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2024-10-24 47:05

Ep105 写真と絵画のあいだ(Haruka・セノオ シノブ)

Harukaさん、セノオ シノブ(shinobu)さんとの3人雑談回です。写真と絵画のあいだ、AIと身体性、死生観、シノブさんの作品制作などについて話しました。


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イチゴカメラは、カメラ・写真が好きな一神 友郎(Tomoo Ichigami)がお届けするカメラ雑談プログラム。フィルムカメラから最新デジタルカメラの話題、写真表現についてなど、幅広く興味の赴くままに話します。同じ趣味を持つ方々とコミュニケーションとりつつ、その愉しさ、奥深さを共有していければと考えております。


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00:04
ハルカさんにずっと聞きたいことがあって、
ハルカさんが時々SNSとか、あとノートに書かれてるこう、写真と絵画のあいだ、なんか
云々観音みたいなやつあるじゃないですか。あれ、僕すごく興味があって。
どういう感じの、何でしょうね。取り組みというか、どういったものなんでしょうか。
取り組み、そうですね。きっかけは、その
SNSで写真をアップされてた方、とある写真をアップされてた方が、一言、何々がまるで絵画だったみたいなのと、
言葉を添えて写真をアップされてた方がいて、それを見た時に、何をもって、絵画みたいな写真なんだろうってふと思ったんですね。
でも、いろいろ考えてたんですけど、自分でもよくわからなくて。
その時に、私今年に入ってから、サイアノタイプとかをやったりとかしてたんですけど、
サイアノタイプって、基本青色、青い色味しか出ないんですけど、それでちょっと写真をプリントしてた時に、だんだんその、
青だけだと物足りなくなってきちゃって、その絵だったら、もっと自由に自分で作れたりするじゃないですか。
それから、その青色だけだと物足りなくなってきちゃって、
それから、その青色だけだと物足りなくなってきちゃって、その絵だったら、もっと自由に自分で作れたりするじゃないですか。
それから、そのくらいの時に、そのSNSの投稿を見て、
絵みたいな写真って何だろうなっていうのがずっと思ってた時に、
じゃあ自分で絵を描いてみようかな、みたいなのを思いついて、15年ぶりとかそのくらいですかね、
キャンバスとアクリル絵の具を買って、今年の春ぐらいからキャンバスの方に絵を描いて、
03:02
それについて描きながら考えるみたいなことをやってますね。
なんか、いまだにそのはっきりとした答えがあるようなないような、みたいな感じなんで、
まあ説明するってなると何とも言えないところもあるんですけど、
手探りな状態でやってますね。
まあ確かに、きっと何か聞いてて簡単に多分答えが出るようなものではないのかなっていう気はしますよね。
だからそもそも何か、じゃあ絵画とは何なのか、写真とは何なのか。
そうなんですよ。本当にそんな感じになってくるんですよね。
みたいなことを考えて、じゃあその間は何なのか。
絵画とは何なのかみたいなものを考えるのって結構、モダニズム的な考え方だと思うんですね。
そのものが何か、じゃあそのものをそのものをたらしめているのは何か、みたいなその還元的に考えていって、
っていうのが多分、割と20世紀とかのモダンな思想というか、思想で。
で、多分最近だとそれじゃなくて、さらにこうもう一歩進んでて、まさにこう何か二つ、
対立するものとか反するものを並べて、
そのどっちかつってこう写真とか絵画とかって決めるんじゃなくて、
なんかじゃあそのどっちでもないものとかその間のものみたいものを考えるのが多分本当に難しいと思うんですね。
なんかそういうところをすごい考えているのかなっていうふうに僕は感じて、すごいなんか面白いなっていうふうに思ったんですよ。
でも自分でもどうにいってるのかよくわからないんですけど。
