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vol.70 山伏修行を通して感じること
2026-10-02 23:33

vol.70 山伏修行を通して感じること

今年も山伏修行に参加してきたあきらさん。

祈りを中心としながらも、痛かったり、しんどかったりもする修行。何故繰り返しいくのでしょうか?それは日常では忘れてしまいそうなことを思い出す時間になるから。祈り続けるとどんなことを祈るようになるのか?どんなことをしみじみ感じるのか?山伏修行での体験を語っています。

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サマリー

あきらさんが7日間の山伏修行で体験した祈りについて語る。修行では世界平和や災害で亡くなった人々の安寧、家族や友人の健康などを、約130人の山伏が朝昼夜、夜中まで祈る。煙の中で唱える行や、狭い場所で眠り、音を立てず素早く食事をする行を通じて、呼吸できること、眠れること、味わって食べられることが当たり前ではないと実感する。山伏は神仏習合や自然とのつながりの中で、目に見えない世界と現実をつなぐ役割として語られる。祈りには感謝、尋ねること、願い、命の使い方を約束することがあり、命をいただいて生きることへの感謝から、周囲の人々の健康や幸福を願う気持ちへ広がっていく。山や滝、風雨の中で過ごすことで、自分の命をどう使うかを大いなる流れに尋ね、手放す感覚も生まれる。痛く苦しい修行だが、年に一度、命の原点と日常に忘れがちな大切なことを思い出す時間になっている。

