サマリー
大ゴッホ展の訪問
まやかです。声日記です。
遅ればせながら、今年も皆様よろしくお願いします。
えーと、私は年明け早々、ちょっと風邪をひいてしまいまして、
かなり、鼻声だったので、なかなか収録できなかったんですけど、ようやくちょっと落ち着いたので、
今日、声日記を撮ってます。
で、ちょっと近況をご報告すると、先日、大ゴッホ展に出かけてきました。
こちらの展示は、昨年の9月からずっとやっているものなんですけど、
市立博物館でしていたんですよね。
私、ずっと行きたいなぁと思って、でもまだ会期が長いので、
行ける時に行こうとかって思っていると、案の定、あっという間に終わりが近づいてきまして、
これ早めに行っておかないと、なかなか入場もしにくくなるかなぁと思って急いで行ってきました。
ゴッホの作品は、いろんなところでいろんな絵を見たことはあるんですけど、
今回の展示のメインの、夜のカフェテラスっていう作品は、一度も実際に見たことがなくて、
でもとっても好きな絵だったので、必ず見たいと思っていたんですね。
平日お昼間に見に行ったんですけど、それでもすごい人で、
夜のカフェテラスは、やっぱり行列になって順番に見なくてはいけなかったんですけど、
それでも色彩のコントラストがとても美しくて、実際に見れてよかったなぁと思いました。
今回、音声ガイドのプログラムをちょっと楽しみました。
私いつも自分の感性で見たいと思って、音声ガイドをほとんど利用することがないんですけど、
今回はちょっとナビゲーターが豪華で、綾瀬はるかさんっていう俳優の方だったっていうのと、
耳から聞く情報、ポッドキャストみたいに、そういう音声のガイド付きで絵画を見るとまた違うのかなぁと思って、
ちょっとね興味津々で聴いてみました。
必ずそういう展覧会みたいなのに行くと、
図録を買うようにしているんですね。自分の記念になりますし、
気になった作品をね、また繰り返し見られるっていうのと、
それにまつわるエピソードとか考察とかが、とても楽しい面白いので買うようにしています。
編末のいろんな方の解説と自分の感じたことをすり合わせるのも、ちょっとね楽しいですし、
知らなかった時代背景みたいなものも見えたりして、いろいろねいいこといっぱいあるなって今回も思いました。
震災の記憶
今回、綾瀬はるかさんの音声ガイドを聴きながら見ていたんですけれど、
その時に読み上げておられた、
「これは、黒のない夜の絵だ」っていうゴッホの言葉がすごく印象的で。
絵を見ると確かに暗闇のはずなのに空は群青色、コバルトブルーみたいな色で、
これはカフェの黄色い明るい明かりに照らされて、星空は見えるけれど、
真っ暗闇ではないような絵なんですよね。
その時、なぜか私すごくグッときまして、なんでかなって思って、ちょっと自分なりに振り返ってみたんですけど、
この描かれている場所がすごく個人的かもしれないんですが、三宮駅のあたりに似ているんですよね。
数年前、新しくなった通りが、古くからある通りがあるんですけど、そこにカフェとかいろんな店が並ぶ場所があるんですが、
そこにすごくシンクロしまして。
今回の展示というのは、阪神淡路大震災の30年、東日本大震災から15年の節目の年に開催ということで出ているんですね。
その後、東京にも会場を移すみたいなんですけれど、
こちらの展覧会を見に行く前に、どうして震災の復興の記念行事みたいな感じで選ばれたのが、この午後の夜のカフェテラスだったのかなって、少し不思議に思っていたんですが、
暗闇の中に浮かび上がる街灯っていうのが、震災の時にはなかっただろうなってちょっと思ったんですね。
私、阪神淡路大震災の時は関西の方にいなかったので、全然経験はしていないんですけれど、
もう何十年もこの場所で暮らしていて、やっぱりその復興の軌跡みたいなものは肌で、少しなりとも感じてきただろうなって思います。
街の灯りっていうのは物理的な、視覚的なあたたかみだったり、あたたかさだったりっていうのがあると思うんですけど、
そういうのって冬だと特に焚火とか、焚き出しとか、街灯だけじゃなくて、暖をとるっていう意味の灯りの意味もあったりして、
そういうのって精神的な温かさ、つながりとか助け合いとか、気にかけるっていうことに結構影響を及ぼすんではないかなって思ったりもしてます。
毎年この時期になると、ニュースとかで震災のことを取り上げられると思うんですけど、今年も1月に入って何度か地震が起こっていますし、
何年か前の能登の地震でもやっぱり人ごとじゃないっていうか、そんな風に感じている方多いと思います。
1月17日っていうのはやっぱり神戸市民にとって特別な日だなって感じてます。
東遊園地っていう場所があるんですけど、ここは遊園地ではなくて広場みたいな場所なんですね。
