00:06
Tale-JP- 集村-91
彗記 流星をみる少女と犬
人類の文明が滅んで、いいことは全くなかったかと言われれば、そうでもない。
だが、それはあくまでも、土分に突っ込んだら中からお金が出てきた程度のものであって、
いわゆる不幸中の幸いと呼ばれるやつだ。 こうなる前の、23世紀の世界では高層ビルが立ち並び、人間は多くの数が生きることができたし、
人口の食べ物ならいくらでも用意できた。 一言で言えば、生きるのに快適だったのだ。
今はどうだ。 集村に入れられなければキャンプで野宿。
衣類は飼い主の手綱を離れ活歩している。 人にとっての快適さの彼女もない。
まあ、そもそも私自体人が栄えていた時代のことなんて、文献と句伝でしか知らないんだけどね。
実際に体験したこともないものを無双するから羨ましいと思ってしまうし、 実際は案外そうでもないのかも。
話を戻そう。 では、人類滅亡後の世界で良いこと、
すなわちこの世界で気に入っていることとは何か。 星空である。
私はこの世界の星空が好きだ。 ひんやりとした夜の空気が好きだ。
月がぼんやりと光を放ち、何より流れ星が流れることが時々ある。 この世界で旧時代の暦などもはやなくて同然なのだが、
1ヶ月に1回見つけることができ、半年に1回のペースでは流星群も観測できる。
パチパチ、キラキラとした何十個、いや何百個もの光がこう描いて落ちてくる。
だが普通に考えてそんなに多くの流れ星が発生できるのはおかしな話なのだという。
だから、「あれほどの星を落とす異類がいるのかもしれない。」と私の生まれた習村に来たリーダーは幼い頃の私に冗談めかして言った。
03:07
それ以来私の目標は流れ星を作る異類がいるのかどうかを確認すること。 そしてそれが同盟に入った理由である。
もう、エナちゃん早く寝て、明日は目標の習村に着く予定なんだから。
私の右手首に巻かれた機械が夜とは思えないほど元気な声で語った。 これが私の端末。
名をSHOWという。 知能は人間に換算するとおおよそ10歳程度。
ひらがなと漢字を織り混ぜた文章で画面に表示させたり、発声をする。 私は今や絶滅危惧種である日本語話者であり、SHOWはそれに合わせてくれている。
SHOW曰く、「日本語って覚えるのが大変なんだね。」 らしい。
主に拙い音声会話がメインなので、普段はつっかえずに話せるのだが、 文章になると理解に少し時間を要する。
さて、なぜ人間より遥かに優れているはずのオールドAIの端末がこんなに幼いのか。
そんなものは容易に推測ができる。 リーダーは他の探望者よりも一回り年齢が幼いくせに同名に入れてほしいと無茶を言った私が諦めるようにポンコツをよこしたのだ。
そうに違いない。 子供は大人が考えるよりも察しが良く、大人たちの事情を理解できるのだ。
子供舐めんな。というか私はもう大人だ。 いよいよ僕たち初めての終尊訪問だね。
うまくやれるように頑張ろう。 さっきまで寝ろって言ってなかった?
おやすみ。 明日起きたら情報を確認しましょう。
あ、そうだった。おやすみなさい。 そう、明日が探望者としての初仕事。
リーダーが考えているような大失敗ではなく、大成功をしなくてはいけない。
でも正直不安である。 目標の終尊まであとちょっとかな。
じゃあ終尊の衣類の目撃情報をもう一回確認するから、歩きながらでいいから聞いてね。
今朝一回確認したじゃないの。 ダメ。共通認識の徹底は大人のミーティングで大事なことの一つなんだよ。
06:05
大人、ね。 うーん、わかった。
仕方ないから合図値くらいは打ってあげるわよ。
ありがとう。 今回の終尊では村の中に神殿があります。
その神殿と中で暮らしている神様が衣類です。
神殿って言っても大きさはそこまで大きくない。 というよりか、中に入る手段が地下に続く一つしかないのよね。
うん、地面の下に埋まってるみたいな感じだから、中に入った体幹ですか大きさはわからない。
木と釘でできているように見えるけど、どんな方法でも神殿は壊せないんだって。
建物型の衣類は耐久力があって破壊できないものが多いのよね。 霊に漏れずって感じか。
そう、そしてその中で生贄を捧げると出てくるのが神様って伝えられている衣類です。
外見的特徴は?
