AIは学校教育にどこまで入り込んだ?
#いつざく より、とよさんをお招きし、地方と都市の学校教育の違いや、AIによる教育現場の変化についてお話ししました!
ゲスト:とよさん from 教育をざっくばらんに語るラジオ / 生物をざっくり紹介するラジオ
収録:PodcastBoxUeno
この番組は、西暦3000年の、未来を生きる人類に向けて、
現代人が日々感じることや、ワクワクする未来への想いを発信し、
今を生きる皆さんと一緒に、未来に音声を残そうとする番組です。
BGM素材:DOVA-SYNDOROME、効果音ラボ
X@echo3000_radio https://twitter.com/echo3000_radio
感想等は #echo3000 でツイートしていただけると喜びマス
サマリー
AI技術の進展は教育現場に大きな影響を与えており、ポッドキャストでは理工系や生物教育に関する経験や見解が深堀りされています。また、地方と都心の教育環境の違いについても触れられています。AI技術が教育に及ぼす影響や、都市と地方における教育環境の相違が考察されています。特に、学生の進路意識や教育方法の変化、多様性の重要性についても言及されています。AIの導入により、教育現場では生徒一人ひとりに対する個別対応が可能になり、テストの設計やフィードバックの質が向上しています。また、教員の負担や学生のモチベーション管理も重要なテーマとして挙げられています。AIは教育現場において教授法や生徒の学習方法に多大な影響を与えています。特に評価や作文支援に活用されながら、学生がAIに依存しすぎることによる基礎的な学力の低下が懸念されています。AIは教育現場に変革をもたらし、教師と生徒の関係や学習方法に深い影響を与えています。
ポッドキャストの紹介と背景
皆さんこんにちは、あっちゃんです。今回はゲストの方にお越しいただいております。
ではご挨拶お願いします。はい、生物をざっくり紹介するラジオと、教育をざっくばらんに語るラジオを配信している、今もあの日の生物部、トヨです。
トヨさんです。よろしくお願いします。よろしくお願いします。
いやー、喋りたかったんですよ。僕もです。
先日ね、あの、ポッドキャストのバー、開催していただいたものがあるんですけど、そこで、そろそろやりますか?というところでお話をさせていただいておりまして、やっと話せるなと。
いやー、ようやくですね。あっちゃんと初めて会ったのは、ポッドキャストウィークエンドとかでしたね。
そうです。3年前とか。3年前とかですか。だいぶですね。だいぶなんですよね。
ずっとその話をしたいなっていうので、ようやくかなって、そのバーの席が隣になったんですよね。
そうなんですよ。
それで息統合、息は統合ずっとしてたんですけど、ようやくちゃんと時間を置いて話せるなっていうので。
そうなんですよ。僕自身も元からそういう理系というか、これまで通ってきたところが理工系とか情報科学とかあったりしたりとか、
教育系のこともちょっと仕事でやったりとかしてたんで、これ話したいなっていうのをずっと思ってたんですよ。
嬉しいです。一応、そうですね、職業僕が高校で教員をやってて、やってるんで、そこがマッチするかもしれないですね。
そうですね。僕も実は仕事でですね、高校中学校とかちょっと行ったことがあって、そこでちょっとAIを教えるみたいなことも実はちょっとだけやったことがあるんですよ。
これも3年前とか4年前ですかね。そういった経験もありまして、教育の話をちょっとしたいなということになっております。
今日は本当にザック・バランに喋りたいことを喋って、興味のあることをお話しできればと思っております。
生物教育とAIの導入
僕自身のことを少しお話ししておくと、僕自身は実はですね、先ほども少しお話をしましたが、地方出身ということで、高校までは北陸に住んでおりまして、
高校も実は理数科というですね、本当に日系のコースにいました。その中でですね、ちょっとこれ意外かもしれないんですけど、
海に行って、海の生き物を採ってきて、研究するみたいな科目があったりとか、物理現象とかを学校の中で研究するみたいなことも授業でやったりしていて、珍しいところでいうとウニの樹勢、やったことあります?
いや、教科書でしか見たことないですね。
これがね、なんかすごいんですよ。高校生中学生ぐらいのところって、まだ昆虫とかって苦手じゃない人多かったと思うんですけど、その時だったからまだよかったですけど、実際にそのウニを持ってきて、スポイトとかでやったりとかもしましたし、
これが生物かーっていうこともやったりしておりましたが、そこからですね、大学は理工系と、そこから情報科学みたいな形で進みまして、今AIエンジニアっていうんですかね、AIのことを幅広くやってるという形です。こんな感じの経歴でございます。
いやすごい、僕大学院が海系の学部だったんで、めっちゃうらやましいですね。
本当ですか?
もう海とか海の生き物を研究するっていう学部にいたんで、僕大学院の頃はイモリの研究にシフトしたんで、
イモリ?
