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2026-01-14 1:11:52

BC130 2025年の配信を振り返る(後半)

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新年がスタートしました。

年末恒例の「一年の配信を二人で振り返ってみよう」企画の後半戦は年をまたいでの配信です(案外これは良いかもしれません)。

今回は、2025年の7月から11月までの配信を振り返りました。

もしご興味あれば、以下のリンクからそれぞれの配信に飛べますのでチェックしてみてください。

* 2025年07月01日 BC117『締め切りより早く提出されたレポートはなぜつまらないのか』

* 2025年07月15日 BC118 いま、あえて芥川賞を読む

* 2025年07月29日 BC119『ゼロからの読書教室』から考える「本の読み方」

* 2025年08月12日 BC120 2025年上半期の振り返り

* 2025年08月26日 ゲスト回BC121 五藤晴菜さんと『書いて考える技術』

* 2025年09月09日 BC122『私たちの戦争社会学入門』

* 2025年09月23日 BC123『「書くこと」の哲学』

* 2025年10月07日 BC124『ランニングする前に読む本』

* 2025年10月21日 BC125『とっぱらう 自分の時間を取り戻す「完璧な習慣」』

* 2025年11月04日 BC126 『汗はすごい』

* 2025年11月18日 BC127『哲学史入門Ⅳ』

* 2025年12月02日 BC128『NEXUS 情報の人類史』

読み手のプリズム

自分で話していて気がついたのですが、「書き手としても面白く読みました」という発言をよくしています。本を読んでいるときは、意識していないのです。ただ読んでいるだけ。でも、無意識の構えとして「〜〜として読む」というのが働いているようです。

一介の読者として、純粋に読む。同じ書き手として、「書き方」に注意を向けながら読む。その分野の初心者として、教えを請うかのように読む。

このような姿勢・構えの違いで、本から得られる成分というのは違ってきます。

つまり、一冊の本というオブジェクトがあり、そこに自分というオブジェクトが接触したら「内容」という均一のデータが取得できる、というのではなく、あたかもプリズムのように向ける角度によって得られるものが違ってくる、というイメージです。

こういう角度で読んだらこういう面白さがあるし、別の角度で読んだらまた違った面白さがある。

これが読書の楽しみでもあり、またそういう読み方が多くできるほどその本は豊かな内容を含んでいるのだと言えそうです。さらに言えば、他の人に向けて「こういう角度で読んでみたら面白よ」と伝えるのが批評という仕事なのだとも思います。

それとは別の「〜〜として読む」もあります。たとえば「教養書として読む」とか「小説として読む」とか「SFとして読む」とか「前衛小説として読む」といったことです。これも構えの一つですね。こうした構えによっても、読書体験は違ってきます。

たぶんさまざまな読書術(ペンを引く、メモを取る)のもっともっと手間に、こうした「〜〜として読む」という話があるのだろうと思います。

PC環境のアップデートで、音がブツ切れになっていました。再度配信いたします:ご



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サマリー

ポッドキャスト「ブックカタリスト」では、視聴者からのコメントをもとに読書体験が語られ、特に「サピエンス前史」などの本を通じたメッセージの解釈や、先延ばしと前倒しの人々の特性について議論されています。また、芥川賞の文学への関心が高まり、アクターから文学へと進む読書の楽しみが強調されています。 ポッドキャストの後半では、2025年を振り返るトピックとして書くことの哲学や戦争社会学についての議論が展開され、特に書くことに関する規範との向き合いや倫理的問題の重要性に焦点が当てられています。また、書き方や思想の多様性を模索する中で、現代の問題を考察することの価値も強調されています。 2025年の配信に焦点を当て、デジタル執筆に関するトレーニングや習慣の重要性が語られます。さらに、書くことの苦労やデジタル世代でのライティングのスタンスについて、運動と評価軸の関係も考察されています。 このエピソードでは、運動の目的や自己管理についての新しいアプローチが語られ、特に「ハイライト」を効果的に活用する方法に焦点が当てられています。自己肯定感を高めることの重要性や、ライフハックの具体例として本が紹介されます。 2025年の配信を振り返りながら、倫理や哲学の進化、AIと民主主義の関係について深く考察されます。そして、リアルイベントの経験を通じて参加者の主体性やコミュニケーションの重要性についても触れられています。

