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#28 家の中でも「長女A」
2026-03-03 18:30

#28 家の中でも「長女A」

久しぶりの更新で申し訳ないです。公私にアップアップしながらやることを追いかけているうちに3月になってしまいました。イレギュラーって重なるものですね…


「心身に不調をきたす」ってこれか/棚卸しが進んだ状態で実家へ/大人だって要らんジャッジをされるの大抵腹立つ/やりたいことがはっきりした子どもと管理したい親は相性悪いよね/私以外への態度に食らって身体がこわばる/ノンデリ発言に対する反論にまでブレーキ踏みたくない/「違国日記」が沁みるんよ/あなたの感じ方はあなただけのもので誰にも責める権利はない/…で、あの人とどうなるんですか…?/


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違国日記(アニメ公式サイト)https://ikoku-anime.com/


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こんにちは、上野綾です。しゃべりながら考えるこの番組は、ラジオパーソナリティや各種音声コンテンツの企画制作などを行っています。
私、上野が、自分の見たもの聞いたもの、長年うまく向き合えなかった好きなものの話、身の回りのことなどについて、考え考えお話ししている音声配信です。
1月以降、なかなか毎週更新というのが特に2月もかなわず、お休みのお知らせもできずに申し訳ないです。
お久しぶりです。いかがお過ごしでしょうか?
いろんな山場なり、波なりが寄せては返す1月、2月を通り過ぎたところで、まあ、春以降もどうかなという感じではあるんですけれども、
あと、花粉症がね、猛威を奮い始めまして、突然来ましたね。先週末から、もうあっという間に関東、東京、近郊は悲惨が始まったというか、本格的になっていて、
今年まだ大丈夫かなという気持ちでいたんですけども、何が何がでしたね。目も痒いという大事になっております。
同じような症状に悩まされている皆さん、今年も乗り切りましょう。乗り切れるのかな。
まあ、そういったフィジカルのこと、メンタルのこと、いろいろあったんですけれども。
今日なんですけど、その2月に起こったいろいろな話、ちょっと急遽決めたことの一つに、鹿児島に帰ってきたことがあって、今回特に帰宅してから心身に不調をきたしまして、めちゃめちゃ元気なんですけど、
改めて自分の生育環境の何を自分は地獄だと思ってたのかしらとか、考えることが多くて、
思苦しいのは嫌なので、ある程度言語化できるようになったから、皆さんに聞いていただこうと思っているんですね。
私の個人的な話なんだけど、言葉にできたことで似たようなことを思い浮かべてもらう契機になるのかしらとか、
とはいえ人と人は違うので、全く同じ感じで共感することはきっとできないよねっていう諦めももちろんあるし、でもそれはもう諦めというか当たり前というか、
ということもあるんですけど、その私が思っていることと人が思っていることは完全には分かり合えないよねっていうことをまさに描いたアニメが今放映されていて、
異国日記、山下智子さんの原作漫画も大変な人気作ですけれども、そのアニメ版が今放送されているので、この作品に私はだいぶ救われているところが結果的にありまして、
合わせてご紹介したいなと思っています。よろしくお付き合いください。
はい、鹿児島帰ってきたんですよ。親族が入院したって話を2月の頭ぐらいに聞いて、行くか行かないかみたいなこともあったんだけど、
ちょっと春以降の予定をいろいろ考えたら、今行っておいた方がいいんじゃない?という自分の都合もあって、ちょっと急遽なんですけれども。
長めでしたかね。私、去年はゴールデンウィークに1回帰省したんですけど、それ以来帰ってなくて。
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だから、要は年末年始に久しぶりに帰ったら、親戚の集まりでうげーってなったみたいな話なのかもしれないんですけど、帰ってきてから心身の不調を起きたして、