はい、全然海関係なくなっちゃったんですけど、いいですね、あっちゃんのこの経歴は。
はい、なので基本的に理工系幅広くやってきた感じですね。生物、科学、物理、情報学みたいな感じです。
まあそんな感じなので、結構幅広に興味があると言いますか、今お話しあったように海の話も聞いてみたいなと思ったりはしてるんですけども、じゃあ実際に富生さんのほうを軽くご経歴とかお話できる感じで。
僕もその地方出身で、コシヒカリが有名な県だと思うんですけど、まさにそこの市で生まれ、ずっと田舎にいたんで、もう田んぼ、家の裏は田んぼとかだし。
わかるー。
もう夏休みは川に行きたすぎて、ちょっと車に離れて事故にあっちゃうくらい、もう自然が豊かなところで育ったんですよね。
で、本当にざっくりもう割愛して話すと、僕ウルトラマンガイアっていう作品がすごい好きで、自然をテーマにしたウルトラマンなんですよ、超ざっくり言うと。
それにすっごい憧れて、海に興味を持つようになったんですね。
海?ウルトラマンじゃなくて。
そうなんですよ。特撮、映像作品の方に進む道もありかなとは思ったことがあるんですけど、でもやっぱり元々生き物好きだったんで、なので海の道行ったんですよ。
なのでその大学もさっき話したように、海系の学部学科で、今僕最初自己紹介あったように、今もあの日の生物部っていう団体で活動してるんですけど、
大学の頃の生物部の友達で集まってやってるっていう感じ。
いいですね。
同じ学部学科の人もいますし、別の生物系学部学科の友人と今も配信をしてるんですけども、だからもうずっと生物に触れてきてるっていう人生ですかね。
いいですね。なんか最初ウルトラマンガイアだと思うんですけど、そこから実際の興味っていうのはどういったところに行ったんですか。海の中でもいろいろあるじゃないですか。
やっぱり生き物って、生き物根幹ってどっから始まってるんだろうっていうのをずっと気になってて。
図鑑見たら、もう今動物園にも行ってもいないティラノサウルスだとか、なんかよくわからないアノマロカリスとかそういった生き物がめっちゃいるってなった時に、これじゃあどこからやってきたんだってずっとたどると海になったんですね。
だからもうざっくりです。だから海を知りたいってなったんです。
深海生物が生まれる場所となった海っていうそのものにまずは興味が。
そうなんです。
地方と都心の教育環境の違い
面白いですね。なんか最初そういった海を調べる中で一番驚いたこととか何かありました?
海で驚いたこと、大体結構知らないことばかり講義で教えてもらったり、深海生物学っていう授業があったり。
深海生物学。すごくないですか。
すごい。
無脊椎動物学っていう講義があったりとか。だからもう本当に細かかったです全部。
なんかそういう細かい科目があるんですね。
そうなんですそうなんです。
面白いですね。
それにまずびっくりしましたね。海の海流の話だったりもやったり。なんか全部刺激的でしたね。
いいな。海っていうと生物の話から入ってますけど、最近だと例えば寒流と暖流みたいなやつがずっとぐちゃぐちゃだったみたいなあるじゃないですか。
とかもあるだろうし、それこそ太平洋側もそうですけど、本当に大陸だなというかすごい深いところもあったりするわけで、静岡とかは大阪の美味しいですけど、
なんかそういう幅広く勉強できるのいいですね。
そうなんですよ。
いいなあ。
いや海洋系オススメなんであんまり人気ないんですけど。
でも実際最後のフロンティアみたいに言われたりもするじゃないですか。
ああそうですね。
ある種宇宙に行くよりも難しいと。
深海そうですね。
あれどこでしたっけマリアナ海峡かどこか。
そうですね。マリアナ海峡。
行った人は本当にもう数人ぐらいっていう。
マリアナ海峡行ったことある人はいないと思うんですよ。
いないでしたっけ。
1万2千メートルぐらいだと思うんですよ確か。
めっちゃ深いですよね。
めっちゃ深くて、今結構潜れても6500メートルだとか。
6500。
なんか中国かどっかの潜水艦が8000行けたとかって言ってたような気がしたり。
行けてないんですね。
行けてないですね。
すごいな。宇宙飛行士よりも難易度高いですね。
ってことですね。
いいですね。
なんかいろいろ聞きたくなってきたな。
そんな豊さんと一緒にですね、基本は教育の話を中心に据えつつですね、いろんな話をしたいなと思ってます。
僕自身がちょっと最近というか、僕自身も地方出身ということで思うことがいろいろあるんですけど、やっぱりなんか僕が関東に出てきて思うのは、子どもたちの教育全然違うなって思うんですよね。
もちろん教え方もあるかもしれないですけど、取り巻く環境っていうんですかね。文化的なものに出会える機会とか、大人と接する機会とか、目にするものみたいなの違うなと思ってて。
実際豊さんもですね、都心の方でも教えてたこともあるでしょうし。
都心。都心言うのかな。
怪しい。
でも少なくとも、いわゆる地方都市と地方というぐらいには違う側面もあるかなと思うんですけども、やっぱり違います?っていうざっくりですけど。
違うは違いますね。僕の経歴からすると、いろいろあって、高校の教員あって、1校目が八王子のとある私立の学校に行ったんですよ。確かに結構多かったですね。20何クラスあったりして。
一校学年ですか?
