友人が多い理由とコミュニケーションスタイル
えー、そろそろ東京ネイティブ水上です。 ミラーです。
たぶんね、ここ、そういえば前回言い忘れたんですけど、前回から編集が入らないと思いますので、また取って出しスタイルになります。
僕、前回あれかな、自己紹介ミラーですって言った? 言ったと思うよ。
じゃあ大丈夫。 大丈夫、大丈夫。だから大丈夫。
じゃあ前回のさ、ちょっと時間予告した部分の話から言おう。 予告というか、なんて言うのかな。
予告っていうかさ、 一つ気づいたことがあったの。私のその特性を振り返って。
会話が苦手というか、会話によって自分の感情を発動させるのができていないっていう話が最後あったじゃん。
だから友達が多いんだなと思ったんです。
最近もう否定しないことにしてるんですけど、多いと思うから。
うん、多い。
友達が多いって、何なのかって言うと、 確かに。
多分会話において自分の奥底の部分を全く駆動させてないから いろんな人と話せるんだと思う。
違う、そうか。 だからいろんな人と話せるっていうのは、
いろんな人と話してもストレスじゃないっていうのもあるのかな。 いや、ストレスだよ。
疲れるよ。普通に人と喋ったりすると。
でも相手の、違うなとかもさすがにないから、友達だし、いろんな文脈を頻繁に摂取するわけじゃない?
そうですね。
だから疲れるの、一応それは。
疲れはする。その切り替えがたくさん起きるとね。
1日にいろんな種類の人と会いすぎると疲れはするし、 パーティーとかは人いっぱいいるから疲れるんだけど、
でもその友達が多いらしいんですけど、
っていうのはやっぱり、あんまり心の底で露出して交流してないからかも。
露出して交流してない、駆動してないけど、 ストレスは疲れというか、人間関係当然誰しもある疲れみたいなのが届いていて、
ただ、相手との会話で
そういうところを出してないから成り立つみたいなこと?
会話がというか、
いい関係がみたいな。
たぶんそうだと思う。
だから相手に悪い印象を与えないというか、
バイブさってると思う。
思う人もいるんだと思う。多いんだと思う。
でもたぶん、心の底をさらけ出すのがコミュニケーションだと考えている人は、
結構初期に私がそれができないことに気づくから、
あんまり仲良くならない。
ぼくそれさ、不思議なんだけどさ、
で、そういう人はだいたい友達がすごく少ない。
そういうこと?
そうでしょ。だって自分の心をさつろさせることがコミュニケーションだって思ってる人は、
そんなことできる人は世の中にそんなにいるはずないから、
そりゃ狭くなるよね、そんな人も。
あー面白い。
逆に厚い友情みたいなやつはさ、
友達少ないんだね。
少なくあって当然だと思う。
確かに。
友達が多いというのは、薄いコミュニケーションが可能であるという話だから。
そうだよね。
それは、そうかも。
「トレース能力」と人間関係
なんかさ、妖怪って一見厚い感じするけどさ、
実はそうじゃないかったりするなって思うんだよね。
なるほど。
なんていうのかな、体育会系とかさ、すごい厚い友情があるんだけど、
結構サバサバしてるというか。
あー明らかんとしてるね。
明らかんと。その場で誰とでも繋がれるみたいな。
うんうん。
いう人結構いるなって思う。
体育会系な人はってこと?
そこはずれる人もたくさんいるんだけど、
そんな気がするね。
優しい一群みたいな人って多分そうなんだと思うね。
オタクに優しい一群というかさ、昔あるでしょ、そういうのなんか。
BLとかでよくあるやつ?
BLとかは言わないけど、普通青春時のやつでさ。
だから、誰にでも分け隔てない人みたいな。
そうなのかなって。
なんかちょっと思い当たる人何人かいるんだよね。
本当に分け隔てないわけじゃないけど、なんかあるんだけど、
その場の文脈だけでこういう作れるみたいなというか。
パリピみたいなやつとか。
そう、パリピみたいなやつとか。
確かに。
そうなんだよね。
全然分かんないけどさ、クラブ行ったら友達じゃんみたいなのあるじゃん。
あるね、そういう人いるね。
意味分かんなくない?よく考えると。
でかい音楽聴いて踊っててさ、何で友達になれるの?ってなるじゃない。
だって何の会話も成立しないでしょ、あんなとこ。
聞こえない、わからない。
それがすごいね、なんか今腑に落ちたかもしれない。
なんかよくあるでしょ、そういうの。
私はそういう界隈と全然接触してないけどさ、見聞きするよ。
あとクラブの場合は、身体でそれをキャッチしてる場合もあるけどね。
そうね。
踊ったりしてるから。
なんかもっと。
センスある踊り方を互いにしているなって、
分かり合って友達になるみたいなのはあると思う。
体育会系というかスポーツもそうじゃない?
