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こんにちは。今回なんですけれども、本当の幸せとは主観的幸福と客観的幸福というテーマで、僕の意見をお話しさせていただこうと思うのですが、
幸せとは何かという質問に対して、これは人間というのは、自分の脳の中で幸せなのか不幸なのかというのを感じているんですよ。
自分の脳の中で自分で決めているという部分が大きいんです。
というのは、幸せ、快感、楽しいというのを感じる神経伝達物質とかホルモンというものがあるわけであって、脳の中でドーパミンが分泌されれば快楽を感じて、セロトニンが分泌されれば長く続く気持ちいい幸せという感覚を得ることができて、
人とか動物と触れ合えばオキシトシンが出て幸せって感じるし、あとはマラソンをして後ろの方で気持ちいいって感じてエンドルフィンが分泌されて気持ちよくなったりとか、いろんなものが分泌されていて、
これらを分泌している人、そしてそれを脳で感じ取っている人は幸せを感じ取っていて、分泌されていなかったりとか、あるいは不幸を感じるストレスになる物質を分泌されていてそれを感じ取っている人は不幸を感じているわけであって、
幸せなのか不幸なのかというのは多くの場合が主観的なものなんです。
自分の脳の中で感じているわけです。
同じような環境、同じ職場で同じように仕事をしていて、同じような収入でやっている人でもすごい幸せを感じている人もいれば不幸を感じている人もいるわけですよ。
ものすごい大金持ちで豪華な贅沢な暮らしをしていても脳の中では不幸を感じている人もいれば、あるいはそんなに裕福ではないと。
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だけど田舎で自給自足の生活をしていて、明らかに経済的に豊かじゃないふうに見えても、自分の中ではすごく幸せを感じている人もいるわけであって、本当の幸せというのは主観的なものですよと。
だけど客観的な幸福というものもあるわけであって、それは客観的な評価、データによって決められるわけなんですよね。
現代人の多く、特に日本人は主観的幸福よりも客観的幸福によって自分が幸せなのか不幸なのかというのを勝手に決めちゃっている人が多いんですね。
なので本当に幸せになりたかったら客観的幸福よりも主観的幸福を重要視したほうがいいですよということで、今回動画を上げさせていただいているわけでございます。
客観的幸福の客観的データっていろいろあるんですけれど、例えばよく言われているのが国民一人当たりのGDPとか、健康寿命、その国の入児死亡率、治安がいいかどうか。
例えば銃を持っている、銃の処置が許される国、アメリカなんかだと銃による大量殺戮とか、銃によって犯罪が起きるとか恐ろしいわけですよ。
日本は一般人が銃を持つということは原則として禁じられているわけですよ。
例えばクレー射撃とか両銃とかの許可を得ている人を除けば。
あとは治安に関しては殺人とか盗難とか詐欺とかぼったくりとか、日本なんかは夜道でも子供一人でも歩けたりとか女性一人でも歩けたりする。
確率的には低い確率で犯罪は起こるわけなんですけど、海外だと、例えばメキシコなんか女性一人、子供一人で夜道を歩くとか、子供一人で出歩くということ自体もアメリカでもメキシコでも危険なわけですよ。
子供を単独で放置すること自体が法律的に禁じられているような国だっていっぱいあるわけですよね。
殺人とか盗難も比較的日本は少なくて治安が良いわけです。
なおかつおもてなしの精神というものもあるわけであって、飲食店とかデパートとか行っても店員さんすごく親切なんですよ。
おもてなしする方はストレスかもわかんないけれど、変なぼったくりとか詐欺とかしてくる店員はそうそういないわけですよ。
これが海外行くと、例えばインドなんか行くと、本当申し訳ないけどぼったくりとか詐欺とかゴロゴロいるわけですよね。
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それ考えると日本で暮らすって本当は幸せなんですよ。
あとは失業率も低いですね。
あとは戦争とか内戦も今のところないわけですよ、80年間。
あと医療水準も高いわけです。
物質はあるわけですよ。
国民一人のGDPは比較的高いほうなので、上のほうなんですね。客観的なデータでも。
インフラも充実しているし、トイレだってそこら中にあるわけじゃないですか、公衆トイレ、パーで使えるトイレが。
これが海外行くと本当トイレなんかないし、仮にあったとしても物凄く汚かったりするんですけど、日本のトイレって駅とか空港のトイレってめちゃくちゃ綺麗じゃないですか、ウォシュレットもついててね。
ほぼ全員テレビ持っててエアコンもあって洗濯機もあって、あとはスマホも持っててYouTubeも見れて、
