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やっほー!みなさんごきげんようアナンディです。本日2回目、何故か何か喋りたくなって、スタイフ始めました。収録しております。
お昼…あ、違う違う、夕食…間違えちゃったよね。夕食を食べ終わって、ほっと一息ついているところです。
なんかさ、あのさ、人生って面白いなって思って。
なんかさ、私たちは無知だって言われてるのね。でさ、え、何それって思って、何それ、そんなことないさ、みたいな風に思うかもしれないんだけれども、
やっぱり私たちの本質が何かっていうのをみんな知らないから、苦しみに人生を乗っ取られるというか、なんかハイジャックされるっていうね。
こと、マインドがハイジャックされるみたいなことが起きて、なんかもうこの世の終わりだってなるわけじゃんか、もう生きていけないみたいな、なんかこう絶望を感じるわけでしょ。
なんかさ、そういう瞬間ってあっていいと思うんだよ。なんかそれがあるから幸せが、こういうことが自分にとって幸せなんだっていうのがわかるから、
あの決して無駄なことではないんだけれども、でもその絶望の真ん中というか、絶望の縁というかの中にいる場合は、やっぱりそれは子供らしいとは絶対思えないじゃない。
それはもう間違いなくそうだと思うのよ。でさ、なんかそういう人間の気持ちが感情とかマインドとかが、いかにして愚かという言葉よりも取り扱いが難しいかっていうのを改めてヨガの哲学を学んで客観的に見ると、
ってこうわかることがあってさ。でね、なんかそれの延長戦なんだと思うんだけど、私の人生って面白かったなと思って、なんかもう終盤みたいな人の喋り方をするけれども、
これからどんなことがあるのか全然わからないけれども、でもね、なんかあの20年前、もっと20年以上前、24…
もう計算できないからわかんないけれども、中学生高校生の時って、中学生になったら高校生になって、高校生になったら大学生になって、大学生になったら社会に出て働いて、お勤めをして、で結婚して、家買って、車買って子供産んでみたいな、
なんかそういう一生が待ってるんだろうなぁみたいなのをこう愕然と思ってたのね。だけど、なんかこうどっかでそれしかないなんて嫌だなみたいな気持ちもありつつも、
なんかみんながみんな周りが周りみんなそうだから、そういうもんなんだと思って、それだったらその中で一番いい道を行こうみたいな、なんか自分の中でね、思えて
もがいてたわけじゃない?であの時の私って、あの薬が患者さんを治すんだっていう、病気を救うのは薬だみたいな、っていう風に思ってたんだよ。なんかそう信じてたのね。
なんかそれ以外方法ないっしょみたいな、なんか別に疑いもなくそう思ってたのよ。
もう無知だよね。今から思えば無知なんだけれども、でもその時はそう思ってて、世界もそんな広くないわけよね。
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本を読むって言ったって限られてるし、みたいな。周りの私の大人だってみんなサラリーマンをやってるわけだし、みたいな。
だからなんかその、常識が私の常識を作っていく、周りの常識が私の常識を作っていくわけだから、ある意味当然だったのかもしれないけれども、
薬が病気を救うんだと思って、製薬会社に入って、なんかこう会社を経験してみたいって、社会の縮図を見たいと思ってたのも正直あったんだけれども、
でも薬が病気を治すんだと思ったから、薬を開発するっていうよりは売る仕事についたんだよね。
でさ、同じ会社だけれども、薬相談窓口っていう、なんかあのコールセンター?で本社の中にあるところに移動になって、業務をこなしてたんだけれども、
1本の電話が私の人生を変えたなって思っても過言ではないほどの、なんか衝撃的なことがあったわけ。
普段のカスタマ、お客さんは薬剤師か医師がほとんどなんだけれども、たまに患者さんがどっからかオープンにしてない電話番号をゲットして電話してくるわけよね。
でさ、怒ってるわけよ、電話口では。お宅の薬飲んだんだけど全然聞かないんだけどどうしてくれるんだよみたいな。
でさ、もうしょうがないじゃん。とにかく話を聞いてて、そしたら私はこんなに頑張ってるのに全然みんなが認めてくれないとか、うまくいってないんだみたいな話をしてきて、
でなんかこう一時期で1時間以上ぐらい話せたのかな?なんかもう一時期でずっと聞いてて、ああそうなんですね、そうなんですねって聞いててさ、別に私嫌じゃなかったんだよ。
なんか聞いてるのが堂々巡りだなと思ったけれども、でもなんか話してる間に、この人めっちゃ頑張ってんじゃんと思い始めたのね。
でさ、たぶん間違え、間違えというか頑張り方がうまく周りに伝わらなかったりとか、空回りしてるなっていう感じはあったけれども、
でも一生懸命やってることはわかったから、あのさ、今話聞いてるだけしかわからないけれども、なんかすごいよくやってると感じましたみたいなことを言ったわけよ。