読書体験の共有
面白かった本について語るポッドキャスト、ブックカタリスト。 まず今回いただいたコメント、お便りなどを紹介しようと思います。
はいお願いします。 コトリさんから
128回で、その本の中で一番大きな軸は何かについて自分なりに読み解いたことが言えないと まとめて語ることができないと
goryugoさんが言っていたのだが最近読書メモを作っていく中で私が感じていたことを 言語化してもらえてやっぱりそうだんだなぁと嬉しく思った
でこれが非常に楽しいんだよなしかしどうにもこうにもまとめきれなくて 次の本に移行したくても抜け出せず困っている
いつか戻ってくるとしてその時にこれそれまでを思い出せるように 記録しておくというのが最善なんだろうけど復活の呪文がうまく作れない
なぜならまとまっていないから 結局中断して他の本に移行したら最初からやり直しになるんだろうか
高い作のアイディアは欲しい 私はこうやっているよみたいなのどこかで紹介してくれないかなっていう
お悩み相談っぽい感じがしますけどそうですねまずあの前提として多分ですね えっと細かなニュアンスは
違うかも違う細かなニュアンス大きなニュアンスとしては正しいかもしれないですけど あんま俺こういう感じのことを言ったかなっていうのがあんまりきちんと記憶に
なくて えーっと確か
サピエンス前紙の時は うまく語れなかった
面白かったしか言えなかったという感じだったかなと 別に否定する否定するって言うと変なんですけど
言葉のニュアンスで言うと自分はあんまりこういう感覚ではない
まとめきれなかったという感じはなかったってことかなそのサピエンス前紙を読んだ時も なんか自分なりに読み解いたことが言えないとまとめて語ることができない
みたいな感覚っていうのは多分あのすでに小鳥さんが自分が思っているから そういう解釈で受け取ってもらえたのかなっていうニュアンスがあって
自分の場合でも何って言ったらいいんやろうっていうのはちょっと悩ましいんですけど 確かこう何か主体となるその本の主体となるメッセージみたいなものをちゃんと
分かっておかないと語れないというような話が確かあって そうですねなんか大きなメッセージが1個ないと1個受け取れないと語るのが難しいみたいな
だから言ってることはこれですね メッセージのその受け取りイコール読み解きというふうに受け取られてまぁ実際そういうことでしょこれは
うーんそうですねそうだとするとそうなんだけどまず一つは 結論から言うとゴリゴさんが紹介しているアトミックシンキングっていう方法を使えば解決する
と思いますっていうのがまず第一の結論からこれは結構マジですねはいはいはい えっと結局その自分なりに読み解いたことがとか大きな軸があっていうよりも
個人としてまぁ一言で言えばこれが一番面白かったっていうのを見つけられればいい と思って
これが一番面白かったって見つけるってことは細かな面白かったことをいっぱい見つけて その中で一番見つけたら見つかるやんっていう
それでもとりあえずその本は ok にして次にいける うーん
でだとするとやっぱ別に全体とか気にせず気になることを1個ずつ 細かな単位で集めていけばよくって極端なことを言えばですねやっぱ全部読まん
食っても一生だけ読んだ中で一番面白いことが1個見つかったらそんでいいん じゃないかとも言える気がする
なるほど しあとさらに言うとこれもまた自分のテクニックなんですけどやっぱそれをオブシディアンのスペースと
レペティションプラグインと合体することで 8何冊も本を読みながらこれができるようになった
なるほど っていうのはあるかなあっていう感じですかね
などザカイ作のアイディアとしてはナレッジスタックの有料プランに加入するといい と思いますっていう
感じにはなるんですがやっぱまぁ結局 集団とかあんまそのニュアンスはやっぱないですね
うーんそれはまあ僕もこれちょっと思ったんですけど中断して他の本に移行したら 最初からやり直しになるかって言うとダブタブならないんですね
書いてあればならないですね脳内で覚えておこうとしたらなりますね まあでも忘れてるかもしれへんけど
その他が最初からやり直しという同じことの繰り返しなくて 多分その別の形の読み返し読み直しになってるんで
なんかある段階でやってたことをもう1回やるというよりは新しい2026年の自分として もう1回その本に取り組むということで
なんか別に中断とか停止とか再開とかじゃなくて その時その時で読み直していると思えばまあ別にそれでいいんじゃないかなと
別の本とかを読んでその本に帰ってきたらそのうまくまとめられてなかったその自分の 考えがうまくまとまるように変身してるかもしれないんで
だからまあ別にどうしてもそのタイミングでまとめられなかったらあんまり気にする必要 なく次の本に行けばいいんじゃないかなと個人的には思いますね
そうですねあと同時に自分の経験でいうとあの全然次の本に行けんくってもよくって なるほど何なら極論年に2,3冊でもいいから
はいそういうすっげー一冊をたくさん読んでみるはそれはそれでめちゃくちゃなんかね 身についたことが多かった気がする
先延ばしと前倒しの考察
のであの欲張らないということも大事なのではないか 次の本に行こう
しないことと適度に諦めることのバランス そこが難しいけどもちろん難しいんですけどねでも月に1冊は俺ちょっと贅沢ぐらい
なんじゃないかなって思いますね あーでも結構その普通に働いている方がその休みとか夜帰ってからの時間でこういう読書
しようと思ったら月1冊ぐらいでも結構負担は大きいと思うね なんか3ヶ月に1冊読めたら優秀ぐらいでいいんじゃないかなっていう
確かにぐらいの距離感じゃないかなーって感じですかね はい
あとあのジャパンポッドキャストアワードに投稿してくださった方とか 特に一体ポッドキャストがないからブック語りと全部聞き直してくださるという方とかが
たくさんいてなんかあれですね年末年始はその やっていてよかったなぁ感がありますね
確かに はいということで
新年になってしまったんですがはい 2025年の振り返りの残り半分を終わっていなかったので
はい改めて改めてじゃないですね来この新年を もう一度すっきりと始めるために振り返りをやろうと思います
はいというか本来1年の振り返りって1月にやった方がいいよね本来は 日本人の心としてはなんか年内に済ませたいんですけどでもね多分僕は新年新しい
ことを考える始める前に振り返った方がいいと思うんで実はこれ1月とかにやった ほうがいいんじゃないかなと思うけどまあいいですはい
まあこうやって挟むぐらいにいいのかもしれないそうですね はいということで8後半は117回から128回
はい10何回8まず最初に117回締め切りより早く提出されたレポートはなぜつまらない のか
はいこれはまあ僕が紹介した本でなかなか煽ってきているタイトルですけども 個人的にはあの新書というレベルの中で結構ガチでタスク管理
タスクマネージメントの話が出てくる軽裕な本でして まあある種そのこの分野を知っている人であればまあ普通の当たり前の話が結構語ら
れるんですけどもまあそれとは別に本書で指摘される2つのパターン 進め方のパターン先送りしてしまう人と先々進めちゃう人の2つを見た時に現実
社会で言うとその先々進める人が仕事ができるタイプとして扱われるけども 果たしてそんな単純なものだろうなのだろうかという問題提起
みたいなものは多分現代社会で非常に重要な指摘であの先々進める人って多分 燃え尽きやすいと思うんですけどある程度やっぱり抑制的には持った方がいいということと
あとまあ一番最後に本書の一番最後に出てきたその2つのタイプを まあ一緒にタスクリストを検討することでまあお互いの観点を取り入れることができるん
じゃないかという話が出てきましてこれは実用性の話でもあるんですけどもうちょっとこう 社会学的とか人文的に引きつけて考えられるんじゃないかなと思うんですけど
2つの異なるタイプがお互いのことお互いの性質を踏まえた上で相手と関わるっていう あり方は
仕事の職場内で例えば作業を進めることだけじゃなくて 人の生活にかかるいろいろな側面において
なんていうかな自分の考えを広げるとか相手をまた者を知るみたいな意義としても まああるんじゃないかなというんで結構いろんなことを広がることを考えた本でしたね
個人的に面白かったのがこれに興味を持ってあの ブックカタリストのオフあの読書会とか参加してくださっている方が何人か読んでて
