皆さん、こんにちは。ANAラインメンテナンステクニクス総務部総務課の河木です。この番組は、ANAラインメンテナンステクニクスについて、私たち社員と今も現場で働いている技術者が本音を交えてお話ししていく番組です。
働く私たちや会社の雰囲気が伝わればいいなと思っています。私は2019年度に入社しました。入社後、2023年度までANAの客室センターで客室乗務職をしておりまして、その後2024年の4月からLTCに移動になりまして、ここで総務部総務課で採用担当を担当させていただいております。
本日はよろしくお願いいたします。今回のテーマは、現場経験者の本音。ANAラインメンテナンステクニクスの整備士は24時間のシフト制、そして全国の空港に配属されて働くことになります。
今回は、実際のところどんな働き方になるのか、全国への配置転換はどんな感じなのか、2025年の3月まで現場で働いていた整備士さんにお聞きしていこうと思います。
改めまして、ANAラインメンテナンステクニクス総務部総務課の川木です。今回のテーマは、現場経験者の本音。早速、2025年の3月まで現場で働いていた整備士さんにお話を伺っていきましょう。伊藤さんと杉本さんです。
同じく総務部総務課の伊藤です。
同じく総務部総務課の杉本です。よろしくお願いします。
はい、ありがとうございます。まずはお二人の経歴を教えてください。では伊藤さんからお願いします。
はい、私は入社が2009年の4月になりまして、ANAラインメンテナンステクニクスの前身であるANAフライトラインテクニクス株式会社に入社しました。
入社した当時1年間はドック整備といって、格納庫の中の飛行機を整備する仕事をしていまして、その後羽田のライン整備に出ました。
ライン整備は皆さんがよく目にする整備士といえばというところの仕事をしています。
そこで7年間羽田整備部でラインの仕事をしまして、その後千歳に移動しました。
千歳整備部では同じく7年間ラインの仕事をしてまして、今年の4月に総務部総務課に配属されました。
ありがとうございます。杉本さん、よろしくお願いします。
私の入社が2010年度の4月入社になりまして、同じくラインメンテナンステクニクスっていう会社が2012年度になりまして、その前身である私はANAテクノアビエーションという会社で
イタミのドックのほう、格納庫の機体整備のほうを2年間やっておりました。
その後、チューブ整備部のほうに移動になりまして、そちらでライン整備と呼ばれるお客様のほうに見える飛行機の整備のほうをやっておりました。
そこからチューブで4年を経過した後、2015年羽田のほうに移動になりまして、今年の3月まで現場のほうで働かせていただいて、4月に総務部総務課に移動となっております。
ありがとうございます。整備士は24時間のシフト制だと思うんですけど、伊藤さん、杉本さんの1日のスケジュールはどのような感じでしたか。
これも飛行場によって、空港によって勤務が大きく変わってくるのですが、羽田につきましては3交代制の24時間ですので、早晩、遅晩、夜勤とやっています。
早晩だと朝、早ければ4時ぐらい、4時、5時ぐらいから仕事が始まりまして、昼過ぎまで、もしくは夕方までの仕事をしています。
遅晩についてはそこから交代しまして、夜中ですかね、こちらの夜勤に引き継ぐまでの時間、その後は夜勤が朝まで行うといったスケジュールになっています。
中部の方も同じように、日勤帯やって、遅晩やって、夜勤をやってっていうような形ですね。
初め、D・S・Nみたいな勤務票がありましたけど、ちょっといまいちわからなかったですけど、杉本さん、伊藤さん、よくわかってました?
私も入社したとき、Dって何のDだろうって思ってましたけど、今はもう慣れました。
シフトコードだけで言ったら各基地、とんでもない細かい名称のコードがいっぱいあるので、まず配属されたらコードを覚えるとこから始めてます。
ちなみにその何のDですか、Dって。
Dは日勤帯のDのはずですね。
あ、D・A・Y?
おそらく。
あ、おそらく。
D・S・Nって言ってるので、それで合ってるはずです。
ありがとうございます。
ちなみに休みは週にっていう感じではないんですよね。
そうですね。だいたい6日間で1シフトになりますので、夜勤がある空港ですと早晩、遅晩、夜勤。夜勤の明けが1日入りまして休み2日間。夜勤のない基地については4日間勤務をして2日間休むというところなので、4勤2休になります。
なるほど。通部のときも同じような働き方でしたか?
