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この時間は、日替わりコメンテーターが独自の切り口で、多様な視点を提案するCatch Up。
水曜日は、スポーツ文化評論家、玉木正之さんです。
玉木さん、あけましておめでとうございます。
あけましておめでとうございます、さえ遅れますながら、今年もよろしくお願いします。
今年も面白い話を、スポーツの話を、いろいろ取り上げていきたいと思うんですが、やっぱり新年ですから、箱根駅伝のことに、青山学院強いですね。
これ、過去11年間のうち8回優勝?
いや、すごいですね。
すごいですね。原進監督、私も何度か会ったことがあるので、お話もしたことがあるんですが、なかなか面白い方で、表で喋る。
今考えておられるのが、ゴルフ場の閉鎖された箇所を買収したいということを考えておられるらしいですね。
それを何か陸上に転用するってことですか?
あそこは走るのに一番いいって言うんですね。
体にもいい、アップダウンも。
クロスカントリー的な?
そうです。クロスカントリーのコースとしては一番いいような感じで、というようなことも喋っておられたんですが、実はこの原監督は、箱根駅伝反対派なんですよね。
そうなんですか?
要するに何が反対かっていうと、首都圏だけの関東学生陸上競技連盟の主催ですよね。
これ全国区ではないんですよね。
そうですね。
なんでこんなことを全国でもないのに、こんなに騒ぐのかっていうので、やっぱりそこには東京を中心とした力が働いていて、
全国の中学・高校の足の速い長距離ランナー、全部東京の方に行きますよね。
そうですね。やっぱり箱根走りたいっていう選手も多いからですね。
九州の大学の方なんかもちょっとはぎしりするところですよね、これは。
私も関西出身ですから。
原進監督なんかは全国区にするべきであると。
それで原さんが、自分が関東学年以外の大学に行けば、その大学を3年か4年で優勝できるようにしてみせるということまで週刊誌で言っておられますね。
そんなことも頭に入れて、箱根駅伝というのがちょっとこれは偏りすぎじゃないかというふうなことを頭に入れて話を進めますが、
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これそもそも始まったのは、なんでというのはご存知ですか?
なんで?
101回だったんですが、1920年ですね。大賞を3年に始まったんですけれども。
これきっかけになったのは、アメリカでアメリカ横断マラソンが始まると、それに参加する予選会をやろうじゃないかということから始まったらしいですよ。
アメリカ横断ですよ。
すごい距離が長い。
ロッキー山脈を越えなきゃいけないって言うんで、それじゃあ箱根に行こうかと。
はぁー。
箱根の山を登り降りするっていうのは、これはロッキー山脈を越えるっていうことがあったからというふうにも言われてますね。
それであんな峠道を選んだと。
それで今マラソンのルールとしては、あれほどのアップダウンがあるのは禁止されてるんですけれども、
ですからあそこらへんは国際ルールとしては使えないコースなんですね。
なるほど。
おまけに、箱根の温泉街は喜んだんですよ。
昔は年末年始となると人が少なくなりまして、
雪の中誰も来なくなって、せっかく正月なのに誰も来ないよって言ってたところにこれが始まったもんですから、
箱根の温泉街は喜んだと思います。
そうでしょうね。
ところが問題があったのは警察ですね。
もう年末年始にこんな東京のこんなところで走るのやめてくれっていうのはずっと続いてたんですよ、実は。
へぇー。
もうコースを変えようとか、こんなコースでできないよっていうのはずっと言われてたんですが、
1987年に日本テレビ系列のテレビ局、系統が全国ネットを始めるんですね。
全コースの中継に成功するんですね。
これで人気が出ると誰もやめようというのは言わなくなったというような歴史がありますね。
なるほどね。
で、警察の人たちも自分たちが映るなら宣伝にもなるからいいやということになったようですね。
これは面白いんですが、箱根駅伝っていうのは日本で一番長い距離だと思いますか?駅伝としては。
そうだと思います。2日間を用意してるし。
これ実は4番目なんですね、日本で。
そうなんですね。
長さとしては。
一番長いのは山形県ですね。
山形県?