全然響かんっていう人とめっちゃ響いたっていう人に綺麗に分かれていて それが結局前倒しタイプの人には響き
そうでないタイプの人には響かないという極めてありふれた結論なんだけど まあそうやねこの本は元々そういう著者そのものも前倒しするタイプの人だし
それをその子にある問題意識みたいなものが中心ですしそもそもだから 先延ばしの人はずっとこの社会の中で悪いもの扱いされてきたわけですから
本書の意義としてはその前倒しの問題点みたいなものを示唆しているところにあるん じゃないかなと思いますね
同じく前倒しをすることにネガティブな要素があるなんて1ミリも考えたことがなかったから あとそういうタイプの人が本当に存在しているんだっていうのもちょっと
驚きだったかもしれないまあ自分も前倒しやからわかりますけどやっぱり落ち着かない ですねそういう人は本当に
常にちょこちょこ先々のことを考えて行為を行為時間を行為で埋めようとするというような ところがあるのでこれはあんまり良くないなと思います
どっしり構えづらいとかそういう感じになるのか
でもその物事によってその行う物事によってはそういうタイプの処理の仕方が向いている こともあるけれども
例えば知的精査みたいな時間的スパンが必要な行為にとってそれはあんまり良くないと思うん だよね
それはおそらくそうですね だからそういうふうにホワイトワーカーにおける仕事術っていうのはその事務処理における
仕事術とは多分違うアプローチが必要みたいなことも多分言えるかもしれないね
はいはいでということでその次が118回 タイトルは今あえて芥川賞を読む
芥川賞の文学を読む
はい変わるぞ面白いタイトルだよな 自分がこれの影響
何の影響って言ったらいいんだろう 文学を芥川賞にやっぱりもちろん興味はなかったんですよね5年前10年前は
で確かラシタさんの影響であの東のやつなんだったっけ東京都道場とあれをなんと なんか話を聞いてそのあこれなんかめっちゃ
風光のテーマと似ているよねっていうところから興味を持ち 読んでみたら何だろう
物語として面白くないものがちゃんと面白く読めた面白くないって失礼かな エンターテイメント成分の薄い小説ということでね
そうなくそのはなんていうのはハラハラドキドキだどうなるんだろうとかそういう 要素ではないものが面白く読めるようになったという発見からちょいちょい興味を持って
いろいろ読んでみると確率打率3から5割ぐらいだったんですけどめっちゃ面白い作品に 出会える
ていうのでまぁ読める限りのものを読んでみてその何を学んだかとかあとえっとなん ならこういうところにいろんな問題意識とか問題意識を見つけるきっかけになるって
いうか っていうのでもなかなかあの
芥川翔平均的にやっぱ売れてない印象はあるんですけど非常に 価値のあるものである楽しめながらお勉強になるというのが分かりやすく体験できた感じが
まあそうね確かに っていう意味でまぁ今後もできるだけ芥川翔とか
追っかけていきたいなと思いますね 多分これをこの回収録した後に僕もフィードバック影響を受けて
ゲーテはすべてを言ったとデートピアもかな 確かその後に読んでやっぱそれぞれ特徴のある作品で文学的で文体も挑戦的なものが
多く まあ
しかもどちらも短くその日の口に読める程度なのでまぁこの回でも言いましたけど 文学初心者はアクター会場から入るというのはそんなに間違ったガイドラインではない
かなというのは確認しましたね 面白くないって思うかな
どうなんでしょうね でも文学を手に取ろうと思っているその人はおそらく縁ためにない何かを求めてるから
文学を読もうと思っているはずで あれかな文芸なら直木賞でいいけど文学なら
そうか芥川翔か もしだから文学みたいの触れてみたいという時にでもさすがに例えば
ロシアのロシア文学の長大な作品はちょっとなぁみたいな時にしかもあの人の名前が 覚えにくいし文化が違うやつ文化が違うからその
超えなければならない隙がとても多いことに比べると現代の 最高2020年まで近辺の芥川翔の場合知ってることが多いというところからやっぱり
馴染みやすい今日 分量的にもその文化的な近さで言っても文学第一歩としてはなかなか悪くないんじゃない
かなと思いますね うーん
っていう印象はありますね 入ってその次がゼロからの読書教室から考える本の読み方
はいえっと読書ザルさんが書かれた まあゼロからの読書教室という本があり
まあその本をベースというか起点にして本をどんな風に読んだらいいのかということを ベーシックなレベルで考えていこうということで
この本すごい良い本で このポッドキャスト聞いてる方はある程度本読みの方は多いと思うんですけど
その本を読みたいけど苦手意識があるという方のその苦手意識の呪縛を解くのに非常に最適な本で
あのー ホニャララしなくてもいいと例えば全部読まなくていいっていうのが第一回なんですね
初めから読まなくていいとかってそのホニャララしなくてもいいと 逆に読書に苦手意識を感じている人は読書というのはこういうことをしなければならないという
規範の鎖かたびらを着ているわけですけども それを一個一個丁寧に読み解いていくと
しかもまあ鳥と女の子の会話劇で進んでいくんで それこそ中学生レベルでも全然読める形で文体で書かれているんで
一応中高生ぐらいがターゲットですけど普通に大人が読んでも面白い本やと思います
で確か本編では第一部の話しかしませんでしたけど第二部は本の探し方 いわゆるレファレンスの使い方とかっていう
こんな本格的な本読みになって以降の話が書かれているんで第二部以降は大人の本読みでも
特に普段あんまり例えば 書店に行って新刊コーナーで見つかる本しか読んでないみたいなタイプの人にとって
そんな本の探し方があるんだというふうに本の間口を広げてくれる本でもあるんで まあ前編第1部第2部通してどのレベルの読書人にも
まあ役立つ内容ではないかなと思いますね まあねあの読書団さんの本に大体大体じゃねえ外れはないっていう前提でいくとまあやっぱ
大体そうなんだろうなっていう まあでもそのこれまで読書団の著作を振り返った時にアイディア大全問題解決大全
独学大全は全部クソ分厚いわけでしかも内容 日本語が難しいわけじゃないけど難しいか
でまぁ結構あの人文的な話を参照してて 読書好きの人にとっては結構面白く読めるけどこれから読書に人にとってはちょっとハードルが
高いと思うんですけどこの本は本当に読みやすい 彼のブログを読んでいるような面白さがあるので
その意味でファンの方も別に読めますし いやでもあの今これから子供に一冊
読書好きの子供の本棚にスッとさしておきたいようなタイプの本ですねこの本は うーん
はいこれが119回で820回が 忘れてたけど2025年上半期の振り返りをやられましたね
やりましたね 覚えてますか俺全然覚えてないんだけど何を喋ったかは覚えてないです
やったかーやったかーから覚えてないな まああの結局こういうのが何なら大事なんだよっていうやっぱ1割は何だけ振り返り
使っていいという自分の持論があってだとすると年間26回だと2回か3回ならいい うん
ぐらいもいいというか必要ぐらいですよまあそうですねそっちの方が重要っていう 感じで上手く回していくためには
だって今僕こうやって喋って思い出して自分の記憶が強化されているのを感じて ますからね今
喋りっぱにするのとは全然違いますからね明確に はい
ゲスト回の歴史
はいで821回がゲスト回 後藤春菜さんと書いて考える技術
はい久々のゲスト会でしたねそうですね えっとまぁゴリゴさんのパートナーなんですが春菜さんがその書いて考える技術っていう
その いわゆる文章だけじゃなくて図とか線を使って
うまいこと考えをはかどら進めていく方法っていうのかな っていうのを8セルパブで作って
さらに言うとあの連載をうまいこと活用するという点で 執筆者としてとても良い手段だなぁとも思ったりして
これ確かもうとり最近キンドル版でたんでしたっけ 12月にキンドル版を出したのかな
そうあのスパンありましたねマーケティングとしてもなんていうんだろう 非常に良かったんじゃないかなぁと思っていて
結局キンドルを使う理由は 届かん人に届いてほしいわけでそうですね
届く人にキンドルで届ける必然性が個人レベルの仕事をする場合にとても低い なるほど
