こんにちは、田代です。こんにちは、堀です。
Advanced Therapistの明けましておめでとうございますという感じで、年初始ましておめでとうございます。
配信をしていこうかなと思います。
前回は、おみそかに配信したやつは、2025年振り返ってみたいなとこで、個人的なこんなのあったよねとか話して、
どっちかというとそれよりも、性性愛の話とか国際情勢の話も多かったんですけど、
改めて2026年、今年一年どうしていこうかなとか、今後に向けての話をしていけたらなと思います。
よろしくお願いいたします。
大体ね、一年の最初の時ってのは、今年どうしようってほとんどの人が考えていくであろうと思いますし、
そしてよく言われるのが、大体今年一年勉強するぞ、あるいはダイエットするぞ、運動するぞって言って、
三日坊主というのを感じる時期ではないかなと思っているところではあります。
そうですね。結局今年一年どうしようかっていうよりも、もうちょっと長期的なとこを見据えて、
結局コツコツやれることが見つかってくるというか、淡々とやるしかないかなみたいなこともあるんで、
より長期的な話になるような気もしますけど。
なんか堀先生の中で2026年、これはあるよねとかなんかやろうかなみたいなって何かありますかね。
自分の中で現状2026年の一つの決め事があるとすると、国際的な舞台での対話、
国際的舞台での講演とかっていうのを増やしていく、最初の年にしたいと思ってるんですね。
なので、実際これ通るかどうかわかりませんけども、9月にAWPがインドであります。
そこに公募スピーカーの募集が出てるんですね。それを去年の11月に出しました。
通ったらそこで大体30分間ぐらいのプレゼンテーションをするんですけども、
それをチャレンジしようというのが、2026年の一番大きな自分のチャレンジかなと思ってます。
それ何月ぐらいでしたっけ?
それが9月の末にインドニューデリーであるので、ただ落ちたらまたこれが計画が変わってきます。
なるほど。
その時に自分は何を喋りますか。要はあなたってどんな人っていうところを練り直す上で、
去年は理学療法推論というのをしっかりやろうとして、それの流れが少しできた年なんですね。
じゃあその前はずっと何やってきたかって言ったら、メンタルヘルスのことをちょっとやってたのがあるんですけども、
僕自身実はメンタルヘルスがやりたいわけではなかったことに気づいたんですよ。
それはメンタルヘルス自体の一部であるマインドフルースネス、特に禅をやりたいということに気づいたんですね。
要はその仏教というのが哲学として始まって、その哲学としての仏教をもう一度見直す機会としての禅というものをやりたい。
世界受けがいいんですよ、禅って。
だけど日本人として禅と、例えばフィジカルの部分をちゃんと世界に説明してる人が少ないので、
それを理学という立場、哲学という立場、そして日本人という立場で禅とメンタルヘルスに関して世界に広めていきたいなという第一年目の年にしたいと思ってます。
面白そうですね、その辺は。
禅道場に頼り、禅を学ぶということをしていきます。
鈴木大説とかですか。
そうですね、特に日本の場合は、禅というのは鎌倉仏教の中で始まるんですね。
道元と英才、臨済宗と相当宗というのがあって、これがちょっと考え方が違うんですけども、そのうちで僕は臨済宗系のことをやっていこうかなと。
何が違うかというと、相当宗は禅を行うことで全てを忘れるという方向に進むんですね。
つまり、禅を門道として行うと。
禅門道ってよく言ったりすると思うんですけど、それって臨済宗から来てるわけですよ。
相当宗は一切を問わないという形をとるんですね。
なので問いすら認めないと。
全てを忘れろというのが道元の教えなので。
僕は問いたいので、臨済宗かなという形で、ちょっとそれをやっていこうと思っています。
なるほど、問いて問いて真理を見つけていこうかみたいな感じですかね。
そうですそうです。
だからそれが今年一年の一つの自分の中の現状におけるターゲットなんですよね。
もちろん何だかんだいろんなことをやっていくとは思いますけれども、やりたいことが2025年に見つかって。
ちょうど2025年は僕が得当が4回回る年だったわけです。
次の得当、いわゆる60歳まで、60進歩で考えると、もうあと次の12年の中で国際的なことをやっていこうということをなんとなく決めて。
それの第1年目が今年で、その中でとにかく海外で日本人の理学旅行というのをもう少し広めていきたい。
