なるほど。
それで言うと、僕自身も結構、
記事を書いたりとか、
何らかアウトプットするのにすごく腰が重いタイプではあって、
ただ、これまで何でやってきたかというと、
本当に機会をもらったからっていうのはかなり大きいんですよね。
学生時代、私高生出身なんですけども、
高生時代はプログラミングもするし、
コンテンツも作るしみたいな部活サークルだったんですけど、
そこだととにかくどんどんアウトプットしたもんだし、
そういうアイディアを持っている人がたくさんいるので、
そういう人たちに巻き込まれにいくみたいなことをよくやってました。
前足はかなり大きい会社ではあったんですけど、
そこでも社内である程度いろんな実績を積み重ねていくと、
何らかんだ登壇の機会をもらったりだとか、
あと僕が味しめてたのはインタビュー形式ですね。
インタビューを受ける側、そして喋ったらキズになるみたいなやつ。
あれはアウトプットのすごくハードル低いのだなというふうに思うので、
しかもかなりパーソナルな部分を話したら、
それに共感してくれる誰かが何らかリアクションを持ってくれることがある。
なので前足は結構それで乗り切ったと言えばいいんですけど、
そういうので時折ブーストかけて、そこからまたちょっと頑張ってアウトプットしていくみたいなことをやったりしていましたね。
インタビュー記事って日が当たる人は日が当たるし、
そうじゃない人にはなかなか日が当たらなかったりもするんですけど、
意図的にそういうちょっとこうあまり普段表に出ないんだけど、
そういう人にスポットライト当てるとココンってなってみたいな場面はあるのかもなというのは思います。
僕自身も多分そうする側だと思うので。
なるほど。
初めてというかアウトプットするときのハードルめちゃくちゃ高いじゃないですか。
そうですね。
そのときに場があるっていうのがまず1個あると思われていて、
アウトプットしてもいいんだよとかアウトプットしている人がいるみたいなのが1個ある。
ただ多分それだけだと足りないと思っていて、
さっきおっしゃっていたようにその機会をいただくみたいな、
なんか一緒に何かやった、
例えば社内の勉強会一緒に行った感想ブログを会社の方で書いてみない?
なんなら書きなよみたいなっていうのがあると、
やっぱり結構じゃあようやくだから書こうかなみたいな。
どうやったら書けばいいんですかみたいな、
そういう話が繋がっていく気もしていて。
だから何もない、
コクって言い方があるんですけど、
会社のチャットとか社内広報みたいなのにアウトプットしましょうブログ書いてみませんかって書いても、
多分手を挙げる人はほぼほぼいない。
手を挙げる人はもともと書いてる人もそうですね。
言い方悪いかもしれないですけど、
今のいいじゃんアウトプットしようよ書いてみようよって
マルバナさんって言ってみれば一番いいのかなっていう話聞いてて思いました。
そう思いますね。
やっぱりそういう機会を作っていくことと、
あとアウトプットする人としない人の間は結構グラデーションだと思ってて、
してみたいけどなかなかできない人、
コツが重たくなった人ってかなりの割合いるんじゃないかなっていうふうに思うんですよね。
でもなかなかそういう人って自らやりたいですって言えない。
言ったら自分で頑張ってアウトプットしなきゃいけないから、
そんなところはあると思うので、
そういう人たち自身もやってみたいんだけどなっていう発信はし続けた方がいいと思う。
し続けると何らか機会は来ると思うので、
そういう人たちをどう巻き込んでいくかも考えていけるといいんだろうなというふうに思います。
今お話聞いてて、じゃあ感想を書きなよ。
僕は学びアウトプットしようぜみたいな。
それがきっかけだとしたら、
じゃああと書いてねよろしく。
2000文字とか。
結構しんどいけど。
本当おっしゃった通りで。
そこでさっきのお話の中でいいなと思ったのが、
インタビュー提出。
要は音声アウトプットして、
しゃべってもらったやつをこっちで勝手に文字起こしして、
こういう話でしたっていうのにするってあげると、
結構ハードルが低いんじゃないかなと思っていて、
適当で何かアウトプットするっていうハードルの高さと、
誰かに何かを聞かれて答えるみたいな。
それもインタビューとして掘り下げてもらう。
とりあえずこの件に関する感想を述べたとかじゃなくて、
この間こういうことあったじゃないですかみたいな。
あれって僕はこう思ったってどう思いますみたいな感じで、
ラフの交互体みたいな感じで進んでいくと、
日本一すぐ出てくるところはあるんじゃないかなと、
バリバリポッドキャスターとしての話があって言うんですけど、
その辺は結構どうですか?
