雨の日のカッパと今日のテーマ
はい、ばりきのさら🌷🐴です。 おはようございます。6月3日終了日ですね。
今日ね、厳酷的に台風ということでこちら仙台もね、結構な雨降ってて。 私ね、カッパ着てます。
はい、傘させてカッパ。このカッパがね、先日300円ショップ、スリーコインズね、たまたま行ったら、なんか800円ぐらいでカッパ売ってて、どんなもんかなーと思って着てみたらですね、
あんまりあの、ビニール、なんかペナペナしてなくて、張りのあるビニールで、はい、なんか丈もね、長すぎず。
で、袖のところもね、マジックテープで調節できるようになってて、なかなか優秀かも。コスパいいかも。
そんなカッパをね、着て、はい、最近してます。ちょっと雨の音がね、あれかな、ちょっと悩みましたが、いつも通りお話してみたいと思います。
SNSでの葛藤と親友からのブロック疑惑
はい、今日の話はですね、私がね、あの、昔、SNS、代表的なインスタグラムでですね、もやつき、悩んだ、その葛藤のお話をね、したいと思います。
はい、で、私のね、
ブログのような、あの、ノートですね、ノートアプリにですね、以前、2023年の秋頃ですね、書いたですね、とある葛藤と、そこからの気づきについてお話ししたいと思います。
ノートもね、2023年の夏から始めて、結構ね、あの、ノートにはまりました。その時にね、なんかこう、もよもやした感情とかはね、結構書いてました。
はい、その時のね、記事をね、最近ノートは書けてないんですけど、ちょっとね、先日あの過去の記事とか、あとこう結構、あの好評いただいた記事とかをね、読み返して、あ、こんなことあったなーって思ってる時がありました。
で、まあその結構読まれてる記事の一つに、あの、えー、親友にブロックされたことを知った日っていう記事があって、まあ要するにそのインスタ
の話です。で、私があの、なんでしょうね、あの、他の人にこのキラキラ投稿を見て燃やついて、でももしかしたら自分の投稿も誰かに燃やつかせたのかもみたいな、そんな葛藤でした。
で、詳しく言うと、まあ、プライベートでね、こう長年付き合いになった親友にね、なんかね、まあフォロワー少ないから余計にあの、一人いなくなるとわかるんですよね。なんかあれこれブロックされたかなんか、うん、なんかかなー、それかもう向こうがね、相手がこうSNS辞めたか、っていうところに気づいたところから始まりました。
なんかね、その瞬間はやっぱショックだったんですよね。前はね、連絡したときに、あの、
ね、佐藤さんのインスタとか見て癒されてるよとかって、まあね、あの、お世辞に送っていただいたけれども、何か、なんかこう、見たくないもの、私もそんな集中発信してるわけじゃなかったんですけど、なんかね、私の投稿が見たくないもの、距離を置きたくないものって思われたのかなっていう風にね、思ったんですよ。
で、それに対して自分がね、自分がショックっていうのもあるけど、大切な人に嫌な思いをさせてしまったっていうことの、あ、させてしまったんじゃないかっていう思ったことの方が、よっぽど私は、あの、ショックでした。
他者との比較と自己肯定感の低下
で、それはなんでそう思ったかっていうと、私がね、あの他の人のね、それこそ、まあ、元職場の同期とかね、まあちょっとばっかり可愛くて、なんかこう、ちらほやされて、なんか、良さげな生活をしているとか、そんな人がね、よくインスタ投稿する子で、ね、なんだか、あの、よっぽどね、芸能人とかな、また別々、ちょっとね、身近だった人が、
なんかあまりにも自分とかけ離れた生活してるみたいな、なんか幸せそうって思って、その時はね、私、2023年の秋はね、すっごい燃やついてました。いや、見るなよって話なんですけど、なぜか私はそれを見てしまって、あの、結構落ち込んでました。
年もあんま変わらないのに。問題、昔はね、あの、ただ走り回ってた子供だったくせにお互い、それがどうして何をボタン掛け違えてこの違いが出てんだみたいな。そんなことをね、結構考えてしまってました。はい。ですよ。