同じく4勤2休が基本になってきて、最後の1日は夜勤明けの時間になるんで、4日目は朝方働いてほぼほぼ明けの時間ですけども、だいたい寝るような時間になりますね。
なので初めは夜勤はすごい大変だなと思ったんですけど、やっぱ若いときは体が元気なんで、夜勤の明けの日は勤務として扱われてるんですけど、明けも朝からフルで遊べば3日間休みがあるので、元気な人は最高の勤務だと思います。
何して遊んでたんですか?
そうですね、だいたい近く子供がすぐいたので、私は子供と遊びに行ったりとかしてましたが、中にはすぐ空港で働いてますので、そのまま飛行機に乗ってどっか遊びに行ったりとか、あとは仕事の仲間同士で出かけたりとかしてました。
いいですね、素敵ですね。杉本さんはお休みの日は何してましたか?
休みはですね、だいたい中部にいたときは明けからですね、先輩と同じシフトで働いてる先輩ととりあえず夜勤明けでご飯を食べに連れてってもらって、あとはですね、明けのタイミングでもなんか懇親館みたいなやつを中部整備部でやってまして、なんかバーベキューをやったりとかっていうそういうイベントも結構やってましたね。
結構じゃあ、職場の方たちとも仲良くて、日程が合えばプライベートでも遊びに行くような関係性なんですか?
そうですね、僕もともとプライベート、会社の人と付き合うようなタイプの人間じゃなかったんですけども、引き連れられてるうちにどんどんどんどん楽しませていただいて、なんか講師ともに一緒に遊ぶような感じになりましたね。
整備士になると全国の飛行場に配属されると思うんですけど、地方で働いて良かったこととかもあればお聞きしたいです。
はい、ありがとうございます。これ話すと長くなるんですが、まずこの会社ですね、前身が、私はフライトラインテクニックスっていう会社で、杉本がテクノアビエーションという会社だったんですけど、
ここを入社する時の募集要項が、そもそも羽田空港で大型機を触る会社ですっていう、移動ない会社として入社したんですよ、私が。
そうだったんですね。
なので、わずか移動すると思ってませんし、羽田で勤務するから移動ない会社と思って入りました。
グループ内の再編とか、いろんな成長の過程で会社が変わりまして、全国の空港の整備士、全国の飛行機を触る整備の会社になりました。
この過程はですね、会社自体がどんどん成長していって、できるフィールドも広がっていくので、すごい楽しい過程ですし、いろんなところに行けるのを楽しみにしてたんですよね。
ただ、やっぱり家庭を持つと事情変わるなっていうのを改めて思ったんですけど、子どもが大きくなってきて、やっぱり一緒に移動するのが大変になりますと。
あとは仕事自体も羽田で7年8年働いたので、仕事も楽しくなってきて、羽田でずっといたいなっていう気持ちがあった矢先にですね、大体こういう時なんですけど、人生移動になりました。
そうだったんですね。
そうなんですよ。
なかなか。
移動を言われた時は正直、今かよって思いました。
ただ実際に移動して、これ結果論ですけど、移動してすごい個人的には良かったです。
っていうのも、移動したくないっていう価値観のもと一緒に移動したんですけど、移動した空港の働き方みたいなのが全然今までと違う働き方。
同じ会社なのに働き方がちょっと違ったりとか。
あと整備士だけをやってきたんですけど、それ以外に空港で一緒に飛行機飛ばす仲間とのつながりを強く持ってました。
あとは何か挑戦して変えたいと思った時に、それをみんなが受け入れて一緒にやろうよって盛り上げてくれるような職場だったので、個人的にはこの7年はすごい成長できた7年だと思いますし、これがあったから今の総務部総務課でできることもいっぱいあるんだろうなっていう風に感じています。
まとめてきましたね。
コメント思い浮かばかり。
杉本さんは最初が中部でしたっけ。
最初は入社のタイミングで、僕そもそも専門学校でインターシップ生って言われる航空機の整備士の資格を学生で取ろうっていうトライアルの育成をやってまして、
その後入社する前にもうライン整備と言われる飛行機を飛ばすのに近い方の整備の方をやりますよってなってたんですけども、最初の入社の段階で僕入ったのはANAテクノアビエーションって会社だったんですけど、2年間はドックの整備を経験しろっていうスケジュールを組まれてたんですね。
そこでイタミドックで2年経験した後に中部の方に行ってライン整備っていうやつをやってたって感じですね。
羽田ってどういう特色がありますか。
