EP998【昭和】昔の日本人はなぜ体罰を容認していたのか?【学校、家庭】
2026-06-04 27:32

EP998【昭和】昔の日本人はなぜ体罰を容認していたのか?【学校、家庭】

元動画:https://www.youtube.com/watch?v=VmkmvMtTmaI

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
はい、こんにちは。今回なんですけれども、昔の人はなぜ体罰を行っていたのか、体罰を容認していたのかというテーマで、僕の意見をお話しさせていただこうと思うのですが、
というのはですね、昭和生まれの方だったらみんな実感していると思うんですけど、昔って体罰が容認されていたじゃないですか。
学校のクラスの中とか家庭内で子供が悪いことをした時に、親とか先生がビンタしたりとか、原骨したりとか、ケツバットしたりとか、
あとは悪い子供をお尻でに閉じ込めて反省させるとか、お尻ペンペンとかですね、そういうのが普通にあったわけであって、
昔のドラえもんとかそういう漫画を見てても、そういう描写が普通にあるわけですよね。学校の先生がパーンってビンタしたり、原骨したりとか、テレビドラマとか、金髪先生とかでも普通に金髪先生が中学生の子供にビンタして愛の無知っていう形、よくあって、それが当たり前だったんですよね。
容認されてたわけですよ。だけど大罰って本来は法律で禁じられていたわけです。今は大罰は絶対にダメだ、大罰は悪だっていう風潮になったじゃないですか。それはなぜなのかっていうのをですね、僕の意見をお話しさせていただこうと思うんですけれど、
なんで大罰は今ダメになっていったのかっていうと、いろんな影響があると思うんですけれど、まず例えば学校の先生とかが大罰をしたら、みんなね、生徒、スマホ持ってるわけであって、それを動画で撮影して、Xで拡散して、子供がすごい悪いことをした場合でも先生を挑発して大罰させて、こんなひどいことをやってるって、
で、先生が退職に追い込まれると。で、ますます大罰は良くないよっていう風潮になるし、子供が怖くて下手にもう注意もできない、怒ることもできないとかね、叱ることもできない。明らかに子供が悪いことをしてるのに、それを注意すると子供に反逆されるとか、場合によってはモンスターペアレンズって言って、甘やかしすぎの毒をやっているわけですよね。
世の中には毒親っていう親が一定数必ずいるわけですよ。いろんなタイプの毒親がいて、家庭内暴力する親もいれば、お金を全然入れないとか、性的逆対をするとか、とんでもない毒親もいれば、ひたすら甘やかして子供をダメにして社会で自立できないようにさせちゃうっていう毒親もいるわけであって、
03:00
毒親ってなんで毒親なのかっていうと、毒親が自分が毒親だっていう自覚がないから改善しないし、毒親も何らかの知的な問題とか発達の問題とか、いろんなメンタルヘルス的なものを持っていたりとかするわけであって、毒親は毒親でかわいそうなわけなんですけど、毒親に育てられた子供はもっとかわいそうっていうわけであって、
甘やかしい系の毒親は、学校で自分の子供が先生に怒られて、それを自分の親に告げ口して、先生にすぐ怒られて、わーって泣いちゃったりとかすると、それに対して毒親が乗り込んでいって、わーわーわーわーわー、うちの子なんとなく精神が病んでしまって、もう学校行きたくないって言ってるじゃないの、わーわーわーわーって言って、それと戦う気力がないんですよね、今の学校の先生っていうのは。
本当は私は子供のために、お子さんのために本当に悪いことしてたから、お子様が将来ちゃんとした大人になるために善悪の判断をつけさせたんですって、戦わないといけないんだけど、戦う気力がないんですよね。
逆に昔の親って、子供が悪いことして、学校で先生に怒られた、大罰を受けたってなっても、ありがとうございましたって言ってたんですよ。それはもう塾の先生とか、あと空手道場の先生とかも普通に大罰してて、それは大部分の大人は本当に子供が悪いことをしたので、
愛をもって構成してほしいという正しいことを学んでほしい、善悪の判断を自分でつけるようにしたいから、愛をもって大罰をしたっていうのがほとんどなんですけど、僕は基本的に大罰、容認派ではないです。大罰は良くないっていう考えです。それはわかってください。
それは何でかっていうと、大罰を容認する世の中になると、大罰を乱用する大人が出てきて、それによって子供たちが弊害を受けるっていうことが起こり得るから、だったら一層のことを大罰は絶対悪だっていう風潮を世の中にした方が、総合的に見てメリットが大きいかなって思うので、僕は基本的に大罰否定派ですので、
