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第26話 暑中お見舞い房州避暑案内~あなたも館山に来ませんか?
2026-06-02 43:03

第26話 暑中お見舞い房州避暑案内~あなたも館山に来ませんか?

房総文明ラジオは房総半島に新しい文明をつくろうを合言葉に、千葉県は房総半島にまつわる様々な情報を発信するポッドキャストです。、


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文献


『房州避暑案内を読む』 前田宣明編著 北条文庫1


webサイト


館山市立博物館


避暑・別荘地・行楽のはじまり


http://history.hanaumikaidou.com/archives/8078


北条文庫


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ゆいなわさんの聞く人ラジオ 保田文庫主宰・前田宣明さんに聞く


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サマリー

このエピソードでは、房総半島、特に館山市を避暑地・別荘地として紹介しています。明治時代に発行された「房州避暑案内」というパンフレットを紐解きながら、当時の館山がどのようにして避暑地としてのイメージを確立していったのかを解説します。東京から船で約5時間かけて館山へ向かう旅程や、海洋性の気候がもたらす夏涼しく冬暖かい気候が、保養地としての魅力を高めていたことが語られます。また、パンフレットの作成者である木村屋旅館の山崎西吉氏の地域全体を見据えた案内や、現代の観光にも通じる視点が紹介されます。さらに、このパンフレットの復刻版を出版した前田宣明氏や、彼が関わる「屋根立山」という複合施設、そして前田氏が出演するポッドキャスト番組「ゆいなわさんの聞く人ラジオ」についても触れられています。番組の後半では、い鉄ブックスのイベント情報や、古民家シェアハウス「星空の家」の入居者募集についても告知されています。最後に、DJコナがハルカリの楽曲を紹介し、番組は締めくくられます。

房総半島の初夏の風物詩と地域コミュニティ
房総文明ラジオ
この番組は、「房総半島に新しい文明を作ろう!」を合言葉に、
千葉県は房総半島にまつわる様々な情報を発信するポッドキャスト番組です。
ナビゲーターは、房総文明ミュージアムよりヨッシーがお送りいたします。
今回で第26回目の収録となります。
早いもんで、もう2026年も6月に突入してしまいましたが、
梅雨前の時期ということで、
晴れる日が続いていて気持ちいい日が続いていたりするんですけども、
もううちの庭のアジサイも咲き始めていて、
そろそろ梅雨が来るなという感じですね。
泉市では夜になると、場所によるんですけども、
ホタルが飛び始める時期になっておりまして、
泉市、結構いろんなところでホタルの観察をすることができるので、
夜にならないとダメなんですけども、
日は晴れていて、少し湿度が高いような日で、
さらには満月ですね。満月じゃない時が狙い目で、
満月の明るさだとホタルやる気なくなっちゃうみたいで、あまり飛ばないんですよね。
満月じゃない時に見に行くと、
場所によるんですけども、ホタルが飛んでたりします。
ホタルが夜空をふわっと飛び回る様は、本当に幻想的で、
僕も泉に来るまではホタル、なんだかんだあまり見たことなかったんですけども、
こっちの方だと割とふわっと飛び回る時がありますので、
そういう時には見てて幻想的な光景に感動したりしますね。
そんなホタルが飛び回る時期は、田んぼも田植えが終わって、
本当に緑の絨毯みたいに田んぼがなるんですけども、
新緑の時期ですよね。
この時期になると、毎週例えば土曜日だとか日曜日に特にそうなんですけども、
田舎道のあるところに、
軽トラがふわっと10列で集合する光景を目にすることができます。