そこから復活して、今度はやっぱり人に聞いてもらいたいなって、ちょっと聞いてくれよみたいな話を友達にして、わわわわって喋って、
その帰り道、歩きながらいろんな考えが整理されたんです。歩きながら帰るっていいですね。
余韻に浸りながら電車に乗って帰るのも全然私好きなんですけど、この日、別れたとこから自宅までずっと歩いて帰ったんですよ。
歩きながらいろいろ、別に何を考えようと思ってじゃないんだけど、ちょっと整理できたことがあって。
まず、私は自分の生育環境の何を地獄と思っていたのかっていうことに関しては、
例えば男女の役割が固定されているなということを、割と早い段階、4歳とか5歳とか、自分が姉になった時点からかもしれないですけど、から意識したり、違和感を持っていたりとかしてたんですけど、
子供の頃に思っていた違和感が、大人になっても再生産とか再上映みたいな形で、大人になった家族から言われた言葉もそうだし、
まとう空気とか、子供とされる小さな人間への圧のかけ方とか、そういうのがもう私が受けてきたそのものと同じで、
別に私に向かって捨てたわけじゃないんですけど、久しぶりに食らってしまったな、弱い弱い、みたいな感じだったんですよね。
そういった話を友達に聞いてもらったの、帰ってきてから。その時はお互いの家のこととか、自分がどうだったかとか、あくまで主語自分みたいな話をお互いにして、
ですよねって言いながら、傷を舐め合って帰ってたんですけど、一人になって、もちろん育った環境は地獄だと思っていたっていうのは事実だし、私の感覚なんだけど、
それは何なんだろうなーっていうことがちょっと形になったような気がしていて、っていうのが、要はスーパー全体店からのずっと棚下ろしが終わった状態でとか、
住むことないですよね、こういうのってね。進んだ状態で初めて実家帰ったり、当該環境に身を置いたり、時間は経ってるから当該環境まんまではないし、
当時の環境を作っていたその家庭の構成員の皆さんも、そんなこと覚えちゃいないんでしょうけど、でも覚えちゃいない空気感がそこにまたあった。
再生産されている、上映というかされているということに食らってしまったりとか、
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ジャッジを自分以外の誰かにされたり、自分がやろうとしていることを聞いてもらえなかったとか、聞いてほしいという思いが強かった自分のこととか、
受け止めてほしかった自分のこととか、でもそれが叶わなかったとか、
自分がこうやってみたいっていうことを、いやそれはダメだからこっちにしなよっていうふうに渡されたり、答えを渡されたりとか、
ということに引っかかることが多い幼少期だったので、要はひっくり返すと自分で考えたかったのかなとか、自分で選びたかったとか、
わりとこれもタイプによるというか性格によるのかもしれませんけど、そうか私は小さい頃からやりたいことがわりとくっきりあって、好きなものとか、
これをやりたいって言って、でもそれはいろんな理由で周りの大人からしたら、いやいやそれ今はやめといた方がいいんじゃないとか、
まあ大人になったら多少わかりますけどね、あと危ないからやめなさいとか、女の子だからそんなのは嫌だとか、
まあそういうのも含まれる、その中に、っていうことだったのかもしれないな、でその今出てきた女だからやめなさいが、
なおさら嫌で、兄弟が構成として、私弟弟っていう3人兄弟なんですけど、女である私以外ができることが多すぎて、
私がその行動を止められるのは女だからってことは、私を上野綾という人間子というよりも長女Aみたいな感じで見られてることが多分嫌だったのかな、
それを、まあでもそんなにはっきり言葉にはできないですよね、そんな幼少期にね、幼少期から小学生とか中学生とか全然その頃も言葉にはなってなかったですけど、
周りにプンスが起こってた、多くにはそういうのがあったんだろうな、でもそこまでくっきりしてたのかな、子供ながらに思えてたのかな、
今だから言葉にできるのかなとか、いろいろ考えながらテクテク歩いてたんですけど、
春春の結果、多分割とはっきり嫌だったんですよね、ということに気がついて、地獄だから嫌いって言えない家族という単位の中で、
それでも自分が自分としてやりたいと思ったこととか、選んだものとかが、その過程の中では不正解とされていたことがちょっと嫌だったのかもしれないな、