あると思いますよ。
交互として触るときにあんまり綺麗な文章であることを
意識しなくてもいいじゃないですか。
みんな聞き慣れてるんで。
ただモジューリングするってなると、
すごい狭くてここに来なきゃいけない。
この文章の構造合ってるからみたいな。
スズっていつ来てるかなみたいな。
それにしてそのおかえりもいかないみたいな。
そうなんですよ。
腰重たくなる人、僕のような人間は、
そういう細かいことで気になっている人も結構いると思うんですよ。
だからやっぱりこういうポッドキャスターも含めて
音声アウトプットはもっとみんなやるといいなって思ってはいる。
あんまり僕がやってないのに言うのもあるんですけど。
本当にそれは思っていて、
最近生成AI、最近でもないんですけど、
いろんな活用方法が、
最近も使うのが当たり前になっちゃって、
そうですね。
なんか、
アウトプットなかなか進まないなっていうのが
もう一つ気にしている部分としては、
おそらくこれ炎上しないからみたいな不安感。
これ見られた時、
こういう立場の人はすごいネガティブな意見を持ってたろうな、
自分と違う立場の人は何て言うだろうかみたいな部分も
かなりあるだろうなっていう風に思うんですけど、
そこが古手さんはどうやって乗り越えているというか、
何かそういうのを気にしていないのか、
気にはするんだけど何かこうやって気をつけているとかありますか?
2つあると思っていて、
要は気にしている部分と気にしていない部分があるって話なんですけど、
気にしている部分で言うと、
基本的な話っていうのは基本的な話なんですけど、
地方デパにならないようにするっていうのは結構あって、
結構最近あるなって、
個人的にあるなって思ってるのが、
男性はとか女性はみたいな、
これ別に年齢でもいいですけど、
おじさんはとか、
おばあさんはとか、
お母さんもおばあさんとか、
結構、
それって今目の前にいるたった一人の人間から受けたことを、
あたかもその世代とか、
男性女性って、
60億いる人口の半分くらいになってたので、
めちゃくちゃすごいかなって、
結構カジュアルに言っちゃうなって思って、
そこは置き換えができないかなとか、
この間ある人に言われたでも別に成立するかなとか、
逆に広げちゃう。
男性がじゃなくて、
人間って言っちゃうみたいな。
男性は愚かって言われるもん、
人間は愚かだよねって言った方が、
分かるって結構なるじゃないですかね。
あんまり人間は愚かって言ってる人に、
人間のことを何て思ってるんだみたいな、
バカに投げてることは見たことがないので、
これは大丈夫なのかなとか、
っていうのを結構思ったりして、
しぼれさにならないっていうのも一つの観点なんですけど、
それってどういうことかって言ったときに、
これもよく言われるやつで、
それが難しい端子もあるんですけど、
読んだ人がどう思うかっていうのがあって、
そのときに読んだ人の帽子をかぶる、
それも男性っていう帽子をかぶったり、
女性っていう帽子をかぶったり、
次にIT業界、
これってIT業界じゃない人が見たときに、
どう思うかなとか、
そういう帽子を意図的にかぶって、
見直しのときにっていうのは結構やってますね。
でももう一つ気にしてないって言ったのは、
そこまでやって、
これがマジ気にかかる、
謝れみたいなことやったら、
それはもうしょうがない。
多分その人の帽子をかぶれなかっただけなんで、
すいませんねっていう話しかないんですけど、
こうもこうもか、
そんなことを言われたことは一回もなくて、
変なって言い方も変ですけど、
お気持ちコメントがついたことはあって、
そんなチェックリスト書いてるようじゃダメだよみたいなのとか、
マネジメントがお話ししちゃったりとか、
パッと思いつくのそれぐらいかな、
あんたはまさかりじゃないんですけど、
ここ間違ってますよみたいな、
それはありがたい方式なんですけど、
っていうぐらいで、
っていう感じですかね。
なるほど。
聞いてて思ったのは、
手もでかくするのって今すごく、
今に限らずでもよくある手法ではあるじゃないですか、
バカにダメの。
だけど、
それを望んでないことは結構多いなというふうに思うし、
あと僕自身がそういう手法の大きいコンテンツを、
ちょっと最近避けるようになってるなっていうのを、
今話しながら感じてて、
っていうのもすごい把握がいろんな方向に飛んでっちゃうんですけど、
僕ついさっき遊輪堂に行ってたんですよ。
ほんやほんや。
ほんやほんやさん行ってて、
最近よくよく考えると、
ビジネス書とか自己啓発本買わなくなって、
どっちかというと審査書とか、
しかも審査の中でも結構高そうな本、
手に取る機会がすごく増えてて、
多分それって自分があんまりそういうのに乱されたくないというか、
すごい一家制のバズるためのコンテンツを呼ばされたくないみたいな、
多分これは僕の意図でしかないんですけど、
そういうのを最近すごく感じてるなというのを今聞いてて思ったし、
だからこそアウトプットするときにも、