それはわかってください。僕は大罰を容認しているわけではないわけですけど、今事実を言っているわけですよ。昔はこれが事実だったんですよ。大罰を容認する世の中で大人が子供に対して悪いことをしたら、愛をもって大罰をするというものだったわけです。
だけど、ここ10年ぐらい絶対大罰はダメだよって風潮になって、それはまず日本全体が平和になっていって、治安がどんどん良くなってきているわけですよ。例えば、戦争がない、クーデターもない、内戦もないっていうのは当たり前で、ただ昔は結構荒っぽいことがあったわけですよ。
06:08
例えば、共産主義の方々とか、学生闘争とかもあったわけであって、結構暴力的に世の中を変えようという人たちがいっぱいいたんですけど、朝鮮戦争事件などをきっかけにあまりにも過激化して、これは良くないよっていう風潮になって、暴力で世の中を変えるのは良くないよっていう流れになったっていうのもあるし、
あとはどんどん治安が良くなっていって、昔いた?不良?例えば暴走族なんて本当にいなくなったし、かつあげとかも昔はいっぱいあったんだけどほとんどない。タッションとか歩き煙草とか飲酒運転とかも、あと殺人事件とかも減っていったわけであって、となると治安が良くなるだけ、昔だったら目立たないような暴力行為っていうのが目立つようになってきたので、
人間っていうのは集団で地図を乱す人間をですね、正義の名のもとに非難して排除するっていう本能があって、そういうことを行うと脳内でドーパミンが出るので、なので有名人が騒ぎを起こしてってなると、Xとかテレビとかみんなでひたすら非難して排除しようっていう風に出て、みんな脳内でドーパミンが出てるわけであって、なので今は大罰をする人間がターゲットになりがちっていうのがあって、
昔はもっと酷いことをする人手がいたので、大罰ぐらいは非難して排除するっていう対象にならなかったけど、今そうなってますよっていうのがあるわけであって、
で、なんで昔の世の中は大罰が容認されていたのかっていうと、それはですね、いろんなのがあるんですけれど、まず大人と子供で絶対的な上下関係を作って秩序を形成するっていう、そのために大罰を行われたっていうのはあると思います。
子供が悪いことをしたら口頭で注意して、改善すればいいんですけど、一定数改善しない子供がいるんです。そういう子はちょっと強めに、ほらーって、おい、だめだろーって思いっきり怒るんですよね。そうすると恐怖を感じるんで、脳内で扁桃体が興奮してですね、すごく記憶に残るんです。
人間というのは恐怖が強ければ強いほど、記憶が定着するわけですよね。それは人間の生存本能で、危ないことがあって、恐怖を感じたらもう二度と同じことはしないようにしようって思うわけですよ。それが場合によってはトラウマになったりとか、PTSDになったりとかもあるわけなんですけれど、なので口頭で注意してもわかんない子は強めに注意して、恐怖を与えると、それで改善したりとかするわけですよね。
頭のいい、論理的思考能力が高くて、生まれつきパーソナリティ的にも問題がない子供だったら、説明するだけで改善するわけです。だけどそれができない、論理的に考えられなかったりとか、ちょっと悪い子だったりとかすると強めに注意する。
09:05
でもそれでも一定数よくならない子がいて、最終手段で原骨ピンターとかっていうのがあったわけですね。押入れに閉じ込めるとか大罰が行われていて。それで究極じゃないですか、子供にとって大罰って。恐怖が強いから、それで大人が愛を持って、お前のことを思って、こうやってるんだ、わかってくれってなると、それでようやく理解するっていう子が一定数いたわけですよね。
だけど僕は大罰は良くないって思っていて、というのは大罰が全く効果がないっていう子供も一定数いるわけですよ。
っていうのは、例えば高校とか中学ですごい怖い先生がいて、教室内の秩序を保つために本当に言うこと聞かない秩序を生み出す、悪いことするやつ、いじめとか暴力、教室内で騒ぎまくるとか事業を妨害するとか言ったら、口頭で注意しなかったら大罰して二度とこんなことやるなってね。
秩序を作る、保つために大罰をするわけですよね。それで改善する子が改善すると思いますよ。自分は悪いことしてたんだなっていうのをその恐怖を感じて、わかって学習してって。