だと思うんですよね。それが何か例えば多分ポストモダンとかって考え方だと思うので、何かそういうところをすごい考えているのかなっていうふうに僕は感じてすごい何か面白いなっていうふうに思ったんですよ。
いやーでも自分でもどうにいってるのかよく分かってないんですけど。
たぶんまだ例えば写真とかって200年、150年、何かいろいろな説があって150年とか200年ぐらいしかなくて、本当に写真とはっていうのはそれぞれみんな写真撮ってる人が何となく思ってるものってあると思うんですけども、決定的に写真とはこれだっていうのがたぶんまだないと思うんですよ。歴史が浅すぎて。
はいはいはい。
だから逆に何かその絵画と写真の間みたいなのを考えることによって逆に何かやっぱり写真ってこうだよねとか。
06:07
なるほどね。
絵画って実は何か写真との違いを考えてたら、昔はみんな思ってなかったけどやっぱり絵画こうだよねっていうのがもしかしたら何か出てくるかもしれないし。
確かに。
みたいな感じなのかなと思って何かちょっと話をよく聞いてみたいなと思ってました。
ありがとうございます。何かそうか。そうですね。
写真とはみたいなのって何かやっぱりこうSNSとか盛り上がりやすい話題じゃないですか。
確かに。
こんなの写真じゃないとか何か。
たぶんね、その絵画のような写真みたいなのもたぶんそれを言うものと関連するかもしれないししないかもしれないですけど。
やっぱり何かやっぱりみんな写真とかっていうのを考えてた結果、たとえばその人も絵画のような写真っていう何かキーワードはきっと出てきたんじゃないかなっていうような気がします。
そうですね。確かにみんな好きかも。そういうの。
何かその絵を描くっていう、わざわざ描くっていうところにいたってすごい色々原因が自分の中であるかなと思ってて。
さっきのサイヤのタイプとかもそうなんですけど、結構一つ大きいなって自分で思ってたのがAI、生成AIですね。
それでもう一瞬でその写真だったり絵画だったりとかイラストがもう生成できるようになってから、結構それが出てきたときに世の中的に、
何て言うんですかね、イラストを描いてる人だったりとか、たとえばもう仕事がなくなる、自分の存在意義はみたいな感じの議論とか結構あったと思うんですけど、
なんか私的には全然逆というか、あんまりそういうことを思ってなくて、何でしょうね、もう結果にこだわらなくて良くなったというか、
もう人間ができることってすごくシンプルになったんじゃないかなっていうのはすごく感じてて、
本当に豊かな時代になったなってすごい感じるんですよね。
AIで一瞬でも、本当に超速スピードで結果までたどり着くというか、
アナログでちょっとずつ描いて、ゴールまでたどり着けるというか、
09:04
なんかそれが選べる。昔は選べなかったと思うんですけど、
今は選べるというか、
やっぱり曲芸的なパフォーマンスというか、
例えば、
サーカス的な曲芸みたいなところって、
人間がずっと感動してて、
やっぱり本当に、
そういうのは、
人間がずっと魅了され、普遍的にずっと魅了され続けてきてることなんじゃないかなっていうふうにすごい感じてて、
まあ、あの、
先週の展示を見たときにすごく感じたんですけど、
AIとは対極的というか、AIは観念でできたようなものなんで、その対極的にあるものってサーカス的な曲芸というか、
いまだに、例えば陸上競技がなくなってない現実だったりとか、いくらでも人間より速いスピードのものとか、
例えば新幹線なり飛行機なりたくさんあると思うんですけど、それでも、
例えばオリンピックとかそういうものがなくなってなくて、みんなそれに対して感動し続けているっていうのは、やっぱり普遍的に、
サーカス的な曲芸みたいなところっていうのは、普遍的に進化性を持った、自らもそうだし、周りにとっても感化されることというか、なんじゃないかなっていうのはすごく最近感じていますね。
僕の見てる将棋も、もうAIが人間を数年前から上回ってるんですけど、将棋中継の時も、AIが考えた最善手とかがもう出てるんですよ、中継の中に。
12:06
1番の最善手はこれ、2番目はこれ、3番目はこれ、最善手を指すとプラス何点ですよとか、2番手のやつやるとプラス何点とか、もう出てるんですよね。