本当はそういうコンテンツの発信の仕方をしたくない。
だけど、でも発信するからには誰かの目に届いてほしい、
みたいな欲もあって、
多分そこの攻めき合いが僕の中で決着つかないから、
そこもまた組み入れつかないみたいなところがあるかもなって思います。
分かるなぁ。
今お話に出て3つぐらいキーワードが出ちゃったんですけど、
クリックベイトという言葉と、
アテンションエコノミーという言葉と、
何者かになりたい。
この3つが今パッと出てきた。
結構僕も今聞いててあぁーって思った。
まずクリックベイトっていうのは、
日本語に直訳したらクリック乗ってたっていうことで、
要は何かあの大物が○○みたいな記事があると、
ついクリックしたみたいな。
これも典型的なクリックベイトで、
他のボットキャスターでそういう言葉を聞いたんですけど、
その時の話題もその記事のタイトルに関する話で、
つい先月ですか、
iPhone新しいのが出たじゃないですか。
こういうiPhoneはiPhone AirとかiPhone17はこういうスペックで、
みたいな記事が出る中で、
毎年のように出るんですけど、
iPhone Airを見たら上物は何というかみたいなのが出て、
いつまで上物で言ってんだと、
っていうそのタイトルにクリックベイトさせて、
みたいな話をそのポッドキャストに聞いて、
釣られているみたいなっていう話で、
ちょっと盛り上がるなと。
そのポッドキャストでは、
アテンションエコノミーって言葉出てこなかったです。
また別のポッドキャストで、
昨今のショート動画とか、
Twitterのその短い情報が斜めのごとく出てきて、
みたいなビュー数とか、
いろんな人の目に触れると、
アルゴリズム的にそれがいろんな人に拡散されて、
特にTikTokとかTwitterとかSpotifyとかYouTubeとか、
ビューが上がれば上がるほど、
インセンティブがもらえる設計になっている。
そうするとどうなるかっていうと、
さっき言ったクリックベイトみたいな、
ショート動画とかわかりやすいですけど、
開幕2秒で心を掴むみたいなのがよく言われるんですけど、
ああいうものが悪く言えばはじこってしまう。
それはある種正当に、
真っ当に攻略した結果となっているんだと思うんですけど、
そういうのを注意を引くエコノミー、
経済みたいなのでアテンションエコノミーみたいな、
言い方をされている方がいて、
ポッドキャストって基本そういうのがない、
少ないメディアだと思っていて、
ではSpotifyとかだと結構、
再生数で久々みたいなビジネスプロジェクトがあったりするのが
ポッドキャストなんですけど、
基本的にはその、
有料会員になると文字起こせばもらえるとか、
追加エピソードが聞けますとか、
このパーソナリティの誰々さんを応援したいからとかで結構、
課金する形が多くて、
YouTubeのチャンネル登録とかもそんな感じですよね。
その配信者さんを応援したいから500円みたいな感じだと思っていて、
ああいうのとアテンションエコノミーはやっぱりちょっと違う、
似てるとこはあると思うんですけど、
というのがあって、
クリックウェイトとかアテンションエコノミーみたいなので、
特に一般の人ですよね、
いわゆる芸能人でもなく、
オリンピックに出て金メダル取るみたいなことも、
全然できないような一般の人が、
そういったところに執着する、熱を上げるっていうのが、
さっき言ったら何者かになりたい、
みたいなのがあるなと思っていて、
せっかくアウトプットするんだったら、
同意して欲しいし、
分かるって言って欲しいし、
それが思い返りが欲しくはないんですけど、
反対意見、別の角度の意見を見たいしって思って、
やっている部分も確かに僕にもあって、
ただもう僕もものなき一般ピーポーなんで、
特にポッドキャップの方ってバズりにくいんで、
そんなことが起こることはないんですよね。
これ解決すると幸せな人が増えるんじゃないかみたいな、
問題定義みたいなのもやりたくてやっている。
それに有効そうなものを読みたくなってしまうみたいな感じですね。
なるほど。
僕も似たところはあるかもしれない。
僕、たらすじ刻み込まれるレベルではないんですけど、
課題を見つけたりとか、見つけることかもな。
みんながなんとなく感じているんだけど、
もやっとった課題を言葉に言っとって、
それを構造を持って解決していくみたいなことはすごく好きで、
ある種ゲームだと僕は思ってそれをやっているんですけど、
そのためのきっかけを作るために、
勉強をしたりとか、新しいことを学んでいるところを思ってますね。
だからこそ、最近僕フランス語を勉強してるんですよ。
最初ディオリン語でやってたんですけど、
最近フランス語教室に通い始めて、
ちゃんとフランス語をやってて、
それが別に何かにすぐつながるかとか、
フランス語を喋れるようになれるか、なりたいかと言われると別にそうでもないんですけど、
でも世界が広がる感じがあった。
わかる。
フロマージュってチーズなの?