そうだね。
一緒にサッカーとかさ、なんかそういうのをやってて、
体の使い方でプレーのスタイルが分かるというか、
どのぐらいクレバーなのかとかさ、
どれぐらい卑怯なのかとかさ、
言わなくてもわかんじゃん、プレースタイルで。
あうんで繋がったみたいなのがあるのかもしれないしね。
あると思う、だからそこで仲良くなれる人っていうのは。
それさっき、この前回話したさ、盆踊りとかとも繋がる気がするよね。
そうだろうね。
セックスみたいなもんだから。
そうだよね、セックスみたいなもんだよね。
本当に収録前に話したさ、
歌が上手い男としか付き合ったことないみたいなのもそういうことだと思うんだよね。
なんていうか、本当古代の歌書とかさ、
部族世界みたいなことを聞いたらずっとそうだった友情のあり方というかさ。
身体において愛情が合うかどうかみたいなね。
そうそう、言葉ではなくて。
あなたは、じゃあみんな優君みたいな感じってこと?
私はそこまで身体性に依拠もしてないんだよね。
なんかだからすごい中途半端かも、そういう意味では。
身体性に依拠してなくて、自分の言葉をその場のノリに合わせられるけど、
自分の何かを、魂からのセンスみたいなのが出ない。
魂からの話はできないから、何者?
でも時々できる相手もいるから、
そういう人とは深い関わりになる。
そういう意味では、村田沙耶かの最新刊をぜひ読んでほしいんだけど、あなたにも。
なんて本だったっけ?
世界99。
ぜひ上巻お貸しするんで。
本当に?
暇なときに読んで。
これ昼なんですか?
そこには他者をトレースするのが上手な主人公が出てくるのね。
で、なんか、それ私みたいだなと思ったの。
そういう人が多いから売れてるんだと思うんだけど。
他者をトレースするっていうのは、あの人のなりを…
喋ってる相手が好ましいと思う友人をすぐ演じられるというか。
そういうのってさ…
私…どうぞ。
いや、世にも奇妙な物語とかでもあるやつだよね。
あるある。
自分を失って、自分が何か分かんなくなって、気づいたら、
あ、いつもいろんな仮面をつけてますみたいな話があったよね。
で、外したら、顔がないみたいな。
私の顔はどこ?みたいな話があったよね、確か。
そういうやつ。
そういうやつ。
私はでも、ここまですごく…
トレース?
トレースが上手であるというふうにはもう思わないんだけど、
どこの界隈に行っても変なやつであるという認知もあるんだけど、
人類学の界隈でもちょっと変だし、
コンサルティングやってる人たちの中でもちょっと変だし、
ダンスとかやってる人の中でもちょっと変だし、
どこ行っても居場所がない感はあるから、
ここに出てくる主人公よりは下手だと思うんだけど、
そのトレースの仕方がね。
でもたぶん、それこそさっき皆さんが言ってたみたいに、
とても陰キャみたいな人たちよりも、
顔は上手なんだと思う、トレースが。
自分を出さなくてもいいっていう。
自分を出さないで、相手をトレースして過ごすっていうことが。
そうそう。できる。
それは面白いし、
僕は下手だなって思った。
なんか、そうだね。
自分と、そうだね。
自分が出せない場場全部めんどい。
全部嫌って感じ。
過去の経験でここではこういう振る舞いをすればいい、
飲み会、会社の飲み会ってこういうとこ押さえておかなきゃいけないよね、みたいな。
とかは、それもすごくすぐ身につけるの苦手だから、
過去のやつを実践したりはするけど、
その中で自分を出さないと、
なんか、自分の個性がちょっとでも
混ぜないと無理ってなるかも。
逆にそれで、それが合う権力者にお酒注いで、お酒注がれたやつ全部一気にして、
イエーイ!みたいな言葉はできるんだけど、
それはトレースしてるというよりかは、
その実践、過去の勉強の上で自分が出せるとこを見つけた、みたいな感じ。
で、そこでこういう話して、みたいな。
っていうとこがないと、
自分が全然出せない場にいたら、
もう本当、座ってられない子供みたいな感じがある。
居心地が悪すぎて。
「木」や「神官」としての自己認識と問い
その感覚は私ないんだよね。
だから、どこ行っても一旦、
さも当然みたいな感じでそこには入れれるわけでしょ?
入れれるし、それは自分を出す必要ないと思ってるから。
自分を出さない。
新しい場所の方がそれはやりやすくて、
そうだね。
新しい場所で立ったから、
それこそ、個性が求められる場においては、
それってちょっと無理なんだけど、
あなた何者?みたいなのを、
どんどん出していかなきゃいけないパーティーとかもあるから。
恐ろしいパーティー。
欧米系のパーティーにはそういうの多いんだけど。
日本の普通のパーティーとか集まりはそんなことない?
