00:06
スピーカー 2
Tale-JP 進路相談
スピーカー 1
私は家族を失った。あの放送室から救出された後、大人たちは私を何とか元の家に返そうとしてくれた。
久しぶりに会った両親の顔は記憶よりだいぶ老けていて、記憶にないほどよそよそしかった。
現実が遠ざかるように音が消えて、そこからはぼんやりとしか覚えていない。
どんな表情をして両親だった人の言葉を聞いていたかもわからない。
気がつけば私を連れてきた細身のスーツを着た女性職員が丁寧に挨拶をして家を去るところだった。
彼女が車に戻った後にハンドルを握ったまま泣いているのを見て、やっと私も大泣きした。
隣の付き添いの男性も私の頭をぎこちなく撫でていた。
人生最悪の日だった。
それでも一見冷たいように見える彼らが見た目とは裏腹にとても温かいことを知った。
私はまた家族を手に入れた。
その学校には私と同じような境遇の子どもたちがたくさんいて、毎日大人たちが様子を見に来てくれていた。
優しい学校業務員の田村さん。
照れ屋な清掃係の湯山さん。
渡森博士と研究室の人たち。
財団で最年少の、まだスーツが似合わなかった頃の新米エージェント千代美。
私たちはすぐに彼女と仲良くなって、彼女にちょみとあだ名をつけた。
授業参加には両親は来なかったけど、その代わりにたくさんの職員たちがやってきた。
教室に全く入りきらなかったから、その日は体育室で授業を受けた。
みんながそれぞれに不幸だったけど、みんなが愛されていた。
子どもも大人も、全員が友達で家族のように思っていた。
私は家族を失った。
小学校の最後の年に、あの恐ろしい事件があった。
学校にもサイレンが鳴り響いて、訓練通りに避難した。
クラスメイトは全員無事だったけれど、一番近くのサイトはめちゃくちゃになったと聞いた。
03:02
スピーカー 1
6年生の最後の授業参加で、まばらになった大人たちを見て、私はようやく理解した。
不幸は何度でも私の前に現れることを。
私の人生には他の人よりも傷が多いと思う。
でも人は多かれ少なかれ傷を負う。
サイト81KAがすぐに建て直され、失った人たちを石杖に再出発するのを見た。
ちょみさんが涙を拭いて、新しいピアスを開けて、いつもと変わらず笑うのを見た。
中学、高校の三寒日でまた人が溢れて、教師が目を丸くするのを見た。
私が初めて助けられたあの日からずっと、私は不条理な運命と、それに立ち向かう人々の強さに触れ続けてきたのだ。
だから、今度は私が強くならなければ、そう思う。
そう思うのだ。
ここは千葉国際科学大学、その食堂の隅っこだ。
財団に引き取られた子どもたちは、財団の運営するこの大学に進学することが多い。
ランチタイムも終わったこの時間に、暖かい日が射すこの席は私のお気に入りだ。
私ももう大学3年生であり、嫌でも就職を意識する。
とりあえず、と思って受けた就職活動のガイダンスで、
教師が自己分析の大切さを熱心に説いていたので、
私は改めて自分の不思議な人生を思い返して、
気がつけば進路の相談役として非晩のちょみさんを呼び出していた。
そして今、私の向かいの席にはミートソーススパゲティと半熟卵、肉団子の小鉢が置かれており、
ちょみさんが即席の半熟ミートボールスパゲティをニコニコしながら頬張っているのだった。
彼女は財団職員かつ同じ大学の先輩ということで、
さっきまではベストな相談役に思っていたのだが、
よくよく考えてみると、彼女は高卒ですぐ財団に就職してから大学に入っている。
進路の相談役としてはちょっと人生に迷いがなさすぎる。
ちょみさんはノーブレーキで後から道筋を考えるタイプだ。
財団に就職すりゃいいよ。お前なら研究職もいけるだろ。給料もいいしさ。
06:02
スピーカー 1
それにみんな知り合いみたいなもんだし、すぐなじめるさ。
ちょみさんはスパゲティを執拗にくるくる追い回しながらそんなことを言う。
だからその普通の友達には財団に就職したことは言えないんですよね。
まあそうなるな。財団関係の話はうまくごまかす必要がある。
でもちゃんと一人一人に無理のないカバーストーリーが適応されるし、慣れれば何とでもなるよ。
どうした?友達が普通就職なのか?話すべきだろうか。いいや、言ってしまえ。
友達じゃなくて、ちょみさん、あの、ふざけないで聞いてくださいね。
えっと、大学で恋人ができまして、ちょみさんは目を丸くして食べる手を止めてにやりと笑った。
まじか!おめでとう!いつから?