広めていきたいというのはちょっと拝ましいというのと、なんとなく海外の人の考えをもっと入れるような年にしたいなというのが今年の一つの目標であります。
なるほどですね。地理もあるんでしたっけ。
まだ完全決定はしていませんが、日本理学療法士協会の国際委員として出張費が出るかどうかが重要なんですよ。
出張費が出れば行きます。行かなかったら研究費が足りないので、ちょっと航空券が高いので、
協会の方には申し訳ないですけど、広い意味で出張させていただけるといけると思います。
インドは通ったらそれは自分でも行こうかなみたいな感じですかね。
そうですね。スピーカーになると参加費がホテル代からは出してくれるみたいなんですよ。
なるほど。
だから航空券だけで行けます。
あと韓国が4月にあるので、韓国の方はこれはそうですね。
韓国で自分がターゲットにしているのは、
航空券代で出して、それも通ったら原稿なしでフリーでしゃべる最初の回にしようと思っています。
なるほどですね。それもチャッピーと練習しながらとか。
チャッピーと練習するのはスピーキングの練習はしますけど、
もう要は決めた内容をしゃべるというのをやめようという段階に入ってきているってことですね。
要は正しいプレゼンテーションを原稿通り進めていくのではなくて、
その時思った内容をしゃべるっていうのが僕の基本スタイルなんですね。
だから原稿に誘導されるのがものすごくストレスなんですよ。
自分で書いた原稿であっても。
はいはい。
だからそれをもうやめようと。国際学会もそれをやめて、
自分がしゃべりたい内容をしゃべっていこうというところにステップを進めたい感じです。
なるほどですね。
内田達郎さんみたいな方向性に見えますけど。
内田さんってそんな感じですか?
実は内田さんの本って一冊しか読んだことがなくて。
そんなに本読んでないですけど、たまにポッドキャストで話されてるのかとか聞いてると、
講演とかでも結構即興に近い形できっちり決めずにその場で話すとか、
道場をやられたりとか、結構武道みたいなところに通じてるところがありますし、
前頭、またその講演のスタイルとかって言うと近しいところがあるのかなみたいな感じは受けましたね。
確かに今の内田さん推測を見ていて、
その都度の変化を追いかけていくものであり、
よっしゃ試合するぞっていう試合に向けるスポーツ感とはちょっと違うんですね。
別にスポーツ感が悪いって言ってるわけではなくて、日々武道、
それは禅が臨済宗をやると言ってきながら相当宗の話をしますけど、
前までチラッと話したような気がするんですが、
講演っていうのは毎日の中で見つけていく禅っていうのをやっていくわけですよね。
食べることと掃除をすることと座禅だと。
それと同じように日常の生活の中にあるものを素直受け入れていって、
何かしらの準備というのは常にやってるという状態になっているのが武道なんですよ。
だから今から戦えてたらすぐ戦えると。
それと同じように今からプレゼンしろって言ったらすぐプレゼンできる状態というのを常に作っておきたいというのが、
それを英語でやれるというのが次のステップです。
なるほどですね。
修行ですね。
いやそうなんです。だから僕は修行僧、
そうです。
方向集で修行僧のことを雲水、雲の水って書くんですけど、将来雲水でいたいと思います。
いいですね。面白くなってきました。
すごい宗教的。宗教って宗教ではないんですよ。
これはあり方なので。
自分自身のあり方っていう。
日本人ってどうしても宗教の話をすると嫌われる傾向にあるので、
宗教ではなくてあり方として自分は常に修行僧、雲水である。
そして武芸者、武道者であって何かしらを準備する形ではなく、
常に準備ができているということを求めるということです。
なるほど。
これ先生の中でもその生涯そういう形であり続けたいっていう感じなんですかね。
もう学校の教員とかっていう肩書きがもしなくなったとしても。
そうですね。だから肩書きを重視しないタイプですね。
肩書きではなく私は私であるっていう愛&愛の部分が僕にとってはとても重要なので、
これは大学の教員だから、理学療法士だからっていうところは、
その肩書きを使ってその肩書きで行ける舞台に行ってるだけであって、
これが全然違う市民講座とか、あるいは友達に話すとか、
っていうのも常に同じ立ち位置でいるつもりです。
なるほどですね。
その辺ってなんかいろいろ話し被っちゃいますけど、
もしその学校の教員という立場じゃなくなったら、
なんかそういう市民講座できるようなとか、
なんか自分での教育なのか、発信のスタイルみたいなのを