そんなことないじゃん。
誰それの友達みたいなので、
存在許されるから比較的楽なんだけど、
そういったところは別に自分出す必要ないから、
全然いられる。
場のノリみたいなのに乗っかってればいいから。
その場のノリを見つけるのが、
見つけてトレースするのが、
上手い、比較的。
比較的できる自負がある。
もっとすごい人もいるけど、みたいな。
もっとすごい人もいる。
もっと、
この村田沙耶香さんの小説に出てくる主人公は、
もっとすごい人だけど、
本当にそのコミュニティの中で、
求められる役割を演じられるっていう感じなんだけど、
私はそこまでできないけど。
単発単発は上手いけど、みたいな。
とか、その場の、なんていうんだろうな。
その場で求められている人格みたいなものを、
80%くらい出すみたいなのができるんだけどね。
でもそれが、続いちゃうと疲れるよ、やっぱり。
それは、
そのトレースが、
初回のパーティーと、
初回のパーティーが何件もあるのが疲れるのか、
初回あるパーティーみたいなある出会い、
そのトレースして出会った相手と、
トレースを続けるみたいなのが。
トレースを続けるみたいなのが、
ずっと続くとやっぱり疲れるよね。
それはそう。
じゃあどんな感じ?
ボロが出るみたいな感じするの?
ボロが出る時もある。
ボロが出る時もあるし、
複雑性が高まるから。
そう、別のトレースの仕方をしている人と、
鉢合わせたりするから、
そうすると、どっちに自分が合わせればいいか分かんなくなるし。
どういうこと?
そういうことは、その場のトレースを別の解釈でやっているってこと?
別の界隈とかで言っていいと思うけど、
その界隈が混じり合う時あるじゃん。
その時にどっちに周波数を合わせればいいか分かんなくなる。
それは疲れる。
そういうことか。
自分が別の界隈とAとBで別のトレースをしているところが混じったりとかってこと?
そう。
なるほどね。
どちらも破綻しないような振る舞いをしなきゃいけない。
確かに。
っていう話は世界99にも出てくる。
世界1と世界2と世界3があるみたいな話なんだけど。
それが混じるとちょっとみたいな。
混じるの大変みたいな話が出てくるんだけど。
それ大変だね。
だからさ、会社とか嫌なんじゃない?
会社?
うん。
だってずっとそれ続けるってことにならないの?会社とかだと。
会社に勤めるってこと?
そう。
そういうのとは違うの。
組織に属するみたいなことが。
だから多分この小説に出てくる主人公みたいに100%それができる人にとっては組織で勤めるっていうのは楽だと思うんだよ。
そこで完結。他混じらないことが多いし。
混じらないし、安定してるじゃん。
うん。安定してる。
同じ人がずっと毎日いて、同じ人と会って同じ人と仕事するから。
同じようなことを言って。
そうそうそう。それはそれで楽だと思うんだけど。
多分私は100%それができなくて80%ぐらいしかできなくて、
残りの20%で多分自分の本心みたいなのが本当は別にあって、
それを駆動させ続けているから、
歪みが出るんだと。ずっと一緒な人と一緒にいると。ずっと同じ人と一緒にいると。
でもその20%を出していくってことにはならないんだ。
うーん。
たぶん喧嘩の話もそういうのもあってさ、
職場で喧嘩するのってその場のもちろん合わせるんだけど、
側を出すからだと思うんだよね。
それが自分の正義みたいなというか美学みたいなものとかがあったりとか、
こだわりみたいな。本当はその仕事にそんなこだわりないんだけど、
自分が役割を与えられた以上はこのようなこだわりがあるべきなんじゃないかっていうようなことがあって、
そこにも文脈を合わせた上でのこだわりな部分はあるけど、
それががになったりとかすると思う。
だから僕はどっちかというとそういう人だなと思う。
この仕事に興味があるとかないとかじゃなくて、
これをやるってなった以上はなんかこう自分の意見がないというか、
こだわりを自分の意見みたいなのを言わないといけないというか、
じゃないと続けられないみたいな感じはする。
確かにね。
でもそれもなんかね、
組織の中にいるとそれを出すということが難しいなって思うかな。
出すときもあるんだけどね。
友達が多い。
友達が多い。
ゆうくんの友達がみんな悲しんでる。
なんで?
トレースだったんだ。
80%だったんだ。
80%だったよ。
魂は動いてないって。駆動してない。
駆動してる友達も結構いるよ。
あなたは駆動してますよ。
あなたは駆動してます。
ほら。
ここを聞いてる人とは駆動してると思う。
ここを聞くような人とは駆動してるはず。
多少は。
どっかのエンジンは動いてる。
どっかの魂は動いてるはず。
いや、なんていうか。
でも納得はいく。
友達が多い少ないみたいなものに対して
いろんなこと多くも考えてきたけど
それはすごくわかるなと思う。
キャパシティの問題という風な意見もあると思うけど
とか、一人に注ぐリソースの違いみたいな
ちょっとまた違った見解で面白いというか
そもそも全然
魂を触れ合わさないとと思っている人は
それはキャパシティいっぱいになるというか
私はキャパシティは一緒だと思う。
人と付き合えるキャパシティは。
だけど魂を付き合わさなければいけないと思っている人は
そのゲージが進むのが早いというか
そうだね。
っていうことかなと思っている。
恋人は?
恋人はって何?
とはどうすんの?
どうすんのって何?
