始まりました。おおきなかぶは抜けるのか。この番組は日常で起きた一人では消化できない 些細な悩みや出来事をおおきなかぶとして、ちょっと不思議な関係の3人がうんとこしょどっこいしょと
引っ張ってみるポッドキャスト番組です。お送りするのは石橋と?です。よろしくお願いします。 前回に引き続き、たいきさんはお仕事でお休みということで、次回ご期待、
次回ご期待ということで。 3日前ぐらいに、ある女の子とご飯に行ったんですけど、その子はトラノモン広告祭っていう広告祭があって、そこになんかヤングクリエイターショーケースみたいな感じで、その若手クリエイターみたいな感じで、その紹介していく
枠組みで、なんか紹介していただいたんですね。その推薦いただいて、その時に別の日に登壇してた子だったんですけど、なんかその登壇してた人たちの打ち上げみたいなのがあって、なんかそこからこう
なんかバイブスがあって、ご飯行きましょうみたいな感じで、3日前に2人でご飯行ったんですけど、人生で一番人生の物語のビートがかぶりすぎてる子で、本当に鳥肌だったんですけど、まずそのベースの気質、私暴れん坊将軍なんですけど、向こうも暴れん坊将軍で、木田上から人いじめてたとか言ってて、超カチキな女の子で、目立ちたがり屋で
で、だからこそその学校とうまくいかなくて、インターネットとかに救われて、で、系音楽部も一緒。で、向こうギターボーカルで、私ベースボーカル。で、血液型も一緒。MVTIも一緒。で、長者なのも一緒。年齢は向こうが2、3校上かな。
でも近いね。
そう。すべての雑誌が一緒すぎて。びっくりじゃないですか。
やっぱりでもそういう気質の人が、CD、プランナーになるんだろうか。
なんかいろんなタイプの人はいる気がしますけど、でもその子は、似た仕事も同じだけど、の中でもスタンスもすっごい似てて、やっぱそのベースに怒りとかがある。怒りというかその、おかしいだろうみたいな、社会に対する意見というかがあって。
それこそのガールズパワーじゃないけど、女として生まれて生きることみたいについてもめっちゃ考えている。でもそんなに多いわけじゃない気がする。
そういうことを考えてる子は?
いや、考えてると思うんですけど、スタンスというか、この感じは、でも私の出会っているボスは少ないと思うけど、人によって全然違う気がする。
じゃあ本当にたまたまレアな出会いだったんだね。
超レア。びっくり。
へー、なんかそういうのご縁があるんだね。引き寄せ中か、なんかね。
そう、だから結構出会うべくして感あるねとか言って。
本当だね。
めっちゃ元気出たんですよね。私みたいな人が元気になっているから。
私みたいな人の話を聞いてて、めっちゃかっこいいなと思って、その子が。
私もそういうところがあるんだなっていう、自分の肯定にもつながるというか。
めっちゃいい会だった。
へー、そういう同志みたいな人って大事かもしれないね。
そうなんですよ。
何かがあった時にもさ、その子がどう感じるかって聞くとまたなんか、ちょっと自分と重ね合わせながら、またさらにメタ的に見れたりするっていうのもあるかもしれないよね。
そうですね。最近なんか新しい友達がぽんぽこぽんぽこ増えていってて。
なんか他にも、にょっきちゃんっていうファッション系のインフルエンサーの子がいるんですけど。
最近古着屋さん始めた子がいて、その子は私に引っ越したとかなんですけど、なんかもうその子も無邪気な少女のようで、超元気で明るくて、やってやんよみたいな感じ。
その子ともすごい仲良くなったんですけど、見てたりしても、そうよねみたいな、ありがとうみたいな、元気はありがとうみたいな気持ちになったりして。
最近は素敵な出会いが多い夏が始まるっていう。
なんかでも石橋ちゃんいつだっけ?去年の秋だっけ?の時もなかった?そういう出会いのシーズンみたいな。
え?定期的にあんのかな?
なかったっけ?
なったっけな?
寺に行き始めた時期かな?
ちょ、結構前だ、それは。2年前とか。
あ、そんな前になるか。
結構定期的にめっちゃ人には会ってるかも、その中でガガッと、うわー最高友達みたいな人が増えるみたいな感じかも。
そういう友達と思いっきり考えず遊ぶことはしてるの?
