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第27話 千葉開府900年って何?房総が生んだ武士の名門千葉氏をざっくり紹介
2026-07-17 1:06:04

第27話 千葉開府900年って何?房総が生んだ武士の名門千葉氏をざっくり紹介

房総文明ラジオは房総半島に新しい文明をつくろうを合言葉に、房総にまつわる様々な情報を発信するポッドキャストです。


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文献


『千葉一族入門事典 日本史を駆け抜けた月星の武士たち』千葉氏サミット実行委員会編 啓文社書房


webサイト


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千葉氏ポータルサイト


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サマリー

このエピソードでは、千葉開府900年を記念して、房総半島が生んだ武士の名門である千葉氏について、その歴史的な背景と功績をざっくりと紹介しています。ナビゲーターのYossyは、まず自身の近況として、梅雨時期の体調不良やサッカーワールドカップ観戦について触れ、番組更新が遅れた理由を説明します。その後、本題である千葉氏の歴史に焦点を移し、千葉氏がどのようにしてこの地に拠点を築き、源頼朝を助けて鎌倉幕府成立に貢献したのかを解説します。千葉氏の血筋、先祖の偉業、そして源頼朝との関わりが、いかに日本の歴史に大きな影響を与えたかが語られます。さらに、千葉氏の興隆から衰退、そして現代に至るまでの変遷を、黎明期、大逆転・ライジング期、全盛期、巻き添え大混乱期、大乱闘・戦国時代滅亡期という5つの時代区分に分けて、分かりやすく解説しています。最後に、千葉氏の功績を再評価することで、房総半島全体の歴史的価値が見えてくるという視点を示し、今後の情報発信への意欲を語っています。

近況報告と番組更新の遅れについて
房総文明ラジオ
この番組は、「房総半島に新しい文明を作ろう!」を合言葉に、千葉県は、房総半島にまつわる様々な情報を発信するポッドキャス番組です。
ナビゲーターは、房総文明ミュージアムよりYossyがお送りいたします。
27回目の収録となるんですが、申し訳ないことにだいぶ更新の間が空いてしまいました。
6月の頭に収録して以来なので、ちょっとだいぶ前が空いてしまったんですけども、その間にあったことを簡単に挙げてみると、
今年は結構梅雨らしい梅雨が続いた年だったなと思っていて、だいぶ雨もたくさん降りましたね。
僕はですね、この6月が一番自分の生物的なバイオリズムが一番低下する時期になっていて、
特に今年は、まあ毎年なんですけども、頭痛、変頭痛に苦しむ時期で、
6月ずっと頭痛くてですね、なかなか調子が上がらない日々が続いていました。
これも生物学的にというか科学的に、だいぶ頭痛の存在みたいなのが認められてきているみたいで、
気圧との関係だとか、いろんな要素があるんだと思うんですけども、ようやく、
寒風症も同じですけどね、自分が苦しんでいる理由が世間的にも認知されてきたなという実感があったりします。
僕はバハリン派なんですけども、バハリンがずっと手放せない時期が続いてたっていう感じになっていました。
そんなこともあったんですけども、一番大きな理由というのはですね、
サッカーワールドカップが始まってしまったっていうのが、
もう本当に言い訳にしかならないんですけども、一番大きな理由になります。
やっぱり始まってしまうとダメですね。
僕もサッカー見るのがすごい好きで、スポーツ全般見るのが好きなんですけども、
プロ野球なんかもすごい面白くて、面白い戦いが続いているんですけども、
その上でっていう感じですね、サッカーのワールドカップが始まってしまって。
サッカーワールドカップっていうのはですね、4年に1回開かれる国際大会で、
国ごとの大会になります。クラブワールドカップっていうのもあるんですけども、
そちらの方はサッカーのクラブごとに試合をするんですが、
ワールドカップっていうのは、例えば日本代表であったりだとか、
ドイツ代表、ブラジル代表といった形で、国を代表して選手がぶつかり合う試合になっていて、
僕はこのワールドカップはですね、実は何の偶然かなんですけども、
あれは何年だ?1994年か。1994年のワールドカップから見始めたんですよね。
この時が偶然にもアメリカ大会、アメリカ合衆国が開催国になっていて、
サッカー少年になった僕はワールドカップの魅力にドハマりしたわけなんですけども、
この1994年の時にはブラジルが優勝した年になっていました。
ロマーリオだとか、ベベットだとか、ドゥンガ選手だとか、
いろんな選手が活躍されてた時になってますね。
その時からワールドカップっていうのはめちゃくちゃすごい大会で、
今でもすごいんですけども、
日本代表もですね、すごい前線はしたんですけども、
やはり世界の壁っていうのがまだまだ熱いなと。
しかもブラジルと対戦してですね、敗れるという残念な結果になりましたけども、
もちろん選手が一番悔しいと思うんですけども、
見てる側としても、やはり世界の壁っていうのはまだまだ高いなというような感じがする試合でしたね。
本当にオリンピックだとかもそうですけども、
こういう世界大会で世界のレベルを感じるっていうことが、
スポーツに限らず本当に大事なことだなと思っていまして。
なんとなくこう、日本代表のサッカーの試合を見てても、
日本代表頑張れ!っていう感じで、
日本代表ばっかり応援するっていうのではなくて、
いろんなチーム、サッカーのチームを見て、
世界のレベルっていうのをぜひ感じていただけたらなと思っています。
本当にこのワールドカップっていうのは、各国の代表がですね、
4年に1回なんですけども、それに向かってむちゃくちゃ準備してくるんですよね。
ワールドカップって実は世界中のいろんな地域からの国々が代表として出てるんですけども、
実はヨーロッパと中南米、南米ですね、南米の国しか優勝したことがない。
しかもそのヨーロッパと南米の国も、ごく一部の限られた国しか優勝したことがないっていうものになっていまして、
何が言いたいかっていうと、ものすごい経験とか蓄積が左右するものなんだろうなと思っているんですよね。
本当にこう、まぐれ勝ちというか、そういうのではなかなか優勝できない。
データもそうですし、経験もそうですし、選手層もそうですし、
あとはもう本当にサポーターだとか、その国のサッカー体制みたいなのまでも全て反映されるようなものになっていて、
まだまだだから日本代表は優勝を目指していますけども、
それに足りていないんだろうな、足していないんだろうなという感じがしています。
もう本当に、アメリカ合衆国、今回は北米なので、カナダ、アメリカ、メキシコで開催なんですけども、
時差が激しすぎてですね、
情報を出ると時差にやられてしまって、仕事も頑張らなくちゃいけないので、ボロボロになっていくなという、そういう時期でありました。
だいぶ、もう本当に決勝と3位に残すだけの過去になったので、もちろんそれも楽しみなんですけども、
やっと落ち着いてですね、いろんなことができるようになったという次第です。
まあ本当に、もし楽しみにして待っていてくださった方々がいたら大変申し訳ないんですけども、
これからはですね、またこっしん頑張っていこうと思っていますので、ぜひご容赦いただければなと思っています。
千葉開府900年と千葉氏の紹介
第27話
千葉開封900年って何?