ネットフリックスとかAmazonプライムビデオとかサブスクで映画とかアニメも比較的少ない金額で見放題なわけですよね。
だからこれすごい充実してるわけですよ。物質も満たされてるし、サービスも満たされているっていう状態なんですよ、本当は。
だけど日本人の多くの人たちが不幸を感じてるわけであって、例えば世界の幸福度ランキングでもあなたは幸せですかっていう質問をした場合、日本って55位なんですよ。
これだけ物質的サービスが恵まれていて55位ってあまりにも低いわけで、G7ではもう最下位クラスなわけです。
あなたは幸せですかって聞くのは、それに対して答えるのはこれは主観的幸福なんですよ。
客観的幸福っていうのはさっき言った国民一人当たりのGDPとか乳死死亡率とかそういう客観的なデータに基づくものであって、
日本って客観的幸福度は高いんですよ。日本って本当は国ガチャ大成功なんです。国ガチャSSRなんですよ。
だけど主観的幸福度は低いんですよね。これは宗教の影響とかもあるでしょうね。
例えば貧しい国であっても宗教を信仰している経験のイスラム教徒やキリスト教徒、ユダヤ教徒なんかは幸福を感じやすいっていうのはありますよね。
今あるこの苦難は神が与えた試練なんだって思うことによってそれを解消することができて、
だけど宗教信じてないとなんて苦しいんだってひたすら終わっちゃうっていうのもあるし、
今自分が置かれている辛い環境はこれを乗り越えることによって、そして苦毒を積むことによって天国に行けるとかそういう教えを真面目に信じているのであるならば幸福度は高まるんだけど、
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日本人は神道とか仏教は神道しています。みんなお寺に行ってお参りするし神社にお参りするわけなんですけれど、
外国の人と比べるとそんなに経験に宗教を信仰している人はいないわけであって、その違いもあるとは思います。
日本人はなぜこんなに幸福度を感じないかというと、他人と比較しすぎるんですよ。
これも客観的幸福の一種だと思うんですけど、客観的データによって劣等感を感じて不幸を感じる人が多いんですね。
特に最近現代人、これだけインターネットが発達してみんなスマホを持ってSNSをやるわけですよね。
自分も自撮りで写真を撮ってInstagramとかTikTokを上げたりするわけであって、そうすると他人のキラキラしているところがどんどん目に入ってくるわけですよ。
しかもそのスマホに依存してしまって、SNSに依存してしまって、ひたすらX、Q、Twitterばっかり見たりとか、InstagramとかTikTokとかずっとショート動画とか写真とかスクロールして見まくっていて、それに依存しちゃっていて、それがやめられない状態。
自分と他人を比較することがやめられない状態になっているんです。
そうするとみんな自分のキラキラした部分だけを切り取ってSNSにアップするので、それを見た人たちはこの人たちは自分と同年代で同じような環境なのにすごい幸せな暮らしをしている。
それに比べてなんて自分は不幸なんだ、なんて劣等感を感じて自ら首を絞めて不幸に導いているというのが現代の日本人なわけですよ。
同窓会に行ってキラキラして飲み会していて、それに参加していなかったら何か劣等感を感じて仲間外れにされたような気持ちになるし、
あとは可愛い彼女がいてイチャイチャしていたりとか、そういうのをアップしていればすごい羨ましいと感じるし、
その恋人同士だって本当は破局寸前なんだけど、無理やり仲良しアピールをしているだけな不幸なカップルかもわからないじゃないですか。
そもそも本当に仲の良いカップルって別に仲の良いところをネット上に上げてみんなに自慢したりアピールしたりとかしなくてもいいはずなんですよね。
あとディズニー行って友達が楽しんでいたら自分だけ仲間外れって感じたり、海外旅行行ったりとか高級レストラン行ったりとか、
ブランド物のバッグとか服とか車とか家とか、あとは最近多いのはルッキズムですよね。
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顔とかスタイル、なんて自分は足が太いんだとか背が低いんだとか顔がでかいんだとか目がちっちゃいんだとか、
この子すごい可愛い、私すごいブサイクとか、この人すごいイケメン、俺なんてブサイクなんだってね、
必要以上に劣等感を感じてしまう人が多いわけです。
あとはいいねの数とかフォロワーの数とかまで比較して劣等感感じてっていう人が多いんですけれど、
なので現代人は客観的幸福、他人と比較することにあまりにも左右されて必要以上に不幸になっていて、
主観的幸福を大事にしなくて、幸福を感じようと思えば感じられるのに本当は幸せなのに不幸になっている人が多いですよっていうことなんですよ。
で、たびとびぶく言葉に出すんですけど、末路の五段階欲求っていうものがありまして、