わかる。
語源もそうだし、
言葉ってこうやって変わっていったんだ、みたいな。
知ることは自分の知的欲求、知的好奇心を満たされると同時に、
いろんな世界にいる生き方をできるなって思うから、
そこをどれだけ楽しめるかとか、
どれだけこれまで触れたことのないところに触れにいけるか、
みたいなのが今の僕の最大の関心です。
知的好奇心はめちゃくちゃわかるなと思っていて、
問題解決のひょっとした現体験は知的好奇心かもしれないなっていうところはあって、
破体験じゃないですけど、
何か起こったこと、思ったこと、言われたことが実はこういうことだったんだってわかったときに、
あ、なるほどって言うと、じゃあこれってこういうことなの?みたいな、
自分の中でちょっと疑問が、次の疑問が湧いてくる。
何かそれを確かめたいみたいな。
そういう何か知的好奇心、知的欲求みたいなのは自分でもあるなって思います。
そうで、だから本屋は辞められないんだよなと思ってて。
本屋に行くのか。
本屋に行くのか。
あー、わかる。
僕もでっかい本棚買いましたもん。
あー、ほんとですか。
だから毎週のように本屋さん行って、ひたすら新書とか新しい本ひたすら見て、
いや、いいね。
全部買うみたいな。
今日も3本買いましたから。
もうちょっとタイトル聞いてもいい?
恥ずかしくないタイトルだといいんですけど。
1ついいですね。チクマプリマーの人生にコンセプト。
おー、これは。
これもう完全にタイトル外ですね。
はいはい。
チクマプリマーっていうのがチクマの割と高校生向けのレーベルとかなんで、
なんか結構ライトな本が多いんですけど、でも結構いいコンセプトの本が多くて、
多いのもいいんですよね。
ポッドキャットなんです。
リンクとか入れたらちょっと表紙とか見ていただきたいんですけど、
高校生向けのレーベルにしてはめちゃくちゃ大人っぽい。
これ買う高校生はだいぶ。
女の子がバーンって出てるとか、青ドラとか海とかそういう感じじゃなくて、
もうなんかエクセルのグラフ家みたいな。
ですね。
これね、すごい。なんか面白そうだなと思って。
夢がなくても大丈夫、無数の選択肢で悩まない、ブレずに済む。諦めない勇気になる。
あーいいですねいいですね。
ちょっと多分この本が今日のこの話に影響されてる。
次の本もそうですね。
人が集まる企業は何が違うのか。
あー!