これは何かというと、地区の人たちが、
慣習的に毎年何日というふうに決めている草刈りの日になっていまして、
地区で公共のみんなで草刈りをやる場所っていうのがあって、
そこに軽トラでみんなで集結して、
例えば神社であるとか、あとは関と呼ばれるため池ですね、
そういったもの、あとは土手だとかも多いかな、
そういった農村の公共的な場所っていうのをみんなで草刈りするんですよね。
なので、軽トラの上には刈払機、草刈り機と呼ばれる機械が乗っていて、
草刈りの格好でみなさん集合して行ったりします。
僕も泉に移住してから、もちろん草刈り機も買い揃えて、
軽トラも買ってですね、それに参加してるんですけども、
まあこれが結構大変でですね、本当にすごいなと思ってたりします。
みんなで草刈りやるんですけども、
これは結構ハードな作業量なんですよね。
ただこれをやることによって、
集落のもちろん景観が維持されているっていうのもありますし、
それからもう一つ大事なことは、
その集落の結束みたいなことが強化されるなっていうのを見ていて、
すごい思うんですよね。
みんなで何かやるっていうのはやっぱり人の結びつきっていうのを
強める効果があるなと観察してたりします。
なかなか都市部ではこういったことって、
ボランティアに参加したりとかなんだとかって言われると思うんですけど、
地区の集会というか、地区で集まることで
こういう共同作業をやるっていうのはなかなかないことだと思うんですよね。
それが田舎の方だとまだまだ色濃く残っているので、
コミュニティの力っていうのも必然的に維持されていくっていうことがあるのかなと思っています。
まあとにかく軽トラと草刈り機っていうのが必需品になるので、
こういうのも田舎暮らしの面白さであり、
ノウハウみたいなことになるのかなと思っていたりします。
ということで今回は、
避暑地・別荘地としての館山の歴史的背景
暴走半島の南端、主に立山市、
あと周りの南暴走市っていう市があるんですけども、
立山南暴走を中心としたエリアについて話をしようと思っています。
主に立山市を今日は中心に話をするんですけども、
暴走半島で秘書地あるいは別荘地を挙げようというと、
まあまあ筆頭に上がるのは立山市かなと思います。
それぐらい昔から歴史伝統がありますし、
今でも非常に人気のあるエリアになっていたりします。
今回はこの秘書地もしくは別荘地としての立山市のイメージが
どのように形成されていったのかっていうのをですね、
ちょっと複読本を用意して見ていこうと思っています。
この暴走半島の南に位置する立山市は、
僕も実は仕事だとかいろんなご縁でですね、
本当に何度も訪れていまして、
ちょっと最近は行けてないんですけども、
非常に懐かしく思い出される地なんですよね。
本当に秘書地、観光地として、あるいは別荘地としてにぎわいを持っているところで、
そこがどういうふうに成り立っていったのかっていうのはすごい興味を覚えたので、
この防守秘書案内っていう本を見つけて読んだときには、
だいぶいろんなことが面白くて興奮したっていうことがありました。
そのあたり詳しいことは本編で見ていきたいと思います。
それでは本編の方に行ってみましょう。
書中のご来友は年ごとに増加し、
私どもの営業は申し上げるまでもなく、
多少土地の潤沢とも相なり、ありがたき幸せに存じます。
東京都防守を往来する期限は、朝、暮れ、発着いたし、
電信局は開け、病院は増設し、医学士の方々も開業されています。
その他、新聞牛乳の配達に至っては、極めて迅速整領を旨とし、
商人はもちろん、シャッフの人々も誠実を旨とし、
決して不当の請求をすることはありません。
ますますご弁慮を図り、兵役の際、指揮者からのご愛顧をいただき、
年々希望も整ってまいりました。
これに際して、なおひときわ弁礼し、
調理やその他、万般において、
しんそこ丁寧に待遇していただきましたので、
どうにか依然に思いまして、ご愛顧いただけますようお願い申し上げます。