一学年20何クラスあるんですよ。
20何クラス?覚えらんないですよ。
もう到底覚えられないですね。八王子なんで、割といっぱいあるんですよ。店とか。新宿とかもね、1本で行けたりしますしね。だからそういうあれでは誘惑は多い。
そうですよね。
いろんなものに触れる機会が多いから、ちょっとこう大人びてるっていうか、ませてるって言うんですかね。
ありそう。
その辺だけだと思います。そこが大きいのかなとも思いますけどね。
そうですよね。僕もですね、高校中学校とか自転車通学で田んぼを歩いていたわけなんですけども、何もなかったですから。
あるのは虫の鳴き声とかね。自転車漕いでいて、地方の人はよくわかると思うんですけど、顔に虫がかかるとかね、やだなーみたいな思いながら、チャリを漕いでたなっていう感じですよ。
同じです。僕も。まあでも子供っていうか、そうですね、若い頃なんかは都会憧れるじゃないですか。
そうですね。
僕も33歳、今年34歳になるんですけど、だからもう、僕転職したんですよ、八王子から。八王子ってごめんなさい、本当に怒られるかもしれないですけど、広見さんとかに怒られるかもしれないですけど、八王子ってほぼ山梨みたいなもんじゃないですか。
本当ですか。
隣高雄があって、でもうすぐ山梨ですからね。だからもう都心って言うほど都心ではないですよね、新宿とか比べたら。
そうですね。
東京23から比べたらそうだと思うんですけど、でもそれでさえもちょっと嫌になっちゃったんですよ。
それはなんかいろいろあったんですね。
いろいろありましたね。まあ本当にいろいろあって、で僕今山梨県に移住して、今標高1000メートルに移住しましたからね。家買って。
とんでもないですね。
とんでもないですよね。そうなんですよ。だから豊かさだなって思いました、自然が。
そうですね。
だから若い頃に感じてたものとはちょっと違うなっていうのがあります。
ありますね。なんか僕らが子供の頃って東京を知る手段って言うと、なんかドラマーで出てくる東京みたいな。
マジでそうですね。ドラマで出てくる東京しか知らないからマジで怖いところとしか思えないですよ。
本当に。なんでしょうね。僕もでもなんかドラマで見てたやつで言うと、なんか玉川があってみたいな。
はいはい。
河川次郎なんかこう歩いてて喋ってるシーンとか。
喋ってて怖い高校生たちに絡まれてボコボコにされるとかね。
あとなんですか、ベッドタウンみたいなのがいっぱいあってみたいな。でみんな団地に住んでてみたいなイメージもちょっとあったりしましたけど、印象もちょっと違いましたね。
わかります。違いますよね。
教育環境の変化
全然違う。あとはやっぱ車社会だったじゃないですか、地方は。それがなんか電車の社会になって、これもまた違うなってすごい感じましたね。
結構みんな歩いてるんですよね。
そうなんですよ。実は地方の人よりこっちの方が歩いてんじゃないぐらいな。
でも全然そうだと思いますよ。なんかね、みんなスラッとしてるし、よく足腰鍛えてんだろうなって。実は田舎門の方が本当に歩かないです。農作業はしますけどね、歩きはしないですね。
そうですね。ちょっとスーパー行くかってなったら車乗っちゃうとかね。
車ないと生きていけませんからね。
僕も実家の方から最寄りの駅まで歩くとたぶん1時間とかかかっちゃうのかな。
まあそうですよね。
車のとこも10分とか15分で行けるんですけど、本当にもう不便というのかわかんないですけど、何もなかったですね。
何もないですよね。
まあそんな中で東京から移住をして快適になってると。
そうですね。もうめちゃくちゃ寒いですけど、でもさっきも言ったんですけど、豊かさですよね。
やっぱ久々に東京来ると、やっぱもうすごいですね。街並みが。
本当に。
コンクリートしかない。だけどいろんな人と出会えるっていう、その人がたくさんいる、お店もたくさんある、観光場所もたくさんあるっていう、この豊かさを豊かさというならそうですけど、
でも逆に自然がないっていうところで言うと貧しさかなと思うんですよね。
そうですね。
息苦しさってよく言いますけどもね。
確かに緑は少ないなって思いますしね。公園も自由ないじゃないですか。
そうですね。
車で公園とかも、でっかい公園があってそこでみんなで遊んだりとかも地方だったらできるけど、ボールとかも触っちゃダメみたいな公園とかばっかりじゃないですか。
なんか聞きますよね。本当かどうかわかんないですけど、本当なんですかあれは。
なんか本当っぽいですよね。
本当なんですね。
いや大変。本当になんか最近思うのは、あとは秘密基地の定義も若干違うなと思ってて、
都心とかで言う秘密基地ってまさに今日ここで収録している、まあポトキャストボックス上のですけども、
この秘密基地っていうものはこういうちゃんと小さいものの中にいろんな好きなものを詰め込んで自分だけの場所を作るじゃないですか。
まさにここですよね。
そうなんですよ。でもなんか都心から離れたところの地方にある秘密基地ってどちらかというとガレージみたいなものをイメージするんですよね。
でっかいお家があってそこのガレージに車を置いてみたいな。
大人の秘密基地ってことですね。
そうです。子供の秘密基地も違うかもしれないですけど、作れるんですかそもそも都心で秘密基地って。
都心で秘密基地。まあでもそういうと無限にありそうですよね。
誰も住まなくなっちゃったような、まあ良くない違法ですけど、まあそういった場所でタムロウとか工場の隅っこでとかめっちゃ危険ですけど、
だからまあそういった意味合いではどこを秘密基地とするかはその友達のグループ間でのお互いの共有感だと思うんですよね。
確かに確かに。なんか僕が小さい時に秘密基地みたいなのをやった時は、なんか家の近くとかで傘とかで屋根を作って、