暴走が生んだ武士の名門、千葉市をざっくり紹介。
2026年、千葉市は町が開かれてから900年という大きな節目を迎えます。
この歴史的な節目を迎える喜びを皆様と分かち合うとともに、千葉一族からの学びを生かしながら記念事業を行い、
開封1000年をも見据えつつ、
時代を担う若い世代が千葉市に誇りを持ち、より豊かな未来につなげていくために、さまざまな取り組みを展開しています。
これは、千葉県千葉市のウェブサイトに、特設サイトが設定されています。
その特設サイトの名前が、千葉開封900年。
開封というのは、開くに幕府の府で開封。千葉開封900年という特設サイトです。
今読み上げたのは、その開封900年の特設サイトの一番最初に出てくる文章なんですけども、
これを聞かれた方々も、は?ってなる方が大半なんじゃないかなと思うんですよね。
900年って何?と。一体何から数えて900年なんだと、なられる方が大半だと思うんですよね。
ただ、900年というすごい長い年月が何かしら経ったんだっていうようなことが、この文章からもわかるかなと思うんで。
今日はこの千葉開封900年にあやかって、特に重要な要素として千葉市に拠点を張っていた、千葉県だとか千葉市の名前の由来にもなったという形になっていると思うんですけども、
千葉一族。ちょっと今日はややこしいので、この千葉一族を表す時の千葉市は千葉市と呼びながら表してもらいます。
政令指定都市の千葉市はそのまま千葉市で、千葉一族を表す時の千葉は千葉市というふうに呼び方を変えていっていきたいと思うんですけども。
今日はこの千葉市をメインに話をしてみようと思っています。
実は今回のエピソード、暴走ブメラジオとしては初めてエピソード、一回実はこの千葉市に関してはエピソードを撮ろうとしてですね、
いろいろ収録したんですけども、暴走ブメラジオとして初めてエピソードを全没にするということをしました。
というのは、もう話があっちゃこっちゃいってしまって、まとまりがなくなってしまってですね、
これ聞いてる方としてももう大混乱を起こしちゃうだろうなと思いまして、
エピソード全体をですね、ちょっともう一回撮り直すことにしたんですね。今回、なので第2回目の収録になるんですけども。
僕は千葉市に住んでましたので、かれかれ10年以上もこの千葉一族、千葉氏を追っていることになるんですけども、
何て言いますか、この千葉一族、めちゃくちゃ歴史にも大きな影響を与えた一族だと僕は考えているんですけども、
もちろんその研究者の方々や千葉一族を調べている方もたくさんいらっしゃって、
そういった方々がいろんな文献を漁って、いろんな論文だとか本を出版されていて、
そういった情報をいろいろ追っていくんですけど、いまだに僕はこの千葉一族の全体像が追い切れていないというか、
調べれば調べるほどわかんなくなっていっちゃうっていうような、本当に不思議な存在がこの千葉氏になっていまして。
まあまあ、そういった状態でエピソードを撮ったもんですから、話がとっちらかってしまいましてですね。
今回なので、ちょっと趣向を変えようと思っています。
エピソードを何回かに分けて撮るっていうのも考えたんですけども、それだとしてもちょっとわかりづらくなってしまうなと思ったんで。
今回はざっくりと、この武士の名門である千葉一族を紹介するっていう回を撮ろうと思っています。
誰か特定の人にフォーカスするっていうのではなくて、まず大きな流れとして千葉一族のいろんなあらましを紹介するっていうことをやろうと思うんですね。
このざっくり紹介するっていうのは、実は特定の生き物をざっくり紹介するラジオさんっていうポッドキャスト番組が既にありまして、
大人気のポッドキャスト番組なんですけど、僕も昔からこちらの番組は聞かせていただいていて、
その生き物をざっくり紹介するラジオ、通称は仏作さんってみんなさんを呼んでるんですけども、仏作さんのフォーマットをお借りして紹介してみたいなと思っています。
仏作さんは一つのエピソードで一つのテーマ、生き物だったりだとか、自然現象だったりだとか、いろんなテーマを取り上げて、それを専門的になりすぎないように。
かといって、そんなこともあるんだ、みたいな面白い紹介の仕方で生き物を紹介している番組になりまして、本当におすすめの番組なので、ぜひみなさん聞いてみていただきたいんですけど。
今は生き物をざっくり紹介するラジオネオっていう形で展開されていて、ポットキャストの各種媒体、スポットバイダーとかで検索してもらうと出てくるので、ぜひこちらのほうも聞いてもらえればと思っています。
それで、今回は千葉氏に関して、ざっくりと、本当にざっくりとなんですけども、紹介するっていう回にしたいと思っています。
それでは本編のほうに行ってみましょう。
はい、ここからが本編となります。
まずは、先ほど紹介した千葉県千葉市の公式ウェブサイトの中で、千葉開封900年という特設サイトに書かれているイントロの部分を読んでみたいと思います。
話の導入に読んでみたいと思いますので、ここからイヨイヨとなります。
つねしげが、現在の千葉市みどり区大路町から中央区井の花付近に本拠町を移し、初めて千葉と名乗り、ここに千葉の街としての歴史が始まったとされています。
つねしげの息子のつねたねは、源のよりともを助け、鎌倉幕府の成立に大きく貢献しました。
以降400年にわたり、千葉、宇治は志望山の地を治めるとともに、つねたねの息子たち、千葉陸党も全国各地に勢力を拡大し、地域の状況に応じた都市経営を通じて人材や文化を育んできました。
大正10年、過去1921年、人口約3万4千人での千葉市市政施行後、千葉市では6月1日を千葉開付の日と位置付け、50年ごとに記念事業を行ってきました。
市政施行間もない大正15年、過去1926年の開付800年、戦後の経済成長と人口増加の真っ只中の昭和51年、過去1976年の開付850年と、
