AFAP、このプロジェクトは、バックヤードウルトラという競技に魅せられたウルトラランナーたちによる競争と挑戦に光を当てます。
As far as possible、私たちはどこまで行けるのか、走ることで繋がった仲間たちと、この世界の魅力をお伝えしていきます。
はい、プロウルトラランナーの水野道太郎です。本日は、2026年10月27日ですね。
ということで、先日10月10日に北海道で開催をされたバックヤードウルトララストサムライスタンディング北海道大会の特集ということで、素敵なゲストに来ていただいております。
北海道大会ラストサムライになった筒崎健選手です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
そしてもう一方ですね、ちょっと後半に登場していただこうと思っているんですが、北海道大会のRD、田中さんにも来ていただいています。田中さんよろしくお願いします。
はい、手でアピールいただいてますね。ありがとうございます。
はい、ということで、改めて今日このお時間いただいてありがとうございます。
本当に冒頭でも言ってますが、バックヤードが繋いでくれたご縁なのかなということで、土崎さんと私ですね、実は直接会ったことないんですが、初めましてです。
初めまして。ありがとうございます。
北海道大会ラストサムライになられたというのもあるんですけど、実はその前にご縁があって、繋がる流れができてたのかなという、そんな感じですね。
でですね、土崎選手、私自身もまだまだ知らない部分あるので、まずは簡単に自己紹介いただけたらなというふうに思います。ではよろしくお願いします。
はい、北海道の東川町に住んでいます土崎と言います。もともと学生時代はバスケットボールをずっとやっていて、それでここを球技のほうやってたんですけど、仕事で北海道の北の東北のほうに行くとバスケの仲間から
離れて、
それでこう同僚から北海道にはサノマの100キロウルトラマラソンがあるんですけど、それに挑戦してた同僚から誘われて、10キロのマラソン大会に参加したところから少しずつ走るようになったんですね。
学生時代の頃とか小学校だとか走るのは結構得意だったので、マラソン大会とかでは結構楽しく走らさせてもらってたんですけど、そこからハーフフルマラソンだとか。
木田とかのも好きで、白神山地や薬師間に行ってる中で宮の浦岳に登った時に、登山もいいかもっていうところからトレイルランニングも山のところのでたくさん疲れずにっていうところで始めたんですよね。
それで走っていく中で、そちらも富士100だとか、QTMBシリーズので、昨年はタイのチェンマイだとか、そちらの方にも参加させていただいて、走ってる中で結構抑えて走る方なんですよ。
その中で田中さんからも、今度バックヤードっていうのをやるよという紹介を受けて、最後の1人になるまで走り続けるかどうかっていうのがあったんですけど、その中で自分のペースに合わせて走ってる中で、マイルダー
とかウルトラ走ってる中で結構ゴールしても体力残してしまうっていうか。
そういうところで参加したのが始まりなんですよね。
すごくそういったところでもバックヤードに出会えて、自分の出せるところまで挑戦できるっていうところがすごく魅力的だなと思って走ってたとこです。
じゃあバックヤードに出会うまでは満たされることのないというか、ご自身の限界が知りたいけどそれがなかなか見えないみたいな、そんな感じだったんですね。
楽しく走ってましたけどね。
なんかすごいですね。漫画とかだったら間違いなく強キャラの。
いやいやいや。のんびり走ってる。
いやいやいや。
マイペースランク。
ちなみに本当に今オンラインでやり取りさせてもらってるので、全然土崎さんの全体像がわからないんですけど、バスケをやられてたってことは結構背が高いんですか?身長何センチくらいですか?
身長は173cmです。
平均的。
バスケのポジションはどちらだったんですか?
ポジションの方はスモールフォワードだったりシューティングガード。
そうですね。なのでそんなに大きいっていう感じではなく、バネラとかはあったので、垂直だとかね。そういう飛ぶのは飛べたりとか。
そこからランニングを知人から勧められてスタートしたっていうのは、だいたい2000というか何年くらいだったか覚えてますか?
2000年ちょっとじゃないですかね。今から本当に20年以上前ですね。
そうなんですね。そんなに。乱歴かなり長いって。
そうですよね。出来だけ。
ちなみに今年齢はおいくつですか?
今47です。
47歳。
じゃあ本当に20代前半くらいから始めたって感じですかね?
25とかですかね。25、26から誘われてマラソンだとか始めたかなって。
じゃあ本当にキャリアは20年以上というところで。さっきバックガードに出会ったのが田中さんに勧められてってことをおっしゃってましたけど、もともと田中さんと知り合いだったんですか?
田中さんは北海道では本当に知らない人いない。北海道だけじゃなくて。いろんなレースだとかそういったところでも、他のもディレクターみたいにされてたり。
そういうふうな中で、こちらのほうがやっぱり他の人もそうだと思いますけど、先に知るっていうところからバックガードの話も今度そういうの開催するんだけどっていうふうに教えていく。
私事前にちょっとだけ調べたんですが、知り合いさんあれですよね。北海道でバックガードが開催された第1回2022年から参加されてるっていう。そういう理解で。
あってますか。
あってます。
で、そこからどういうふうにバックガードのめり込んでいったかをちょっとこの後聞いていきたいんですけど、2022年初参加するっていうとき、初めてバックガードを田中さんから聞いたとおっしゃってましたけど、率
直にどんな気持ちになりました?
すごいワクワクしたのか、ちょっと何それっていう感じだったのか。
始めはやっぱりさっき話したみたいに、本当に最後の一人以外はずっと走り続けて、限界までっていうところでワクワクした気持ちが多かったですね。やってみたいなっていう。
実際初バックガードに向けてした準備とか練習とかありますか。
初に向けては、自分の子供が野球やってたんですよね。遠征だとか行ったときにはずっと夜走ってて。
子供の遠征について行って、夜に1時間おきに走って。コンビニ補給して。1時間走ってみたいに、6、7時間走って、そのまま寝ないで次の日子供の応援してるみたいな夜になると。
あとは基本的にはアサラン派なので、朝に1時間から2時間だとか、10から20キロだとか走るのと、
当時コロナの時期には、ちょうどウルトラの1週間で100キロとか、1週間で200キロっていうオンラインイベントがあったので、そういったのに挑戦して、距離を稼いだり走ったりってやってました。
ちょっと失礼だったら申し訳ないですけど、だいぶあれですね、お子さんの遠征中の夜に走ってるっていう、だいぶこう、やべえ父親というか、かっこいい父親だなっていう感じですね。
そういう走り方、長い時間走るっていうのがお好きだったのかなと思いますし、夜1人で走るのとかあんまり苦じゃなかった感じですか?