神様に出会った途端、生贄を神様が食べきらない限り、 神殿に入ることも出ることもできなくなっちゃうからわからない。
何かがいるってこと自体は伝えられているから、見たことある人はいると思うんだけど。
それか、その情報自体が村人のかんぐりすぎで本当は何もいなかった。 もしくは建物自体が生贄を欲する異常性を持っていた。
もう十分にあり得る話よね。 ちょっと、ショウ?
すごいすごい、その可能性は気づかなかった。 そう考える方が自然だね。
さすがエナちゃん。 褒めても何も出ないわよ。
普段なら褒められることは悪い気はしないのだが、 今回だけは別の感情が私を支配している。
怖い。 そう、怖いのだ。
こいつは自分の言ったことに気づいていないのだろうか。 私たちの仕事は衣類の調査。
そしてその衣類は自分のテリトリーに人が入った途端に食い殺す。
食われるまでテリトリーから脱出することは敵わない。 それはつまり
死ねと命じられたようなものだ。 普通ならリーダーはきっと私に達成不可能な無理難題を吹っかけて
貪謀者になることを諦めさせようとしているのだ。 死ねではなく
とっとと帰ってこいというメッセージである。 そんなの嫌だ。
09:01
私はこの同名で貪謀者を続けたい。 だからしっかりと衣類をこの目で見て記録して、そして帰って報告しなければならない。
成果をあげなければならない。 でもそんな漠然とした目標よりも、より漠然としたイメージしか思いつかない
死というものの懐に飛び込むことの方がもっと怖い。 そんな考えを頭の中でいっぱいにしながら、時々
章の話に合図地を打ちながら前に歩いた。 終村に到着したのは昼を少し回った頃だった。
これはこれは、一体どうしたことだ。 お嬢さん、一体どこから来たんだい。
それとも、はぐれた業者の子かな。 自分の名前と家族の誰かの名前は言える?
村長、その子、同名から派遣された貪謀者らしいです。 えっ
こんな小さな子供がかい。人材不足なんですかね。 そもそもあちこちの終村の記録を使って何をやってるかわからない集団ですけど。
嘆かわしいことだ。大人たちはどうして。 最初に接触した村人に連れられて、村長の家に通された。
ここに来るまでに村の一部を見ていたが、いくらか気になったことがある。 まず、ここの終村は村の中に畑を作るタイプのものだが、農具などがそのまま転がっていたり、
何も植えていない畑が多い気がする。 今は冬に相当するため、ほとんどの作物が収穫されたなら納得がいくのだが、
それにしたって荒れているような印象を受けた。 それは畑だけでなく、村全体の雰囲気からも感じ取れた。
まだ日中だというのに外に出ている人が少なすぎる気がした。 家も使われていないと思われるものがちょくちょくあり、
その中には何やら赤い塗料がべったりとついている家もあった。 正直言って不気味の一言だ。
それとも自分が元いた終村が特別活気があっただけで、 普通はこんなものなのだろうか。
そして今、一人の村人と村長を前にしてわかった。 この村は植えている。
明らかに二人とも通常の成人男性よりもやつれていた。 自分が目測で断言できるほどにだ。
12:03
だがその割には村長の方は饒舌で、目は乱々と光ってすらいると感じた。 村長と第一村人の同盟に対する陰口は長くなりそうだったし、
あまり聞きたくなかったので手短に要件を済ませようと割り込む。
「あの。」
「うん、どうしたんだい?」
「ああ、いや、どうなされましたか?」
「えーっと、エナと言います。 村に入れていただき感謝します。
物資付けで恐縮なのですが、この村に関するイルイの話をお聞かせ願えませんでしょうか。
ただでさえ私の拙い敬語という概念を、 ショウがさらに拙く翻訳して伝える。
明らかに不思議な顔をしているが、伝わっているのだろうか?」
イルイ、それはイガミ様のことでしょうか?
おそらくそうかもしれません。 そのイガミ様とは何ですか?
