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時々は眠れない夜に、須賀野がサインに首を振った。
堂先に立っている山田は、静かに須賀野を見つめている。
眠れない夜は時々、テレビで野球を見たくなる。
家の中は、テレビの音が鳴っている他には、しんと静まり返っていた。
私は、リビングのソファーに座ってテレビを見ていて、
背中側に扉を挟んで夏美の部屋があるけれど、彼女の部屋も静かだった。
時刻はもうすぐ、2時になろうとしている。
試合は1対0で巨人が勝っていて、もう少しで終わりそうだった。
もう一度須賀野がサインに首を振った。
私が妻と別れることになったのは、夏美が高校1年生になった春のことだった。
妻とは、同じ会社に勤めていた頃に付き合い始めて、
それから2年半付き合った後に結婚をした。
その後、妻は結婚を機に仕事を辞めて、
26歳の時に夏美を出産したが、
その時が2人にとってこれ以上ないと思うくらい幸せで、
そして今振り返ってもその時が幸せの頂点だったかもしれないと思った。
離婚を決めたのはもう少し前のことだったが、
理由は単純なものではなく、
まだ中学生だった夏美に話すには実に大人げない言い訳のような理由だった。
その日、私と妻は並んでソファーに座って、
夏美が眠った後に2人が好きだった映画を見た。
主人公がヒロインをデートに連れ出して、
夏の天気は変わりやすいから雨が降る中でキスをしたけれど、
私たちはこの後、この2人が別れてしまうことを知っている。
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離婚は夏美が高校生になるまで待とうと決めていたが、
それから私たち3人はまるで幸せな家族のように過ごすことができた。
夏美の親権は、彼女自身の意思を尊重することに決めていたので、
中学の卒業式の夜に3人で話し合った夏美は、
妻の目をじっと見つめていた。
それから私の方についてくると言った妻は寂しそうに笑った。
私は何も言わなかった。
後になってどうして妻の方に行かなかったのか尋ねたら、
お父さんはちゃんと私のことを叱った。
お父さんは私のことを叱った。
後になってどうして妻の方に行かなかったのか尋ねたら、
お父さんはちゃんと私のことを叱ってくれるでしょう。
と言われたアパートの目の前の桜が全部散った頃のことだった。
山田が一度堕石を外した。
菅野は額の汗を拭った後、足元のすべり止めを手に取った。
山田は小さくすべりをした。
という音が鳴った気がしたが、
テレビ越しではわからなかった。
夏美の部屋からは音が聞こえない。
もう眠ってしまったのかもしれない。
キャッチャーの小林が菅野に何か声をかけて。
菅野は大きく息を吐いてそれを聞いていた。
まるで親子みたいだなと思った。
時計はまだ2時にはならなかった。
その年の夏休み、
つまり夏美の高校生最初の夏休みに、
私たちは川にバーベキューに出かけることになった。
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家族で出かけるのはいつ以来だろうと思って、
年兼ねもなくワクワクした。
夏美が一学期に仲良くなった。
数少ない彼女の友達のせっちゃんも一緒だった。
せっちゃんは夏美と同じクラスの女の子で、
部活は渚部に入っていた。
彼女は夏美より一回り背が小さくて、
後ろからうなじが見えるくらいの長さの黒髪が、
可愛らしい女の子だった。
私たちの家も川からそう遠くないところだったが、
車に乗って三人で川沿いをひたすら上流に向かって行った。
上流には小さなキャンプ場があって、
名前のわからないとにかく大きな紅葉樹の下で、
私たちはたくさん肉を焼き始めた。
夏美は豚肉を食べている途中でTシャツにソースを垂らして、
せっちゃんは小柄だけれど、夏美よりもたくさん食べていた。
その後彼女たちはズボンの裾をまくって川に入って行ったけれど、
ものの数分のうちに二人して全身ずぶ濡れになっていた。
夏美とはあまり学校の話はしなかったが、
いい友達を持ったなとそれを見て思った。
日が落ちてきたところで持ってきた花火を押し始めると、
三人とも手持ちの色鮮やかなものから手に取って行ったので、
最終的に線香花火がたくさん残った。
せっちゃんは数学が得意で成績が学年一位だけど、
本当は本を読むのが好きだから将来は小説を書くような人になりたいと言った。
夏美はせっちゃんに、
そういう人を小説家って言うんだよと言った。