そうですね、ちょうどその夜走ったりしている時は、本当にそのバックヤードがあるっていうのがわかって、それに向けて時間で練習するような感覚もあったので、ちょうど目的がしっかりあった感じですね。
じゃあ結構、性格的には決めたことに対しては逆算して、それを一つ一つ着実に実行していくのが結構お好きな感じですか?
いろいろこう、自分のできることを広げたりだとか、自分の限界をとかっていうのは結構好きですね。挑戦したい。
で、第1回挑戦された時ってだいたい月間でどれぐらいの距離とか走ってましたか?覚えてますか?
その当時は月間で、富士とか大会があった時には600ぐらいで、300から600ぐらいですね。
おお、かなりじゃあベースを走り込むのが習慣化されているような感じですね。
そうですね、その年は結構走れたかなっていう。
で、初挑戦っていうのが2022年の11月ぐらいですかね。
そうですね。
実際初めてバックヤードのスタートラインに立った時、他の参加者とかもいるわけじゃないですか。
どんな感覚だったか覚えてますか?
そうですね、みんな口々にレースディレクターの田中さんを寝かせないと。
どこまで走れるかみたいにしながらワイワイ走れてたのと、みんな北海道大会1回目っていうことでどんな感じになるかっていうところと、
北海道大会の田中さんのアイディアで、速く走れるファステストとアシストショーナーとかそういった趣向もあったので、
走り始めた時にめちゃくちゃ速く走る人とか、ゆっくり走る人とか、いろんなペースもあって面白かったのを覚えてます。
例えば自転車競技のポイント賞、登山賞とか三角賞みたいな、そういうような単純なラストサムライとアシストだけじゃない、そういうのも設定されてたってことなんですね。
そうですね、はい。
ちょっとここら辺は、後ほど田中さんに北海道大会ならではの大会作りってところで話を聞いてみたいなと思います。ありがとうございます。
ありがとうございます。
そんなワイワイやりながら、いろんな走り方をする人がいたっていうことですけど、
水崎さん自身は最初のバックヤード、どんな走り方をされて、どんなレース展開だったかっていうところを聞いてもいいですか?
はい。自分はできるだけスタートのところは、その時は補給は前半はそんなにたくさん取らなくてもっていうところで、
あえて走っていきながら、元気があるうちにどれぐらいゆっくりでも間に合うかっていうのをはじめは確かめていて、
これで1周目走ってから、次は2分遅くするとか、
いやもうちょっと遅くしても大丈夫かっていうのを前半は探って、
歩いたりしながら、それをちょっと試してやってました。
実際何分までタイムを遅くして了解したんですか?
1周目走った時で、それこそ47、8分でいけるペースでちょっと落として、1周目が確か50分ちょいだったんですよね。
落として、55分から56分まで落として、それでこの後、体力が落ちた時でもこれぐらいのペースなら間に合うんじゃないかっていうところは、
56、7分で、キロ8とか途中少し歩いても間に合うかなっていうのを掴んでた感じでした。
だいぶ最初の時点で、つらくなった時に引き出しを5周目の中でいろいろ広げておいて、
わりと戦略的にアプローチしてたって感じですよね。
そうですね。
そういう中でレース展開ですけど、なかなか一番最初のバックヤードで計算してゆっくりペースを調整する人って、
もちろんいらっしゃらないことはないと思うんですけど、そんなに多数派じゃない気がするんですけど、
他の人との走り方の違いとか、そういうので覚えてることはありますか?
そうですね。先ほど言った、スピードで挑戦してる選手と、あとはだいたいイーブンで走ってる人が多かったかなと思いますし、
当時走ってる仲間で知ってるランナーのところも少なかったので、
ほら、なんか淡々と走ってて、まだこいつ残ってるなみたいな雰囲気でしたね。
あんまりおしゃべりしてずっと一緒にいるみたいな、そういう選手がいたわけじゃない感じですかね。
そうですね。ちょうど今回も参加してた、
まさきさんがスキーのほうに一緒に滑ったことがあって、知り合いだったのでちょっと話したり、
スタートゴールとかで田中さんと一言二言話したりだとかしながらっていう感じではあったので、
あとは結構その時にも強いランナーをこちらのほうからも知ってたりだとか、女性のランナーでも北海道を代表するランナーがいたので、
そういったところを見ながら走ってる感じでした。
今実は2022年大会のリザルトを見てるんですけど、多分出場者が20人ぐらいいて、
24時間に達した人が9人、ほぼ半分が24時間っていう感じですけど、
バックヤードで初めてこう、最初の24時間終えた時の感想とかありますか。
そうですね。その前にも100マイルは走ってたんですけど、やっぱり100マイル越えると、
お、走ったなっていうその実感ありましたし、
第一回大会は結構寒暖差もあって、夜にはちょっと雪がちらついたりするような感じだったので、
そういったところでも、ちょっとこう天気も落ち着いたりしてきたところで、ちょっと安心したかなって。
こうやってこうリザルトを見てると、実はね、こう、最近直近でやってたサテライト大会に出られてた、
羽賀さんとか、あとは桜庭さんの名前がね、こう、ちらついてくるわけですけど、
その24時間過ぎてからの、こう、バックヤードの場合戦いっていう感じなのか、
もう少し和やかなのか、その会場にもよったと思うんですけど、
24時間以降の、その時残ってたメンバー同士の雰囲気とか、様子とかってどうでしたか。
やっぱり羽賀さんは、今もそうですけど、いっぱい喋るんで。
走りながら、やっぱり結構会話したのは、羽賀さんとは結構喋っていて、
なので今回の大会までのでも、直接会ってない時とかでもね、こう、
繋がりいたとか、連絡いたとかっていうのもあったのと、
あとはその女性ランナーがね、ひろぽんさんという方なんですけど、
周りからもね、結構しっかりと応援されてたり、
