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2021-12-05 13:37

#227 「殺してしまったのは、わたしかもしれない」。いじめや戦争を考えるとき、大事にしたいこと。

愛
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いじめや戦争は、なぜ起こり続けるのか?/ 「起きたこと」を糾弾・処罰するよりももっと前に、「なぜ、それが起きたのか」を見つめること。/「殺したのは、わたしかもしれない」という想像力と視点を持ち続けること。

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MOOKSTUDY 日本の歴史 「子供たちに伝えたい戦争」

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親の愛なる皆様、アロハです。愛です。今日もダウンタウンのお散歩カテラをお届けしておりますが、土曜日の朝9時過ぎでございます。
ちょっと電車の音がね、貨物列車の音がしますが、喧騒とともにお届けしております。今日はね、朝家出るときに雪が降ってて、
この冬初めての雪で、やっぱなんか雨よりね、雪の方がなんかテンション上がるな。ちょっと濡れにくいし、っていう感じで、ちょっとウキウキしてきたんですけど、ダウンタウンに着くとね、
雪は雨に変わり、今はね、止んでますが、本当12月入るとね、ぶっと寒くなってですね、街もいろんなホテルのね、ロビーとか街角にですね、大きなクリスマスツリーがいっぱい並んでて、
本当ね、ダウンタウンだけでもクリスマスツリー数えたら、一体どれぐらいクリスマスツリーあるんだろうっていうぐらい、クリスマスツリーツアーをね、できるぐらいなんじゃないかなって思ってます。
そんなきらびやかなね、一面もあるんだけど、こうして、ゆたろうのね、日本語学校に預けてから、カフェまでのね、道のりを歩いてるんですけど、
結構ね、以前もエピソードでお話しした通り、日本語学校があるエリアが、昔はね、戦争の前は、ジャパンタウンっていう感じで、日本人の人たちが暮らしてた、日本人街だったんですけど、戦争の後ですね、
強制送還されて、本当に奥地の方にね、内陸地の方に強制的に財産もね、奪われたり、まあそんないろんな歴史があってですね、まだまだ仏教会館とかね、そういう日本語学校っていうのは残ってはいるんですけれども、やっぱりね、エリア的にあんまりよろしくないエリアだったりして、
まあシェルターとかね、なんだろうな、そういうドラッグの人たちを、ドラッグに苦しんでる人たちをサポートしたりするっていうね、そういうセンターがあったり、道端でね、暮らす人たちが結構多かったりって、そういうエリアなんですよね。
さっきも道歩いてたらですね、本当に、歩道いっぱいにですね、テントが張られていて、歩けない、ベビーカーとかだと通れないっていう、そんな暮らしのね、営みが垣間見えるエリアです。
でもね、なんか本当にね、そういう、毎週ね、ここに来るたびにそういう人たちの姿を見るんですけど、なんか邪魔だとか、なんでこの人たちっていうよりは、本当になんかこの人たちに何ができるだろうっていうふうに思うんですよね。
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何もできないんですけど、でもまぁせめてね、このすれ違うときに、こんな人たち一人一人にね、今日一日のどこかで何か心があったかくなるようなことがありますようにとか、温かいスープね、シェルターで温かいスープ飲んで、ちょっとほっこりするような瞬間がどうかありますようにって、その人たちの心を少しでも灯しますようにっていうふうに、
なんか祈ることしかできないなーって、そして私は私の人生の中でね、私にできることをするしかないなーっていうふうに思ったりしています。
でね、今日はお散歩しながらね、今のお話にも綴るかもしれないんですけど、最近ちょっと私がすごく違和感を感じた投稿というか、それについてトビックについてお話したいなと思っております。
たぶんね、みんなもたぶん見たかもしれないけども、とあるね、有名な、なんて言ったらいいのかな、あの人なんなんだろう、動画とかでね、とある何々動画でね、有名な方がですね、いじめ、ツイッターでね、いじめっていうのは犯罪なんだから、いじめっていう言葉で隠さずに、いじめは犯罪であり、暴力、暴行罪であり、窃盗罪であり、強拡罪であり、そういうふうにちゃんと言ったほうがいい。
そしてもう単純にそれを、犯罪を犯した者に対しては、刑罰を与えたほうがいい、いじめっていうね、なんかひらがなのね、なんかちょっと柔らかい言葉に包まれてますけども、それはもう立派な犯罪なんだから、そのように名前をちゃんとね、つけて、つけてっていうか、起きていることをちゃんと認めて、
叱るべき、ただ処置をするべきだっていうね、そういう意見があったんですよね。
それに対してやっぱり、いろんな人がそうだそうだっていう感じで、すごいたくさんね、やっぱり拡散されたりしてて。
なんか私それを見た瞬間にですね、なんか確かにそうだよなっていじめってね、なんか地面もひらがなでなんとなく柔らかいし、なんだけど、本当にそれでどれだけのね、子供たちは人生をね、つたぼろにされて人生を見失ったり、命をね、落としてしまう子供たちもいたり。
一方で、そうだからまあ確かに、それがね、窃盗なんだよ、暴行なんだよ、それは強括なんだよ、犯罪なんだよっていう、そういう認識を深めるっていうことはもちろんであるし、
まあ何かそうやったことに対して反省する機会を得るっていうのは、与えるっていうのは必要なことだろうなぁと思う一方で、でも、なんかめちゃくちゃ大事なことを忘れてないかっていうふうに、なんかそういう違和感があったんですよね。