7日間の山伏修行と祈り
五感でつながる開運ラジオ 始まり始まり
このラジオは、聞くだけで運が開けていく
今、そこにあるものに気づいていく
人生の可能性を開くコミュニティ ビジョンクエスト主催のココノ
そして、その仲間たちが気づきや学びをシェアするラジオです。
今回も収録の時間がやってまいりました。
よろしくお願いします。
そうですね。何を今日話すっていうかね、聞いたらいいかなと思ってたんですけど
あきらさん、この間、例年毎年行けるときは行ってるっていう
山伏の修行に行かれて、10日間だっけ?
7日間。
7日間か。10日間くらいいなかった気がしたけど。
いなかった時間は楽しかったみたいですね。
今、のびのびしましたけど。
7日間か。でも行ってて、その話をやっぱり聞いてみたいなって
リスナー代表として私は思うわけですね。
ありがとうございます。
山伏修行って、そもそも山伏が何かってこともあんまりわからないっていうか
ここを頭につけてポンポンポンしてホラ貝吹いてるみたいな
形としてはね。
そうそう。
だけど、ホラ貝吹いて何をしてるのかとか
そのことによって何が起こってるのかとかね
わからないし
山伏修行の詳しいこととかもちろん
そんなに言えないこともたくさんあるのかもしれないけど
その細かい内容じゃなくて
そのことを通じて何を体験してるのかな
っていうのは改めて興味があるなと思うんですよね。
はい。何を体験してるんでしょうね。
何を体験してるんですか?
何を体験してるのか
何だろうね。
やってることはお祈りなんですね。
7日間ずっとお祈りしてます。朝、昼、夜、夜中。
夜中。
そう、ずっとお祈りしてて
そのお祈りは
それこそ世界の平和的な
あるいは国土安納とか
あと震災とか自然の災害で亡くなっている人たちの
御霊の安寧とか
御霊の安寧
安らかに
そう
それこそ東日本大震災から
熊本から
野都から
あとは被災された地域の復興を祈るのもあるし
あとはそれこそ一人一人の
130人のおっさんたちが一堂に会してお祈りしてるんですけど
130人のヤバブシさんたちが集まってんだ。
その130人が
家族だったり友人だったりのことを
それぞれお祈り
みんなでお祈りするみたいなこともあって
いわゆる祈祷というのかな
そういうみんなで祈祷を唱えるみたいな
家内安全
商売繁盛
心願成就
一人一人の祈りもあったり
とにかく
祈りをしてるっていうことで
山伏と自然・神仏のつながり
もともとヤバブシは
目に見えない世界と
目に見える現実の世界を
つなぐような役割で
むらむらに
ヤバブシは必ずいたぐらい
そういうお祈りをする係とかね
もちろん中には薬とかね
そういう医者的なことをやってたり
地域の最常識だりね
ヤバブシはだから
宗派にはあまりこだわらず
そうね
いわゆる神仏集合で
神社系もあれば仏教系もあって
ある種
密教的な
アニミズム的な
精霊と共にってこと?
自然の
滝にもお祈りするし
山にもお祈りするし
大きい岩蔵にもお祈りするし
大黒にもお祈りするし
そこここに神様がいるって
もともとの日本の思想ともつながって
密教的なのは
ある種の極限状態において
思考から離れる的なね
行もあるので
煙の行で呼吸のありがたさを知る
思考から離れる行?
ある種強制的に
例えば
そういう体験を通して
命がここにあることって
本当にありがたいことだよなと
いうのはしみじみ感じるよね
例えばよ
生きてる命がここにあるということでいくと
呼吸してます
息を吸って吐いて呼吸してます
これ生きてるんやから当然でしょと
当たり前すぎて意識もしてないしね
無自覚に寝ない
意識的にやる呼吸もあるけど
寝てる間とかも含めてね
日中もそうですけど
呼吸しようと思ってしてないじゃないですか
でも
猟師の行の中では
130人が入る行道結構でかいんですけど
そこで寝たりご飯食べたりするんですけど
一箇所でみんな寝泊まりすんですね
行道みたいなところで
一人畳半丁のスペースで寝るんですよ
寝返りできないぐらいに休業だね
死体のように並んでてるみたいなね
その時に密閉にして
煙の行っていうのもあって
行の内容を言ってもいいんですか
大枠ね
大枠言うとあえて炭火
火鉢の炭火に薬味をかけて
煙を意図的にブワッと出すわけです
その煙の中に唐辛子とか毒ダミとか色々入ってるんですけど
その煙でも結構広い
土が真っ白で何も見えなくなるぐらいの煙の中で
恐怖だねそれは
だからゴホゴホ鳴るし
喉も痛いし
涙も出るし鼻水も出るし
よだれも出るしみたいな中で
言行のりとう唱えるんですよ
のりとう唱えって息吸ったらまた痛い
みたいな
死ぬか思うんやけど
死にはせえへんけど
呼吸するのはとにかく苦しいわけですよ
そういう行をやってるとね
普通にこうやって呼吸できてるってことはどれほど幸せなんだろう
感じそう
思ったりとか
その行も夜やるんですけど終わって
色々やって
ショートな時間になって寝ます
朝まで寝れんのかと思ったら夜中にまた急にフライングがあって
またけおりの行やってゴン行やってみたいなのが
あったりするわけですよ
そうするとこの
朝まで寝れるっていうことも普通じゃね
当たり前じゃないことだ
寝るのも畳半丈だから
確かにしかもなんか薄っぺらそうだねイメージだけど
畳なんだけど毛布を2枚配給もらって
1枚を引く半丈でね
折り畳んで
1枚は上に掛け
毛布2枚で寝るんですけど
毎日寝れるっていうのも
ふかふかお布団も
当たり前じゃない
ご飯もすごく急いで食べる
音をできるだけ鳴らさずに
一瞬にして食べるっていうのも行なんですけど
それはどういう目的なの?
死と再生を表す食事の行
俺もねこの間も改めて聞いたんやけど
白僧族を来て修行する
死にてますと
死んで生まれ変わるっていうのが
七日間の大きなストーリーなんやけど
死んでる
亡くなってるあっち側にいる人に
お供えをするじゃないですか
そのお供えをあっち側で食べてるっていう
そういう立てつけなんやね
死んでる人の体なんだねある種
死んでる人がお供えされたものは
一瞬にして音もなく食べるみたいな
だからお供えしたらすぐにお下がりで
水を食べたりするじゃないですか
それは聞いたことあるよ
そういう
一瞬でもう食べちゃうんだって
あっち側の人になるための行なんだね
その一瞬で食事を終わらせるって
もう食事も配膳も行だし
片付けるのも行だし
素早く音を立てずに
素早く丁寧にやるみたいなね
これもなかなか奥深くて
でも今の食事のことで言うとさ
味わって食べられるっていうことは
なかなか味わわないこと多いけどさ
味わって食べられるってことは
人間だけができる
すごく当たり前でありがたいことなんだね
って今ちょっと思ったかな
そうだね
ゆっくり味わって
しかもさ
お話ししながら
食べるご飯を一緒にね
これがどれほど豊かなか
本当にそういう人だねきっとね
