突然ですが、あのちょっと想像してみてください。
はい、なんでしょう?
あなたが乗っているモノレールが、今まさに高架から脱線しそうになっている状況です。
もうダメだと目を閉じた瞬間、空から殺草とヒーローが舞い降りてきて、いっぱいいっぱいのところであなたを救い出してくれます。
おお、まさに感動の瞬間ですね。
本当にそうなんですけど、でもパッと目を開けると、そのヒーローの胸のど真ん中に、
なんかあなたが普段よく行くコンビニとか、見慣れたIT通信企業のロゴがデカデカと叱ってるんですよ。
ああ、なるほど。助かってホッとする反面、ちょっと現実に引き戻される瞬間ですよね。
そうなんです。無償の愛とか正義感で動く神様みたいな存在だと思ったら、
なんか、あ、この人もお給料をもらってて、しかも会社の宣伝のために私を助けてるのかみたいな。
頭の片隅でどうしても冷静に計算ちゃうかもしれませんね。
いや、本当にそうなんですよ。
私たちが子供の頃からすり込まれてきたピュアな正義のヒーロー像が、
いきなり資本主義とかスポンサー契約っていう生々しい現実と正面しようとするわけです。
確かにヒーローとビジネスって本来は対局にあるイメージですからね。
ということで、今回私たちが深掘りしていくのは、
そんな現実社会のリアリトムをアニメーションの世界に持ち込んだ画期的な作品、
タイガー&バニー、通称タイバニーです。
いいですね。熱狂的なファンが多い作品です。
今回はですね、提供された膨大な公式資料とか熱量あふれる考察記事なんかをもとに、
まだこの作品を見たことがないリスナーのあなたに向けて、
なぜこの作品が10年以上も愛され続けているのか、
その真髄を徹底的に解剖していくミッションになります。
この作品を単なる完全懲悪の派手なアクションアニメだと思っていると、
完全に足元を救われますからね。
そうですよね。特殊能力を持ったヒーローたちが普通に会社員として働いて、
企業の論理に縛られながら正義を遂行するっていう。
この驚くべき設定の裏側には、
現代の私たちを取り巻く社会構造そのものが組み込まれているんです。
じゃあ、まずこのぶっ飛んだ世界観の根幹にある
ヒーローTVというシステムについて深掘りさせてください。
はい。物語の舞台となるシュテルンビルンドという巨大都市のシステムですね。
資料によると、ヒーローたちが実在する企業のスポンサーロゴをスーツにつけて戦っているんですよね。
ソフトバンク、バンダイ、ローソン、牛学とか。
そうなんです。私たちが現実世界でよく知っている企業の名前がずらりと並んでいます。
これ、アニメの歴史から見てもプロダクトプレスメントの虚屈というか、ものすごい実験ですよね。
アニメのキャラクターが実在の企業の広告党になるという、極めて斬新なビジネスモデルでした。
でも、単なるメタ的なおふざけではないんですよ。
と言いますと?
作品世界の必然として組み込まれているのが秀逸なんです。
彼らは事件を解決したり、人命救助をしたりすると、ヒーローポイントというポイントを獲得します。
あー、ポイント勢なんですね。
そして、その年のキングオブヒーローの座を巡って争うわけです。
全ては大人気テレビ番組、ヒーローTVのエンターテイメントとして放送されて消費されているんです。
なるほど。でもここでちょっと立ち止まりたいんですけど。
はい、なんでしょうか。
正義のヒーローがポイント稼ぎのために動くって、なんか倫理的にどうなんでしょうか?
警察官が、今月はノルマが足りないから、もっと事件起きないかなって言ってるような危うさを感じるんですけど。
あー、まさにそこです。その違和感や商業主義の危うさこそが、制作者の狙いなんですよ。
え、狙い通りってことですか?