出て、それが正解に近いということになってるけど、でも面白いんですよね、将棋中継、いまだに。
将棋とか、ごめんなさい、将棋とか以後のAIってすごい楽しみ方が、僕もそんなにほとんど見たことないですけど、聞いてる範囲だと楽しみ方が変わってる感じがして、すごい良い効果をもたらしてますよね。
なんか多分、すごいAIの採点的にはもうこっちが勝つだろうって思ってるけど、すごいもう負けてる劣勢の方が、なんかこう、ある手を指した途端、AIの判定がガーって変わって、本当だったらそのまま優勢だった方が最善手を指し続ければ勝てたはずなのに、
例えばちょっとミスって、もう片方の方がさらに最善の手を指した結果、すごい判定が覆ってみたいなのが見てて、結構エンターテイメントとして面白そうだなっていうふうに思って、なんか人間はもう勝てないんだけど、なんかすごい人間がやってる競技にすごい良いスパイスというかなってるのかなっていうのは、僕もそんな詳しくないけどちょっと思いましたね、将棋とか以後の判定みたいなやつは。
たしかにその、以後とか将棋とかそっちだとまたね、そうですね。
いいなあ、そこで陸上競技とかの引き合いが出てくるのはすごいな。
いや、たしかにと思いました。
肉体、現時点で言うとAIは肉体とかみたいなものを持ってなくてとか、あとAIが同じようなサーカスのいい感じの映像とか、すごい陸上のなんか、なんだろうな、ハラハラドキドキするような、例えば100メートルの陸上のトラック競技の映像を作っても、それが作り物である限り感動はしない。
わけですよね。実際の肉体を持ってる人間がやってるからっていうのを見てるから感動するんだけど、なんかそのAIも、僕がよく読んでるそのなんか哲学とか現代思想の最近の本を書いてる千葉雅也さんっていう人がいて、その人が言ってるAIに今ないものはその肉体はもちろんそうなんだけど、なんかこう生きる、彼らは別に生きてるわけじゃないので、
生きることへの執着とか、生への活望みたいなものがないのが人間との違いだって言ってて、なんかそれは結構そうだなと思うんですよ。思ってて、例えばさっきの囲碁とかの話、囲碁とか将棋の話で言うと人間とAIは絶対、今で言うとAIの方が強いんですよ。
15:18
で、仮になんかAIと人間がうまく勝負できるように、例えばなんかあるスコアで、AIは人間の例えば2倍とか3倍のスコアを取らないと勝ちじゃないですみたいなフェアなルールを設定できたとしても、やっぱり僕ら人間と応援すると思うんですけど、すると思うんですよ。
なんだけど、じゃあAIがさらに負けたら、このAIが入ってるパソコンごと壊されますとか、AIがなんかちょっと人のロボットっぽい、例えばじゃあ相棒が将棋を指してて、負けたらこの相棒は壊されますって言ったら、多分一定数相棒をめっちゃ応援すると思うんですよね。彼らが死んじゃうからとか。
なんかそういうやっぱなんか、生きるとか死ぬとか、将棋の戦いで言うと負けちゃうとこう、例えばタイトルを失うとか収入を得られないとか、彼ら生活がかかってるわけで、例えば。
なんかそういう部分の面白さとか、なんかそういう競わせることにちょっと倫理的に問題があると思うんだけど、なんかその生きるとか死ぬとか、なんかその肉体があるとかが入ってくると、なんか僕らが今考えてるそのAIの話ってちょっとまた変わってくるんじゃないかなっていうのを、さっきのそのね、陸上の話からちょっと思い出しました。
確かに感情移入はできないですね。なかなかAI、今のAIが作ったものに対しては。
解説聞いてても面白いですよね。これは人間には思いつかない手ですねとか。
そうなんだ。
そうそう。
人間には思いつかない手。
そう、陸上競技で言うと、ちょっとそれるかもしれないけど、今、忍さんが最近Xでアニメの知が面白いってポストされてたじゃないですか。
はい。
ひょっとしたら知の話も今日上がってくるかなと思って。知は僕、漫画で全部読んでるんですけど、アニメは見てなくて。
うおとさんっていう漫画家の先生が書いてるんですけど、うおと先生が書いた、その前作かな。100Mってあるんですね。