その時々の時代背景を踏まえつつ、市民が街の歴史を振り返り、街の未来について考える。まさに、人と街の過去、現在、未来をつなぐ契機としての開付記念事業は重要な役割を果たしてきました。
はい、ここまでが引用となります。
今日は、そんな千葉一族、千葉氏を紹介してみようと思うんですが。それにあたって、今日はちょっとザックリ紹介したいという。
そういうふうに趣旨を持っているので、本を一冊、まず紹介したいと思っています。その本の名前が、「日本史を駆け抜けた月星の武士たち、千葉一族入門辞典」という本になります。
編集したのは、千葉市サミット実行委員会というところで、いろんな方々の協調になっている本になっています。この本は面白くて、さっき、千葉開付900年って言いましたけども、千葉開付の890年を記念して行われた事業の一環で作られた本になっています。
この本が、千葉一族のことをザックリ紹介するにはちょうどいいかなと思いまして、今回ちょっとピックアップして紹介しようと思っています。
ただ、歴史学に限らず、こういう入門ってついてる本って、実は要注意で。この本も歌文に漏れず、入門辞典と書かれてるんですけども、ちょっと僕が読んだ限り、入門にしては、歴史が好きな人じゃないと。
しかも、かなり日本史に親しみのある人じゃないと、結構厳しいかなっていう内容になっていまして。なので、今日はザックリ紹介なので、ちょっと僕の方で詳細に入りすぎないように、かいつまんで紹介するというような形に、どうしてもなってしまうかなと思うんですけども。
それにしても、千葉宇治のことが一冊で知れる良い本かなと思いますので、もし興味がある方は、ぜひ読んでみていただければなと思っています。今日は、千葉一族入門辞典に準拠した形で、この千葉一族をザックリ紹介してみようと思っている次第です。
で、社会の時間で日本の歴史を小学校、中学校、高校として学ばれた方は、「千葉市って名前は聞いたことあるけど、日本史に出てきたか?」って疑問に思われる方も多いと思うんですよね。
実際、日本史の教科書では、この千葉宇治の扱いがすごい大きいかというと、実はそういうこともなくて。まあ、今はそれが残念なところなんですけども。
なので、「ちょっと大げさなことを言い過ぎなんじゃないか?」って思われるかもしれないんですけど。ただ、僕はこれを調べていくと、実はこの千葉宇治は、まだまだ研究とかが進んでいる状況で。
文献とかも、いろんな調査が及んでいる段階で、その研究の成果とかが十分に広まっていないと考えているんですよ。さらには、まだまだ未発掘の資料とか、いろんな歴史的な現象事実があるんだと思っていまして。
そういうのを総合していくと、実はこの千葉一族、日本史の教科書にはもちろん載ってるんですけども、もっと大きな存在として紹介されてもいいなと思ってますし。それから、日本史に与えた影響も、めちゃくちゃ大きい人々だったんではないかなと考えていたりします。
じゃあ、なんでそんな千葉宇治の印象が薄いのかっていうと、滅亡してしまったからなんですよね。滅亡してしまったといっても、全滅して人間がいなくなってしまったわけではなくて、家自体が壊滅してしまって、その生き残りの方々が今も脈々と生きているという状況なんですけども。
ただ、その肝心の千葉一族としての家っていうのは、戦国時代に亡くなってしまったので、歴史の霞みの中に消えてしまった一族っていうような言い方もできるのかなと思うんですよね。
ただ、面白いのが、その戦国時代に家自体は滅亡を迎えるんですけども、江戸時代、あるいは明治から現代に至るまで、この千葉一族のことは、すごい武士の一族として尊敬され続けたっていうことも実は残っていて。
そこが面白いところなんですよね。
ある一族が、歴史に名を残すというのは、いろんなところで観察されていて。例えば、源野だとか平野という平氏、源氏だとかもそうですし、あるいは武田氏だとか薩摩の島津氏だとか、いろんな名門と呼ばれる一族がいて。
それが、例えば、うちの先祖をたどっていくと、みたいな言い方で紹介されることって、いろんな地域に行くと、本当によくあることなんですよね。
この千葉氏も、実はそういう存在では、すごい大きな存在になっていて。
それが、先ほど紹介した千葉一族入門辞典なんかでは紹介されているので、そこも面白いなと思っていたりします。
で、この千葉一族の、ざっくりとした略歴みたいなのを、まずここから紹介してみようと思います。
今日は、ざっくりとなので、ちょっと僕の方で、これは僕の試験で分けたものなんですけども。
千葉一族を、ざっくりと流れを理解する上で、5つ、5個の時代に勝手に分けて、それぞれ紹介してみようと思っています。
まず、その5個の時代をざっくり紹介しますね。
1つが、黎明期です。
で、2つ目、大逆転、ライジング期。
で、3つ目が、前世期。
4つ目が、牧添大混乱期。
そして、5つ目が、大乱闘、戦国時代滅亡期。
という、それぞれの5つの時代に分けて、簡単に紹介してみようと思っています。
千葉氏の黎明期と武士の定義
はい、まずは黎明期になりますね。
これは、先ほどの特設サイトでも紹介にあった通り、千葉氏という人たちが、千葉市を開いて力を蓄えるまでの時期になります。
で、ここで、ちょっと武士一族っていうのが、どういうふうな存在かっていうのをまず理解しておかなくてはいけないので、
ちょっと先にそれを紹介させてもらうんですけども、
武士っていう言葉は、非常に歴史的には多義的な言葉になっていて、
一般的に、いろんな人たちが理解している武士っていうのは、江戸時代であったり、あるいは戦国時代の後期における武士の姿っていうのを想像されていることが多いんですよね。
それはどうしても、例えば大河ドラマであったりだとか、映画であったりだとか、歴史小説、時代小説っていうのが、そういう時代に偏りを持って書かれているからっていうのが一番大きな理由だと思うんですけども。
なので、そのイメージでどうしても武士の姿っていうのはイメージされてしまうんですよ。