これ私個人の感想ねみたいな感じで言ったら、なんかその人ほっとして、ああそう?みたいな、なんかやっと認めてくれる人がいたみたいな感じで、なんか心が癒えた感じがしたのよ。
電話越しだから顔なんてわかんないけど、なんかそれをすごく感じて、そしたらさ、なんかその人ハッピーになっちゃって、なんか今まで聞いてくれてありがとうねみたいな。
なんかこれからも頑張るわなんて言って電話切って終わったのね。すごく穏やかに終わったの。
でさ、え?みたいな。風邪が治んないみたいな感じでかかってきたはずなのに、なんかこう最終的には心が癒えると風邪なんかどうでもいいみたいなことになるんだと思って。
だからなんか心のケアってめちゃくちゃ大事なんじゃないかなと思ったわけよね。
でさ、なんかその電話を受けて、あ、なんかあの薬をね、出すって。薬を売るって。最終的には病気を治すことだと思ってたんだけれども、違うんじゃないかなと思って。
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なんか心が癒えると病気を治っていくんじゃないかなみたいなことを疑問に思い始めて。
だから薬売ってる場合じゃないぞみたいな。ここにいる場合じゃないぞと思って。なんかやめようみたいな。なんか現場に出てもいいかなみたいな。現場って薬剤師ね。
なんか薬剤師をやったらいいかなって思い始めちゃって。なんかそんなつもりは全くなかったんだけれども。でもなんかもっと直接話をして、なんか言える方法ないのかなみたいな。
で、辞めることを決意するの。まあいろいろあるけれども、理由の一つとして、なんか現場に出てもいいかなっていう。心を癒す。対面で話すからこそできるよなと思って、辞めることを決意して。
でもなんか辞めてすぐ働くっていうのも嫌だったから、1年間ロングバケーションを取り、退職して、退職金で世界を一周半するっていう。一周半というか移動距離ね。
もう回っていくっていうのを1年間でやってて。その間にヨガに出会って。ベジタリアンに興味が出て。
でさ、薬局で勤めることになって、もともと仕事先でつながっていた先の薬局に拾ってもらえて、その薬局で働かせてもらって。
そしたらさ、なんか今度、食べてるものが病気を作ってるなってことに気づくわけよね。
本当にそうだと思って。だからその時はベジタリアンに系統してたから、食べるものって本当に大事なんですよっていうのを一緒に教育するみたいな話に出すとか言って。
どんなにいい薬を飲んでたとしても、普段の食事が病気に向かう食事をしていたら、治るものも治んなくねみたいな、プラスマイナスゼロみたいな現状維持みたいな感じになっちゃうから、食べるもの大事ですよみたいな話をしてたわけ。
でもさ、やっぱりみんな堅くなるわけよね。習慣を変えるってそんな簡単じゃないから。
で、やっぱりマインドってすごい大事だなと思ったわけ。だってどう生きたいかどうなりたいかっていうセットがないから、このままの現状維持をみんなグルグルとね、当たり前のようにやってるっていうのがすごく腹立たしかったわけ、私的には。どうにもならないから。
だけど、私は大事なことに気づいてて、食事、マインド、全部大事じゃんみたいな。薬がどうのこうのっていうレベルじゃもしかしてないかもみたいな。
でさ、私は一方でさ、そういうことを思いながらも、ヨガの環境がすごい良かったから社長にお願いして、冬の一番忙しい時に休ませてくれって言って。
個人経営の薬局だったからさ、わがままを聞いてもらえて本当に感謝なんだけれども。
それでアシュラムに行って、もう一回修行してみたいな。修行っていうかTTCのアシスタントをするっていうことをやったりとかして、ヨガの環境に触れて。
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やっぱりこの教えというか、なんかいいなみたいな。なんか良かったんだよ。何が良かったなんて全然わからないんだけど、なんか良かった。そういう環境に身を置いてることが良かったんだよね。
でさ、黒帯も一年きりマスターコースまで習得して。
でさ、なんかあの私はもどかしかったよね。人は変えられないっていうことの現実を突きつけられて。
でも食事とマインドがどんなに健康に大きな影響を与えるのかっていうのも分かってたし。
しかも、心そのものが健康であれば、病気なんて持ってても関係ないんじゃないかな?みたいな風に思ってたわけ。
もちろんQOLが下がるようなことはあまり好ましくはないんだけれども、でもそれと一緒に生きていくっていう覚悟さえあれば、なんかうまくいくんじゃないかな?みたいな。
ほら、足がない人が事故で亡くなってしまって車椅子生活を行っている人が一生悲劇なのかって言ったら、そうじゃないじゃん。
やっぱりその中で幸せを見つけたりとか、なんか片足なくなっちゃったけど片足疑心にしてモデルになっちゃう子とかいるじゃない?