スライドとかそういったところでも、そのためにちょっと声かけたりとか。
というところで、最終的に、ひろぽんさんと桜庭さんと3人で結構最後は走るところ多かったんですけど、
桜庭さんはもう淡々とサッと走ってくる強さを感じました。
これどうでもいいですけど、その時のラスト侍とアシストはダブル剣なんですね。
桜庭さんはたけしですよね。
呼び方違いますけど、字がね、剣、この剣で、お二人とも同じという。
で、3人目、ラスト3人目が女性のそのひろぽんさんっていう方だったと。
はい。
で、そっから、ひろぽんさんが33ラップ、そして土崎さんが34ラップ、
で、最後桜庭さんがお一人で一周走って35ラップで、
第1回の北海道大会が終わったということですけど、その結末はどんなふうに迎えた感じなんですかね。
最終的にはそのひろぽんさんが終えて、で、2人に行ってなった時に、
やっぱり桜庭さんが強さを見せたなっていうところで。
途中で、翌日に自分も走ってる間に電話が来て、翌日ちょっと仕事も入ったっていうのがあって、
で、最後残った時に桜庭さんがほんとにキロ4分半ぐらいの立ち立ちを見て、
もうそこでこう、まだまだ桜庭さん行けるなと。
で、そこで翌日の予定と自分の体力とこのまま行って、
あと何時間か走っても最終的にはちょっと離されるかなってイメージが湧いた時に、
一気に体が動かなくなって。
スタートして、ほんとにこう、初めぐるっと一周回ってから折り返して行くようなコースレアートだったんですけど、
もうそこまで行ったところで、もう歩くしかないみたいになって、
それでリタイアを決めたんですよね。
なんでそこで、2人になった時の駆け引きと、
気持ちで体が動かなくなるっていうような、そういったのをすごい経験した大会でしたね。
完全に心を折りにいって、折られたっていう。
ポキじゃないですよ、ポキって。
ポキじゃないですよ、ポキって。
なるほど。
早みたいになって。
なるほどね。
忘れないですね、折られた。
そんな結末をっていうのは、あれですよね、スタート時間が12時とか13時だった感じですかね。
そうです。
で、ちょうど34時間っていうとちょうど夜の11時、日をまたぐかどうかぐらいの。
まあ本当、みんなそうだと思うんですけど、やっぱり夜っていうだけで結構多分、
人間こう、なんかスピード感覚とかそういうのが鈍ってきたりとか、
でね、メンタルにも、いやもう変に長引かせて明日に持ち込むよりはみたいな気持ちも多分、
余儀った感じですよね。
余儀りましたね。
っていう中でこう、一気に心を折られて。
そうそう。
本当に動かなくなりましたね。
なんか本当にこう、まさに侍同士の死闘というか、
そんな様子だったのかなと思うんですけど、
初めてバックヤード出た時の余儀というか、
バックヤード楽しいな、また出たいななのか、
ちょっとこれはなのか、なんかこう走り終えた時に思った気持ちをぜひ教えてください。
当初の目的の、もう出し切るっていうか、
本当にメンタルで一気に潰れましたけど、
それでもこう、走って動けないっていうような、
そういったところまで行けたのは結構充実感もあって、
翌年に田中さんのね、また面白い獲得兆候がバリバリある、
オレランバックヤードに出てみたいっていう風に思うのにはつながった感じですね。
じゃあバックヤードまた出たいっていうそういう気持ちで、
そうですね、いい大会でした。
そして、ある意味伝説のというか、短期決戦に終わった、
2023年の北海道大会にまたつながっていくと。
やばかったです。
そういう今の話を聞いた上でリザルトを見ると、
鈴木さん的にはどんな走りになったんですかね。
第2回ですか。
第2回どんな走りになったんですかね。
第2回はもうコースとの戦いで、
初めは本当に世界で運を抜いてのすごい厳しい獲得兆候で、
それはさすがにやばいだろうと。
さすがの田中さんも。
それで急遽ちょっと獲得兆候を抑えたぐらいの感じだったんですけど、
初めコースをそれで田中さんが2周回先導してくれって。
走ったんですけど、夜になると全然わからなくて。
6.705のコースのはずが、もう7.5を超えるみたいな。
ロストしてるんですよ。
そういうことですね。
それでも全然わかんないっていう風になってるところで、
2回目の大会もコース自体は面白かったんですけど、
気持ち的にと体力的にも、これ6.7じゃないみたいなところで、
唯一今回の大会にも出た長崎さん、
ドブさんがコースをロストしないで走ったぐらいな。
1人だけ正しく走ってるみたいな感じのすごいコースで。
最後は長崎さんと南田さんの1日になったりするんですけど、
走ったりしてるところを見ても、
第1回も第2回も今回のに結構経験としても活かすというところにもつながって、
やっぱり2回目もさすが田中さんだなっていうね。
全然違うバックヤード。
すごく面白かったです。
なんか今お話を2大会分聞いてるだけで、田中さんの記載ぶりが。
いやーすごいです。
画面が真っ赤ですけど。
カップからボトルから。
それが1回目のバックヤードでも他の大会とかでも参加したら楽しいんじゃないかとか、
どうなるかっていうのは、やっぱりいつもワクワクさせてくれる。
そういうやっぱりレースディレクターかなっていうふうに思いますね。
エンターテイナーだと。
2024年も北海道大会やってたと思うんですけど、
そこには土崎さんは参加せずっていう形ですか?
そうなんですよ。
本当は参加したかったんですけど、そこで転職したんですね。
それこそバックヤードだったり、トレイルドだったり、
ちょっと走る時間を持ちたいっていうところもあって、
北海道では靴下で有名なんですけど、ヤマチュールっていう会社に転職して、
それでスタートした年だったので、
仕事の関係上でも長い休みはなかなか取りづらかったので、
そういう参加見送った形でした。
ちなみにヤマチュールの前はどういうお仕事されてたんですか?
その前は小学校教員やってました。
そこから急にというか。
やっぱり小学校教員だと思うように時間取れなかったって感覚ですか?