羽田の特色というと、他の基地に比べて出張がいろいろ行けることも一つの特色ですかね。
やっぱりメイン基地であるので羽田からいろんな地方に、いろんな空港に飛行機を飛ばしているので、出張行ってくださいって言った行く先が増えてますね。
僕は中部の時にボイング737っていう資格を取って、羽田来てボイング787、A320と資格取ってきましたけど、結構小型機ベースの資格の取り方をしてきたので、いろいろ出張に当たることが多くて。
中部の時は2カ所ぐらいしか行けなかったんですよ。羽田に来たらもう大体10基地ぐらいは行きましたかね。
なんかいろいろ行かせていただいて、かつ行く前に先輩に聞いて、なんか美味しいとこどっかありますかって聞きながら、行くときはこれだよみたいな感じで聞いて、先に行く先決めて帰ってましたね。
これも資格を何を取るかによって全然変わってくるんですよね。今、すみもとがおっしゃってた小型機ベースで取るといろんなところ行けますし、逆に大型機ばっか取ると海外に行けたりとかします。
私も湧かないから南は沖縄、那覇空港まで行ったことありますけど、やっぱり行くと楽しいですよね。いろんな空港。湧かないなんて旅行で行くことあるかないかなくらいですけど。
いやないですね。
なんかその何だろうな、働く上で多分ちょっと雰囲気ってそれぞれ違うと思うんですよ。飛行機の入ってくる頻度も違いますし。なので羽田と違うところ、違うなと思ったところとかありますか、地都生。
そうですね。これも面白いのが、同じ会社なのにいる飛行機の空港によって全然風土が違ったりします。私が言った地都生については人数規模が50人ぐらいの基地なので、人が少ない分全員の顔をよくわかってるってところで、何かこうやりたいことがあってもすぐ話が通しやすかったりとか。
あとは休みの日プライベートでもいろんな情報交換をしながら遊びに行ったりとかっていうので、すごいアットホームな感じなのが地都生かなと個人的には思ってます。逆に羽田は羽田でもスキルを持った、飛行機直すなら俺らに任せろっていうプライドを持ってる人たちが多いので、スキルを高める上では羽田ってすごい良い空港だなというふうに思ってます。
そうですね。基本的に大きい基地以外でいくと整備士が2人か1人、そのぐらいしかいないので、我々整備だけじゃなくて、周りの旅客の方だとか、支援さんの方だとか、あとは乗員さんのほうも一度ステーションと呼ばれるところに立ち寄っていただけるので、対外部署との話はすごくやってますね。
少ない人数でちゃんとした良い飛行機を飛ばそうみたいな感じでいろいろ話されているので、そこら辺の団結力はやっぱり人数が少ない分あるかなと思いますね。
やっぱり羽田にいたときは整備だけの事務所だったので、移動したときにいろんな空港の他のオペレーションをしてる人たちと関わる場面があって、飛行機ってパイロット、CA、整備士だけじゃないんだなってすごい感じる場面は多かったです。
それこそ資格取って一人前と認められてから、いろいろ認めてその少ない基地でも行かせてもらえるんだなっていうのはちょっとありましたね。なんか嬉しかったです。
だからこそ資格いっぱい取ろうって思いますね。
ちとせに配属になってそこに住んで実際に住んでみてよかったなぁと思うことと、あとこれはちょっと良くなかったって言ったらいいですけどできなかったとかマイナスだったことがあれば、それぞれ中部でもいいんですけどお話を聞きたいです。
分かりました。まずは仕事面でいきますと先ほどお伝えしたようなこういろんなことに挑戦できるっていうところだったり、あとはちとせって雪国なので冬のオペレーションがすごい大変なんですよね。
もちろん雪が降ってオペレーションが乱れるっていうのもあるんですけど、寒すぎて冬だとマイナス20度、広いときだとマイナス30度近くまで下がるんですけど、飛行機が羽田にいたときとは考えられない壊れ方をしたりとか
しますので、それをすぐに直して帝国に飛行機を出すっていうところですごい北海道、ちとせでしかできない仕事だったなというふうに感じます。
あとはできなかったことで言うと、もっとこう飛行機を触ったりとか直すっていうスキルですかね。ハンドスキルみたいなところはやっぱりちとせだとそういう機会が少ないので、そこは羽田の方が良かったのかなと思います。
プライベートで良かったことと悪かったことってありますか?
プライベートはもう良かったことの方が多いかもしれないですね。
雪祭り行けたとかですかね。
雪祭り行けますし、北海道一周も何回でも行けるっていう。
一周しました?