とか、ほら他のバリアフリーを体験してこうした方がいい、ああした方がいいっていうその人目線で、
車椅子の人目線でお仕事ができるようになったりとかする人だっているわけだから、悲観することないと思うんだよね。
なんかその人はそれを受け入れたわけじゃない。
みんな誰だってなりたくはないと思うんだけれども、なっちゃったんだから悲観して生きるよりもそこから活路を見出している方が、なんかこう、見出している人って全然不幸じゃないよね。
私あれだったんだ。一回あの胃がんで胃を切っちゃった人の患者さんとお話ししてて、コンビニのご飯のおにぎり1個食べれないっていう。
1回で食べれない。胃がすごいちっちゃくなっちゃったから、1回で食べれなくって何回かに分けて食べてるんだみたいな人がいて、
私もうすごいびっくりしちゃったわけ。えーみたいな。可哀想ってその時その時素直にそう思って。
なんだけど、その人めちゃくちゃ幸せそうなのよ。食べれるってありがたいねーって。
でさ、ハッとして可哀想と思ってるのは、私が勝手にそう思ってるだけで本人は全然可哀想じゃない、可哀想だなんて思ってないし、なんならなんかこう感謝まで食べれること、生きれることに対して感謝までしてるわけよ。
私その人にすっごいエネルギーをもらって涙が出てくるくらいだったのね。
だからなんかこう自分の中でのフィルターが、勝手にそう思ってるだけで、いくらでもどんな状態であれも人は幸せになれるわけ。
なれるというか、なわけよね。
なんかでもそういうことを経験したからこそ食べれるものとか生きれることへの感謝が生まれてるんだなんて言ってくるわけ。平気で言ってくるのね。
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ものすごいキラッキラした感じの目で言ってきて、ハッとさせられて、私はどんなに恵まれた環境なのに感謝してないしみたいな、
なんかこう現れた感じ、心が現れた瞬間だったの。
なんかそういうのを体験してって、私の中でのちょっと心が泥付いちゃった感じとか思い込みがどんどん外れていってて。
でさ、そういう出会いとかあってさ、どんどん現れてって、私自身も。
でもさ、やっぱりヨガの環境に自分が身を置きたいと思い始めたから、
3ヶ月休みくださいとか、最初は1ヶ月休みくださいとか言ってたのに3ヶ月になってさ、
でさ、その次の年はさすがに6ヶ月ぐらい休みたいからもうやめますとか言って、
ちょっともうこれ以上なんか席を置いてるのはよろしくないと思うとか言ってさ、
辞めさせてもらって、自由の身になり、冬の間だけ日本に帰ってきて出稼ぎをして、
あとは好きなように過ごすっていうのをやってたんだよね。
でもさ、なんかやってることはさ、なんかこうチグハグな感じなわけよ。
その後農業やってみたり、派遣の薬剤師やってみたりしてて。
なんかちょっとなんか大丈夫かなみたいな感じだったかもしれないんだけれども、
なんか私の中で境界線っていうのを究極に触れることで、
究極極端なところまで行くからこそ、なんかその線をなくしてきて、なくせてきてるような感じ。
ちょっと雨降ってきちゃった、ちょっと待ってね。
ちょっと場所を移りました。ハンドパンやってる人がいるのでここで聞こえるかな。
でさ、あの面白いなと思ったのは、あの私必死に人を変えようと思ってたわけよ。
なんていうの、こう食事とマインドを変えさえすればいいんだみたいな。
なんだけれども、コビットタイムにさ、私長野の農場でお世話になってて、
食事大事だって言いながらどうやって食が作られてるのかわかんないから、
一回体験してみるのも面白いなと思って期間バイトを半年間やってたんだよね。
でさ、その時にベジタリアンでずっといたの私。
だけど体感的に赤い肉が食いたいと思ってたわけよ。
多分貧血だったのもあったんだろうね。やっぱり肉食べたくて。