やるといいですね。
あ、でも一生川行ったりとかはしてます。
確かにそういう、前回の株に引き続きだけど、人生に正解ないよう株。
そうだよ。
確かに。遊ぶ時間。
そうそうそうって思うな。
オープニングのトーンじゃない?
前回の人生の正解なんていらなくないについて話したいけんの後にこれを収録しております。
それを聴いていただくとなぜ我々がこんなにしみじみ遊べばよくないと言っているかがわかると思うので、ぜひ聴いてください。
すいません、突然私のお友達紹介。
とんでもないです。
嬉しかったのでちょっとおしゃべりしたいと思いまして。
遊んでください。
ありがとうございます。遊んでくださいよ。
大きな株は抜けるのか。
ではまずはじめにそれぞれ持ち寄った話題、つまり株の種を発表して今日抜く株を決めていきましょうという流れですが、
どうしますか石橋ちゃん。
やりましょう。前回私が出した健やかなセリフラブの育み方について聞きたいけんを、前回の収録後やろうぜという話になっておりました。
これ実は大輝といるときにも出してて。
本当?
挑戦3回目にして採用の株ですね。
本当?また大輝くんがいるとね、なんか大輝くんのセリフラブまたちょっと違う視点でありそうな気もしたけど。
そうそう。で、大輝といるときは愛理さんと一緒にいるときに話そうっていう話をしてて。
そうかそうか。
でもなんか流れが来ちゃったので、ごめん大輝ということで仕事が戻ってということで。
大輝編やってもいいしね。
確かに確かに。
改めて私が出したんですけど、なんで出したかっていうと、自己需要とかは大事だけど、そういうベースってすごく大事だけど、個人的には今の時点で完全にセリフラブを持つって、ちょっと満身にも近いというか、なんだろう。
今の時点でセリフラブを感じるのは満身に近い?
うん。
おーすごいね。
今の時点ってか、いやでもあらゆる瞬間だと思うんですけど、完全に満ち足りると、なんか認知が偏る感覚があって、でも満ち足りるのなんかにもいろいろある気がする。
うんうんうんうん。
けど私はなんかその、なんでしょう、めっちゃセリフラブだけど、その子の認知の中で固まっちゃってるなーみたいな、あんま周り見えてないかもなーみたいなのを見ると、すっごい不安な気持ちになる。
なるほどー、そういうことか。
あ、そうそうそう。
あー、あー、わかったわかったわかった。
ありがとうございます。
わかったわかった。理解理解。
そう、でも一方で自己需要感っていうのは絶対に必要というか、だからそのちょうどいい考え方というか、どう建設的セリフラブについて話したいという。
あ、すっごい理解した今。
ありがとうございます。よかった。
めちゃくちゃ理解した。
確かにね、あのー、そういう人って本当に多分セリフラブができてるわけじゃないんだよね。
あー、そんな気がする。
あの、セリフラブしなきゃ、しなきゃ、私を肯定してあげなきゃって思い続けた結果が、そういうふうに人に対してアピールするっていうか、誇示してるみたいに見えて、見てる側が苦しくなるんだと思う。
あー、そうかも。
なんか私のイメージとして、本当に健やかなセリフラブって、自分に対するものすごく自信だから、もう自分であるっていうことをもう本当に認めてる状態だから、なんかふかふかなんだよね。
ふかふか。
なんかその土壌がふかふかみたいな感じで、だからもう自分というこの地面は変わらないから、だから別に、あーなんか何か新しく来ても、へーへーっていう感じで見られるっていうか、だからわざわざその土として、私はこの土ですって言ってアピールする必要もないっていうか、そう、もうただあるだけだからっていう状態が健やかなセリフラブだと私は思うんだけど、そう。
そのふかふかはどういうふうに?
育っていくか。
それって、うーんと、周りの人に褒めてもらうとか、認めてもらうとかじゃなくて、本当に自分で自分のことを信じるっていうことをやりきった結果のふかふかだと思う。
その信じるというのはどこから?