また新しく作っていきたいなみたいな感じなんですかね。
本当の究極のところは、誰かに対して何を教えるとかっていうのは
おこがましいと思ってるんですね。
要は人っていうのは自分で築くべきだと思う立場、
つまりそれはある種前的な立場でいるので、
ただ自分自身の問答は繰り返していきたくて、
その問答を限界、どうにか誰かとしゃべりたい、
アウトプットしたいってなったらアウトプットしたい感じで。
なるほど。だから定期的な何かとかっていうよりは、
本当にその時の状況に合わせてっていう感じですかね。
そうですね。なので、この前それこそチャッピーとやり取りとして、
すごい特殊ですねって言ったのは、
伝えたいっていう気持ちの他者ではなくて、
あくまでも他者っていうのは自分の考えをぶつけた時の反応を見る、
感覚装置でしか見ていないっていうことになったんですね。
要は自分の話を聞いた時に同意してくれるのか反対してくれるのか、
無関心なのか、いろいろなパターンがあると。
で、関心があったっていうこと自体は、
自分の感覚に近い位置にあると。
ということはこの感覚を深掘っていくっていうのはすごく価値がありそうだと。
仮に無関心だったとなった時に、
この部分は人っていうのは関心を持たないから、
もう少し修正しなきゃいけないなという、
最近やっとしっくりして始めたって感じはします。
なるほどですね。
それを2026年どうにか形にしていきたいと思っています。
でもいずれふと巡り合わせで、
そういうことになる可能性もありますよね。
善みたいなことを探求していて、
この土地でこれをやった方がいいってなったら、
どっか海外の地でやってるかもしれないですね。
そういう世界を目指したいなと思うところもありますし、
本当にどっかの片田舎で、
100人ぐらいの村の中で、
みんなと濃厚と一緒に、
原始的な社会を見つめ直すっていう機会があるかもしれません。
面白そうですね。
だからそれが2026年の、
むしろ逆に東京港区でセミナー活動をして、
巨満の富を稼いで、
令和の虎とかに出てる可能性も。
それもやっぱりめちゃめちゃお金が必要なんだみたいなことになったら、
そういうところに触れる瞬間もあるかもしれないですね。
そうですね。
だから自分でお金を稼いで、
そのお金を通して分配するとかっていうことをしたいと思うんですよね。
自分がクルーザーを買うとか、
プライベートジェットを買うっていうことを目指しているわけではない感じがします。
ちょっとこの収録の絵までも、
最近の金融的な状況とか、
値上がりとかっていうのも結構大きな問題になってきてると思いますし、
お金みたいなことは今後も引き続き考えていかないといけなさそうですね。
本当に金融自体というものの考え方っていうのを知れば知るほど、
金融ってのは非大化傾向にあるわけですね。
なぜ金融が非大化するかというと、
一つは技術革新と、
あとは人の欲によって非大化していくもので、
ある種留めるところを知らないのが多分金融。
ある種の宇宙のビッグバンみたいに、
エネルギーがずっと外に拡散していっていると同じように、
金融というのも生まれてからずっと拡散、拡大しているわけですよね。
これ自体を止めることは難しいと思いますし、
止める必要もないかもしれません。
ただ、その中で自分がどこの立ち位置で何を見ているかっていうのは、
常にメタ認知しておかないと、
置いていかれた時に辛いものではあるってことなんですよね。
今後日本の金融状態がどうなるかっていうところで、
それこそ高市さんは日本への投資を増やして、
日本の税収を増やして、
その税収をもとに還元するっていうことを打ち出しているわけですよね。
いわゆる積極的経済政策っていうことだと思いますけど、
この積極的経済政策を行うっていうのは非常に還元すべきことではあるが、
金融が伸びていくんですよね、これって。
いわゆる所得が伸びていくのはまたちょっと違うんですよね。
金融が伸びていくんですよ。
だからその給与が増えるっていうのは、
その後にくるから、
その2,3年あるいは4,5年は貧しい期間が続くんですよ、人にとって。
で、金持ちがどんどん増えていくんですよね。
で、その金持ちのおこぼれを最終的にもらっていくっていう形になっていくので、
その金融という加速度的に変化していくものに、
どれだけ自分がついていけるかっていうのはこれ知識なんですよね。
そうですね。
田代さんも金融の勉強しようっていうのが途中で言われてたと思うんですけど、
何を一番勉強したいと思ってますか?