これ、公文写真賞。
これもまあ、やっぱ、僕の悩みがまさにその選手に現れてる感じになる。
それはあると思いますよね。
自分を現す鏡じゃないですけど。
そうですね。僕の本棚なんてプライドにまみれてますからね。
理想の自分が詰め込まれてる感じ。
最後、顔に取り憑かれたの。
これ、高段差現代戦争。
へー。
これね、これもSNSとかの話ですけど、加工であったりとかするのはかなり多いですけど。
結構、変な意味ではなくて、顔、見た目に性格が現れるみたいなことを言う人っているじゃないですか。
なんかそれに関連するそうだなと思って。
これはただただ知的好奇心で買った本ではありますけど、なんとですね、この3冊、シンプルばっかりですね。
いやー、なるほどなー。
なんか、その、事後啓発本みたいな本で言うと、去年とかの話かもしれないんですけど、
「DAI IS ZERO」っていう、ゼロやんですねっていう本はすごい良かったなと思いつつ、
系統としては7冊か1冊。
ただ、そこのなんか差って、仕事のためと歌われているか、仕事に良いと言われているか、
なんか人生にとって良い感じのところの差がありそうだなーとか。
確かに。
ていうのもあって、で僕も今ちょっとKindleを見たら、僕最近ソーシの標本っていうソーシの本を読んだりとか、
さっきちょっと話題にあがったジェインダー系の本とか、
あとちょっと前読んで良かったのが、戦争広告代理店っていう本があって、
これは90年代末ぐらいの当時の民族紛争、ユーヨーサラビア。
それも本棚から気づいたんですよ。
僕の本棚、本棚を作り始めたのは今年の6月なんですけど、
その時出した本って硬い本ばっかりなんですよ。
例えば、岩波宣章の赤い本ばっかり並んでたりとか、
サラトゥトラとか、
サルキのノルウェーの森とか、
読みもしないのに並んでるみたいな。
ちょっと分かる。
悪口とか否定する意味で言うんじゃないですけど、
並んでると頭良さそうとか、分かってそうとか、
この本あるのちげーなっていう感じを出す本。
本をそういう扱い方をするなって感じるのが分かる。
そうなんですよ。
ちょっとプライドの高い本だったりするので、
でもそれによって客観視された部分もあるし、
それと同時に自分ってそういう欲求結構あるんだなって気づいたから、
それはすごく良かった。
例によってノルウェーの森は読んではないんですけど、
いつか読みたいんですけど。
なんで読めないんだろうと思うと、文学にそんな慣れてないからだなって。
あれはちょっと古典に触れてみようかってことで、
そっからボッツァンとか、
本当に長く読み続けられてる本を読んでみる。
そしたら、長く読み続けられてるなって、
本当に理由があるんだなって思うぐらい読みやすくて面白いんですよね。
そうやって自分が読む本の幅も広がって、
そうするとインプット増えるんですか。
そしたらまたアウトプットしたくなってくるなって。
何がしたいみたいな。
欲求も出てくるし。
最近はそういうループが出来上がっていってる感じがあります。
自分が今どういう状況か、
バロメーターみたいなのは今お話聞いてて思ったのが、
僕が社会人になった新卒の時ってめちゃくちゃ本読んでて、
今はライブさんみたいに会社帰りに本屋に寄って本を買って帰るみたいな。
その時読んだ本って全部フィクション。
SFとかミッテリーとか、そういう本ばっかり。
その時は自己啓発的な本とか、仕事にとか、
なんならIT系の本とかも全然読んでなくて、
スペースオペ、スペオペみたいなやつとかばっかり読んでたんですけど、
その時の自分を振り返ると基本的に仕事が嫌いだったのかな、
そっから逃げたかったのかなみたいなのを今振り返って思うことがありますね。
なるほど。確かに。そっか。フィクション、そうか。
僕フィクション実はあんま得意じゃないんですよ。
てかむしろ常に情報を掘ってるので。
なるほど。
言うてこれは現実じゃないになっちゃうみたいな。
そうなんですよ。だからフィクションを読むとしても、
事実を元にしたセミフィクションっていうのかな、みたいな本。
実際の事件を元にしたミッテリーみたいなのを読むことが多くて、
でも多分それはそれで、
多分さっきの本とプライドの話のことだし、
物知りな自分でありたいみたいな欲もあるんだろうなみたいな。
やっぱ結構あるかもしれないですね。
フィクションよ。
そっか。仕事から逃れたくてフィクションか。
今さっき言ったソンセなんかバリバリ歴史の話だし、
ジェンダーも現実だし、タイム・イズ・ゼロとか、
あと思考法の本とか、マインドセットの本とか結構読んでる。
あとコーチングの本とか並んでるんですけど、
フィクションの小説は基本的に、
最近読んだ本の想像された中にはなくて、
あるとしたら漫画、それもマージョン漫画とか、
成績を基にしたで言うと、
スプリマンっていう都市伝説とか大パーツみたいなのを扱ったバトル漫画みたいな。
だからすごい高等向けなっていうよりは、
ちょっと不思議なもので対応するみたいなお話があったりするので、
めちゃくちゃファンタジーな本、最近読んだかって言われると
ワンピースとかになっちゃうかもね。
なるほど。
これは何なんですかね。
現実に満足をしている。
質問で回答の中にあったんですけど、
ライサーが今現実に満足しているかって聞かれたらどう思います?