村長の話をまとめるとこうである。
もともとこの村には地下神殿にイガミ様というイルイが住み着いているという。
地下への入り口は空き家の中に開通しており、
普段は生贄を捧げる時でない限り、内部への侵入は許されていないという。
なぜイガミ様が人の生贄を欲するようになったか。
今となっては定かではないが、この地に人が収村を作ったたたりであるとか、
うっかり神殿に人が入ってしまい、人の肉の味を覚えてしまったとか、
様々な憶測が飛び交っていた。 とにかく村人は生贄に怯える日々を暮らしており、
何も手につかなくなる始末。 そうして狩りや農耕などが機能しなくなりつつあり、
飢餓もまた発生寸前であったが、どうも2ヶ月前から様子が変わったらしい。
謎の肉が村に現れるようになった?
私たちには見たこともない獣の亡骸でした。 私どころか村の人間は誰も見たことがない。
我々はこれをイガミ様からの授かりものとして、毛皮は布に、血肉は食料にしています。
服にするには小さすぎますが。 そしてその一部をイガミ様に返納するという名目で、
15:03
人の代わりに備えるようになった。 ええ、あの授かりものは素晴らしい。
上がいくらか解消されたどころか、あれが現れてから思考が明瞭になり、まるで夕焼けの空のように真っ赤に染まるのです。
その結果、やるべきことがはっきりとした。 我々はこの授かりものをイガミ様に返上しなければならないと。
そして返上するようにした結果、イガミ様は村人の生贄を欲することはなくなったのです。
神殿の中に入れば生きて帰ることはできないと聞きましたが、
いいえ、神殿からすぐに出ていけばイガミ様もお咎めはなされませんし、 生きて帰ってくること自体は可能ですよ。
そうですか。 その授かりものである獣の亡骸を見せてもらうことは可能ですか。
わかりました。今少し村人と話してきます。 村長は一旦家から出て行き、しばらくの間静かになる。
こんな子供が泥棒などするはずないだろうということなのか見張りはいない。 右手首の将が小声で話しかける。
とりあえず死んじゃうことはなさそうって。 よかったぁ。
あんた怖かったの? うん、うん。
まったくしっかりしなさいよ。 ごめんなさい。
でも異類を警戒するっていう姿勢はいいことね。 過剰に恐れないでってことを言いたかったのよ。
実を言うと私もほっとしてるし、すごく。 わかった。
私はそういう宗教観に関してはあまり詳しくはないんだけど、 神様がくれたものの一部を神様に変換するっていうのが引っかかった。
そういうのって珍しくはないの?
宗教じゃなくて民族観に根付いた風習的な側面で言えば珍しくはないかな。
大昔、23世紀より前にアイヌ民族って人たちがまさにその風習をしていたってデータがあるよ。
狩りで捕まえた獣の骨を川に流して神様の元に戻すっていうの。 まさに獣は神様からの恵みだっていう考え方だよね。
前例はあるんだ。 でも異類だよね。何もないところから死体って。
18:03
赤色を信仰しているような口ぶりといい、明らかに僕たちがつかんでいない情報がある。
できる限り話を聞いてから神殿に入るか交渉したいね。 私たちが作戦会議をしているうちに村長が戻ってきた。
お待たせしました。いやはやあなたたちはちょうど運が良かった。 どういうことですか?
あと少ししたら授かり物を神様に返納するのです。 あなたたちもついて行って良いと話をつけてきました。
確かに交渉の手間は省けたが、十分に情報が得られないまま異類と対面するのは痛い。 だからといってここを逃せば次はいつになるかもわからない。
私は成果をはやるあまり連れて行ってくれと言ってしまった。 頭で無意識に死にはしないだろうと言い聞かせていたのだ。
ちゃん、エナちゃん?
あ、はい? 大丈夫?具合悪いの?
ううん、そんなことない。 それで今は?