さっき会社はさ、継続
ずっとトレースし続ける環境っていうのがさ
難しい。
少ないっ
一個の単発の行事だったらうまくできるけど
それが別の界隈が合わさったりとか
ずっと継続する
場所とかだと
まあ難しさもある
ということだけど
恋人は?
うーん
あなたはどうやって
だって
なんか
どうやってその
ない関係を作るの?
ない関係を作るってこと?
なんていうかね
魂を
出さないくて
どうやって新しい関係を作るというか
そんなんていうのかな
ここにあるパーティーに参加して社交を成り立たせるとか
ここのプロジェクトに参加して
そこで求められる
役割を演じるみたいなとは違ってさ
一対一の
新しい関係みたいな
のに
どうするの?
魂出さない人たちは
でも私は
恋愛関係においては
魂が触れ合わないと始まらない
なんか触れたら恋になるんだ
普段触れないんだけど誰とも
なんかそこが触れたという
感覚があった人のことを好きになる
なるほど
事故みたいな感じで
事故の可能性もあるし
相手が必要にシャッターを開けてくる
あ、ゆうくんの?
シャッターを開けてくるってこと?
相手のタイミングと私がシャッターをちょろっと開けたタイミングが
重なって
相手がシャッターの中を
足がガーンってなるみたいな
相手がシャッターの中を覗いてしまったら
好きになる
なるほどね
基本シャッターが閉まってるんだよ
誰に対しても
飛び込んで
お互いの
向こうが常にオープンの人だったら
向こうはずっと開いてたとして
相手はむき出しの魂を
誰かと繋がらないかなって
探してる人だとして
ゆうくんは開いたり閉じたりするわけだね
そうそうそう
開いた瞬間に相手がそうやって入ってきたりすると
恋になる?
そうそうそう
この人
私の魂見たから
乱死みたいな感じ?
好きだみたいになる
乱死みたいな感じの
例えがよくある
なんかそういう感じかな
入ってきたらもう
こいつだってなるわけでしょ
他を受け付けないみたいな
そうだね
他は基本見れないからね
こいつを
こいつを
こいつは私のもんだって感じでしょ
だってそうすると
そうですね
恋愛はそんな感じ
でもそれだと
相手はずっとオープンで
誰か繋がらないかなっていう人だとしたらさ
相手と認識のずれができてたりする?
そうすると
時もあるね
そういう人の場合は
オープンマインド系の人が
好きになる場合は
だいたいそう
そういうこと
だから全然恋愛が始まってないのに
勝手に好きになって
勝手に告白して終わる
相手はただオープンなだけだから
勝手に告白してっていいよね
なんていうか
告白って別に勝手にすりゃいいはずじゃない
でも
みんなたぶん勝手に告白してないんだよね
そうなんだ
たぶん
なんかだいたい
地ならしというか
いけるいけないみたいなのがあって
私はちょっと地ならししてる
地ならししてるの?
ちょっとね
でもたぶんちょっとなんだと思う
でも繋がっちゃってるから
こちらの認識としては
向こうはそう思ってないけど
でも開いたり閉じたりって
多くの人はなんとなくしてたりするというか
それが極端かどうかとかはあるのかもしれないけど
友人とはそうあんまなんない
友人とはだんだんこう
その魂が出る部分を確認し合うというか
すり合わせるというか
そうだねそうだと思う
友人の場合まだそこまで
友人の中でもたぶん私が泣いているのを見たことがある人というのは
かなり特別な部類に入る
そうなんだ
それはシャッターが開いている状態だから
好きになりがちそういう人のこと
友人を好きになるってこと?
今の質問がそういうことであるならばそう
そういうこと?
だから友人じゃなくなるみたいなことがある
こともあるねそういう時は
でも基本的には
「木」としての振る舞いと他者からの崇拝
泣くみたいなところを見せるってことが
美しいものを見て泣くみたいな話は別だけど
自分の感情の高まりみたいなのを
解禁できることがほとんど私はないので
そうなってくるとその人にはかなり心を許している
それはその解禁の度合いで
友人としての段階が上がるのか
恋になるかみたいなのあるの?
恋になりそうな人にしかそういう姿は見せないかもしれない
この人とはずっと友達だろうなって人には
見せないことが多い
見せないことが多い
よっぽどじゃないとちょっと無理かも
じゃあ髭の前でしか泣かないってこと?
そういうことなの?