ただちょっとここでは、頭を切り替えてほしくて。まず、ここで黎明期に出てくる武士たちっていうのは、平安時代後期の姿になるんですけども。
わかりやすくざっくり言ってしまえば、貴族。しかも、その地方で頑張っている貴族っていうふうな存在なんだっていうふうに認識してもらえばいいのかなと思っています。
どうしても実力主義の月穀城的なイメージで、武士を捉えてしまうがちなんですけども。ちょっとこの平安時代後期の武士たちっていうのは、そういう存在ではないんだと。
逆にどういう存在なのかっていうと、地方で頑張っている貴族。貴族っていうのは、自分たちの血と家の核ですね。核っていうので、他の平民たちに威張っていますし、あるいは他の貴族と張り合っている。
本当に取り合いをしているっていう存在だっていうことなんですよね。自分たちの血、いかにこの自分たちの血がすごいか、あるいは自分たちの家の核がすごいかっていうのを証明しなくてはいけないので。
そういう人たちしか、逆に武士にはなれなかったっていう時代が、この平安時代後期の存在になります。なので、基本的には後期な血と思われてた人々の一族。千葉氏もごたぶに漏れず、そういう一族なんですね。
千葉一族は、千葉という名字と性の問題というのがあるんですけど。まず、千葉と名乗っていますが、正式名称としての性。カバネですね。女辺に生きると書いて、性っていう方なんですけど。これは、平野っていう名前の名乗り方になります。
特設サイトにもありましたけども、この平野っていうのは兵士ですね。平野っていうふうに名乗っている人たちは、関武天皇という天皇の子孫です。関武天皇のひまごに高本町っていう人がいて、この人が平野っていうのを名乗り始めるんですけども、要するに天皇の血脈から降りてきたっていうんですけども。
そういう人たちの子孫ということなんですね。もちろん天皇の子孫なので、貴族という扱いになるということになります。この関武天皇っていうのは、平安京を開いたすごい天皇になっていまして。なので、自分たちは天皇の血を継ぐ一族なんだぞと名乗りをすることができるわけですね。
同じように、源氏っていうのは、何通りかいろんな流派があるんですけども、一番有名な天皇は清和天皇っていう天皇から来ている、清和源氏っていう一族ですね。源頼朝とかがこの一族になるんですけども。
要するに、平安時代後期の武士の人たちっていうのは、後期の天皇だとか、あるいは藤原氏だとか、平安の中央にいる貴族たちの末裔。
中央で頑張ってるって言いましたけども、中央政界っていうのは、どうしてもいろんなものすごい力を持った貴族たちで占められてしまってるので、そこからスピンアウトしていこうっていうふうな発想になっていくんですよね。
で、自分たちの荘園というような領地を見つけて、そっちの方で地方貴族として頑張っていこうみたいな人たちが、この平安後期に出てきて、それが武士として力をつけていくっていうような時代の流れになっていくわけですね。
千葉氏もそういった一族で、千葉氏は兵士の一族でした。これが1つ目ですね。千葉氏は、関武天皇をはじめとする兵士の一族だった。
千葉氏を伝説化しているのは、この血脈にさらにすごいレジェンド級の武士を先祖に持っているからなんですね。ここが大事です。
要するに、武士って、血脈と自分たちの血筋っていうのをめちゃくちゃ誇っている人たちなので、この自分たちの荘園に誰がいるのかっていうのが、すごい大事になってくるんですよ。
それは自分たち自身のアイデンティティでもあるし、他の武士たちに、「いや、自分たちはすごいんだぞ!」って言い張るための根拠でもあるので、ここを押さえておくことがめちゃくちゃ大事なんですね。
千葉氏の先祖にあたる、すごい武士の登竜が2人、レジェンドが2人います。1人の人が、日本史でもおなじみの平野正門という人です。
この平野正門は、これ自体もエピソードをどこかで絶対に撮ろうと思ってるんですけど。もう説明不要なくらい、日本史でも出てくる大人物であるので、平安時代後期に関東一円を荒らし回った。
荒らし回ったって言ったら言葉変ですけど、もう本当に独立王国を築こうとしたようなすごい人になってまして。この人も平野ってついてるので、平氏なんですよね。平野正門は、平安時代の中央政調に反乱を起こしたすごい武士として認識されています。
今日はこんな感じで、ざっくりと紹介させてください。このすごい平野正門さんを討伐しなくちゃいけないということで起きてきたのが、また別の武士たちになっていまして。
これが、例えば平野清盛だとか、平野源頼朝だとかのライジングに関わってくるんですよね。それくらい、平野正門って、めちゃくちゃ反乱を起こした中でもすごい力を持っていて、平定するのが大変で。
平定した武士の人たちがまた力を持っていくという、こういう歴史的な流れになってきます。
平野正門だけでもすごいんですけど、実はもう一人。平野忠恒っていう人が、この千葉氏の先祖にいます。
この平野正門さんに比べると、ちょっと名前の知名度が下がるんですけど。まあ、高校で日本史を取っていた方は、名前を聞いたことがあるかなっていう人物になってますね。平野忠恒さんです。
この人も反乱を起こすんですよ。反乱を起こして平定されるわけなんですけど。平野正門さん、平野忠恒さんという、中央政調に反乱を起こして名前を挙げた人たちを先祖に持つのが千葉氏。
この関係を認識しとくのが、めちゃくちゃ大事ってことですね。平野忠恒さんも、反乱を起こして平定されるまでに、結構大変で。
さらに面白いのが、平野忠恒さんが反乱を起こした時に、関東の、特に千葉県を治めていた暴走半島の武士たちは、平野忠恒さんの支持派に回るんですよね。
結局、平定されてしまうんですけど、名前だけは、あの平野忠恒さんの子孫か?っていう感じで、名前が残っていくというような関係性にありました。
武士の世界って、本当に面白くてですね。悪名は無名に勝るっていうところがあって。反乱を起こしたとはいえども、やっぱりあの平野正門の平野忠恒っていう名前が大きいんですよね。