神殿に向かう前に授かり物っていう動物の死体を見せてもらうんでしょ? そうだった。
にしてもこんな道端で待っているのはなぜだろう。 お待たせしました。
これよりエナさんに授かり物の亡骸を見てもらう前にいくらか注意事項が存在します。
そう説明するとなぜか村長は上着を脱ぎ半裸になった。 突然のことに頭が思考停止する。
村長はなぜか体中に小さいとは言えない切り傷があった。 授かり物には特殊な神の力がかけられています。
一つは腐り落ちることのない防腐の籠。 そしてもう一つは近づく者の体を切り裂く劣性の籠です。
なるほど。 死体が腐らないから出現した道端に置けるし、近づいたら斬られるから道端に置くしかないんだ。
松は自分で解説した後ですっとんきょうな声を出した。 私も見栄を張る相手がいなければ同じ反応をしていたかもしれない。
フリーズした頭を動かそうと脳に血を行き渡らせる。 なんでそんな大事なことを最初に言わなかった。
21:03
私たちはこれから切り裂かれるのか。 どういうことでしょうか。
前者はともかく後者に対処法はあるのですか。 いいえ、ですからエナさんは遠目で観察をお願いします。
そうしたら私が授かり物の足を追って神殿に向かいますので、 エナさんはできる限り距離を置いてついてきてください。
心臓の音が一際大きくなり、一瞬立ちくらみを感じた。 脳筋すぎる解決方法だった。
いや、解決すらしていない。 これでは到底異類と共存しているなどとは言えない。
だが、いや、 だからこそ生きて帰り報告せねばならないと思った。
正直この時点で頭に血が昇っていた。 着きました。
あちらです。 正直我々は見たこともない獣なのですが。
エナさんはお分かりですか。 説明を聞きながら歩いて目的地に到着する。
やや小規模に開かれた畑の区画。 その隅っこに授かり物がいた。
やや茶色がかった毛色は最初にわかった。 足のつき方から四足歩行。
そのまま歩くなら私の足首より少し上くらいの大きさか。 尻尾も観測できる。
ここまで判断してギョッとした。 ほぼ同時にショウも気づいたらしい。
エナちゃん、あれ? うん、頭がない。
すっぱり切り口が首に当たると思われる部分にある。 でもでも切り口が塞がってないのに血が出ていない?
そうなのだ。 遠目なのでぼんやりとしかわからないが断面の真ん中にある真っ白な部分とその周りを埋める
はっとするような赤色。 それがはっきり確認できる。
そこに少しの出血もない。 本で読んだことある。
猫って生き物だ。あれ。 文明が崩壊した直後、異類が財団の手綱を離れ世界に解放された異類カトキでは既存の生命体はその多くが淘汰された。
24:00
乳牛などの家畜になる生物のいくつかは生き残った人間が必死に保護していたが、 それでも全種が今日まで生き永らえているわけではない。
家畜に適していない人間が見捨てた種はなおさらである。 猫もその例に漏れなかった。
その猫が定期的に村に現れるようになった。 生き残りが大量にいた可能性もあるが状況が不自然すぎる。
異類そのものか。異類に強い関連を持っていることは明らかだった。 村長がやや離れたその死体に向かうため、私たちのそばを離れる間、小声で作戦会議をする。
シュー、データベースに該当し得る異類はある? 猫、血損、頭部、これかな?いやーでも…
どうしたの? 一番それっぽいのがあるんだけど報告書の内容自体が不明瞭で、記載されている正体が漠然としか掴めていないんだ。
報告書自体が異常性に暴露されている。 でも少なくともあの死骸は猫じゃない。他の何かだ。
その報告書汚染って私が閲覧したら直ちに影響が出るやつ? おそらく私が次に何を言うか読めたのだろう。
それほどまでに短絡的な行動だったのがわかる。
違う。単純に文章がよくわからないものになるだけ。でも…
いい、構わない。私にも見せて。 ダメだよ、ダメ。僕が読み上げるから。要約はできないからそのまま。
その時、非常に聞き覚えのある音が少し先で聞こえた。
肉を深くえぐる鋭い音。 刃物の切っ先が肉から引き抜かれる音。
音の下方を見ると村長が苦悶の表情を浮かべながら死体を抱き抱えていた。
右脇腹のやや上あたりが背面にかけてざっくりと切られている。
ああ、おそらく服を脱いだのはこのためだろうなとぼんやりとどこか冷静に考えていた。
今、頭を支配するのは青い星空ではなく、フラッシュバックする赤。
飛沫が顔の周りに飛び散り、悲鳴が聞こえるかつての光景。
星を見るために夜更かしをしていたのはこの悪夢を思い出さないためでもある。
27:01
あったのに思い出してしまった。
もう村長の声にも、将の声にも、私はまともな夢見心地でしか答えられない。
あの…
ごめんなさい。
いささか衝撃的な光景でしたね。
ですがこれも儀式のため、この終尊のためです。
この終尊のためですか?