自負がましく恥ずかしい次第ですが、
兵役の長望においては、指揮者各位より、
ご銀等をくださりましたことは名誉の至極につき、
本書の冠書へ搭載いたしました。
また、各地の実況をご案内申し上げ、
かねて著名家の陰影を収録したことは、
もっぱろ指揮者のご弁儀をはかり、
あわせて自国の名誉に輝くさまを伝えようという美意に存じます。
くれぐれも長くお引き立てくださいますよう、
お祈りお祈り申し上げます。
はい、今皆様にお聞きいただいたのは、
書中を見舞い、防衆秘書案内、
という明治25年に発行されたパンフレット、
旅行の小冊子みたいなやつですね、
ほんとにちっちゃな本みたいなんですけども、
ここの中に書かれていた文章を現代語訳したものになります。
ちょっとややこしいんですけども、
防衆秘書案内を読むという本が発行されていて、
この本は編長前田信明さん、
発行法上文庫というところから出されている本になります。
この防衆秘書案内を読むという本は、
この立山に昔存在していた、
実は今はもうないんですけども、
木村屋旅館っていう旅館の当主が作成された、
防衆秘書案内っていう本の復刻をしているんですね。
もともとの文章は漢文帳の書き下し文みたいな、
明治時代の文章なんですけども、
それをわかりやすくテキストの形で収録してくださっている本になります。
今読み上げた文章っていうのは、
そのパンフレットの末尾の辺りに書かれている文章なんですけども、
それの現代語訳になります。
ちょっと僕がポッドキャストで読みやすいように改編したところがあったんですけども、
こういう文章が書かれていて面白いなと思ったんで、
ちょっと冒頭に読み上げさせてもらいました。
まずはちょっと用語的なところの解説をしておきましょう。
こちらの初中を見舞い防衆秘書案内という本なんですけども、
まず、防衆という言葉が出てきます。
これは何かというと、千葉県は昔、江戸時代、明治の前ですね、
国の名前が3つに、主に3つに分かれていました。
上から順番に霜雨沙の国、真ん中の辺りで梶沙の国、
そして防荘半島の南端の辺りを阿波の国という風に呼ばれていて、
その阿波の字というのがですね、安心の安という字に、
武道とかを数える時の一夫妻二夫妻の坊という字なんですね。
あとは坊でいうと、
例えば小学校の時に理科の時に志坊って習ったと思うんですけども、
子供の子に坊っていう字ですね、あの坊っていう字が当てられています。
その坊っていう字を抜き出して、坊主という風に呼び習わせていたんですね。
ちなみに昔ですね、麻雀漫画で徹也っていう漫画があったんですけども、
その中で坊主さんっていうのが出てくるんですけども、
これは千葉県の南の方の出身だったからという風に考えられます。
坊主、坊主秘書案内。
この立山市だとかが坊主の中心地にあたるところになっています。
その立山市の中、今の立山市の中に立山の中心地で宝城っていうところがあったんですけども、
そこの宝城町、立山市になる前はいくつかの小さな町に分かれていて、
そのいくつかの中の一つに宝城町っていうのがあって、
そこで旅館を開いていたのが木村屋の山崎さん、山崎西吉さんだったということなんですね。
この坊主秘書案内を読むという本の成り立ちというかですね、が面白くて、
本を読んでいるとそれを書いたのはどんな方なのかなとか、
どういう出版社なのかなとか、いろいろ調べてみたりしちゃうんですけども、
この木村屋という旅館は立山で、本当に立山を代表するような旅館だったらしくて、
いろんな政財というんですかね、いろんな文化人も来たし、お金持ちも来たし、政治家も来たし、軍人も来たっていうような旅館になっていたようです。
今はこの木村屋旅館は残念ながら存在しておりませんで、
昭和41年頃に閉館したと地元の人たちの話を総合するとなっているということです。
ちょっと惜しいことだなと思うんですけど、
実は今その木村屋旅館がどうなっているかというとですね、
そこには立山信用金庫っていう地銀ですよね、地元の信用金庫の本店があるということなんですね。