そうやっぱ届く人にまず届くものを売っておいて届かない範囲としてキンドルに頼るって すればもちろん両立としてもやっぱりにかなったものになるし
そうですねうんであの最初に売っている売り方は買い切りにしているので まあキンドル最近あのダウンロードできるようになったっていうのでちょっと形は変わりつつ
あれはめでたいですねあるんですがまあそういうこと抜きにしてやっぱその 別距離が近い人にから優先してやっていくみたいなのがその何十万何百万と売れる
ものではないものの売り方の形としては
良い可能性としてもまあ面白かった良い試みになったのではないか ちなみに84ヶ月ぐらい
だっているのかななんかゴルゴさんはその連載を本にするっていうのは行かせてます えっと今春田さんのニュースレターでオブシディアンの連載を始めておりまして
はいナレッジスタックに書かないようなことはい それは810回ぐらいあったらうまくまとめられないかなぁっていうのは考えています
その今回話だけどナレッジスタックの連載で言ってねやってることとはなんか違う わけですねナレッジスタックはやっぱり楽しくやるためにはねその手加減したくないって
言い方になるんかなあのわかったやっぱ俺が面白がれないと嫌で その肩肘張った書き方ができないんですよね
なるほどであのそっちは意識してえっとできるだけ間口を広くとって 文体とかを変えるつもりはないんだけど対象としているタイプが違う
なるほど でそれをニュースで自分のやっているニュースレーターではそういうことはやっぱ勝ちたくないし
かかなくていいようにしたい から分かれているって感じかな
でマーカー話を聞いてと思うならそので連載的なものを書いて本としてまとめる場合 そのゲスト機構の方がまとめやすそうやなということはそうですねそうではないかというのは
明確には自分の場であったらうまくいかんのじゃないか なんかそうねなんか自由に書けるが故にその方向性が毎回バラバラでまとまり
にくいけど連載とか他のとこであるそこにいる読者さんに向けて書くとなんか コンテンツとしてまとめやすくなりそうだなというのはちょっと聞いてて思いました
うーんそういうやり方はいいんじゃないのかなぁっていう まあと一等級よりマシになったけど kdp があのだいぶ終わってきているので
なるほど kdp 自体をまあもうちょっと根本的にやっぱ 頼るものではなくなってきているなっていう
なるほどね まああのほんと商業で出すなら知名度が上がる価値があるし
もうちょっと自分で売るなら別のやり方をしていったほうがいいんじゃないのかな っていうのはまあ去年から感じはだいぶ感じ始めていることかな
戦争社会学の考察
なるほど はいで8122回が私たちの戦争社会学入門
はい 山と処方と読み間違えていたけれども
だいわ処方のその シリーズっていうのかな
ワセダの先生が語っているシリーズの中でテーマが戦争社会学というすでに名前からして 難しいというか
なんなら現代もこれを名前にするだけで語りづらいというのかな あーまあそうだね確かにもうあの戦争は悪いことがやったらあかん
以上とかっていう例えばツイッターではそうなりがちというか まあそうだねそれあの
それ以前というかそこから議論が進まない のではなくて少なくともこの本はその戦争はなくなっていないしあるという前提から考えて
いこうっていうのを まあまず最初にそれを言ってくれるという時点でとても学べる本だったというのからそれ
だけでも なるほど
でさらにその前提としていろいろ考えることはいっぱいあるちょうど あの正月もあれですよねベネズエラの大統領が強制的に強制的に言って言うのか
そうあれもまあ自分はちょっと政治要素が強すぎて語れるほどの意見とか知識はあるかと 言われるとないんですけどその少なくとも正しい正しくないで
二文論で言えるようなことではないことは事実でそうだね そういうことを考えていくためにもまあそもそも戦争ってなんやねんっていう
あれももはや現代の戦争に近いものだとも思ったりするので確かにそうかも うーん
そういうレベルの多分あの戦争社会学入門の3年後になったら今回の話とかもきっとその テーマと切り口としては含まれてくるんだろうなぁと思うし
21世紀セカンドクォーターの戦争か多分 なるほどみたいな意味でもまぁあの
ね結局倫理として戦争がいかんなんて言ってしまったら少なくとも現在でも起こって いるんだから
はい無視はできないっていう意味でもやっぱ重要考えておくことの価値はあるんでは ないかな
まあそうだね戦争は良くないは正論やけどそこから先に進めもうね 社会は正論だけでは進まない
どういう力学で動いててっていうところをちゃんと見ていかんと なんか実行的な政策も立てられへんし
まあ前向きな議論もできないしでもまあ特に本当に日本ではこのは戦争というのが 日常と一番距離があるキーワードじゃないかなと思うんですけども
だからこそ本を読んで学ぶ価値があるんでしょうねきっと なんかねあの
誰どの総理の時代だったっけウクライナゼレンスキー大統領に必勝者文字を送ったとか っていう日本はそういう恥ずかしいことをやってしまったりしているので
なるほどそれは俺明確に恥ずかしいと思うけど そのもう勝ち負けじゃないでしょっていう
確かに まあそうならないためにはやっぱ考えておかないといけない
書くことの哲学
確かに はいでえっと123回書くことの哲学
はい各ことの哲学ということで8まあしっ いつまあ幅広い意味でのライティングということではなくて
まあ僕の解釈で執筆というようなことやと思うんですけども でもそのいかに書くかというのに私たちのかけなさはどこから来ているのか
ということを探求していくタイプの本でして あの世の中の文章技術っていうのは上手い人が書いた文章をお手本にしてそれをこういうふうに書き
ましょうと言って で
僕の感じで言うとそういう至難書を読めば読むほど 文章ってかけなくなっていくんですよね
あの言いたいことがわかる つまりさっき読書の時も言ったその規範性が生まれてしまう
そうすると規範のことばかりが頭に上ってしまってその自分が文章を書くという ための認知的エネルギーがほとんど動かなくなってしまう
だからそこをいかに解体していくかということで 本社はそもそも言葉と私たちっていうのはどういう関係にあるとか言葉を
使うとはどういうことなのかということを原理的に考えていくので 哲学という言葉がついてますけど
僕は結構ほとんど実用的に読みまして いかにそのかけないにあった時にどう書くことに書ける体になっていくのかということで
ある種のマインドハックではあるんやけど 精神論というよりは自分の中にある書きたい芽
植物の芽を枯らさないように力づけていくようにするためのノウハウが多く語られていまして
でその文章作法のノウハウ書を読んで書ける人はいいんですけど 書けない人はこういう本を取ってやっぱり一回自らの規範性と向き合うことで
書けるように書ける体になっていくんじゃないかなと だからメタ認知を働かせることなんですよね 自分の書けなさを探るというか
そういうことができるかどうかが結構大きな一歩じゃないかなと 振り返って思いますね
自分はいわゆるその規範が理由で書けないということを 残念ながらなのか幸いにしてなのかマジで味わったことはなくて
それは多分やっぱりその文章作法の本をあんまり読んでこなかった歴史があるんじゃない きっと予想で
多分一冊も読んだことがないと思います
だからそこはやっぱ自由に書ける体であった
なんかその規範が嫌いだった
そういう状態にある人はいいけど やっぱり日本人だけなのかどうかしないけど やっぱり最初にそういうことから学ぼうとする人が多く
そうなるとますます書けなくなって 文法レベルの話もそうですし 例えば物語を書くときに物語はこういう風に書いた方がいいとか
こういう風に書かない方がいいっていうアドバイスって 世の中でいっぱい溢れてるんですよ
全部話すと一文字も書けなくなりますよね
場合によって相反するアドバイスもあるんで
真逆のことを言っていると思う
どうしたらいいのかっていうことになるんで やっぱり自分の心にある書きたいっていうことをやっぱり起点として
もちろんその技法とかは随時参照するのはいいんですけど
まず書けるということがあった後にどう直していくかっていう観点で参照すべきであって
起点がスタート地点が規範になってしまうと 当然のように書けなくなってくるということを改めて確認できるし
