はい、皆さんこんにちは。Hacks for Creative LifeのBeckです。
新年明けましておめでとうございます。
これが2020年、最初の配信になります。
Beck's Hacks Radio第49回ですね。
劇的でもなけりゃ運命的でもない人生かもしれんけど、
それを普通で片付けるのはちょっと乱暴な気がするというお話というお話です。
年明け早々はですね、わりと真面目に目標とか考えたりとか、
自分がどういうふうに生きていきたいかみたいなことを真面目に考えがちな人間です。
なので、今日はいろいろ自分がここ2、3日と言いますかね、
年末年始考えてきたことを少しまとめていきたいと思います。
まだ自分の中で完全に咀嚼しきれている話ではないので、
もしかするとちょっとというかだいぶ瞑想してしまうかもしれないんですけれども、
ぜひお付き合いいただければなと思います。
まずはですね、劇的でも運命的でもない普通というところですね。
それでも自分にとってはかけがえのない人生ですよみたいなお話をしてみようかなと思います。
まずですね、ちょっと残念ながらなんですけれども、
いきなりなんですけれども、自分自身のことを振り返るとですね、
特別な才能とか、あるいは世の中に何かを生み出されるみたいなことっていうのはあまりなくて、
ちょっとたまたまラッキーパンチで本を出すみたいなことはあったんですけれども、
そういうことを除けば普通に自分ができる範囲の努力をしてきて、
頑張って就活してサラリーマンというのを14年間続けてきたという人生でした。
やっぱり芸能人とかと比べれば普通の人生なわけですよ。
渋谷県の社長とかそういうところと比べれば何か劇的なことがあったわけではないけれど、
でも14年間何とかかんとかここまでやってきましたよと。
自分は技術的にすごいかというとそうでもないし、
自分が一番よくやっているのはプレゼンとかなんですけど、
プレゼンすごいかというと、上を見ればきりがなくて、
スティーブ・ジョブズみたいなプレゼンができるわけでもないし、
ほどほどにいろんなことができるんやけど、何かが突き抜けてすごいわけではないというところで、
本当に自分にそういう才能と呼べるものがないというのは結構コンプレックスではありました。
でも、だからといって自分の人生が普通でつまらないというふうにあまり思う人はなくて、
結構この人生自体は気に入っています。
まず、これも変に自己悲劇感入っちゃうかもしれないんですけど、
人として僕結構ダメな人間だったんですよね。
未熟であるということに気づけていなかった自分がいて、
でもそんな鼻持ちならない自分をいろんな人が助けてくれて、
かわいがってくれてというのもあるし、
友達がすごく助けてくれたりとかっていうのもいっぱいあって、
あと最初はね、別に自分がというわけじゃなくて、どんな人もそういうところはあるかもしれないですけど、
何か自分の生きる意味みたいなものを持てていなかった、
結構空っぽと言うとあるかもしれないですけど、そういう人生だった気はするんですけど、
それにいろんな人が僕の生きる意味っていうのを作ってきてくれたなと思っていて、
そういう人とのつながりみたいなところで自分の人生っていうのがすごい良くなったなというかね、
かけがえのないものになったなというのをよく思います。
とはいえね、自分で自分を評価すると普通のサラリーマンみたいな評価になってしまうんですけれども、
かといって自分の人生を振り返れば十分に奇跡的だったりとか運命的なことっていうのもあったなと思うし、
例えばなんですけどね、もう結婚して10年ぐらい経つんですけども、
その前とかだったらね、いろいろ恋愛とかもしてきたわけですけれども、
叶わなかった恋とかね、終わった恋とかっていうのもあったし、
自分で何も始まる前に諦めたりとかね、感情を押し殺したっていうこともあるし、
そういうのもあって、今でも流行りのオフィシャルヒゲ男爵じゃない、
ヒゲダンディズム、また間違えた。
ヒゲダンディズムっていうのがすぐ男爵になっちゃう。
ダメですよね。そういう世代なんですよ。
オフィシャルヒゲダンディズムのプリテンダーとかを聴くと結構しみるんですよね、ああいう曲が。