で、その子孫が平野忠恒という人になっていまして、この人が現在の千葉市に拠点を移して、そこで千葉・宇治を名乗り始めるということなんですよね。
平野忠恒なんですけども、この平野っていうのがたくさんいるので、自分たちの苗字という形で、自分たちが住んでたところの名前を名乗り始める。それが千葉・宇治だったということなんです。
この苗字と性の問題っていうのは、ちょっといろんなところで出てくるので、認識しとくといいのかなと思ってまして。
物資の結脈としての正式名称は、例えば、源野ってやったり平野っていうふうに名乗りをするんですけども、その後に苗字という形で。
千葉氏の大逆転・ライジング期と源頼朝
苗字の苗は名前の名だったり、草冠に苗っていう字で、苗字っていうふうに名乗ってるんですけども。
これは、自分の住んでる地域であったり、あるいは偉い人からもらった名前みたいなのを名乗ってる人も多いんですけども、そういうふうに名乗ります。
だから、例えば、織田信長の織田っていうのは苗字にあたるものになってます。織田信長も実は平なので、正式名称として名乗るときには平野の織田信長みたいな形で名乗っていくというようなことになりますね。
続いて、大逆転、雷神月になります。
先ほど紹介した通り、千葉一族は武士の統領として、名門の血筋なんですけども。
大乱の浅かと、大乱の忠常と続いてきて、その孫にあたる人物が常織なんですけども、千葉市に移り住んできて、そこで庄園経営をするというような形になったみたいなんですけども。
この辺りは、実はまだまだ術像がわかっていなくて、力を蓄えたという見方もできるんですけども。一方で、いろいろいじめられる存在でもあったという形にもなっているのかなと思っています。
千葉一族というのは、他の武士の一族であったり貴族から、いろいろちょっかいを出されることが多かったみたいで、なかなか自分たちの領地経営に苦労してたという側面もあったみたいなんですよね。
その常織の息子が、千葉恒種という人なんですけども。今日、もしみなさんに何か一つ覚えていこうと思ったら、この千葉恒種という名前、この名前だけ覚えていっていただければなと思っています。
千葉恒種という名前ですね。千葉恒種さえ知ってもらえれば、僕としては満足なんですけども。それぐらいすごい人になるんですが、この人、めっちゃ苦労人なんですよ。本当に人生を通して苦労し続けたみたいな人なんですけども。
この千葉一族のすごさを語る時に、一番先に出てくるのが、この千葉恒種という人物になります。まあまあ、千葉恒種の名前以降で、この千葉一族は食っていくっていうぐらいすごい人になりますので、千葉恒種さえ知っとけばオッケーみたいな感じなんですね。
つね種の種っていう字。普通ののぎへんの種ではなくて、ちょっと難しい音読みではいいんって読むんですけども、種っていう字になります。興味ある方は、ぜひググって種っていう字を出して欲しいんですけども。
このつね種の種っていう字を、千葉一族はずっと引き継いでいくことになるんですね。なので、千葉一族の本家筋の人達っていうのは、名前を見ていくと全部種がついているので、わかりやすいんですよ。
大元になったのが、この千葉恒種さんなんだっていうふうに覚えていってもらえれば、大丈夫かなと思います。つね種の名前を有名人にしたのは、何を隠そう、源頼朝にフルベッドしたからなんですね。
で、源頼朝とこの千葉つね種の話は、もう絶対にエピソードを取らなくちゃいけないんですけども。ちょっとここでは、今日は簡単にざっくり紹介して、源頼朝さん。鎌倉幕府を作った将軍ですよね。言うまでもない歴史上の大人物ですけども。
この人は、平氏と源氏の戦いで、源平合戦というふうに呼ばれますけども。大乱の清盛っていうすごい人がいて、この人に敗れて、逃げ延びた先が千葉県だったんですよ。
で、もう本当にわずか数期。本当に何人っていうレベルで逃げ延びて。そっから、なんと勢力を盛り返して、最終的には平の清盛を倒すことになる。平氏一族を倒すことになるっていう、こういうストーリーになるんですけども。
で、なぜか、ここが面白いところなんですけど。この源頼朝に、一番最初にフルベットして、味方について、しかも何百機という兵力を、源頼朝に託すことになる人物。それこそが千葉恒種なんですね。
先ほど黒に言っていましたけど、千葉恒種は実は60代のおじいちゃんなんですよ。それなのに、この源頼朝っていう若者に、本当にフルベットする形で身を託す。
普通に考えれば、大血目の源頼朝を見限って自分たちの手柄を挙げられるのに、そこをやらずに、源頼朝について平の清盛に反乱を起こすっていうのが、この千葉恒種になります。
それでジャイアントキリングを起こしていくっていうのが、歴史の面白いところなんですけど。逆の言い方をすれば、この千葉恒種が源頼朝につかなければ、当たり前のことなんですけど、鎌倉幕府は起きていなかったでしょうし、日本の歴史っていうのは全く違う流れになってたと思われます。
それくらいすごいことをして、源頼朝についていったということなんですね。まあ、原平合戦は原平合戦で、またすごい面白い歴史があるので、今日はもう本当にそこは触れずに。
要するに、源頼朝にフルベットしてついて、ジャイアントキリングを起こした人が千葉恒種っていう人だったんだっていうことだけ覚えてもらえればいいかなと思っています。
そんなわけで、平野平氏一族が滅亡した暁には。気をつけなくちゃいけないのは、千葉一族って平氏なんですよ。なので、平野平氏一族が滅亡したって言っても、平野清盛の一族が滅亡しただけで、平氏一族っていうのはみんな滅亡したわけではないんですよね。
なので、原平合戦っていうのも、ちょっと名前の言い方的には、本当に時代的な正確さを表してるかっていうと、全然そんなことはなくて。
要するには、武士一族の源頼朝を中心とした武家政権に勢力図が映ったっていう、それだけのことかなと思っています。
源頼朝を初期から支えた千葉恒太郎もそうですし、北条一族。北条掛時だとか、いろいろ出てきますよね。
