ええ。でもそんな急激な移民の拡大に、社会インフラが追いつくはずがありませんから。
ですよね。無政府状態が続いて治安が崩壊しちゃう。そして物語の現在地である2071年、警察組織の力だけじゃどうにもならなくなって、民間人が犯罪者を捕まえて懸賞金をもらうという、カウボーイ制度が導入されたわけです。
かつてのアメリカ西部開拓時代のような荒っぽくて危険なシステムですね。
はい。でもここで私がすごく不思議だったのが、その2071年の世界の描かれ方なんです。
どう言いますと?
だって超高速移動とか、品売った手足を補うサイバネティクス技術があるハイテクな世界なのに、人々はブラウン管のテレビとかVHSのテープを使っているんですよ。
ああ、確かに。紙のタバコを吸って支援を食い売らせていたり。
そうなんです。それに主人公たちがフロボケたダイナーで、お肉の入っていないチンジャーロースを食べて文句を言っているという。
生活感がすごいですよね。
これって例えるなら、最新のスマートフォンを持っているのに、家賃が払えなくて毎日カップラーメンをすすっている現代の若者のリアルと全く同じじゃないですか。
なんでSFなのにこんな泥臭い設定にしたんでしょうか。
それはですね、監督である渡辺氏がこの作品の根底にフィルムノワールの土壌を作りたかったからなんです。
フィルムノワールですか?
はい。虚無的で大敗的な犯罪映画の文脈ですね。深い影とか路地裏の湿気、そして過去をせろった孤独な男たち。
そういうクラシックのハードボイルドを宇宙空間で整列させるためには。
ああ、なるほど。無菌状態のピカピカな未来じゃダメなんだ。
その通りです。人々が這いつくばって生きている手触りのある現実。言い換えれば、生活の臭いがする宇宙がどうしても必要だったんですよ。
宇宙空間はあくまで背景であって、彼らが生きているのは路地裏なんですね。
そんな路地裏みたいな宇宙で、古い漁船を改造した宇宙船ビバップ号に乗って奇妙な共同生活を送っているのが主人公たちなわけですが。
ええ、彼らの設定にもそのノワールの美学が色濃く反映されています。
あのキャラクターの資料を見ていて面白いなと思ったのが、彼らが自分の体をどう扱っているかなんです。
ほう、体の扱い方ですか?
例えば、主人公のスパイク・スピーゲル。元チャイニーズマフィアの後戦員ですが、過去の事件で見り目を失って義眼を入れていますよね。
彼、片方の目で過去を、もう片方の目で今を見ていたって語るんですけど。
非常に印象的なセリフですよね。
ええ、これって単なるかっこいいセリフじゃなくて、彼が過去の演映から一歩も抜け出せていないっていう物理的な証明というか、宿敵ビシャスと運命の女ジュリアとの因縁にずっと執念されている。
まさにその通りです。そして船長のジェット・ブラックも同じです。彼は元々凄い腕の刑事でしたが、罠にはめられて左腕を失った。
はい、今の技術なら生体再生で元の腕に戻せるのに、あえてごつい機械の義手のままにしているんですよね。
ええ、フィルムスコアリングという手法が一般的です。
ところがビバップの制作メンバーは違った。菅野陽子さんがキャラクターや物語が固まる前に自分のインスピレーションだけで勝手にどんどん楽曲を作ってしまったという。
本当に勝手に作ってしまったんですよね。
しかも渡辺監督はその上がってきた音楽のリズムやムードにインスパイアされて新しいシーンや物語を作っていったというんですよ。これ本当なんですか。
信じがたいですが本当です。つまりアニメを作ってから音楽をつけたのではなく。
監督と作曲家がまるで音楽のジャムセッションをするように物語を作っていったってことですよね。
まさにその表現がぴったりです。だからこそ各エピソードが第1話第2話ではなくセッション1セッション2と呼ばれているんです。
うわー言葉遊びじゃなくて本当の意味でのセッションだったんだ。
はい。例えばあの有名なオープニング曲のタンク。
はいはい。激しいアクションの幕開けにふさわしい名曲ですよね。
あの曲の冒頭にはミュージションたちに向けてさあ楽しんでジャムろうぜというボイスオーバーが入っています。
即興性とスリルをそのままパッケージしているんです。
他にも孤独と哀愁が漂うブルースハープが響くスポーキードーキーとか。
えー。
中場の重点音が土台を作るルール無視の大会のアクションのトゥーグッドトゥーバッドとか。
音楽が映像にシンクロして登場人物の感情を雄弁に語っているんですよね。
えー。音楽がもう一人の主人公として物語を支配しているんです。
そしてこの音楽と物語の奇跡的な融合がいかにして国境と時代を超える永遠のレガシーになったのか。
ここも深掘りしたいんですが。
はい。日米での受け止められ方の違いが非常にドラマチックなんですよね。
そうなんです。実は当時の日本での放送状況を調べると最初はテレビ東京で放送されたものの、
全26話中たったの12話しか放送されなかったんですよね。
え、不遇の歴史です。当時は社会情勢もあって暴力的表現に対する規制が非常に厳しかったんです。
スポンサーも、こんなんじゃおもちゃは売れないと降りる危機があったとか。
はい。後にワオワオで中華放送されましたが、最初は本当にギリギリの状態でした。
なのに、欧米では全く違う反応だったんですよね。
2001年にアメリカのアダルトスイムで放送されるや否や、爆発的なヒットを記録して。
ええ。洗練された英語吹き替えとスタイリッシュな音楽、そして大人向けの成熟したテーマが、欧米の視聴者に熱狂的に支持されたんです。
海外のファン目線で言うと、これがアニメの入門作、つまりゲートベイになったと。
その通りです。全てをセリフで説明せず、視聴者に解釈を委ねる美学が大人たちの心をつかんだんです。
一見バラバラに見える自由なジャズの即興演奏みたいな各エピソードが、最終的に過去との決着という一つの巨大なテーマに収束していく。