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こんばんは、ゆうこです。このチャンネルでは、私の読書録や日々の学びを音声配信しています。
今日はポール・オースターのムーン・パレスという小説について話してみようと思います。
人生が初めて月を歩いた夏だった。 父を知らず母とも私別した僕は唯一の血縁だったおじを失う。
彼は僕と世界を結ぶ絆だった。 僕は絶望のあまり人生を放棄し始めた。
やがて生活費も尽き、昔寸前のところを友人に救われた。 体力が回復すると僕は奇妙な仕事を見つけた。
その依頼を遂行するうちに偶然にも僕は自らの家計の謎にたどり着いた。
深い余韻が胸に残る絶品の青春小説。 ということは面白い本でしたね。
ポール・オースターの本は初めて読んだんですけれども、一冊目がこれで良かったなぁと思いますね。
読んだ後こうじんわり来る。 人生って何が起きるかわからないな。
偶然が偶然を呼び、それを繋いでいくとこんな物語が見えてくるんだ。 そして
歩み続けて何が得られたかっていうのが最後わかる。 そのラストの素晴らしさ。
その小説の素晴らしさが、なんか人生の味わいというか、面白さ素晴らしさみたいなものを表しているようで、
何がってわけではないんですけど、すごく余韻の残る小説だったなぁと思います。
作家のポール・オースターっていうのはですね、
1947年生まれ、コロンビア大学卒業後、数年間各国を放浪する。70年代は主として詩や評論や翻訳に創作意欲を注いできたが、
85年から86年にかけて、シティ・オブ・グラス、幽霊たち、鍵のかかった部屋のいわゆるニューヨーク三部作を発表し、
一躍現代アメリカ文学の基地として脚光を浴びた人です。 このポール・オースターの自身が経験したコロンビア大学の経験だとか、
各国を放浪した経験っていうのが、ムーンパリスにも相当生きているというか、そういう自分の経験から発想した小説なんじゃないかなというふうに思いますね。
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主人公の僕はですね、マーク・フォックというんですけれども、フォックはコロンビア大学に通う学生なんですね。
なので、そういうポール・オースターのコロンビア大の経験が生きているんじゃないかなと思うのはそこで。
この小説の書き出しがですね、まず素晴らしくてですね、
それは人類が初めて月を歩いた夏だった。 その頃僕はまだ酷く若かったが、未来というものが自分にあるとは思えなかった。
僕は危険な生き方をしてみたかった。 雷が鳴ってます。
とことん行けるところまで自分を追い詰めて行って、行き着いた先で何が起きるか見てみたかった。 結果的に僕は破滅の一歩手前まで行った。
そんな書き出しなんですね。 この最初の1ページに語られていることが、ほとんどこの小説の全部の概要でもある。
それがすごくシンプルにね、必要最低限の部分だけが1ページ目に書いてあって。 もうこの最初のページを読んだだけで、これは絶対面白い小説だな。
間違いないなっていうふうに。 主人公のマコ・フォックはニューヨークで暮らす18歳。
最初はコロンビア大学の大学の寮に住んでいたんだが、 アパートに引っ越して、
その後3年間、どん底に落ちるまでそのアパートで暮らしたという学生です。 僕はですね、そのアパートに1000冊以上の本を持っていて、
段ボールの箱で言うと16箱ぐらいあるんですね。 それは僕を育ててくれた
ヴィクターというおじさんが選別でくれたものなんですね。 僕はその本をですね、もらってから一度も開けなかった。
で、どうしたかっていうと、その本を入れた箱をですね、 虚構の家具として、ベッドにしたりテーブルにしたり、
箱を開けて本を読まずに、その箱を家具として、
僕は活用したんですね。それを見て友人たちはけげんな顔をするんですけれども、 もうその頃には彼らも僕の気候には慣れっこになっていたっていうことで、
マコフォックっていうのはちょっと変わった人であるっていうのは、 この小説を読み進めるにつれてどんどんわかってくるんですけれども、
友人たちももうフォックは変なやつだっていうのがもうすぐわかる。 そんなことが最初のエピソードとして書かれてますね。