人間の欲求とか幸福度っていうのは下から段階的に上がっていくわけであって、
本当に厳密にここを満たさないと上に上がれないというわけじゃないんですけど、ざっくり言うとだいたいあっていると思うんですよね。
一番下が生理的欲求、これは生きていくためにご飯を食べれるか、
飢え死にしちゃうともう生きていけないわけなので、まずは生理的欲求を満たす。
その上が安全欲求、これは身の安全を確保するため、
治安がいいか、戦争がないか、内戦がないか、他人に襲われないか、ちゃんとした自分を暮らせる家があるかということ。
日本人は治安、日本という国は治安もいいし、戦争も今のところ起きてないわけですよ。
GDPも一人当たりでは上位なんですよ。一人当たりでも国全体でも他の国と比べると上のほうなわけですよね。
社会保障もそれなりに充実しているんです。
アメリカなんかと比べれば病院にもかかれるし、ホームレスだってすごく少ないわけです。
基本的にホームレスにならなくていいんです、日本人は。
生活保護を受ければいいわけなんだけど、そこまでアクセスできないとか、自分のプライドとか他人の評価が気になって生活保護を受けることができない。
だから仕方なくホームレスをやっている人がいるわけなんですけど、本当は日本はホームレスゼロにすることができるはずなんですよね。
ホームレスで働く意思があれば、あるいは病気で働くことができないという人だって生活保護を受けることができるわけですよ。
マズローの五段階要求の一段階目と二段階目は満たされているのに、その上で苦しんでいる人が多いんです。
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三段階目は社会的要求、これは家族とかコミュニティに属してもので、四番目は承認要求、他者から認められたいと。
五段階目は自己実現の要求、自分の能力を最大限に発揮して役に立ちたいとかそういうものなんですよ。
貧困国とか過去の貧しかった日本は一段階目とか二段階目の状況で苦しんでいたんですよ。
食べるものもないし、家もないし、治安も悪い、戦争がある、他者から襲われるとか、そういう状況、生きるのに必死だったわけですけど、
現代の日本は一と二はほぼ全員満たされているわけです。ほぼ全員。
三段階目、四段階目、社会的要求とか承認要求ぐらいで苦しんでいるわけですよ。
だけど過去の日本にせよ、あと世界の貧困国、途上国見ても、一と二の段階ですごい苦しんでいる人が多いわけなので、本当は日本人はほぼ全員比較的幸福なんですよね。
だけど、自ら不幸のほうに迷い込んじゃっているっていうのが現状なんです。
それはやっぱり特にインターネットとかスマホで他人と比較する機会があまりにも多すぎるからです。
これがもっとちっちゃなコミュニティで暮らしている人たちだったら、そんなに比較する人がいないので、劣等感感じる必要がないのに、現代人はあまりにも情報化社会が進みすぎちゃって劣等感感じてばっかりっていうことになっているわけですよね。
なので、一昔前の幸せな生活を維持するとか、あるいはGDPの低い途上国の比較的幸せだって言われている生活を維持するぐらいだったら、現代の日本だったら一日3時間とか4時間労働するだけで本当はそれを維持できるんですよね。
だけど何で日本人それ以上に働くか、社畜とかブラック労働とかいろんな言葉もあるぐらいに長時間労働しているのか。
それも昔の日本と比べると労働時間少なくなっているんですけれど、だけど本当は3時間4時間の労働でも比較的幸せな生活を維持できるはずなんですけど、
何で働き続けるかというと、それはやっぱり他人と比較して他人よりも幸せになりたいということなんですよ。
客観的に自分を評価して自分は不幸だと思って競争して頑張らないといけないというふうになってしまって。
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決して努力とか成長とか他人と比較するのが悪いわけではないんですけど、必要以上に自分を追い込んで不幸を感じているという人が多いわけですよね。
本当は幸せになろうと思えば誰でも幸せになれるんです、ほとんどの人は。
本当の大事な幸福というのは主観的幸福の方だと。
それは自分が幸せなんだって感じれば幸せになれるんです。
そのためには必要以上に他人と自分を比較して劣等感を感じるというのをやめるということ。
劣等感を感じる人の特徴としては視野が狭くなっているというのがあると思うんです。
さっきもSNSで話したけれど、必要以上に自分の幸せをアピールする人って実はそんなに幸せじゃない人が多いんですよ。
本当に幸せだったら自分が幸せだということを無理して他人にアピールして、自分は幸せそうなんだというふうに思わせる必要ってないんですよね。
なので結構きらびやかな生活をSNSにアップしている人って本当に一瞬の瞬間最大風俗の部分だけ切り取って、