これが100M走を走る男たちの物語なんですけど、それがまさに身体勢みたいなところが描かれてて、
18:03
昨日、全5巻で読み切りで、5巻で終わるんで読みやすいんですけど、昨日読み直して、その身体勢とかの描写を見て、今日の話聞いて、
走るって素晴らしいとか、身体勢を伴う行為の尊さみたいなのを感じましたね。
そこの出てくる漫画の名言を言いたいけど、ネタバレになるから言わないほうがいいか。
5巻の最後の方に出てくる言葉ですごい印象的な、人間の幸福感について話したセリフがあって、
それがすごい、そこを読むためだけに5冊買う理由はあるみたいな。
じゃあちょっと読んでみます。というコンテンツをバランスつくりましたけど。
そうそう、だから身体勢ですよね。身体勢の話はだから、
これは今撮ってるの同じ日だけど、先週の放送の話で畑屋直也さんとアレックスの話をしたときに、
写真を現像してプリントするところの身体勢が、それぞれ写真家がいろんなことを考えてる人がいるよねって。
そこで身体勢の話とかも、はるかさんの写真と絵画の間っていうところで、
身体勢みたいなところはあるんじゃないかなって。やっぱり絵画に比べると、
フィルムとはいえ写真の身体勢って例えば絵画よりも少ないとか多いとかって、絵画でも書くものによると思うんですけど、
絵の具を使って絵を描くとの違いとか、そういう身体勢の話っていうのはすごく関係がありそうですよね。
そうですね。
もうなんか本当、藤原さんのお話を聞いて、
藤原さんのお話を聞いて、
こういうかたちの作り方とかって、
いろんなところに関しては結構考えられてたんで、
いろんなところに関しては結構考えられてたんで、
確かにその身体制のラインをどこまで自分でやるのかみたいなところを 今後決めるっていうのは結構重要になってくるのかなっていうふうに思っています
はい
はい
はい
はい
はい
はい
21:00
はい
はい
はい
はい
はい
はい
はい
はい
はい
はい
はい
はい
今ってたとえば家事とかにしたって いくらでも短縮しようと思えばできる時代ですし
じゃあ余った時間 おかしはその
例えば洗濯機とかもない時代ですごい時間かけて、洗って、 お汗こしたり
今だとそんなことしなくてもいいじゃないですか
なんかほとんど
自分は何に対してその身体性を、身体を使って何かをしていきたいのか、みたいなところとかを決めていかなくてもいいんじゃないかなっていうふうに思ったりするんですけど、
それを自分に使うんだっていうふうになった時に、やっぱりそう自分は何に対してその身体性を、身体を使って何かをしていきたいのか、みたいなところとかを決めていくのが結構、
それが自分にとってどれぐらい必要なのか、みたいなところは、自分の心身の健康というか、そういうところに対してもちゃんと考えるっていうのはすごく重要になってくるのかなって思いますね。
その辺回るんだったら自転車でも歩いて、どっちでもいいと思うんで、それで一体何がしたいのかっていうのを考えるのはすごく大事にね、人間の時間っていうのも有限だと思うんで、
それで何をして、どこに時間を使いたいのかっていうのを考えるのはすごく大事な気がしますね。そういうのをちょっと、そういう時間をちょっと大事にしたい、自分が時間をかけたいかなって思って、多分絵とかを描いてるのかなって思いますね。
これ、ノート記事が写真と海外の間1と2がありますけど、2の方は写真をもとに絵を描いたって感じなんですよね。
そう、でも両方とも写真をもとにです。
なるほど、なるほど。
まあ、自分で撮った写真ですね。
24:00
ここも、あえてちょっと時間をかけて。
さらにそれをもう一度写真に撮って、ライトルームのフィルターを当ててみたいな。
うんうんうん。
なんかぐるぐるぐるぐる回ってるところもちょっと面白いですよね。
回ってる感じ。
回ってる感じ。
多分瞑想してるだけだと思います。
いろいろ。
よくわかんないけど、本当にどこに向かってるのかちょっと自分でもよくわからないんですけど。
なんか、どこに向かってるかわからないけど、夢中になってやるっていうのは結構幸せだなって思うんですよね。
あの、ちょっともうさっきの100Mの名言言っていいですか?
