1. 盆踊りの内輪トーク
  2. 中編_新野の盆踊り(長野県阿..
中編_新野の盆踊り(長野県阿南町)について、セリカさんにお話しを聴きました。
2026-10-28 18:18

中編_新野の盆踊り(長野県阿南町)について、セリカさんにお話しを聴きました。

新野の盆踊り — 音頭取りと踊り子をつなぐ役割


幼少期から新野の盆踊りに通い続けてきたセリカさん。2000年頃、個人ホームページで新野の盆踊りを紹介したことをきっかけに、踊りの会との関係が深まり、2005年頃に音頭取りに迎えられた。新野に住んだ経験のない地区外出身者として、初めての女性音頭取りとなった。

音頭取りになって意識したのは、自分が気持ちよく歌うことではなく、踊り子が歌を返しやすい音程を探ること。先輩の歌を手本に、録音を繰り返しながら、数年かけて自分の歌い方を磨いてきた。

また、前例のない立場だったからこそ、若い世代のロールモデルになることも意識してきた。

新野では、音頭取りと踊り子の垣根が低い。音頭取りも櫓を降りれば踊りの輪に加わり、初心者の手本になる。子どもたちが櫓で歌う時間も設けられ、次世代への継承が進められている。

「誰でも、いつでも、自由に踊りの輪に入れる」。演者と観客を分けず、誰もが参加者になれる。その自由さこそ、新野の盆踊りの大きな魅力なのだ。

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
そんな、新野の盆踊りにハマりまくってたセリカさんが、
なぜ、二十数年前に
携わるようになったのかっていう、その話をぜひお願いします。
はい、そうですね。あの、新野の盆踊りの、いわゆる踊りの会が運営をしている踊りの会っていうのは、
あの、新野に住んでいる人しか出れなかったんですよ。
新野地区というか。そう、新野地区で限定されてて、で、その、ちょうど1996年とか、
7年とか8年とか、まあ後継者の育成とか、まあなんていうのかな、その仲間を、なんていうの、
地区外の人でも熱心に通っていただける人であれば、本当にね、盆踊りとして参加、
入ってほしいなっていう話がどうもあったようなんですね。
で、あのまあ私の何年か前に、
それこそ愛知の方から、まあもともと新野の子供の頃に住んでて、
引っ越して愛知に住んでたという方なんですけども、その方が、
いわゆる地区外の盆踊りで、一号というか、になったんですけども、
で、まあその方ともともとって言い方は変なんですけども、まあ新野の盆踊りの中では、
知り合い、知り合いっていうか、まあ顔見知り合い。まあ毎年あるし。はい、そうですそうです。
それであの、まあ2000年ぐらいになった時に、
あの自分、当時あの、今から25、6年前、インターネットがこう、なんていうのかな、一般に広がり始めた時に、
個人でホームページを作るのってすごく流行ったったんですよ。
その時にまあ自分も、あのパソコンとかプログラム興味があったんで、自分もホームページを作ってみようと思って、
その中で、まあちょうど夏だったんで、新野の盆踊りの紹介っていうか、そういうページを作ってたんですよね。
で、それをまあきっかけに、まあその個人のサイトを、新野の盆踊りの応援ページみたいな感じで、
やってたんですよ。で、あの当時のいわゆる刑事場みたいな、BBSみたいなのを作ったりして、
やってたんですけども、まあそういうことで、
シアトル、まあ毎年通って、あの歌いたおいてたっていうのもあって、で踊りの会の方々に、こうなんていうのかな、
まあ自然とっていうか、あの、知られていくようになって、
で、まああの平成17年だったかな、まあぜひ踊りに、あの町外からの人でも、っていう風になってて、ぜひどうですか、セリカさんっていうふうに、
まああの、連絡がきまして、まあなんていうかな、まあことする理由はなかったので、
03:02
まあじゃあ、よろしくお願いしますということで、まあ一応中には入る形になったんですけども、
一応そのなんていうのかな、踊りの会の方で、こういう人を、
一応そう推薦みたいな感じで、総会があって、一応総会で、承認されて入る形なので、まあ誰でも簡単に入れるわけではなくて、
先輩方が、あの子だったらね、熱心に歌も歌えるし、踊りもちゃんと踊れるし、やってくれるねっていうところで、
一応承認をもらって、まああの、お声掛けいただいたって感じですね。
なんで、本当に町外で、あの、しかも純粋に町外、いいのに住んだことない、純粋な町外で、あの女性の踊りは、私は初。
今考えると、そう、そうだったなって感じなんですけども、はい、になりますね。
あれ、温度鳥さんっていうのは、男性、女性とかって特に違いはないんですか。