だけど葛藤してたわけよ。私ベジタリアンになったのだから食べるべきではないみたいな。
でさ、揺れてたんだよね。なんか食べるとちょっと罪悪感も感じてたりとかして、
どうしようみたいな、どういう立ち位置になったらいいんだろうかみたいな。
自分で推奨してる割には自分ができないじゃんみたいな。
そういう葛藤もあるわけじゃない。人に紹介したいのにできないっていう。
でさ、その時に農場でお世話になって、そしたら肥料の資料の説明をされてさ、
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僕たちはフィッシュソルブルって言って、魚の分解したやつ。
地魚だったりとか、魚使えなくなったところを分解して、
動物性の栄養をパウダーになったやつね。
ミンチになったようなやつを、肥料化してるやつを畑にまいて栄養を入れてますみたいな。
えーっと思って、ちょっと待てよみたいな。
ベジタブルを作って、野菜を作ってるはずなのに、ベジタリアンイコールベジタブルじゃないけれども、
採植主義であろうとしてたわけじゃない?
でさ、その野菜を作るのにフィッシュが必要なわけみたいな。
え?みたいな。
すごい衝撃的で、でもよくよく考えたら、地中というか土の中の生物分解って微生物がやってるわけじゃん?
それって動物じゃん。
100%ベジタリアンじゃなくない?と思ったわけ。
作っている側からしたらね、作っているところから見たら、
私たちは動物というかミジンゴというか動物性の力も借りないと、
美味しい野菜が作れないというか土壌が成り立たないわけだから、
なんかベジタリアンってなんだろう?みたいな。
この枠に捉えてるのおかしくない?みたいな風に思い始めちゃって。
そうなのよ。だからさ、おかしいなと思って。
だからもうベジタリアンやめようと思って、そこで。
なんか私たちはその循環の中にいるわけだから、
こっからここがベジタリアンで、こっからここが肉食で、みたいな。
で、なんか分けるのおかしいなと思って。
そしたら気持ちが楽になって、食べたいときは食べる。
だけれども、食べ過ぎたりとか過度になったりとかもしないし、
体の状態に合わせて、
今日の肉は食べたいと思えば食べるし、
魚だと思えば魚だし、みたいな感じが一番いいなと思って。
でさ、その畑でいる間に、そこはね、土壌分析してるところだったんだよね。
なんか土がどのくらい栄養が、微量栄養素がどのくらい残ってるから、
こんくらい足そう、みたいな。
で、この野菜を作るからちょっと鉄分を多くしよう、みたいな。
なんかそういう計画をするところだったんだよね。
なんか血液検査と似てるなと思って。
そんな話をしたら、なんか分子栄養学ってあるよとか言って、
で、それに出会って。
で、自分の血液検査データと比べるとさ、
もうバリバリ私の血液データがよろしくないわけよ。
もう低血糖、腹腎疲労、アドレナリンで生きている、
あとは貧血みたいな感じたもいるみたいな。
もうなんかありとあらゆる典型的な現代ストレス病みたいな、
現代のストレスに戦って働いてる人のデータだったんだよ。
だからこそ、気を古いたさせないと物事が進まなかったりとか、
ガッツで生きていたっていうのが分かって、
18:00
今まで人に野菜がいいとか何とかって押し付けようとしてたのも、
私自身が何もなってないのに申し訳ないと思って、
すごい反省して。
でもさ、これ自分を振り返るいいチャンスだったんだよね。
だから体感とやってきたこと、
それが身を結んでる感じで、
息まいてたけれども、一回冷静になって自分の状態を振り返ってみたら、
全然人に言えるほどのものじゃないからなかったわけよ。
あちゃーみたいな。
そこから自分のケアを始めて。
ちょこちょこやってたから、