そこにちょっとずつ傷ついてたのかもしれないな、と歩きながら考えて帰ってきたんですよね。
確かに大人になったってね、誰か自分がやりたいことを、いやそれはやめた方がいいんじゃないとか、いやそれはダメでしょうとか、
そんなのいいわけないじゃん、みたいな、よそからイランジャッジをされるの、大抵腹立ちますけれども、
それの子供版、子供だって嫌ですよね、みたいなことなのかな、保護者として保護者である大人がジャッジを下すことをゼとしていたんだろうね、
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それは相性も悪いよね、っていうところまで考えながらテクテク帰ってきたんですよね。
だから何日か前まで本当に言われたこととかが、脳内再生が止まらないみたいなことありませんか。
ずっとずっとこう言われて、こう言い返せばよかったのに、みたいな謎の反省会まで生まれてきたりしてたんですけど、
結局、子としてのやりたいこととかが、わりとはっきりめのタイプの子供だったんだね、という発見もあり、
そこは多分、管理したいタイプの親という人とは相性良くないよね、っていうのは理解はしましたね。
いや、不思議なもんでさ、兄弟が大人になって、自分の兄弟の子供たちに接する様を見て、
私が言われてるわけじゃないのに、喰らいつつ身が固まるんですよね。自分が言われて身がすくんだ記憶が蘇るみたいな。
ほらですね、令和8年ぞと思いながら、平成8年ぐらいのことと同じことをしていた自分にもびっくりしました。
そう、なんかやってる兄弟に対しても色々思うところはあるけど、その手前ですよね、もっと。
自分の身のすくみ方とか、それが例えば自分へのノンデリカシーな発言だった場合、
それに言い返すとか、反論するとかを、ちょっと気使いながらライン打とうとしている自分とかいるんですよ。
いやですね、変にこれは言い過ぎかなとかっていう、自分の言いたいことにブレーキを踏む。
もうブレーキ踏みたくないですね。いや、切度のある態度は取りたいけれども、でもそれはただの遠慮だし、
さっきも申し上げました。身をこわばらせている結果だから、相手に威圧されているだけじゃないですか。
それいらないよね、と思いました。
でも、ここまでこうやってね、皆さんに聞いていただける言葉にできるようになった。客観視できるようになったんだなっていう謎の考えはあったから、
去年からの一連の棚下ろしは全然無駄じゃなかったし、それは今後のお守りになってくれるなとは思ったんですよ。
しんどかったけど、しんどいし、まだ上手に立ち回れない。
まあでも上手に立ち回るって何って話にもなるよね。
通常モードに戻るまで何日か要しましたけど、でもまあ無駄ではなかったかもな。
もっと痛い思いしないで済むような生き方を考えようねっていう気持ちにはなりましたね。
みんなどうしてるんだろうなあ。
きっとこれ私の個人的な話だけど、辛いことではあるけど、多かれ少なかれあるような気もするし、
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種類とか状況とか全く同じわけないですけど、
人様も持ち得るものなんじゃないかなって思いながら次の作品の話しますけど、
持ち得るものであるはずのものをお互い分かり合えない前提で、
でも持ってるよねって感じさせてくれる作品ですね。
異国日記、違う国の日記と書いて異国日記と読みます。
山下智子さんの原作で、冬クール、1月からのクールですね。
アニメ化されています。原作漫画はもう11巻かな、で完結しておりまして、
アニメの公式サイトからイントロダクションをご紹介しますかね。
ともに孤独を生きていくというコピーなんですけど、
人見知りの小説家、後代牧夫は、姉夫婦の葬式で両親を亡くした名医の匠朝を勢いで引き取ることになれ。
思いがけず始まった同居生活によって、それまで静かだった牧夫の日常は一変。
他人と暮らすことに不慣れな性格のため、15歳の朝との生活に不安を感じていた。
一方、両親を亡くし居場所を見失った朝は、初めて感じる孤独の中で、母とはまるで違う大人らしくない牧夫の生き方に触れていく。
人付き合いが苦手で孤独を好む牧夫と、人懐っこく素直な性格の朝。