この人たちも、元を立たせば平氏一族なので、源頼朝は全部、源氏で占められてたってことは全然なくて、むしろ足元は平氏の一族が支えてたっていうことになるので。
原平合戦は平の清守との一族が滅亡したんだっていうふうに思ってもらえばいいのかなと思います。
千葉氏の全盛期と全国への広がり
続いて、全盛期になります。全盛期というのは、この常谷とその子孫たちの大にぎわいというのが時期になります。
当然、論交報奨といって、平氏一族の平清守政権を打ち倒した後には、ご褒美が各、源頼朝に味方した人に与えられたわけですね。
この源頼朝を最初期から助けた千葉つね種というのは、当然ながら莫大な御褒美というか、その恩に報われるものをもらえたわけです。
しもうさの国並びに、千葉つね種の子孫に、いろんな領地をわたけ与えられたという形になります。
面白いのが、千葉つね種って結構子たくさんで、特に有名な千葉つね種の子供が6人いたので、もちろん千葉つね種の着難としての人も加えてなんですけども。
この人たちを合わせて、6人の都で、千葉6都。一般的にはこの6っていう字は、六って読んだり陸って読んだりするので、千葉陸都っていうふうに呼ばれたりします。
その人たちが、千葉県のみならずか、日本全国に書料を持っていて、さらにその書料を開発して、いろんなことをやったっていうのが、歴史に残ってるっていうことなんですよね。
なので、実は千葉県のみならずか、いろんな地域で、この千葉市っていうのは子孫を残していくっていうことになっていったわけですね。
で、今でも千葉氏の血筋を継いでいるっていう方は、実は日本全国にたくさんいらして。戦国時代の大名なんかでも有名なところで、相馬市だとか、そういった人たちが千葉氏の血筋を残しているので。
で、本当にこの水本よりともについていって、それがいろんなところに血筋を残していったっていうことになるのかなと思います。
で、この千葉陸都は勢力を持っていて、なおかつ面白いのが、ちょっと前にNHKの大河ドラマで、鎌倉殿と十三人っていうやつがありましたけども、
あれって、要するには水本よりともと北条氏の話なんですよ。北条氏っていうのは、常谷よりも先に水本よりともにフルベッドして、ずっと味方になったわけなんですけども。
その水本よりともが政権を取った後は、逆に北条一族っていうのが、他の邪魔になる武士たちをどんどん跳ねのけていって、勢力を拡大していくっていう関係になるんですけども。
その北条氏ですら、千葉市は表立っては敵対しなかった。絶対邪魔な存在だとは思ってたと思うんですけども。表立っては敗席しなかったっていう、歴史的に見るとちょっと面白い、珍しい一族になっています。
他の主だった一族はほとんど滅亡させてしまったので、初期から千葉一族は水本よりとも支えましたけども、北条氏とは敵対することなくですね、全国に全席を誇ったっていうのが、この時代になってきます。
巻き添え大混乱期と地方の動乱
4期目は、牧添大混乱期になります。これはもう時代がだいぶ下って、鎌倉政権が滅亡してからの話になってくるんですけども。
先ほど言った通り、千葉氏は全国各地に領地を持って、鎌倉政権でもすごい大きな力を持ったまま、ずっと武警として力を持ち続けたわけなんですけども。
だからこそなんですけども、いろんな人から頼りにされてしまうようになったんですね。時代の流れに混乱される形で、いろんな人たちに巻き込まれていくっていうのが、この時期になります。
で、ある意味、ちょっとかわいそうな存在にもなってきてしまっていて。なぜかというと、鎌倉幕府が滅亡した後には室町幕府っていうのが出来上がるわけなんですけども。
これは、そんなに強い中央政権ではなくて、いろんな地方で力を持った武士たちの合議体制というか、いろんな人が頑張って政権を運営するっていうようなことが行われてて。
なおかつ、朝廷だとか貴族だとかも力を持った時代だったので、力がいろんなところに分散してかかってしまうっていうことになったんですよね。
特に関東は、大混乱が起きてしまって、朝廷、貴族、そして将軍、室町の幕府の将軍との権力闘争っていうのの舞台になってしまうんですよね。
その大混乱に、千葉市は思いっきり巻き込まれてしまいます。で、「うちに味方についてくれ!」っていう形で、いろんなところから引き合いに出て、無限にそれを断るわけにもいかず、いろんな人に味方についたり、期待したりとかして、どんどん巻き込まれていってしまうんですよね。
巻き込まれてしまったがゆえに、家自体もどんどん分裂していってしまって、最大勢力からすると力が弱まってしまうっていうのが、この巻き添え大混乱期になります。
いろんな登場人物がいるんですけど、今日はここでは紹介せずに、時の政権の分裂に巻き込まれて大混乱してしまったんだ、というふうに思ってもらえればいいかなと思います。最後になりますが、第5期として、大乱闘戦国時代滅亡期になります。
大乱闘・戦国時代滅亡期
まあ、千葉うじに限らずなんですけど、戦国時代関東というのは、本当に大乱闘時代と称していいかなと思います。本当に、いろんな人たちが入り乱れて、武士団も怒っては消え、怒っては消え、怒っては消えという形で、大乱闘状態になったのがこの戦国時代だったんですね。
なので、戦国時代の関東の武士って、あんまり大名として有名ではないんですけど。なぜかというと、力をお互いにそぎまくってしまったからなんですよ。
この戦国時代の、特に中盤から後半にかけての大混乱期に、関東というのは、戦乱によってものすごい荒廃してしまって、要するに領地経営とかもできなくなってしまって、それが故に困窮していってしまったというようなことになってくるのかなと思います。
本当は、千葉氏が治めていた下沢の国だとか、風沢の国っていうのは、ものなりの良い豊かな土地なんですけど。そこの領地経営とかも、もう全然できないくらいに戦乱が広まってしまって、消耗しきってしまったっていうのが、この大乱闘戦国時代の滅亡期ですね。