よっぽどの友人はまあまあいるよ
それから恋愛感情にならないこともあるけど
数人ね、それは数人いるけど
そうですね、髭の前では泣き出したら要注意ですね
要注意ですね
泣くか泣かないかみたいなのはあんまりないんだけど
確かに泣くっていうことが
別にその人との間で僕が泣いたことがあるかどうかは
そうじゃない友達の方が多いんだけど
重要じゃないとか
でもやっぱり飛び道具にはなってるなというか
思うんだよね、その二階級特訓というか
そういう感覚ちょっとわかる
僕だとFさんとかそうだよね
彼とはいろんなところで話が合うのもあるけど
他の人と比べてすごい積み重ねが
じゃあめっちゃあるかっていうとまああるんだけど
一個大きなきっかけとして
そういう話ができたみたいなとか
わかってくれたみたいなのは結構大きい気がするんだよね
そうだよね
泣くほどというか
確かに
なんかそんな気がしますね
私はあなたの会話にたびたびついていくんで
私は毎回トレースができないからさ
居心地の悪さも感じつついるんですけど
いえいえそんな世界が広がって楽しいんですけど
どことなく僕が知ってるあなたじゃなくなるなとは思ってるんだよね
そうでしょ
ところどころ
なんかすましやがってるなみたいな時もあるし
なんか違うなと思う
行く場所で
そうなんだよ
行く場所ってあとテーマとか
その場で同じ人同士なんだけど
この話になった
こういう話ではみたいなというか
そう違うなってなる
そうだから全然違う自分がいるんですよ
いろんな場所に
急にねあれだよね
なんかデルフォイの神官みたいな感じになるよね
なんていうのかな
どういうこと?
なんかこうなんか朝前として見えるみたいなさ
神殿の人みたいな
私が?
急にこうなんか超越的な感じになる時ある
そういう界隈の振る舞いがあるってこと?
そう300年生きた樫の木ですみたいな
そういうキャラね
そういうキャラ
キャラがあるんだよね
そういうキャラがある
なんか界隈によっては
あなたはパワースポットみたいになってる時もあるから
なんて思う時がある
あるかも300年生きた樫の木だから
そう樫の木だから
森の動物も人間も祈ってるみたいな
でもあの俺昔付き合った人に
木にね
木に触れる時間を作った方がいいって言われたことある
なにそれ
あなたは木と近いから
存在感
木に触れる時間を使った方がいいって言われたことあるよ
わかるかも
木だね
なんかそう岩じゃない
岩ほどの超越性はないんだね時間の
いやっていうよりも形状かな
僕が思ったギリシャの神殿みたいなのも柱なんだよね
なるほどね
そう
柱ね
たぶん形状な気がする
面白い
でもそうですねゼルフォイの神殿にはなんかシンパシーは感じてます
実は昔から
神託城でありたいと思ってますよね
そんな感じ
みんななんか求めてきてる気がする
なんかそういう時ある
そういう怪物
そういう姿を見たことがある
そういう時ある
なんか怖ってなる
怖
なんだこれってなる
なんだこれ
なんだろうこれみたいな
細着かずこぐらい怖い
そんなことあるんだ
なんかこう
あぁそうだよねみたいな
みんな納得してるの
そう
それなんかさ言ってたわきょうおとといもなんか
名古屋のAさんの方じゃん
彼も私のことよく知ってる人だけど
そうなってるのが行き着かないなって思ってたって言ってた
最初の方
出会った時にみんなそういう感じで
確かに
崇拝してて
だからちょっとなんだこいつって思ってた
なるほどね
名古屋のAさんと出会った時も結構こういろんなコミュニティ
いろんな人が集まってる場だった
確かにそうかもしれない
なんかそういう感じになるよね
なる
それを元のその
ポジション取らないみたいなところとか
いろんな人があなたに話しに
っていう美徳でもあるみたいな話も前の回でやったけど
その効果でもあるんだと思うんだけど
あなたが気になってるの
樹木信仰の象徴になってるのね
困ったなあ
信仰されても
信仰を集めてるよね
たまに
無自覚だから自分がそういう時ってよく分かってないんだよね
そうなってることに
なってる
今度教えてよなってる時
今なってるよ
今木だよ
木だよ
木の時大体僕居心地悪いもん
あなたが木になってる時居心地悪い
だってさ
その場で連れてこないと
あなたしか知ってる人いないってことが多いでしょ
なんだけどさ
みんな木として崇めてるからさ
なんでだよみたいにならないじゃん
だからさ
たまに突っ込むとさ
突っ込もうとするんだけどさ
絶対しらけるじゃん
私が崇めてるみたいにならない?