うーん、何ですかね。
自分の資産を増やしたいっていうよりは、
まずは世の中をもうちょっと理解していきたいっていうところが大きいかなと思いますけど、
特に福祉的な、福祉的なというか医療とか福祉に関わっていると、
国の社会保障の費用の中でもかなえることが多いんで、
やっぱり国の経済的なところが弱まっていると、
どんどんそちらへの配分っていうのは少なくなりますし、
現場でも結構医療介護、福祉職とかでは給与上がりづらいみたいな構造があるはあるんですけど、
でもやっぱりそういう人にもうちょっと、何ですかね、還元されて、
やりがいを持って働いてもらった方が国としてもいいんじゃないかなとは思ったりするんで、
広い意味ではそういうところもあるし、
でも自分個人としてもある程度資産作っておかないと余裕も持てないからという、
両側面で考えているという感じですかね。
そうですね、確かに資産って何かといったときに、
今目の前で欲しいものを買うっていう欲求の解消のエネルギーであるということと、
未来に自分が生きていくときに何か起こったときのセーフティーネットという部分で、
の力があるわけですね。
あともう一つはおそらく誰かにマウントを取るときに自分の能力を評価されているという形で見せつけるものでもあると。
だいたいその3パターンぐらいで資産ということを語ることがあると思うんですけども、
一つは将来的な不安というものに関してはどうにかした方がいいというのはその通り事実だと思いますし、
あとは目の前に自分が欲しいなと思ったとき、
それが身の丈に合わないものを買う必要はないかもしれませんけど、
今日焼肉食べたいなって言ったときに焼肉を食べれる程度の資産はあった方がいいだろうと。
あとは誰かをサツタバで殴るためのお金というもの自体はそこまでは必要としていないと思うんですよね。
ただないとバカにされてしまってチャンスを失うとかっていう可能性はあるかもしれないから、
ちょっと一定のものはあった方がいいだろうと。
だからお金っていうもの自体の価値っていうのを冷静に判断しておかないと、
まず金融の勉強をするときに間違ってしまうことはあると思うんですよね。
まさに。
自分の場合だとセーフティネット的にとか、自分の家族にもし何かあったときに対応できるとかっていうのは優先順位高い気がしますし、
その中でも自分のこまごまとした欲求を満たすみたいなところもあるでしょうし、
あとはそういう社会の流れみたいなことも読めないと、
特に今会社作って事業してるっていうとそこは大きく影響してくるんで、
やっぱりちょっと知らないことが多すぎるから、もうちょっと知りたいなみたいな感じですね、今のところ。
知らないことが多すぎますよね。
本当に例えば金融の勉強をしていって、僕はそのどれぐらいかな、
リーマンショックの前ぐらいから金融の勉強というか金融関係に関して手を出し始めて、
あるときにそのリットコインというのが生まれたわけですよね。
ああいう仮想通貨が生まれると全く僕いまだについていけないんですよ。
なるほど。
それまでは普通に言ったとしても分かるとしても、
買わせぐらいで、ただ買わせって大きく変わらないというか、
買わせ自体というのはすごく波があるものなので、
僕自身はあまり魅力を感じなかったんですね。
単位株というのは企業を応援したいという気持ちがあるから、
ある種の人気投票みたいな形で意味が分かりやすかったから、
僕は昔から単位株をやるタイプなんですよね。
そこに今度ビットコインというのが出てくると、
ああいった仮想通貨って単なるマネーゲームに過ぎないわけですよ。
しかもそこにAIが参戦してくるわけですよね。
もう意味が分からないんです。
そうですよね。
自分はビットコインみたいなのは陶器的に見るというよりは、
ブロックチェーンという技術が結構面白いなと思って、
一時期NFTとかも出てきたりとか、
あの辺は思想的にはWEB3とかって言われたりしてましたけど、
インターネットの例明記からWEB2とかって言うと、
ビッグテックみたいなのが出てきて中央集権的になったのを、
もう一回分散的にしていこうみたいな思想もあるので、
その辺は結構面白いなと思って見ていて、
そうですね。やっぱり買わせとか株とかと結構違った領域には
なってくるんで、特殊だなぁとは思って見てますね。
金融というものの根本原理というものを理解する上で、
何かの本で読んで、その通りだなと思ったのが、