せっちゃんは知ってるよと答えた。
二人は笑ったので線香花火の光が同時に地面に落ちた。
山田がもう一度田﨑に戻った。
山田は去年一年間あまり調子が良くなくて、
その前の年の活躍からは考えられないくらいたくさん三振をした。
09:06
あと一ヶ月もしないうちにまた新しいシーズンが始まる。
カウントはすでに2ストライクになっている。
テレビの音が一瞬静かになったので、
部屋の中までしんとしてしまった。
このスキニー夏美が明日に備えてゆっくり眠れればいいなと思った。
明日は彼女の第一志望の入試の日で、
彼女にとってとても大事な日だ。
彼女は正直、同級生の中でも勉強が得意とは言えないけれど、
彼女なりにとても努力をしてきたと思う。
親というものは、
大抵自分の子供は他の子よりよく頑張っていると思い込んでいるのかもしれない。
ある時ふとそう思ったけれど、
それでもいいかと思った。
苦手な英単語を夕食を食べながら覚えようとした時は、
品がないからやめろと怒って、少し見解になった。
山田はまっすぐに菅野を見つめている。
山田にとってもこの打席が大事なのだろうと感覚的に思った。
菅野は小林のサインにうなずいた。
去年の秋、
普段は夕方には学校から帰る夏美がいつまでも帰ってこなかった。
私は夕食に彼女が好きな生姜焼きを買ってきて、
テレビで野球を見ながら彼女を待っていたけれど、
彼女は一向に帰ってこなかった。
はじめはあまり心配していなかったが、
そのうちに雨が降り出してきたので、
彼女はちゃんと傘を持って行ったのかどうか心配になって、
それから彼女が帰ってこないことが漠然とした不安になった。
私は夏美に電話をかけたがつながらなかったので、
LINEでメッセージを送った。
どこに行ってるんだ。
まだ帰らないのか。
既読はつかなかった。
ヤクルトの山田はその日も惨心をした。
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私は一度脱いだ靴下をもう一度履き直して、
彼女を探そうと玄関の前で扉を開けようとした時、
彼女が帰ってきた。
どこに行ってたんだ。
彼女に向かって言ったけれど、
自分でも驚くほど小さな声になってしまった。
夏美は肩より先まで伸ばした髪を雨に濡らして、
手には駅から家までの道にある小さな書店の袋を抱えていて、
表情はなかった。
シャワーを浴びた後、夏美は今日あったことを話した。
せっちゃんと昨日喧嘩をしてしまい、
まだ謝ることができていないこと。
今日の朝、謝ろうと思って彼女を待っていたけど、
せっちゃんは学校に来なかったこと。
せっちゃんは登校中に交通事故にあって、
もう二度と謝ることができなくなってしまったこと。
放課後、行くあてなく歩いていたら、
雨が降ってきて、
そこで初めて傘を忘れてしまったことに気がついたけど、
そのまま雨に濡れてしまいたいと思ったこと。
小さな書店にせっちゃんが好きだった本が置いてあって、
手に取ったら泣き出してしまったこと。
それを見ていた若い店員さんが、
その本を彼女にくれて、
お金なら払いますと言ったら、
君にあげたいんだと言ってくれたこと。
私はその日、夏美は怒らなかった。
お父さんはちゃんと私のことを叱ってくれるでしょって言われたのに、
私は夏美を怒らなかった。
山田は追い込まれている。
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もう一度空振りをしたら、また山田は惨心する。
山田はこの後何度も菅野と対戦するだろうし、
ヤクルトと巨人も何度も試合をする。
でも、山田にとってこの打席はこの一度きりしかなくて、
夏美にとって明日の試験は明日の一度きりだ。
いつからか夏美は文学部を目指すようになった。
理由を聞いたことはないけれど、
せっちゃんの影響だったらいいなと思った。
そうであってほしいとも思った。
菅野が振りかぶって、最後の一球を投げた。
山田の体にも力が入る。
どうか不安に思わないでほしいと思った。
迷わず何かを信じて、力強くパッと振り切ってほしいと思った。
私にはあなたたちを見ていることしかできないから。
お父さん、眠れなくて。
と言われて私は夏美の方を振り返った。
お茶でも入れようかと言ったが、
いらないと言われたので、
私たちは二人でソファーに並んで座った。
時刻はもう二時になっていたけれど、
たまには眠れない夜が来てもいいと思った。
山田は自分が打ったボールが遠のいていくのを見つめてから、
重荷をおろしたようにゆっくりと走り出した。
