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日本人の当たり前の高さ 人生はどう過ごすか自分で決められる
2026-03-05 20:39

日本人の当たり前の高さ 人生はどう過ごすか自分で決められる

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やっほー!みなさんごきげんようアナンディです。本日もバハマからお届けします。
いやいや、あのさ、数日前に3月1日ですとか言ってた日があったんだけれども、3月になりました、なんて言って
そしたらさ、全然1日じゃなくて2日だったんだよね。もうなんか日にち感覚が、なんか目まぐるしすぎちゃって、あの、狂ってまいりました。
えーと、TTCがさ、終わりまして、2月のTTCが終わって、で、今、新しく3月のTTCが入る、始まるちょうど半ば間なんだけれども、めちゃくちゃ忙しいでございます。
あのさ、なんかあの、なんかさ、ばっかりだけれども、12月から3ヶ月で来てたカルマヨガが去ってったりとか、
あとは、TTCがいる間は、カルマヨガを1時間ね、あの、手伝わんなくちゃいけないので、それぞれみんななすべきことが与えられるわけよね。
でさ、それって、あの、手伝ってくれてたわけよ、私たちの仕事を。手伝ってくれている形でもあったわけ。
だけど彼らがいなくなったから、あの、誰がカバーするかって言ったら、こちらにいます、スタッフたち、私たちでございまして。
なんかやっぱり、結構テンテコマイで、ダブルシフトな感じなわけね。あっちでもこっちでも働いてるみたいな。
まあ別にそれはしょうがない、しょうがないというか、助け合いだからさ、別にそれでいいんだけれども、
でもなんかあの、体力的に疲れてきて、眠る時間が少なくなってくると、イライラしちゃうよねっていう話です。
いやいや、そんなことないんだけど、そういう話ではないんだけれども、やっぱり僕、物理的にリラックスができてないから、
ちょっとなんか、え?って思うことが多くなるわけよね。
でさ、あの、それがさ、キッチンで働いてるとさ、メインキッチンに借り出されてますので、1時間半ぐらい働いてるのね、朝6時から。
でさ、それは全然構わないんだけれども、やっぱり癖の強い人っているんだよね。
なんかこう、なんていうのかな、当たりが強いというか、穏やかじゃないというか、敵対視してるというか、自分が優れてるって証明したいみたいな、
なんかそういう感じのタイプの人で、なんかこうカチンってくることが多いわけね。
で、なんかちょっと変な人だなとは思ってたわけ。で、あの、ずっとこの人と働いてたら大変だろうなーっていうのは想像できた。
で、しかも他の方が、他のおばちゃまがキッチンで働いてた時に、もう彼が本当に嫌すぎるの、みたいな感じで、
もうムキーってなっちゃうの、とかいう話をしてて。
でさ、なんか、あー彼しょうがないよねーみたいな、わかる気がするとかいう話をしてたわけ。
でさ、実際さ、私が彼と働かなくちゃいけなくなったらさ、もうムキーってなったよね、私もね。
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で、えーみたいな、何その高圧的な態度みたいな感じで、ちょっとびっくりしたわけ。
で、あのー、だけどこの人はこういう人なんだと思って。
で、今日も働かなくちゃいけないから、なんかタタあったんだよ。
で、なんか一回ブチギレるというか、なんだこいつはみたいな感じで、なんでそういう質問してくるんだろうみたいな、すごく嫌な感じの質問をされて、
で、なんか自分は言い返さなくてまたイライラしてるみたいな感じだったわけ。
うまく言い返しができなくって、その彼に対する発言の切り返しね、がうまくできなくて、なんかちょっと悔しい思いをしたわけ。
それは私がうまく言えなかったことに対して自分がこう、チッとなってる感じではあったのね。
だけど、なんか、まあそれを除いて、彼は変なやつなんだから、と思ってたわけ。
まあしょうがないと思って。
そしたらさ、それは一昨日の話で、昨日もあって、なんかキャベツを担当してってシェフから言われてて、
で、キャベツってさ、外側のさ、2,3枚ってさ、すごく汚いというかさ、なんかこうみにょみにょになっちゃったりするから、みんな捨てるじゃない。
でさ、それを捨てるのをシンクの前でやってたわけね。
で、おもむろに彼は水をシャーって出し始めて、で、キャベツの皮を剥いてた。
で、洗うのかな?私隣で作業してて、キャベツじゃないんでね。
洗うのかな?と思って見てたんだけどさ、一個に洗うわけないわけよ。
洗わなくていいじゃんキャベツなんて、外の汚いところを取ったらさ、なんかトゥルトゥルなわけだから、
別に、まあさっと洗うのかな?と思ってこう見てたんだけど、何にも洗わずに次のキャベツを取ってまた剥いて、外側を剥いて、また新しいキャベツを取っては皮を剥いてるわけね。
で、なんかいつ水をシャーって出してるのに、いつやるの?いつなんか水につけるのかな?と思ってたんだけど、