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その虚構の家具はほぼ1年間手つかずのままだったんですが、 ビクターおじさんが亡くなった後、僕はこの箱を開けて本を読み始めるんですね。
ビクターおじさんっていうのは、僕の唯一の血縁で、
なぜなら生まれた時に父はいなかったし、 小さい時に母を死別してしまって、僕を育ててくれたのはこのビクターおじさんだったんですよね。
その唯一の血縁がなくなって本当に一人ぼっちになってしまった時に、 人がいきなり死んでしまうということって誰にも予測できないんですね。
母を亡くした僕でさえまさかおじが突如死ぬなんて思わなかった。 だからその死を受け入れる準備が当然できていなかった。
最終的には問題は悲しみではなかった。 始めはそうだったかもしれないが、
時期にそれは何か別のものに変わっていたと僕は語るんですよね。 何よりもまず経済状態が悪化していくと。
僕の唯一の血縁であり、資金源であるおじがなくなってしまったということは、 今持っている貯金でこの大学の学費と生活費を賄っていかないといけない。
それを計算すると、 4年生の3ヶ月目には貯金がそこをついてしまうということがわかってしまう。
ただ大学を辞めようということも考えたけど、 卒業するということをおじと約束していたので、それはできない。
あとは徴兵の問題もあった。今大学を辞めれば、 徴兵猶予も無効になってしまう。
僕はやはり入浴に留まって勉強を続ける方が得策である。 そういうことを考えたわけです。
じゃあどうやってやっていくのか。 奨学金だとか、学生貸付金、勤労学生プログラムというような、 いろんな選択肢があるんですけれども、
それを僕は一個一個検討しているうちに、 なぜかたまらなく嫌な気分になってきた。
それは自分の意思とは全く無関係な反応で、 身を震わす応答の発作だった。
こんな手段に耐えるのはごめんだと僕は決断するんですね。 ここがこのマーコ・フォックらしさをすごく語っている部分だと思うし、
この後マーコが取っていく、マーコ・フォックが取っていく行動、 進んでいくこの人生の展開を予言しているかのような言葉なので、
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すごく良かったなぁと思います。 要するに僕は絶望していたのだ。
かくも大きな劇変の中に放り込まれたからには、 何か劇的な行動に出る必要があるように思えた。
僕は世界に唾を引っ掛けてやりたかった。 これ以上はないというくらい定期を逸した行動を行為をしてみたかった。
そんな風に言うんですね。 僕は我が人生を一個の芸術作品に仕立て上げるのだ。
本当に自己倒水というか、 この小説の中で自分自身を無双化っていう風に語ってたりするんですけど、
本当にあることないことを考えてしまう、 奇想天外な発想をする主人公なんですよね。
で、僕がとった行動っていうのは、 もう気長にやろうと。
何が起きるかわからないけれども、行き着くところはわかっている。 僕は生活費も付き、お金が全くない状況に追い込まれ、
そうなった時に僕はもう死ぬしかないんだっていうことを、 この時決めちゃうんですよね。
もうそこに向かっていくだけだと。 本当に追い詰められたのか、この思い込みの激しい性格が起因しているのか。
とにかくマーク・フォックっていうのはそういう人なんです。 そしてこの時期にヴィクターおじさんが残した本を読み始める。
そしてその行為っていうのは、ヴィクターおじさんを痛む僕なりのやり方だった。 一冊一冊本を読んでいく。
ただそれが生活費がなくなっていく中で、古本屋に売りに行くことになるんですね。 それは僕にとってはすごく辛いことだったんですよね。
おじさんが残してくれた本と別れることになる。 でも生活費には買いがたいということで、その本を読んで、
少なくとも売るまでにその本を読むっていうことが、 おじさんに対する負債を解消することになる。
今お金が困っている僕が、本をお金に変換するっていうことは、 いかにも利にかなっているように思えたっていうふうに自分自身を納得して進めていくわけです。
