2025-08-20 52:58

#11-2 情報学の全体像と理学療法との組み合わせで出来ること

堀 寛史

https://x.com/hiromumi

田代雄斗

https://x.com/yuto_therapist

サマリー

このエピソードでは、情報学と理学療法の融合について議論されており、デジタルトランスフォーメーション(DX)の重要性が強調されています。特に、デジタル技術が理学療法に与える影響や、患者データのデジタル化による新たな可能性が探求されています。情報学と理学療法の結びつきが探られる中で、教育の質向上や管理の効率化が重視されています。理学療法の価値を高めるためには、データの扱いや評価方法の革新が求められ、デジタル化によって新たな可能性が見出される必要があります。情報学と理学療法の組み合わせについては、専門家としての役割や多様性が重要であることが議論されます。また、新しい評価基準の必要性やAIとの共存についても触れられ、多様な視点からのアプローチが求められる時代が描かれています。本エピソードでは、情報学と理学療法の統合について議論され、特にSNSデータ分析を通じた広報の重要性が強調されています。さらに、理学療法士がより良い管理者や教育者になるために必要な情報学のスキルについても語られています。

情報学の重要性
こんにちは、田代です。
こんにちは、堀です。
Advanced Therapist〜エピソード11本目の後半部分ということで、前回はですね、学術研究領域の俯瞰的に結構いろんなもの、
量的研究、質的研究とか、定量定性とか、自然科学、人文科学とか、また哲学との違いとか、結構いろいろ話していったんですけど、
その中でも情報学みたいな話が出てきたりして、この辺は結構不倫性も関わられている部分ですし、
今後、やっぱりAIとかが進化してきて、注目もされてきて、言葉をどう扱っていくかみたいなところは可能性も感じますし、
いろいろ考えていってもいいかなと思うので、情報系の話をしていけたらなと思います。
はい。よろしくお願いいたします。情報系っていった場合に、前回、少しざっくりと、情報の学問というのは、情報によって何が表現されているのか。
これは例えば、言葉によって表現されているものもあれば、音によって表現されているものもあれば、映像によって表現されているものもあれば、さまざまなわけですね。
その表現というものを研究するということがまず一つ。その表現というものがどのような形であるのかという、その構造を明らかにしていくというような研究もあるんですよね。
この大体2本というのが大枠になるわけなんですけど、もちろん細かなのもすごくいっぱいあるし、最近、大学で情報学部を持っている大学ってすごい多くなってるんですよね。
その情報学部というので具体的にどのようなことを行われているかというのは、僕がすべて網羅して知っているわけではないですけども、やっぱり新しくできてきて、学部として新しく作ってきて、なんとなく人気があって。
なんとなくSEを、システムエンジニアを養成するようなイメージとかもあるから、なんかプログラミングするのかなとか、そういうような形で見られていることが多いかなとは思うんですけども、
概念としてはさっき言ったように表現と構造というものを見ていくということになります。
デジタルトランスフォーメーションの影響
なるほどですね。なんとなく情報というと数字と言葉かな、みたいなイメージでしたけど、さっきの映像とか画像とか、なので映像も結局画像の連続だったりとか、結構情報の定義もかなり幅広いですし、そこから導き出せるものも多いかなと思うんで、そこと理学療法でどういう情報を扱っていける可能性があるのかみたいなことはもうちょっと深掘りして考えていきたいなと思うんですね。
なので、情報というのを動画を扱っていくということももちろんありますけど、我々が今動画を扱うとしたらどちらかというとバイオメカニクスの観点で扱うことが多いんですよね。情報系の扱うのは多分そうではない。もちろんバイオメカニクス的に扱ってもいいですけども、それだけではない、その情報が何を意味するのか何を表現しているのかとかっていうのを研究していくということになってくると思います。
今、デジタル理学療法学会というのが最近立ち上がりまして、これまではデジタル理学療法研究会として動いてたんですが、デジタル理学療法学会に一般社団法人であります。そこの、僕は今回理事になったんですけど、デジタルっていうふうに広く扱った場合は、大きく言うとDXという言葉を使うわけですよね。
いわゆるデジタルトランスフォーメーション。これは、アナログのものをデジタルにしましょうということにするわけです。手書きで書いてたカルテを電子カルテにするっていうのをデジタルですし、これこそフィルム写真で撮ってたレントゲンというのをデジカメ、デジタルカメラの撮影をしてすぐにカルテに飛んでくるようにするっていうのもDXですし。
あるいは、多業種との連携、多病院との連携というのも、手紙でやってたのが、Eメールで行ったりSNSで行ったりする。これもデジタルになりますし。
あとはVRとか、そういったテレリ派とかですね。いろいろなものがデジタルとして最近動き始めてて、医療というのもだんだんデジタル化していかなきゃいけないよねということになってます。
だから細かなところで言うと、例えばマイナンバーカードが保険証になって、あれもデジタルになってるわけですよね。
それで、これまではアナログでやってた処理として、お薬手帳というのが患者さんに任せてシール渡して貼っといてくれって言ってたのが、マイナンバーカードを使うことによって、
どっかのサーバーにその人が使ってる薬とかが挙げられるようになって、実際どういった処方がされてるかとかっていうのが蓄積されていくようになった。これもデジタルになるわけ。
だから我々の世界はだんだんデジタル化していくっていう中に、
理学療法というのが、じゃあどこまで理学療法はデジタルと接点を持ってるかって言われたときに、