あとやっぱりその文章を書くっていうことをお仕事にすると やっぱり日本語を自明のものとして扱わなくなってくるというか
言葉が当たり前じゃなくなっていく
だからつまり文化人類学みたいに言葉を観察する人になると
そうなると語彙も広がるし文章表現もうまくなるし 他の人の文章を読む力も上がっていくんで
僕らが日常的に当たり前にやっていることを当たり前じゃないものとして捉え直すということも本書で書かれているんですけど
デジタル執筆の重要性
これは基本的なトレーニングとして非常にトレーニングというか習慣かな
習慣というか姿勢というかそういう態度を持っておくことはプロというとちょっとあれですけど
もの書きを一つのスキルとして捉えるときに重要な観点かなと思います
そうですよね 自分の場合 運良く書くことに関しては学ばなくても自分の中ではできたので
いわゆる教える側としてはいろんなものが足りない気はしていて
そうですね 書けなさがわからないと書けなさにはアドバイスできないよね
理系の料理とかそういう真逆のことが基本的に得意なので
一番書くことを教えるのは一番下手な教える領域なのではないか
書くことそのものを教えるのがそもそも難しいから
書けなさを解除するしかないというか どっちかというと
そこのノウハウを実際に教えてある経験があるからだろうなというのは思いますね
あと最近 ちょっと余談的な感じなんですが
大事なんじゃないかなと思っているのが
意外といろんな方々が書くのに時間がかかっている
めちゃくちゃ時間がかかっている
例えば日記の文章とかってこと?
そう実感したのはDiscordなんですけど
誰々さんが入力していますってDiscordってタイミング被ると出るじゃないですか
出ますね
自分が入力していて他の人と数回やり取りをしている間
誰々さんはずっと入力をしていて
出てくる文章というのは
自分が1回で投稿する分量と大して変わらんぐらいの分量
1パラグラフとか2、3文章ってことね
イメージなんですけど自分の中でそれは2、3分かからず書けるんですよね
それもイメージなんだけど
時間がかかっている人は10分で終わらない
なるほど
これはコミュニケーションで苦労する
テキストベースのコミュニケーションで
すごく苦労して大変だろうなっていう感じがあって
そこはやっぱり練習して
しゃべるだったら多分そんなことはないはずで
まさにそういうことですね
書くの時だけに発言する規範というのがあるんですねこれは
それは結局もちろんいろんなスキルだと思うんですけど
ぐちゃぐちゃでも気にしないというスキルとか
っていうのもやっぱこういう時代は
もはや音声よりもテキストやりとりの方が多い時代においては
綺麗に書けると同時に早く書けるっていうのも
非常に重要な能力なんだなっていうのを思うようになったっていうのかな
あと綺麗に書ける能力って
多分そんなに必要じゃないというか
この本にも出てくるんですけど
その綺麗な文章は突き詰めると
精々AIになってくるわけですね
AIに書いてもらった方がいいんですよで
賛議を渡してこれで頼むっていう
その人ならではのゴリッとした感触がある文章
そういう文体を伴った文章の方が価値があるし
だから文章が上手い下手は
文章の中身の後についてくるものやから
何かいいこと言ってる方がいいということではあるんですよね
そう難しいのと書くことっていうのが
やっぱりいろいろと奥深いのと
ずっとやっているから
いろんなことを忘れてしまっているなっていう感覚を
そうやね書けなさで苦労
そのレベルで例えば2,3文紡ぐのに
10分かかるというような書けなさは
確かにあんまり経験しない
そういうチャットの場では気にしないが先に来るもんなそれは
正しいか正しくないかわからないけど
多分俺もラシタさんもそうしていますよね
相手の理解力を信頼しているというか
その文脈前提で喋るしね
ある文脈がある前提で
運動と評価軸
だからブログの文章とか本の文章で
つまずくはないけどちょっと時間がかかることはあるけど
ツイートとかディスコードで詰まることはないね
っていうのもやっぱ書き慣れていないと
日記と同じなんですけど
昨日こうこうこういうことをやって
こうしたらこうなりました
ぐらいのイメージかな
ここは課題だなと思ったみたいな話とかっていうのが
素早く書けることって重要じゃないな
とても役に立つスキルなんだろうなっていう
それは結局試行速度の速さでもあるよね
要するに
多分その言語が出てこないなのかな
そこが関係してるよね
頭の回転が早いっていう文章としてまとめるのが早い
多分ニアリーイコールやと思うねきっと
リアル会話ほど早くなくていいじゃないですか
ここで30秒悩んでいいわけだけど
フォトキャストで30秒間が空くのは
あまり良いとは思えない
確かに
っていう意味ではやっぱ練習で
ある程度上達できるだろうし
練習する価値があることなんじゃないかなっていう
まあね
特にデジタル
僕らはほとんどデジタル執筆世代なわけやんか
やっぱり原稿用紙万年筆世代の書くとはやっぱり
書くの行為のリアリティが違う気がするんだよね
向こうの人たちから言わせれば
こんな時代魂のこもっていない行為をっていう
でもやっぱりデジタル世代ってさ
まず書いてから考えるっていうスタンスになっていると思うのよね
ほぼむしろ書いたから考えられたぐらいのイメージ
やっぱその文章完成
頭の中で完成させてから書こうとすると
やっぱ時間がかかってしまうなあと思うね
だから小さな単位で書いていくとか
そういうことも含めてなのかな
結局
思うね
この前僕自分で最近日記をちょこちょこ書いてるんやけど
人が日記どう書いてるのか知らんけどさ
時系列全く無視して書いてるなって自分で思ったのよ
だいたいまず夕食から書くのよ僕
なぜなら一番覚えてるから
近いからね
で夕食のことを書いてると
例えばその後にお酒を何杯飲んだとか
その前に夕食の前に買い物に行ったみたいなことを
連想的に思い出して
思い出したらデジタルテキストやから
上に書いたらいいわけですよね
要するに時系列が前のことは上に書いたらいいから
っていう風に思い出した順番に書き並べていくっていうことを
自然にしてるなと思って
日記から書けない人は
朝何をしたかを必死に思い出そうとしてるんじゃないかなとちょっと思った
俺ちなみにね全部ね
タスクも見ながら書くっていう技があるので
朝からできる
キーを残してある
それは確かにね
だから思い出せるところから書けばいいというような
この楽なデジタルライティングは
執筆しやすさに繋がっていくんじゃないかなとは思いますね
そこもひょっとしたらあれですよね
やっぱ俺たちぐらいの世代までは
当たり前だけど紙に書かされていたから
確かに
デジタルで文章を書いてないんですよねやっぱ
そういう意味だよね
だからその報告書とかフォーマットが決まっているものは書いてたかもしれんけど
自分の思いを綴るっていうことを
デジタルでやったことがない人は結構いるかもしれんね
その辺をあれですね
やっぱそれは自分の中長期の目標というか
やりたいこととして
教えるって言うと偉そうだけど
教えられたらいいなっていう
124回ランニングする前に読む本
あれですね一言で言うとスロージョギングっていうやつが
面白いよって思ってやるようになったよっていう話で
今日そういえばちょうどだいぶ長期間休んでいて
久しぶりに走りました
ついにやっぱ目覚めたなって感じがして
何に目覚めた?
運動してないと調子が悪いということが分かるようになった
なるほどね
例えばなんか気分が良くないなっていう時は
運動が足りていない
なるほど
本能って言えばいいんですかね
言い方として
本能ではないよね多分
本能じゃないな
その感覚と運動不足を結びつけられるようになった
素早く
なんか嫌な感じだなっていうことの原因の
自分の場合のかなりの割合は運動不足だった
血流が悪い
血流を改善するだけでかなり
何ならイライラする気持ちが収まるとか
身体が首が疲れたすらも運動していないせいだったりとか
っていうようなことが分かるようになってきて
それがやっぱ
自分の場合で言うと
ずっと前から知ってはいた
有酸素運動と筋力トレーニングの両方を
やるようになったおかげだと思いました
なるほどね
どっちかだけでは自分の場合は多分足りない
なるほどね
身体値っていうのが上がってきてるわけね
自分の身体に関する知識というか
知識っていうかあれかな
知恵みたいなのが上がってくる
