自分だけでやろうと思ったら、
結構おっくんになっちゃうこともあるじゃん。
プログラムでね、
やってきてねって言われるから、
やべやべ、みんなまとめるぞとか言って、
やっきになって、
時間で割いてね、
仕事の合間、
やってるわけで、
打ち合わせしてさ。
小学校の宿題のようにですよね。
そうだね。
それがね、やっぱり、
大切なままって、
そう思うっていうか、
やってみて、
そのスタートを切るには、
本当に良かった。
できなかったね、きっとね。
一人で悶々と考えて、
もちろん人間関係は作れただろうけど、
こういう感じに、
やっていくと、
こんなんなるんだなっていう経験が、
できないままだから、
ずっと手探りでやってたと思う。
そういう意味では、
まずそれが何かの形で、
させてもらうことができたっていう、
そういう意味でできたかなと思う。
うーん。
それはこうやって枝が分かれてね、
こっかれの活動じゃない部分も含めて、
繋がっていくじゃん。
うん。
繋がっていく。
すごいそのきっかけには
なったような気がする。
大きなきっかけ。
45:02
なんかそんな風に言っていただくと、
すごいこっかれって、
すごい良いところって感じですよね。
分かる分かる。
なんかすごい、
すごいなと思って。
参加者の人は、
こっかれ入学前、
入学後で、
絶対見る風景は変わってるはずですもんね。
なんか変わってるんじゃないかなと思います。
今まさしく、
でもほんとそう、
こっかれに入ったことによって、
入る前に感じていた、
国分寺という町。
でも入る前はこう思ってたけど、
入ってからはこう思うようになったみたいだ。
なんかその町に対する、
感じ方とか変化みたいなのありましたか。
そうだね。
町に関しては、
あんまりちゃんと見ていなかったときは、
ただ漠然と生活の町であり、
どうしようかっていう、
いわゆる紙面や文字面で出てくるような、
情報からイメージするような町だと思うんだけど、
でも、
こういう風にやって、
いろんな人とつながって、
文字ドリンクだけじゃなくて、
もちろん文字ドリンクをやったことで、
いろんな役所の人や、
商工会の人や、
農家の人や、
そうじゃない、
普通の一般の、
僕らみたいに、
住民や、
そうじゃない場所に住んでて、
来てくるような、
いろんな人の、
思いを聞いて、
つながって、
次に次に言って、
分かれて、
いろんな、
遠くの人たちの、
あれを聞く機会に、
もらえたことによって、
何だろうな、
国文っていうのは、
ちょうどもしかしたら、
僕個人で言ったら、
ちょうど世代交代の時期の、
新しく何かを変わろうとしている、
夏なのかもしれないな、
っていうふうには感じるような。
へー。
それは、
直接こっかれじゃないけど、
例えば文字業のメンバーに会ったりとか、
友達ができる、
神山の人とか、
彼らにも、
改めて会ったりして、
あそこに集まる人とか、
もちろんこっかれに集まる人たちとか、
夏祭りとか、
いろいろLINE、フェイスブック、
フェイスラインやって、
会うところで観ている人たちとか、
ああいうのを見ていると、
何だろうな、
活気がある人たちばっかり見ているからかもしれない、
見えるようになったからかもしれないけど、
ちょうど僕らの、
親世代が、
80代くらいになってくるけど、
50年の親も、
80代、90代の近くになったから、
48:00
80代、90代、90代になったと思うんだけど、
ああいう人たちが、
すごく学校教育とか、
そういったところで動いていた世代で、
僕ら子供の頃ね。
そういうものを、
ずっと要因として、
そういった地域のつながりを、
彼女たちも持って、
自分の生活をずっと続けてきていた。
ここに来て、
自分もわからずも、
こういうような場所に、
いさせてもらうことで、
新たな、
この国道で何かやってやろうぜ、
みたいな人とかね。
やってやろうぜっていうか、
何か、
モンモンとした思いみたいなものを、
いろんな形を変えて、
考えていこうとしている人が、
いるっていうのが、
よく分かったからね。
そういう意味では、
僕が知っている親世代から、
僕ら世代、
もしくは僕の会、
30、40代の人たちに含めて、
ちょうど何かを変えようとか、
変わっていったら、
面白くなるよな、
っていう人たちが、
こうなっている。
何かいつだったかな、
黒みどの夏祭りだとか、
忘れちゃったけど、
何か行った時に、
僕の知り合いで、
喫茶店をやっている人がいて、
吉祥寺でね、
ずっとやっていた人がいて、
うちのお客さんたちよりずっと若いな、
それが黒みどらしいって言った。
もっと吉祥寺の方は、
いわゆる吉祥寺の繁華街の、
ちょっと外れたところで、
ずっと喫茶店をやっていた人だけど、
もう少し年配の人で、
落ち着いた人で、
何か自分の世界を持ってきて、
そこの時間を過ごしていった人が多い。
もちろんクリエイティブな人も
たくさんいたんだけど、
でもそれも、
どこかクリエイティブにも
ある程度立場ができちゃって、
いろいろな人たちが集まるような
場所だったっていうのもあって、
その見た人が、
黒みどらしいは、
すごい若いね、みたいな。
そういうのを言ってて、
年齢的な若さだけではなくて、
たまたまそこの集まったメンバーが
そういう話になった。
確かに若いかもな、
考え方とか、動き方とかが、
次に行くと思っている人たちが
すごいたくさんいる街だったな
っていうのは分かった。
で、さらに30代、40代。
一番40代の人たちとか、
すごいなって思ったけど。
元気がありますね。
元気もあるし、いろいろ知識も経験も
すごいたくさん持っている人たちが
こういうところに向かって、
何の形ができるかわからないものに
力を注ぐとこうなるんだみたいなさ、
そういうもののパワーって、
ここに来たからこそ、
そういうことがあるしね。
51:00
そういう意味では、
そういう人たちが見えたこともあって、
なんか、なんだろうな、
世代交代っていうか、
なんて言う言葉がいいのかわからないけど。
ネオ町内会じゃないけど、
町内会とはちょっと違うんだけど。
でもなんか、それこそ、
高山さんとかがね、
町内会、自治会を動きながら
自治会やろうぜ、みたいなね。
入りましょう、みたいな感じだったかもしれない。
やってますよね。
そういう意味では、
そこらへんのね、
また、そういうものに
思いが向けて、
動いている人が多く出てきた時期なのか、
もう、そういうものが始まって、
もう10年以上経ってたかもしれないけどね。
そういう意味では、
前と後では、
国分寺の見え方が変わったからこそ、
なんかすごく、
これからもまた新しい可能性が
身に出せる町というかね、
という風になってきているのかなと思っています。
ありがとうございます。
いかがでしたか?
国家でに参加された人たちは、
参加されたきっかけや、
活動への思いは、
共感するところがとても多かったです。
国分寺でシークワーサーが撮れるのも驚きでした。
皆さんも、町のどこかで
分寺ドリンクさんを見つけたら、
ぜひ、メイドイン国分寺を味わってみてください。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
53:08

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