してないんでしょうね。
そうっすよね。
多分その、何て言うんでしょうね。
満足していなさの解像度は上がっていると思います。
何に対する不満なのか、みたいなのは
不満って言うと変だから、何に対して足りないなと思っているのかが
すごく分かるようになってきてて、
例えば一時期僕、
悪文の構造とか、揉み切り届く文章技術とか、
自己肯定感が高くないとダメなのか。
分かる分かる。夢を持たないといけないのかもね。
そこの課題感がガンって。
ものすごい解像度の高い課題感があって、
それが一気に本に出ていると思うんですよ。
そこの抽象度が多分上がったから、こうやって、
飾り気のある本というよりかは、
もっと具体的な本に行ったんだろうなと思ったし、
たぶんさっきのホルテさんの話で言えば、
仕事が嫌だからフィクションに逃げる、
いろんな悩みもあった部分が転職ではあったからこそですけど。
なるほどな。
僕も旅行行った時に写真は撮るタイプなんですけど、
見返す方はほぼほぼしない。
この間ここ行ってきたんですよとかだったらやるんだけど、
ふとした時に自分でスマホのアルバムをスクロールして、
あの空綺麗だったなとか、あの神社すごかったなとか、やった覚えはない。
なんで写真を撮ってるかっていうと、さっきお聞きしたアウトプットするためが結構多くて、
それはSNSだったりブログだったりしている。
だからこの間、あるラノベの35周年みたいな展示に行った時に、
写真OKとNGのコーナーがあったんですけど、
原画のところは基本写真OKだったんですよね。
だから自分が気に入ったやつ原画を撮って、
イラストレーターの原画を撮ってSNSに上げるみたいなのを結構やってた方いたんですけど、
僕そこで見たやつほぼほぼ写真撮ってなくて、
で、もちろん撮影OKなんですけど、
気になったやつっていうか気に入ったやつだけ1、2枚撮ってた感じ。
で、なんかそれはもうさっき言ったように、
アウトプットするためじゃなかった。
行くなら実際に行ってほしい、見てほしいって思ったから、
自分からは発信するつもりがなかったし、
ライさんと同じで、そこで見た思ったことを
自分の中に置いておきたいみたいな感覚がすごい強くて、
写真を撮らなかった感じですね。
なんかそれは聞いてて確かにって思う部分がありました。
結構その場に行って体験してほしいことっていうか、
やっぱ写真がシェアできないこと、
SNSで文字にしてもシェアできないことってやっぱパターンあるじゃないですか。
僕最近万博行ったんですけど、
それ一切SNSでは発信せず、
ただ一人でよかったな、僕みたいな感じで書いてるんですけど、
やっぱそれって万博いいよってのはみんな知ってて、
なんだけど、僕は僕で僕だけの楽しみ方っていうはずだし、
みんなそれぞれの楽しみ方っていうはず。
それをこれはまた何者かって言いたいって思ったんですけど、
みんなと同じように楽しんだのねって思われたくないみたいな。
のもまたあるかもしれない。
そういう意味で言うと、
何者かになりたい自分っていう言葉の中に、
他人って言葉は出てこないんですけど、
その言葉を発している時はそこに他人がいる気がしますね。
何者かになりたい自分は自己肯定ではない感じがしますね。
バズるとか金メダルを取るとか、
誰かにあの○○の人って言われるみたいな。
これだけではないと思うんですけど、
そういう側面もあると思うんですよ。
確かにそうかもしれないな。
言葉にできないけれど。
なんかありそう。
僕その何者かになりたい正直あんまりないんですけど、
その感覚としては、
自分は自分でいいとか、他人は他人みたいな。
だから自分が何かをやってるやりたいみたいな時に、
あんまり最近他人が出てこない。
あくまで自分がやりたいとかやりたくないとか、
魂とかっていう。
ある種そうするとエゴっぽいんですけど、
そうではなくて自分を立脚する、
自分が立つところに自分しか支えがないというか、
他人を対策して自己アイデンティティを生成しないみたいな感覚にしかいない。
それは強いなって思います。
強い感は僕の弱みの一つだと思うんです。
他人と比較しても意味ないよねとか、
他人側っていうコンテクストってあまり関係ない場面が多いんだけども、
でもやっぱり自分の中で他人であったり、
もしくは存在しない自分の中にいる理想はあるか。
企画を追っている部分はあるかもしれない。
なるほどな。
でもなんかそれはありそうですね。
自分に厳しいとか、完璧主義とかって言ってもらうこともあるんですけど、
自分の中に常にかなり高い理想があり、