ただね、ほんと、自分がそんな風にね、人の投稿を見て燃やついてたからこそ、あれ、私の友達がね、なんか、私、見たくない部類に、なんだろう、したっていうことだったら、なんか私もそう思わせる、思わせてしまったのかみたいな、なんかね、そう思っちゃったんですよね。
発信への本音と媒体の選択
ただね、そこで考えたのが、じゃあ、なんか、SNSでこう、見てもモヤモヤ、出してもモヤモヤ、じゃあどうしたらいいの?みたいな。でも、私はどこかで何かしら出したいっていうか、何かしら発表したいっていう本音があるってことに気づいたんですよね。
最近、言ってるように、ね、私の好きなかつみかずよさんだったりとかもありますけど、なんかね、私はただ、毎日ちょっとずつでもね、よくしていきたい。それかね、ちょっとこんな可愛いのあったよとか、そういう情報をね、ただシェアしたいだけなんですよ。
はい。でも、これがね、上手ではないけど、どっか自分にやりたい。センスないってわかってても、なんかやりたいですよっていう。
で、そう、見栄え入りたいわけじゃないんだよって思いました。
そう気づいてからね、だからこそインスタじゃなくて、インスタだと知り合いがね、リアル友達とかもいるから、知り合いがいない、誰にも何も言ってない発信の媒体をノートに移しました。
で、ノートだとね、こんなにものびのびと表現できるんだよなぁと思って。かといって、こう知り合いがね、知り合いがいるかいないかで表現の幅が変わる自分もまた情けないなとか思ったり、そんなことをね、思ってました。
で、そうなんですよ。だからこの2023年秋はね、今で言うスタイフみたいに、ノートが非常に心の拠り所でした。
アカウント存続の決断とSNSとの向き合い方
で、この記事を書いた後のエピソードなんですけどね、結構私この事件とか、この葛藤でね、意外とショックを受けて、アカウント全員消ししようかなって思ったんですよね。
はい。そしたらね、なんだかね、あのうちの母がね、機械に弱いシニアですよ。60代の母がですね、たまに私のね、インスタ、ただね、みふぃちゃん載せてるだけなんですけど、それ見てね、最近出なくなったじゃんみたいな。
なんだべ、そしてなんかこう、私がこう、ちょっともやつくからやめようと思ってんだよね、みたいなこと言ったら、なんだべ、めんこいのにーって。福島弁が出ました。なんだべ、めんこいのにーって。
で、それで、そこで私もなんか、これはただただ誰かに見せるものではなく、自分が積み上げてきたものだし、なんかいざね、消すってなると、なんか今までの積み上げてきたものがなんだったんだと思って、ちょっと躊躇してたんですよね。
そしてこういうふうに、誰か一人、本当に親でも何でもいいから、そういう人に一瞬めんこいなって思ってもらえればなおさらハッピーっていうことでいいんじゃないかなってところで、たどり着いて、アカウントは存続することにしました。
でもそんなにね、それからね、この悩みを乗り越えてからそんなにSNSでもやつかなくなりました。
何なんでしょうね。当時はね、今振り返ってみても、なんだかこの時はずいぶん悩んでたけど、なぜか今はね、そんな深く悩むことはなくなったので、ただこうやってね、自分が発信することとか、自分の受け取り方、SNSの受け取り方次第だなっていうふうに思いました。
そんなことで、2年前ぐらいとか悩んでたなっていう話をね、ちょっと最近見つけたのでちょっとお話ししてみました。
他者の目を気にせず自分らしく生きる
皆さんもね、周りの目が気になって一歩引いちゃうこととかありませんか。それでもね、誰かの目を気にして小さく、自分小さくまとめるんじゃなくて、やっぱもうちょっとね、自分の好きとか前を向くエネルギーをね、もっとタフに発揮する場って、みんなそれぞれあったほうが人生楽しいだろうなって思いました。
もしよかったらね、コメントなので、皆さんのご経験とかね、教えていただけると嬉しいです。
さあ、無事に駅に着きました。
はい、それでは今日も素敵な一日をお過ごしください。
堀木のさらでした。