信仰を解除しに来たって思われる
そうそう
ただの木だよじゃないけどさ
空気読めない人みたいになるじゃん
でもそこで僕もゆうくんを信仰するほど
トレースは上手じゃないっていうか
しなくていいよ
だから真剣に眺めてるみたいな
みんなと同じ顔しとこうかな
なるほどね
そんな大変なことさせてたんだ申し訳ないね
某カフェとかでたまに会ったね
某カフェね
昔たまに行ってた
面白い
そうね
信仰の問題あるよな
大学時代あなたを訪ねた時とかも結構そういう時あるかもしれないね
なんかそう
名古屋のAさんは
なんか
そのなんか
ムーブが強かったって言ってた昔の方が
そうかも
昔より今の方が上手なのかもしれない
「問われる環境」と自己探求
昔はもう
最初
コミュニ
そのなんかいろんなコミュニティが寄せ集まるとか
いろんな場面でとりあえずそれだったのかもしれない
でもどのコミュニティ寄せ集めてもゆうくんの気的な要素はみんなわかるから
気で乗り切れるというか
社会的に言うとそれちょっと違うかなっていう時もあると思うんだよね
気でいられない場面もあるからね
そうそうそう
気の要素はさ昔からあるよね
何回も言うけど台話の店員への態度とかでもきっと気だよね
あの態度を結構
同学年とかもうちょっと年上の人にも注用するのがすごいんだよな
気であり気俗的だよね
そうそう気俗的なね
心感だね
やっぱほら前世は高層だから
それが正しいからね
なんかふに落ちたんだよね
悔しいけど
なんだそれって思いつつ
まあそうだなみたいな
あるよねそれは
田岡住で真剣な顔してるの
へへって思ってる
中学の時理科室で一緒にわけわかんない踊りしてたのに
あがめられてるみたいな
いやあがめられてはいないと思うんだけどね
そうなんだねそういう風に見えるんだね
なんかこう妙な説得力で場を包んでる時あるよね
あそうねそれはあるかもしれない
そういうこと
妙な説得力ね
そうあれは何ですか
やっぱ転生だよねあれ
もう毎回できないもん絶対奥に
僕漢字の肩書きあってもできなかったのに
確かに一例のおっちゃんにお酒ついてたんだもんね
そうそうそう
お酒ついて
ハグまで飲んでたからさ
もちろんね肩書きで話をね
うーんって聞いてくれる人はいるけどさ
そういう空気には持っていけないよねどうやったって
うん
変だよね
変
私もなんか
ないって感じだよほんと
ないって感じだね
まあだからそれもあってもしかしたらプロセスみたいなのを
前回の話に戻るけど
説明する場面がなかったのかも
なんかそういう風にさ進行されてしまうとさ
説明不要だから
別に私の中に何が起こっているかっていうことに
興味があまりないから
作戦だもんねほぼ
そうだから作戦ってさ結果だけがあるじゃん
結果っていうかその言葉だけがあって
結果だけがあって
神がどう何を考えたかみたいなことは
誰もマダーにしないというか
確かに
そういうことだよね
なんだよね結局
でもしばらく社会に見送るとそこ問われるわけだもんね
そうそうそう
でもやっぱり答えようがないんだよね私は
作戦だからさ
自分の多分作戦になっちゃってるけど
本当は優君としては作戦っていうか
意見の表明なんだよね一応多分
社会的な私としてはね
そうそうそうで多分子供の時はずっとそうだったんだと思うんだけどさ
なんとなくだってずっとご意見版感あったもんね
小学校の時から
ご意見版感
だからそこでみんな妙に納得した話聞いちゃうけど
多分本当はこう
なんでそういう意見なのみたいな
だってこうでこうでこうだからみたいなのがあるんだけど
そこ誰も通ってこないから
そうなのよ説明する機会がね極端に少なかったんだと思う
そういうことかもね
強い母の話とかもあるけど結構
転生のものもあって説明が不要な時間が長かったというか
無用な気がしますね
説明しなくても
ジンツーリキで通ってきたから
大会主張が
ジンツーリキでさ
なんかでもあったよやっぱりジンツーリキあったよ
なんだろうな
妙な
人身集約力
なんかそうなんだよ
納得させるんだよな
変だよね
納得しないでほしいみんなそんな簡単に
しちゃってるよね
してたよね子供
しないほうがいいよね
しないほうがいいよね
そういうことかな
そういうことかもね
だからどっちもある
もしかしたらこの育ってきた過程で
あんまり自分の意見みたいなものというか
規定路線みたいなのがというか
昔も言ってた
実はやりたいこととかということを
選択を先延ばしてきた大学の時とか
っていう話もあったけど
決められないっていうものもあるとは思うけど
それと同時に
意見の思考過程みたいなの問われてこなかったというか
どっちも
後者は多分転生なのかなって思うんだけど
いろんなことが組み合わされないと
それに成り立たないと思うんだから
そうだね
それが今のあなたですっていう
普通じゃないですか
だから私は常に
結局なぜ大企業に暗中していないかみたいな話に
ちょっともう一回戻るんだけど
多分その特性を生かすには
そういうとこにいた方がいい気もするんだよ
大企業に?