どうぞ。
言ってください。
どうぞ。
ここで。
ちょっと言うしかなくなってしまいました。
我慢できないから。
どうぞどうぞ。
ちょっと前の方から読みますね。
はい。
みんな絶対死ぬ。冷静に考えたらこんなヤバい話ってないよな。そんな心理が人間を絶えず不安にさせる。不安にさせるが、そんな心理には、俺らが本気でいる時の幸福感を1ミリも奪えない。
そんなものを今まで散々見てきたみたいな。
なるほど。
はい。一番いいとこ、いいとこ言っちゃいました。
我慢できずに言っちゃった。
我慢できずに。
そうそう。本当に夢中になることが、本当幸せだなって思いますね。
死ぬっていうのもね、我々ぐらいの世代になってくると、ちょっと考え始めるじゃないですか。
現実味を帯びてくる。
現実味を帯びてきますね。
若い時とは違って。
死まではいかなくても、何かしらのいろんなことに終わりというか、カメラそのうち壊れるし、というか新しいのが欲しくなって買い替えちゃうし。
人と人との別にいろんな別れとかもあるかもしれないし、死とか終わりっていうものは感じますよね。
あるいはね、はるかさんというとお子さんが今は一緒にいるけどその状態になって、いつかいなくなっちゃうかもしれないし、みたいなものを例えば写真とか絵とかで記録というかその場に留めることができるというか。
で、留めておけばまた思い出したりとかみたいな。
そうですね。
そういうものもありますよね。
写真で思い出を残すのと絵で描いて残すのっていうのは、描き終わってみて全然なんか違うなというふうにも思いましたね。
27:15
あの時こういう思いで描いてたなっていうのをその絵を見ると思い出したりするんで、またちょっと違いますね、そのあたりも。
今ちょっとその話ですごいいいの思い出したんですけど、思い出したんですけど、写真って百何十年か前にフランスとかでできたじゃないですか。
たぶん今公式な記録というか、一応写真を作った人は誰だっけ、ダゲールかな、ダゲールとかっていう人がフランスの学会でダゲレオタイプっていうのを発表した、それが写真の始まりだって言ってて。
たぶんいろんな諸説があって、その時期にいろんな写真っぽいものを作ってる人がいっぱいいて、とりあえず今フランスで世界的にも公式に写真の始まりはそのダゲレオタイプみたいなふうに呼ばれている説もあるんですけど。
いろんなのがあるんです。知ってると思うんですけど、タルボット、トルボット、ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットっていう人がいて、この人もダゲレオタイプよりちょっと前に写真っぽいもの、カロタイプっていうものを作ってたんですよ。
で、その人がなんで写真っぽい光を紙とかに定着させるものを作ろうかと思ったら、この人は元々貴族で、その頃の18世紀、違うな、19世紀か、19世紀とかの貴族の人たちってすごい白色で、働かなくていいからめっちゃ勉強とかしてて、
で、それを科学技術とか、あとは経済とか政治とかっていう形で貢献して世の中に返すっていうことをやってて、で、このトルボットっていう人は旅行に行ったんです。あるとき旅行に行って、で、その時代には、
カメラオブスキュラーっていうのがあるじゃないですか。なんかピンホールカメラみたいなやつを写して、そこに絵を描くとか、あと似たようなもので、カメラルシダっていうものがあったんです。で、カメラルシダっていうものも、目に見た風景とかをそのカメラオブスキュラーっていうのを使って、
だけど、それを描こうとしたら、自分の、これを、この道具を使ったら描けるけど、でも結局、画家じゃねえと描けねえっていうことに気がついて、
技術がいるんですよ、それも。画家じゃないと結局、描けないじゃんって言って、きれいにこの道具を使ったら描けるって言われてるけど。っていうので、写真っていうものを作ろうとしたんですよ。
30:13
だから、なんか、あのちょっと、さっきのハルカンさんの話の逆説なんだけど、絵に描くのと写真に撮るのは違うけど、でも、絵に描きたいけど描けなかった。
人がいたから、写真というものが、これはあのトルボットが、そのカロタイプっていうものを一生懸命、カロタイプっていうものを描いてるんですよ。