例えばさ、えっと、前回の話で言うならば、前回の人生の正解になってないよねっていう回にちょっとつなげちゃうけれども、
自分の枠組みを壊す、例えば石橋ちゃんだったら、考えるっていうことを手放すことが怖いっていう感覚があるじゃない。みんなあると思うんだけど、そのときに、それは怖いじゃん。
でも、それが5日なんてとんでもなくて、3日もとんでもなくて、半日でギリギリみたいな感じだったじゃん、石橋ちゃん。それだけ怖いじゃん。
でも、半日できたとしたら、それはなんかよくやったな自分っていう自信につながるじゃん。
で、他の人は、石橋ちゃんのその半日、例えば考えることを手放したっていうことがどれだけ大変かなんてさ、理解できないじゃない。自分しか理解できないじゃない。
っていうような、そういうことを積み重ねていくことが自分を信じるってことだと思う。
平たい言葉で言うと、自分との約束を守るみたいな。それともちょっと違う?
自分のできなかったこと、できたこと、そういうことも全部まるっと受け入れるっていうことだと思う。
受け入れる。
その過程で言うなら、考えちゃう自分いるな。めっちゃ怖いな。でも手放してみようかな。
手放してみたっていうさ、できないできない。でも迷ってる過程もあった。でもできた私もいるっていう。これをまるっと受け止める。
その受け止め方をいかにフラットにできるかというか、ふかふかにできるかというか、なのかもしれないですね。
じゃあ、できなかった時に、だから私はこうとか、できた時に、だからこうじゃなくて、ただそれを受け入れるということなのかもしれない。
うんうん。
なんか、えっと、うんって思うね。できなかったな、できなかったねみたいな。できたらできたねとかっていう。
で、なんかそれがさ、結構その自分、それこそ、またその前回の話でもつながっちゃうけど、自分で狙ったことじゃないほど、ことじゃないけどなんか気になってやったりしたこと、
捉えたりしたことがあって、それがすごく気持ちよかった時とかに、なんか、よりなんか自分のことを信頼っていうのにもつながっていく気がする。なんか深い部分で信頼できるっていうか自分が。
うん、そうかも。
と思うね。だから結構そこのさ、えっと、もちろん周りの人が受け止めてくれて満たされる部分っていうのも絶対あるんだけれども、その部分だけだと結構常にさ、他者に対して自分がどう反応するかっていう、なんかずっとこの反応をずっとしてる状態だから、なんとなくこう表面がちょっと硬い感じっていうかね、になっていくんだよね。
いや、ふかふかにしたいっすね。
なんかあれかな、ふかふかにするために、ふかふかにするためのプロセスが、それもわかったつもりになると、ふかふかにしてるつもりがめっちゃ固まるみたいなことが発生する気がする。
冒頭に話したこのこととかを考えてみても。
それってどう打開したらいいんですかね。
その時に、何かしらたぶんカチカチになってきてる時って絶対なんか感じてるはず。
なんか体に力入ってるなとか、なんか体が重たいとか、呼吸浅いとかっていうのがあるんだと思う。
それが一番わかりやすいんじゃないかなって思う。
考えるよりも、体の違和感が一番わかりやすいと私は思うね。
身体感覚。
ほら、なんかちょっと肩が凝ってきたとかって仕事のしすぎかなとかって思うけど、それだけじゃないんだよね。
精神の状態が体に現れ出てる。
そうそうそうって思う。
その時にさ、例えば仕事のしすぎかなとかって思ってるけど、あれじゃあ私今なんかセルフラブふかふかできてなかったのかもしれないな、今みたいな。
じゃあできたこともできてないことも見ていくかみたいなふうにしてやっていく。
だからその時にできてないことが自分の中でいっぱいだって思ったとしても、でもまずこれできてないって認められた私いるじゃんみたいな感じでねって思う。
だからなんかそのさ、最初にしばしちゃんが言ってたこのセルフラブって満身かもとかさ、セルフラブしちゃうとそれで満ち足りちゃってその先いけなさそうみたいなのは全然そんなことなくて、
いいとこだけ別に受け止めるのがセルフラブじゃないからさ、なんか全然ただ今ある自分の状態をそういう私いるねって受け止めてるだけがセルフラブだから、
ゴールじゃないというかね、あくまで土壌であって、そのふかふかだからこそそっから安心して目を出せるよねっていうだけだから、なんか全然終わりじゃないんだよね。