ないですね、全く違いはないです。 そうなんですね、はい。
なんか関西だと男性の方がちょっと多いかなっていう、ああ、人数の比率は確かに男性の方が多いかもしれないですけども、
まあちょっと正確に何人何人って数えてないので何とも言えないんですが、
ただ、あの、なんていうのかな、最近よくね、こう、40代、30代、だから割とこう、入って、女性の人でも。
若手も結構入ってきてるんですか。 若手もそうですね。で、20代、今年はあの、男の子も20代、あの、4人ここに入ってもらいましたし。
すごいですね、結構1年でその20代が仕事に入るって。
今年はその、まあその仲間うちっていうか、ある程度同級生で、好きな子が今年からっていう風になったようなんですけども、
まあちょっとそこらへん私、地元じゃないので、よくわからないんですが、まあ元々にいのち住んでいる男の子が入ってくるんですね。
まあ結構だから、まあ当然ね、あの、お年を召して亡くなったりとか、まあそういうのも、時代の流れでやっぱり増えてきて、
こう、わりとこう、なんていうのかな、若い、お地元の子でっていうのもあったのかなっていうのは想像なんですけども。
なるほど、なるほど。
じゃあ実際にセリカさんが入ってみて、
一参加者から、まあ本土取りの一人になった時って、なんか、
06:02
違いとか、まあ心持ちとかってありましたか。 心持ち、そうですね。
なんだろう、やっぱりその女性で、地区外っていうところもあったので、
その音程も決まった音程があるわけではないので、そのどこの自分の音程で出せば、男性の人も女性の人も、
声を出しやすいかっていうのは、最初は探りながら、
やりましたね。
っていうところかな。
その返しをしやすいように、踊り子さんの返しをしやすいようにするにはどうしたらいいんだろうっていう感じですか。
そうですね。自分の気持ちのいい音程で歌ってて、踊り子さんがね、これやっぱり高すぎるとか、低すぎるとか、そういうのがあるとやっぱりいけないので。
自分が好きなように歌えばいいってわけじゃないってことですね。
そうそうなんですよ。音楽ってやっぱりBGMでもあるし、
盛り上げ役っていうか、返してくれる人あっての音程なので、そういう人たちがいかにこう、
踊りやすいか、返しやすいかっていう音程はやっぱり、
当然ね、男の人が歌ってもその人の音程っていうのはあるので、高い人には絶対あるんですけども、
やっぱり女性って言うとやっぱり声の質も当然変わってくるので、そこら辺はやっぱり最初の4,5年は探りながら、
温度出しっていうかね、乾きって言うんですけども、やってましたね。
最近はもうある程度固まってきてるというか、だいたいわかっているので、あんまりそこは深く考えないようになりましたけど。
実は僕も、今住んでるところの近くで保存会に入って、
楽器なしの温度取りの合唱スタイルのところでやってるんですけど、
踊りやすいようにっていう、まだ1年目なんで全然、踊りやすいようにっていう風にまで意識が行ってないんですけど、
セリカさんの中でのその4,5年の中で掴んだというか、なんとなくっていうのはどんな感じなんですか?
そうですね、声の高さっていうところは、自分がヤグラノエって4,5人いるので、
いわゆるリードボーカルみたいな人が1人、川切って言うんですけども、
その歌がこの歌を歌いだして、他の人はソロに合わせて歌うって感じのスタイルでいくんですけども、
09:04
なんていうのかな。
やっぱり最初、女性の人が川切りをするっていうのって結構、
多分抵抗もあったんじゃないかな、地元の人とか。
わかんないですけど、声も、当時まだ30代だったのでわかってたし、若い声だしってのもあったと思うんですけど、
変に下げてしまうと、やっぱり女性も当然そうだし、子供も声があれしてないじゃないですか、声を出しにくい。
かといって高いと、みんの野望歌も、四肢回しによっては結構高いところから低いところまで出さなきゃいけない節があるので、
高すぎずやっぱり上がきついのかな。
でもそれはやっぱり、自分が出して返してもらう中で、高いとか低いっていうのはアイコンタクトじゃないですけども、
ちょっと聞きながら下げていく感じ。
あとは自分が師匠って呼んでる大先輩が、割と自分の声の高さにも合ってるし、みんな返しやすい感じがあったので、
そこを目指してやっていったって感じですね。
あのなんだっけ、録音機みたいなのあるじゃないですか。
なんて言ったかな、ボイスレコーダー。
あれを矢倉の下に置いといて、ミバン録音して、聞いたこともありますね。
自分の声がどういう風に聞こえているかとか、他の音としてはどういう音程で出ているかっていうのを聞きながら練習したりとかはしましたね、直前に。