一個につけないから、もう三つ目ぐらいで私が水を止めたの。
そしたらさ、ムッとした顔して私を覗き込んで、なんで止めるの?みたいな。
とか言ってくるから、なんで出してんの?とか言ってて、言い返して私も。
使ってないよね?とか言ってて、うんみたいな。
で、彼は黙り込んで去ってったんだけど、なんかしてやったぞ!と思って。
いや、なんかもったいないじゃんね。バハマって水がさ、別に潤沢じゃないから海水を浄化させて水に変えてるのね。
使える水に。
だから、なんかそんな水が豊富じゃないからさ、もったいないっちゃもったいないわけよ。
でも、もったいないって言葉の概念って他の国にないんだよね。日本しかないんだって。
だから、別になんか教えるつもりはないけれども、使ってないじゃんって一言言えたから、私はすごい満足してたのね。
で、今日もまた働かなくちゃいけないから、あーって思って。
彼ともし働くんだったら、シリアスにその状況を取らないようにしようと思って。
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コメディだと思うと思って、朝さ、心に決めてたわけ。
どうせ私も疲れてるから、またイラッとしちゃうかもしれないなっていう予測がついてたからさ。
で、そうしたら案の定、なんかあったんだけれども、別にはいはいって思って忘れちゃったって感じなのね。
なんかその心構えって、その彼に対することではなく、世の中のすべてに起こること、すべてにおいて、そんなにシリアスに取らなくていいよなってちょっと思えたわけ。
でもさ、いつやってくるかわかんないからさ、いつ地雷がどこに埋まってるかわかんないわけじゃん。
いつ落とし穴におはまるかもわからないわけじゃない。
大丈夫だと思って降りてったらもう階段なかったみたいなさ、なんかたまにガクンみたいなのあるじゃん。
ここだと思ってた段差がもっと深かったりとかね、なんかいろいろこうハプニングってあるからさ、すべてにおいてなんでもないさ、みたいな感じにはならないからさ。
ならないんだけど、そういう心積もりでいたら少しはいいのかなーって思って、ちょっとね、思ってたわけ。
で、今日海に入ってさ、もうほんといい最高の波。
波が、まぁでもちょっとあったか。
そう、ちょっとあって、でさ、波打ち際だとザブン、ザブンって言ってさ、結構別に高いわけじゃないんだけども、やっぱり圧力がドボン、ドボンってあるじゃない。
で、みんながさ、海に入ろうとするんだけども、まんま波があるから入るのに躊躇しちゃうわけよね。
でもその波打ち際を、だからビーチ側ね、1メートル、2メートルあたりは波がザブンってくるから結構体にバチンって当たって、ギャーってなるわけ。
うわーってなるわけよね。
それを超えちゃうと、まぁ多少波はあるんだけども、流れに乗れるというか、そんなバチンみたいな、パチパチンみたいなことはないから、結構穏やかでいられるわけよ。
で、そこの時点から、そこの時点から、これから海に入ってくる人を覗いてると、覗いてる?見てると、そのパチンパチンってなってるところでギャーって言って戻るみたいな。
で、前に進まないから、だって波っていっぱい来るじゃん。だから前に進まないからずっと当たりまくるみたいなことが起きてるわけよ。
やっぱり人生も同じで、どこの地点に立ってるかで全然状況が同じ、波が来ているという状況が一緒でも、全然この風のあたりというか波のあたりが違うというか、だなーって客観視したわけよね。
で、今日の朝の変とこりんなおじさんの、超変わってるおじさんのあたりも波のあたりと一緒で、彼と対等な位置というか、同じ視線、同じ目線でいると、波打ち際の1メートル地点にいるみたいな感じで、パチンパチンって当たるわけよ。
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けどもっと深いところにいると、深いところ、遠くにいると、何でもないみたいな。まあ起きてるな、波あるな、ぐらいな感じで終わるみたいな。
なんか、なるほどねって、しざをあげるとか言ったりとかするじゃない?そういうことなのかと思って。なんかちょっとまだ彼がいたことによって乗り越えられるっていうエビデンスを今1個作ったなと思って、ありがたいく頂戴いたしました。
ありがたく頂戴するのの一部でさ、この間TTCが終わったじゃない?2月の。で、その時にさ、あることに気づいたわけね。これは他の方が写真を撮ってて、症状を諏訪氏が生徒に一人一人渡すっていうシチュエーションの写真だったんだけども。
でさ、それを見てた時に、日本だとさ、卒業式とかなんとか授業式とかって言ったら、あんなさ、症状をさ、読み上げてなんとかどのみたいな、あなたはこのコースにおいての実績が素晴らしかったこととか、なんかちゃんと参加したことを認めますみたいな、ここに称しますみたいなことが書かれてて、
そしたらさ、渡す人はさ、くるっとひっくり返して、その文字が相手側、受け取る側に向けて症状を渡すじゃない?