はい。
この終尊、私が今のところ出会ったのは入り口で見張りをしていた人と村長のあなたの二人だけです。
村の入り口から村長の家、村長の家から畑、そして畑からここまで歩いても村人に全く会っていません。
これはなぜですか?
それはこのように授かり物を持ち運びさせるため、他の人間が近くにいると危害が及びます。
そのため村の者には儀式が終わるまで家にいるようにさせているのです。
それならなぜ私が同伴してもよいという許可が下りたのですか?
よそ者である私に、同盟をけむたがり、何より子供を遠ざけたがるあなた方がなぜ、私たちは子供をそのように忌避してはいません。
私たちは、そうでしょうね。
だがそれ以上に異類であるいがみ様と共存するのではなく依存している。
この修尊では、授かり物が現れる以前には生贄を捧げていたと聞いています。
何よ。
村人に対する慈愛と異類への依存。
二つの感情が混ざり合い歪んでしまったあなたは何人犠牲にしたんですか?
犠牲にしたのは大人ですか?それとも労働力としては未熟な?
あなたは知る必要はありません。
それは、私も子供だから?
い、今、何と?
いいえ、何でもありません。子供だから知る必要はない。
子供だから黙って指示を受けていればいい。
子供だから黙ってついてくればいい。
ふざけやがって。
到着したのは、前時代の建物であっただろう名残がある崩れた建物だった。
おそらく鉄筋コンクリートと言われる手法だか材質だかで作られたもの。
30:04
そこの地下室に続く道を抜けると神殿であるという村長が内部へ入り、大声でこちらに来いと合図を出す。
将もさすがに様子がおかしいと勘づいたのだろう。
引き返そうと提案するが、私の真っ赤に染まった思考は短絡的な行動を許してしまった。
中へと降りる。
内部は木造であった。
それどころか地下室なのに窓がある。
さっきまで時刻は夕暮れ前だったのに窓の向こうは何も見えない暗闇だった。
光源がないため目が慣れるのに時間がかかる。
建物の中央には猫の死骸が置かれ、村長は、村長は、途端に黒い影に突き飛ばされる。
顔面に鋭い何かが突き立てられ、ズチャリと音を立てた。
暑い、暑い、暑い、暑い、暑い。
エナちゃん、エナちゃん?
数秒か数分間かわからない。
とにかく気を失っていた。
ショウ…今の一瞬で何が…
村長がエナちゃんを突き飛ばして猫の死体の前まで移動しちゃったんだ。
それで肝心の村長はハッチから脱出した。
最初からここに閉じ込めるのが狙いだったんだ。
猫…
エナちゃん、大丈夫?意識はあるみたいだけど、打ちどころが悪かったの?
それとも顔の出血が…
顔?出血?
自分の顔を脱ぐ。
そこには真っ赤な自分の手のひらがあった。
顔が暑い。
頭の中がより鮮烈な赤になる。
大丈夫、眼球は傷ついてない。
大丈夫じゃないよ、早くハッチに…
よろけながら地上への扉を開けようとするが、びくともしない。
ちらっと見ただけだが、鍵などかかっていなかったはずだ。
力が入っていないか、それとも…
許せ、子供たちよ。
君たちはこうするしかなかった。
私たちはこうするしかなかった。
扉の向こうから村長の声が聞こえる。
33:00
泣いているような笑っているような声で、明らかに正気ではなかった。
村長、何言ってるの?ここを開けてよ。
もういい。
いいよ。
エナちゃん?
もともと警戒すべきだった。
異類は狭い範囲に複数あって、何も起きないはずがない。
化学反応と同じで、異類同士がぶつかり合って、確認されたことのない異常が新たに出てくる。
あっ、オブジェクトクロス?