だって問われることないじゃん
説得力を持ってて
要はわからんけど説得力あるから
これでいいんだなって思わせといた方が
いい場面って多いじゃん
大企業の中の方がね
しかも説得力を問うたところで
中身がないというか出てこなかったとしても
別にそれまでというか
それ以上でもない
そこで任せられない仕事とか
逆に任せられる仕事もあるかもしれないけど
別に
エヴァンジェリストとかやってる
そうそうそう
そうだね
いいんだと思うんだけど
でも私は
あえてというか
多分常に
自分が問われる場に
いようとするというか
大学に行くとかから間違ってるじゃん
間違ってるというか
その
問われる
そうね
問われるし問わないといけないし
場所だからさ
そういうところに身を置きがちなんだ
会わないなみたいな感じがしつつ
そんな風に頑張らなくてもいいのにと思いつつ
修道院とか行きたいもん早く本当に
本当は
だめだよ
今世のミッションはそれじゃないでしょ
せいぜい見える人によるとね
だって絶対楽だもん
そうか
確かに
そういうとこにいた方が
寺とか
すぐできると思う
自己の未確定性と今後の展望
仕事
カンヌシになりなよ
やらないよできちゃうから
でも多くできないんだよね
できないけどそれに憧れる部分があったんだよね
なんか世界に準ずるじゃないけどなんていうかな
そうというか何かに日々の繰り返しの営みみたいなのにもっと価値が出るというか
意識とかを行うことによって
県産の日々とか何かのためとかじゃなくてさ
現実的なっていうのに憧れてた
でも無理だった
寺とか修道院とか入ったら
収益改善とかしたいもんねやっぱり
どうしたら
だって言ってたもんね
だって実際やってたもんね最初の神社でね
最初の神社でも
魔改造エクセルとか作ってたでしょ
そう
効率悪いから
便利な人だけどねそういう人がいてくれるのは
そうね
アクセスでウジ子管理しようとしてたよね
それ提案してた
そういうことしたくなるし
ただもちろん
原則
この神道とかの原則を踏まえて
私の意見があって
その美学を損なわない方法で
収益を上げたいっていう感じなんだよね
だから変なお守りとかは作りたくないとかはあるんだよ
だけど
同じ繰り返しだけでは無理というか
何かこう
何かやることがないとダメっていうのはあるよねやっぱり
それはあなたの素敵なところだと思いますよ
改善活動
でもこれほど熱心じゃないから
大企業で
自分の能力の範囲で誰かに役立つ改善ができたらいいんだけど
あなたはずっと問われ続ける環境にでもわざわざ行くわけじゃない
僕は逆に自分の
たぶん自分に合ったところ本当になりたかった方向
なりたかったところと自分に合ってるところだと自分に合ってる方を選んだなって感じもするんだけど
今ね
でもあなたはずっと自分に合ってる方じゃないところに行こうとしてるというか
そうね
だから大企業でUI UXとかさ
UI UX
コンサルとかだとあれだけどさ
UI UXをやってるのって
別に責任ないかどうかはないけどさ
すごく重要なキャッシュフローに貢献する仕事ではないよね
意見としてくださいみたいなことの方が多いかな
本当はそれは良くないのかもしれないけど
多くの場で底どまりなUI UXチームって多い気がするんだよね
そうだね
それは良いという感じはしないんだけど
そういうポジションというかさ
そういうこう
ご意見版的部署みたいな大企業ほどあるわけで
あるね
確かに
ご意見版的立ち位置の専門職というか
コンサルとかもそういうかもしれないし
じゃないのはなぜってことだよね
そうね
なんで問われ続けなきゃいけないのか
そうなんか無理してる感はちょっとあるよねずっとね
あれ?あの
年齢が伴ってないっていうのもあるけどな
それができないっていうこと?
なんかもっと年齢が伴ってたら
ご意見版的なポジションにいても
許されるみたいな
若いんだからみたいなのがまだあるからってこと
自分の中にもある気がする
そこにやってそこに安住してはいけない
安住してはいけないという
なるほどね
でももっと自己を見つめたいみたいな意欲もあるの?
あるある
なんかだから
本当にそう
なんか納得してしまう人がいるから
あなたのについて
そうそうそう
気として信仰される
信仰する人が時々いるから
いやいやみたいな
そんなんじゃないですよ私はみたいな
私自身も自分のことよくわかってないんだから
あなたがそれを信仰するということは
何かの幻を見ているのであって
っていう感覚があって
だからその幻ではない自分は
何なのかみたいなのを問いたいっていうのはあるんじゃないかな
問われる環境にいたい
そうそうそう
のかそれで
自分を測り直していたい常にっていう
でももう一回大学院行く感じはしないんでしょ?
しないね
選択として
それはこうどうして?
大学一番のやっぱりわかりやすい
あれとしては大学院で研究したいテーマがない
問いたいことがないの?
そう
それは自分は問われたいけど
自分から問いたいことがない
そうだよね大学院でそういうとこでもね
どうやって問うていくかとか
どうやって世界を知っていくかをみたいなのを
あなたが世界を問うために問われるわけだもんね
そうそう
順序としては
だからあなたが問いたいものって何なの?っていうのが最初にあって
じゃあそれを問うためにはこれも考えなきゃいけないんじゃないの?とか
こういう話は考えたの?みたいなのをやっていく場所だと思うんだけど
結局あなたが問いたいことって何なの?みたいなのがまた戻ってきたりとか
そうそう
だから終始ぐらいだったらそれがもうちょっとファジーな感じにも許されるというか
あんまり自分のことがわかってなくても続けていけるんだけど
やっぱり博士課程以降になると
何を問いたいかは自分の中でもうちょっと持っておかないと
最初の議論にもたどり着けないと
そこに時間かけてもいいんだけど
入ってから大変だよね
入ってからそこに時間かけるのもあんまり意味ないよね
それだったら他の環境で問われた方がいいかなとか
そんな気が今のところはしていて
テーマが見つかれば大学に行くっていうのも一つの選択肢になるけど
今のところそれがないなっていうのが一つと
自分が考えたいこととか問いたいことが
本当に人類学なのかなみたいな
人類学が最も適している手法というか手段なのかが
ちょっとわかんなくなってきたなみたいな
他の可能性に開いておかなくていいのかなみたいなのは
最近ちょっと思っているっていうのもあるかな
問いがあったとしても
今はその蓄積が一番多いからそれを使っているんだけど結局は
しかも今別にしっくりきてるからいいんだけど他の学問よりは
ただこれがベストなのかっていうとまだわかんないなって感覚がある
確かにそこでもう一回大学に行こうとすると
手段が目的化するみたいなことが起こっちゃうかもしれないしね
そうなんですよ
世界を問う
なんか今思い出した
世界を問う手段みたいなのが
そしての人類学というか見方みたいな
人類学で何やらなきゃいけないんだろうみたいなことになっちゃう?