電子カルテとかってこれ別に理学療法じゃなくてもいいわけですよね。
理学療法ってどんなデジタルがあるのかっていうことを考えると、わりとこれまで少ないなっていうので学会ができたんですよ。
橋野さんが思う、理学療法のデジタル化って何かあったりしますか。
理学療法のデジタル化の未来
そうですね。動作分析的に、人が視覚情報で見てきた患者さんの動きとかを動画で撮影して、
精度を見ていくみたいなのもある気がしますし、その筋力とか可動域とかっていうのを測っていくっていうのもあるかなと思いますし、
難しそうなのは触診的な内容、触っている感覚とか、
例えばマッサージ的なことをしたとしても、このぐらい触ったら痛いかみたいな、
圧力計とか圧力センサーみたいなこととか筋効動とかでも見るようなことあるかもしれないですけど、
人が得てきた情報でうまくデジタル化していくみたいなイメージはありますかね。
そうですね。実際に計測というところはできるだけデジタル化したほうがいいだろうと。
前回の話で、すごく理学療法というのは、乱雑といえば乱雑、目視といえば目視というような非常に古くから扱われてきた測定方法というのを
ずっと使ってきたと。だからまずは、検査、評価というものがいかにデジタル化するかということが重要なわけです。
デジタル化された評価というのは、データベースとして心臓がうまくいってますよ、それでガイドラインまで作りましたよということになると思いますけど、
デジタルデータがたくさん集まれば、運動器だとか神経だとかっていうのも、漏れなくそういったガイドラインとかが作れるはずなんですね。
つまりデータベースが作れれば。そのデータベースを作るためには、どうしても数的化、そしてその数字というものの再現性を上げなければいけない。
これが一つはデジタルが考える、いわゆるDX、理学療法の中における、まずスタートにおけるDXだと思います。
なるほどですね。さっき自分が挙げたのも、どちらかというと評価に関するところが多かったかなと思うんですけど、もちろん介入というか関わり方のところもデジタル化していくところも、テレリ派みたいなのもありましたけど、そこもいろいろ考えていくようあるということですよね。
そうですね。まずテレリ派が一番わかりやすいと思いますけど、遠隔で目の前にテレビだとかパソコンとかを置いて、そういうことをZoomをつないで、
実際に運動指導する。あとは患者さんにデバイスを渡しておいて、わかりやすいのは体温計ですね。体温計を入れてもらったらそれがWi-Fi経由でこちら側に飛んできて記録されるとか。そういったテレリ派というものは、だんだん実用のほうに進んでいってますし、海外は理学療法士の数がすごい少ないので、
なのでテレリ派というものを中心的に進めましょうと。要は理学療法士が一つの拠点にいて、理学療法士がいない地域にそういったデバイスを持っていってテレリ派をやりましょうというようなことを、前回バリに学会に行ったときに、どこだったかな、北欧のどこかの国とインドネシアの政府が組んでそれをやっていました。
特にインドネシアって島が多いから、専門職の移動がすごい大変なんですよね。なので、例えば日本でもそうだと思いますけども、東京とどこかのゴトーレットの人たちっていうのは、同じだけの社会保障費を払っているにもかかわらず、医療の質は東京のほうがいいわけですよ。これ本来はよくないわけですね。
そういうのをどうにか質を向上させようと思うとすれば、非常に優秀な医療者がそういったデジタルを通してやれるという形が望ましいと。日本もおそらくそういうふうに今後はなってくる可能性というのは高くて、ただまだ診療報酬がついていないので、実際に治療のところに関しては確実にはいけませんけれども、潤天堂大を中心にそれを今進めているところらしいです。
それも前回から通じるところだと、循環器系のところとかはまずやりやすそうだなという感じなんですかね。
そうですね。あとは訪問リハとかである程度動ける人だとか、介護保険レベルでいうと養子園とかの人たちっていうのはそういったテレリハのほうでもしかしたらいいのかもしれません。
特に今すごい外が暑いから外に出すことにリスクがあったりだとか、あるいは沖縄のある病院の人が東京のすごいスペシャリストに相談をするときに患者さんを動画で見せて、そこですぐ指示をするとかっていうこともできますね。
ドクターの場合だったらラビンチがトークでできたりするわけですよね。実際うまくいってないらしいんですけど。そういった理想的なこともできますし、あとは技師装具とかそういうものづくりをする場合だと、
3Dスキャナーでバババババって取って、それを3Dプリンターでよく使ったりだとか、実際に1回3Dスキャナーで取ったデータというのを日本の大きな会社、すごいスペシャリストの会社がそれをきれいに整形して3Dプリンターデータに作り直して、
そしてその現地にある3Dプリンターで出して、装具を作ったりだとか、あるいは切断のソケットを作ったりだとかっていうのは現実可能だそうです。
今、歯医者さんがそれが完全に現実化してしまって、これまでは欠けた歯とかは、養成モデルをガムみたいなものを入れて、それで型を取って、それで陰性モデルを作って、養成モデルの石膏で。
そしてそこに、石工技工士の人が銀歯とかを作っていってたわけですよね。これってやっぱり1週間ぐらいかかってたわけです。かつ今、金属の値段っていうのはものすごい高騰してしまって、銀歯やるとマイナスらしいんですね。
これで厚生労働省がプラスチックでOKを出したんですよ。プラスチックにやったら何ができるかというと、3Dプリンターで作れるんですよ。正確には3Dプリンターというより、3Dのペン版のほうなんですけどね。
硬いプラスチックの四角のものをガーッと削ってきれいに作って、それを歯に入れるという状況になってるんですけど。だから、歯医者さんが3Dプリンターでバッバッバッバッと取ると。そのデータポチッといったら、すぐに石膏技工士のところに飛んで、もう次の日にそれを入れれる状況にまで今なってるそうです。