大学に入ってすぐ知り合ったんですけど、付き合ったのは1年前くらいですね。
いいねいいね。青春だな。高校時代を思い出すよ。
どんな子?
それ今聞きます?
いや、気になるからさ。サークル関係?
いえ、学部の先輩ですね。大人しいけど面白い人です。
なんか受け答えに余裕を感じるな。
ちょみさんは?
それ聞く?
らしくもない恋話をして、ひとしきり笑った後で、ちょみさんは少し真剣な顔になる。
恋人、一つ飢えって言ってたよな。就職決まってるのか?
そう、それが問題なのだ。彼氏の内定先は誰でも知っている有名企業の研究職。
この大学には比較的多くの財団フロント企業の求人が来るが、その企業は財団と関係ない。
はい、付き合った時にはほとんど決まってたみたいで、内定先は一般企業で。
そうか、恋人が財団以外に就職するなら、関係性はどうあれ財団の話はそいつにはできない。
家族に隠してる職員も多いけど、少し辛いかもしれないよ。
私はできればそういう隠し事とかはしたくないんです。
スピーカー 1
そうなると、一般就職をするなら、どの時点かは覚えてないけど、卒業までには記憶処理をしなきゃいけなくなる。
人間関係の変更まではしないと思うが、財団という組織や出会った異常なんかの記憶はうまくカバーされるはずだ。
09:08
スピーカー 1
そうですよね。
ちょみさんは背もたれにゆっくりもたれかかってため息をついた。
少し気まずい沈黙が流れた後、彼女は背筋を伸ばしてこっちを見る。
なんだかんだ10年以上の付き合いだからな。
一緒の職場になるもんだと思ってた。
財団に来ないのはちょっと寂しいよ。
頭の中がはてなマークでいっぱいになった。
ちょみさん?私はもちろん財団に行きますよ。
は?
今度はちょみさんがキョトンとする番だった。
私が財団に就職するのは大前提です。
だから恋人をどう説得するかを相談しに来たんです。
言葉が足りないのは私の悪い癖だ。
私は焦って次の言葉を探す。
ほら、その一緒の子と恋人も一緒に財団に就職してもらおうと思って。
彼が今決まっている就職先も研究職なんで、
助手とかなら十分できると思いますし、好奇心旺盛だし、その…
え?何?そっちの相談?
そうです。福利厚生面とかカップルでの財団就職の前例とか、
とりあえずメリット・デメリットを示して彼氏を説得したいんです。
だから何か良い方法はないかと、そういう相談なんです。
一瞬の空白の後、学職にちょみさんのカラカラ笑う声が響いた。
周囲の学生が何事かとこっちを見てくる。
はっはっは、いやー悪い悪い、完全に誤解してた。
てっきりお前が彼氏に合わせて就職しちゃうのかと。
そうだな、一緒にこっちに就職する道も当然ある。
人事部に資料出せないか聞いてみるよ。
あとは卒論だけって余裕こいてる彼氏には悪いけど、悪い話じゃないからな。
ちょっと待ってろ。
そうだ、私は何かを諦めたりはしたくない。
私を支えてくれた人たちがとびきりの負けず嫌いたちだったのだから。
世界を犯す異常に立ち向かう人になろうというのだ。
好きな人一人の進路が違うからといって、そう簡単に諦められるものか。
カップルでの就職例もあるし、最近では就職後にカミングアウトして転職してもらうってパターンも多い。
片方が研究職で、片方がフロント企業みたいに家族ぐるみで財団に就職するパターンだって多いから、とにかく事例を用意するよ。
12:07
スピーカー 1
メリットとしては給料面や福利構成、他では絶対にできないキャリアと、何より知的好奇心の充足。
はい、ありがとうございます。
にしてもそうか、強くなったなあ。
一通り電話で色々指示を出した後、ちょみさんはにっこり笑ってそう言った。
スピーカー 2
パスタ皿は空になったが、手持ちブロックはまだ残っている。
一通り電話でいろいろ指示を出した後、ちょみさんはにっこり笑ってそう言った。
パスタ皿は空になったが、手持ちぶさたなのか、まだフォークを握っている。
スピーカー 1
みなさんのおかげです。
スピーカー 2
それに、私はずっと前から財団で働こうと思っていたので、今さら普通就職は考えてないですから。
ずっと前から?どうして?