別に人類学でやる必要はないかもしれない
さっき何か思いついたんだけど忘れちゃったな
大企業の下りで
それってここにつながる?みたいな
大企業にいた方がいいんじゃないかって話が
それで今から何するの?
わかんない
今問われる環境にまた身を置こうとしてる?
そうだと思う
新しい問われる環境に
今身を置こうとしてると思う
これまでも問われ続けてて
その問いに十分答えられなかったって感じはする?
そうだね
だからこの1年は結構問われてたと思うけど
でも問われ方が一方向というか
ある目的
ある目的にあなたは合致するのか否か
あなたはどう考え何をするのかみたいな
ずっと問われてきたから
まあそうだよね
もっと多面的にというか
そうですね
それだけではない問い方をするという感じ
またここに戻ってくるけど
ダンスとか俳優みたい
演じるみたいなこととか朗読とか
さっきはリハビリというか
前回では自分の思考というか
自分の表現みたいなのを取り戻すというか
もう一回人の肩にで
また得るみたいな感じがしてたけど
それと同時に自分を問う手段でもあるかもしれないよね
いやまさにそうだと思う
どっちもなんだろうなって思った
人のダンスの先生の思想とか肩とかを受けつつ
自分の表現を外に出す
外に出すことも大事なんだけど
その過程で自分の中に問うということの一つの方向
この1年忙しい1年というかここ数年
同じ方向での問いっていうのが続いてきたけど
そうじゃなくて今別の方向からの問いを向けられたい
っていう欲求が根底にあるのかもしれない
そうだね
ダンスとかも
そうだと思う
それも納得するよね
急にダンスとかオーディションとか言い出したから
こんな時に何を言ってるの?って感じだったけど
結構根源的な欲求がある
根源的な欲求がありますね
問い続けて欲しいっていう
そうですね世界にね
問われたい
そうですね問われたい
問われたいし身分化な自分
言語化できていない自分みたいなものを
世界に置いてみたら何が起きるんだろうみたいな
感覚
でも多分だけどさ
問われるってことはさ
問われるっていうのはさ
何かを問うっていうのは何かを理解するための
手段だったりもすると思うんだけど
あなたにとってはちょっと違うのかもしれないと思うんだよね
僕なんとなくだけど答えをずっと出さないようにも見える
ずっと身分化なまま
何を問われても
そうですっていう最終回答は
その問うてきた人には
多分帰ってこないというか
自分にとっても
自分がどうかっていう
だから優君はずっと身分化かつ
常にどんな可能性もあるとも言ってもいいかもしれないけど
自分を何かに決めないっていう風に見えるけど
それはまだずっと
あなたの大器晩成な人生の
まだ序盤に過ぎないからなのか
本当にこの身分化な
未確定な自分っていうものが
ずっと続くのかっていうと
どう思われますか?
また出てきた味覚が
比較意義覚が丸く収めましてなんですけど
それは気になるなって思うね
それはわかんないよね自分では
でもとりあえず今年は
いろんなことをやってみようというのは決めたので
それが何かを
だから今年一年いろいろやってみて
今言ったように
どこかに向かっていくみたいな道を
見つけられるかもしれないし
でもずっと身分化なままでやっていくんだっていう風に
決めるかもしれないし
それはちょっとこの一年で考えようという
イメージですね
暫定でも何か見つけるかもしれないし
どうするかはちょっと考えたい
さすがにこの一年で見つけたいとは思って
どっちに向かって歩くのか
身分化な自分を持ちつつも
こっちには行くみたいなとか
こっちには行かないとか
今とりあえずは
ここの畑を耕す
だというのは決めたいなと
何を植えるかわかんないけどみたいな
一年後、永平寺にいるかもしれないしね
どうするそれ
そうなってたら
どうする
座禅体験しに行くよ
すっと馴染んじゃう?
馴染んじゃうと思うよ
最終手段にとっときたい
みっちもさっちも本当に行かなくなったら
それすると思うけど
まだいいんじゃないかな
今後期待
みなさん
すいません2回も続けて
ありがとうございました
失礼します