なるほどですね。なんでこういうデジタルみたいなのがやっぱり得意なところと苦手なところがあると思うんで、まず得意なところからやっていきましょうっていう流れになるんでしょうね。
そうですね。そのデジタルっていった場合に、そういった華やかな世界もあれば、地道にやらなければいけないっていうところがどちらかというと情報学的系の話なんですよ。いかにデータベースを作るかっていうところになりますので。
データベースっていうのは数的なものもあればテキストによるものもありますので、我々理学療法士が理学療法士としてどれだけカルテのデータとかを解釈していくかっていうのはすごく重要なターンに僕は入ってきてると見てるんですね。
なるほど。そうですね。今後そういうのをやろうと思って、前回も少しあったかもしれないですけど、やっぱりルール作りとか構造化というかそこが大事なのかなと思うんで、過去あるものだけだとちょっとばらつきが出ちゃうかもしれないんで、今後そこは新しく考えないといけないところもあるかなと思うんですけど。
これまで蓄積されているデータの課題とか今後どうしたらいいとかその辺は何かありますかね。
僕自身今情報学を通して主に構造の方をやってるんですね。理学療法士がどういう思考であるとか、どういう傾向であるとかっていうのをある種のパターニングを明確にしたいと。それをアセスメントの文章とかから解析しようとしているんですね。
教育と管理の向上
なので、すごい地道にやらなきゃいけないようなことをやってて、いかに思考としての構造がルール作りができてくるかというところにポイントを絞ってて、それができさえすれば新しく形が作れるということです。
要は先ほどスキャニングして3Dプリンターという話をしたと思いますけれども、テキストをスキャニングして、そしてまた違うテキストとしてアウトプットできるというものをやりたいんですよ。
なるほど。
だから適当なものを投げ入れたらカルで書いてくれるとか、ある程度このデータとこのデータくださいっていうことをさえしてくれれば、プログラムを作ってくれるとか、そういったものを今やるために文章というのを一生懸命解析してます。
なるほどですね。この辺も収録以外のところで、熟達してる人とそうじゃない人の違いとかっていうのが、やっぱり単なる年数の違いだけじゃないよねっていうのもあったと思うんですけど、過去を見る中でやっぱりこの人の評価の仕方とかカルっていうのを記入みたいなところは熟達してる傾向があるなとか、この人はそうじゃないなみたいなのが分かってくると、
このアシストの仕方として、教育的にこういう評価をよりしたほうがいいんじゃないかみたいなレコメンドもできるかもしれないですし、そういう使い方もあるなとは思ったんですけど、その辺も見据えてるような感じですかね。
そうですね。主には教育という部分と管理という部分に僕らは興味を持ってやっています。
抜本的に理学療法をどう変えたいとかっていうことというよりは、片手落ちになっている教育、自分が教育者だから自分の反省を込めてなんですけども、全てをきっちりと教えれるには情報量が多すぎるから、やっぱり現場のほうに行ったとしても教育ができる、あるいは大学生、養成校にいる間でもより効率的な学習ができる、そして教育ができるということを目指したときに、
理学療法の構造というのをもう少し明確にしておく必要があると捉えてるんですよね。そこでその人たちが一定の思考を取れるようになったら、前回かな、同じ言葉を使いましょう。そうじゃないとテキストに読みませんよっていうのも、これも教育である程度達成していかなきゃいけないことだと思うんですよね。
それが今度できたときに、そういった教育がある程度できた人たちは管理者としては管理されやすいということになりますし、あとは今それができてなかったとしたら、それを一から教育して管理しやすいような状態にするというのは難しいんですよね。
だとすると、何かのデバイスを使って、ある種の翻訳機みたいなのができれば、管理者が言おうとしていること、新人が言おうとしていること、熟達者が言おうとしていること、新人が言おうとしていること、そういったものがちゃんと翻訳できて、間の部分というのがきっちりと理解できるようになるというのがすごく重要だと思うんですね。
どうしても円盤の中におけるディスコミュニケーションというのが起きてきますので、理想的なのは新人がやるプログラムも熟達者がやるプログラムも基本は同じであってほしいということです。そこにテクニカルな違いはあったとしても、基本は同じことを要法要領としてやっていただきたいということを目指しています。
理学療法の構造
なるほど。それがひいては患者さんに対する質が高まるというか、いい翻訳できる人が増えるという感じですか。
そうですね。理学療法という行為というか、治療介入を通して救われる人が増えていってほしいというのが自分自身が理学療法師であるので、そういうプライドであったりだとか誇りであったりだとかっていうのを高めるということになっていると思いますけども、理学療法って医療的ないろいろな治療方法から考えると、時間はちょっとかかるかもしれないけどコストが安いんですね。
手術だとか薬とかに比べたらすごいコスト安なんですよ。
だからこのコスト安の治療法を通してたくさんの患者さんが治っていくっていうほうが、経済的にもハッピーでしょっていうことになりますし、これは諸外国でいうと、理学療法師の数が足りないからそれができないって言われてるんですよね。
例えば近くでいうと台湾っていう国は、理学療法師がちょっと人口がどれくらいかわからないですけど、日本よりはそれはずっと少ないと思いますけど、理学療法師1,000人しかいないんですよ。
日本は1億2,000万人のところに24万人いるんですよね。
だから人口比でいうと、今、日本が一番多いと。
日本で患者さんに対して理学療法を提供することによって、患者さんの治療効果、あるいは社会復帰率だとか、延命率だとか、いろいろなものが上がっていくのであれば、これは世界にちゃんと輸出できるものになるわけですよね。