その理想と常に自分のジャップを企画して生きている。
行動を決めているみたいなところがある。
それでしんどいんで。
しんどいって。
常に自分の前を存在しない自分のプロセスが発生し続けている。
そこまで行っても自分より前に人がいるという。
そうなんです。
しんどいですね。
しんどい。
だからこそここまでやってこられたっていうのもあるんですけど、
そろそろちょっと追いかけるのが大変だったり。
追いかかる。
しんどくなって、今そういう状況なんだって初めて気づいて、
今そこから出していきたいなって。
さっきの他人と企画するみたいな。
なんて言ったっけ。
なんて言ったっけ。
つい他人と企画してしまうみたいな。
それが仮に幻の自分自身だとしてもみたいなのが、
最近なのか昔からかわからないですけど、
あんまり僕はなくて、
それは他人と企画するの良くないよね、やめるべきではなくて、
ああ他人と企画したよね、わかるみたいな。
その上で、それはでも自分の感情、思いだから、
そこに良い悪いもなくて、
ただそれをありのまま認知するだけ。
今あそこで美味そうなクレープを食っている人を見て、
僕は羨ましくなっているみたいな。
かえってビールでも飲むか。
全然見分けなくない話なんですけど。
その時に、なんでここでクレープが食べれない自分はとか、
あんま思わない。
ただそこでクレープを食べたいと思っている自分と、
かえってビールを飲みたいな。
二人いるだけみたいな。
そこでクレープを食って、かえってビールを飲める自分みたいなのは、
あんまりいないというか、考えないというか、出てこないですね。
だからなんか、最近はちょっと話して思ったのが、
毎日あれもできない、これもできないで終わってしまうみたいな。
その時聞いたのが、リベンジ夜更かしってことを聞いて、
仕事が忙しくて夜10時とかに帰ってきて、
自分の時間がない。
だから夜中の2時、3時とか、次の日も仕事なのに、
無理して起きちゃってて、ずっと体調が悪いみたいな。
そういう状況に対するリベンジとしての夜更かしみたいな話を聞いた時に、
なんかもう、僕はあんまりそれがなくて、眠くなったみたいですね。
それは風邪のせいでだと。
なんか今はこれが精一杯っていうのも、
結構ナチュラルに言ってしまうと信じている部分もあって、
なんかそれを結構、自分の中で自分を許すっていう感覚もないんですけども、
ある程度そういう感じなんですよね。
なんかすごいですね。
いろんなコンテンツに触れながらも、
そう荒れることが、僕の中ではすごいなと思っていて。
SNSとかもかなり今、二項対立を作り始めたじゃないですか。
だからその軸でどうしても見ちゃうなっていう風になっちゃう場面が、
一時期僕の中でもかなりあって。
で、やっぱりそういうのばかり見ていると、
そういう考え方も数学多分楽になっちゃうと思ってて。
それの良さとは本当に分からないですけど、
僕はもうちょっと考えたいみたいな。
欲求が最近は増えてきたから、ちょっと遠ざけるようにはしてますけど、
ナチュラルにそれができる。
それができるというか、その距離を置けるというか、
二項の中で強いというか、羨ましささえあるなというか。
多分やりたくてできない人は羨ましいなって思うだろうなっていうのも分かりますし、
それができなかった自分が今の自分を見たら、
めちゃくちゃ羨ましいっていうか、
それはなんとなく分かるかもしれない。
だから、うん。
多分、分かんないですけど、
僕多分そういうコミュニケーションのエラーをこれまでいっぱい組んできてるから。
多分僕もそう思う。
ただそれに対して反省みたいなのはないんで、
今すごいこう本読んでるし、
そういうものを学びたいっていう意欲につながってると思うから、
なんかここまでの話を踏まえて、
なんか自分がやってること良さそうな、
回り回って思います。
いやーありがとうございます。
というところでもう1時間10分。
まあいい感じなんで、話の標点というか流れとして、
ここら辺にしとこうかなと。
最後に、この話を通してでもいいし、全然関係ない場合でもいいんですけども、
これだけはちょっと話したいなみたいなのを軽く触れて終わるかと思うんですけど、
なんかありますか?
そうですね。
特にいないんですけど、
僕、アホみたいに歩くのが好きなんですよ。
すっごい長時間歩く。
正直渋谷から羽田空港まで5、6時間歩いたことがあって、
それって今歩くって1日何万歩ですか?
みたいなことも多いと思うんですけど。
全然。
聞かれて聞かない?