性格も価値観もまるで違う二人は、戸惑いながらもぎこちない共同生活を始めていく。
共に孤独を生きていく二人の手探りで始まる年の差同居談。
となっております。何気なく見始めたんですけど、
1話で引き取った牧夫ちゃんが、両親が亡くなった女の子朝に対して言う、
あなたの感じ方はあなただけのもので、誰にも責める権利はない。
あなたは何を感じてもいいし、どう思ってもいい。
それを今の感じ方は良くないとか、いいとかっていうのを、
誰かが決める権利はないんだっていうことを言うんですよ。
実家帰る前ですけどもちろん見始めたの。
このセリフにまず引き込まれたのはあったかな。
これがすごく牧夫ちゃんを表しているセリフだなと思って、
見進めながらもそう思ってるんですけど。
孤独に生きることとか、自分の感覚を大切にする。
自分の感覚を自分で確かめながら生きていくみたいなことですかね。
それを例えば、そんな風に思わない方がいいよとか、
そんなこと考えてるの?キモいみたいな。
キモいかどうかわかんないですけど。
ジャッジであるとか、攻めであるとかっていうものから距離を置く。
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例えば何かを思った時に、それを人にぶつけるかどうかは考えるでしょうけど、
まずそう思った自分自身を否定したりする必要はないということを提示されていて、
これきっと牧夫ちゃんのこと、私好きだなと思って見始めたんですよね。
牧夫さんは小説家をしているんですけど、
その作品の中にいろんな言葉をわーっと綴っていくわけですけど。
一方の朝さんは素直に育てられて、
お母さんがすごく優しかったのか、どんな人だったのかとか、
いろいろ感じながら家族がいなくなったということと少しずつ向き合っていく様も追いかけていける作品で。
まさに牧夫さんは朝のお母さんである自分の姉のことを好きじゃなくて、
距離も置いていて交流とかも別にしないタイプも正反対なんですよね。
時折嫌いだった姉の娘である朝を引き取ったことによって、
いろいろ思い出すこととかもあるし、しんどくなるんだけど、
朝がお母さんのことを好きだったのかどうかとか、大事だったのかどうかは、
自分がその人を嫌いだったこととは関係ないってちゃんとくりぎって接してくれたりとか。
もちろん他者と暮らすの苦手だから戸惑うこともきっとあるんですけど、
その戸惑いを歩み寄りに変えていったりとか、
うまくいかないよとか連絡があるみたいなこともあるんだけど、
それも含めて一人と一人で向き合っている形が変に保護者然としないというかね。
すごくいいなと思って追っかけています。周りの人も素敵でね。
だから今の悩みはアニメを毎週楽しみにしている自分が、
アニメより先に原作に手を伸ばすべきか、でも3月ももうすぐ終わるし、
とりあえずイチクール終わってからにするか、あれイチクールで終わるんだっけ?みたいなことを考えながら、
原作といつ向き合おうかを考えている感じなんですけど、
淡々としていて押し付けられないけど自分にも身に覚えがあって、
という自分の感覚を思い出させてくれるような、自分の感覚を持ってていいんだなと思わせてくれるような作品ですね。
続きが気になる。一人一人の関係が。
マキオさんがそういう器用なタイプではないからこそ、出てくる一人一人とはつながっていて、
やりとりをしているんだなということが伝わるだけに、
じゃあこの人との関係はどうなるのかな?みたいな興味も出てくるのでね。
漫画読みたいなとなっております。
異国日記。テレビアニメ版のサイトを貼っておきますので、
よかったらご覧になってみてください。
この番組では皆さんからの番組への感想やお便りお待ちしております。
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Xはハッシュタグ、しゃべりながら考える、こちら付けていただきますと、
感想でもご意見でも慎んで拝見いたします。
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ではまた来週です。しゃべりながら考える上野綾でした。
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