立山信用金庫って、もう本当に南細エリアを管轄しているすごい金融機関なんですけども、
それの本店が置かれるような場所にそういう旅館が存在していたということもまたすごいことだなと思っています。
さらにこれで話が終わらないんですけども、この立山信用金庫本店、地元では立信と呼ばれているんですけども、
立信の本店の建物、でっかい建物の道路を挟んだ向かい側に屋根立山っていう建物があるんですよ。
この屋根立山はカフェだとか宿だとか、それからこれから話すほうじょ文庫さんっていう本屋さんが入られている複合施設、
リノベーしたオシャレな施設になっていまして、そこのほうじょ文庫の店主をされているのが、
この某州秘書案内を読むっていう本を書かれた前田信明さんなんですね。
本の中に出てくるんですけども、この某州秘書案内っていうパンフレットがあったことは前田さんも知られていて、
それをちょっと掘っていったら結構いろんな面白い歴史が出てくるので、
興味を持ったということでこういう本を出版されていったという経緯が載っているんですよ。
歴史が連続していて本当に面白いなと思っているんですけども、
もし屋根立山さんが立信の目の前にいなければ、もしかしたらこの本は出てなかったのかもしれないなと思っていて、
木村夜間は今は残っていませんけども、その歴史は綿々と続いているんだなと思わされるエピソードになっていました。
僕の癖でもあるんですけども、面白い本を見つけるとですね、それを書いている人が気になるとか、
出版した出版社が気になるみたいなことがあって、
いもずるしというかねほりはほりというか、どんどんどんどん調べていっちゃうんですよね。
この某州秘書案内を書かれた前田信明さんのことを調べていったら、
ユイナワさんの聞く人ラジオっていうポッドキャスト番組を発見いたしました。
このユイナワさんの聞く人ラジオっていうポッドキャスト番組の中で、
ホタ文庫主催前田信明さんに聞くっていうエピソードがありまして、
できればこれもまた概要欄に貼っておきますので、ぜひ皆さんに聞いていただければなと思っています。
めちゃくちゃ面白いポッドキャストのエピソードになっていますので、
郷土史だとか地域のことを歴史を中心に掘り起こしていくっていうのに興味を持たれている方は、
ぜひこちらの方も聞いていただければなと思っています。
本当に坊総半島もいろんな人がいて、いろんな歴史があって、いろんな文化があって、
それをつなぎ合わせていくとこんなに面白いんだなっていうのを象徴するようなエピソードが聞くことができますので、
ぜひ聞いてみていただければなと思います。
さあちょっと話はまた坊主主催案内に戻しまして、
館山の気候と避暑地としての成立
まずはですね、当法上庁は、
秘匠、良寒、または御陵御屋御法陵のためって云々っていうのが出てきたんですけども、
ここのことをちょっと説明してみようと思います。
立山が秘匠、そして良寒っていうのは寒さをしのぐと書いてる良寒なんですけども、
つまり秘匠の地でもあり、
寒さから避難する地でもあるっていうこの絶妙な地であるっていうところからまず説明しようと思うんですけども、
坊主半島の南に位置するので、当然井戸は南方になりますから、
暖かい地域だっていうのはなんとなく想像がつくと思うんですけども、
実は立山市は秘匠地としてもすごい最適なところの一つになっています。
というのは、皆さん気になるようでしたら関東地方の天気予報が表示されるときに、
ぜひ千葉県の南端の南坊村立山に注目していただければいいんですけども、
気温が低いんですよね。
井戸が南なのにもかかわらず気温が低いっていうような、
特に夏場は低いっていうようなところにあります。
これは海洋性の気候っていうのがすごい関係していて、
半島のへさきのところになりますので、
海からの風を非常に受けやすい地域になっていて、
その海からの湿った空気が入ってくることによって、
気温の上昇が抑えられるっていう効果があるんですよね。
