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7時のニュースです。
先日お伝えした、県内の林道で起こった土砂崩れの現場で、遺体が発見されたニュースの続報です。
警察によりますと、遺体の年齢は80歳前後の女性と見られており、首に湿られた衣服を着ていました。
何者かによって殺害された可能性が高いとみて、引き続き捜査を進めるということです。
現場は土砂崩れによって道が塞がれるなどしており、殺害現場の特定が難しいことから、警察は女性の身元を調べるとともに、
遺体を見つけた女性の姿を見つけました。
土砂崩れによって道が塞がれるなどしており、殺害現場の特定が難しいことから、警察は女性の身元を調べるとともに、
この夏の突然の雨に、今となっては誰も驚くことはないだろう。
人々の想像を超えるような出来事を何度か経験すれば、それはやがて日常となり、誰も気に留めなくなる。
きっとこの世界中を巻き込んだ出来事も、いつの日か当たり前になり、私たちの生活の一部として溶け込んでいくのだ。
それが毒としてなのか、薬としてなのか、それはまだ誰にもわからない。
もう疲れました。
え?
声がかき消されたことにも気づかず、私はただ椅子に座ったまま、ぼんやりと蛍光灯に照らされている彼女の横顔を見つめていた。
店全体を叩きつけるように降る雨の音が、半年間たった一人で過ごしてきた。
彼女の心のノイズのようだった。
私は椅子から立ち上がろうとして、背もたれに手をかけた。
その瞬間、彼女の手が私の腕を掴んだ。
その手に徐々に力が入っていく。
細く華奢な腕からは想像できないほどの力だった。
このまま…
その手は震えていた。
何かに怯えているわけでも、寒さに震えているわけでもなかった。
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ただ、溢れ出る何かをじっと抑えようとしていた。
今はただ…
彼女から溢れる行き場所のない感情を、同じ空間で見つめることしか、私にはできなかった。
すいません。
少し休憩しましょう。
私は力の抜けた彼女の手をそっと外し、首元のケーブをほどこうとした。
いえ、大丈夫です。すいません。
いや、でも…
減らせてください。
やがて落ち着きを取り戻すと、彼女は再びハサミを動かし始めた。
それは何かを確かめるような、ゆっくり、ゆっくりとした動きだった。
不思議です。
え?
こうして、髪を触らせていただいていることが…
それは、僕も…
勇気がなくて…
勇気?
この半年間、来るはずもないお客さんのために、床を掃除して、タオルをたたんで、鏡を磨いて、ハサミを研いで、
主人の帰りを待ちながら、ただぼんやりと時間が過ぎていくんです。
毎日、毎日同じことを繰り返しながら、ただ、じっと一人で待っていて、気がついたんです。
私には、待つことしかできないんだって。
主人がいなくなる前から、そのずっと前から、私はただ待っていたんです。
ずっと待つだけの人生を過ごしてきたんだなぁと思って。
今日も、いつもと同じように、床を掃除して、タオルをたたんで、
鏡を磨いて、ハサミを研いで、
それからはあまり覚えていません。
ただ、奥の畳の部屋で、今日も何かを待ちながら、思ったんです。
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終わらせなきゃって。
それで私、今日、死のうと思っていたんです。
私は定期的に耳元で鋭い刃物が擦れる音を聞きながら、鏡に映る自分の顔を見つめていた。
自分でも分かりません。覚えてないんです。
いつサインボールの電源を入れたのか。
だから、たかしさんがここに座っていた時、私…
僕は、僕は、ずっと探していたんです。この店を。
気がついた時には私はそう言っていた。
自分でも分からなかった。何度目だろう。
自分の感情のコントロールが効かなくなっていくこの感覚は、
私はわずかに残された最後の感情の糸を手繰り寄せるように、平成を装った。
嘘なんです。仕事で来たというのは。
嘘?
母親の介護をしてから、僕に仕事なんてしていません。
この数日間、車で寝泊まりをしながら、ただブラブラとこの辺りを徘徊していただけなんです。
すいません。嘘をつくつもりはなかったんです。
ただ、なぜかこの店から、この場所から立ち去ることができなくて。
あなたと、まりこさんと少しだけ、もう少しでいいから、声を。
会話をしてみたかったんです。
真実は分かりません。
母の言う店が本当にこの辺りにあったのか、
母が若い頃本当に店をやっていたのかすら、僕には分かりません。
でも、この店の前をたまたま通りかかり、吸い込まれるように扉を開けた時、
なぜだかとても懐かしい気持ちになったんです。
そしたらあなたがいた。
どうして?なぜ?