でさ、渡す、もらう側もさ、右手、左手、あ、そうか、一歩前に出て、右手、左手、一礼、で一歩下がるみたいな。
なんかさ、そういうのを卒業式の時に練習したじゃない?なんかただただ卒業式症状をもらうだけなのにこんな練習が必要なんだと思ったやつ。
でさ、その人が読めるような状態?なんかもらう側にしては上下逆さまでもらうっていうのが当たり前のように、まあもらえばいいんだもんねっていう感じ?
あげればいいんだもんねっていう感じで、あの、ことが行われてたわけ。
でさ、それをその写真を見て、すごいびっくりしたわけ。日本って本当に相手のことを考えてるなと思って。
これこそがおもてなしとか心遣いとか、なんか素晴らしい精神を持ち合わせているゆえんだろうなと思ったわけ。
ねえ、私が実際卒業症状とかもらった時も、なんでこんな練習しなきゃいけないんだろうってさっき言ったように思ってたわけよ。
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なんか、うーんみたいな、だるいなーみたいな。背中に持たれてさ、椅子で待ってる時なんかさ、ビローンってしてる感じだったわけよ。
まあ腹筋とかないしさ、そんな姿勢を良くするような筋肉なんかないからビローンってなってたんだけれども、そうするとちゃんとしなさい!みたいな感じで怒られるわけよね。
で、症状をもらう時も、なんかカクカクしかしかやらないといけないみたいな感じで、なんなんだろうなーなんて思ったんだけど。
でもさ、そのもらう時もさ、自分の名前が書いてあったら嬉しいしさ、それが自分の方向を向いてたらさ、まあ当たり前のようにもらってたけれども、
もし反対で今もらったら、え?ってなるわけよ。おいおいおいおいみたいな。
なんか、おいおいみたいな、おいおいおいおいっていう状況を見ちゃって、日本って本当は本当に素晴らしい国なんだなっていうのを気づきました。
なんか当たり前のような、当たり前というか、当たり前がそっちのレベルみたいな、遥か高いところに当たり前があるみたいな、
その他の海外の方と比べるとね、めちゃくちゃすごいんじゃないかなと思って。
いや、なんかだからなんかすごい国に生まれたんじゃないかなーなんて、なんか誇らしく思いました。
ね、いつかすさみじに言おうかなと思って、なんかもらう人に日本だとこう症状をひっくり返して渡すんですよみたいな。
でももらう側もちゃんとするというか、あのもうみたいな感じじゃないよみたいなことを一度チャンスがあったら言ってみたいなと思って。
やっぱりこれがあの、礼儀だろうなと思って。
でさ、あの、ちょっと前にスレッツでスピリチュアリティとヨガの関係をわーって討論、討論というか論議されてる時があったのね。
スピリチュアルに偏ってないヨガをやってますみたいな。
いやでもスピリチュアルっていうのを抜いたらヨガじゃもうなくないみたいな。
エクササイズだからただのみたいな風に思ったわけ、私それ見てね。
で宇宙とつながってとかいうことがスピリチュアルじゃないからさ。
そうそうそれを言うことがスピリチュアルではないけれども、たぶんその人の中ではそれを言うことがスピリチュアルになってるから、
ヨガってエクササイズにしか留まらないというか、だけどスピリチュアルしてないヨガですみたいなことを言ってて。
でもさ、なんかすごく違和感を感じてて、で他の方がスピリチュアルなしにヨガを語れないよなと思ったわけ。
私はそう思ってて、そしたら他の方が柔道とか剣道とか武道、合気道みたいな、
道がつく振動につながるものにスピリチュアリティとか、
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その道ごとから礼儀を抜かしたら何が何だかよくわからないものになるって、
それではなくなっちゃうっていう風に言ってたの。
だからヨガからもスピリチュアリティを抜いたらもう訳がわかんないみたいな。
私ずっと言ってたの、ビリーズブートキャンプをゆっくりやってるみたいな、
ただのエクササイズにしかならないんじゃないかなと思ったわけ。
だからその道ごとに礼儀を隠したら何でもなくなっちゃうように、
もうその道ごとではない、もはやそのものではないっていうのと同じように、
ヨガもスピリチュアリティを隠したらもうそれはヨガでは何でもないみたいな、
ただのエクササイズ、ストレッチみたいなことになっちゃうよねって。