例えばなので、結構風が吹く地域ではあるんですけども、
夏場行くと特に朝夕は本当に涼しい地域になっています。
昼間は暑いなっていう時はあるんですけども、
朝夕は海風が特に吹く日は本当に涼しい地域になっています。
これが冬になると逆で、
海は冬の寒さであってもすぐに冷えるってことがないので温かい空気になって、
それが故に坊主半島の南の立山市は冬では温かいということになるということですね。
その気候を利用して病気だとか保養っていうニーズが、
江戸時代が終わった明治期に発見されるんですよね。
これが面白くて、
バケーションみたいなことっていうのが、
実は明治期になって日本人の中に新しく文化として生まれ出てくるんですよね。
その最適の地として、
例えば東海道であれば大磯のあたり、
今の湘南のあたりのところに保養所が設けられたり、
あるいは千葉県でいうとこの立山にそういった保養所が設けられるっていうことが観察されるということなんですよね。
ちょっとこの坊主秘書案内っていう本の最初の方に出てくる文章をまず読ませてください。
読みます。
午前7時、東京麗岸島より帰船にお乗りあそばし、
自分がらとて海上ことに平穏。
正午12時には早すでに法上裏に着船し、
まず平欲へご当宿下されたることといたし、
当法上長を基として各所へご案内申すべし。
という文章が最初の方に出てきます。
ちょっとこれ現代語訳的に、僕の方で適当に言訳すると、
午前7時に東京の麗岸島っていうところを帰船に乗って出発。
そして海は平穏ですと。
早くも正午の12時には立山に船が着きますよと。
そこからまずうちの旅館に足を向けていただき、
その後でこの法上長を基としていろんな所へご案内いたします。
というような文章が続いていくわけですね。
ここに坊総の立山が秘書地として成立したことが濃縮されていたりします。
何かというと、まず午前7時東京麗岸島より帰船にお乗りあそばしっていう文章なんですよね。
これが面白くてですね、明治11年。
このパンフレットが出たのが明治25年ですから、
このパンフレットが出る14年前に実は東京と立山を直接結ぶ寄船っていうのが就航したという歴史があります。
秘書地の他の例えば大磯だとか軽井沢だとかは、実は鉄道が東京から地域を結んだことによって、
あっという間に秘書地としての地位を固めていくっていうことがあるんですけども、
この立山市は鉄道がなかなか通らなかった地域になりまして、
実は船旅の方が全然先に成立してしまったっていう地域になるんですよね。
もちろんずっと後に大磯になるんですけども、鉄道が通って、
さらに立山市っていうのが秘書地としてにぎわいを持っていくっていうことがあるんですけど、
まず明治の時には寄船の方が先に出たと。
で、礼岸島っていうのは、今の東京の新川の辺りになります。
新しい川と書いて、新川ですね。
実はその辺りから、今はほんとにちっちゃな船でしょうけど、昔は寄船っていうので、
そこから朝7時に乗って、船旅を楽しんで、正午には立山に着くというコースだったということですよね。
これがいろんな人たちを立山に運んできたということなんです。
ただ5時間も船旅かかるっていうコースになりますね。
本当に昔のバケーションというのはゆったりしていたんだなっていうことも感じれるかなと思っています。
この寄船っていうのは、立山町の辰野泰五郎さんという方が創業した安全舎っていう会社が、
通海丸っていう船の名前で結んでるところになって、船の名前がめちゃくちゃいいなと思ってるんですけども、
最初に要するに交通インフラが整って、
その交通インフラによって導かれた人たちが立山を秘書地としていくっていうこういう文化、成立の背景があったということなんですよね。
また脱線しちゃうんですけども、実は僕は東京で働いてたときに、一時期新川で働いてたことがありまして、
お昼ご飯にですね、外に出て、川というか海というか、この岸域みたいなところをですね、ずっと眺めながらお昼ご飯を食べるっていうのがすごい好きだったので、