当時は辛かったけど、今思ったらそういう経験もあってよかったなって、
今なら思える。
すごい誰かを死ぬほど好きになったとか、それが終わって死ぬほど辛かったとか、
もっと早く出会えてればよかったなとか、もっと違う形で出会えてればよかったなみたいな話も
いろいろあるんですよ。
そういうものが全部が全部、当然今も続いてるわけじゃないというか、
今も続いたらやばいんですけど、終わってるわけですね。
でもそういう思い出みたいなものがね、いろいろ積み重なってきてそういう経験ができたから、
そういうね、例えばプリテンダーみたいな曲を聴くと、
ああいいなと思えるような人生を送ってこれたこと自体がよかったんじゃないかみたいなね。
別に恋愛だけじゃなくてね、いろんな人との付き合いとかもあるし、仕事とかもいろんな偶然が重なって
今の自分の職場というか、自分がやってる仕事に行き着いたわけですよね。
本当に何か一つ掛け違ってたら、今僕は全然違う仕事をやっていて、
今出会って一緒に仕事してる仲間とは出会えなかったわけですよ。
本当にね、すごい奇跡的なことが重なって今ここにいる。
本当にあの時のあれが仕事が取れてればとか、
あの時僕が決断をしなければとかっていう、自分がやってきたことと自分の決断と、
その前の約10年弱ぐらいの間にやってきたことがあって、今に至っているので、
人生何があるかわからないし、それって十分に奇跡的な出会いになっちゃうかなと思います。
自分の話はこれぐらいにしていって、
人それぞれストーリーがあって、僕は特別になっちゃうかなと思うという話をしてみたいなと思うんですけども、
僕自身結構他の人のストーリーを聞くのが好きだったりします。
どんな学生時代を過ごしてきたのかとか、どんな人生を送ってきて、どんな恋愛をしてきてとかね、
こういう話好きですよ。
どんな友人がいるのかとか、その人たちと普段どんなことして遊んでいるのかとか、
そういう話を聞くのはすごい好きです。
当たり前なんですけど、人それぞれ全然違う人生を送っていて、
全然違う経験を得てきているわけですよね。
仕事を一つとっても、人それぞれ得意不得意っていうのがあるし、
その人がやりたいなと思っていることもそれぞれ異なってきますと。
そうすると何が普通で何が特別なのか分からなくなってくるわけですよ。
というかどうでもよくなってくる。
普通という基準ではなくて、その人を見た時にどう考えようかなという風に
段々スタンスが変わってくるんですよ。
そうするとやっぱりもっとその人のことが知りたいと思うし、
僕もその人の人生で一丁紙したいなと思っちゃうタイプの人間ですよね。
せっかくだから一緒に人生楽しみたいと思うし、
人それぞれ距離感も違うからあんまりズカズカ入らない方がいい場合もあるんですけど、
でもせっかく一緒に時間を過ごすんだったら、
その人のために何かやれることをやりたいなって思うわけですよ。
そうすると僕自身が割と人が好き、他人のことをまず好きになるっていうタイプなんですよね。
いきなり嫌いになる人は大体いる人はないと思うんですけど、
僕は目の前にいる人たちをまず好きになって、もっと役に立ちたいっていう思いをまず持つタイプの人間です。
ただ人それぞれ違う人生を送ってきてるんで、違う考え方を持ってるんで、
自分がどうやってその人たちの役に立つかっていうのも人それぞれで当然違ってくるわけですよ。
普通の人生を送ってる人がいっぱいいるわけじゃなくて、人それぞれが違う人生を送っていて、
ある人にとっては僕が助けになるかもしれんし、
人によっては僕がとよかく言うこと自体を嫌う人もいるから、
統一されたというかね、唯一の解答みたいなものはなくて、
やっぱり一人一人に合わせてやっていかないといけないんで、
僕は結構そういう人に関わっていきたいと思うタイプの人間なので、
ちゃんと向き合って、向き合うならばやっぱり自分のベストを尽くしたいと思うし、
やっぱり役に立ちたいなと思います。
運命とかね、劇的とかじゃなくても、
普段の仕事をするとか、日常的な生活を送るとかっていう中で、
そうやって関わるっていうことは当然できるわけでして、
最低限ね、自分のせいで誰かを不幸にするようなことだけはしたくないですねと。