絶対に記憶処理を受けたくなかったんです。私は覚えてなきゃいけないので。
覚えておくって一体何を?
戸惑った表情でちょみさんは首をかしげる。
ちょみさんは私がどうして財団に引き取られたかご存知でしたっけ?
あまり詳しくは言えないけど知ってるよ。放送室だろ?
スピーカー 1
そう、あの一人ぼっちの放送室。私が囚われ続けた異常。
スピーカー 2
誰もが自分を忘れてしまう、そういう異常。
だけど、私は覚えている。覚えてなきゃいけない。
みんなに忘れられていく、そういう異常性です。
でも、私はあの人に、全てに忘れられた後のあの人に会っている。
スピーカー 1
どういうことだ?
あ、私の身代わりになった人。
あの人と出会ったのは全員に忘れられた後、最後のアナウンスの後なんです。
スピーカー 2
だから、私は、私だけがあの人を覚えているんです。
みなさんがお待ちでした。
そのアナウンスを最後に放送室のドアが開く。
もう世界の誰一人覚えていないオレンジ色の服の少しくたびれた男性と私の目が合う。
涙ぐんだ瞳の中に覚悟の光が宿っている。
恐怖にこわばった顔の中に優しくぎこちない微笑みを残そうと必死になっている。
そして彼は震える手で私の頭を少し撫でて、こう言ったのだ。
15:03
スピーカー 2
「よう、お嬢ちゃん。」と。
そうか、覚えてたのか、身代わりになった奴のことを。
スピーカー 1
はい、ちゃんと研究職になれたら、もし許されるなら、私はあのデパートにもう一度だけ行こうと思います。
スピーカー 2
報告と、これからの覚悟のために。
協力するよ、きっと喜ぶだろう。
ちょみさんははにかんで、私もつられて笑った。
ついにこの日が来た。
私は車から降りて、すでに到着していたちょみさんたちのもとへ歩く。
ちょみさんの後輩の桜木エージェントが軽く手を挙げて片眉をあげる。
ちょみさんが少し険しい顔で口を開く。
2分だ。アナウンスが始まる前に絶対にデパートを出る。
案内だって反対されてたんだ。
スピーカー 1
アイデンティティの問題だからってのと、担当研究員が変わってなかったから説得はできたが、それだけみんな心配してる。
今回は本当に特別だ。
入り口だけ、絶対に2分。
過ぎたらうちと桜木が本気で連れ出す。
スピーカー 2
わかった?
はい、私ももう二度と忘れられたくはないので。
よし、言うことは決まったか?
じゃあ始めよう。
スピーカー 1
デパートの入り口に立っていた警備員がうなずいて道を開けた。
スピーカー 2
ちょみさんと桜木エージェント、そして私の3人だけが入り口に足を踏み入れる。
デパートの中はひんやりしていて薄暗い。
スピーカー 1
彼は今もそこにいるのだろうか?
覚えていますか?
スピーカー 1
声が震えた。
ずっと長い間、私はここで迷子になっていて、
あなたに助けてもらいました。
スピーカー 1
言わなきゃいけないことがある。
私、それから元気に生きてきました。
友達も恋人もできました。
スピーカー 2
旅行にも行って、大学も卒業して、私、財団の職員になりました。
30秒だ。
時計を真剣に見つめながら、ちょみさんが時間を告げる。
スピーカー 1
私はあなたを覚えています。
あなたを覚えたまま生きていくから。
スピーカー 2
あなたのおかげで、私は、私は、
スピーカー 1
正式に職員になった後、まず一番最初にあの報告書とログを見た。
18:01
スピーカー 2
記録の通りなら、きっとここで叫んだことも届いているはずなのだ。
あの孤独な放送室に、きっと。
もうすぐ1分だ。急げ。
スピーカー 1
私は楽しく生きてこれました。
ありがとう。ごめんなさい。
私はあなたの優しさに甘えます。
スピーカー 2
あなたを覚えて生きていきます。
叫びがガランとしたデパートに反響した。
ちょみさんはずっと時計を見つめている。
涙を拭いて静寂が戻った冷たい廊下の先を見つめる。
あと1分。きっかりで出るからな。
返事が返ってこないことも予想していた。
スピーカー 1
大丈夫です。わかってます。
自己満足でもいいんです。
スピーカー 2
私がやりたかっただけ。
スピーカー 1
その時、ジジッとノイズの音がした。
スピーカー 2
はっとしてみんなが天井の音声機器を見上げる。
ノイズが続く。
そして、
久しぶりだな、お嬢ちゃん。
アナウンスが流れた。