そうですね。
夏・冬に年給取ったりっていうそういうところの動きやすさはありますけど、
普段のところで言うと朝7時前からと夜9時とか、
その後に進んでやりたい仕事とかも内容があって、
時間的にはそんなに取れないかなっていうか。
なるほど。
本当そういういろんな事情と、ご自身のラーニングへの思いとか、
そういうのも踏まえて、転職を決められて、
2024年はその事情もあって、バックヤード自体は参戦されなかったってことですけど、
2025年、いよいよっていう段階であれですよね、
クマで北海道大会やらなかったと。
25も予定としては出られなかったですよ。
もともと、なるほど。
そこの中川には住んでたこともあったので、
出たい気持ちは強かったんですけど。
で、実質に2026年、今年の10月という、
そうですね。
3年越しの思い。
次にはもう5年越しの。
なるほど。
で、その2026年の北海道大会どうだったのかっていうのも聞いていきたいんですけど、
ここからはちょっと田中さんも交えて、
そもそもこれまでの北海道大会の、
もう散々名前としては登場いただいてるんで、
ご自身の口を開いてもらおうというところで。
じゃあちょっと田中さん、
北海道大会、過去2022年からスタートしてっていうので、
今、土崎さんからかなりいろいろ、
RDのサイプリというか、エンターテイナーぶりが紹介されてましたけど、
どんな思いで2022年からバックヤード北海道をやられてきたんですかね。
そうですね。
言ってたけど、もともと友さんが、
僕がサロモンのアスリートをしてるときのチームメンバーだったんですよね。
仲間だったので、
どっかの大会で会ったときにバックヤードやってんだよねみたいな話を聞いたんですよね。
はじめルール聞いたときは、
何てことやってんだみたいな感じで、
ちょっと理解するのに苦しんだんですけど、
よくよく考えてみると、
北海道にすごく適したルールだなっていうのを感じたんですよね。
北海道ってクマ問題があったりとか、
自然環境的にも他の地域と比べて険しい部分が多くて、
ロングレースがほとんどないんですよ。
100マイルはもちろんないし、
今も無くなっちゃった、80キロのレースとかもあったんですけど、
今だと60キロとか、
長くてもそれぐらいのコースしかなかったんですよね。
だったところで、バックヤードのこの6.7キロ、
6.706メートルの周回形式っていうところは、
安全面というか、
敵にも北海道で100マイルを経験するとか、
長い時間トレーラーを楽しむっていうところでいえば、
すごく考えられているルールだなって感じて、
これは北海道でやるべきじゃないかって感じたんですよね。
やってみましょうかっていうことで、
始めたんですけど、
2022年にまさに第一回大会があって、
フラットであればあれだけいいだろうって思ってたんですよね。
だからもうほぼ累積標高ゼロのレースにして、
でも長引きすぎちゃうと運営もしんどいなって思ったんですよ。
確かに。
この葛藤みたいなのをどうにかエンタメ化できないかっていうのを感じて、
さっき土崎さんの話からも出たんですけど、
ファステストラップ、一番速いラップで走った人に賞を出すとか、
アシストに賞を出すとかっていう、
いろんな揺さぶりを選手にかけて、
目先のおいしいものを取るのか、ラストサムライを取るのかみたいな、
運営的にはちょっと古いにかけるっていうところで、
それをエンタメ化して見てる人も楽しめるような感じができたらなって、
第一回大会をやったんですよね。
ここで4時間、5時間で結果がついたって感じなんですけど、
第一回大会はほぼフラットで、ほぼオンロードだったんですよ。
サービスでいうと10割キューブもオンロードみたいなフォースだったんですよね。
結果の、走れる人は走れたけど、走れた後のダメージとか、
ダメージがすごく長引いたような人も結構多かったので、
フラットであればいいってわけじゃないんだなっていうのを感じて、
やっぱり不正値の割合を増やすことで、怪我のリスクとか減らせるなって思って、
でも長引くのはちょっとつらいなって。
というわけで第二回大会で、約400メートルの距離で競走。
今だとあれですよね、茨城の大会が300ちょいとか、
コース変更になって300メートルいかないくらいになったんですけど、
もっとひどいコースを設定したんですよ。
ひどいって。
言っちゃってる。
そのタイミングの事情もあったんですけど、
2023年大会までは各県大会の優勝者は自動的サテライトを参加できたんですよね。
だけど、ラストサテライトになれば日本代表になれるっていう、
エスカレーター式に自動的になってたんですけど、
ラップ数よりはラストサテライトになれるか、なれないかみたいなところだったので、
正直長期決戦、短期決戦関係なく決戦をできる場をまず提供しようと思ったんですよ。
結果でも2024年から自動的サテライトっていうのがなくなって、
シルバーシケット大会になって、
アトラージで選ばれた人がサテライトになって選ばれるっていうような仕組みになったので、
このコースだと、まずアトラージには選ばれないとなっちゃうので、
ちょっとラップ数を稼げるようにしたいなっていうので、
今日コースはできるだけ糧がないでオフロードを走れるコースっていうので、
僕が住んでいる中川町にしたんですよね。
めちゃくちゃ良いコースなんですけど、
昨今は馬問題がなかなか大変でして、
そもそも本州の月の悪魔と北海道のひぐまってもう全然違うんで、
会ったらほぼおしまいぐらいな感じなんですよ。
それがめちゃくちゃ合うっていう最悪の状態になっちゃったので、
北海道で終わりがわからないっていうバックヤードの特性上、
ちょっと危険、リスクが高いんですよね。
山際とか山の中だと。
だからいかに街中だけど熊対策ができて、
みたいなところでいろいろなコースを検討した結果、
2026年大会は当初は札幌の街中にあるキャンプ場でやろうとしたんですよね。
それでいろいろ所持状があり、急遽コース変更という形になってしまったんですけど、
その中でちょうど自治体とか地域の方と繋がりがあって、
すごくいろいろと取り合っても一緒に仕事をさせてもらっていた、
長沼町という場所ですね、今回開催した。
そこで心よく受け入れていただけて、今回開催になったというような感じで、
今回が累積20メートルないぐらい、1周あたり。
6割、7割ぐらいオフロード。
ほぼほぼフラットにしつつ、不整地の割合を増やすというコースも設定できたので、
これはなかなか不幸地の幸いというか、良かったんじゃないかなというふうに思っています。
ありがとうございます。
過去何年か、最初の1回目、2回目というのは、
RDとしてのキサイプリというか、ある意味RDからの挑戦状みたいなのを
選手たちに突きつけていったかなと思うんですけど、
そこら辺の田中さんならではの遊び心みたいなところは、
2026年はどんな感じで盛り込まれたんですかね。
今年は会場がカフェなんですよ。
焚火カフェっていう、焚火とかキャンプをコンセプトにしたカフェを会場に設定したんですよね。
なのでカフェの敷地内でテントサイトもできて、
またお店のカフェの営業時間中はカフェの利用もできるというところで、
参加者だけじゃなくて応援に来た人とかサポートクルーも、