ただそんな生活も長くは続かなくて、 4年目の年に生活費がなくなる。
ただ卒業だけは絶対するということで、僕は卒業するんですが、卒業した後、働くわけでもなく、残っている生活費、小学の生活費をやりくりしながら暮らしていくんですけれども、
もうある日アパートの家賃も払えなくなり、 アパートを追い出されて、そこから野宿の生活が始まっていくわけです。
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その野宿の生活がすごくリアリティを持って語られていくんですね。 ボールオースターは実際そんな生活してたんじゃないかっていうぐらいのリアルさなんですよ。
すごく壮絶だったし、そこはぜひ読んで味わってみてほしいんですけれども、
追い込まれた人間で空腹で脳に酸素や血が回らなくなっていった時に、人ってこういう行動や
考え方に到達していくんだっていう、一つの事例を見ているかのような感じで、
面白いとは言わないんですけれども、そこがすごくリアリティのある書き方だったなというふうに思います。
それを助けてくれるのが、マーク・ホッグの友人と最初に出てきた女性のキティなんですね。
この2人に救われ体力を回復してから出会う奇妙な雇い主、車椅子の老人と出会うんですけれども、
そこからまた僕の人生はガラッと舵を切っていくわけです。
で、その後はですね、この老人の人生っていうのが、この小説の中でその奇妙な依頼によってどんどん明らかになっていくわけなんですけれども、
小説の一番最初はマーク・ホッグが経験した、壮絶な家族を失ってからの餓死寸前までの体験が語られ、
そこで十分にマーク・ホッグがどんな人なのか、どういう境遇で育ったのか、追い詰められた時にどういう行動をしてどんな考え方をする人なのかっていうのが、
読んでいる側に十分伝わってくるんですけれども、その後語られる車椅子の老人の反省が、それを凌駕するような、本当に面白い、
古き良きアメリカの無茶苦茶の世界で、無茶苦茶のことをして生き抜いてきた人の反省なので、その面白さもすごくあるし、
アメリカっていう土地の雄大さ、スケールの大きさを表した、十分感じ取れるようなエピソードだし、
マーク・ホッグに輪をかけて変なおじさんなわけですよ、車椅子の老人っていうのは。
そのユニークさっていうところもすごく伝わってきて、
第2の男の人生がそこでこう明らかにされていくわけですね。
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で、じゃあなぜマーク・ホッグがそれを知ることになるのか。
そんなところがこの小説の仕掛けというか、面白さの一つでもある偶然が偶然を読んで、それが重なっていく。
その点と点が繋がらないと思ったところが、繋がっていく面白さでもあるんですね。
そして最後、またさらに3人目の男が出てくる。
で、この男の反省も語られるんですけれども、それがどんなふうに繋がっていくのか。
もう全く最後まで飽きさせないし、読んでいる側がハッとするようなセリフだったり、
ボールオースターの哲学みたいなものが現れている一文にもたくさん出会えるので、本当に大好きで、また折に触れて何度も読み返したいなと思うような小説でした。
ぜひね、本当に海外作品あんまり読まないという人結構多いかなと思うんですけれども、このムーンパレスはね、一生に1回は読んでみてほしいなと思いますね。
私がこれを学生の頃読んでいたら、もっと違った人生もあったんじゃないかなって、そんなふうに思わせてくれるような小説でした。
ということで、今日はボールオースターのムーンパレスという小説について話してみました。
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今日はね、本当はもっと中身の部分も話したかったんですが、ネタバレになるので本当に冒頭の一部分だけを話してみました。
もしムーンパレス読んだことがある人いたら、面白さを一緒に語り合いたいなと思います。
ということで、今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
ではでは。