センサーがもうちょっとAVになったって感覚がある
あとそれを
センサーがAVになったし
どう言ったんかな
それを認識できるようになった
僕の言い方をさせると語彙が増えたという感じがしますが
ある表現ができるようになったっていう感じがするね
これあれのせいやなって
近く認識できるようになったという広がりは
なんていうかスキルが上がったということなんやろうけど
大切なことですね
いわゆる算数の勉強ができるようになったとは
全然違うできるようになった感じっていうのかな
そういう感覚はあって
ちなみにやっぱね
過励を思い知ることはすげー多くて
いろんなところが痛くなる
無理をしないで続けないといけなくって
これが10年前なら
ずっと毎日やっぱ続けて
とにかく数字を良くしていくことが目指せた
今だと1ヶ月続けてすっげー数字良くなってくるんだけど
ちょっと足が痛くなって
休んだり強度を下げたりして
そのプラ等に相当する期間を非常に
きちんと乗り越えていかないといけない
これは例えばやっぱ20歳
高校生ぐらいまで運動していた人が
40過ぎてから運動し始めて
若い頃と同じようにやれない不満みたいな
ものっていうのもやっぱ味わいやすいし
簡単に無理して怪我してしまうなぁとも思うし
この成績じゃないところでの評価みたいなのが
やっぱ大事なんだろうなっていう感じかな
成績じゃない評価軸を自分の中に持つというのは
運動だけじゃなくて生きること全般において
生きること全部ですね
例えば年収で評価したら人類つまらんからで生きるのが
僕この前だいぶ前からアクリル絵の具描くみたいな話してましたけど
成績評価したら1とか2の絵でも
書くことの苦労
そうだと思うけどそんでいいと思う
非常に面白いし
やっぱそういう評価軸を豊かにすることによって
自分の人生が豊かになっていくと
僕たちはやっぱ評価軸
評価軸人生を送らされるわけですよね
日本社会に生きていると
その成績評価
それは学生の頃から多分
ある種の会社員入ってもずっとそれだと思うんだよね
ある種の成績として
会社員なんてもうまさにですもんね
営業成績とかもまさにそういう感じじゃないですか
それはそれで一つある種の能力市場においての判定測量指標ではあるけど
それだけが人生だとやっぱり寂しくなってくるんで
だから趣味の運動で読者でもそうだよね
差数を追い求めると虚しくなってくるというのも
同じ話で
そういうのと違う軸をどうやって作っていくかというか
自分の人生で育んでいくのかということは
大人の課題ではありますねこれは
そうですね
趣味の読書ってやっぱりそこで難しいのが
極端なことを言えば
ジョギングの方が簡単で成績は
読書なんて本当に差数以外の成績を出せないですもんね
数値がないもんね
この日に読んだページとか買った本の
差数とかお金とかそういうのは数値化できるけど
それ以外の一切の数値化を受け入れんからね基本的には
そういうものほどやっぱ難しいのか
高度であるとも言える
高度ではあるけど
それをするしかないというところはあるかな
価値を見出すとしたら
質的なものしか残されてないという意味で
排水の陣的な感じではあるけどね
それを楽しめないと想像なんだけど
40を過ぎてからの後半生が楽しめなくなってしまうのではないか
お金を大量に持ってない限り楽しめなくなる
自己管理と運動の目的
お金はお金で持ってても
どんどん減っていくという恐怖にまみれることにもなるから
仮に1億10億持っていたとしても
やっぱ減ることは怖いから
できないなりにうまくやっていく何か
自分から求めてやるというよりは
身体が痛いからどうのこうの
いや往なしにそれと向き合うという形になってくると思うけど
そういう体験をしている人が一人でも知っていると
そういうことなんだというロールモデルとして機能すると思うので
いきなり何の情報もなく40代でそういうのに遭遇するよりは
ちょっと安全マージンが効いてるような気がするね
こういう人が周りにいると
そうですね
なので俺はなんだっけ風邪をひいたりとか
ちょうど年末は1週間2週間ぐらい
走るの寒くて嫌だからせめて散歩だけにしようと思って
歩くだけを続けていて
久しぶりに走って案外走れたとか
早く一切目指さなくなって
目的が今は何になったのか
そういう言い方で言うと完全に気分を良くするために走っている
なるほど
っていう意味で健康とは多分違うんですよね
目指しているものが
結果としての健康は得られるかもしれないけど
健康になろうと思ってないということね
健康になることを目的にして
そのやろうとしているわけではない
生ねぐさんが前参加してくれた時だっけ
ジョギング自体が目的になっているとか言っていて
厳密に一緒ではないけど
自分もやっぱそれに近い感覚なんだなっていう
多分そうでしょうねきっとね
どっちかというと
ジョギングをすることで気分が良くなることが目的になっているではあるんだけど
短期的に帰ってくると分かるようになったかもしれない
何よりもやっぱり中断したけど復帰してるっていうこと自体が
もう僕はすごいなと思うよ
大抵の場合中断したらそのまま流れていくもんやから
そこはこう
こういうものに価値を感じているから復帰できるんやろうなと思います
そうですね
あとやっぱそこは勉強した効果はやっぱあって
歩いても心拍100か
やっぱ100なんですよね
110かなせいぜい
同じ距離走ると130になるんですよ
どう考えてもそっちの方が運動量は多いだろうなっていう
間違いないね
主観的疲労はやっぱ変わらないので
それなら走るかっていう
そういう風にやっぱり変化してるのはいいことやし
こういうのってやっぱり健康のために運動してる俺かっこいいっていう理想像から入ると
中断したらダメなわけですよそれはもう
復帰できなくなる
それでできる人ならいいと思うけどね
でも何かしらで中断するやん人間って
うんその続けられんそんなうまく続けられん
そうなった時にその自画像が壊れてるのを直視したくないから
もう運動みたいな無視っていうのは
やっぱ継続においては非常に弱いというか脆いかな脆いので
そうですねロバストとか冗長性とかそういうのはいるかもしれない
やっぱり行為そのものにどっかで価値を感じるところにシフトする
シフトできたら続きやすいんじゃないかなと思います
そうですねそういう意味でやっぱり
案外これも紹介したら流行ったと自分の中で思っているんですけど
いい距離感なんじゃないか
誰でもできるは言い過ぎだけど
多くの人が取り組みやすい種目であり苦しくないものである
はいで125回が取っ払う自分の時間を取り戻す完璧な習慣
時間実態全体本の新しい本ということで
この本も紹介して結構いろんな人が読みましたよという話も聞いて
よかったですというコメントが返ってきたので
非常に良い本を紹介できたと思うんですけど
なんていうんですかねライフハックの本なんですけど
やっぱり一番気に入ってるスタンスがこの押し付けがましくなさと
マニアックな自覚っていうこの2つが成り立っているところで
そのこの方法こそが人生をほにゃらにするたった一つの方法だという
スタンスを取らないけど
なんていうんですかねその好きにしてくださいほど自由でもなくて
僕はこれがいいと思うんですっていうオタク語りのこの距離感っていうのが
ノウハウ本としてこれぐらいが一番いいんじゃないかなという
物書きとしての評価ですけどを感じた本で書かれている内容も非常に重要というか
ライフハックで語られてきたことのいい部分を抽出していると思うんで
時間をどう使うのか特にそのハイライトっていうのを決めて
それに合わせて進めていくっていうところは普通に使えますし
もう一個はその本編でも言いましたけど全体として
ノウハウをどのように実践していくのかっていうところで実験する気持ち
試す気持ちでやっていきましょうというその進め方
特に多くのノウハウ本は方法が提示されたら
これはできて当然みたいな感じで進むわけですけど
そんなわけはなくゆっくりいろいろ試してできることを増やしていくっていう感じで
人間っていうのは多分学習していくんで
そういう当たり前のことをちゃんとリアリティのあることを提示してくれているという本でも
他方面からこの本はいい本だなと思うんで
復刊されてよかったっていうことを皆さん読んでくださいっていうところですかね
俺は本は読んでないんですけど話で聞いたハイライトという概念を真似してみたら
ありといい感じに物事が進むようになった感じがあって