いつもそうやってやってたんですけども、あの光景が立山と結ばれてたのかっていうのが、この本を通して知ることができたので、
すごいここでも繋がるのかと思って嬉しかったですね。
今はもちろんそういう船はないんですけども、そういう船旅で秘書地に向かうっていう人たちが明治時代、大正時代にはたくさんいたっていうのを思い起こすと、
また、東京からそういう人たちが楽しそうに訪れてたっていうのが想像するとワクワクするなっていうことがあったりしました。
この某州秘書案内っていうのは本当に面白くて、作られた木村屋旅館の邸主である山崎裕さんが、本当に歩いていって、いろんなところをつぶさに観察してたのかわからないんですけども、
「房州避暑案内」に見る南房総の魅力と広域観光
とにかく今の立山市に限らず、南某州の阿波の国のいろんなところを見て回れるように案内文章を書かれているんですよね。
まずは立山の鏡がうらっていう二つ牙海に着いて、そこから木村屋旅館に泊まって、そのあとこんなところ行ったらいいですよ、あんなところ行ったらいいですよっていうのを紹介されてる。
さらにその紹介の仕方が結構大胆というかすごくて、立山市も結構広いんですよ。いろんなところを見てもらえるんですけども、その立山市のみならず、
立山から出発して、立山っていうのは南某州の南の端っこの方って思ってもらえばいいんですけども、そこから北上していくようなイメージですね。
上の方に行って白浜、ちくら、和田尾を通って、鴨川のあたりまで行っちゃいますと。鴨川シーワールドとか今あるあたりですけども、結構な距離です。
歩いていくにはかなりきついだろうなって思うような、山勝ちなエリアでもあるので思うんですけども、鴨川まで行きますよね。
その鴨川から長坂井道っていう防災半島を横に横断している街道があるんですよ。その当時は本当に結構な山道だったと思うんですけども、長坂井道を通って行って、今度は東京湾の方に出ると。
そして、のこぎり山だとか、いろんなところを見て、小田原とかも通りますね。通って、縦横に戻ってくるっていう、こういうコースをパンフレットの中で描かれているんですよね。
これは本当にすごいことだなと思っていまして、自分の地域だけではなくて、この防衛衆っていう一塊で、ちょっと高い視点で物事を山崎ふさよしさんは考えられてたんだろうなと。
そうじゃなければこんなパンフレット絶対作らないと思うんで、そこはすごいなと思うんですよね。
今もエリア観光っていう考え方ありますけども、やっぱりどうしても自分の地域自分の地域っていう風にブロック化してしまうっていうことってよくあるなと思っていまして。
ただ、観光客の視点から言うと、いろんなところを見たいっていうのもあったりするので、そういうニーズにもちゃんと対応できるようにパンフレットをいろんな視点から構成して作られたんだろうなと思っていたりします。
せっかくなので、ちょっとだけ、全部は紹介しきれないので、ちょっとだけ紹介してみようと思うんですけども。
明治時代に作られた文章なので、本文は漢文体な書き下し的な文章なんですけども、ちょっと現代語訳しながら読んでみようと思っています。
読みたいと思ったのは、今回は白浜あたりのことですかね。ちょっと読んでみますね。
南総里見市ですね。戦国大名なんですけども、白浜は里見市の戸籍多区。ことに野島灯台のあたりは何しよう生計の地なれば、ぜひ一度はお勧め申し上げたし。
野島灯台のあたりはすごい景観がいいところなので、一度は行ってみてくださいというような文章ですね。
また本州海岸は夏季の一帯に潜水機械を使用し、潜水機械を使用し、アワビを取り、戦国への輸出の干しアワビを製造し、
中津区、寺より白浜に連なる海面最も盛んなれば、滝口丸屋あたりに御一泊、漁船を雇い御遊覧しかるべし。
干しアワビは御東京のお土産には至極上品のものなれども、その価値のある海面を見ることができます。
その価値は随分高貴なるゆえに、ちょっと見え足軽べしと。