当たり前なものは何一つないよ
みたいなことを
日常では忘れるんやけど
それはある種思い出す
身に染みて
っていう体験でもある
祈りの原点としての感謝
お祈りって言うけど
感謝?
お祈りには4つあるって言うじゃないですか
インディアの師匠も言ってるし
秀子先生もおっしゃってるけど
お祈りって言うと
よく念なんとかしてくださいとかって
お願いって思いがちだけど
お願いもそう一つだけど
大きく感謝すること
尋ねること
お願いすること
あとはこうやって生きていきます
みたいなコミットすることっていう
4つ言ってるけど
感謝っていうのがすごく
お祈りの中に入ってる部分でもあるのかな
って今ちょっと思ったけど
お祈りで種類が確かにあるっていう中で
すごく原点なのは
確かに感謝やと思うんです
それこそ縄文の時代
日本は1万年以上も争いのない
形跡がないっていう暮らしをしてたっていう
世界のどこよりも古い
どこよりも長くみたいな話あるけど
その時は人と動物とか
人と植物とか
あんまり上下じゃない
コントロールする側が人間で
コントロールされる側が
動物とか植物だっていう
じゃなくて
自然の輪廻
流れの循環の中にいてるから
ある意味対等という
人間もその中の一つしかないみたいな
っていう時に
どの人間も動物も
全部ある種の測物連鎖の中に
命の輪っかの中にいるから
命をいただいて
自分の命を繋いでいくみたいな
それってものすごい
なんていうのかな
ありがたいっていう
この命をいただいてるんだっていうことを
とても大切に思う時に
自然とありがたいねっていう
ありがとうっていう
なんていうのかな
軽々な気持ちになったんじゃなかろうかと
いつも何かが食べられるわけでは
もちろんないしね
やっぱり動物を
肉・タンパク質という時に
命をいただくっていう瞬間を
リアルに感じてるんで
切り身がスーパーに並んでるっていうのと
明らかに違うリアリティが
毎日の中にあるわけで
失われる瞬間を目の当たりにするわけだからね
何か宿ってるものが
そこはもう
自然と手を合わすというか
生かされてるんだなっていうことを
感謝するというかね
それが何か
一番根っこに最初に何かありそうな
人とのつながりを願う祈り
気がするんですよ
それを
そういう気持ちになりながら
自分がこうやって生きてる命が
ありがたいなっていうのもそうなんだけど
やっぱり家族とか
親戚とか
友人とかみたいな
それぞれの人との関わりの中で
生きてるから
それぞれの人が
幸せだってほしいとか
それぞれの人が
しんどいっていうのを
苦しみをちょっとでも減らしてほしいとか
願うっていうのって
自分が得するようにとかというよりは
やっぱり関わる人たちの
健康だったり
関わる人たちの命が
健やかでありますようにというのが
その次の願い
中の種類のね
願いってそういうことなんじゃないかと
自分の延長線上に
周りにいる人も
やっぱりつながっていくっていう感じなんだね
それは
自分の命が
当たり前じゃないっていうことに感謝し
それが
いろんな人の命のつながりの中であるんだ
はやっぱり
誰かを祈る
誰かのために祈る
何かのために祈るっていうのに
自然とつながるような気もするんだよね
自分
誰かのために祈ることが
結局自分のために祈ってることと
境目がない感じになるんだね
命の使い方を大いなる流れに尋ねる
さっきのコミットする
約束する
私の命をこういう風に使いますっていう風に
ある種使命的なことなのかもしれないけど
自分の命をどう使う
こうやって使いますっていう風に
神様というか大いなるものに約束するっていうのが
その次に出てきそうな気がするんだよね
なるほど
それは使いますっていうことでもあるけど
同時に使わされてるっていうのにもなりそうだね
そうだね
使っていただくっていうのと
使っていますっていうのは
ほぼ同時というか
自分でやってるようで
自分でやってない
そうなるようになってるみたいな側面もあるから
そういうこと
だから約束は
私が頑張ってやりますっていうことだけじゃない
何か大きな流れの中で
押して
背中を押してもらってるというかね
流れの中でやってるっていうことでもあるからね
そういうことをさ
人との同じ山節修行仲間もそうだけど
すごく大いなる自然というかね
山だったり
風が強かったりとか
そういう
あと滝とか
っていうものの中でずっと
一週間
寝るのはお家の中かもしれないけど
でもなんかこう
一歩外に出たら
そういうものばっかりがあるっていうところに
ずっといるっていうこともなんか
自分を囲む
大いなる何かとつながり続ける時間っていうことにも
影響を受けそうだねすごくね
そうね
陣地を越えた天気とかね
雨降ったりめっちゃ暑かったりと
山の天気がすごい変わったけど
めっちゃ寒かったりね
苦しさの中で命の原点に戻る
結局先ほどの話じゃないけど
自分がどう生きるのかとか
この命をどう使う使われるみたいなことって
考えてもわからへんわけですよ結局ね
そうすると
ある種手放すしかないというか
なんかどういう方向に進んでいけばいいのか
どういうふうにこの命を
伝わせてもらうのがいいのか
教えてくださいってやっぱり
そうだね
尋ねるしかないっていうね
もうわからないですみたいな
降参するみたいな
ある種その
自分で何でもみたいな
自分が全部やるとか
それも一方で
ある種そのおこがましいというか
だから命ってすごい可能性もあるんだけど
一方でものすごい
謙虚でもあるというかね
一人の限界も知覚してるみたいな
誰かを教えてください
わからないんですっていうみたいな
大いなる何か
それも自然な
自然にそう出てくる
そういうふうな気持ちに自然となっちゃうんだね
なっちゃうね
それをやっぱり
なんていうのかな
なんて言ったらいいんだ
そういうことが心地いいとか
っていうこととはまたちょっと違う
でもなんか大切だなって
一年に一回
もちろんそういうことを
折に触れて思うようなことは多いと思うけど
でもどっぷりそこに浸かるみたいなことが
なんかすごくやっぱり大切だなって
思ってんだね
なんかね
やってることだから
しんどかったり痛かったり苦しかったりするんですけど
でもやっぱりなんか大事
命の原点に戻るみたいな
大切なことを思い出す
時間のような気がする
そういう一週間だったんだね
つらつらとまとまらない話になりましたけど
大丈夫でしょうか
予定よりずいぶん伸びましたけど
秋田さんの山節語りでしたね今日は
聞いていただいてありがとうございました
ありがとうございました
皆さんもありがとうございました
では今日もまた聞いてくれてありがとうございました
また
それじゃあね
バイバイ
23:33

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