やってたしこういうもんだっていうのが分かったし、
自分の取り扱い、体の取り扱いが分かってきたから、
完全に今がパーフェクトなのかどうかは、
定期的にあの頃のようにチェックしてるわけじゃないんだけれども、
でも確実に穏やかだし、
アドレナリンで生きてるなって思う瞬間が、
自分でキャッチできるようになったっていうのは大きな収穫で、
体の声が聞こえるようになったというか、
ちょっとパン食べすぎみたいな。
体の調子はどんどん良くなってるの分かってるから、
それに応じてできるし、
人に寛容になれるというか、
そういう時もあるよねっていう感じのさ、
分かるようになってきて。
そしたらさ、今度なんか、
自分を探すっていうさ、自分を本当に見つめ直すってことでさ、
いろんな心理テストじゃないけれども、受けたりとかして、
そのうちの一つがストレングスファインダーで、
私の資質に全く合ってない薬剤師をやっているのは何でだろうかみたいな。
疑問が最後に出てきまして、
やめちゃおうと思って。
話すことは好きだったんだけれども、それ以外の業務は全く好きじゃなくて苦しかったんだよね。
だからじゃあちょっとこれは自分に素直になろうって言って、やめてみて。
でもそこからはさ、やめてどうしたんだろうみたいな。
どうするんだろうみたいな。別に決めてやめてないからさ、
どうしようかなみたいな。
また人生ゼロスタートみたいな感じになった時に、
あんだけ毎日コロナの人に接触してたのにも変わらず、
その時は何も起きなかったのに、やめたらどっかからもらってきちゃった。
コロナの時って人生を考えるタイミングじゃないですかね、
強制的に終了なわけじゃん。
強制的に会社に行けなくって。
私は結構喋ってたんだよ、患者さんと。
今だから言えるんですけど、みたいな。
ずっと仕事がしんどくって、
私がいないと仕事が回らないの分かってたからすごい頑張ってたんですけど、
コロナになって休めることになってホッとしてるんです。
本音だろうな、みたいな。
多分その人にとってはちょっとトゥーマッチな働き方をしてて、
残業もして、他の人のカバーまでしちゃって、
ちょっとトゥーマッチな働き方をしてたっていうのが改めて分かった。
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っていう話をよくよくしてたわけよ。
本当はね、みたいなところを。
これは私も考えるべき時だな、みたいな。
じゃあ今何一番やりたいかな、みたいな時に自分に問いをして。
そしたらさ、その時はロードトリップに行きたいっていう夢が出てきちゃって。
え?めちゃくちゃ弱いんですけど大丈夫ですか?みたいな感じだったわけよね。
ほんとガソリン代すごいかかるじゃん、みたいな。
150何円みたいなさ。
どうしようと思ったんだけど、いやでもこれは行きたいと思って。
そういうのを行くと思って計画してたら、
その時は知り合い程度の現パートナーに話をしたら、
僕も行くみたいな感じで車出してくれたりとか、すごいサポートしてくれて。
でもそのサポートも素直に受け取れなくて、
売ってけとっちゃいけない、私がお金を出すんだ、みたいな。
カタクナに拒んでたんだけど、拒むのをやめたんだよね途中で。
もう諦めたみたいな。
そしたらさ、受け取っていいんだ、こんなに楽になっていいんだ、
こんなに2人で楽しんだ、みたいな。
そんな気分になってきちゃって。
今まではすごいそこに抵抗してたなっていうのは、
ちくちく見えてきたわけよ。
本当に抵抗して生きてたんだって。
だからこそアドレナリン必要だったよね、みたいな。
アドレナリンが出てたから抵抗してたのかもしれないんだけど、
とにかく抵抗しまくりじゃん、みたいな。
っていうことに気づき始めて、体感し始めて。
今に至るわけよね。
今、だから辞めて3年目に入るのかな?
