ビルドアップローカル、番組ナビゲーターの津根田幸永です。
この番組は、30年のスポーツ界でのキャリアを経て、現在は地域金融機関に勤務している私が、スポーツを通じて、街を豊かにしようという番組です。
さて、今月のマンスリーゲストは、Jリーグ・水戸ホーリーホックの元代表取締役社長の沼田邦郎さんと、取締役の鈴木郁恵さんにお越しいただきました。
沼田さん、鈴木さん、どうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
今週なんですが、水戸ホーリーホックさんの一つの取り組みということなんですけどもね、中学校の廃校を利用した集まれという施設について伺いたいと思っております。
この集まれについて、ちょっとお聞きする前になんですが、この施設開所に至る経緯というのをお聞きしたいんですけどもね、
水戸ホーリーホックさんの当時の練習環境というんですか、それが課題とかですね、どんなような状況だったのかというのをちょっとまず最初にお聞きしたいんですが。
我々練習場はですね、以前はジプシーでいろんな公演を借りてやっていて、土のグランドは当たり前なところはあったんですが、
それがですね、河川敷にですね、グランドを作ろうということになりまして、2006年でしたからね。
2006年に河川敷にグランドを作ってですね、一応整備をしたということなんですけれども、この河川敷がすごく厄介で、水戸にあったホテルが建ってたところの跡地を使ったんですが、
ここがですね、ご存じの通り河川ですので、もちろん洪水になるというところは当たり前なんですが、
ただそれだけではなくて、やっぱりその陥没する危険性もあったりですね。
そういったことが非常に多かったんですね。やっぱり建物が建てた跡地ですから埋め戻してますので。
そういったところもあってですね、非常に練習環境としてはあまり良くなかった。
で、河川敷なものですから、この水が撒けない、山水施設がない。
ですので芝生を植えても日出であれば枯れてしまう。水が多くても枯れてしまう。
なのでそういったことであったりですね。最初は良かったんですが、使っていけば当然枯れてきますし、
なかなかそういったところのメンテが非常に難しかったと。
それからお金がかかるので、そこもやっぱりクラブの資金グリッジをですね、
なかなかそこに手当てできなかったというところで、かなり厳しい状況であったかなというように思います。
なるほど。当初はジプシーだったわけですね。
そうです。最初はジプシーで、2006年にその河川敷の練習場ができました。
そうですか。その河川敷の練習場の管理、それがままならないというか、当然コストもかかりますし、
そこでどこか違う場所に。
そうですね。なってからですね、練習場の拠点ということをずっと探していましたし、求めていたというところだったので。
Jリーグのライセンス基準にも提出するので、そこはしっかりした練習場とスタジアムというのは
必ずしもライセンス基準になりますので、ハードの部分で必ずなりますから、我々もしっかりしない。
ただ、選手もいい環境で求めてきますので、そうするとなかなかいい選手も集まらないというのがこれがあったものですから、
そういったところを改善していきたいなというのはずっと。
ただ、僕らのクラブではどうしようもないことはあるので、苦労しました。
なるほど。その課題に対して地域の協力であったりとか、そこを求めていくという、
そういったところの動きが出てきて、お聞きしたところによりますと、
刑事電気スタジアムの横も練習場にしようとしたような、そんな動きもされたということですね。
そうですね。あらゆるところを、可能性のあるところはもう提案してはダメという形で、
じゃあなんでホーリーホークのためだけに使わせるんだという議論になっちゃうんですよね。
そうすると、やっぱりそれではダメですかというところで、もちろん刑事電気スタジアムの隣のグランドできても
ダメで、そういった反対も多かったりするので。
ただ、ずっとその練習場は作りたいという夢を語っていましたので、そこが一つのポイントで、
いろんなところに、あそこはホーリーホークが練習場が困っているんだなというのが、
やっぱり皆さん方の課題になっているかなと思います。
なるほど。やっぱり言い続けていないとね。
そうですね。
その動きを止めてしまうと何も起こらないですもんね。
おっしゃる通りだと思います。
わかりました。その後、白里町から廃坑利用の話があったわけなんですよね。
その経緯というのはどういった?
当然のことは、そういう水戸ホーリーホークの練習場が困っているという話は、
たまたまですけれども、町長選がありまして、新しい町長さんが聞きつけてですね、
当時やっぱり白里町というのは人口減少、子どもたちの数が減っていますので、
当然廃坑が出てくると。そこの利用をいろんな形で提案されていた町長だったので、
その中の一つに水戸ホーリーホークの練習場として呼べないだろうかという提案をいただきまして、
私たちも練習場、廃坑の場所を見に行ったというのが経緯の始まりですね。
そうですか。当時中学校ですか?そこを見た時、これは行けるというふうに思いました。
そうですね。今の練習場があるところが非常に素晴らしい施設、学校だったので、
この広さであればもう十分行けるんだと。
いい場所でいい施設で。
素晴らしい施設ですので、町長には本当に感謝にしなくてはならないなと思っているのですが、
そのことによってだいぶ歴史が動いたというか、非常に大きなことができたのかなと思っています。
なるほど。そしてそういったお話があって、
竣工までの経緯ということもちょっとお聞きしたいのですが、自衛隊の訓練跡を?