だけど一定数は本当に言ってもわかんないのはいます。それは先天的なものもあると思います。それは知的な問題とか、あるいは元々反社会性な性格の人、サイコパスっていう人、先天的なものっていうのはあるわけであって、大罰受けるとそれを反省しなくて、いつかこいつ仕返ししてやるってね。
そういうのは卒業式になると集団で教師をリンチするんですよ。昔はそういうのがあったんですよ。この野郎ってよくも俺たちを芝居てくれたなってね。教師をボコボコにするとかね。あったんですよね。
そういうのが将来、暴力団に入ったりとか反社会組織に入ったりとか犯罪を犯したりとかするわけであって、どんだけ大罰を行ってもダメなやつはダメっていうのは残念ながらあります。そういうのがもう手がつけられなくて、戸塚ヨットスクールに入って強制的に大罰叩き込まれたっていうのはあると思います。
それはどんだけ親とか先生が口で言ったり大罰しても封じ込めることができないのは戸塚ヨットスクールに入れて、より強烈な秩序の中でやるしかないっていうのがあったのが現実。僕は戸塚ヨットスクールとか戸塚博士先生を100%肯定する気はないんですけど、それが現状だったんです、当時は。
今はそういう動きぶっ飛んだ不良とかがいなくて、むしろ今は家に引きこもってひたすらスマホで遊んでばっかりで勉強しないとかやるべきことやらないっていう子供の方が問題で、学校の中で暴力行為したりとかバイク乗り回したりとか破壊活動したりっていう本当に悪い暴力的な不良っていうのはかなり減ってきたっていうのが現状なんですよね。
12:24
それは不良がカッコ悪いとかスマホで拡散とかこんなバカな奴がいるとかダセーとかそういうふうに言われるから学習してきて違う形になってきてるっていう感じですよね。
なので例えば今の学校だとクラス内で騒ぎまくってる小学生の子供がいても学校の先生が口頭で優しく注意して、やめる子はやめるけどやめない子はやめないと。
厳しめに注意すると恐怖を感じてしまって、場合によっては甘やかし系の毒親が乗り込んできてワーワーワーワーって騒ぎになってっていうこともあるわけであって、
大罰を行うっていう教師はもう極めて減ってきたし、そんなことであったら場合によっては警察が乗り込んできて逮捕されてしまうっていうこともあり得るから余計大罰とかは絶対ダメですよ。
だから大罰は僕は反対派です。何度も言いますんでお願いしますと。
なので昔は小学校とか中学校とか、あるいは高校でも大人と子供で体格差があるわけですよ。
高校生ぐらいになるとだいぶ大きくなるんで体育会系のムキムキした柔道部の先生とかが地図を保つ役割をするわけなんですけれど、
本当に悪いことをするのがたくさんいたら、地図を保つために絶対的な力、場合によっては教師が子供を大罰するっていうのがあると、
それが見せしめになって抑止力になって地図を保たれるっていうのが昔はあったわけですよね。
それでも学級崩壊とか昔はあったんだけれど、今だとそういう地図を保つための大罰っていうのがない。
見せしめっていうのも行うことができないから学級崩壊してる。
暴力的行為っていうよりかは小学校とかでもわーわーわーって騒ぎまくる子供とか悪さする子供とか、
授業中に教室内走り回る子がいても先生が注意することができなくて学級崩壊、地図上が崩壊してるっていうのもあるわけであって、
なので一長一短があるわけですよね。だけど僕は大罰は反対派ですので、
現実的な話、昔はこうだったっていう話をしてるわけですんでね。
なので現代では見せしめのためとか地図を保つために大罰をする、怒鳴って怒るっていうのももうダメになってしまったわけでして、
15:05
なので今は親とか先生が絶対的強者でなくなってしまったので、その分子供が調子に乗っているっていうのはあります。
だけど大罰がなくなって大罰を乱用する大人がいなくなったのは良いことだと思います。
学校の中だけじゃなくて家庭内ですよね。家庭内の方が主に問題だと思うんですけど、
昔の親、子供が悪いことして口で言っても全然変わらないから、子供のために愛を持ってビンタして悪いことしたらーってね、
ちょっと恐怖を植え付けて、後世させる、まともな大人になるっていうことをやってた親がいました。
いましたけど今はいないですよと。その分絶対的強者というものがいなくなった。
大人と子供の関係が昔は大人の方が絶対的に強かった。
体も大きいしで悪いことをすると大罰を受ける。
嫌だ、だから言うこと聞くっていう上下関係があったんだけど、今は上下関係がなくなりました。
で、大人と子供の関係、生徒と教師、親と子供の人間関係、あらゆる人間関係っていうのは相対的なものであって、
片方が調子に乗ると、片方がごめんなさいってなって、そうすると片方が嫌的なことができないとか、