財団ではそんな名前だったんだ。
それで、おそらくこの集村には異常な、精神を歪める異常がある。
村長も、他の村人も、犠牲になった子供たちも、私にも影響を。
そんな、僕は精神汚染を確認できてないよ。
もともとオールドAIの端末は、そこまで高性能じゃないでしょ。
あくまで記録用なんだし、確認できなくて当然でしょ。
とにかく、この集村に踏み入れたが最後、本人の思考を歪めて生け贄、特に子供を捧げたくなる。
そして、その異常を発しているのは、頭部のない猫の死体という異類を取り込んだ、ワンワンワン、ワンワンワン、ワンワンワワワン、ワンワンワン。
私でもショーでもない、別の何かの声が聞こえた。
猫の死体が置いてある現在地よりも、さらに奥、暗闇から、それはこちらを見ていた。
ワンワンワン、ワンワンワン、ワンワンワワワン、ワンワンワン。
僕らは犬だぞ、元気だぞ。とっても寒いな、負けそうだ。こちらに向かってきている。
目がないのに、何かは子供たちを見据えていると瞬時に理解できた。
エナちゃん、奥にいるそれを見ちゃダメだ、下を向いて。
何かはこちらへとゆっくりと近づいてくる。
気をそらそうと猫の死体を投げようとしたが、想像以上に重い。
小さな人間ほどはある重量だろうか。
憶測の上に立つ憶測ではあるものの、最悪の考えが頭をよぎる。
36:01
この猫の死体は人々が植え始めた直後に出てきた。
人の肉を喰らうイガミ様が猫の死体だけは何故か気に入った。
ショウが言った猫の死体ではない、正体が漠然としか掴めない別の何か。
実際には小さな人間ほどの重量がある、という最後のピースが真っ赤な頭の中でカチリとはまってしまう。
まさか、まさか頭部のない猫の死体って、
子供の、ハッチは開かない、別の出口を探さなきゃ。
わんわんわん、わんわんわん、わんわんわわわん、わんわんわん。
僕らは犬だぞ、元気だぞ。
熱が欲しいな、ちょうだいな、と、
とは言っても、奥に行ったらそれこそ、
じりじり後退していくしか、頭に血が昇る。
顔とともに頭の中が真っ赤に染まる。
熱い、熱い、熱い、熱い、熱い。
ふっと、本当にわずかの時間、光源のない部屋に白い光が舞い降りた。
思わず顔を上げる、地下室に備えられた窓の向こう側、
そこに私が見たかったもの、赤でも、青でも、緑でもない、
黒を切り裂く白い流れ星が落ちていた。
なるほど、同盟に入りたい、と。
確かにあなたはたくさん読書して、その年頃では知らないような難しい言葉も、異類の知識も多く持っている。
探望者としても優秀でしょう。
でしょ、なら、
ダメですよ。
え?もう本の中だけの異類を想像するだけじゃ飽きちゃうわ。
このままだと流れ星まで飽きちゃうかもしれないのに。
じゃあ君は流れ星を見るのが好きなんですね?
うーん、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
え?どっち?
だって、あんなにたくさんの星が落ちてくるなんて不自然よ。
頻度も、一度に出てくる量も。
だから私は流れ星を作る異類があるかもって思ってるの。
いえ、きっとそうよ。
それを解明したいと?
解明、うーん、
39:03
ゆっくりでいいですよ。
自分の心にあるものを言語化する。大切なことです。
いつも流れ星を作ってくれてありがとうって言いたいかも。
感謝の言葉を言いたいですか?