その言葉の定義もまたその友達についてとかいろいろ話してましたけど、セルフラブもなんか人によって違いそうそのイメージが。
そうだよね。だからなんかこのカタカナセルフラブって結構危険なワードだよね。
もうなんか捉え方が広すぎるし、あとそのちょっと逃げ道のようになっちゃうところがきっとあるんだよね。今ってね。
そう、っていうイメージがちょっとありました。
そうだよね。だからきっとすこやかなって言って石橋ちゃんは言ってくれてたんだよね。
わかるなぁ。
わかるよ。
なんかその、今アイリーさんがおっしゃってくださったセルフラブはめっちゃ欲しい、必要って思うんですけど、結構私はなんかそれがなんか自己需要感っていう言葉のほうがなんかしっくりくる気がする。
ですよね。
それを自分への愛と捉えるからセルフラブなのかな。
そうだね、そうだね。なんか自分のことを需要する、なんかそれが私の中では本当にこう、なんかハグをするような愛としてイメージしているんだけども、なんかそれがこうセルフラブのイメージっていう感じかな。
なんか私はそれやりたいしできるって思うんですけど、最近なんかその自分のSNSに来た質問で、こうめっちゃ自分のアラを探しちゃいますみたいな。
もう顔も体型も性格もなんか好きになれるとこがありませんみたいな感じのそのご質問が来て。
で、その私の回答としては、でもそこに苦しさを感じてるみたいなニュアンスだったんで、ちょっとメタ的な距離を取ってみるというか、
例えば自分以外の人だったとしたら、そういう状態ってすごい苦しいから、そのフカフカのための目を向けてあげることをなんか自分にもやる。
それは自分が嫌いだからできないじゃなくて、その苦しい状態から脱するためにちょっと必要なことみたいな感じだなとは思ったんですけど、
でも結構多い気がするんですよ。そのベースの愛を持てないというか、それはいろんな理由があると思うんですけど、関心を払えないみたいなことがあると思うんですけど、そこに対して有里さんはどう捉えますか?
なんか今聞いてて純粋に体に失礼だなって思った。
失礼。
うん、って思う。なんかみんな自分の体って自分、まあさ、肉体とセットになってるからどうしても当たり前に自分のものって思ってるけど、私借り物みたいな感覚があって。
なんか、あの、だってもうさ、あまりに肉体の方が優秀すぎるっていうか、もう自分が意識してないところでパッて動いてくれるわけじゃない。
すごく体を尊敬してるんだけど、ってなった時にさ、なんかそういう感覚をもうちょっと持ってもいいんじゃないかって思うんだよね。
なんか当たり前に自分のこの肉体をなんか自分の支配下にみんな置きすぎっていうか、いや、もっとなんか敬意を持ってみようよっていう。
なんかその眼差しで見た時に、え、本当にそんな見にくく見える?って聞きたい。
だってちっちゃい時から一緒に過ごしてくれてさ、自分と一緒にだよ。もういい時も悪い時もずっと一緒にいてくれてさ、たまに痛くなったりとか拗ねることもあるけどさ、体が。
ずっと一緒にいてくれるわけじゃん。っていうのに対して、なんか愛せませんとか、失礼じゃない?って思う。
なんかそれ、前回ともつながりますけど、私は今は愛していると思う。
けど、高校生の時とかを考えると、やっぱこう内側に目を向ける機会というか、ことを教えられないじゃないですか、別に。
っていう状態で、その超表面的なそのルッキズム的な投稿とかをもうTikTokとか見てるともう無限に目にするわけですね。
だからその、他者比較、商品としての体、見た目みたいなのが、価値基準が内面化されすぎてる気がする。送ってくれた人の感情を見てると。
だから、これについてまず話す必要があるというか、なって思います。
そうだね。
ある程度やっぱその大人になってくると成熟してきて、メタ認知も発達して、自分の体に対してある種尊敬というかできるようになるけど、
特に高校生ぐらいまでって、その学校っていうクラスっていう狭い枠の中で、こういろんなことがあって、とっても表面的に聞い取られ、見合うみたいなバチバチとかもあって、
っていう中で、どうこの感覚を耐えていけばいいんだろうっていうのは、私がきつかったから。
美に関するクラスを開きたくなりますね。
クラス。
授業したくなる。美の基準ってものすごい幅広いのに、あまりにも狭いところに居すぎだよって思う。
すっごい思いますね。