例えば僕が100万円を持っています。
僕は100万円の価値があるものが買える段階ですよね。
ということは今世の中に100万円しかお金がないはずだと。
例えば僕が50万円のものを買うと、
50万円のものは手に入れて、
お金はその僕が50万円、店側が50万円になると。
というのが原始的な金融社会なんですよね。
だけど現在の金融というのは、
僕が銀行に100万円使わないから100万円預けました。
そうすると銀行はその100万円を使って人にお金を貸すんですよ。
ということは額面上200万円になるってことなんですね。
この200万円がどんどん生まれていくと、
世の中というのはお金がないはずなのに、
金融だけ膨れ上がってくるというシステムになっていると。
だから使うものと使わないものがエネルギーを生んでいるもので、
価値という形では本来はないんですよね。
それを知って以来、ビットコインとか、
そういうFX系というのが僕は苦手になったものの理由の一つなんですよね。
そうですよね。信用創造という感じとか、
本当に数字上で動いているようなところで膨れ上がっているような感じですね。
ちょっとリアルな手触り感は薄いなという感じはしますよね。
これ自体はどういう人が勝つかというと、
単純に原資をたくさん持っている人が勝つようにできているわけですよね。
金持ちが金持ちのために作ったシステムで、
その金持ちが儲かるためのシステムということ自体を否定できないんですよね。
だから庶民はどうしても金融の中のゲームに
どうしても参加させてもらえない状況になっていると。
小さなゲームはできるかもしれませんけど、
大きなゲームには参加できないから。
金融って少し離れた位置にあるよなってみんなが思ってしまうのは
そこのシステムなんですよね。
そうですよね。
そういう意味で個人の投資だけ考えていると
もう限界があるし、積み立てでいいんじゃないみたいな感じになりますけど、
もうちょっと大きい金融業界とか国とかに関わる何か活動ができると、
本当に結構金融の知識がクリティカルに必要になってくるところもあるかなと思うので、
そっちの関わりは今後増やせそうなら増やしていっても
とりあえずはいいかなみたいな気はしてますね。
今の考えがとても大事で、
例えば日本国内の企業が強くなる。
日本国内の企業が強くなることによって法人税収が国が増える。
法人税収が国が増えることによって公共事業が増えたり、
あるいはODAを出して貧しい国を助けるっていうことの動きになってくるわけですね。
本来の金融のあり方って多分そういうことだと思うんですよ。
それが例えばテスラの株を買って自分が儲かった。
っていうのは僕の中で微妙に違うんですよね。
もちろん僕はアメリカのS&Pの投資システムとか持ってはいますけど、
基本は僕日本株で固めてるんですよね。
日本頑張れっていうところがあって。
だから思想っていうのがなくなってきたときに、
結局投資っていうのが数字に変わってしまうということだと思うんですよ。
数字のマネーゲームって理科系の数学をする人たちにとっては面白いのかもしれませんけど、
人文系の自分ではあんまり面白くないんですよね。
物語がなんか生まれてこないので。
どうしても物語を作っていきたいなっていう傾向にあって。
その中で今後社会っていうのがものすごくインフレ基調に走っていくわけですよね。
これはもう世界経済がインフレ基調に入っているので、
日本だけそこから逃れるっていうことはできないっていう前提にあるんですけども、
その値上がりをしていくときに何が起きるかっていうと、
ストレスなんですよね。
値上がりが一番怖いっていうのはストレスなんですよ。
人々が値上がりを怖いと感じるんですよね。
だからそのストレス自体っていうものをどういうふうにコントロールしていくかっていうのは、
次のステップの段階で重要だろうなと。
僕自身もすごいストレスを感じているのが、
僕は万年筆だとか時計だとかをコレクションするのが好きなんですけども、
もう万年筆の値段がですね、だだ上がりなんですよ。
例えばなぜ万年筆の値段が上がるかって言ったら、
万年筆のペン先って高級ラインは金なんですよね。
14金だとか18金なんですよ。
これまで金が5000円の時に作ってたものが、
今23000円で、だいたいペン先って1グラム弱使うので、
それまでペン先が5000円だった、
具体が全部で1万円で作れた。