何かしやすいならお手伝いをしたい。
仕事だったら仕事上で困っていることを助けてあげるとか、
こうやればいいよっていうことを言ってあげるとかね、
ちょっとそういう何かしらの手助けをしていきたいなと思うわけですね。
それができなかったとしても、
例えばなんですけど、結構今の職場環境もね、
辛いこととかしんどいことがいっぱいあるんですよ。
せめてそれを一緒に乗り越えてとかね、笑って泣いてっていうのを一緒にやって、
一生懸命一緒にやっていけるっていうことができるだけでも、
もしかしたらそういう人の助けになれるかもしれないし、
関わり方っていうのは、例えばマネジメント的な立場で関わることもあれば、
一緒に頑張る仲間として関わることもあれば、
しんどい思いをしている人の相談に乗るっていう関わり方もあればね、
いろんな関わり方があると。
ただ、とはいえ、実際ね、思いはあるんですけど、
お前に何ができんねんっていう話に結構なるんですよ、自分の中で。
他の人の役に立ちたいなと思っていても、
自分の実力が伴ってなくて、何もしてあげられへんってことが結構あるし、
もっとみんなの役に立ちたいと思っているのに、
全然自分が思いに相応する行動が伴っていないっていうんですかね。
そういう理想と現実の間でもがき苦しむってことは、
二次予算反時なんですね。
それでも昔に比べればね、できることがだいぶ増えてきたとは思うんですけど、
結構昔からそういう思いを持ちながら生きてはきているのですが、
できなくてもがき苦しむってこともやってきているわけですと。
それで諦めてもたら何も始まらないんで、
なので僕は結構日々の仕事の中とか生活の中で、
社内から仲良くできる範囲のことを頑張ろうということをやってきましたし、
大事にしたいと思えるようになるのかなというふうに思います。
最後にちょっとまとめじみたところを言っておこうかなと思うんですけども、
まず普通という言葉なんですけど、これって結構簡単なようで難しいなと思っています。
自分なんて普通ですからとか、僕だって自分のことを普通のサラリーマンと言いますし、
自分なんて大したことないですからみたいな形で謙遜するというのはあると思うんですよ。
特に日本人とかだと、自分のことをこんなにすごいんですよということを結構嫌う傾向にあったりすると思うので、
自分のことを謙遜して言うというのはあることだと思います。
でも同じ人生というのは一つとしてはないし、自分の人生は自分だけのものなんですね。
僕が例えばその人の人生にどれだけ貢献したいと思ったとしても、その人の人生を僕が生きれるわけではないですよね。
たぶんほとんどの人にとって僕というのは人生の中のほんのごくごくごく一瞬であった人間でしかないわけですね。
でもそれでも出会ったというか、同じ時間軸を一緒に生きられるということ自体は、
ほぼ偶然、ものすごい低い確率の中での奇跡的な出会いだなと僕は思います。
どっちかというと出会わない人の方が圧倒的に多いし、出会わない確率の方が圧倒的に高いわけですよ。
それでも出会って一緒の時間を過ごすとか、一緒の時間軸を一緒に過ごすことができるということはすごい奇跡的だなと思います。
できれば自分と関わる人に幸せになってほしいし、自分がそれを他の人を不幸にするようなことをしてはいけないと思いますし、
できれば貢献していって、みんなが幸せになったりとか、みんながより良い人生を生きることに貢献したいなと思います。
あとはすごい人のすごい人生を羨んだりとか目指したりすること自体は全然いいと思います。
でもそれと比べて自己疲弊をする、自分なんて普通だなとか平穏な人生なんてことを思う人は全然ないんじゃないかなと思いますし、
やっぱり自分の人生が、どんなに頑張ったって他の人生と取り替えられないんで、
それを後悔ないようにね、今一緒にいる人たちとの関係だったりとか、自分が取り組んでいることだったりとかっていうのに一生懸命向き合えれば、
効果のないように生きられれば、それなりにどんなしんどいこととかつらいことがあったとしても、それは最終的には良い思い出になるというかね、
僕も今まで結構仕事とかでつらい思いしてきましたけど、そういうのもね、後になって思えば良い経験だったなとかね、