選手が走り出したら、選手と交流ができる時間って10分前後とかじゃないですか。
そういったところで、残った40分とかをどういうふうにするのかというところで、
カフェのご協力もあって、
選手だけじゃなくてみんなが楽しめるような会場設定ができたんじゃないかなと思いますね。
今回は急遽の会場変更でバタバタで、
エンタメというか、
その辺を正直あまりできなかったなと反省もかなりあるので、
来年は結構反省していて、
もちろん緊張と緩和って大事じゃないですか。
マッキーアドベンツーだって勝手に緊張していく競技だと思うので、
いかに運営側として緩和を提供できるか大事かなと思うので、
そこの緊張と緩和というところのバランスですね。
そこをちょっと来年はもっとちゃんと整えたいなというふうに。
ありがとうございます。
2027年、候補を期待と。
来年そういうふうな方向になるかもということですけど、
北さんちょっと改めて、
自己紹介をお願いしてもよろしいですか。
はい。
私は北海道の、
今、小樽市に住んでいる、
北たくまと
申します。
普段はランニングを楽しんでしていて、
あとは登山もよくします。
はい。
バックヤードは何回目だったんですか。
バックヤードは、
初めてですね。
初参加。
で、34ラップですよね。
記録で言うと。
はい、34で終わりました。
なんでまたバックヤードに迷い込んでしまったんですか。
そうですね。
私が
バックヤードにすごい惹かれた瞬間はですね、
ランニングするっていうこと
プラス
いい触手
をやるっていう
そこがすごい面白いなって思って
一回やってみたいなって思いました。
実際、さっき土崎さんにも聞いたんですけど、
初バックヤードに向けた準備とかは
どんなことをされました。
準備は何もしていなくてですね、
本当に出たとこ勝負でやってみようっていう感じで参加しました。
ありがとうございます。
そしてもう一人来ていただいた感じですね。
千葉さんじゃないですかね。
千葉さんですね。
千葉さん、音声出ますでしょうか。
だんだん役者が揃ってきた感じが。
1、2、3ですね。
ね、1、2、3。
千葉さんこんにちは。
お疲れ様です。
あれ、音声入ってますかね。
どうだろう。
入ったかも。
ちょっと小っちゃいかもしれない。
マイクを近づけていただくと。
どうでしょう。
もし環境的にできるなら、
イヤホン抜いていただいたりするといいかも。
どうでしょう。
今この状態で聞こえますか。
聞こえました。
お疲れ様です。
お疲れ様です。
今回の大会、
2026の1、2、3が揃われたということで。
千葉さん、
自己紹介振っても大丈夫ですか。
ちょっと簡単なものでいいので。
はい、私は千葉県から、
千葉ってありますけど、
そこから参加を。
北海道に行くのも3回目だったんですけれども、
そこでバックヤードを去年、
それこそ三田さんのことを知って、
ぜひやってみたいと思って、
今回参加をさせていただきました。
普段はトレイルとかそういうのを走っています。
本当に千葉県なんですか。
はい、今千葉県に住んでいます。
今、完全になんか冗談か何かかと思った。
本当に千葉から参加の千葉さんです。
本当に千葉から参加の千葉さんなんですね。
そうなんですね。
なぜ北海道大会に。
本当はこの茨城とか、
東京とかを出たかったんですけど、
フルマラソンを入れていたので、
10月走るのだったらここのとこが一番、
タイミングがいいというところで、
ちょっと旅行も兼ねてという形で。
本当にバックヤードに出たくて。
そうですね。
タイミングの合う北海道大会を選んだと。
はい。
すごい。
ちなみになんですけど、
北さんにも伺いたいんですけど、
北さんと千葉さん年齢はおいくつぐらいですか。
北さんからいいですか。
私は今28の年です。
えー。
北さんまさかのめっちゃ若い。
まさかでもないかもしれない。
バックヤードから。
30代ぐらいって言われるので、はい。
なるほど。千葉さんいかがですか。
私は今年44になります。
おお。
いやいやいや。
もうバックヤード50代が強いって言われてるぐらいなんで、
土崎さんですらまだまだこれから油が乗っていくという中で、
この3名が最後残ったっていうことですけど、
今土崎さん目線の振り返りはしていただいたんですけど、
最後バックヤードどんどん人数が減っていく中で、
お互いのことをどんなふうに思ってたかとか、
自分自身の状況どんなふうになっていったのかっていうのをちょっと聞いてみたくてですね。
えー。
千葉さんから聞いても、
北さんから聞いてもいいですかね。
ラスト3番目だった北さんから。
どうでした初めてのバックヤードの会場はそもそも。
そうですね。
本当に何もわからず、
ルールだけしっかり覚えて参加させてもらった最初でした。
周りはやはり知っている強い人たちもいて、
自分がどれくらいまで残れるのかなっていう気持ちでずっと走っていました。
まさか最後の3人になるとは全く思っていなくて、
どんどん24ラップ、24ループ終わってから結構人数も減りだし、
私ももうかなりきつい状態であったんですが、
私はどちらかというと周りがどうとかっていうよりかは自分の限界にフォーカスしてずっと走り続けていて、
最後は本当にもう精神も体も完全にもう無理だなっていう状況になって、
34ループで終わることになりました。
でも一発目から身も心も限界まで出し尽くせたって感じなんですね。
そうですね。
もうこれ以上無理かなっていうふうに思いました。
最後はスタートしたけど間に合わなくなった感じですか?
それともスタートしなかった感じですか?どっちですかね?
スタートしなかったです。
なるほど、なるほど。もう次にもう足が出てこなかったと。
ありがとうございます。
北さんの走りっていうのをライバルから見ていて、改めてどんなふうに見えてたかっていうのを土崎さんいかがですか?
自分は本当にさっき話したようにですね。
何ていうか淡々と本当に強い、結構後になって怖いなっていう感じがあったので、
最後の方であえてちょっとゆっくり走って、後ろから北さんの走りを一回見たシーンがあって。
見すぎて、これ間に合わないかもしれないっていう。
そこからキロ後ぐらいでね、走ってみて、まだ自分も走れるなって思ったんですけど、
すごくやっぱり強さっていうかね、やっぱりそれがすごい現れたので結構自分はマークしてたかなっていう感じですね。
強さが出てた。
北さん、ちなみにこれまでの最長距離って何キロぐらいなんですか?100マイルとかよく出られてる感じなんですか?
トレランのレースは私、最長はたぶん50キロのレースで、100マイル出たいっていうふうに思ってるんですけど、
北海道の長いレースがなかったりだとか、出るにも仕掛けがあったりすると思うんで、それなかなか私はなくて、
土崎さんもさっきちょっと言ってくれてたんですけど、長い重走、ほんと1週間とかをするような距離だと400キロとか500キロとかっていうのをやったことがあるんですけど、
それに関しては歩きとかしっかり睡眠とったりっていうのもあるので、本当の意味で200キロ越えをかなり長い時間連続で走ったっていうのは、今回が最長になりました。
そんな初体験どうでした?
意外と走れるもんだなっていう。
すごい楽しかったです。
またやりたいですか、バックヤード?