そうですね。施設がありまして、自衛隊の方々が当時の中学校を造成したり、
そういったことをやったということを聞いておりまして、
かなりの大掛かりな山を切り開いた中学校ですので、その跡地の平らなところへということで。
手続きとしては、町に要望書を出したりとかされたんですか?
そうですね。要望書を出させていただいて、こういった形で作ってくださいということで、
何回もやり直し、これではできない、これはできるということで、
事務方の方々がいろんなご苦労をかけたと思うんですけれども、
そこを接触していただいて、何とかこぎつけたというところですね。
サポーターの動きとかはどうだったんですか?
サポーターさんもやっぱり河川敷でやっていたというところも存じ上げていたので、
本当に喜んでいただいていますし、ようやく他のクラブとの同じステージに立てるのかなという期待は大きかったですよね。
さらにご覧になっていただければ分かるんですが、作家場が2面という古口で2面取れますので、
そういった環境ってなかなかないですし、非常に大きなものをいただいたので、
そこはサポーターも非常に喜んでいます。
やっぱりサポーターも、俺たちのチームの基地というか家というか、
そういう大きな夢があって喜んでくれたでしょうね、きっとね。
サポーターの今の印象対応というか、それの話と、
特別なことはないんですけれども、やっぱりクラブとして最低限どれが必要かということはずっとやらせていただいていましたし、
クラブハウスも近くの鹿島アントランスさんであったり、見学させていただいたり、行かせていただいたりして、
何が必要かということとチームの方との要望を聞いて、それを街にぶつけるという形なんですよね。
せっかくですからいいものを作りましょうよというところで、本当にご協力いただきましたね。
鹿島アントランスのクラブハウスを視察されたという話だったんですけれども、どんなメンバーが視察に行かれたんですか。
白里町の担当者の方、もちろん町長一人ですね。
町長も一緒に行っていただいて、目だけ見ていただかないと分かりませんので、そこのグラウンドとクラブハウスがどういう状況なのか、
そういった部分もトップトップを見ていって、そこを感じていただくということが非常に大事だったかなと思いますので。
実際やはり今の出来上がった環境を振り返ってみて、それに近いものが出来上がっていますか。
やっぱり学校ですから教室がたくさんあるんですね。
そうするとその教室を一個一個潰していくようなイメージで、例えばここにシャワー室、ここはヨッカー室、ここは用具室とかですね。
それからここは会議しようか、ここはミーティングしようか、ここはトレーナーがマッサージするところだとか。
いろんなところ、これがジムとか、もう本当に割り当てることができたので、理想に近い形では本当にできました。
なるほど。逆に使い勝手がいい小間取りというか、そういったようなことだったんですね。
もう多分最高なんじゃないですかね。
特徴でいうと、この中はやっぱり我々の施設だけではなくて、公民館と町の役場も入っているので、そういった環境の中でもコミュニケーションも取りやすかったですし、
隣の部屋に行けば町の方がいらっしゃいますので、そういったのも非常にありがたかったかなというふうに思っています。
なるほど。廃坑を利用した跡地利用というんですか、プロのスポーツチームがそこを利用するというのは全国初ですか。
そうですね。廃坑利用では日本初ですね。
ですからそこでJリーグの実行委員会という社長さんが集まる会議を54クラブ全員が集まって施設の見学をやりました。
あとそれからこの施設を作り上げるにはコストが当然かかると思うんですけれども、資金上達ですとかどうやって集めたのか、その辺はどうだったんですか。
我々から拠出しているお金は一切なくて、全て町の方で補助金等を使ってやっていただいたというのが現状でございます。
その投資が地域の活性化につながって地域の人たちが豊かになるという未来像というか、それがあるからこそやっぱり町もやってやろうと。
そういうことですよね。
それからこれは鈴木さんにちょっとお尋ねしたいと思うんですけど、この施設のあつまわれというネーミングなんですけれども、これは何か特別な思いだとかそういったものがあったんでしょうか。
そうですね。ぜひ皆さんにも来てほしいというところで、ファンサポーターの皆様広く一般公募をさせていただきまして、その中で選ばれた名称があつまわれという形になりました。
なるほど。いろんなサポーターですとか地域の皆様の声を聞きながらその思いを名称にして残していくと。結構集まったんでしょうね。
そうですね。結構来ましたよね。
来ましたね。
そうですか。それはやはり行政さんの方で最も良かったネーミングを採用されたということですかね。
そうですね。いくつかに絞った中で最終的にあつまわれになったというふうに聞いております。
やっぱりあつまわれって響きがいいですよね。
そうですね。
あつまわれってことですもんね。
子どももね、あつまわれ行こうよってね。そんなことも言いやすいんじゃないかなと思っております。
ありがとうございました。今週はJリーグミトホーリーホックの元代表取締役社長の沼田邦夫さんと取締役の鈴木育恵さんにお越しいただきました。