本当に、マジで狭すぎる美の基準が。っていうことだけだと思う。
だから、もう本当に、体に失礼だよって意見は変わらないんだけども、体に失礼だと思う、それがいまいち理解できないと思うけども、
本当にそれを解決したいって思ってるんだったら、じゃあまず南米行ってみようかとか、
まず違う国に行ってみようっていう風な提案するかな。
ちょっと今いるコミュニティから離れて、違うところに行って、違う美の基準を触れてみようかっていうかな。
本当に身近な子だったら、私は一緒に西洋美術館とか連れてくかもしれないけど。
そうですね。
時代とともに美の基準も変わってきてるし、
その時代の中でも、いろんな人たちがいろんな美しいっていう捉え方をしているわけで、
じゃあ、今自分が美しくないって思ってるかもしれないけど、
それって本当にめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃ限られた世界の話だから、
もったいなさすぎるよね。
いや、すごく思います。
私もそういう発信というかをしていたんですけど、
最近動画の投稿を再開して、
TikTokとかも全然見てなかったけど、
見た時に泣いちゃって、悲しくなっちゃって、
ルッキズム風姿がみたいなのがあって、
じゃあイエベブルベがどうだとか、
これはかわいい、これはかわいくないを一枚の絵で比較して、
イエベがどうブルベがどうみたいなのについていろんな人が意見を言ったりとかするみたいなムーブメントがあって、
そもそもこれが起こってしまうって、
その枠の中でみんなで傷つけ合ったり悲しんだりしてるのって、
本当に自分が離れてたからこそすっごい悲しいことだなと思って、
それを純粋な小学生・中学生の状態で内面化した時に、
相当根深いものになるじゃないですか。
本当そうだね。
美の基準もとても固まっちゃうし、
後からほぐすことはできるけど、
それってすごく努力を要するから、
私もそうだったから。
だからもうダメって思って、
っていうことがさっきあって、めっちゃ悲しかったんですよね、それが。
終わってるね、マジで。
マジで終わってます、本当に。
なんでそんなのが許されるの。
ね。
本当に。
そういうのに限ってまた間違ってたりするじゃん。
表現とかが。
そう。
本当に終わってる。
ね。
本当に。
怖い。
なんて言うんだろうな。
すっごい、なんて言うんだろう。
ものすごい大事な感性がそこに抜けてるって思うんだけどさ、
美の基準、それを投稿すること自体に対して、
ものすごく恥ずかしいって思わなきゃいけないんだよね。
なぜならば、美の基準もさまざまなわけで、
だけど、自分が顔を出して私はこういうふうな好みですって表明するならまだいい。
それは表現だからね。
でもさ、なんかそうじゃなくて、
匿名でかつそれが当たり前かのように、
それを外れてるのが間違いかのように言うってさ、
だから本当に品性がないとか、人間としての品性がない。
めっちゃそうなんですよね。
それをまた引用して美容系のインフルエンサーとかが、
私も昔はこうだったけどみたいな昔の太ってる写真とかを載せて、
味方かのように、味方だとその人の中で思ってるんだろうけど、
味方かのように言うっていうのをPR投稿でやるみたいな。
結構なんか、だから美容系の発信を完全にやめたっていうのもあるんですけど、
なんかその構造を助長することにしかならないから。
マジで、でも終わってると悲観するんじゃなくて、
本当に私は今そのフィールドに一応片足いるみたいな感じだから、
自分がやれることをやりたいなという気持ちですね。
そうじゃないと思う。
それぐらいしかできることがない。
本当にね、私がマジで発信してる理由だから、苦しかったからそれが。
そうだね、本当にね。
なんか一方で、さっき言ってたふかふかのセルフラブって、結構そこまで段階がある気がしてて。
そうだね。
ちゃんと殻がある状態で、外側で頑張ってみるみたいな経験もきっと必要だし、
ふかふかじゃないところに間違ってというか、注ぎ続けて、
違うって自分で体当たりでわかるみたいなことも、なんか必要な気がしてて。
だからすごいいろんな段階はあるんだろうなと思いますね。
そう思う、そう思う、そう思う、そう思う。
だからいろんな段階があるからこそ、
なんとなくゴールにするんじゃなくて、
自分を受け入れると伸び伸びできそうだな、ぐらいな気持ちで、