ここに1.17の集いっていうのを毎年されているんですが、すごい人ですし、報道陣とかもたくさんいて、
なかなかね、なんていうかその日常の一つとして気軽に行けるようなイベントではありませんので、
ずっと行っていなかったんですけど、10年ぐらい前、1回ぐらいはちゃんと行っておかなくてはいけないような気がして行ったんです。
でも、灯籠の灯りはとてもね、祈りを捧げるみたいな感じで、しんみりと明かりを見ながら時間を過ごしていたんですけど、
もう少し奥の方に行ったところに水盤がありまして、水を張った池みたいな場所があるんですね。
そちらに花を捧げる、白い菊の花だと思うんですけど、そちらをどなたでも捧げることができるっていう場所がありまして、
そちらにちょっと伺った際に、私足がすくんで動けなくなったんですね。
吸い込まれそうな黒い闇が広がっていて、その水面の中に別の世界があるような気がして、
音も光もない感じで、足がすくんでしまって、怖くなってしまってですね、
なんていうか、ここは本当に安易に来てはいけない場所だったなぁというのを思いました。
私は震災を体験していないんですけれども、何十年も経つと、やっぱり震災後に生まれた方とかもたくさんいらっしゃって、
その方たちも成人されて随分経っている方もいらして、でもやっぱり震災があった場所に暮らしている人たちっていうのは、
たとえ実際に体験、経験をしていなくても、伝えていかなくてはいけない使命感みたいなのを知らず知らずのうちに、
望む望まないに関係なく、意識するしないに関わらず、心のスペースを占められてしまっているような気がするんですよね。
もちろん本当にそうした方がいいっていうのは心の中で感じてはいるけれども、でもどうしたらいいかわからないみたいなのを、
心のライフライン
私と同じように感じている方もすごく多いんじゃないかなっていうのを改めて感じています。
防災教育とか啓蒙活動っていうのもとても盛んですし、近くの人同士で助け合う尊さみたいなのも、
やっぱり日々大事にしていきたいって思っている方多いだろうなっていうのは暮らしていて感じます。
コロナの時にも思ったんですけど、いろんなところに拠点とかつながりを持っていると、
心のライフラインっていうか、安心感にすごくつながるんだろうなっていうのも思いました。
物理的には難しくても、いろんな形でいろんなつながりを持っておくことによって、
自分の心の拠り所になるようなその安心感。地域でのつながりっていうのが場所のつながりだったら、
価値観を一緒にする方たちとのつながりっていうのは、心のライフラインになるんじゃないかなっていうのを日々感じています。
いつもと違う状況とか環境に置かれた時に、知っている声とか、普段から馴染みのある声が聞こえてきたりしたら、
ホッとするので、すごくそういう感じだなって思ったりします。
震災関連の映画に、最近ですと、『港に灯がともる』っていう、昨年公開された映画があるんですが、
そちらと、15年前に発表された『その街のこども』っていう、もともとテレビドラマだったんですけど、
映画化されて劇場版が作られたものもありまして、このどちらもですね、私は見る勇気が出ないまま、今日迎えているんですが、
覚悟が決まらないと、不用意に見ると、なんかちょっとね、戻ってこれなくなるような不安がありまして、
見る勇気が出なかったんですが、今年ちょっと地元の映画館で、どちらも公開される予定があるみたいなので、
ちょっとね、見に行ってみようかなって思っています。
随分長く喋っているので、そろそろ終わろうかなと思うんですけど、この大ゴッホ展を見に行かなくてはと思ってたきっかけの一つに、
きりさんがゴッホについてお話しされてたのを聞いたっていうのもあるし、
あと、映画を見に行きたいなーって思ったのも、ninjinkunの映画の感想レビュー回みたいなのも好きでちょこちょこ聴いていて、
自分もね、何かそういうのできたらいいなーってうっすら思っていたので、今回ちょっとこの声日記のテーマにしてみました。
ちょっと私、植物的だなって自分で思うんですけど、冬になると、きゅっと芽を閉じて春まで冬眠してしまいたいと思うんですが、
なかなかそういうわけにもいかないので、日常を日々すこやかに前向きに生きるために、
いろんな刺激を声日記の方とか、ポッドキャストのキャスターさんとかからいただきながら、楽しく頑張っていこうと思っています。
というわけで、2026年もよろしくお願いします。
お聴きくださりありがとうございました。
ではでは、ayakaでした。
13:51
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