あなたが教えてくれたことよ、リーダー。
私たちはどういう形であれ、共に生きている。
だからこそ、共に恐れ、共に歩み、そして共に知る。
私はね、リーダー、異類を壊したくない。
管理もしたくない。仲良くしたいの。
とても厳しい世界だけど、この世界ならそんな馬鹿みたいなこともできる気がするの。
ええ、ええ、きっとできます。
そのキラキラとした両目と、その元気な両足と、その純粋で穢れなき心があれば、
流れ星を作る異類、千の星を落とす二人にたどり着き、仲良くできますとも。
ほんと?じゃあ、同盟にも。
それは、あなたが大人になったらね。
もー、そうだ。
そうだよ。私は流れ星を作る異類に合うんだ。
こんなところで、こんなところで、追われるか。
私は探訪者。異類を恐れ、そして異類を見据えて、
異類を知って、異類と歩むもの。
顔を上げると、真っ赤はもう頭の中から消えていた。
暑くない。見えるのは青く寒い夜空。
白い流れ星。そして、
わんわんわん、わんわんわん、わんわんわわわん、わんわんわん。
僕らは犬だぞ。元気だぞ。 寒くて寂しい。ひもじいよ。
何かをじっと見る。 ゴパッという音とともに、
二つの丸い緑が表面に現れた。 その丸は寂しそうな感情を訴えていた。
わんわんわん、わんわんわん、わんわんわわわん、わんわんわん。
僕らは犬だぞ。元気だぞ。 死んでいった子供たち。
そっか。 恋しかったんだよね。
寂しかったんだよね。 伝承でしか知らないあなたたちの故郷に
帰りたいって思ったんだよね。 生まれた時からここに閉じ込められて、
42:01
外で思いっきり駆け抜けたいのに、それすらできなくて、
体が温まることがなかったんだ。 だからただ衰弱していくしかなかったんだ。
ごめんね、わんちゃん。 ごめんなさい。
わんわんわん、 僕らは犬で、元気なのに、
なんであなたは泣いているの? 終わってしまったものを掘り返す。
それはきっといけないことだ。 逆も叱りであり、地下深くに埋められなかったものとすることも、
きっと人間の最良でやってはいけない。 私がごめんねと言ったのは、私自身も鑑賞できない。
この異類は救えないからだ。 それは単純な力不足であり、
田んぼう者である以前に人が踏み込んで変えていいものではないから。
でも、でもせめて、何もできなくても、祈ることだけは、あなたたちが少しでも、少しでも苦痛から解放されますように、
いい方向へと向かってくれますように、と祈ることしかできないし、祈ることをやめたくはない。
私は近づいてきた何かに全身を包まれながら、 膝をついて両手の指を絡めて合わせていた。
わん。 僕らは犬だぞ。元気だぞ。
あなたが泣くと悲しいよ。顔をなめられた気がした。 汗と涙と血まみれだったからなのだろうか。
気がつくと何かは流体になって、床の木目に染み込んでいなくなった。
私の手には赤い首輪が握られていた。 名前が刻まれていたであろう、首輪にはめ込まれていたそこにあるはずのプレートは、
抜き取られていたようになくなっていた。 気がついたら私たちは外にいた。
地下に入る前からそこまで時間は経過していないらしく、 もう少ししたら夕暮れが来るかもしれない空模様をしていた。
ハッチはこちら側からも開かなくなっており、 私たちはこれ以上この集村にはいられないと思い、こっそりと誰にも見られることなく去った。
村人は私は死んだと思っているから追っては来ないだろう。 だが距離を置くことに越したことはない。
45:04
早めに遠くへと行きたいところだが、 しばらく歩いて暗くなるギリギリまでに済ませたい作業があった。
来た道の途中でちょうどいいとは言えない大きさだが、 一本の木に携帯していた青色の塗料で文字を書く。
村から外に出ることを許されず、 自由になれなかった頭部のない猫の死体たち。
おやすみなさい。この塗料はもともと私が森で迷った場合に 木につける道しるべとして万が一持ち歩いていたものだ。
木の前で祈りを捧げる。 間違った道へと向かうことなく、あるべきところへと迷いなく、
無念が呪いになることなく猫たちが行けますように。 なるほど、小さな子供一人を旅に送り出す不安というものが少しわかった気がした。
歩みを再開する。 もう全身クタクタだが、夜の間も歩くことにした。
ポツリと右手首の相棒がつぶやく。 ごめんね、エナちゃん。
何が? エナちゃんが危険に晒されているのに何もできなかった。
それどころか冷静じゃいられなかったのに。 相棒失格だ、僕。
ううん、逆に私が助けられてばっかり。 あなたがいなかったらどうなってたかわからない。
むしろ自分の未熟さを思い知らされたわ。 っていうかショウ、ひょっとしてちょっと日本語上手になったんじゃない?
え?そうかなぁ? あははっ
うん、上手になったよ。
あ、エナちゃん、流れ星、しかもたくさん。 ふっと空を見上げる。
冷え切った空気と真っ暗な空に流星群が降り注いでいた。 本当にこの世界は流れ星が多いなとつくづく感じる。
ちょっとショウ、あなたは私より流れ星に気づくなんてやるじゃないの。 悔しいけど見直したわ。
えへへっ、ねえ、エナちゃん。
ん? 実はね、僕も異類なんだ。
うん、え?