今日1日仕事始めるときになんかハイライト見出すみたいな
1個しかやらんくていいって決めて
これだけやれたらいいでしょうっていうのとか
あと実験的に朝に決めるの難しいから
前日に次の日の分を決めておく
できんくってもいいと思いつつ
1個ならしゃーねーからやるかって朝に思える
と決断のリソースが減るので着手しやすいのではないのかみたいなのは
もうちょっと自分なりのいいやり方が整ったら
ちゃんとまとめられるかもなんですけど
キーワードとしてやっぱそのまんまハイライトっていうキーワードを
そのまま真似したのは自分的には良かったのかなっていう
おっしゃられたけどハイライトを決めてやったら
ちょっと気分がいいんですよね
もうねそんだけできたら十分なんですよね
この気分の良さを作れるということなんですね
自分でデザインできる
それができてない状態ってどういうことかというと
自分がどうなったら気分がいいのかを自分で決めてないということですから
他人任せなわけですよある種状況任せ
自分の心を自分でコントロールできなくなって
コントロール性が失われているということだと僕は思うんで
一個だけやってできなくてもしゃーないと
できたらいいなと思ってやるっていうのが
この一番ミニマムな主体性を発揮するということだと思うんですよ
そこから始めて大体調子に乗って密度が増やして
どっかダメになるんですけど
そういうことを繰り返しつつ
良い落とし場所を見つけていくっていうのも
実験的な進め方だと思うんで
まず1個からやるっていうのはいいと思いますね
あと1個やるとさっきの調子に乗ると同じなんですけど
もう1個ぐらいやってもいいかと思えるとか
それはさらに言うとボーナス枠なので
2個やったらすげーやん俺ってことになりますからね
2個なんてありえない評価ですからね
すげーやん俺ってナルシスティックに聞こえるけどそうじゃないんですよね
これってセルフケアなんですよね要するに
自分で自分を褒めることができるかどうかって非常に重要なことで
それができない人ってさっき言った規範性なんですよ
人間はこうあるべきなんだ
他者が決めた規範でしか自分を評価できなくなってしまう
そうやっぱりしんどいわけで
そこを何とか引き返すときにそのハイライト的なもの
あるいはその習慣の主体的であるっていうことも
多分そういうことだと思うんですけど
そこを1回自分軸に引き戻そうということだと思うんで
それが多分現代的なライフハックとか
セルフマネジメントの起点になるんじゃないかなと思います
ですね別に仕事に限る必要もないでしょうからね
ここでやることは
台所を片付けるとこういうハイライトが全然良くてですよ
それやったらもうすげーやんって自分に褒める
すごいんですよそれって本当に
別に生命活動に関わらないわけじゃないですか
ライオンに追いかけられてから逃げるとかは違うわけじゃないですか
台所を片付けるのは
台所は片付けにくってもしない
でもそれでもやったっていうことは
自己肯定感の重要性
すごいことを出したと改めて言えますし
僕からしたら世の中子供を育ててる人は
もうみんな異業なしてるという感じですけど
党人たちはまだ足りないまだ足りないっていう
このもっと理想的な親っていうことのギャップで苦しんでるとしたら
やっぱり自分で自分を認めてあげないと
多分子供のことも評価できなくなるんじゃないかなと思って
それは親の子の関係だけじゃなくて
上司と部下でもいいですし
チームのリーダーとメンバーでもいいんですけど
2人の人間が関わる時に褒めてあげるということが
練習として自分で自分を褒める
自分を褒められない奴が他人を褒められるわけがないだろうってことですよね
そういうところはコミュニケーションのスタートとしても
自分を褒めるということはできた方がいいんじゃないかなと思いますね
はい
126回 汗はすごい
これはまんまドストレートにっていうか
ランニングのことに興味を持つと
だいたいその同じような分野のことに興味を持ち
ハイライトの概念
読書会でこれも教えてもらった本なんですけど
汗はすごいというタイトルというか
確かその時に紹介してもらった内容っていうのが
やっぱり興味深いなというか
汗のこと分かってないよなっていう
極めて当たり前に感じていることだらけだったんですけど
本を読んでみるとまず大前提として
当たり前だと思っていた感覚はほぼ全部真逆だった
その頭とか脇とかは汗はめちゃくちゃかかない場所で
ただ排気換気されてないからすごく汗をかくように感じてしまう
みたいな話とかやっぱりトレーニングすれば汗はかけるとか
日本で言うとやっぱりお風呂の習慣というのは
夏も冬も問わず入浴だねお風呂じゃなくて
入浴というのはめちゃくちゃいいトレーニングになるんだろうな
っていうことも実感したし
熱中症とか風邪とかそういうものの理解が深まったとかもあったかな
今日とかもやっぱ寒いって思いながら
15分か20分ぐらい経つとやっぱ汗かくし
指冷たいのとかもすごくマシになるんですよね
そのぐらい熱という概念が人体にも適応されてるんだなっていうのも
なんか分かった気がする
理屈としては分かってても意識はしないよね
そういう熱みたいなものはね
動いたら熱くなるから排熱してやらんとオーバーヒートするぞっていうのは
機械も人間も実は全く一緒だった
無意識で動作されてるから
それが動いてるとは僕たちは思ってないけど
どんどん熱は排出されてるわけだね
僕たちの体の中で
何よりも垂れてくる時点で
それはエラーって言うと言い方は悪いけど
まだうまく機能していないことの象徴だったっていう
タイミング的には真夏に話せたほうが良かったんですけど
興味を持ったタイミングがこの時だからしゃーない
準備としてはいいんじゃない?
夏場よりもだって汗のトレーニングを考えると
ちょっと前からやったほうがいいわけで
さらに今の時期は入浴しといたらだいぶ効果は高いと思います
でしょうねきっと
127回哲学史入門4
1から3を軽く紹介した後に4を紹介しまして
倫理の話でさまざまな倫理の正義論とか
公理主義とかケアの倫理とかいろいろ話を紹介したんで
どこも面白いし僕の興味のテーマの延長線上にもあるんですけど
まとめるのはやっぱり一番最後に出てきた話で
いろんな正義論とか公理主義とかケアの理論とかありますけど
どれが正しいんですかというようなことを考えるではなく
それぞれの主義とか思想とかっていうのが
適切に適応される場面があるんではないか
場面というかレイヤーというか層があるんではないかという話が
倫理と哲学の考察
非常に印象的でして
これまで学んできたことがそういう視点で
統合できるのも面白いなと思って
やっぱり例えば関東の倫理学を読んでると
あまりにも極端なんですよね
嘘をついてはいけないっていう話
殺人者があなたの付き合いの住所を聞いてきて
嘘をついてはいけないって言われて
それが本当にそれが倫理なのかってことを考えてしまうけど
例えば裁判所とかのレベルで
そういうような倫理観を求めるっていうのは正しいかもしれないけど
それは個人には持ってこれないよなっていう
ずっともやもやした感じがあったんですけど
その領域ごとに適切な考え方思想っていうのがあるって見たときに
人類のこういう哲学の地の歩みっていうのは
それぞれに異なる領域の思想を育ててきたんだなという風に振り返ると
地の層ができているんだなというのを感じまして
そのまとめが一番この本で印象的だったんで紹介したんですけど
多分だからこれは倫理だけの話じゃないなとは思うんですよ
多分いろんなところで適用できて
多分今僕が考えているノウハウ系の話
知的生産とかセルフマネジメントでも
多分いろんな層でいろんな考え方が成立する
だから一つの物事の処理の仕方だけで
全ての層を貫けるような大理論みたいなものは
多分なくて
だとしたらそれぞれ層に適切な考え方とかを
持ってくるのがいいんじゃないかなという風に
自分の仕事にも引き付けて読みましたね
あの倫理っていうジャンルが
お題カテゴリーとして哲学に入るって
何て言うんだろうな自分の中でやっぱ
そのレベルで昔は分かっていなかった
道徳になってしまうんですよね
でも正直さらに言うと小学校の道徳とか
悪いイメージしかなくて
その真の意味での倫理を学べるのって
学校の勉強では社会じゃないですか
そういうところからやっぱ人文学というもののことを
自分は知らんかったんだなっていうのは