さらに、戦国時代の後期に、豊臣政権というのが誕生して、この豊臣政権と敵対したのが、関東の小田原市でした。小田原法助市ですね。この小田原法助市に味方についたのが千葉氏だったんです。
小田原政法という1大イベントがあって、豊臣を中心とする全国各地の武士が小田原市を打ち取ろうとします。抵抗を虚しく、小田原市は殲滅されてしまうわけなんですけど。
でも、この千葉氏も小田原市に味方をついてしまったので、その政党の対象になってしまったんですよね。なので、めっためたにやられてしまって、ここで大名としての千葉氏は滅亡するというようなことになっていくというわけです。
その後は、豊臣政権が続いた後には、徳川家康が豊臣氏の後を受けて、石原の戦いというので、豊臣型の勢力を打ち破って、江戸幕府というのを作ることになりまして。
江戸城は、今の東京都にあるわけですけども、関東一円というのを併定するというところで、かつて千葉氏が領有していた地域というのも、どんどん摂取していって、そこを収めていくという流れになっていったわけなんですよね。
大きく5つの時代として、黎明期、大逆転ライジング期、前世期、巻き添い大混乱期、そして大乱闘、戦国時代、滅亡期という時代の中で、千葉氏っていうのは、いろんど活動していて。
最盛期には、日本全国に領地をたくさん持っているっていう、そこまで行ったんですけども、その後で滅亡していく過程で、再分化されていってしまって、家自体も消滅してしまったという、こういうような歴史を持っていくわけです。
千葉氏が尊敬された理由と歴史的意義
はい。ざっくりと紹介したつもりでも、だいぶ長いことかかってしまったんですけども。まあ、以上のような感じで、千葉一族っていうのが、歴史の中を活躍していったっていうことになります。
ここで最後にちょっとまとめてみたいんですけども、まず、千葉氏という存在自体が、武士一般の人たちから、めちゃくちゃリスペクトを集めた。それはなぜかっていうのを、ちょっと簡単に言ってみたいんですけど。
まず、最初に紹介した通り、千葉氏の一族としての血ですね。関武兵士っていうので、天皇から脈々と続いてきた血。なおかつ、平野正門と平野忠恵っていう、レジェンドクラスの反乱者を一族の先祖として持っているっていう、こういう関係にあるわけですよね。
これって、少年ジャンプとかの、いろんな漫画で王道的に描かれるストーリーと、めちゃくちゃ似通ってるなと僕は思ってまして。まあ、だから、今でも日本人ってこういう話めっちゃくちゃ好きだっていうことなんですよ。
例えば、今あるワンピースも、ルフィンにしてもエースにしても、自分たちの父親だとか、あるいは先祖っていうのがめちゃくちゃすごい人だっていうストーリーがあるんですよね。
で、他にもナルトだとかもそうでしたし、古くは悠々白書だとか、ああいうのも、先祖が実はすごい人だったっていう話にどんどんなっていくと。
あとはドラゴンボールもそうでしたよね。なんかこの先祖にすごい人を持っていて、その人が現在も活躍するっていう、その子孫が現在も活躍するっていうストーリーっていうのが、日本人ってやっぱ好きなんだろうなと思うんですよ。
で、それが正しく武士たちにも、あのー、なんていうんすかね、あのー、象分としてあって。で、千葉氏は、だから、ああ、あの人たち、先祖に、あれ、あのー、タイランドまさかと思ってるんだぜみたいな、タイランドのタダスネがいるんだぜっていうような凄さで語られるっていう、そういう存在だったわけなんですよね。
で、さらには、この千葉恒種さんの存在です。なんといっても、水元よりともがボロボロに負けて、ボロボロの状態で何人かの、もう本当に兵士を連れて千葉にやってきて。で、そんな存在に味方した、フルベッドした存在として千葉恒種さんがいるわけなんですよね。
で、そっからいきなりライジングしていって、何百機も水元よりとものために捧げて、で、タイランド清盛を打ち倒すまで、ずーっと突き下がったツネ種の存在っていうのがいます。
さらには、この日本人の、また小文なんですけど。日本人って、ナンバー2のすごい人って好きなんですよね。例えば、新選組の近藤勲っていう隊長よりも、肘方俊三っていう存在の方が人気だったりだとか。
まあ、こういう例って、マイキューに似た場合がないと思うんですけど。水元よりとももそうですよね。水元よりとものナンバー2って言ったらちょっと変なんですけども。将軍として活躍したのは水元義経という存在でした。
で、このナンバー2的なポジションを日本人ってめちゃくちゃ憧れるところがあって、ともすると、ナンバー1よりも人気が出てしまうっていう、物語として語られやすいっていう、そういうパターンって結構あると思うんですよね。
で、この常谷さんもそういったポジション、常谷さんかっけー!みたいに語られるポジションにいたということです。なので、先祖もすごいし、常谷さんもすごいっていうことで、千葉市はめちゃくちゃ尊敬されるっていう、こういうことになっていくわけなんですよね。
で、時代が下っても、その凄さっていうのは語られ続けていて。で、その財産をずっと食い潰していったという。ちょっと言い方が悪いんですけども。千葉市っていうのは、そのレジェンドと一緒に、歴史をずっと続けていって滅亡していったという、こういう関係線にあるのかなと思っています。
最後にまとめとして、もう一度、今日の本題のテーマである「千葉回復900年」というところに沿って話をしてみたいと思うんですけども。
今まで見てきたように、千葉市という街の基礎を築き上げたのが、この千葉一族、千葉氏だったわけなんですけども。その千葉一族は、源頼朝を助けて鎌倉幕府を成立させて、その功労が認められたことによって、莫大な所要を安堵されるわけなんですけども。
これによって、千葉一族っていうのは、千葉県のみならずか、日本全国に広大な領地を有する、有力な御家人となっていくわけなんですけども。
それがずっと続いていって、繁栄は続いていくわけなんですけども、戦国時代、千葉県のみならずか、関東一円は大混乱期にあって、おそらくそれまでの繁栄っていうのがわからないぐらいに荒廃してしまうわけなんですね。