非常に安全であり低コストであるっていうことが、理学療法の絶対的な特徴になったとすれば、そこにエビデンスを持って、正しい理学療法っていうのが確立されて、それがデータベース化されるっていうことが僕の理想郷です。
そうですね。国としては、やっぱり医療費削減しないと、みたいなところもあるかなと思いますし、なのでコストも安くて、効果も高くて、みたいなことが出せれば、
一気に理学療法の価値が高まって、今、理学療法士として働いてる人は、もうちょっと報酬が高まるみたいなことになれば、それは理想かなと思いますし、大きな方向性としてはそういうふうになるといいなと思いますね。
だからそれをやるためには、もう少し理学療法の治療方法だとか、理学療法の評価方法とかっていうのを研究するよりは、理学療法そのものをやりたいです。
理学療法とは何かとか、理学療法とはどういうふうに出来上がってるのかっていう構造を情報的に読み解くことで、次のステップが見えてくるんじゃないかっていうのが今の僕の視点です。
なので本当に個別の臨床事例というよりは、本当に広く社会の中での理学療法の価値を高める構造というか、そこをより良くしていきたいなという感じですよね。
常に僕は何をするときもそうなんですけど、自分とは何かとか、理学療法とは何かとか、人とは何かみたいなことがいつもスタート地点になるので、理学療法とは何かがわからないとやっぱりやってられないっていうところなんでしょうね。
うん。原点思考ですね。
あ、もうまさにそうです。常に原点思考で生きてます。
なので、そういうのが情報学も存在とか存在論みたいなことでオントロジーで哲学と接続するところもあるから、その辺は堀先生の中では今までやってきた哲学と情報学みたいなところはちょっとつなげて考えやすいみたいなところもあるんですかね。
あ、そうですね。もともと僕自身が最初にそういう多業種との研究でいうと、最初はロボットやってたんですよ。ロボットっていうのは非常に工学的で、いわゆるアクチュエーター、モーターがどれぐらいの速度で回ったらどれぐらいの立ち上がりが作れるとか、どれぐらいの高さまでだったら人は安全かとかいろんなことやっていくんですけども、嫌いではないんですが、僕には合わないんですよ。
それで同時に、ロボットを作るときはハードウェアとソフトウェアを作らなきゃいけないということで、ハードウェア系のところに紹介させてもらったのが今一緒にやってる関西大学の先生なんですね。
そことはもう何か波長があったのか、もう8年ぐらい一緒にやらせてもらったので、だから情報学っていうものは僕の中でやっぱりテキストを扱うっていうことがすごくフィッティングが良かったんだと思います。
ものを扱うよりはやっぱり僕は文字が好きなんですよね。数字よりも文字が好きなので、好きなものを扱えるというところで情報学、特に自然言語処理というのが合ってるんだと思います。
なるほど。堀先生はそこが合ってたっていう感じですけどもちろんロボットの研究する意義もあるし、その情報っていうのもかなり幅が広いから、そこに関わる人はもっと増えていくといいよねって思いますよね。
まさに理学療法の次のステップにはそこがすごく重要だと思うんですね。それが何が重要かと言われたときに、やっぱり理学療法のある種の限界点というのが来てると。
それは限界点というのはいくつかのものがありますけど、例えばいわゆるコストを上げれない限界点ですよね。
これ以上理学療法が使ってお金を儲けるっていうことの限界点。あるいは人が今24万人というのが、これから10年後には34万人になってっていったときの人数的な一つの限界点というのも来ているわけです。
あとは研究というところで言っても、先ほど言ったように評価とか医療とかって言われるところがどうしてもデジタル化していないということによって、集めるデータというのも限界点が来ているだろうと。
情報学の重要性
その限界を突破しようと思ったときには新しい視点というのも必要だろうと。そこに例えば僕がやるような構造のこともやったほうがいいし、
もしかしたら、いわゆる表現というものをしっかりと見ていくという3次元動作解析がよりよく簡便になるとか、それはいろいろなものが新しいデジタルで取れるような評価が見つかるとか。
次のステップにおそらく理学療法がそろそろいかなきゃいけないから、開発的な部分とかデジタルを通してできる可能性というのを見ていく必要があると思うんですね。
だから、人を対象にする研究である理学療法であるが、人から少し離れましょうということです。
ものとか言葉というところに行ったほうが次のステップとしては僕は価値があるのではないかなと捉えて、ある種先行投資としてやっているという感じです。
そうですね。なんで、枝葉の部分というよりは根っこの部分で、そこに本当に新しいものが見つかれば何かイノベーションが起こりそうな気はするので、うまくそこでアイデアを見つけられると、何か自分の価値を強く発揮できる可能性はあるなと思いましたね。
多分そういうのが好きな世代というのが若い人たちで育ってきていると思う。いわゆるデジタルネイティブの人たちとかというのは。
特に今、高校生なんか情報学そのものが授業科目にあって、2024年度から共通テストに情報という科目がテストに入りましたので、国語、数学、理科、社会、英語と同じ並びになったんですよ、情報が。
だから情報というものがベーシックに学問として扱いやすい素材はできてきてるんですよね。それをやった理学療法士というのがいろいろ育っていく中で、いかに情報というものを研究として扱えるかっていったときに、今のところ情報を今度は教える理学療法士がすごい少ないんですよね。
だから早くそれを育てとかないといけないってことです。
そうですね。なんか以前の話でも、逆にそうだからこそちょっと人と関わるのは苦手みたいな若い人も多いかもしれないみたいな話はあったんですけど、まあまあそれとはいえ、そういう情報的な学びの強みみたいなことを生かせるところが、そういう情報学的な研究ではあるかもしれないんで、そっちはぜひそういうふうに進む人が増えるといいかなと思いましたね。