なんかこう、なんていうんですかあれは。わかんないですけど、傘の中でこうみんなで遊ぶみたいな、なんか謎のちっちゃい秘密基地みたいなのやってたりしましたけど、
いやーなんか遊ぶ場所って全然、今どうしてんだろうみたいな。
ああ、都心で。まあバーチャルの世界とかですね。
ああそっか。まあみんなちっちゃい時はゲームとかを誰かの家でやってたりしましたけど、まあ今はネット通信が盛んですからね。
そうなんですよね。だからまあ自然で遊ぶっていうのが制限される中で、もうやることって言ったらゲームするしかない。
そっか。で、受験勉強とかもあってゲームもあんまりするなとかってなると、心の豊かさみたいなところは結構大変ですね。
大変だと思いますね。まあ時代がそうなってるから、僕らの視点でいくとそう大変だなって見えるけど、
それが当たり前の子供たちからしたらまあ普通だしって感じですよね。
そうですね。
だって僕らなんてスマホとかない中で、たぶん同い年ぐらいだからわかると思うんですけど、
もう学校終わったらじゃあ何時にあそこ集合な?で全員ちゃんと集まれて遊べたじゃないですか。今思ったらあれどうやってたんだろうって思います。
確かに。
すごくないですか。特殊能力の一つだと思ってて。今じゃあ子供たちにスマホ全部取り上げて何時にここ集合でってやったら何人来れるんだろうっていう。
そもそもその路線図とかもそのアプリとか使って調べちゃいますもんね。
そうですよね。
例えば今日上野ですけども、僕らが普段住んでるところからスマホなしで上野まで何時に来てってなった時に難しいですよね。
そうですね。僕らもう無理です。僕もスマホなきゃもう生きていけないです。
まあ電車の本数があるからなんとかなるのかもしれないですけど、それこそ本当に地方からそこの地方の都心に行くみたいな時にスマホがなかったらバスがあるのかどうかわかんないしみたいな。来れないですよ。
来れないですね。
そういう意味では僕らは最初スマートフォンとかなかったですけど、集まって遊べてましたもんね。
そうなんですよね。
いやー今の子供たちはすごいですよ。
時代が全然違うなっていうのをやっぱ感じますね。
そうですね。あとは僕が子供の時思ってたのは大人と接する機会がすごい少なかったなって思うんですよね。
どうしてもスポーツ少年団とかのコーチとか学校の先生くらいであって道端に大人いるかもしれないですけど、
具体的に将来の夢を考えた時に実際にそれをやっているロールモデルとなるような人と出会うのって地方だとめっちゃ難しいなって思うんですよね。
そう、実はそうなんですよね。多分僕らの世代ってもう誰とも関わらないっていうか、
おじいちゃんおばあちゃんもちょっと気軽に喋れる相手ではないって感じじゃないですか。
身内のおじいちゃんおばあちゃんとは喋れますけど、その辺にいるおじいちゃんおばあちゃんとはね。
だから田舎の方がそういうの深い繋がりあるんじゃないのってよく言われるんですけどないんですよ。
ないんですよね。もちろん道端におじいちゃんおばあちゃんとかの話しかけやすさは違うかもしれないですけど、
触手って言ったらいいのかわからないんですが、例えば本当にこういう都心じゃないと会えない人って結構いると思ってて、
新幹線の運転手とか、僕も会えてないですけど。
とか、なんでしょうね、それこそ今日ここの会場にいらっしゃるネニーヤさんみたいな方とかね、
喋る機会ってなかなかないですから、そういう意味では僕が地方にいた時って、
親か学校の先生か、スポーツ少年団のコーチかみたいな。
ぐらいですね、確かに僕もそうでした。
なんでそういう意味ではやっぱり人と接する機会、特に大人と接する機会はめっちゃ少なかったなって。
確かに、高校までで会えてた障害大人と出会う人数でいったら都会の人とは比べ物にならないと思います。
本当ですよ、毎日何人見てるんだって話ですよね。通勤している中で学校通ってる子たちはすげえ大変だなっていう。
いや本当にそう思います。子供の頃からね、だからその時点で都会にいる子供と田舎の子供だと相当なアドバンテージついてるようなこと思います。
進路意識の違い
ありますね。あとは都心に住んでて思うのは、学生どこでも勉強してんなみたいな。なんかいいなと思うとこも一つですけど、
豊さん、勉強どこでしてました?家ですか?
まあ家か、瓦。
瓦?いやちょっと変なんですよ、僕。図書館にも行ってましたけど、夏とかは、川の何ですか、沿い、コンクリート沿いで勉強してまして。寝っ転びながらこうやっておいてます。
そんなことができる。
やっちゃって、そんなことしてる高校生誰もいないと思います。
まあ自然の中で勉強するはありますけどね、僕も。でも家か、学校の図書館とかでしたね、自習室とか。それに比べるとですよ、結構都心に住んでると見るじゃないですか、学生を。
なんかカフェで勉強してたりとか。
しますね。
どこでも勉強してて、なんか羨ましいなと思う反面、何ですか?本当にそこで勉強できんの?みたいな。
まあどうなんですかね、もう最初から慣れてるからできるんですよね。
雑念多そうだなって思っちゃいましたね。
確かに。てかまあそもそもカフェがそんなにね、たくさんないわけですから田舎のところは。
そうなんですよ。
いいなーって思いますよね。
まあせいぜいあったとしても、どこだろうな。当時イオンとかそういうところのフードコートみたいなところとかも若干ありましたけど、
まあ通学路から外れてるからあんまり行かなかったですけど、まあそこくらいですかね。
そうですかね。
なんかそういう意味では結構違うなって思ったりしてます。
はい。
まあそんなことを思いつつですね、いろいろ気になることがあるんですよ。
はい。
ちょっといろいろと箇条書きで書かせていただいてるんですが、
はい。
ちょっと豊さん的に気になるものはあります?