で、極めつけは、豊臣政権時代下にあった小田原政抜、小田原政党になっていまして、こちらの方で北条氏と共に千葉家は滅亡してしまうと。こういう歴史の流れがあるわけなんですけども。
で、千葉一族の存在意義ですとか、日本史に残した功績みたいなのが認められていけば認められていくほど、千葉市としての歴史的な価値っていうのは認められていく、こういう関係にあると思うんですね。
で、もちろん千葉市自体も大切な場所なんですけども、一方で、この千葉一族のことを考えていくと、暴走全体で考えてみてもものすごい大きな存在なんですよ。
今日はちょっと触れることができなかったんですけども、もう一人、和田博恒っていう人がいまして、この人とセットで考えていくと、さらに強大な千葉の武士一族っていうのを見ることができるんですけども。
で、戦国時代の後輩がなければ、この地域は千葉一族っていうものすごい有力な、後の時代でいう大名みたいなのがいて、そういう存在がこの地を繁栄させてたと思うんですけども、その歴史的なものは事実としてあって、後輩してしまって。
さらには江戸時代になるとですね、この地域は江戸幕府の江戸の街の近くではありましたので、非常に細かく分割されて、旗元の領地として細分化されて流行されてしまうんですね。
なので、大きな存在としての大名みたいなのがいなくなってしまったので、それで歴史的なところでもちょっと過小評価されてしまうっていうような地域になってしまったわけなんですけども。
もう一度この千葉一族に力を結集するというわけではないんですが、やはりこの大きな存在としての千葉っていうのを見つめ直して、歴史を再構築して見てみると、この坊総半島っていうのが日本史に果たした役割っていうのが、もっと大きなものとして見えてくるっていうのがあると思うんですよね。
そういったことを考え直していく意味でも、千葉一族の功績だとか実績っていうのは見ていく必要があるのかなと思っていまして、今後もそういうことを少しずつ情報発信していければなというふうに考えています。
本当に惜しいなという存在がこの千葉市であったりするので、坊総半島の歴史を掘り起こしていく意味でも、この千葉一族の歴史っていうのをもっともっと深く掘り下げて見ていきたいなというふうに思っています。
お知らせとイベント情報
今日はざっくり紹介ということで、この辺で終わらせて。例えば、常谷であったりだとか、その後の志存でも何人か面白い人がいまして。
千葉市以外にも、いろんなところでいろんな活躍をしているので、見ていくと面白いんですけども。
さらにはですね、話があちこちに行っちゃうんですが、この千葉っていう苗字。実は千葉県が日本で一番多いわけではなくて、実は東北地方とかの方が山形県とか宮城県ですね。
多かったりするんですよね。っていうことは、つまり千葉さんっていう苗字の人たちがそちらの方にたくさん行ってたっていう証でもあるので。
そんなこともね、どっかの宅配で見ていけたらなぁなんて思っているはいるんですが。
まぁちょっと取り留めもなくなってしまうので、今回はこのぐらいで終わりにしたいと思っています。
はい、ここからはお知らせやイベントのご案内になります。まずはイテツブックスの紹介をさせてください。
イテツブックスは、廃線の危機にある泉鉄道ご扶養になった本を寄贈していただくことにより、応援していこうというプロジェクトになっております。
皆様からの寄贈本を使って収益を上げて、泉鉄道の売り上げアップに貢献したり、地域の企業化の支援や地域イベントの活性化などに使わせてもらっています。
今も寄贈本を大募集中です。詳しくは概要欄のリンクからか、イテツブックスでご検索をお願いいたします。
続いてイベントの告知です。7月19日日曜日、勝浦市にある芸術文化交流センターキューステという場所にて、ステラ百貨店ブックフェアというイベントが開催されます。
こちらのステラ百貨店のブックフェアのホールの一角でイテツブックスも出展をさせていただきます。
ブックフェアと名前がついている通り、いろんなところで出展されている本屋さんが集まってですね、本をたくさん展示されますし、
クラフトだとかフードの出展者さんも本を持ち寄っていろんなところで展示するということになっていまして、本好きにはたまらないイベントかなと思っていますので、
ぜひ室内でやりますので、暑さだとか雨とかの心配もございませんので、ちょっとした量を取りに遊びに来ていただければなと思っています。
さらについて、今回はコミンカシアハウス星空の家の新住人募集のお知らせです。
私たちが運営している星空の家というコミンカシアハウスがあるんですけども、そちらの方で新しい住人さんを募集しています。
築150年のコミンカで畑と山もついている物件になっておりまして、そういったところで自然に囲まれた生活をですね、始めたいという方の第一歩目を応援しておりますので、もし興味がある方はですね、ぜひ概要欄にリンク貼っておきますので、ホームページの方を見てみてください。
エンディングです。ここまでお聞きいただきありがとうございました。
放送文明ラジオでは皆様からのメッセージをお待ちしております。
感想やご意見、取り扱ってほしいテーマや耳寄り情報など何でも結構です。概要欄のフォームよりお送りください。
番組でご紹介した情報は概要欄か放送文明ミュージアムのウェブサイトをご参照ください。
最後にDJコーナーです。今回はワールドカップにちなんで、本当に昔のワールドカップのテーマソングでしたけども、
ドラゴンアッシュのファンタジスタとそのドラゴンアッシュの日はまた昇り繰り返すという曲をご紹介します。
もしよかったら聴いてみてください。今回もありがとうございました。またどうぞよろしくお願いいたします。
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