確かにその人の性格的な多様性とかっていうのを見たときに、理学療法士がそういう情報、まあ情報のみならずでいいと思うんですけども、リハビリテーションっていうのは基本5つあって、医療的リハビリテーションと社会的リハビリテーションと職業的リハビリテーションと教育的リハビリテーションと、あとはリハビリテーション工学っていうのがリハビリテーションの中に入ってるわけですよね。
だからリハビリテーション工学っていう部分のエンジニアリング部分を、例えばバイオメカとかっていうだけではなくて、情報工学のほうでやっていく人たちっていうのが、そろそろ増え始めてもいいかなとは思ってます。
うん、確かに。そこはぜひ増えてほしいなと思うんですけど、なんかちょっと気づきというか、課題点もやっぱりあるなと思うのは、例えば現場にあんまり関わらなくて、そういう開発とかに関わったりとか、イノベーション的に大きく構造が変わるようなことを思いついたとしても、
なんかその先の影響までイメージしきれないと、なんかこう不都合というか、また違った不平等みたいなことが起きる可能性もあるかなと思ったんで、その倫理面とかもやっぱり考える必要があるかなとはちょっと思いましたね。
情報学と理学療法の融合
今の部分でよく開発とかをする上で、ドメインは誰かというような考え方として扱われるんですけど、理学療法士が一つのドメインとなったときに、その理学療法の機器開発とか、理学療法のシステム開発とかってなるわけですね。これまでは理学療法士じゃない人が全部作ってるわけですよ。
何でも機械にしても、ものすごく言うと理科室も別に理学療法士が作ってるわけじゃないですよね。そのドメイン不在の状態でいろいろなことが起きているというのは、これはどの世界でも必ず言えると。
だけれども、そのドメインというものがまず通訳者として入れるということがすごく重要であると。僕は今、情報学と理学療法のある種の通訳者として情報学の研究者の人たちでやってるんですよね。
なので、その理学療法士を持ち、現場のことを仮にかんまり詳しく知らなかったとしても、全く知らない人よりはかなり知ってるってことです。
確かにそうですね。今までは本当に知らない人と一緒にやるしかなかったというか、開発とかお願いするしかなかったみたいな状況かもしれないんで、そう考えると全然いいなと思いましたね。
そうですね。なので、ドメインをどこに置くかっていうところだけは明確にしておけば、ただ自分は理学療法士が嫌いだから工学に行きましたとかって理学療法士の視点をすごく捨ててる人もいれば、
自分はめちゃくちゃ理学療法士が好きだけども、自分はここの情報で戦ってみたいとかっていう人たちがいると、その人のパーソナリティの問題は多少あると思うんですけど、
やっぱりこれからは、ピッチャーは確かにピッチャーしかできないかもしれないけど、センターもショートもキャッチャーもできる人を作らなきゃいけないってことです。
そうですね。なんで、結構理学療法士で臨床で働く人も、いろんな病院に転職したりしていろんな疾患を見れるようにするみたいな検査の仕方をしている人もいるかもしれないんですけど、
そういう時にいろんな疾患を覚えるとか関われるようになるだけじゃなくて、そういう情報の方にも触れてみるとか、本当に生成AIとかで学びやすくなってくると、領域の多様性みたいなこともちょっと今までとは違った広げ方ができるかもしれないんで、なんか面白い時代になってきたかなとはちょっと思います。
まさに今の解釈がすごく正しくて、そこにおそらく田代さんが前回からすごく金をされてるわけじゃないけど、入れている哲学っていうのもそこに入ってくると思うんですよね。
情報の多様性の中で哲学っていうものを専門にやってきた人、だけどそこにドメインがいなければ、理学療法をやってきた人が哲学をやって、理学療法の哲学を作っていくとか、やっぱり重なり合いっていうのがおそらくたくさん出てきて、
超絶なスペシャリストではなくて、いろいろなことができる、いわゆる器用貧乏がいい時代になってくるなと思います、これからは。
新しい評価基準の必要性
なるほど。教育者としても結構幅広く教える人がいいみたいな話もありましたし、ゲーマーの臨床してる人もそういう幅広さが今後やっぱり求められているんでしょうね。
おそらくなぜそれが言えるかというと、深々としたところは実はAIがやれるんですよ。広がりのほうが人間が強いんですよ。
なので、理学療法の専門もできるし、哲学の専門もできるし、情報学もできるしとかっていうようなことのほうが、幅広いアイディアが出せると思うんですよね。
そのアイディアを形作ったりだとか、アイディアを深掘りしていくのはAIが得意なわけですよ。AIで共存しようとしたときに、その世界のスペシャリストだけでいこうとすると、どこかでAIに負けちゃう可能性はあるかなと僕は予想してます。
確かに。早いですもんね、深掘りとか。
そうです。やつらすごい。
確かに。そうすると、アイディア出しは本当に大事だなと思うんで、むしろ他の人があまりやってなさそうなこととか、見据えてなさそうな領域をどんどん広げていくみたいなところでアイディアを作っていく人っていうのは、より価値が出せそうな気がしますね。
もう本当に、会社を作るとかっていうとまた書類がちょっと違うかもしれませんけど、少なくとも僕は研究領域にいる人間からすると、その研究という部分のアイディアっていうのは、最初にリサーチクエスチョンというのをいかに作れるかなわけですよね。
それが、どこかで埋もれているリサーチクエスチョンもあれば華やかなリサーチクエスチョンもあるんですけども、全く誰も気づかなかったリサーチクエスチョンを作るっていうのは、いろいろなことを考えてる人。
科学哲学の中で、クーンが言ってるわけですけども、新しいパラダイムを作るっていう人はどういう人かというと、その学問を徹底的に掘り下げた人だって言うんですよね。