倫理とかそういう話をしていると
すごい思い知る感じがするな
そうですね
倫理の歴史とか学んできても結局
何が正しいのっていう風に
多分思ってしまうと思うんですけど
他のもっと倫理的な学問を学んでる人からしたら
結局真理って何なのって話になってくるんだけど
多分そうではないというところに
気づくのが多分倫理という学問の進化でもある気がしますね
やっぱ答えが出ないことを考えることが重要である
答えがないからこそ
ある考え方を参考にして考えられるようになる
だから答えを得るためじゃなくて
自分で考えるためのきっかけとか手がかりを
得るために学ぶというところで
考える人のための学問という感じね
それは倫理だけじゃなくて
哲学そのものが多分そうやと思うんですけど
ちょうどさっきの成績とか評価とかの話ともろつながるんですけど
なので結論だけ早く言われて
結論を言ったら意味がないですからね
一番逆のことをしてしまうということになるんで
いやいやちょっと待ってよというふうに
ブレーキをかけるのがこの
哲学ないし倫理の仕事ですからねきっと
ちょうど128回がネクサス情報の人類史なんですけど
ちょうどそのやっぱブレーキみたいな概念が
ネクサスの中で
自分が割と重要だなと思ったことの一つ
本編で触れたかなどのぐらい触れたかちょっと覚えてないんですけど
やっぱ民主主義っていうのが
効率が悪くて急に進みすぎなくて
その議論しながら決めないといけない
そこで即断即決ができないと言えばいいのか
そこが資本主義の優れたところだ
みたいな言い方をしていたという感覚があって
その観点でもやっぱ倫理とドストレートにつながっている
倫理的に社会を進めていこうとすると
今のところ資本主義みたいな概念とか
現代の社会制度っていうのが最高ではないけど
これよりマシなものが見つからない
だからAI民主主義みたいなものが成せるのかどうか
が多分鍵になってくるでしょうねきっと
それが成せないとしたら
多分人間の倫理というのはことごとく無視されていく社会になるでしょうし
そういう価値を僕たちが信じて
票に変えられるかどうかというところも
多分問われているんだと思いますけども
そうですねちょうどやっぱ21世紀セカンドクォーター
この25年でどうなっていくかめちゃくちゃ変わりそうですからね
単純に
どんどんどんどん即決答えにいく方向もありつつ
例えばAIを使って時間をかけて学ぶっていうことも
使えるわけじゃないですかAIそのものは
使い方次第ですね基本的には
時間をかけて一つの概念に
何回も何回もしつこく議論する相手にもなってくれるわけですね
AIというのは
人間相手では無理なその打ち返しというのが可能なわけで
だからやっぱり最終的には僕たち
まだAIは道具の段階なのでギリギリ
使う人のあれによって変わっていく
まだ方向付けが完璧には定まっていない段階で
何を選ぶのか僕たちが
というところは多分正面切って考えなければならない問題で
それやっぱり
哲学の歴史とか人類史とか社会学とか
人間とは何だったのかということを
多分同時に考える必要があるんじゃないかなと思いますね
リアルイベントの意義
っていうのが大きく2025年のやつかな
もう一つが関西でリアルのイベントもやりましたよね
っていうのは後半にやったんでしたっけ
いつだったか忘れちゃったんだけど
多分前半やったんじゃなかったかな
前半ですねこれを見ると
多分前半ですね
2月にやってますね
フレンド忘れてただけで
そうか確か年末に100回記念のイベントを
2024年末に東京でやって
関西では2025年の2月にやったのかな
1年にこれぐらいのイベントがあったら
恩の字ぐらいかな
そうですね半年に1回1年に1回ぐらいが
リアルはリアルで
ネット便利だけどやっぱ苦労して
会う価値はありますからね
これも時間をかける価値というかね
手間暇かけるコストをかける
会ってしゃべった時にうまくしゃべれるかどうか
分からないというリスクを引き受けつつもやることっていうね
オンラインならつまらんかったら
もう切るとかってしてしまえばいいんだけど
リアルで帰るのは面倒だから
でも往復時間は損してしまう
そうするとやっぱり前向きな人であれば
その時間を楽しもうと
自ら楽しもうという気持ちが練習できるとしたら
そういうパワーですよね
スイッチ切れる空間では練習する気なんかなれないんで
そうやめてしまえるんですよね
主体的に参加した方が結局面白いっていうことを
身にしみて思い知らされるというのが
結局のところ主催者が一番楽しいのはほぼ間違いなくて
それは間違いない
じゃあ主催者でなく参加する側として
あと何ができるかっていうと
可能な限りコミットをする
そうやね
っていうことになりますからね
そういうのはリアルの場も
限界があって
どこでもいつでも何回でもといけるわけではないですけども
何か機会があればやりたいですねイベントは
もしこの辺でやろうぜとかそういうのがご意見があれば
日本国内なら多分俺はどこでも行けます
何回もやる場合ってさイベントの趣旨というかテーマというか
だってずっと僕たちの語り方をするわけにはいかないじゃないですか
何か定期的に集まる名目があったらいいんですけどね
そうなんですよね
これもまたイベントを主催してやっぱ思うのが
いわゆるオフ会だけだとやっぱ参加しづらい人が多くて
本編がないとダメなんですよね
建前としても本編はいるんだよね
っていうのは普通にオンライン配信をすればいいとか
そんなんでいいんだけど
オンラインじゃないと収録をすればいい
AIと配信の未来
でもリアルの収録難しいんだよな
キーグ的な問題もあるしね
パソコンマイクそれぞれマイク持ち寄って
ダイナミックマイクとかならまだだいぶいいんですけど
今我々が持っているのがコンデンサーマイクしかないし
そういうところも時間をかけて整えていく
テーマは頑張れば何か思いつける自信はあるので
そうなんだけど毎回何か思いつかなあかんやんっていうこと
なんか提携が1個あったら気楽やなと思っただけなんだけど
使い回せるテーマ
そうそうそうそういうこと
使い回せるテーマか
でも無垢語り人の語り方な気がするな
最近どう変わったっていう
なるほどね
でもこの回だと本の読み方か本の書き方とか
本の選び方とか読書の読み方ぐらいしかないもんな
前はこうだったけど最近はこうやって配信していますっていう
配信とか準備とかですよね
準備の仕方とかは
多分言語化すると結構変わったりもしているし
収録の仕方も大きな意味では変わっていないけど変わっている
だから繰り返せるのはそれなんじゃないですかね
なるほどね
それしかないというのか
それしかないよね基本的に
という感じで今年2025年
今年じゃないですね去年は
大体こんな感じだったっていうお話でした
来年に大変ちゃう?
今年の向けて何かこれしたいみたいなのあります?
抱負ではないけど
ブックカタリスト的な何かで今年の何か
特にない?
なければいいよね別に
全然違うんだけどね
生成AIで何か作るのが超楽しくってね
それをブックカタリストにも応用できるかなっていうか
プログラミング的なウェブサイト的な?
そうそうそうそういう感じ
そういうのは直接本を読むでは全然ないんですけど
今年めっちゃやりたいことですね
僕らが読んだ本とか情報を詰め込んで
質問したら本の名前を答えてくれるプログラムとかは?
ブックカタリストブックガイド
ナレッジスタックポータルは作っていて
ブックカタリストポータルは勝手に作ってもいいかもと
俺は思っていました
なるほど
喋った内容から
ある程度コンテンツが切り出せるので
そこからその本を探せるとか
そういうことはできるようにできるかもしれない
何しろメインの配信しているサブスタックは
アーカイブ性が非常に悪いので
結局ブログと一緒だけど全部そうですね
何らかの方法で整理しないとダメだなっていうのは
アフタートークで語りましょう
そうですねわかりました
ということで今年もよろしくお願いします
よろしくお願いします
ご意見ご感想あと明けましておめでとうございます
一言でもハッシュタグでツイートしてくれると嬉しいので
ハッシュタグがついていれば嬉しいので
ぜひよろしくお願いします
それでは今回もお聞きいただきありがとうございました
ありがとうございます
01:11:52

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