そうですね。歩くときすごい歩くんです。
おすすめの道はありますか?
なるほど。
いやもうなんか。
何故歩くか、そこに誰か何を思ったかみたいに歩くかと思ったら、
おすすめの道を聞いてくれています。
また話してくれる。
すり上がりの言うねん。
じゃあガチでお答えすると、
道とか、あるいは風景に対してこういう風景が好きとか、
こういう道が好きみたいなのありますか?
季節を感じられるバスがすごく好き。
あと静かに。
なるほど。
それって関西の住宅街も静かじゃないですか。
はい。
でもめちゃくちゃ田舎の農村とかも静かじゃないですか。
そういう意味でどっちでもとかどっちが良いと思いますか?
どっちでも良くて、
静かさっていうのが、音の静かさが面白そうなんですけど、
情報が散乱してないというか。
あーじゃあゴミゴミしてない方が良くて、
例えば川崎とか景品みたいなところの工業地帯、夜のところは情報量多いなみたいな。
ちょっと多い。
でなんか山から振り返ってそのふもとにある街が見えちゃうと、
それもちょっと情報量多いなみたいな。
星空とかは大丈夫なの?
なるほどー。
じゃあどっちかっていうと、その昼の喧騒とかよりも朝早くとか夜とかが良いと思うんですけどね。
まあそこでおすすめの歩く場所で言うと、
まあ僕が実際に歩いたことがあるみたいなとこで言うと、
そうですかねー。どこが良いかな。
なんかあえてずっと静かじゃないみたいなところで言うと、
自分が住んでいる沿線を一駅二駅、まあちょっと路線によって一駅二駅ってあれがあるんですけど、
だいぶ休電ギリギリぐらいの夜遅く、
例えば22時、23時、24時ぐらい。
いやそれ線路の横うるさいじゃんなんですけど、
うるさいタイミングと静かなタイミングが交互に来ると思っていて、
で、その情報量確かに多い台所とかもあるしなんですけど、
ふと一本路線に入るとめちゃくちゃ暗かったりとか、
あとあの、僕昔東横線に住んでたんですけど、
渋谷近郊は当然都会、東京なんであれなんですけど、
世田谷と東京の境ぐらいまで来ると、
だいたいそれが玉川とか世田谷、
あの忘れてた、結構高級住宅街で有名な、
まあ世田谷の近くなんですけど、駅の名前は世田谷ではなかったんですけど、
あの辺って、駅前は当然駅なんで明るいです。
線路、沿線も電車通るし、道路もあるんで明るいです。
住む横は住宅街で、まあ街灯が一本あるかなぐらいだったり、
やるなったら結構玉川の近く、まあ川の近くって高低差があるんで、
ちょっと段差があったりする上行くと、もう全然世界が変わって、
例えば線路が下にあるから明かりとかも見えなくなって、
なんかめちゃくちゃ静かっていうのがあって、
でなんかそこによくわからん紙袋が落ちてて、
怖いって思ったりとか、自販機を見つけて、
あ、ストローイズ売ってるやつがあるみたいな、
なんかそこのコントラクトみたいな、
車の中にある白い点みたいなのが個人的には結構好き。
でもすごい静かなんですよ、当たり前住宅街なんで、
居酒屋とかもちろんコンビニもないし、
めっちゃいい。
でなんか、それってじゃあ田舎行けばいいじゃんなんですけど、
まあぶっちゃけ大変じゃないですか。
でも好きオリオリを感じるって別に、
特に日本では意外と探せばいろんなところで感じられると思っていて、
よく言われるのは金木犀の香りがするとか、
桜とか梅とかみたいな、
そういう植物、植物自然があるんですけど、
僕はなんかこの街の空気感みたいなのって結構好きを感じやすいみたいな、
特にこの今10月なんで、
ちょうど夏が終わって、
居酒屋に行くときのこの空気の冷たさだったりとか、
そういうのはありますね。
確かに。
そういうのってむしろこう松中のほうが感じられたりする。
うーん。
いかない。
通りすがる人の服装とか。
うーん。
分かる。
あの人は半々だけど、
こっちの人はセーターするみたいな。
えーと、
このスタンスはちょうど楽しい。
分かる、僕もそれ好きです。
いやー、嬉しいっすけど。
いやいやいや。
こんな回答で。
なんでこんな話を聞いたの。
いやいやいや。
ただの僕のチャレンジ。
スタンスはなんだ。
じゃあ、ポッドキャスト詰めて。
はい。