そうなんです。彼らは完全無欠なスーパーマンではありません。
スポンサーの意向に振り回されたり、番組プロデューサーの演出指示に従ったり、視聴率を気にしたりするんです。
なんか、サラリーマンの悲哀を感じますね。
時には同僚のヒーローと手柄を奪い合うこともありますし、
これって、現代社会で働く私たちが日々直面している仕事のストレスや、板挟みの状況そのものですよね。
確かに、雲の上の存在じゃなくて、私たちと同じで数字に追われるサラリーマンなんだって思うと、すごく親近感が湧きます。
例えば資料にある折り紙サイクロンという忍者モチーフのヒーローなんて、まさにその典型です。
ああ、彼ですね。悪党を倒すことよりも、テレビ中継のカメラにいかに自社のスポンサーロゴを長く映り込ませるか、見切れることに執念を燃やしているっていう。
そうです。これって、現代のインフルエンサーがバズるために過激なことをするアテンションエコノミーの構造と全く同じなんですよね。
なるほど。カメラに映らなければ活躍していないとみなされちゃうわけですね。
その通りです。スポンサーからの評価が下がって、最悪の場合はヒーロー事業部からリストラされてしまうかもしれませんから。
リストラされるヒーローって言葉の響きがセジサラすぎますね。
彼らは仕事としての正義を遂行しなければならないという、極めて現代的でシビアな葛藤を抱えているんです。
そして、この仕事としての正義に対してどう向き合うかというスタンスの違いが、2人の主人公の間に強烈な摩擦を生み出していきます。
そこでいよいよ登場するのが、ワイルドタイガーことコテツとバナービーブルックスジュニアの2人ですね。
はい。物語を牽引する重要なバディです。彼らは全く同じハンドレッドパワーという特殊能力を持っています。
5分間だけ身体能力が100倍になるという、ものすごくパワフルでダイナミックな力ですよね。
ええ。でも同じ能力を持ちながら、2人の性格やアプローチは、にぼとに真逆なんです。
資料を見ると、ベテランのコテツの方は、目の前に困っている人がいれば、後先考えずに飛び込んでいく熱狂感なんですよね。
そうです。でもその結果として、町の施設を壊してしまうことも多くて、会社からは大目玉をくらっています。
世間からは、正義の壊し屋と揶揄されて、人気も低迷している窓側社員のような立ち位置ですね。
わあ、つらい。一方のバーナビーは、ポイント稼ぎとか効率を最優先するクールな大型新人ですよね。
ええ。しかも彼の場合、ヒーローとしての名声よりも、幼い頃に両親を奪った犯人を見つけ出して復讐するという、極めて個人的な目的のために動いているんです。
ストーリー作りのセオリーから見たら、視聴者をフラストレーションで爆発させるだけなんじゃないかって思うんですけど。
確かにセオリーからは外れていますが、能力を奪い、肉体をボロボロにしていく過程を描くことこそが、この作品がいいとした最大の仕掛けなんです。
最大の仕掛けですか?
もし主人公たちが無限に強くなり続けたら、それは単なるファンタジーで終わってしまいます。でも現実は違いますよね。どんなトップアスリートでも必ず肉体のピークは過ぎ、老弥や衰えという限界が訪れる。
うわぁ、なんか痛いところを疲れますね。まるでダイスターだったプロスポーツ選手が膝を壊した途端にスポンサー契約を打ち切られて、世間からなぜまだ現役にしがみついているんだって冷たい目を向けられるようなリアルさです。
まさにその構造です。彼らが能力を失っていくのと同時に、トーマス、ミスターブラック、マジカルキャットといった若くて才能あふれる新しい世代のヒーローたちが次々と台頭してきます。
会社やスポンサーの期待は当然新しくてピカピカの若手へと移っていくわけですね。
ええ。かつての栄光は通用せず、自分の居場所が少しずつ社会から奪われていく恐怖です。そこにシュテルンベルトの街を揺るがす未曾有の危機が襲いかかってきます。
ああ、資料にありましたね。X感染症のような災害とか。
そうです。一番能力が起きている最悪のタイミングで最大の試練に直面するわけです。
つまり、圧倒的な力で悪を倒すからヒーローなんだという前提を作品自らが根底から破壊しているんですね。
その通りです。
能力主義とか実力主義の社会に対する強烈なアンチテーゼというか、仕事ができるうちはチヤホヤされるけど、それができなくなった瞬間に人間の価値はゼロになるのかという問いに直結している気がします。
ええ、能力に依存しないヒーローの真の価値とは一体何か。これこそがシリーズ全体を貫く究極のテーマなんです。
なるほど、深いですね。
この世界にはネクストと呼ばれる特殊能力者と、そうでない非ネクストの一般人がいますが、ネクストに対する差別や偏見も根強く存在しています。
はい。
同時に社会からは特別な能力があるなら社会の役に立つべきだという過剰なプレッシャーもかけられるんです。
役に立たない能力を持ったネクストには社会に居場所がないわけですね。有用性だけで人間の価値を測ろうとする息苦しさがそのまま描かれていると。
そうですね。そんな絶望的な状況の中で能力が減退していくコテツはどうやって立ち向かうのか。
どうなるんですか?
彼は最終的に一つの結論にたどり着きます。
特殊能力を持っているからヒーローなのではない。強いか弱いかは関係ない。困っている人がいたら自分をこだみず前に立っていけるかどうかなのだと。
うわー。
能力が完全に暴走し、やがて消失してただの一般人になってしまっても、彼はヒーローをやめようとしないんです。
資料にあった彼のセリフ。本当に鳥肌が立ちました。一人ぐらいカッコ悪いヒーローがいたっていい。死ぬまでヒーローにしがみついてやるってやつですよね。