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刑務所に送ったらいいとかね、そういうね、なんか声をずっと見てて、一番めちゃくちゃ大事な一番大事なことを忘れてるんじゃないかなっていうふうに思ったんですよね。
それはやっぱり、なぜいじめがそもそも起きてるのかっていうところを一切無視して、その起きてる事実だけに対して何かしらの承知をするっていう。
そのことが、そのことだけで本当の本当にいじめっていうものはなくなるのかなって思うんですよね。いじめだけじゃなくて差別とか、暴力とかあらゆる、戦争とかもそうですよね。
あらゆるこの世に起きている、あらゆる痛ましいことのすべて、なぜそれが起きているのかっていうことを見つめないと、全くそれは消えてなくならない、解けないんですよね。
それを思ったときに、最近聞いたあるポッドキャストがあってですね、それはムックスタディっていう日本の歴史っていう歴史番組のポッドキャストなんですけど、その中でですね、視聴者の方がね、先生からの質問がリクエストがあって、今ね、教科書の中で戦争を教えているけども、
もう本当にね、授業で教えられることっていうのは、年号とか数行の情報でしかない。そんな中で子どもたちに伝えるべき戦争っていうのはどういうものだと思いますかっていう、そのホストのね、たぶんホストは歴史学者の人とかそういう感じだったのかな。
ちょっとうろ覚えで申し訳ないんですが、子どもたちに伝えるべき戦争っていうのは、何、どの戦争ですかっていうか、どういうこと、戦争についてどういうふうにね、子どもたちに伝えたらいいですかっていう歴史学者の、歴史のね、子どもたちの先生からの質問だったんですよね。
そこでホストの方が言ってたのがまさに、どの戦争をどういうふうに伝えるっていうよりは、その戦争っていうものがなぜ起きるのかっていうことを子どもたちに知ってほしい、伝えてほしいっていうことを言ってたんですよね。
で、戦争についてどう思いますかって言われると、誰もが、そんなもんはけしからんって言って、戦争反対って絶対にいけないものだ。人の命をね、奪って破壊するものだ。絶対いけないっていうね。みんな誰もがね、戦争反対ってね、言うと思うんですよ。ダメだ、ダメだ、ダメだ、戦争はいけないもの、ことだってね。
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だけど、ちょっと想像力を膨らませて、じゃあ自分の家族が、自分の大事な人が誰かに殺されたりしたら、もしくは自分の大事なね、財産とか金銭とかが、誰かどこかの国にね、奪われたりしたら、まあその家族の単位だけじゃなくて、国の単位でね、隣の国に自分の国が侵略されて、金銭を奪われたり、
大事な人の命を奪われたり、その実際に食べ物がね、生活が破壊されたり、食べ物が足りなくなったりって、命に危機が迫ったときに、そして大事なものを傷つけられたときに、戦争反対って、本当に心から言えるのかなって。
大事な人を殺されたら、私も殺してしまうかもしれないっていう。
なんかそういうね、想像力っていうかね、ちょっと考えたら、違う視点でね、戦争っていうものが見れるんじゃないかなって思うんですよね。
それでこれ、いじめも戦争も仕方ないよね、起きて仕方ないよねっていうことではなくて、でも起きていることには理由があるっていう話。
だからせめての戦争は、よろしくないことなんですけどもちろん。
でも起きている理由に目を向けると、貧困だったりとか、石油の事情だったり、ダイヤモンドとか、なんかね、お金のね、ビジネスが関わってたりとか。
そのビジネスっていうのは、私たちね、こういう経済的に豊かな国の人たちが、知らない間に加担していることだったりとかもするんですよね。
いじめの方に目を向けると、だから起きていること、お前がやったことは悪いことだっていうふうに追及して、お前がやったことは犯罪だ。
そして刑務所を送りにするとか刑罰を与えるっていうことも、もちろんそれも一つの手かもしれないですけども、
なんかそれ以前に大前提として、なぜそれが起こったのかっていう、そのいじめとかね、戦争を起こした、何だろう。
犯してしまった一人一人の人間に目を向けるっていうかね。
そうなんですよね。
だからいじめられる側もそうだけども、いじめた側にどういうストーリーがあったのかとかね。
そこでどういう親との関係とか、教育での与えられた思い込みとか、精神的なプレッシャーとか。
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どういうことがね、その人をそういう行為にね、残酷に見える、ダメだって言われるようなことを犯してしまうっていうその行為にね、
打たらしめたのかっていうところに目を向けないと、そこを解決というかそこに意識を向けて、
愛を注ぐっていう言い方しかできないけど、そこを解決していかないと、本当に何も変わらないなって思うんですよね。
まあそんなわけでですね、つらつらとお話ししましたけど、
もうカフェに着いちゃったんで、これからちょっとね、モカを飲んで、そしてハム&チーズクロワッサンを食べて、心をほっこりさせたいなと思います。
なのでね、いろいろ感慨させられる投稿でしたが、こういうふうにね、自分の中に感じた違和感を、
なんで違和感感じるんだろうとか、なんで嫌だなって思うんだろうとか、なんとなく正しいこと言ってそうなんだけど、この人。
でもなんかザワザワするんだよなとか、そこをね、なんか自分の中の違和感を、ちゃんと紐解いてあげるっていうことがすごく大事だなと問い続ける。
ということで、皆さんのお耳と心を貸していただいて、お話しさせていただきました。
今日も引き続き良い一日をお過ごしください。バイバイ。
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