もう1回やりたいですね。
早くやりたいですね。
早くやりたい。
それだったら、いいですよ、それこそ。
先週のサテライト、いぶきさんのライブで見させていただいて、すごいハマってしまってですね。
15人の選手、すごいかっこよかったですし、サポートの方まで雰囲気がすごい良くて、すごい出たいなっていうふうに、この1週間でした。
ぜひ2年後はチームメイトかもしれませんね。
そうなれるようにちょっと楽しみながら頑張りたいと思います。
千葉さんがわざわざ千葉から北海道の大会に行ったように、吉田さんが北海道から他の地域の大会に出るっていうことも全然ありだと思うので、
ぜひまた次のバックヤードを楽しんでいただけたらなと。
ありがとうございます。
ちょっとまたお話を振るかもしれませんが、千葉さんお話を振りたいなと思うんですが、千葉さんも初バックヤードだったっていう認識があってますよね。
はい、初めてのバックヤードです。
それまでの最長距離は何キロぐらいなんですか?
去年100マイルを初めてやったので160キロ。これが最長の距離でした。
どこの100マイルですか?
タイのチェンマイですね。
チェンマイ。
UTMBのところのエースを走りました。
じゃあ日頃は、さっきフルマラソンもあれかっていうのも言ってましたけど、フルマラソンだけじゃなくて100マイルトレイルもやられてっていう。
そうですね、100マイルも初めてだったので、それまでは70キロ、80キロとか関東とか羽瀬津根とかそういったといった回目はほとんどですね。
それを超えて160、今回もっと飛び越したけれども最長距離っていうところに来ました。
そこが面白いところですよね。
普段はレースの距離に縛られて自分の限界を推測するって感じですけど、
バックヤードやってみると本当に細かく6.7キロ単位で自分の行ける距離ってここなんだっていうのが見えてくるっていうのが。
初バックヤードに向けてはどんな準備とか練習されてましたか?
走り込みっていうところで、夏のところでは600キロとかそういう700キロくらい走るっていうところがあったんですけども、
9月は関東が雨で走れなかったというところがありまして、そこだと200キロとか300キロくらいになってしまって、
本当に間に合うかなとかちょっと不安はあったんですけれども、
初めてのバックヤード、その160キロ、100マイルっていうのを自分の中では目標にまず一つ、
1日頑張ろうっていう中で、いろんなネットで記事とか書くのを見て、
これを持って行ったほうがいいとか、あれを持って行ったほうがちょっと北海道寒いかなとか、
そういうところで防寒のところとか、
参考にしていろいろ持って行きました。
実際に迎えた当日、レースの雰囲気とか他の選手とのやり取りとかどうでしたか?
そうですね、やはり北海道の皆さん盛り上がっているところを見ながら、
私は一人でいたんですけど、隣にテントのところでいたところの人と話をしたり、
結構皆さん和やかに迎えてくださって、
一番初めに田中さんとお会いして迎えに来てくださって、
そこからずっと緊張をしてたんですけれども、
ちょっと和やかなので、そこが緊張が解けて走り出すことができたなっていうところでした。
実際、もともとは24ラップ100マイルをって言ってた中で、
それを通過点としてその先にどんどん進まれていったと思うんですけど、
体とか心の状態はどんな感じだったんですか?
そうですね、24周、24ラップ、意外といけたなって皆さんもおっしゃってたんですけども、
自分もいけたっていうところで、ここでやめようかなっていうところを思ってたんですけども、
結構皆さんやめなくて、どこまで行くんだろう、
私も飛行機まだ次の日に乗ったので、全然まだ入ることもできないですし、
自分の限界試してみたいなっていうところで、
その24からまた次のステップっていうところで進めることができました。
夕方ぐらいですかね、少し暗くなり始めてから、
ラッセル隊の応援隊の方なんですけど、すいません、ちょっと名前があまり分からなかったんですけども、
結構その時からも一番でゴールをするようになってきて、
皆さんが温かく迎えてくれるっていうかですね、
逆にサポートをしてもらえるようになって、
スープとか食べ物、ラーメンとか用意していただいて、
おつまみもしていただいたり、
皆さんで自分たちのサポートもする選手もいて、
私もサポートしていただいたりとか、
嬉しくて、どんどん辞めることができなくなってきて、
どんどん頑張ろうっていうのが30週ぐらいからですかね、
そのくらい思いました。
ちなみにペースは毎回どれぐらいのラップで帰ってこられてたんですか?
ペースは10分ぐらい休もうという考えを持っていたので、
だいたい48分前後だと思うんですけれども、
そのぐらいで戻ってくるように調整しました。
土崎さんはどれぐらいのタイムで戻ってこられてました?
自分はだいたい52とかですね。
ゆっくり走る週と少しペースを上げる週っていうふうに、
緩急つけて走ってた感じです。
北さんはどうでした?
私は52分ぐらい前後で、
私はほぼ一定な感じで帰ってきていただかなかったです。
だんだん人数が少なくなっている中で、
ペースが合わないと、
1人1人走っている感じもあったりもするのかなと思うんですけど、
千葉さんから見て、土崎さんとか北選手のことは、
どんなふうに見ていましたか?
元気そうだなとか。
今回のコースだと、
ライトがしっかり対岸見えるところの川の通りだったので、
2人少し近い状態で走っているっていうのを、
少し先から見てきたんですけれども、
先ほど土崎さんもおっしゃっていたように、
すれ違うところでも、
声をかけた時も2人とも元気で、
まだまだ続くような印象を受けました。
実際そうやってやっている中で、
ラップが進んでいって、
最後、
土崎さんがラストサムライになったと思うんですけど、
千葉さんはどんなふうに、
終わりを迎えた感じですかね?