それ以外の部分は結構失踪な暮らしをしていたりとか、見栄を張るために無理している人が多いんです。
高級時計とかフェラーリに乗ったりとか、見栄を張るために無理して自分を追い込んで、他の部分では不幸になっている人が多いんで、
そういう白い視野を持てば、こんなインスタグラムのキラキラと自分を比較して劣等感を感じる必要はないんだということがわかると思うんですよね。
なので、そういう意味のないSNSのキラキラと比較するんじゃなくて、大事なのは過去の自分と比較するということ。
それは努力とか成長をし続けるということが大事なんです。
頑張って成長すれば過去の自分より成長しているわけです。
過去の自分と比較して、自分頑張ったからこれだけの結果出したなって、それで幸せを感じればいいわけです。
あとは今のこの恵まれた環境に感謝するということですね。
樽を知るという言葉もあるわけなんですけれど、現代の日本はすごく恵まれた環境なんです。
ご飯も食べれるし、治安もいいし、戦争もないし、インフラも充実してるし、
それなりに社会保障も外国と比べると充実してるわけですよね。
なので、途上国はこんなに苦しい生活をしてるんだって。
アメリカでも格差がすごく広がって、下のほうの人たちはホームレスやってて、病院にかかることもできない状態なんですよね。
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健康寿命もすごく短くなってたりとかして、すごく大変なわけなんですけど、
日本に生まれて日本で暮らしてるっていうこと自体が実はすごく幸せで恵まれた環境なんですよというふうに実感するっていうことが大事だと思うんですよね。
人間って本当の苦しみから逃げるってことって誰もできないんですよ。
病気になる苦しみと老いる苦しみと死ぬということ、この3つは誰も逃れることができないわけなので、
それをちゃんと受け入れて、誰でも病気になるんだ、誰でも必ず老化して死を迎えるんだっていうことも受け入れて、
その上で自分のできることをやって幸せを感じるっていうことが大事なわけでございます。
なのでブータンという国、かつては幸福度ランキングで上位だったんですけど、今不幸を感じるようになってるんですよ、ブータンの国民たちは。
それはインターネットが発達して、それまではブータンという国の中でそんなに経済が発展して物があふれてる国じゃなかったんですけど、
それなりに農業をやって家族と仲良くして幸せに暮らしてて、主観的幸福度が高かったから幸福の国だったのに、
みんなスマホ持ってインターネットやるようになって、もっと自分たちよりも幸せなキラキラした生活をしている人たちが世界中にいるんだっていうことを知ってしまったがゆえに不幸を感じるようになってしまったんですよ。
だからそれは自分の脳の中で煩悩をコントロールすれば本当は幸せになれるのに、あえて不幸の道に進んでしまったっていう、こういう教訓もあるわけですよね。
なので日本でも、例えば田舎ののんびりした地域で隔絶した社会で、極端な話なんですけど、そういう世界で暮らしていれば幸せになれるのに、
都会で暮らしてインターネットとつながっていろんな人を見ることによって不幸になっちゃってるっていう人がいるので、それは自分の脳内でコントロールするしかないわけです。
それはインターネットと隔絶された情報社会とは隔絶された社会で生きていくっていうのは、なかなか現代では難しいわけですよ。
情報が入ってきてそれに順応していかないとこの社会で生きていけないっていうのもあるので、
だから自分の脳内でちゃんとそういうところを割り切って必要以上に自分を不幸に追い込まないっていうことが大事なわけですよね。
あとは大事なのは運動するっていうことと、肉を浴びるっていうことと、あと栄養バランスの取れた食事をとるっていうこと。
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カップ焼きそばとかポテトチップスばっかり食べていれば、本当の意味でのジャンクフードばっかり食べていれば栄養バランスが悪くなって、
ホルモンバランスも悪くなるし、脳内の神経伝達物質も正常に分泌されない、脳も機能しなくなるわけなので、食事ってすごく大事ですよね。
あとは自然環境の中に入るっていうこと、森とか林の中に行くとか海に行くとか、あるいは山登りするとかそういうことも本当は大事で、あとは動物と触れ合うとか。
自然と触れ合うと本能的に人間って幸福を感じるようになるわけなので、
家の中に引きこもっていて肉を浴びない、運動しない、自然と触れ合わないっていう生活を続けていると、脳の中で自然と不幸を感じるようになってしまうわけなので、
そういうところも改善すべき人は改善するのがいいですよという話でございました。
よかったら参考にしてください。ご視聴ありがとうございました。