秩序を保つために何かの抑止力がなくなると、どんどん調子に乗って暴走してモンスター化するんですよね。
だから今はモンスター化してる子供が結構増えてきましたね。
だけどそれは本当に賢い子供、自分の頭で考えることができる、善悪の判断をつけることができるっていう子供は、
別に叱らなくても怒鳴りつけなくても、勝手にいい子に育っていくわけなので、
いい子はどんどんいい子になってるんだけど、悪い子も結構増えてるっていうのが現状ですよね。
子供が大人を恐れなくなって、だけど本来子供っていうのは精神的にも未熟だし、社会的にも未熟なので、
大人がいろんなことを教えてあげないといけないんですよ。
悪いことは悪い、正しいことは正しいよ、これをやるべきだ、こういうサボってたりとか、悪いことやってたらダメだっていうことを
厳しく教える必要があるんだけど、厳しく教えることができなくて、
自分の力で伸ばすことができない子供たちが厳しくしてくれる大人がいなくなったので、
どんどん、言葉悪いんだけど、調子に乗って悪い方、悪い方に行っていって、
子供のうちは保護されているからいいわけですよ。未成年という形で法律的にも保護されてるんだけど、
要は成人になって社会に出てっていう時に、初めて社会の厳しさを知って、
18:00
甘え化されて育ってきた子供とか、悪いことしてたのに叱られないで育ってきた子供が
社会に出て、そこで挫折を味わってしまう。社会にも溶け込むことができなくて、
社会不適合者になってしまうっていうのが一部で問題になっているわけですよね。
なので、大抜、容認派の人と賛成派の人って世の中いると思うんですよ。
僕は反対派ですよ。大抜反対派と賛成派いるんですけれど、
大抜賛成派とか容認派の人たちが言うのは、自分が子供の時に親とか先生に
自分が悪いことをした時に叱られたという大抜を受けた。
それで自分が悪いことをしたということを自覚することができて、
公正させてくれた愛のある大抜を受けたから、僕は大抜を受けたことに感謝しているっていう人が
大抜容認派、賛成派なんですよね。
大抜反対派の大人っていうのもいるわけであって、
それは愛のある大抜というよりか、むしろ親から虐待を受けてきたっていう人が多いですよね。
虐待と愛のある大抜って全然違う。
大抜は何度も言いますけど反対ですからね、そこをお願いしますね。
ただ単に親が自分の快楽のために虐待した。
自分より力の弱いものを殴るとドーパミンが出て優越感浸ってとか、
何でも力で抑えつけたっていう、そういうのを受けてきた子供は
大抜も反対派になるんですよ。大抜と虐待がごっちゃになってしまって、
とにかく暴力は良くないっていう風になってしまうわけですよね。
という感じでございますね。
結局大抜はありなのか無しなのかっていう話になるとですね、
僕は子供には大抜はNGっていう世の中にせざるを得ないかなって思います。
現実的には大人になると大抜ってあるわけですよ。
悪いことをしたら大抜を受けるんですよ。
それはもう法律で刑法で決められているわけであって、
国家レベルの大抜を受けるようになってしまうんです、大人になると。
これが現実なわけであって、例えば人を殺すとか、物を盗むとか、
強姦するとかですね、そういう犯罪行為を行ってしまうと
裁判を受けて有罪になって、
で、懲役刑、金庫刑、自由を奪われて強制労働をさせられてしまうと、
ある場合によっては最悪の場合、死刑という究極の大抜が待っているんです、大人になると。
だから刑罰っていうのは大抜であって、
日本人、世の中の人みんな刑罰は容認するんですよ。
21:04
大人になって犯罪行為を行ってみんなに迷惑をかけて悪いことをした人は死刑になって当然だと。
日本人も死刑容認派が多数派であって、もちろん懲役刑、金庫刑っていうのが必要であるって、
それはわかるわけですよ。それは大人だから、
大人になったら自己責任で善悪の判断つかないやつは大抜を受けて当然だよねっていうのが社会の容認であって、
昔はそれが子供にもちょっとそういうふうに適応されてたんだけど、今はもう子供はダメですよ。
大人になったら刑罰、大抜はしょうがないですよと。
もう命を奪いますよと。
首拘束刑、それしょうがないよねっていうのが世の中になるわけです。
これが現実なわけであって、
じゃあなんで大人になって大抜が容認されるかっていうと、
結局善悪の判断がつかない人間って一定数いるわけです。
それは先天的なものもあるし、あとは環境によってそうなってきたっていうのもあると思いますけど、