私はですね、
最初のロードのところ、
最初のロードで、
900メートルくらいあるんですけども、
そこを淡々と走っていたつもりでいたんですけども、
そこでいつもと流れが違って、
土崎さんが前に出てきたんですね。
何回かそのパターンがあったんですけども、
次の坂というか丘というか、
橋のところが少し盛り上がっているんですけど、
5メートルとか10メートルないと思うんですけども、
そこで追いつくだろうと思って行っているんですけども、
自分もそこまで頑張って行ったんですけど、
今度はいなくて、
どんどん光が離れていくのが見えて、
焦ったというかですね、
頑張らなきゃというところで力を入れた時に、
足に力が入らなくなって逆に、
止まってもまだ行けるだろうと、
少し休んでも行けるだろうと思ったんですけど、
どんどん離れていく光とかを見て、
なんか走り出せなくなったり、
この足がつってしまったっていうんですが、
限界を向けたところはあるんですけども、
急に力が入らなくなってしまった。
そこで、
ちょっと終わりを迎えてしまったという感じが。
なるほど。
ご自身的にその時を分析すると、
何が原因だったんですかね。
単純な筋疲労なのか、
もしくはエネルギーが足りてなかったとか、
あとはメンタルが折れたのかとか、
どうですか。
そうですね。
足も痛かったっていうのは、
足だけじゃないですね。
伝心あったんですけども、
本当にそのところで、
精神的にっていうのもあるかもしれないですけども、
ちょっと深夜の1時くらいだったと思うんですけども、
そのところで、
本当はもう次の日でも頑張ろうと思っていたんですけども、
全然頭と体が動く、
バラバラだったっていうところがありました。
これが難しいなっていうところが。
そうですね。
バックヤード界のポッドキャストで言うと、
昼夜逆転ラジオってご存知ですか。
昼夜逆転ラジオっていう、
そういうポッドキャストもあるんですけど、
その中で、
ぜひ見てみていただきたいなと思うんですけど、
その中でよく出てくるのが、
心と体が離れていたら、
やっぱりうまくいかないみたいなことが、
話として出てくるんですけど、
なかなかバックヤードの中で、
心と体を一致させるというか、
そこをバラバラにしないようにするっていうのが、
本当に難しいし奥が深いなっていうところですけど、
初めてのバックヤードを終えてみて、
バックヤードに対してはどんな感想とか、
印象を持ってますか。
もう走り終えて、
もうすぐなんですけども、
またやりたいっていう。
ムランとかだとやりたくないとか思ったりすることもあると思うんですけども、
本当にまたやりたいってすぐ、
走り終わった後に思いました。
すごく面白くて、
こんなに支えていただいたっていうことも嬉しくて、
一緒に長く時間を共有できる、
楽しいことを共有できるっていうのが、
嬉しかったなって思いましたね。
すごいですね。
北さんも千葉さんも初バックヤードで、
終わってすぐにでもやりたいと思ったっていうのが、
やっぱりRDのエンターテイナーの、
そういう部分もあるんじゃないですかね。
北海道のバックヤードってなかなか、
私も足を踏み入れたことないですし、
そこを中川さんがわざわざ行ったっていう、
千葉さんもわざわざ千葉から行ったっていうところですけど、
北海道大会の魅力みたいなところを、
ぜひ土崎さんから一言いただけたらなと思うんですけど、
どうですか。
北海道大会、2022年に参加させていただいて、今回4年ぶりの参加ということになりましたけども、
第一回目もすごく良かったですけど、今回も会場の雰囲気からコース状況、
僕はすごい累積標高が厳しい年って出てないんですけども、
今回も前回と2022年同様に僕としてはすごく良いコースでしたし、
先ほどお話いただいたようにサーフェイスのところをご配慮いただいて、
とてもすごくラックスで出るコースだなとは感じまして、
今回は築崎さんがラストサムライになりましたけども、
他の方々は若干初めての方が多かったので、
やはり若干バックヤードスタイルに適応できなかったというのが
一番の築崎さんの勝利の要因だったのかなというのが、
途中まで見た僕の感想と、あとはその後数字だけ見た結果分析といったところですけども、
僕なんか初めての国会のバックヤードなんか27ラップ終了してますので、
北さんも千葉さんもそれよりも上のラップ稼いでおりますので、
すごく伸びしろあると思います。
なので、一発アプローチリストでたくさん取ってもいいですし、
もしかしたらまた木島平でシルバーチケットレース行われると思いますので、
ぜひそこでサテライトを目指して頑張っていただきたいなと強く思います。
特に千葉さんも僕と一つ違いなので、すごく頑張っていただきたいというところもありますけど、
やっぱり若いバックヤーダーを育てたいというところがすごくありますので、
北さんもぜひここから20年間ぐらいはサテライトを目指していただきたいと思います。
長い道取りが…
60代までいけるんで、次回出た石戸さんも田中さんも出ていただくので、
60代バックヤーダーになっていただく予定ですので、
ぜひ北さんも目指してください。たくさん出るので。
千葉さん千葉なんですよね。
そうです。千葉です。
僕千葉県の方に今、前まで北海道住んでましたけど千葉県の方に戻ってきまして、
なので千葉県で練習会がたまになりますので、
松戸の方とかでやりますので、ぜひご参加いただければと思います。
はい、よろしくお願いします。
どんどん繋がっていく感じです。
ちなみに今回来てないんですけど、4番目になった大島さん、軍の方がエントリーなんですけど、
大島さんも初バックヤーダーで、この大会を経て茨城県大会に参加しました。
すごいな、皆さん。
ずっと悩んでたんですけど、
大島さんも参加で。
来ちゃいましたよ。
代表のウォーキングバックヤーダーです。
こんばんは。
こんばんは。
ちょっと気づくのが遅かったよ。
もうだって8時からやってるんでしょ?千葉の。
そうです。やってます。
ここに壊れんぞ、みたいなね。
ちょっとバチやりたい。
締めに入っとったのに。
ぜひ一言ください。
二言でも三言でも。
土崎さん。
入賞おめでとうございます。
ありがとうございます。
おかげで。
おかげ?