干しアワビがすごい高いので、お土産に買うにはちょっときついかもしれないですね。
メーラー名産の赤室味の干物は、さすが幕府時代に献上品に選ばれたるほどありで、その風味もまた一入りになれば、坊主寄りのお土産物産にはまず第一品でしょう。
干しアワビはちょっと高すぎるという方には、メーラー名産の室味の干物はどうですかという文章ですね。
ここにそれで幕府の献上品だったぐらいなんで、すごい風味もいいんですよっていうのが書かれていて。
お土産もちゃんとお勧めしてるっていうところに商売人の凄さがあるなと思ってるんですけども。
山崎さんの人柄も見えてきますし、その当時の白浜の地方の文化っていうのも見えてくるので。
潜水機械ってどんなものだったのかなとかも気になりますけども。
このアワビの解散物の話なんかもいつかやりたいなとは思っているんですが、こういう旅行パンフレットにもその片鱗が見えるということで、貴重な歴史資料としても使えるんじゃないかなと思う次第です。
ちょっと今回は時間の関係もありまして、例えば海水浴の文化だとかは紹介しきれなかったんですけども。
観光っていうのが近代とともに産業として生まれて、旅行自体はもう明治時代以前のですね、江戸時代なんかでも江戸時代の人たちすっごい旅行好きだったのであったんですけども。
この観光産業っていう形での旅行っていうのは明治時代から勃興していったっていうふうに考えることができますので、そういったのが起こっていって。
海水浴っていうのがまた一つですね、立山に人を引き寄せる大ムーブメントになるんですけども、そういったことがいろいろあってっていう歴史を見ていくことができます。
明治25年の段階で山崎ふさよしさんが作られたパンフレットには、その時点での立山の観光案内っていうのが乗っかっている。
そういう歴史だとかもありますし、そして秘書地、観光地、別荘地としての立山っていうのがどういうふうに結成されていったのかっていうのが段階段階で見ることができるので、すごい楽しいし面白いなと思うんですよね。
この坊主秘書案内の後書きで、また前田さんがすごいいい文章書かれているので、ちょっとそれも紹介してみたいと思ってるんですけども、ここから引用させていただきます。
今年の2月14日、息子を連れて坊主秘書案内に書かれたいくつかの場所を車で巡ってみた。
中略、国道410号から不老山、農人寺に向かって、細い急な坂道を登り、軽大に車を止めた。
辺りは風に揺れる草木の音の実で、丘の上は春を思わせるほどの暖かい水溜りだった。
息子と二人で崖まで歩くと、眼下にはどこまでも続く太平洋が見渡すた。
息子はその光景を見るや、「うわー!」と驚いていた。
誰もいない、何もいない、何もない海辺の山上で、すぐ近くにはトンビが円を描いて飛んでいた。
吸い込む空気が美味しかった。
足元からは温風と思えるほどの暖かい風が優しく吹き上げていて、私たち二人は大変心地よい空間に佇んだ。
理屈ではなく、これが秘書、機関の御用地、報酬なんだと思えた瞬間だった。
私は山崎夫妻由氏の案内を頼りに、この半島南部の風土を体感することができた。
百数十年前に山崎夫妻由氏が書き残した報酬秘書案内は、報酬の風光を時代を超えて再認識させてくれる書物なのかもしれない。
改めて先人の営みの上に現在があることの尊さを感じる。
このような文章を後書きに残されています。
本当にその通りだなと思うんですけども、こういったパンフレットを作るということを一つだけ撮ってみても、
観光の立山を中心とした南坊村のいろんなところを山崎夫妻由氏さんは見て回って、文章を書き連ねていって、追考してという作業をされたんだと思うんですよね。
それを見た人たちが今度また立山に行ってみようと思い、実際に行って、そこが観光地として賑わっていく。
歴史がずっと続いていて、今も立山が非常の地として、別荘地として、観光地として人気があるというのが起きているわけですよね。
この連続性というか、連綿と続く人々の営みというのが、その連続性を感じれるかどうかというのがめちゃくちゃ大事なことだと思っていて、