えー。うーん、そうですね。
そうですね。
結構もうだいぶ話した感もあるし。
うんうん。そうですね。
逆になんか気になることとかありますか。
そうですね。ちょっと軽く読み上げさせてもらうと、
一つ目は今の教育って何が変わった?これ結構広いですけど、
例えば教材とか、IT化が進んでとかもありますし、
受験勉強の仕方とか、僕らは経験してましたがセンター試験から共通試験みたいに変わったとかもありますし、
あとは何でしょうね、受験勉強の考え方とかも若干変わってるのかなとかもあるかなと思いますというので書かせてもらってます。
それに近いですが、都会と地方で進路意識ってどう変わったみたいな話で、
僕らは地方にしておって国立大学とかを進行してるっていう形かな。
その通りですね。
はい。逆に言うとこっちの都心では割と次第が多いみたいな話もあるしっていうことで書いてたりとか。
三つ目は教育の中でも、僕らがまだ学生だった頃ってギリ大罰があったりなかったりっていうのはまだギリであったじゃないですか。
ですね。
それはなくなったけれど、それ以外にもいろんな要素が逆に入ってきてると思ってて、
多様性っていう考え方とかいろいろあると思うんですけども、そういったものが教育を変えたものがあるのかなとか。
あとは四つ目、これも受験勉強系かもしれないですけど、進路へのプレッシャーの考え方って違うと思ってるんですよね。
受験戦争みたいなことをなんかやってて、小学生からいいとこ入っとかないとみたいな考え方あるじゃないですか。
でもなんか地方の人を聞くと、どちらかというと、何でしょうね、親の家業がある方とか、早めに就職してみたいなまだ全然あるでしょうし、
なんかその辺のプレッシャーとかも違うんだろうなっていうのを持ったっていうので書いてます。
多様性とリソースの違い
次が使えるリソースの違いということで、先ほどもありましたけどマンモス港になると二十何クラスあるわけですけど、
そうだと二クラス、五クラスとかも当たり前なわけじゃないですか。そういった中で一人一人に対して使えるリソースっていうのは全然違うと思ってて、
一学年全員分の例えば科学とか物理とかのテストとかの採点をして手渡すとしても一人一人に対してフィードバックできるよって多分相対的には違うでしょうっていうところもあったりするので、
そういうリソースの違いとか、最近だと高校と大学が一緒に授業やってたりとかもあると思います。そういうお話とか、
次が教員の仕事の忙しさ、これ結構気になってますけど、2010年代とか結構話題になってましたが、
男業がめっちゃ多いんだというところとかありましたよねっていう話、あとは親とか地域との関わりの違い、これもさっき話しましたけど、とかカリクラの違いとかそういうのもあるし、そんな感じですか大体。
いいですね、全部面白そうな。
この中だとそうですね、僕自身気になるところで言うと、リソースの違いとかですかね、というのも結局は採点とかテストとか採点しないといけないとか、
テストのこの点数を取るように設計するみたいなのがあるって聞くんですけど、やっぱり人が多ければ多いほど優しくするべきなのかとか難しすべきなのかとかあったりしますし、
一人一人へのこの丁寧なフィードバックとかどうしてるのかなとか、その辺ちょっと気になります。
そうですね、じゃあテストの点数の取りやすさみたいな、なんか出たんですけども、やっぱり高校生、赤点っていうのがあるんですよ。
30点未満だと単位を取れないよみたいな、合格点ですよね。
だからその人数が多ければ多いほどテストを簡単にするのかとかっていうのはあるんですけど、確かに小人数でみんなめちゃくちゃべらぼうに頭が良ければ、それこそどっかの二次試験、高校率の二次試験とか使ったりやったりしますし、っていうのはありますけども、
その赤点っていうのが教員側もちらつくんですよ。何でかっていうとその合格点に達さなかったら、冬休みとか夏休みとか春休みとか講習しなきゃいけないんですよ。講習しなきゃいけないし、通試もやらなきゃいけないし、エネルギーがかかるんですよね。
だからあんまりそうなりたくない、だからウィンウィンじゃないじゃないですか。生徒にとっても苦痛だし、教員にとっても苦痛だしなんで、まあいろんな考え持ってると思うんですけど、僕は誰でも30点取れる問題っていうのを配置して、で、ちょっと勉強したら60点取れる、本当にうんと頑張んないと90点ぐらい100点取れないような、そういう段階で僕は分けてます。
なるほど。
だから僕の作るテストはあんまり赤点者は出ないです。
ちゃんと押さえてれば最低限30点は取れるし、ちゃんと勉強すれば60点、頑張れば90点取れるというふうにやってます。
なるほど、やっぱテストの設計も大事ですね。
そうなんですよ。若手の先生とかだと、むやみやたらに出したい問題を出して、平均点がうまくいかないみたいな、よく見るんですけど、やっぱり教えたいものっていうか、生徒たるもの、これは知っとかねばならぬみたいな、そういうのがあるんで、
やっぱみんながみんな勉強できるわけじゃないじゃないですか。みんながみんな分かるわけではないんで。そういう子たちも、やったーっていうようなものを残せるようなものも必要だなと思うし、ただ頑張っても点数が取れないだと、もう嫌じゃないですか。
そうですね、ほんとに。
教員の負担と工夫
だからほんとに、まあちょっと頑張ったってやったら60点ぐらいは取れるような、なんかそういうのがあったらいいなっていうのを思ってますね。
いやいいですね。なんか僕も、まあテストの内容とかにもちろんよりますけど、まあ90点ぐらい取ることもあれば、ほんとに30何点取ったこともあるんですけど、やっぱりなんかそのモチベーション管理というかね、そこって結構大事だし、なんかテストだからこそ、なんか点数頑張って取りたいなっていう人もいるから、設計大事ですよね。
そうですね、まあ誰もが80点取れるテストは良くないですし、誰もが30点のテストも良くないしみたいなバランスですよね。
そうですね、今のお話にもある通りだと思ってるんですけど、結局その赤点を取ったときに、生徒が講習を受けなきゃいけないとか登記学習を受けなきゃいけないってなったときに、難しすぎると教室のキャパとか先生の数が足りなくなるから、それはそれで結構難しい。
そうなると、もういよいよ教員の能力が問われます。怒られ始めるんですよ。
先生が怒られる。
そう、何々先生、これは難しすぎるので、どうなってるんですかっていうふうに逆に怒られ始めるんですよ。
へえ、なるほど。そうなんだ。なんか先生、もう先生って大変なんだな。
バランス力だと思います、非常に。
先生にいろいろ教えてもらったことも結構ありましたけど、やっぱり教えるのうまい先生だと点数取りやすいとか、テストも面白い先生だと点数取りやすいみたいなのは個人的にはあったので、
すごい先生の設計とか子供に対してどう教えようかって結構来るものがあるというか、教えてもらう側、テスト受ける側にとっても結構大事な要素かなって思ってますね。
そうですよね。みんなが好きになってくれるような、になりたいですね、先生にね。
実際その、自分が目標としている先生とか、そういうのもあったりされたんですか?
