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電気計算で生まれし言葉、大地の恵みと営みに及ばず
2026-10-19 17:08

電気計算で生まれし言葉、大地の恵みと営みに及ばず

最近、「人が書いた言葉」だけを見る日って、ないと思うんです。

それだけを読むため、岩手県北上市の「日本現代詩歌文学館」に行きました。


この番組は、西暦3000年の、未来を生きる人類に向けて、

現代人が日々感じることや、ワクワクする未来への想いを発信し、

今を生きる皆さんと一緒に、未来に音声を残そうとする番組です。


BGM素材:DOVA-SYNDOROME、効果音ラボ


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サマリー

岩手県北上市の日本現代詩歌文学館を訪れ、農業を題材にした現代の詩や短歌を鑑賞した体験を語る。無人に近い静かな展示室で、人が手がけた言葉の不完全さや温かみ、農の営みから生まれる表現の味わいを感じたという。AIが生成する文章は整いすぎていて噛み応えに乏しく、広告やSNSにあふれる大量のAI文章や、人の怒りを増幅する投稿にも疲れを覚えると話す。人間らしい言葉や現物の作品を、インターネット上の文章とは区分して将来に残してほしいと述べる。

北上市の日本現代詩歌文学館へ
先日、岩手県の北上市というところに行ってきました。 北上市ってあんまり行く人いないかなと思うんですけど、
位置関係で言うと、皆さんがよく知っている森岡があったときに、森岡の下に花巻、その下が北上市というような感じで、
さらにその下が欧州とか市之関にあたるんですけど、この辺がいわゆる中村で金色堂があるあたりなんですけど、
岩手県のところにある一つの市ですが、ここに一泊をしたというのがあります。
珍しいねっていうふうに結構言われると思うんですけど、どこに行ったかと言いますと、
この北上市にあるですね、日本現代詩家文学館というのがありまして、そちらを見に行きたいなと思って見に行ってきました。
ここでですね、今年の常設展が、命をつなぐ農業と詩家ということで、
農業をテーマにした詩とか短歌が展示されている文学館というところですと。
農業と文学といえば、人によっては宮沢賢治とか浮かぶかなと思うんですけど、展示の内容としては本当に現代の方の展示ですね。
本当に若い人だと20代とか、もちろん今生きている方ですよ、20代の方から本当にそれよりも年配の方といいますか、
本当に直近までご存命だった方を含めたような、日本各所のいろいろな年代の方、東北の方も多いですけど、農業にまつわる詩がですね、展示をされているというような場所です。
で、なんでそこに行きたかったかというと、なんかすごい最近思ってたんですけど、人の書いた文章とか文字だけ見たいなっていう。
これ皆さんも思うかもしれないですけど、すごい思ってたんですよ、最近。
世の中というかネットも含めて絶対誰かがAIで作った文章だったりロゴだったり、そういったものを見ているわけじゃないですか。
広告とかレストランのメニュー表とか、これはこの前のエピソードでも話しましたけど、絶対何か一日活動している中でAIによって制作されたものを見ているわけなんですけど、
見ないで済む方法ないかなと思った時に、やっぱりそうなると過去の文章というか、もしくは人為的にその人の文章だけ置かれている場所に行くのがいいのかなと思っていて、
せっかく北海道と東北旅行に行くので、文化を触れるという意味でもこの場所いいじゃんと思って、この現代の詩歌が展示されている文学館に行ったというわけですね。
これ結構良くて、何でかというと、もちろんあまり有名ではないからというのがあるんですが、見に行っているのは僕だけっていう。
2階建てで近くにでっかい公園があって子供たちが遠足に来てたりしてたんですけど、文学館に入ると1階にはカフェがあって、
お茶をしているおばさま方がいっぱいいらっしゃったりとか、20人くらいいらっしゃったんですけども、この2階にあるこの展示の風呂は誰もいなかったんですよ。
いいじゃないですか、これ。
誰もいないこの静かなホールと言いますか、
一般的な博物館とかみたいなデカさはないにしろ、静かな展示エリアの中で、ただ空調の音だけが聞こえてくるような展示ルームにガラス張りの展示の仕方をされていて、
その奥の方に壁掛けに、いわゆる掛け軸とかあるじゃないですか、パターンの感じで展示されているものだったり、
農業の詩歌と人の言葉の温かみ
あとはそれぞれが手で書いたやつじゃない、印刷のタイプのやつもあるんですけど、数百件ぐらいですか、短歌であったりとか詩であったりとか、
そういったものが展示されていて、この四季折々の農業にまつわるような内容、
例えばですけど、種を蒔いている時、収穫している時の風の様子、空気の様子みたいなことから、大地に芽が芽吹いている春先の田んぼの土を起こしている時の様子であったりとかね、
本当に現代の農業にまつわる話とか、ありとあらゆる農業の人の表現っていうのが展示されていたわけですけど、