その連続性を感じるということを知る上でも、この報酬批准案内を読むという本は貴重かなと思っていたりします。
イベント情報とお知らせ
ここからはお知らせやイベントのご案内をさせていただきます。
まずはイテツブックスの紹介をさせてください。
イテツブックスは、廃線の危機にある泉鉄道、ご扶養になった本を寄贈していただくことで、応援していこうというプロジェクトになっています。
皆様からの寄贈本を使って収益を上げて、泉鉄道の売上アップに貢献したり、地域の企業化の支援や地域イベントの活性化などに使わせてもらっています。
今も寄贈本を大募集中です。詳しくは概要欄のリンクからか、イテツブックスでご検索をお願いします。
イテツブックス関連のイベントの告知です。
まずは7月の4日、イテツブックスの大原ブックパークというイベントを、いつも通り伊住市の大原のナルセというところで開催いたします。
今回もフリーマーケットも同時開催いたしますので、フリマー出てみたいという方がいたらぜひご連絡いただきたいんですけど、
そういう古本であったり、いろんなアップサイクルの品を買ったり、いろいろのんびり過ごしていただける場所になっていますので、
興味がある方はぜひいらしていただければなと思っています。
前回はちょっと遠方からですね、レコードとCDをたくさん持った方が出展してくださって、
1980年代とかの音楽がかかっているところで天気も良かったので、面白いなと思う空間になっていました。
続いて、7月の19日、今度は勝浦市の芸術文化交流センター、キュステというところで、ステラ百貨店ブックフェアというイベントが開催されます。
こちらのイベントの中でリテッドブックスも本を出品させていただきます。
本好きな人のためのイベントであり、さらにクラフトだとか美味しいフードも集まって、
フード出展者も集まってくるイベントになりますので、7月19日というともうだいぶ暑くなっているかもしれないんですけども、
室内の中で冷房もちゃんと引いている中でやりますので、ちょっとした秘書の意味も込めてですね、
ちょっと暑さ余計で遊びに来るなんかも面白いかなと思いますので、ぜひ遊びに来ていただければなと思っています。
あと今、私たちが運営しているコミンカシアハウス、星空の家では住人を募集中です。
地区150年のコミンカで自然に囲まれた中でですね、生活をしてみる異常の第一歩を踏み出してみませんかというご案内を差し上げています。
詳しくは概要欄の方からリンクを飛んでみてください。
エンディングです。
エンディングと楽曲紹介
ここまでお聞きいただきありがとうございました。
放送文明ラジオでは皆様からのメッセージをお待ちしております。
感想やご意見、取り扱ってほしいテーマや耳寄り情報など何でも結構です。
概要欄のフォームよりお送りください。
番組でご紹介した情報はこのポッドキャストの概要欄か、放送文明ミュージアムのウェブサイトをご参照ください。
最後にDJコナです。
最近ですね、YouTubeで僕がよく見るファーストテイクっていうチャンネルがあるんですけども、
そちらの方に昔めちゃくちゃよく聞いてたハルカリっていうですね、
女性2人のユニットというか、2人が出てきてたんですよね。
めちゃくちゃ懐かしいなと思って聞いてたんですけど、
ファーストテイクの中ではおつかれサマーっていう曲が歌われていて、
本当になんか全然変わってないなと思いながら聞いてたんですけども、
久しぶりによかったので、ぜひハルカリのおつかれサマーと、
あと、今日旅行の話もしたんで、せっかくだから旅行の歌もどうかなと思いまして、
ハルカリバージョンのロマン飛行っていう曲紹介したいと思っています。
ちょうど今の時期にいい感じかなと思いますので、ぜひ聴いてみてください。
それでは今回もありがとうございました。またどうぞよろしくお願いします。
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