いや、ないんですよ。
ないんですか?
いや、先生になりたいって思ったことがなかったんで。
そうなんですか。
そうなんです。大学院の頃、終始まで行ったんですけど、挫折して、もう博士行く気満々だったんですけど、やめて、なので僕は就活1月から始めたんですよ。
1月から。
1月から応募できる一般企業ってもうないんですよ。
そうですね。
でやったらもう学校で、私立の学校だったら結構人手不足だったらもういつでもオッケーみたいなやってたんで。
それでやって通ったのが八王子だったんですよ。
そうなんですか。
だから全然先生になると思ってないから、あの先生に憧れてとかはないんですよ。
えー、なんか意外っすね。
そうなんですよ。もう発端がウルトラマンガイアから始まっちゃってるから、あんまり。なんだったら学校の授業本当にどれもつまんなくて。
だから僕中学校の頃、60人のクラスで59位だったんですよ。
えー。
だから5教科のテストで低くてにいかないんですよね。
えー。
まあ60人中59位で、60位の子は不登校で学校来なかったんで、実質最下位っていう。
ここから。
ここから。
すごいなあ。
だからまあ高校の生物の先生が、一番いい尊敬できる先生誰かって言われたら、まあ高校の生物の先生っていうかって感じではありますけど。
えー、なんかすごい意外ですね。
教育の意義と興味喚起
おしゃべりしてる感じだと、もうなんか先生だなってすごい感じる瞬間もある。
本当ですか。
はい。
10年やってますからね。
ああそうか、10年もやってますからね。
そうですね。
ただやっぱり僕も中学校高校とかで印象的だった先生って何かいるんですけど、
僕がその先生になりたいとは思ったことないですが、こういう先生だったからこそ点数が取れたみたいな、本当にありますね。
まあそれこそ僕の楽しかったなと思う教科が、地理とか科学とかもそうですけど、
なんかすごい叩き上げの先生もいれば、なんかすごい間にそれてうんちこなしがある先生とかね。
ああ、それ楽しいですよね。
なんかそういうのもあったおかげで、僕中学校の時も結構点数高かったんですけど、
高校は逆になんか受験勉強みたいになっちゃって、あんまり面白くなくて、点数もそんな高くないやつも結構あったんですけど、
なんかその時にもっといろいろ知ってたら、もっと点数下がったんだろうなーってたまに思うことあります。
ああ、それはそうですよね。
常にそう思いますよね。
毎回ね、その当事者っていうか今その瞬間は頑張ってるけど後から振り返ったら足んなかったなーっていうのがわかるから。
まあでもその時の全力だとは思いますけどね。
そうですね。僕自身も中学校とか高校の時に今の職になるとは思ってなかったんですよ。
なんで今振り返ると、あ、これってこういうとこに使えるやんっていうのめっちゃあるんですけど、
当時はそれがなかったから勉強できなかったのかなーっていう気持ちもちょっとありますね。
なるほどですね。
なんで、たとえば数学とかも、たとえば高校生の数学とかで使ってるようなものって結構その今のAIの中の基本的な部分で使われてたりするんですよ。
でも当時、こんなもん勉強して何になるのみたいな、あるじゃないですか。
そういうのもありましたし、なんでしょうね、英語もそうですよ。
今でこそ英語を使うこともありますが、当時地方の中に住んでても英語を使うことなんてないじゃんっていう。
そうなんですよね。なんでこれやってんのっていう、その説明っていうのは学校の先生側からすると、
なんか思考力極めるためだとか、これを知ったらもう世界が楽しくなる。
自分のやってる番組でも言ったし、リスナーからも言われたことがあって、
いろんな科目は、いろんな興味関心を接種するためっていうか、ある種科目は窓なんだと。
で、それを知ってるとすごいいろんな景色が広がってるよみたいな。
で、それを見るためにいろんな科目があるみたいな。興味関心への道みたいな、自分もそう思っているけど。
でも究極、大学受験のためだと思ってます。
かっこつけないで全部、全部簡単に言うと、大学受験のためですね。
そうですね。そうなっちゃいはしますよね。
ただ、やっぱりどうしても自分が好きとか興味のある科目は点数取れるっていうのはどうしてもあるので、
どうやってじゃあ好きになるかみたいなところは、テーマとしてあんのかな、ないのかなっていう。
いや、そうなんですよね。
学生でも割り切れる人はいるじゃないですか。受験勉強だからって言いつつ、でも受験勉強好きじゃないんだよって言っちゃった瞬間、
いやー身に入らないんだよねみたいな。
だからまあ大学行かずに別のことを極めてすごい体制される方もいらっしゃるじゃないですか。
多分まあそういうことなんですね。もう学校で教えるものって本当にもう狭いですからね。
そうですね。めちゃくちゃ思いますね。でも本当にいろんなことを勉強してたおかげで、本当にいろんなことを思いつくというか、興味が後で湧いてくるものもあると思うんですよね。
そうですね。それ大人になって気づけることですよね。大体の人は。だからまあやっといてよかったなって思えることばかりなんですよね。
そうなんですよ。だからなんかスキップしちゃいけないなーって思ったりはしますね。
そうなんですね。
まあそんな話ですけど、まあ何でしょうね。まあ勉強するのも大事だし、その勉強を教える側としてもなんか教え方とか、どこまでこう教えるべきかとか、みんなが楽しき、やれる範囲どこだっていうのは結構探られてるのかなっていうのはすごく。
そうですよね。
AIの教育への影響
まあそんな感じですかね。リソースについては。あとはそうですね、もうちょっと先の話をしてもいいのであれば、これちょっとやっぱ学校の先生に実情聞きたいなっていうのがやっぱりあって、今教育の中にやっぱりITとかAIが入り込んできているタイミングじゃないですか。