2026年だよね。
3年目に突入しています。
1年の半年以上アシュラムで過ごして、
毎回TTCのメインレクチャー、メインフィロソフィーに参加して、
少しずつ言ってることを得て、
わからなかったらすまんビジネスに聞いて、みたいな。
辞書で単語を調べてというところから始まり、
つまりこういうこと?みたいなことを聞いたりとかして、
そういう対話が大好きで、
しかも今までどんだけ自分がエゴイスティックだったのかっていうのも分かってるし、
今までどんだけこの社会の常識みたいなのに縛られてたのかっていうのも見えるし、
通ってきたし、そういう全部通ってきたことが
寛容できているというか、受容できている感じになっております。
すべてのちょっと知りたいなとかやってみたいな、みたいなことから
全部が始まってるよな、みたいな。
今さーって話しちゃったけれども、
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人生って面白いなって思って。
今は境界線みたいなのがないというか、
こうであるべきだみたいなことも
たぶんまだまだ出てくるのかもしれないけど、
今これから起こることは全部必要なことで、
必要な学びになって、
私に関わる人ってみんな鏡で、
必要なタイミングで全部降りてくるんだろうなっていう、
変な安心感って言っていいのか分からないけど、
不安のない状態があります。
本当に不思議なの。
これからどうするの?みたいな。
本当にこの薬局での話とか、
電話相談での対応とかをちょっと人に話すとね、
それ薬剤師の仕事じゃなくない?みたいなことを
アメリカ人とかにも言われるわけよ。
それさ、なんでさ、みたいな
カウンセリングの業務なんですけど、みたいな。
プロフェッショナルなカウンセリングをやってる人から言われたの、それ。
私はそういうつもりでやってたわけじゃないし、
薬剤師の薬の話だとして終わりっていうのは
なんか違うと思ってたんだっていう話をして、
心こそが言えないと
癒されなくね?みたいな。
っていう正直なことを言ってて、
それはカウンセリングの業務だから
そういうのをやったほうがいいよ、みたいな感じで
言ってくれるわけよ。ありがたいことに。
でもね、ほら、一回やってみたけれども
これが毎日続くのかと思ったら
なんか嫌な気持ちになっちゃった、私。
なんかまだ自分の中では
知りたい、体験したい、欲のほうが勝ってて
経験したいっていうね。
なんかブレなくなるっていうか、
強くなるっていうよりは
いろんなことをまた教えて
みんなから教えてもらいながら
私の心はこう動いたっていうのを観察して
どんどん需要できるキャパシティを増やしていくような
なんか今後どうなるのかとか
何になるのかとか、いつそうなるのかとか
どこでそうなるのかは
全然わかんないって言って、その人に。
でもなんか一対一じゃなくても
もうちょっとなんかこう
共有する形で
なんかいいバイブレーションが共鳴できたらいいなー
共有できたらいいなーって
どっかでちょっと思っています。
だけどなんか特に本当に希望はなくて
なんかエジプトに行きたいとか
そういうちっちゃい
アマミ大島に行きたいとか
なんかそういうちっちゃい
行きたいところとかはあるんだけれども
どこにいても、何をしてても
なんか全部必要なことしか起きないんじゃないかな
なんて思って過ごしております。
いや、何が言いたいって
人生って面白くねっていう話です。
コンクルージョン
結論はそんな軽い感じです。
全然どこに学びがあったのかも
わからないんですけれども
やっぱり好奇心って大事にしたいし
自分を見つめ直すっていうことも
なんかね、穴があったら入りたいよ本当に
でもだからこそ葛藤してて
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それを大事だと思ってたってことだから
その時のベストだよね
最適解っていう感じ
をずっと過ごしてたんだなーって思います。
これが10
会社を辞めて
11年
の歩みです。
本当にいろんなことがあった
なんかね、突然それが喋りたくなって
私の人生面白かったなと思って
やっぱこう、ムチが
薬が治すんだと思ってやってたけど
あ、違うみたいな
心かもしれんみたいな
心だと思ってたけど、やっぱ食事だみたいな
心だっていうかマインドだみたいな
いや心だ、マインドだ
食事だーってなって
ヨガだーってなったけど
ヨガなんてやったってやらなくたってどうでもいいよね
ただのツールだから
でも素晴らしい教えを私に教えてくれたのは確かだし
新たな
視点をくれたのも確かだし
この教えは
不滅だし
最後の教えだって言われてるものに
触れられてる喜びもすごいし
なんか全てがギフトだよな
と思っております
こんな話を28分も聞いてくれて
ありがとうございます
ナンディはちょっと風邪をひいて
しまったようでございまして
鼻水が出てまいりました
あははは
ね、風邪を私ひかないんでってずっと言ってたのにさ
なんか最近はそうでもないっていうね
あははは
というわけでございます
いつも聞いてくださってありがとうございます
なんかちょっと過去の話を
ふと思い出してすごくねと思って
人生と面白みたいな風に思えて
話しました
聞いてくれてありがとうございます
皆さんの人生もきっとドラマがあったりとか
葛藤があったりとかして素晴らしいものなんだと思います
いつも聞いてくれてどうもありがとうございます
それではナンディがバハマからお届けしました
それではごきげんよう