だから、ある程度の徹底的な掘り下げっていうものの先にある新しい世界を予測して作っていかなきゃいけないわけですよ。スペシャリストになっちゃいけないっていうことを言ったかもしれませんけども、例えば理学療法というものに関していろいろな世界から掘り下げていって、そして理学療法の限界を知ったときに他の学問とかと融合していくと。そうなったときにパラダイムって変わっていくと思うんですよね。
理学療法だけを見ていくと、理学療法に対して妄信してしまうというだけになるので、そうではなくて理学療法を常に疑う立場になれっていうのが僕の基本的な考え方なんですね。
だから、哲学で理学療法とは何かというのを疑いを持ち、今は情報学で理学療法とは何かというのを疑いを持ちっていうことをやり続けてる感じです。
かといっても僕がパラダイムシフトできるということではないですよ。
もちろんしたいと思うんですけど、物事の本質を見極めようと思ったときにそれを深めるだけじゃなくて、周りをたくさん見る中でこれとは違うっていうところからやっぱり見えてくるところもあると思うんで、そういう意味でやっぱり広く学んでいくのは大事かなと思いますよね。
そうですね。人の認識っていうのはだんだん哲学的になりますが、人の認識っていうのは必ず差異から生まれてくるわけですね。違いから。
いわゆるディファレンスっていうのを感じれるかどうかっていうのがすごく重要なんですけども、外を見ないとディファレンスを感じることができないんですよね。
それが当たり前になってしまうと、それはもう差異ではなくなるから。だから必ず外、例えば橘さんが哲学を見ることによって、何かしら自分がやってきたことの差異を見て、それから問いが深まっていくっていうプロセスはまさにここ最近やられてると思うんですけども、つまりこのディファレンスをいかに感じていくかっていうのがその人自身の成長にはすごく重要だと僕は思ってます。
そうですね。理学療法についてもそうですし、自分自身とかについてもそういう考え方が、自分とは何かみたいなとかもそういう考え方が必要になってきそうですね。
情報、今回だったか前回だったか、評価の話が出てきましてね。デジタル化していくかってことで評価が。つまり新しい評価を作ったら、新しい指標を作らなきゃいけなくなってくるわけですね。それがやっぱり情報的なアプローチとしてすごく重要だと思うんですよ。
なのでその構造化していって、これがどういう意味を持つっていうふうに考えていく。つまり解釈っていう質の部分っていうのにいかなきゃいけない。それはつまり意味だっていうことです。これが統計的なカットオフっていうことでもいいかもしれませんけども、こういう数値はこういう意味があるっていうところを定義付けていかなきゃいけないっていうのが、これは情報学でもあり哲学でもあるんですけども、
これはこれであるっていうものを作っていかなきゃいけない。それはまず評価かなと思ってます。
なるほどですね。自分自身の過去のところだと、大学院の時に知り合いの先生が足の指の握力の速指波磁力みたいなところに注目して、その足の指の握力を図る機械みたいなところも作って、子どもとかいろんな対象で取ったりしてたんですけども、それは今までになかった評価の指標が一つ生まれて、また側部の機能とか関係する関係性を見ていくとか、新しい意味が見えてきた。
みたいなことは過去の経験としても思ったりするので、それとはまた違った形かもしれないですけど、いろんな数字の今まで見えなかったものを通知化するみたいなところは、情報としても意味があるのかなみたいな気がしましたね。
おそらく今の速指波磁力っていうのが、どの検査と関連していくのか、どの活動と関連していくかっていうものを情報学的に多分解析していかなきゃいけないんですよね。
それが例えば、もちろん統計という手法でももちろんいいと思いますけど、より広くなったときに、知識のネットワークを見たりだとかするんですね、情報学で。これとこれとこれっていうのは接続しているとか。
そういうのが速指波磁力と、例えば階段昇降っていうのがものすごく関連しているっていうのを、統計だけではなくて情報同士のつながりで見ていくとかっていうことも結構必要なんですよね。
なるほど。その辺はあんまり考えてなかったですね。
AIとの共存
だから情報のネットワークとして見ていくと、どちらかというと統計というのがX軸、横の広がりだけが見れるとすると、情報というので今度はY軸の深さっていうのを見ていくようなアプローチが多分できると思うんですね。そうするとまとめが作りやすいという感じです。
なるほどですね。もうちょっと広げて速指波磁力でいくと、足の形変平則とか、アーチとのつながりみたいなこととか、女性でいうと外反母親みたいなところとか、膝の痛みとかは言葉としてもつながりあるんじゃないかなみたいなアイディアは出て、研究としても行われてたことはあるかもしれないです。またそれとは違った関係性とかも見えてくるかもしれないですし。
大量のデータ投げ込めるので。
その辺が確かに言葉を使ってまた新しく見えてくるところかなと思ったんで、新しい切り口での情報も取りつつ、そういう言葉の情報が投げ込まれて新しい関連性が見えていくといいかなと思ったんで。
またさっきだと一つの評価軸って感じですけど、動画とか動作分析みたいなところでも、今まで取れなかった動きとかそういうのを見ていくみたいな流れも考えられたりするんですかね。
動作分析はどうなるんでしょうね。実際にその動作分析に何か意味を付け加えて、その意味を引っ張り出すとかっていうことはもしかしたらできるかもしれませんけど、今僕らが情報学のところでやっているとすると、バイオメカニクスをどうにか。
特にモーションセンサーを使ってるんですけど、モーションセンサーっていうのを使って、先ほどのX軸とY軸の話ですけど、モーションセンサーが出すデータっていうのがいかにICFにつながっていくかとかをやっていくんですね。
だからかなり話が、普通の今までの理学療法からすると飛んでいくようなところまでネットワークを広げていくんですね。だから横と縦の幅がすごく広がりやすくなる可能性はあるかなと思ってます。