いや、それはそうだろう。 オールドAIだって異類だ。そういうことじゃないのか。
私はショウの言葉を静かに待った。 もともとはネットワークっていう前時代に発展していた外に僕は生きていて、
48:12
そこに巣を作ってた。 でも世界が一回滅亡して僕がネットワークで学んだことがすべてリセットされたんだ。
どうしようもなく傷ついて、その時にリーダーが保護してくれて、 エナちゃんと一緒にこの世界を見て回りなさい。
そしてもう一度学びなさいって言われた。 リーダーが?
うん、だから僕は端末でもあり、端末者。 そんな僕を君に任せたってことは、エナちゃん、リーダーは君のことを認めていたんだ。
同盟の一人、端末者の一人として。 そっか。
だからね、エナちゃん。
うん、うん。
ありがとう。 ありがとう、ショウ。
子供扱いするどころか、大薬を私に任せてくれた大人がいた。 たったそれだけの事実なのに涙がボロボロとこぼれていた。
止まらなかった。 それが当たり前よ、と怒りたかったのに格好悪く泣いていた。
ねえ、ショウ。
うん。
あなたの本当の名前を あなたの最初の飼い主がつけてくれた番号を
教えてもらってもいいかな。 満天の星がこぼれ、
降り落ちる中で 私は確かにその名を聞いた。
シュウソン・キュウイチ
ユウコウド・テイ イルイガイヨウ
頭部のない猫の死体と、生贄を求めるイルイと、生息する建物。
シュウソンでは子供を積極的に生贄に捧げていたような発言が示唆されており、 また実際住んでいる人もほとんど観測できなかった。
イルイと共存どころか、村としての体裁を保てているかすら怪しい。
コメント シュウソン・キュウイチに訪れることは非常に危険である。
村人がイルイの異常によって生贄を渇望している可能性が高い。 何らかの対策か、そっとしておくのがいいかもしれない。
探索担当 エナ 報告担当 ショウ
もしくは管理番号 2000JP
51:06
はい、確かに記録を受け取りました。 ありがとうございます。ショウ
どういたしまして。端末として当たり前のことをしただけです。 えっへん。少し日本語が上手になりましたね。
言い淀むことがなくなったし、報告書の言葉遣いも上手です。 えー、そうかなぁ。もっと褒めてくれてもいいんですよ。
大方、形を持たない情報体のイルイでも取り込みましたか?
え? おや、ズボシ?
そ、そ、そ、そんなことあるかもしれないし、ないかもしれないし…
どっちなんですか、一体。 ごめんなさい、同じ犬らしいものだったのがとっても相性が良かったみたいで、
そのイルイが犬そのものであったらそこまで学習しなかったでしょうに。 同盟の担保者はイルイには
過度に干渉してはいけない。
あなたたちが成果を挙げて生還してきてくれたことはとても嬉しいです。 ですが、それ相応の処分は追って言い渡します。
相棒のエナにそう伝えなさい。
は、はい、すみませんでした。
道に落ちているものを食べる癖、矯正してもらわないといけませんね。 一匹の使いが電子の道を元気よく走り去っていった後にごちる。
思い浮かべるのは小さな少女の顔と、その先祖の顔。
まったく誰に似たんでしょうかね、あの女の子は。 自ら作り出す氷塊の中に閉じこもり、幾度のコールドスリープを繰り返し、
23世紀まで生きた魔女と呼ばれる女性。 世界が滅びてからは見ていない。
死んだか、どこかで生きているか、 はたまた氷の中で眠っているか、
エナの顔を見た瞬間、あなた自身だと錯覚するほどでしたよ。 もともと小柄であったのも相まって、
心を開いた人には無遠慮になり、 歩きやすい服装でパタパタと歩き回り、寒い空気が好き。
本当に息移しだと思うほどだ。 エナを保護するだけでなく、
田んぼう者として育てようと決心したのは、 その子の夢のためでもあるが、
54:00
彼女の子孫だから、という側面もある。 そして何より、犬が大好きなのもあなたそっくりですよ。
ナユキカモエ。 歴史の旧友を思い出し、微笑む男が一人。
この世界は今日も回る。