心の中で何度も問いただしました。
でも僕に分かるはずがない。
分かるはずがない。
現に、確かにあなたはこうして僕の前で生きている。
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彼女の手が私の震える肩から首筋に移り、そして二の腕を優しくさすっていた。
最初から、僕には無理だったんです。
仕事を中途半端に投げ出すことも、やったこともない介護を引き受けることも、
老いていく母の姿を見ながら自分が自分で亡くなっていくことが、
母の中から僕が消えてしまうのが怖くて、怖くて、
どうしてあんなことをしてしまったのか。
分かりますよ。私には分かります。
静かで迷いのない声だった。
子供の頃、クラスで物が無くなった事件があった。
前日、たまたま一人で遅くまで教室に残っていた私は、
真っ先に疑われることになり、母親が学校に呼び出された。
うやむやに言葉を流そうとする他人に、母は毅然とした態度でこう言った。
うちの子じゃありません。分かりますよ。私には分かります。
一緒に死んでくれませんか。
死んでくれませんか。
私でよろしければ。
あの時と同じ声だった。
この店にやってきて、髪を整えると申し出てきた時と、
同じ彼女がそこにいた。
一緒に死ぬことぐらいしかできませんけど。
そう言うと彼女は左手で結んでいたゴムをゆっくりと外した。
後ろで一本にまとまっていた髪の毛がほどけ、
あのなんとも言えない懐かしい香りがあたりに漂った。
でも、一つだけやることが残っているんで、
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それを済ませてからでもいいですか。
やること?
もう少しだけ、整えさせてください。
え?
気になるんです。これでも髪尾の妻なんで。
二度目の申し出だった。
死を覚悟した男女が髪型を気にするなどということは聞いたことがない。
しかし、私は彼女の申し出を自然に受け入れることができた。
分かりました。
ありがとうございます。
私は改めて深く椅子に腰掛けると、
鏡に映る自分の顔をまっすぐ見つめた。
背後では再び彼女がほどいた髪をゴムで縛っている。
透き通ったうなじがあらわになり、
うっすらとにじんだ汗が首筋を艶やかに濡らしていた。
やがて彼女が私の毛布を丁寧に広げ直すと、
汗と混じった懐かしい香りが私の鼻をくすぐった。
切りますね。
これまでとは違い、小気味良いハサミの音が天内に響いた。
時折、首の角度を動かす彼女の指が私の米髪に触れる。
私はその感触を確かめながら、
目の前の所漏の男がいつの間にか小切れに整っていた。
終わりました。
そう言うと彼女は二つ折りの細長い鏡を広げ、
後頭部の長さを確認してみせた。
いくつか薄くなっていらした所があったので、
少し長めに残して目立たないように。
ありがとうございます。
お疲れ様でした。
静かに鏡を畳むと、彼女は目の前の所漏の男が
静かに鏡を畳むと、彼女はおもむろに振り返り、
カタカタと首を振る扇風機のスイッチを切った。
下、片付けますね。
彼女は私の首からケープをほどき、丁寧に丸めると、
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すぐそばにあった箒で床に散らばった髪の毛を集め始めた。
どうぞ、休んでいてください。
私はいくらか軽くなった自分の頭部と、
足元にうず高く集められた白髪混じりの髪の毛を見ながら、
なぜかみそぎを受けたような感覚になった。
と同時に、この髪の毛が伸びる間にしてきた自分の行いに
怒りがこみ上げてきた。
なぜ、どうしてもっと早く気づくことができなかったのか。
52年間、自分の母親として生きてくれた人間への
最後の所業に至るまでの経過を思い返し、
私の体は小刻みに震え出した。
どうしてもっと早く気づいてあげられなかったのか。
どうしてもっと優しく接してあげられなかったのか。
どうしてもっと話を聞いてあげることができなかったのか。
どうして、どうして私は母の首を絞めて殺さなければならなかったのか。
そして私は無優描写のように彷徨った挙句。
この小さな利発点にたどり着き、このマリコという女性に出会った。
これは偶然なのか、それとも運命なのか。
しかし確実なことが一つ、私の迷いは明確になった。
ここが私の死に場所だ。
見つけたんですね。
はっとして顔を上げると、目の前に彼女がいた。
きっとまたどこかで崩れたのかも。
役所の人もこんな雨の中大変ですよね。
そうですね。
誰の被害に遭わなければいいですけど。
あの、ありがとうございました。
私は軽くなった頭を下げて、改めて彼女に礼をした。
こちらこそ、ありがとうございました。
まっすぐに私を見つめながら、私よりも深く丁寧にお辞儀を返す彼女に若干の戸惑いを感じつつ、
私は深く息を吸ってから、確かめるように尋ねた。
一緒に死んでくれるんですよね。
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出演 石曽雄也
塩湯真由美
木中由里
脚本 演出 石曽雄也
制作 ぴとぱでお送りしました。