中川さんの走りを、走りじゃない、歩きを見て。
今回は走らなかったですからね。
歩きでも行けなくなったら、
潔く散ったっていうパターンでね。
嫁さんにはね、走ったらまた行けたよって言ったら、
アホかって言われましたけどね。
行けるかいって言われましたけどね。
フィッシーとかね、スタイルの問題もあるんで。
今後もね、どうするか。
いつも毎度毎度悩むんですけどね。
とにかくありがとうございます。
それと一緒に走って参加していただいた方も楽しかったです。
ありがとうございました。
ただひろさんも全国のバックヤードを飛び回る
ウルトラウォーカーになってきたのかと思うんですけど、
北海道大会はどうでした?雰囲気。
北海道はね、雰囲気良かったですよ。
ちょっとワイワイ感っていうのかな。
みんなバーベキューみたいなの遊んでましたよね。
バーベキューで3分2分くらいの帰りだったんでね。
あんまりよくわかんないんですけど、
きっとこのセットだけ飲んで遊んでるなみたいなのがね、
その雰囲気が滲んでたんで、
きっとサポートの人たちも楽しかった、
いい大会だったんじゃないかなって。
羨ましいなっていうかね。
思いますね。
やっぱりどこからともなく火を焚いて、
どこからともなく肉を焼いて、
どこからともなく、
どんどんどんどん出てくるんですよね。
そうですよね。
夜になると寒いんですけど、
人も温かいですし、焚き火も温かいですし、
地方条件、つらいにもかかわらず、
昼の後はちょっとつらかったかもしれないですけど、
あんまりつらさを感じさせないっていう、
不思議な感じはありますよね。
夜間のノームがすごかったですけどね。
あー。
周りの人が見えない。
つけててもつけてなくても、
ようわからんっていう感じでしたもんね。
次回会場になるってなったら、
ノーム対策はちょっとやりたいなと。
そうですね。
自分も大島さんも、
途中のコースで滑落しそうになってますからね。
確かに。
半年近くぐらい、
もう見えなかったですもんね。
一番濃い時間って。
深夜ですよね。
深夜帯ですよね。
深夜帯ですね。
対策をいってもできるので、
本当に遠感覚に、
全滅遠くぐらいしかないんじゃないですかね。
うーん。
そうですね。
偶然のね、
前の人もね、
ブロッケン現象みたいなのが出ましたからね。
ライトで、
ここにだけ人いるみたいな。
確かに。
見えない。
今後もあそこをベースにして、
コースづくりっていうのを考えられてるんですかね。
そこが、
自治体もすごく協力的なので、
いい動きができるんですよ。
そこか、
他にももっといい条件で、
いいコースができるような場所が、
ずっと今探してはいるんですけど、
そこも考えつつですね。
あそこは一応、
やった結果、
コース的にはすごくいいコースできたので、
あそこは一応第一報道としては引き続き検討していこうかなと。
そうですね。
僕も17ラップで、
筋肉が張りが全般的に出てきたので、
翌日のことを考えて途中でやめたんですけど、
今まで、
もちろん24ラップ以内で絶対やめるって考えていたから、
ちょっと早く感じたのかもしれないですけど、
でも17ラップまですごく楽に、
時間の経過も早く感じて、
気持ちよく走ることができたので、
ダメージも全然残らなかったんですよね。
その張りも、
その後の紙にとってはすぐ落ちて、
なぜならこの後、
並走やNGですけど、
一緒に走ったのかって思ったくらい、
結構本当に、
ダメージ少なくできたコースだった。
ジャリの感じも、いろんなジャリがあるじゃないですか。
そうですね。
だから今回のジャリの感じは、
割と走りやすいジャリ。
走りやすいジャリですね。
ただ、ウォーカーにとっては、
ちょっと歩きづらいジャリだったっていうのは。
後から聞きましたね。
あれね、ジャリの細かいのが、
足のシューズにどんどん入ってきて、
濡れると舞い上がって、
夜中の期間とかで毎回靴脱いで、
小石取ってみたいな。
繰り返し。
全然ウォーカーのこと勉強不足で、
完全にウォーカー対策ができてきた。
そうですね。
まあ、僕とぐっとなんでね。
別にいいですよ。
自分に考えてもらって。
中川さんは、30ラップを超えたら、
走るかもしれないっていう都市伝説があったので、
走る中川さんも見てみたかったんですよね。
スタイルを貫いて死んだっていう、
サムライスピリットというか。
そうそう。
スタイルのためにやめたっていうのは、
かっこいいなと思いましたね。
地理はかっこいいなっていう。
大体24ラップをくぎると、
強歩のルール的には、
もうほぼ走ってるんですよ。
24ラップをくぎると、
運転力がね。
道たると、中川さんみたいに、
ウォーカーっていう人もいるじゃないですか。
バックヤードウルトラ、
ウォーキングタイプだけど、
歩きが限定バックヤード。
確かに確かに。
いいっすね。
それぐらいウォーカーっていう存在に、
衝撃を受けました。
長引かないっていうメリットはありますね。
運営側として。
割と大気汚染になる可能性が高いっていう。
審判を導入するのが大変ですね。
確かに。
歩くのスキルを磨くって、
バックヤード的にも大事なことですよね。
大事ですね。
そういったところでも、
競技力の向上っていうところでも、
すごくいいんじゃないかなっていう。
ウルトラウォーク練習会を、
バックヤード決して。
ハセツネみたいな、
中田みたいな。
ハセツネカップ、中田カップ。
中田カップみたいな。
バックヤードウルトララストサムライウォーキング。
確かに。
ぜひ、かけてください。
ありがとうございます。確かに。
あとはね、本当なんか、
バックヤードってポケモン図鑑みたいに、
いろんなキャラクターの人たちが出てくるので、
ただひろさんはその中でも、
レア度の高いポケモンだなって。
レアじゃないって。
レアじゃないんですね。
使いどころのすごい難しい、
なんだろうね、汎用ポケモン。
ただ、ただ、
俳優にはなぜか超強いよみたいな。
そういうタイプ。
特殊なタイプですね。
確かに。
確かに、確かに。
はい、ありがとうございます。
ありがとうございます。
ちょっとイメージしてて、
そうなってくれればいいなと思ったんですけど、
北海道大会の同窓会のような感じになりまして、
ありがとうございます。
ありがとうございます。
本当に走るはつなぐと言ってますが、
一度大会で走ったというご縁が、
今後また違う形でつながっていったりもするかなと、
思いますし、
私はほとんど、
ここの皆さんとは、
まだ画面越しにしかお会いしてないんですけど、
ほとんどってことでもないですかね、
1分ぐらいですかね、
土崎さんと北さんと千葉さんですね。
またきっと直接お会いする機会がやってくると思うので、
またお会いできるのを楽しみにしています。
はい、ということで、
今日は長時間お付き合いいただいて、
本当にありがとうございました。
ありがとうございました。
これからも共に走り続けましょう。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
はい、ということで、
今、あれを切りました。
録音を切りましたので、
皆さん本当にありがとうございました。
はい、ありがとうございました。
また、
2週間後ですよね。
そうですね。
また楽しみにしています。
東京行った時に。
はい、出張があるんで。
いいですね。
千葉さんも。
そうですね。
田中さんも東京出張たまにいらっしゃいますよね。
俺、29から東京ですよ。
本当ですか?
11月3日まで。
Vibramのトレーナーイベントがあるんですよ。
はい。
トレーナー講師で行くことになって。
なるほど。
千葉さんと道太郎君、
10月31日ってどんな予定ですか?
10月31日がですね、
金曜。
あ、土曜日。
僕も金曜の夜から土曜の朝まで。
あ、日曜日か。
10月31日日曜日?
土曜日。
土曜日が違う?
土曜日ですよね、31日。
はい、土曜日です。
なので、
11月3日までいるので、
もしタイミングがあれば、
ランナリ行きましょう。
はい、ありがとうございます。
本当に長々とありがとうございました。
明日もよろしくお願いします。
道太郎さん、
神奈川マックヤードを
申し込みますので。
今日は申し込みました。
ありがとうございます。
すごい、自分の心も熱くなったので。
千葉さん、ぶちかましてやってください。
36以上も必ず行きます。
道太郎くんがびっくりするくらい
やっちゃってください。
お待ちしております。
よろしくお願いします。
ありがとうございました。
ありがとうございました。