そうですね。
番組の中でも触れられてたと思うんですけど、まあAIどうするみたいな話がある中で、先生側も使う機会もあるでしょうし、それこそ子供を使う機会がある中で、どういうふうに捉えられているのかなっていうのはすごく気になってますね。
AIはそうですね、出始め、もう結構出て間もないって感じですよね。こないだ出たって感じじゃないですか。だから出始めはびっくりしました。だからもう大学、アメリカの大学とかではもうバンバン使うわけじゃないですか、論文を書くのに。
それで判明してダメだってなって、日本の高校でも全国各地あったと思いますけど、やっぱりいろいろ議論はありました。これ使わせていいのかとか。
そうですよね。最近見た動画とかの中でも子供たちが人権のコンクールの中で人権の標語書いて賞を取っちゃったみたいな。でも大人というか、親からしたらそれは良くないよねみたいな話があって、そういうのをやってるのを見ると、どのタイミングで与えるべきツールなんだろうっていうのを結構感じますね。
まあでもそれは今この時代だからだと思います。多分その発達段階にある過渡期だから、いろんな人がいろんな議論、不安があるんですよ絶対。大丈夫かみたいな、ターミネーターみたいにならないかみたいなのがあると思うんですけど、これ多分もう当たり前になると思うんですよ。
だからもう今スマホが普及しているような当たり前の感覚でAIっていうのが使われると思うんで、今この考える時期っていうのは貴重だと思います。今しかできないから。でもこのペースでいったらあともう数年したらこの議論さえも必要なくなるんじゃないかって思います。今の普及率にいると。
AIが得意な領域っていうのは、それこそアイデア出しとか何かを最適化効率化するところだと思っているので、子どもたちが勉強する目的が受験勉強であるならば結構いいと思うんですよね。テストで点を取るというところですけど。
だから英語とか国語は非常によく使ってます。生徒も教員も。英作文とか英検対策とかで書くじゃないですか。英語を記述するみたいな作文を書くんですけど、これもAIに投げちゃえば、あなたの文章ここはいいけどここは間違えてるよみたいなのを教えてくれたり、論文も自分はこういうことを体験してこの学部に入りたい。
だから土台作ってみたいな600文字で何か作ってよって言ってブワーって出てきたやつに対して自分の思い出とか自分の思いをちょっと入れるぐらいな感じ。だからもう革命です。
今の使い方だったらめっちゃいいなと思うんですけど、丸投げする人もいるから怖いなと思ってて。頭を使わないってことですよね、要は。
まあ丸投げする時もあります。本当にこれ言っていいのかなって感じなんですけど、研修とかいろんなセミナーとかあって、その都度報告書を書かなきゃいけないんですよ。
そうですね。 なのでPDFを全部バッて読ませて、これで報告書書いて、バッてやってバッて提出したことはあります。
だけど、究極この報告書に削く時間過程っていうのは必ずしも大切じゃないと思っていて、だったらもういいやっていう。だから自分の気持ち次第ですね、大切にしたい、本当に大切なものに関しては投げるにしてもちゃんと見るけど、そうじゃないと判断した場合はもう100%ボンボンってやっちゃうみたいな。
まあ半分事務処理って感じですよね。でもそれはわかるかもしれないな。でも僕ももう10年ぐらいやってくる中で、今お話のあったように採点するものも実は絵で作ったことがあるんですよ。
それこそ日本語の作文とか英語の作文とかを検索をしたりとか、採点するっていう絵を実はこのマチャドジビティが出る前から作っていて、やってたことがあるんですけど、
それはどちらかというと、なんで当時やってたかというと、先生が大変すぎるからなんですよ。
業務型で。
一人一人にちゃんとアドバイスできないから、伸びしろのある生徒に対してちゃんとしたアドバイスもしたいし、もっと高度な勉強を教えたい生徒に対しても、課題が出すってなると先生の脳のリソースで限られるじゃないですか。
そこで結構先生を助ける意味でもいいかなと思ったんですけど、今どちらかというと、先生がそのAIを使ってないかに気を遡らなきゃいけないみたいなところがあって、それはそれ大変かなとかも思ってしますね。
いやでもだいぶ助かってますね。
ありがとうございます。
もうAIないともうちょっとできない領域がどんどんで始めてきて、それこそ今採点って話はちょっとあったんですけど、採点はもうAIに任せました。
精度は、ごめんなさい企業の人ごめんなさいなんですけど、あんまりまだ精度は高くなくて、結局は全部手採点になるんですけど、でもデジタルで採点するっていうことになった時、すごい時間短縮できたんですよ。
なんかデジタル採点の売り込みの業者みたいなこと言うんですけど、1時間半かかってたやつを30分でできるようになったんですよ。
学生の学習における懸念
それデカい。
マジでもうデジタルがないと採点はもうしたくないです。もう本当に苦痛なんです採点業務っていうのは。
いやー大変ですね。それはわかります。
だからもうありがとうございますですし、さっきも言った、そのAIに1回かませる論文とか衣装論文とかを、
ダイレクトに人に持ってきた、人が書いたものを人に投げるっていう、でも直すところ山盛りあるんですよ。
確かに。
だけど1回AI挟むことによってだいぶその処理が、だからもう人参の皮剥きがもうされた状態でやってくるみたいな、カット野菜がやってくるみたいな、そんな感じです。
面白い。
洗わなくていいし、芯も取らなくていいし、切らなくていいし、もうカット野菜の状態できて、これをどう料理するかってだけなんですよね。