山形県10段305キロの駅伝が行われてます。
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箱根駅伝は往復で217キロですからね。
おまけに佐賀一周駅伝というのもあって、これは297キロあります。
徳島一周マラソンの駅伝もありまして、これが250キロですから。
箱根駅伝というのは日本で4番目に長いという。
昔九州一周駅伝ってやってましたけどね。
ありましたね。
今はなくなってたね。
なくなってしまいましたもんね。
それ、日本一やったほうがいいんじゃないかな。
そういうことがあったんですが、
箱根駅伝が先ほどアメリカ中の横断マラソンから始まったって言いましたけれども、
その前に東海道53次駅伝というのが始まりまして、
これが日本の駅伝の一番最初の駅伝なんですね。
はいはいはい。
京都の三条大橋から東京の上野の千葉津の駅まで、
2日半、3日近くかかって、夜も徹して駅伝を繋いでいったと。
これで関東組と関西組に分かれていって、東西対抗でやったらしいですね。
第一回は関東組が勝ったんですけれども、
これが長さが508キロですからね、今でも復活したら一番長いと思います。
ただ、箱根駅伝が1920年、大正3年ですから、
その3年後の1917年、3年前ですね、大正6年に始まった、
1回だけ行われたんですけれども、
その当時は放通規制あんまりしなくっても走れたんですね。
今これやろうと思ったら、ちょっと無理ですね。
沿道もすごいし。
東海道全部交通規制ありだから走るんだったら、これはもう大変だから。
多分できないと思いますが、
それの中で一番問題なのは、この駅伝というのを何度か世界的なレースにしようと思って、
外国とか、外国のランナーとかですね、
そういうことも一緒にしたような駅伝を企画はしたんですよね。
ところが人気出ないですね。
世界陸上とかでも採用されませんもんね。
採用されなかったですね。本当は引きを欲しかったんですけどね。
これなぜだと思いますか?
そんな長い距離、やりたくないのかな。
もうあれじゃないですか。海外の方ってチームというよりは個人。
そうなんですね。チームというよりは個人。
要するに長距離を走るという行為はですね、
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どうもみんなで一緒にとか、みんなで協力してとかチームが勝つとかいう発想は、
西洋的な考えにはないみたいですね。
それでも最も有名な長距離のランナーの小説のタイトルは、
長距離ランナーの孤独ですからね。
絆とかじゃないんですね。
ですから協力し合ってやるとかですね、
箱根駅伝で後ろから監督がですね、
これがんばれがんばれがんばれがんばれとか言いながらやるって、
ああいう走り方っていうのはどうも理解できないみたいですね。
留学生はどんな気持ちで走ってるんでしょうね。
そうですよね。
肌の肉とかでよく走ってますね。
よく聞いてみたいところはありますね。
ただかつては駅伝がどうも日本のマラソンを弱くしたんじゃないかっていうような意見もありまして、
あったんですけども、最近はそれがなくなってきましたね。
そうですね。
駅伝の個人の力を発揮するために駅伝をやるっていう考えも、
だいぶ定着してきたみたいですから。
それに青山学院の原先生のように、
助きをつないで後倒れ込むのは絶対やめようと言ってる人もいますからね。
そういうパフォーマンスはやらなくていいんだというようなこともありますから。
だから結構個人的なレースにも変わってきたみたいですね。
なるほどですね。
今年も中央大学の学生さんが第一区独走しましたから、
ああいう選手もどんどん出てくるかもしれません、これからは。
そうですね。
最後にもう一言だけ、全国の大会にしてほしいですね。
関東だけで何を騒いでるんだというのを大きな声で言っておきたいと思います。
三大大会というのだったら全国にしてほしいなと思いますよね。
玉木さんありがとうございました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年もよろしくお願いします。ありがとうございました。
よろしくお願いします。