2026-02-07 09:07

正しい言葉遣いは無い

正しいとはなんでしょうか。誰が決めるのでしょうか。惑わされないことが大事です。通じればOKです。


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サマリー

このエピソードでは、正しい言葉遣いが存在しないというテーマが論じられています。また、適切な言葉遣いの重要性についても触れられています。他者とのコミュニケーションにおける判断基準の相違が人間関係に与える影響について考察されています。

正しい言葉遣いは存在しない
はい、どうも。丸山のコミュニケーションです。
まずは、おめでとうございます。
ということで、今回は、正しい言葉遣いは無いという話をしていきます。
はい、正しい言葉遣いは無い、ですね。
言葉遣いに関して、指摘をされたり指摘をしたり、
その言葉の使い方は正しい、正しくない。
コミュニケーションをとっていれば、そんなこともありますよね。
テーマにも入っていますけれども、結論からいれば、正しい言葉遣いというものは無いということなんですよ。
ただ一方で、場面に応じた適切な言葉遣いはあります。
正しいと適切は似て非なるものなんですね。
なぜかといえば、正しい、正しくないというものは、
誰かが決めることではないんですよ。
一般的に敬語というものに分類されるような言葉があったり、
フランクに話をするため語というものがあったり、
言葉遣いというものは色々ありますよね。
日常を送っていく中でのコミュニケーションというものは、国語の授業ではないじゃないですか。
正解不正解を決める場所ではないんですよね。
ただほとんどの人が教育という過程を経て、社会人へとなっていきますから、
いわゆる授業で受けたような内容、
もしくはその授業を受けて大人になっていった先輩上司ですね、人生の先輩というものに、
その言葉遣いは正しい、正しくないということを教わって成長していくというような、その過程において、
それを受けた人の中にも、この言葉遣いは正しくて、この言葉遣いは正しくないという、
一種の固定観念が育まれていってしまうわけですよ。
となると、それを自分が発言をする場合であっても、発言を受ける場合であっても、
それは正しい、正しくないということを自分の主観でジャッジをする。
もしくは一般的な社会通念の中で、その言葉遣い正しくないですよというふうに判断をしてしまう。
これは実は人間関係を築く上で、不毛な意見ということになります。
何をもって正しいとするのか。
個人個人が生きてきた中で、それぞれが主者選択して選んできたものであって、
一人一人違うわけですね、個性と同じように。
それを自分以外の誰かがジャッジをするというのは、必要のないことなんですね。
とはいえ、社会生活を送っていく中で正解不正解というものを決めていく必要がある。
もしくは決められてしまう。
あなたがどちらの立場に立っても、決めるのか決められるのか。
それは発生する事案であろうということはありますよね。
その上で、それぞれの視点から正しい言葉遣いというものがあるなしというところで見ていくと、
他者との関係性の重要性
まずこれはもう自分でどうにかできること。
もし仮にあなたが相手に対して、その言葉遣いは正しいです、正しくないですというような判断を下しているということであれば、
それは先ほどから言っている、その言葉遣いというのは、それぞれその当人にとって正しいというのは自分自身が判断をするという、
この考え方をもって接していくということですね。
これは自分でどうにかできますね。考え方を変えればいいわけです。
何だか人に対して、今この人が話している言葉遣いって正しいなとか正しくないなという判断を下しているという節があるのであれば、
あるとして、この判断は今自分の判断、自分が育ってきた中で培ってきたもので判断をしているなという、
そこにまず気づいて。
自分がそう思うからといって相手はそう思っていないかもしれない。
その自分と相手は違うかもしれない。
こういう思考に発展すれば、自ずと言葉遣いを生むというところが気にならなくなっていきます。
ですからこれは自分で意識をできることですね。
もう一方で、あなたの発言に対して、それは正しい、正しくないということを判断してくれる人に遭遇した場合ですね。
まず第一に、相手からそうした指摘を受けたとして、
自分は正しい言葉遣いができていないんだというふうに落ち込んだりする必要はないです。
それは相手はそう思っているんだなという、ただそれ以上でも以下でもない。
ただそれだけの話ですね。
この人は自分の発言をそのように捉えているんだなという、ある種、俯瞰でみるということですね。
さらにそのことに対して、その場で相手に対して、
いやそれはあなたの主観であって、正しい正しくないは、私の言葉は私が決めますというようにね、
その真っ向から対立する必要も全くないですよね。
それを言ってきた相手に対しては、確かにあなたのおっしゃる通りです。
今の言葉遣いは正しくなかったかもしれません。
このようにですね、受容してあげる。
相手に反論する必要はないですからね。
ただ、わたかもりを生むだけですから。
とりあえず一旦受容する。
その上で、さらに一歩先へ進むとすれば、
口学のために教えていただきたいんですけれども、
この場面ではどういう言葉遣いをするのが正解だったんでしょうか、というように相手に聞く。
それは相手がどう思っているのかということを知れるということでもありますね。
これを知れれば、その人とのその後の人間関係において、
この人にはそのような言葉遣いをするのがいいんだなという、適切なんだなという。
相手にとっての正しいを、その場面に応じてあなたも使い分けていって、
この人に対してはこういう言葉遣いをする、あの人に対してはああいう言葉遣いをする。
その材料の一環として相手に聞き直すということですね。
正しくないと言われたら、そういうことをする。
これを繰り返していくことによって、
場面に応じた適切な言葉遣いというものを徐々に獲得していけるということです。
すべての状況において、正しい言葉遣いはない。
円滑な人間関係の築き方
さらには、どんな場面にでも通じる適切な対応というものもない。
ですからそれを応用するために、仮に自分自身が正しいと思っていることを言ったとして、
相手がそうではないと言ってきたら、そのことに順応していく。
こうすることで円滑な人間関係を築いていく。
一条になるということです。
あくまでその言葉遣いが正しいのか正しくないのかというような判断は、基準はあなた。
あなた以外の人があなたに対して何を言ってきたとしても、ああそうなんだなという。
それを正面から受け止めない。
受け止めすぎないということですね。
納得できることがあれば使えばいいし、
違うなと思えば、違うなというふうに真っ向勝負するのではなくて、受け流すということですね。
なるほど違うんですね、どうしたらいいんですかというふうに。
そんなところです。
つまり何が言いたいのかというと、正しい言葉遣いはない。
何をもって正しいと言うのかというところで、
あなたが決める正しいと相手が決める正しいは必ずしも一致しないですよね。
その上で正解不正解というものを決める、決めてくる、この双方向の関係性があると思います。
もし仮にあなたが相手に対してその言葉遣いはというようなことを正解不正解を決めようとしている、決める癖があるということであれば、
それはやめたほうがいいですね。
なぜなら不毛だからです。
相手の正しいとあなたの正しいは違うから。
戦おうとしないということですね。
もう一方であなたの言葉遣いを正解不正解と言ってくる人に対しては、その人に応じた適切な対応をする。
こちらも同様に戦おうとするのではなくて、あなたはそのように思うんですね。
ではこの場面ではどういう言葉遣いをしたらよかったんですか?
これを聞く。
聞いた上でその人とのその後の人間関係においては、その当人が言った言葉を使ってあげる。
これをすることによって関係が円滑になっていくということですね。
自分が言った言葉を相手が使ってくれるのであれば、使ってくれているなというふうに当然の現象が起こりますからね。
それは良くなっていきます。
ですから言葉遣いに関して正しい正しくないという話が出たら、今回の内容を思い出して見ていただいて使ってください。
はい。ありがとうございました。
09:07

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