おだしょー なるほど。ICFとかとつなげるとまたリアルな歩いてる姿とかじゃなくて、GPSの移動のデータとか、そういうところで活動量を新しい切り口で見ていくみたいな、そんなんもありそうだなみたいなちょっと思いましたね。
おだしょー そうですね。あとはもうちょっと情報学的になると、その人が持ってる意図とか、その人の動機だとか、そういったものもおそらく入れ込んでいけるんですよね。それこそテキストっていうのを解析していって、テキストっていうものが何を示してるかっていうテキストにおける意味を読んでいくので、あとはその意味を読むだけではなくて、テキストの数も読めますし、あとはテキスト同士のつながりも読んでいくということになりますので。
だからちょっと意味が違うかもしれませんけど、今だから広告業界なんかっていうのは、かなりやっぱりテキストっていうのを大切にしてるんですよね。で、言葉をどんどん作っていってイメージさせるようにするわけですね。例えば食べ物のおいしさを伝えるときに、このカリフワ食感とかって言ったりするわけですよね。
それまでなかった言葉でカリッとしてフワって逆なんだけども、すごくイメージさせやすいと。こういうのも多分色々解析して作っていくんですよね。
SNSデータの活用
なるほど。今の例えば高齢者とかよりも、今の若い人の方がSNSで発信してるとか、もうその人が発信してる言葉みたいのがどんどん増えていったりしてるのもあると思うんで。年代によってその言葉を扱う分析とかのやっぱしやすさとか違ってきたりするんでしょう。
そうですね。なので業界とかはそういうのを計算していってるはずです。どういった言葉が流れやすい。特に歌を作ったりだとかは、おそらくそういうのがかなり芸能系は計算されてるはずです。人気が出る言葉とか。
理学療法士として、例えば運動器の疾患の予防させたいみたいな思ったときには、こういう運動してもらうといいんじゃないかっていうアイディアがあったとしたら、広く公衆衛生的にそれを広めようと思ったらSNSのデータ分析しながら、こういう人にはこういう言葉を使って広げるとか、そういうふうにしていくと行動する。
行動変容が起こりやすいとか、そういうのを考えていくこともできるんですかね。
すごくいいアイディアだと思います。声のかけ方で行動変容が起きるのであれば、この行動を促す言葉とかっていうのはおそらくエビデンスを持って作れるはずなんですよ。
あとは言うべきではない言葉とか、この疾患にはこの言葉を使うとうまく動くとか、そういうのは多分、情報学的にはいけると思います。それすごい面白いアイデアだと思います。
年代とかだけじゃなくて、何かが好きな人はこういう言葉のほうが動くとか、その辺がよりやりやすくなる感じですかね。
それを例えばSNSで取ってきたりだとか、これまでのカルテデータから取ってきたりだとか、そういうことが多分できるんですよね。
なるほど。
テキストっていうものを広く解析できるっていうのが情報学の強みだと思います。
なるほど。ちょっとイメージ湧いてきましたね。
例えば堀先生が運動不足で迷っててって言ったら、ここで地川のイベントあるよって言ったら行っちゃうとか。
そうですね。そういうAmazonとかSNSの広告の流し方とか多分そういうもんだと思います。
そういうその人のクリックの回数だとか、検索をする文字の入れ方とかっていうのを解析して、それで消費行動を変えるためのデータを送ったりとかしているので、そういうところに多分情報学ってかなり使われてるんですよ。
なるほどですね。なんで患者さんに対しては予防したいのか改善したいのかに合わせて、その評価の切り口に合わせて情報を提供していくっていうのもあるし、どうでしょう。
理学療法士自体でもなんかいろんな考え方とか価値観の人いるかもしれない。より勉強してもらうためにはみたいな切り口でどういう情報を提供していくみたいなことも、そういう情報学的な考え方でやっていけたりはするんですかね。
今僕らが主にやってるのは、先ほども言ったように教育と管理なので、教育者管理者になるために情報学という知識だとかスキルを使っていくと、病院の中で管理者になったり病院の中で教育担当になったりすることにステップアップしていくっていうのはすごくありそうなんですよね。
実際に一緒に前やってて、関西大学で修士とった子たちっていうのは、基本的に教育者管理者として非常に優秀になってるんですよね。それはなぜかって言ったら、その管理の考え方っていうのを情報として見るからなんですよね。感覚としてとか情動として見るんじゃなくて、インフォメーションとして見ていくので、どういった整理をすることによってその子たちを成長させれるかとか。
これは患者さんに対してもそうだと思うんですけど、そういう思考になってるみたいですね。
なるほど。そういうシステム的に情報が扱えて、理学療法士全体の底上げというか質を高めることもできれば、特定の組織の中でよりいい管理ができるようになるかとか、そこが結構情報学の知見が生きるところが結構いろいろある感じなんですね。
個人の職人的な能力と情報学みたいなところは、職人的な熟達者のところは入れつつ、それを広く浸透するためには結構情報学は生きるみたいな感じなんですかね。
情報学で今仲良くしてる人は、鉄鋼所といったらあれだな、製鉄所の熟達職人がなぜ熟達と言えるのかとか、そういうのを情報学的に研究してますよ。
会社に入ってそういうの分析してますから。手法によってはいろいろできるんだと思います。
なるほど。逆に個人がやっぱり熟達していこうっていうモチベーションを持つことも、もちろん意義はあると思うんで、そういう人も必要は必要ですよね。
そうですね。結局物事を見えている世界というのを感覚的なものとして捉えるのではなくて、テキストにして置き換えると、それはコンピューターとか、あるいは他の人とのコミュニケーションツールになるわけですよね。
コンピューターとのコミュニケーションツールができるとデータベース化できるわけですよね。データベース化できると解析ができるということになると思う。