だからそれを3万円で売りましょうだったのが、
今ペン先だけで23000円するわけですよ。
そうすると、具体がそこにプラス1万円載せたとしても、
ペン先だけの値段がめちゃくちゃ高いわけです。
だからもう万年筆メーカーも今までの値段では作れないわけですよね。
じゃあプラチナのプレジデントっていう万年筆が
3万円から4万円から7万円に値上がりするんですけど、
そうしたら今度は誰も買わないんですよね。
そうなるとプラチナの経営が悪くなるんですよ。
プラチナの経営が悪くなると、
万年筆がどんどんいいものができなくなってくるわけです。
そうすると万年筆ファンはすごい辛いんですよ。
だから7万円の価値と4万円の価値っていうのが、
自分の中で認められるような給与が上がってこないと、
企業がダメになってくるんですよね。
だからその企業との付き合い方っていうものが、
本当に今後難しくなってくる段階に入ってきたので、
さあ給与が上がらんと、この国は数年間苦しいターンに入るぞ
ということだと思います。
そうですね。
エッセンシャルワーカー的なセラピストの働き方とか
なかなか給与上がりづらい構造にあると思うんで、
値上がりするとそういうストレスっていうのは結構大きいかなとは思いますし、
逆に株式会社とか資本主義の中で働いている人は、
その中でも事業の難しさもあると思うので、また違ったストレスもあるでしょうし、
その中でまた投資もするためには、金融の知識も必要になってくるかなとは思うんですけど、
同じところだけに留まって活動してたりとか勉強したりすると、
不安も大きくなりすぎるような気がするんで、
幅広く学びつつ自分のやるべきことを見つけていけると、
いいんだろうなぁと思ったりしますかね。
実際にエッセンシャルワーカーの話で、特に理学療法士にスポットを当ててしゃべると、
1965年に理学療法士という指揮官が出て、
それ以前から理学療法士っていうのはいたわけですね。
日本を1965年ぐらいのところから見ると、いわゆる高度経済成長期に入ってくるわけです。
その時に日本人の給与は全体的に上がったんだけれども、
病院っていうのは診療報酬で動いているので、
その人たちの給与がめちゃくちゃ上がったわけじゃないんですよね。
今度オイルショックが来て、わっと日本の景気が悪くなって、
ボーナスというのが企業でかなり削られたんですよね。
その時に逆に医療職っていうのはそこの波に耐え抜けるわけです。
経済とあまり関係ないので。
オイルショックが終わったら今度バブルが始まったんですよね。
バブルの時は周りの給与がどんどん増えているのに、
医療職は給与が増えなかったわけです。
だけども今度は不況が来て、
30年の不況の間、他の企業が潰れてそうなところで、
医療職は全然大丈夫だったわけですよ。
今度またインフレが起きた時に、
医療職の給与が上がらないという状態に入ってくる。
結構景気の波に逆張りをしていくのが医療職なんですよね。
だから次からはマイナスターンが始まりますというのが医療職のターンです。
広く見るとそんな感じですよね。社会情勢的には。
そうなるとXとかSNS上でも悲観的な声とか荒れたりしそうな気もしますけど、
その中でどうしていくかなみたいなところですかね。
その中で結局、広く人文地的に歴史だとか流れを読んでおくと、
このターンは読めるわけですよね。
このターンで読めていくっていうことは、
ある種五千集団的な全部の人が良くなるっていうことではなくて、
高波が来るからいくつかの船が沈没するんですよ。
じゃあ沈没しない船をどういう風に作っておくのかっていうこと自体は、
5年前とか10年前から準備できるはずなんですよね。
準備できた人たちが生き残ります。
まさにアドバンスドセラピストでずっと言ってきてるようなこと。
例えば今後人減らしが始まるわけですね。
医療職の。
人減らしが減らすと言っても壊滅的になくなるわけじゃないんですよね。
じゃあ誰を残すかって言ったら価値があるものだけを残すんですよ。
価値があるものっていうのはどういう風に判定しますかってキャリアを持ってる人なんですよね。
キャリア側の人が今までやってきたところで生き残ってくるっていう時代に入ってきます。
だから今までキャリアを作れてこなかった人たちっていうのは、
やっぱりキャリアを作っていかないと生き残れないし、
作ってきた人はこれからあなたたちの時代ですよっていうふうに言えると思います。