やっぱり良いものですね、本当に。
人の書いた文章だからか、すごい咀嚼をするとなんか、ああ、毛が噛んでいいなとか、なるほど、みたいな、何でしょう、この人の温かみを感じるなと思っていて、
なんか久しぶりに、本当に全てを人が書いた、表現した、作った文字、単語、文章を見て、ああ、なんかあったけえな、みたいな、あの無機質な雰囲気の展示室とは比較にならないほどの人の温かみを感じたっていうのが
ありました。
で、そこにですね、一個インスタレーションという形で、なんかその一つ展示があったんですけど、インスタレーションの内容が未知なる言葉を待つフィールドっていうものがあって、
割り箸みたいな木の棒の先に葉っぱの形の紙がついていて、誰かに届けたい言葉とか、大事にしている言葉とか、何かしらの自分の考えた詩歌作品、詩とか単歌の作品っていうのを自由に書いて、その近くにですね、プ
ランターがあるんですよ、4つぐらい。
プランターの中には発泡シロールの小さい粒々みたいなのが入っていて、そこに書いた言葉を植えてくださいと。
で、その言葉が書かれた苗っていうものに対して、この託されているものは無限の土壌の中に根を張って成長を続けていきますと。
で、ここにこう育っていったものっていうのが、いつか誰かのものであったり自分の糧になるでしょうっていうようなものがありまして、これもまた良くて、なんか自分の好きなことが書いてあったりとか、こうなりたい
とか、なんか誰かに対する思いみたいなのが書かれていて、
これだよこれ、人間の言葉あったけーみたいな。何を言ってんだって感じなんですけど、こういう展示もあって良かったですね。大体時間は2時間くらいですか、1時間半ですか、そのくらいでしたけど、本当に良かったな
ーって思いました。
AIの言葉と人間の文章の違い
やっぱりその人の表現する言葉と人間じゃないAIが表現する言葉っていうのはなんか僕は結構、なんか皆さんもそうかもしれないですけど、なんとなくわかるじゃないですか。
なんかそのAIの言葉ってちょっと綺麗すぎるというか、すごい清流されてるって言ったらいいですかね。
なんかそういう雰囲気を感じるというか、もちろんこれはそのAIという言語モデルと言ってするんですけど、その学習過程において単語の確率を予測をして、この文章の間にはこれが一番きやすいだろうっていうものを出
したりするっていうことがあるので、
基本的にはその出やすさみたいなものが並んだ単語の裏列みたいなものなので、綺麗になっちゃうんですけど、やっぱり人間の書いた文章っていうものは文法は一定なりつつもなんかその文法が破綻をわざとさせていたり
とかね、
なんかそういうところの中に結構言葉の温かさというか、情緒みたいなところがあったりとか、ちょっと不完全さがあるっていうところに良さを感じるっていうのはやっぱりありますよね。
で、やっぱりそのAIを使うと今度はやっぱり何でしょうね、なんか人に伝えるという事実性の部分はすごくいいのかもしれないんですけど、自分で言葉を綴れているのかなとか最近思ったというか、あとはなんかその文
学作品じゃないから人に伝えることが多い文章が多いのであれもあるんですけど、
やっぱりその今回のその歯科の博物館というかその文学館みたいになんかガムとかスルメみたいな言葉の深みとか味わい深さっていうのがやっぱり現状AIの文章はあんまりねえなみたいなところを僕は感じています。
まあ僕は結構AI10年ぐらい研究してるとか開発もしてるっていうのはあるので、ちょっとそこを何か一歩引いてるなぁみたいに思いがちですけど、やっぱりその噛み応えのなさっていうのは結構ありますね。
不自然な自然さというか、なんだろうな、そういうところがやっぱりあるというか、そこが人間の文章と違いかなぁとか思いますよね。
でまぁ結局現代っていうのはまあいろんな語学が増えて、例えば小説とかそういったものを読む人が減って、何でしょうね、文法理解とかなんかそういうなんだ言葉の理解力って下がってると言ってますが、
なんかこのAIによって作られた綺麗な文章によってさらに落ちるんじゃないかとね、なんかそういうのを思ったりしながら読んでいたわけですけども、
まぁなんかシンプルな話で言うとですね、例えば英語の文章でI like applesみたいなあるじゃないですか、なんかそういう文章ばっかりだなっていうのを感じていて、あんまりそのapples
like youとかね、そういう含みとかね、
なんだこの文章はみたいな、どういうこととかね、例えば今回のその農業にまつわる展示の中でこの文章書かれていたら、なんか緑の時期にね、リンゴたちが頬をあからめていて、あなたのことを待ってるんだみたいな、
なんかそういう何でしょうね、情緒の良さとかみたいなあるんですけど、
なんかそういうのがあんまり何でしょうね、バーンドーンバーンみたいな、何言ってるかわかんないですけど、あの広告とかさ、あのメニュー表みたいなあんな新発売みたいな、なんかそういうドカンドカンドカン、事実性
すごいよみたいな、そういう文章ばっかりじゃなくて、