なるほど。
実際、20数年続けてこられて、良かった感じなんですか?
そうですね、良かったんじゃないかな。
自分は前例のない立場で始めたので、あんまり言えないようなこともいろいろあったんですけども、
ただね、自分がこうやって矢倉に毎年登って音頭を出している姿を見ることで、若い子たちが、もっと声を出して歌っていいんだとか、
自分も矢倉の上に上がれるのかなとか、そんな風に思ってもらえる、なんていうのかな、ひとつのランドマーク?
何て言うんですかね、モデル?
ロールモデル。
ロールモデル、そうそう、それになればいいのかなって思って、20年やってきましたけど、
12:01
何年か前に、何の出身じゃないけども、飯田の方の男の子で音頭になってくれた人がいましたし、
自分も音頭になりたいっていう風に言ってくれる人がね、やっぱり増えてきたっていうのは、やってて良かったなっていう風に思いますね。
なるほど。
普通に踊り子として参加してたのと音鶏として参加してたのだと、何が、要は会試であったり踊り子の方でも参加型の悪いじゃないですか。
もちろんもちろん。
何が異なるのかなっていう。
いや、ヤグランの上に浴衣が踊りの会の浴衣と、ヤグランの上に上がれるなんていうのかな、一応認めてもらえてるっていう程度で、
あとはそんな変わんないですね。
別にずっとヤグランの上に登りっぱなしではないですし、別に降りて、交代で降りて、ちょっと休んだら踊り子の方で踊るのも全然自由ですし、
本当に何も変わらないんですね。
ただやっぱヤグランの上に上がった時は寒天もないので、自分の温度出しがグズグズになっちゃうと踊りの場もグズグズになっちゃうんで、そこは練習したり勉強したりはしましたけど、それ以外は何も変わらないですね。
なるほど。
それもね、興味深いというか。
そうですか?
何だろう、多分温度取りと踊り子ってかなり違う世界ですよね。
合室温度とか川中温度とか。
そうみたいですね。
多分見える景色は全く違うと思うんですけど、動画見てたらそこまで違わないのかなっていう。
そうですね。別に上でも1時間くらい温度取って疲れたなと思ったら、他の温度取りさん呼んでちょっと帰りに上がって、自分休んだからして降りて。
休憩して帰ってきて、上が心細かったらまたヤグランの上に登るし、ヤグランの上が結構人が3、4人元気に踊ってるんであれば、
自分は下に入って下で帰そうかなっていう風に入ったりとか。
そこも自由に決められる?
自由です。本当に自由。
本当に自由ですね。
時間で決まってるとか、曲で決まってるとかでもない?
そうですね。決まってるって言われると、夜9時から日の分で始まるんですけども、
夜6時から12時までは後継者育成っていう部分もあって、歌の順番と関係があって、子供が上がる、子供温度取りっていう時間があるんですよ。
15:16
子供、あらかじめ踊りの時には子供たちが上がって、大人が2人か3人ついて上がって、ヤグランの上の温度取りを体験してもらうっていう時間帯があるんですけども、決まってるのはそこだけです。
へー。
その時は踊りが6種類なので、大体15分ずつ。2週すると3時間。
そうするとちょうど12時になるじゃないですか。
12時過ぎたら一応子供温度取りの時間は終わりで、大人が上がって、踊りの順番も歌詞も上に上がった人次第。
なるほど、なるほど。
なんですよ。
だから自分は12時からしかどっちかっていうともう上がらない人なので、本当に下で踊っている。
控室とかいるわとかでもなくって感じ?
すごいですね。ちょっと疲れたなと思ったら事務所で乗り越えして休憩はしますけど、基本踊ってます、下で。踊りたい人なので。
そこの自由さというか、壁の無さが面白いですね。
踊り子の中で温度取りの浴衣を着た人は踊っていれば、初めてやってきた方がその人の隣に入って真似れば、踊りも覚えますし歌も聞こえるので、そういう役割になっている部分もあると思っています。
なるほど。
だから上で踊るだけが温度取りの仕事って言い方変ですけども、だけじゃないよっていうのは当然あるので。
なので結構後ろについて踊って、時計回りと反時計回りの踊りがあるので、踊りによって進行の向きが変わったら反後ろについてっていう方も結構過去にはいらっしゃいましたよ。
そうなんですね。
本当に踊りの途中で入ってもいいし、踊りの途中で抜けてもいいし、何時に来て踊りの場に入ってもいいし、何時に抜けてもいいし、本当に自由ですね。
そこに当然老若男女、年齢の差も、地区外、地区の内とか地区の外、関係なく踊りの場には入れるので、それがすごく一つ魅力ですよね。
18:09
なるほど、なるほど。ありがとうございます。
18:18

コメント

スクロール