いろんな自分を受け入れたいなぐらいに思っておけばいいんだと思う。
ベースのスタンスとして。
そうそうそうそう。って思うね。
とにかく私は完全に当てられてしまって、TikTok開いたときの。
本当に腹立つね。
いったいどうなっちゃうんだみたいな感じ。
本当に、本当になぁ。
なんか小説家の西かな子さんがめっちゃ好きで、
最近ヒコロヒーさんと一緒にポッドキャストの回があって、
それを聞いて笑っちゃったんですけど、
結構、まず立て付けとして、
緩く言おうぜみたいな、言いたいこと言おうぜみたいな感じなんですよ。
西さんが、昔もっとブス多かったよねみたいな話をしてて、
ブスばっかだったよねみたいな。
今ってやっぱりスマホとかもあるし、
美の正解みたいなのが、みんな内面化されすぎてて、めっちゃ可愛いよねみたいな。
けど、マジでこんなんじゃなかったよねみたいな話をしてて、
そんなに違うのかみたいな。
わかるわかる。本当にそうだと思う。
本当にそうだよ。
本当に。
人間はどうなっていくんだろうと思って。
この感じで。
ねえ、本当だよな。だからもう、
なんか、そうだよね。
どうなっていくんだろうね。
でもあまりにさ、本当にSNSの影響が大きすぎるからさ、
真実であろうとなんだろうと、人目に触れるとやっぱりそれが、
多くの人の意見であるみたいになっちゃうじゃない。
だから、逆に言うと、新しいトレンドもSNSでちゃんと、
数字を集めることができたら、それが主流になっていくのかもしれないけどね。
なっていくかね。
でも本当に美しさで追求してたときにさ、
もう別にAIが作る人でいいみたいになってきちゃってるわけじゃない。
AIが作るモデルもいるわけでさ。
本当に人間の役割ってなってくよね。
リアルな人間の役割って。
しんみりしちゃう。
ねえ。
でも本当に、そうだな。
でも本当に言えるのは、そのもう、
もちろんね、ビジュアルってさ、
鏡で見て、自分で常に目に入るものだし、
そこがやっぱり、まず自分が愛せる状態でいたいっていうのは、もちろんそうだと思うんだけど、
でも本当に、年齢とともにさ、
形とかもう、顔の造形とか、本当に変わっていくから、
年齢だけじゃなくて、ちょっとしたことで経験すると人の顔って変わるし、
だから、どんなに本当にどんなにどんなに美しい人でも、
そこで内側が伴ってないと、本当にこの発光にはならないっていうね、
光を放つの、この発光にはならなかったりするから、
なんかもう、これを私が言ったとて、
いや、そんなのさ、みたいな、なんとなく言ってる感じに聞こえちゃうかもしれないけど、
本当にその内側を耕すことの重要性を、
年齢を重ねれば重ねるほど感じるから、私は。
それをやっとけって思う。
俺が言ってきます。
言ってって言ってって、本当にそう思う。
魂のインフルエンサーとして。
そう思うね。
あとその内側が結構、自分で思ってる以上に外側に出てるからね。
人は言わないけど。
っていうのもある。
ね。
いやー、これちょっとまた別株で話したいぐらいだね。
いやー、そうですね。
結構ね、そうなんです。
私も怒りと悲しみを覚えています。
社会に対して。
かつ、自分も発信してるから、
発信してる友達や仲間もできるんですけど、
ちょっと言葉鋭いけど、
そこまで考えてない人多すぎ、マジで。
自分の利益で。
価値提供とか、人がハッピーになった方がいいって言ってるけど、
認知レベルの話を全然考えてないというか、
結局じゃあそのために、
副業をやりましょうとか、
お金を稼ぎましょうとか、
自分の好きな自分を目指しましょうって言いつつ、
めっちゃ美容のPRやりまくるとか、
そこの大人というか、責任を持ってしまった人が、
ちゃんと考えないといけない。
自分の声の大きさを考えなきゃいけないけど、
でも一方でやっぱ、
その価値基準で救われてるから、
今その人はその構造で儲かってるわけで。
っていう、
それを考えることがその人の認知の否定にもなるっていう、
難しい問題があるんだなと思いました。
そうだね。
そこに私もめっちゃ一時期悩んでないって、
みたいなことしてましたけど。
そうだよね。
結構それぞれのポジションにとって深い問題な気がする。
そうそう、本当に。
じゃあそれぞれみんなどっからやり直せばいいんだっけみたいなね。
そう。
話になってるからね。
いや、そうだよ。
本当にね。
本当にそう。
マジ正解な。