領域でいうとまた旧席みたいなところの需要性が増していきそうみたいな感じなんですかね。
だからそこに日本理学療法士協会が上手にアシストするように、
例えばこれまでも何度も言ってきたように、学士だとか修士だとかっていうのを登録と認定とひも付けて、
そんなにお金がかからない状態で努力さえすればそこに行き着けるというような状況を作っているのがすごく重要だと思うんですよ。
いやそんなお金がね、例えば大学入り直すお金がないとか修士に行くお金がないというのは事実なんですよ。
だとすると教会に教会費を払っていくと教会がすでに持っているシステムっていうのを利用して、
学士だとか修士が取れる状態に持っていくっていうのは非常に建設的なんですよね。
現実的にできると思うんですよ。
なので本当にキャリアを作っていく手助けっていうのを理学療法士協会がやらなきゃいけないし、
理学療法士自身が免許というものは確かにあるが、その次のキャリアっていうのを行かなきゃいけないと。
今の理学療法士の免許が例えばバイクの中型免許だとすると、
大型を取らないと大型のバイクに乗れませんよっていう状況に入ってくる可能性もゼロではないわけですよね。
なのでみんながみんな全てのバイクに乗れるわけではなくて、
あなたは400cc2万しか乗っちゃいけませんよっていう状態になるときに早く大型の免許を取っておかないと、
そういう状態になって大型の免許取りに行こうといったら教習所がいっぱいになって取れないわけですよね。
だからキャリアっていうのはそういう未来を見据えた状態で作っておかないと、
波が来て沈没して文句を言ってはダメだってことです。
そうですね。中盤で金融みたいな話もありましたけど、
サラピスト職で言うとまずは自己投資としてキャリアアップのための資金を身につけていくとか、
何か学士収支とかつけていくとか、その辺はまずやった方が安そうな感じがしますかね。
そうです。それが金融と全く同じなんですよね。波があるんです必ず。
その波に対して乗り越えるか、あるいはゆらゆら揺られていくのか、
それは個人の判断なので、少なくとも誰かが何かで書いてましたけど、
畑を耕して種をまいてて収穫してる人に文句を言うなってことです。
あなたはそれを選択しませんでしたよね。
だからそのターンに今置かれているっていうこと自体はある種わかるんですね。
肌感として多分わかってくれるはずなので、
そこに努力の値を持っていける、あるいは努力をしないという選択は全然いいんですよ。
ただしそれは受け入れてくださいねということです。
逆に努力をしたから恵まれないということも受け入れなさいということです。
そうですね。やっぱり努力の方向性とかにもよってくるところはありますし、
頑張ればうまくいくみたいなだけではないですけど、
うまく時代一貫とか社会状況を見極めてやるべきことを見つけられれば、
全然まだまだ伸ばしていけるところはあるかなと思いますね。
本当に職業として非常に意義がありますし、
職業そのものの満足度って高いんですよね。
あとはお金がついてきたら最高じゃんっていう段階になってきてるんだとすると、
お金がついてこれるような努力をしていけば、
これが例えば他の業態だったら満足度だとか社会的意義だとかっていうのを
見出せずにお金だけ増えていく可能性もあるわけですよね。
逆に全部が増やせないこともあるわけですよ。
だけども人々の幸福というのを考えてきたときに、
例えば社会的意義だとか、あるいは自分のストレス自体の対処ができるとか、
自分の能力を使うことができるとかっていうことが
メンタルヘルスの定義における幸福なんですけども、
幸福を満たす上で理学療法士ってめちゃくちゃいい仕事だと僕は思うんですね。
そこに経済的な枠組みが入り込めばこんなにいい仕事ないじゃんって思うんですけど。
そうですね。本当に理学療法士いい仕事だなと思いますし、
勉強するのも面白いし、社会的の高い業態というか領域だなと思うので、
ぜひこういうところで活躍する人は増えてほしいなと思いますね。
やっぱり人って健康に長生きしたいわけですよ。
そしてその中で楽しみを見つけたいし、多くの人に触れ合いたいし、
多くの経験をしたいと思っているっていうのが、
心理ではないかもしれませんけども、かなり有益だと思われる生き方なんですよね。
だとするとそれを手伝いしている、それを達成するために、
我々が運動を通してその人たちの幸福に向けて進んでいるっていうことができるのであれば、