それだけ大事なものを書くとするものだよねって思って。
その礼儀っていうのが道ごとだけじゃなくって、
日本におけるありがとうございますって言ったりとか、
頭を下げたりとか、気を使ったりとか、
靴を脱いだら揃えるとか、玄関掃除するとか、
そういったところに繋がってくるわけじゃん。
ほら、学校の授業の中で操縦の時間っていうのがあるわけじゃん。
海外にないんだって。
前どっかで話したと思うんだけれども、
やっぱりさ、自分たちが使っているところをきれいにしましょうとかっていうのも、
精神を磨いてるわけよね、実はね。
そんな精神磨きましょう、みたいな感じじゃ何にもならないから、
誰も気づかないし、私も気づいてなかったけれども、
今思うんだよね。
当たり前のことを当たり前のようにちゃんとできることって、
ものすごくすごいんじゃないかなみたいな。
それは自分の心を整えることでもあり、
相手のことを思いやる気持ちであったりとかすることも一緒に育んでるよなと思って。
だからこそ、謙虚さとかも西洋の人には教えないと、
いちいち教えないと分かんないんだよみたいな。
もちろん日本人がみんな謙虚かって言ったら違うじゃん。
なんかやっぱり調子に乗ることもあるし、傲慢になることもあるし、
相手の気持ちを全く分かんない。
あなたの問題ですなんて言う人もあるわけだから、
突き放すみたいなね。
もちろん日本人がみんなみんなみんな謙虚なのかって言ったら違うかもしれないけれども、
でも外国の人から比べたらだいぶ謙虚だよなと思ってて。
だからヨガの世界ではとっても大事な謙虚さとか、
道理、礼儀、思いやりを含めて教えてるんだなっていうのを感じております。
私は知ってたけれどもできてないし、
そういうことだったのかって今頃分かるみたいな。
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あれが大事だったんだ、学校の掃除の時間めちゃくちゃ大事だったんだって今頃気づくみたいな感じではあるんだけれども、
それに気づいただけでもよかったじゃない。
何にも知らないでさ、忘れちゃって、小学校の中学校の昔の話だから忘れてる人多いかもしれないけれども、
すごいことを教わってたんだなっていうのを私今気づいております。
いろいろな気づきを日常生活で感じてシェアできるなんて幸せでございます。
いつも聞いてくださってありがとうございます。
どこからか私を見つけてくださって、この精神世界に住んでいる。
現実だけどね。
でも、何だっけ、昔お偉いさんが言ってたのよ。
名前なんていう人だったっけな、めちゃくちゃ有名で日本語でも本がいっぱい出てるんだけどさ、
忘れちゃったな。
その人がさ、この世は2個しかないんだよって言って。
いい感じとめちゃくちゃ悪い感じって、めちゃくちゃじゃなくてもいい感じと悪い感じしかないわけよね。
じゃあどっちを取るかって言ったら自分で決められるわけだから、
いい感じを取れるようにして、
自分のご機嫌が本当に自分でコントロールできるというか、
何が何でもポジティブにいないといけないわけじゃ全然ないからさ、
私はこれを大切にしてるんだなーっていうことが分かったりすると、
自分の価値観が浮き彫りになってきて、
どんな事象が起きたとしても、それをきっかけに学びに変えられたりとかして過ごしております。
むしゃくしゃすることだって沢山あるんだけれども、
でもそれのおかげで気づかされることも多いので、
いい人生を生きてるなとまた言って結論がここになりますけれども思っております。
そして毎回TTCの卒業式ではスピリチュアルネームが発表されるんだけれども、
いつもそれを楽しみに卒業式聞いてるんだけどね、
ナンディの名前を持ってる人っているのかなーって、
もらう人いるのかなーって思ってる。
今のところ誰もいないからね。
本当に素晴らしい名前をもらえて、イエーイって思っております。
イエーイだったよ。結構調子に乗ってる感じの。
でもこの素晴らしい名前をもらえて光栄でございます。
さあ、20分も話してしまいました。
本当にいつもありがとうございます。いいね、コメントありがとうございます。
それではまた更新しますのでお楽しみに。
それではバハマからナンディをお届けしました。
それではごきげんよう。
20:39

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