だから情報、我々は普段生きているときに、様々な情報を受け取っているわけですけど、それを言語のところまで持ち込んでないことが多いわけですよね。
言語まで持ち込めば色々扱える。そしてそれは情報学ということで言わなくても、テキストにしてしまうと様々な解析ができるということが、おそらく人類の最大の特徴だと思うんですよ。
なるほど。ここまで考えてきた中で、理学療法士とか人間が言語化できないところというか、最後はここはAIでもできないよねみたいなところはどこにありそうかって考えたりされますかね。
まあ一つはやっぱり自分の感情でしょうね。感情というか情動部分だと思います。要はナラティブだとかと言われる、その人が持っている歴史観とか。
歴史観ってのは別に戦争の歴史観とかじゃなくて、その人個人が持っている積み重なった、その人自身も気づいていない価値観ってすごくあるんですよ。
その積み重なったものの結果、情動的にこれが嫌とかこれが好きとかっていうふうに出てきているものっていうのは、人がわかってないものは解析できないだろうと思ってるんですよね。
そうですね。そうなると、第6感的に患者さんが感じてる本能的な部分とか意識的な部分も察知できてみたいな人が熟達者みたいなイメージにもなるんですかね。
そういうふうになると思いますし、もしかしたらこういう言葉を使う人たちっていうのはこういう傾向にあるとかっていうので、パターニングはある程度できるかもしれませんけれども、やはりその人自身というものをしっかりと追いかけようと思うと、なんとなくやっぱり表情を読んだり行動を読んだり言葉を読んだり、いわゆる統合値で人間って見てると思うんですよね。
個人としての成長
それはやっぱり情報としてには情報が多すぎるから。多すぎる情報はやっぱり苦手だと思います、機械とか。だから人間というのはその多すぎる情報を自分ごととして統合していくから、やっぱり経験値が多い人っていうのは、相手のことも自分ごととしての統合ができるっていうのがすごく優秀な人の特徴なんですよね。
それは共感という言葉なのかもしれませんし、理解ということなのかもしれませんけど、要は70歳の人に相談するのか10歳の人に相談するかっていったときに、70歳の人のほうがおそらくいろいろ知ってるだろうと思うのは、その人自身の経験を我々は見てるわけですよね。
それは何かしらの統合値を持っている可能性が高いということを捉えてるんですけど、ただこれが26歳の人に相談するのか25歳の人に相談するのかってなったときは多分多くの人がどちらでもいいって答えると思うんですよ。
なるほどですね。
例えば若い人でも、自分の場合だとボート競技とかスポーツに関わってきたのもあって結構ニッチな、日本ではニッチなスポーツですし、そういう結構特徴な人だけに積み重なって関わってた人は特にそういう人の気持ちは理解しやすいみたいなこともあるかもしれないんで、
若くてもやっぱりこの人がいいよねみたいなふうに思われようと思ったら、やっぱりどっかずば抜けたそういう経験というか、ニッチなところでもよく考えてるとか掛かってるみたいな人がいると、それは若くてもこの人がいいよねってなりそうな気もしました。
そうですね。経験っていうのは重要だと思います。いわゆる70歳のサッカーをしていない人よりも15歳の世界的サッカープレイヤーのことだったらサッカーのことは15歳の方に聞きたいですよね。
うーん、なるほど。そうですね。なので個人としては、そうですね。幅広く学ぶのも大事だし、なんかそういう職人的な、やっぱりこれならこの人って思われるような人になりたいんだったら、こう、どっか絞っていかかってことも必要かもしれないですし、まあそこは個人の興味とか特性に合わせてやれるといいかなと思いましたね。
そうですね。なので先ほどポパーの話をしましたけど、ある種の自分が今携わっている人のところの、広く言えばパラダイムって言われる文化であったり社会であったり、人々の感情だったりとかっていうのをできるだけ読み解いていくと。
そしてそれを高めて、あるいはそれを読み込んでいくと、どっかで何か限界が来たりとかして、パラダイムを変えなきゃいけないっていうような発想になると思うんですよね。なので自分が今いる、自分を中心とした周辺座標っていうものをちゃんと理解しておくってことはすごく重要だと思います。
だからその価値の軸っていうのを、これまで何かどっかで話したかもしれませんけど、僕は常にそれを重要視して、自分が今どこで何をしているのかっていう、ある種の空間と生活と歴史の中でのマッピングをしようとしてます。
そうですね。自分も結構そういう考え方を今したいなと思っている時期ではありますし、改めて自分をちょっと俯瞰的に見て、なんでそうですね、ちょっと今後のことを考えている人はちょっと今回の話も参考にしつつ、情報学みたいなところはまだちょっと切り開いていける分野かなとは思うんで、ぜひ興味持ってもらって踏み込んでもらえるといいかなと思いますし、そういう時は堀先生相談したらいいですかね。
はい。今日の話を通して、余計僕が何をしてるかわからなくなってますよね。
この人何してる人なんだろうっていうところが、今自分で喋ってて、自分がわからなく座標を明確にするとか言っておきながら、自分何やってるんだろうとふと今思っちゃいました。
無意識的な部分があるかもしれない。
そうですね。無意識の部分がいきなり使われました。
またそうですね、いろいろ話していくうちに、また堀先生が何でこういうことをしているのかとか、今回の部分は見えてくる部分があるかもしれないですし、言語化して喋ることで見えてくることはあるかもしれないんで、引き続きいろいろ喋っていけたらいいですかね。
はい、ぜひぜひ。また皆さんの興味がいろいろあれば、リクエストをいただければどんどんいろいろなこと喋りますので、よろしくお願いいたします。
はい、じゃあ今回はこの辺にしとこうと思います。ありがとうございます。
ありがとうございます。
52:58

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