なんか文脈とかシュエーションみたいな、そういう表現も含めてね、なんか楽しめる文章とか、人によって作られた温かみっていうものを感じられたらいいなと思ってきたんですけど、感じられました。
人間らしい言葉を未来に残す
ちょっと話を戻して、本当に何が言いたいかというと、やっぱ我々現代人、特にこの2,3年現代を生きている人たちって、人工活字中毒なんじゃないかなと思ってるんですよ。
活字って生きた言葉だから、人工的に生きた言葉ってなんやねんって話なんですけど、まあ言いたいことはそういうことなんですけど、人工的に作られた、なんか生きたような死んだようなゾンビみたいな文章を毎日の
ように免死しなきゃいけないっていうところで、やっぱ現実問題としてAIスロップとかミートスロップっていうなんかワード、
いわゆるその人がAIとかに作らせたものをそのまま誰かに渡して、じゃあ別にあなたに作らせなくても私がAIにそのまま文章作らせればいいでしょ、仕事させればいいでしょみたいな言葉が出てきてるぐらいなんで、
なんかそういう雑多な、なんでしょうね、AIによって作られた雑な文章というのか何なのか、そういうの増えましたね、本当に。
本当になんかいろいろ見ますけど、簡単なことを無限に無駄に量多く書いちゃうっていうのも結構多くて、そしてなんか構造化されてるようで人によって見られるところを考慮されてない文章とかね、なんか読むの疲
れるの多いし、なんかさっきも言いましたがどれだけインパクトのある表現がされてるかみたいな、なんかそういうドバ書きじゃないけれどさ、あの刺激的なものばっかりになってきてますよね。
でも一方でなんかすごい最近もう1個思うのが、SNS見た時って何でしょうね、なんか炎上の多くが皮肉にも人でのポストっていうのもありじゃないですか、これもまた疲れますよね。
僕も最近あんまりSNS見ないようになってきちゃったんですけど、だから共感とかその怒りの増幅を生んでるのって、なんか人の感情というか生の憎しみとか含めたものが綴ざれてるからと思うんですけど、これを見ると
これはこれで人間の文章なんだなというか。
なんかそこの面白さというのか、面白さと言っちゃいけないけれど、そういう人に訴えかけるというか、人が心を動かされてるのはやっぱり人間の文章なんだよなとか思ったりするし。
でもやっぱりインプレッションゾンビもありますけど、本当にAIが作った文章もウェブ上に流れてくると。でももしかしたらAIによってなんか増幅された怒りの文章も中にもあるのかなとか思いつつも、いやーなんか
人間のことを動かすのはやっぱり人間の文章なのかもなーとかっていうのは結構思ったりしますね。
そういう意味ではタイトルにちょっと書いてますけど、電気と計算で生まれたAIの言葉っていうのは大地の恵みとか営みで生まれた言葉に及ばないのかなーっていうのを思ったりしています。
そんなことをですね、今回その日本の現代の歯科の文学館で見てきまして、我々の営みっていうのはコンクリートジャングルの中だけではなくこの世界に広がっている、なんでしょうね、大地の中で生み出されていて、
本当になんでしょうね、そういった食事とか、いざも話しましたけど、やっぱり生きるということは電気信号ではあるんですけど、神経のことを言うとね。でも、生きるってやっぱりもっと人間らしく生きなきゃなって思
うなーってすごく思いました。
でもそういう意味では言った意味あったなと思っていて、もちろん文字というもの自体も人間が言葉で発するものを解釈できるようになり、さらにそれを視覚的に表現できるようになったというところでは、人工的、人が
作った言葉は人工的ではあるんですけど、本当に生きた言葉だなっていうのを改めて見てきました。
将来的にもですね、こういったものがちゃんと現物する形で残ってほしいなとやっぱり思うので、インターネットの中の文章とか、なんか気軽に絵で使えた文章じゃないところで、ちゃんと隔離されてほしいという言い方
しかわからないけれど、そこがなんか区分されて展示されててほしいなっていうのを思いました。
以上、2026年10月の現代人でした。
ということでエンディングです。
今回は岩手県の北上市にある日本現代史家文学館というところに旅行通りに行ってきたんですけど、人だけの文字を見るという、これは昔は当たり前だったんですけど、その体験を久しぶりにしてきました。
やっぱり人の文章の不自然さというか、そのなんだ、不器用さみたいなところが今生きている人たちの暮らしというところをちゃんと表現されていて、いやーなんかうまいなこの文章はみたいな、食べ物じゃないけれど
みたいなところを感じられたのでよかったですね。
皆さんもAIの文章、AIによる仕事の効率化が増えていくかなと思いますけど、我々自体がAIのようにならないように頑張っていきましょう。
番組では感想を募集しています。
Xのハッシュタグエコー3000までお寄せください。
では今回はここまでです。
県内人の皆さんも、未来人の皆さんもまた次回お会いしましょう。
じゃあね。
17:08

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