一周してます。
本当に最初、私も奥さんも、当然子供もですけど、雪国に住んだことなかったので、行くときにこんなところを住めるのかな、寒さもそうだし雪かけも大変だと思ったんですけど、やっぱ住んだら都っていう言葉本当にあるんだなと思いましたけど。
行ったらすごい気候的にも、わりかし夏も過ごしやすいですし、雪も言ってそこまでひどくないので、全然生活できますし。
今では家族も北海道気に入っちゃって住みついてます。
私も週末になると帰れるときは北海道に帰るんですけど、北海道に帰ると、二拠点で別荘に帰るような感覚で帰れるので、心身のリフレッシュにもなるかも。
本当ですね。
思います。
北海道はアクティビティーとか外で遊ぶような感じが多い感じなんですかね。
そうですね。アクティビティー。ショッピングはちょっとこれ北海道の人に怒られるかもしれないですけど、あんまりないかなと思いますけど、アクティビティー、自然はこれも他の地域に勝てるものはないだろうっていうぐらいの遊びはいっぱいありますので。
北海道の魅力、北海道の宣伝になっちゃいますからね。これはぜひ伝えたいなと思います。
観光大使ですね。
チューブの方はいかがでしたか。今みたいに話せる範囲でプライベートのことも交えていただけると面白いかなと思います。
チューブのいいところですね。結構昔の話になるんで、ちょっと今とマッチングしてないかもしれないですけど、
チューブにいたときは、まず寮に最初配属になったんですけども、車通勤可能だったんで、通勤とかについて言えば自分の自由な時間で出社して帰るみたいなことをやってたんで、
ありかし出社と帰るときはストレスなく過ごしてましたね。
なんで、車移動が基本的になってたので、その他のプライベートもいろいろ遊びにも行きやすかったですし、飲み会とかあれば、ちょっと乗せてよみたいなこともやったりしましたし。
中空港自体が新しかったので、いろいろ地域開発とかもされてきて、コストコがすごく近くにあって住みやすかったりとか、あとなんかイオンも大きなやつが2年前、3年前ぐらいになって住みやすくなりましたね。
あとは海外の船沿いなんで、ランニングとかやりやすかったなっていうのが印象ですかね。
ありがとうございます。じゃあ結局地方転勤は良かったですか。
地方転勤は私は良かったと思います。
僕も良かったですね。ちょっと仕事面を全然話してなかったんですけど。
ごめんなさい、どうぞどうぞ。
中部空港で、まずやっぱり羽田空港の基地でいくと、規模でいくと500名前後の規模に対して、中部空港だとそれの10分の1ぐらいの人数でやってるので、やっぱり人との関係性がより深くなるので、入社したばっかりっていったときは、
やっぱり入ってすぐは飛行機の資格を取らなくちゃいけないので、それに対していろんな先輩が、これは調べたらいいんだよとかっていうのをすぐ教えてくれたり、自分が困ってたらすぐ手を差し伸べてくれたんで、そこら辺のフォローからすると、やっぱり他の羽田より中部の方が良かったなっていうのはすごく感じますね。
千歳も資格は取りやすかったですか。
千歳も資格は取りやすいですね。
なので私も千歳に移動してから2機種取らせていただいたので。
社宅制度使ってましたか。
はい、社宅制度は使ってます。
これも多分世間の他の多企業に比べたらかなり優遇された制度だなと思いまして、長きに渡って社宅制度で補助いただけるので、転勤はありますけど、その分家賃は安く済めたりとかしますので、
持ち家持つまでの間は制度を使っている方が多いと思います。
うちの会社長いですよね。
長い。
あとは単身赴任した時とかでも、かなり補助が手厚くなりましたよね。
そうですね。
手当てはもちろんのこと、あとは航空券の補助だったりとか。
ありますね。
我々の会社は若い会社だから、若年層というか若い方たちに向けた福利構成とかもいろいろ考えて、徐々に変わってきてるんで、ここ数年でも大きく変わりましたよね。
たくさん変わって、とてもやりやすいようには動いているので、意見がすごく通しやすい会社なんだなとはすごく感じてますね。
あとは福利構成なのかはわかんないですけど、結構健康経営でホワイト500も取得している企業ですので、健康に対してのいろんな取り組みもやってまして、社内グループでやっているのでいくと、アルフェスっていう歩いてポイント貯めてっていう企画もあるんですけど、これも意外と皆さんやってまして、ポイント貯めて、ベテランの方から若手まで活用してます。
ポイントって何に使えるんですか?
ポイントはそこのサイトで交換できるんですけど、私はAmazonギフト券に変えたりしてるので結構有効に使えるのかなと思います。
杉本さんはアルフェスは参加したことありますか?
参加してます。僕もAmazonの方に変えたりとか、あと昔で言うとアルフェスの前身みたいな時はフルーツの段ボールとか届けていただきましたね。
そういう時もあって、ただ歩けばもらえるんだと思って、みんなやりなよみたいな感じで話しました。