こんなにいい仕事ないじゃんっていう。
そうですね。
そう思いたいですし、でも現実的に切羽詰まって難しいみたいな人もいると思うので、
ぜひそこでも役立つ話はアドバンスドセラピストでもできたらいいかなと思いますかね、今年も。
そうですね。だから今年1年間さらに進んでいくためにやらなければいけない。
つまり誰かがやってくれるのではなくて、自分でやらなきゃいけないって、
これリハビリテーションの基本じゃないですか。
確かに。
だからそれをあなたたちもやっていきましょうよっていうのをここで話していけたらいいかなと思います。
確かにそうかもしれないですね。
リハビリで現場で言えば、ただ専門家が言うようにやるだけじゃなくて、
自分でもモチベーションを持ってやってほしいよねと思っていると思うんですけど、
自分に関しても国とか組織とかがどうかしてくれるって思うだけじゃなくて、
自分でも結局頑張らないといけないと思うので、構造は同じような感じがしましたね。
だからその構造というものを見たときに、
そうなんだ、じゃあ自分も一気に変わることは無理なので、
日々変わっていく。筋肉つけるのと一緒だと思います。
ちょっとずつしかついていかない。だけど筋肉がちょっとつき始めた頃って嬉しいんですよね。
例えば見た目が変わるということもそうかもしれませんし、
重りが上がるということもそうかもしれないし、
そこで出会う人々との会話が広がるということもそうですし、
学びって多分そういうもんで、多分大きく学びのことを勘違いしているだとすると、
例えば共通テストで点数を取ることと、学びを同意義にしてしまっていることがあると思うんですよね。
あれは知見をパスする能力であって、
その人の人生を豊かにする能力とはちょっと違うわけですよ。
何かを知るということではないので、
もちろん何かを知るということに役に立っているのは事実ですけど、
共通テストの勉強も。とはいえ、それが本当にその人の生活を豊かにするものとはまたちょっと質が違うんですよね。
だけど理学療法の学びとかっていうのは直接お互いの人生の質を上げていくことにつながってくるので、
学んでいったほうがいいじゃんって思うんですよ。
そうですね。新たに専門領域のことを学んでいったりとか、
自分の知らないことでも学びつつ、何かこう行動していっていけば、
何か新しい道は見えてくると思いますし、是非やってほしいですよね。
もちろんダニングクルーが効果的に学べば学ぶほど、自分は何も知らないことに気づくという大変な穴に落ちてしまうんですけど。
それはありますけどね。
それはそれで楽しめるようになっていくっていうのが仲間であったり。
だから学んでいく人たちって仲間が増えていく傾向にあると思うんですよね。
だからその仲間と一緒に手をつないで進んでいく、そして自分ができないことは助けてもらう。
これもリハビリテーションじゃないですかってことです。
確かに。そうですね。
そういう意味でアドバンスセラピストでできることとすれば、一応オンラインコミュニティ作ってますみたいな感じと。
そうですね。なので是非一緒にコミュニケーション取りましょうっていう。
っていうのと、一応まだ全然仮決定ですけど、ちょうど3月ぐらいが配信始めて1周年みたいな感じっていうので、
お互い住んでる関西近いエリアでリスナーなのか関わってる人たちと集まってもいいかもなみたいなのを企画しようかなと思ってるんで。
そうですね。是非オンオフ会をやりましょう。
そうですね。
あれですね、ちょっと自分としても自分の会社で今借りてるところが新しいところに移るっていうのもあって、
ちょっと3月だとどっちがっていうのは微妙ですけど、
集まれる場所は用意できるかなとは思うんで、また案内できたらなと思ってますね。
新しいところは近くにドミノピザかなんかあったからピザ買って食べましょう。
ピザありましたし、なんかおいしいクッキー屋さんとかなんか見つけたんで、お茶菓子も用意できるんで。
実際に会って喋ってみたら、また違う価値が生まれるとかっていうことに繋がってくると思いますので、
是非オンラインコミュニティ、もしくはオフ会に参加していただいて。
そうですね。
チケット売ったりするわけじゃないですかね。
全然場所だけとか時間とかは決めて用意するぐらいなんで、
むしろ持ち寄りでお願いしますみたいな感じになるかもしれないですけど。
そうですね。