確かに、なんか部揃いの野菜がいっぱいある感じですよね。
それを全部選別してくれるのがAIだと思ってるんですよね。だからもう無きゃもう無理ですね。
私、いろんなアプリあるじゃないですか。
あります。
その学習アプリだとか、それもAIかましてて、ここに投げたらあなたの英作文こんな採点してくれますって。
その業者と話したことがあるんですけど、これAI何使ってるんですかって言ったらチャットGPTですって言って、じゃあ月額払わなくてもチャットGPTに直接聞けばいいのではっていうのをちょっと思ったりして。
でも多分そのプロンプトっていうか、その指示出しがもう最初に初期設定であるんですよね、きっと。
だから多分そのプロンプトが非常に優秀だからアプリとして成り立ってると思うんですよ。
そうですね。
だから今後必要になってくるのはその指示出しの仕方っていうのが重要かなって思うんです。
でもAIを使う使わないの領域じゃなくて、そのAIをどう使うかっていう世界になってきてるなっていうのを今肌で感じてます。
そうですね。なんかそういう意味では表現力ってやっぱり鍛えないといけないと思ってるんですよね。
例えばそのチャットGPTに投げる文章もそうですけど、ウェブ検索するときもそうなんですけど、どう伝えれば伝わるのかみたいな。
そういうなんか表現力というか思考過程というのがわかんないんですけど、
自分が伝えたいことをより正確に伝える力みたいなところを鍛えていかないと、多分今後は大変。
ああ思います。それもランプの魔人でも幾度となく教育を受けたところですよね。
だからジーニーに世界一ビッグなマジシャンにしてくれって言ったら、体がでかくなっちゃったみたいな。
だからそのちゃんとした指示の出し方ですよね。大切になってくるなって思うのはね。
そうですね。AIが賢くなって察してくれるとはいいつつも、
自分がものを知らなければ正しくそして価値のあるアウトプットを出せないっていうのはあるので、
そこはちゃんと鍛えておかないといけないんだろうなみたいな。
ああそっか。だからよりいろんなものを人間側が使う側が摂取しなきゃいけないってことですよね。
そうですね。
いろんなコンテンツに触れてみたりという小説とか新書を読んで、
だから鍛えるなら何が正しいかどうかっていうのを精査するための力がより一層大切になってくる。
そうですね。いろいろこのポッドキャストやる中でもそうですけど、
何か調べ物をするときに自分の知ってる領域でしか調べられないみたいなのはどうしてもあると思ってて、
そういう意味では受験勉強かもしれないですけど、いろんな科目をやることで表現力というか新しい知識をちゃんとあらかじめ持っておくと、
先ほど窓ってお話をされましたけど、窓とか扉がもっと広がるので、そこを使った上で絵を使ってほしいなとは思いますね。
そうですね。なんかそれが健全な気がしますね。
あともう一個聞きたかったんですけど、もし僕らが学生の時にAIがあったらどうだったと思います?
いやもう僕の性格からするともうとにかく楽をしたい、合理的なっていう感じなので、もう全部丸投げですけど、
もう精査とか言うたらそういう大切なことを全部省いて、もうボンボンでやっちゃいます。
あっちゃんどうですか?
なんか今数学の問題とかも解けるようになってきてるじゃないですか、
なんかそれ結構まずいことになってたかなと思ってて、
宿題は解けるけどテスト解けない人間になってたら怖さはめっちゃありますね。
だからスカスカの人間になっちゃうってことですね。
特にその数学の問題解く時っていうのはちゃんと過程をちゃんと理解をした上で解いていかないと解けないわけですけど、
パターンをちゃんとわかってないと毎回問題が違った時にわかんねってなっちゃうじゃないですか。
そうですね。
だからそういう意味ではちゃんとパターンを理解した上で解く能力がない中でAIを持ってしまってきた時に、
宿題はちゃんと出せるけどテストで点取れない人間になっちゃうじゃないかなっていう懸念はありますね。
それは実は今もそれがちょっと起きているので、課題はいっぱい出すけどなんでテストこんなに取れないんだって言って、
よくよく聞いたらもうAI使ってるからですって感じで。
そういう意味では一般化する能力もちゃんと高めていかないとダメなのかなどうかなみたいな感じがしますね。
そうですね。
そんなところでしょうかね。いろいろ聞きたいことはいっぱいあるんですけども、
一旦この辺で前半部は以上とさせていただいて、この後もですねもう一話の話ができればと思いますので、
引き続きよろしくお願いします。
お願いします。
ということで豊さんにお越しいただいた前半戦以上となります。いかがだったでしょうか。
エピソードの中にもありましたが、もし僕が学生の時にAIがあったらどうなるんだろうというところが、
僕はすごく印象に残っていてですね、学生の頃僕は全部受験をしているので、受験勉強の中とかであんな風にすぐに問題が解けたら、
良い部分悪い部分あったんじゃないかなと思っています。まあでもその中でですね、
社会を良くしている部分も確かにありますし、AIのおかげでメールの翻訳とか、まあ身近な例ではありますけども、
AIの教育への影響
そういったところでですね、よりコミュニケーションが加速したりとかですね、良い側面もあるかなと思うので、
うまくAIと付き合っていきたいなと改めて思いました。 次回後半戦ございますのでぜひ楽しみにしていてください。
では今回はここまでです。現代人の皆さんも未来人の皆さんもまた次回お会いしましょう。 じゃあね。
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