やっぱり先天的なものが僕は大きいと思いますね。
現実問題、少年院とか刑務所の中っていうのは知的な問題を抱えていって刑期を3等分できないとか、
簡単な計算ができないってなると、やっぱり欲望第一になっちゃうわけですよね。
人間っていろんな欲望があるわけじゃないですか。
お金が欲しいとか、美味しいものを食べたいとか、ブランドものを欲しいとか、
綺麗な女性いたらSXしたいって思うわけなんだけど、
それを手に入れるためには真面目に努力しないといけないわけなんだけれど、
だけど犯罪を犯してしまえば簡単に手が入るわけであって、
だけど論理的思考能力が高ければ女性を性欲のままに合間したら相手がかわいそうだし、
自分が犯罪者になるからそれはやっちゃいけないって抑止がかかるんだけど、
論理的思考能力がそこまで働かないと本能のままにそういう行動を起こしちゃうんですよね。
それプラス反社会的なパーソナリティっていうのは先天的なものもあって、
だから別に反社会的なパーソナリティで生まれつきの悪人であっても、
IQが高ければこれをやると自分が損するだけで犯罪者になっちゃう、
刑務所に入っちゃう、社会的死にを行うっていうのがわかるから犯罪を行わないんですよね。
だけどもともと反社会的なパーソナリティでなおかつ知的なものを抱えていたら、
本能のままに起こしちゃうんですよね。
それが子供の時からそうなんで、場合によっては少年院に入りますよと。
でも大人になったら自己責任ですよと。
そういう人は言葉で論理的にやっちゃいけないよって言っても、
やっぱり理解できなくて、そういう犯罪行為短絡的に走ってしまうという人が一定数いるので、
それを大罰で抑止するしかしょうがないので、だから刑罰があって、
24:04
それが見せしめになって抑止力になって治安が保たれると。
悪いことすると刑務所にいられちゃう、死刑になっちゃうから悪いことしないという人がいるわけですよね。
なんですよね。
なので子供の時は大罰NGだけど、大人になって大罰OKな世の中になりますよというのが現実なんですよね。
で、逆に大人も子供もほとんどの人間は大罰必要ないと思うんですよ。
言葉で論理的に善悪の判断を理解させるようにすれば、
で、こんな悪いことをすると自分が損するだけだよということを理解させて学習させれば悪いことはしないと思うんだけど、
本当にごく一部大人でも子供でも言葉でどんだけ説明してもやっぱり犯罪、悪いことを行ってしまうという人がいて、
で、結局悪いことをすれば、悪いことをするのは自分の快楽のためにやるので、
短絡的にドーパミンを出すことができるわけですよ。
強姦でも窃盗でも強盗でもね。
だけどそれをやると監視カメラもあるし、動画撮影されてね、
結局特定されてすぐ逮捕されるだけだっていうことがわからない人が犯罪を行ってしまうわけなんだけど、
そういうことはやっちゃいけないよって説明してもわかんないから、
刑罰っていうのはあるのはしょうがないわけですよね。
どうしても人間である以上は極一部は言葉で説明しても理解できない人がいるので、
それを抑止して治安を保つために刑罰とか逮罰っていうのが大人の世界はあるわけなんだけど、
今の世の中では子供のうちはそういうのはダメだよって。
だけど現実的には大人になれば一定数は犯罪行為を行って、
究極の逮罰が大人になった後には待ってるよっていうのが現状です。
なので、昔逮罰が容認されていたのは大人でも子供でもそういうものだよね。
だから子供でも逮罰をもって秩序を保つ必要があるよねっていうのは何となくあったんですよ。
だけど一定数逮罰を濫用する大人がいて被害を受けていた子供がいましたよと。
それが昔のフェーズであって、今のフェーズは大人になって逮罰を受けるのはしょうがないけど、
子供の時に逮罰を容認すると逮罰を濫用して虐待を受ける子供が出るから、
全部逮罰もNGにしようと。
なおかつ、もちろん虐待も駄目ですよ、それを厳しくしようと。
児童相談所も頑張って、警察も頑張ってって。
それによって虐待を受ける、逮罰を受けて被害を受ける子供を減らしていこうと。
27:04
だけどその反面子供の世界の秩序が保たれなくて、子供がちょっと調子に乗ってきて
社会人になっても適応できない、かわいそうな子供も出てきてるよというのが今のフェーズであって、
それをまた揺り戻しして、もっと子供に厳しくすべきだというフェーズになるかもわからないけど、
今はそういうフェーズだと思って生還しています。
というのが僕の意見です。ご視聴ありがとうございました。
27:32

コメント

スクロール