さっきのハルカンさんの話で、そのトルボットが、そのカロタイプっていうものを作ろうとしたら、絵に描くのと写真に撮るのは違うけど、でも、絵に描きたいけど描けなかった。人がいたから、写真というものが、これは、あのトルボットが、そのカロタイプっていうものを、一生懸命、がんばって作ったっていう、一つのモチベーションになったって言われてるんですよ、その。
そう機械を使っても絵を綺麗に描けなかったから
だからなんかそうその時トルボットが絵をうまく描けてたら
例えばカロタイプってものは生まれてなんか
まあでもそのうちだいたい写真っぽいものは作ってた
しまあそもそもそのダゲエルがダゲエルタイプを作ってたんだけど
やっぱりみんななんか描きたいけど描けないとかみたいなものが
そうそうっていう話を今ちょっと思い出しました
その絵で描くのと写真で撮るのと違うっていうので
なるほど
絵描けないから写真で撮るっていうのはなんか分かりますね
そうそうそう
絵描けないから
まあ写真の方が綺麗ですしね
絵で描くより
なんかどちらもねモチベーションとしては
その場で自分が見たものを何かこう自分の手元に残しておきたいとか
自分の記憶に留めたいっていうのがあって
多分スナップを僕ら撮ったりとか
スマホでパッド撮ったりとかっていうのあるじゃないですか
なんかその瞬間を自分のものにしたいみたいな
もちろん多分絵で描いたときのその自分の
やっぱり家庭体を動かしてこうやってるわけだから
体にね
はるかさんのこの絵でいうと
この葉っぱの色をどうしようかな
見た目に近づけようかもうちょっと鮮やかにしようかって考えながら描くとか
写真だとねせいぜいなんかこうピクチャーコントロールいじって
ちょっとサイド上げようかなみたいな
同じようなものではあるもののやっぱその過程というか時間というか
33:02
そこもなんかこう思考のスピードが違うっていうのは
はるかさんがさっき言ってた
選べるようになったっていうのもなんかありそうですよね
そうですね
なんか絵を描く行為って私昔からその
すごい自分の世界とか時間を守る行為そのものみたいな感じだったんですよね
小さい頃からずっとそうだったんで
いろんなことが重なって
自分が何を大事にしていきたいのかなっていうのを
ちょっとずつ考えるようになって
昔とあんま変わってないのかもしれないんですけどそういう意味では
しばらくずっと描いてなかったっていうのは
逆になんで描いてなかったんだろうなっていろいろ考えたりはするんですけど
描いてみたら描いてみたで
まあすごい時代と逆行してるなぁと思いつつ
なんか心地いい時間だなっていうのは感じてますね
なんか博明さんとかが万年筆で文字を書くとかみたいなもの
多分似たような感じなのかなって僕は思っていて
いちがみさんって何かそういう
例えば何か手を動かしてやってる時間が
好きとか大切にしてるみたいなのってあったりしますか
今話聞いてて思ってたのはレコード聞く時間であったり
あとそれこそお手後の時にある方からコーヒー豆をいただいて
僕何も道具持ってないんですけどこれを気にと思って道具一式揃えて
ガリガリって自分でやってるんですけど
あなたにはこういう時間が必要ですみたいな
そういうメッセージを受け取ったんで
じゃあそうですかって素直にやってみたら
ドライフさんとかもずっとハンドトリップでコーヒーとか入れられてますけど
確かにいい時間だって思いますね
また何か沼になりそうなあれですね
コーヒーとかレコードを持ってったらすごい深くなりそうな
そうですね 持ってったらそうなりそうですね
朝せで遊んでるのが一番楽しいから
そういう結果を先送りにしてその過程を楽しむということに何か価値を感じてるみたいですね
36:01
たぶん絵を描くのもそうかもしれないですね
欲しいのは2次元の結果なんだけど
写真と絵だと出来上がりの差もあるんだけど
自分でハンドトリップするのとコンビニとかスタバとかどこでもいいんですけど
そこでささっと入れてもらうのとみたいな
確かに全然違う
ちょっと先送りしてその過程を自分で手間をかけて楽しむみたいな
さっき死ぬ話とかが出たと思うんですけど
私もどうやって死にたいかなとか思い始めて
おばあちゃんとかになった時に何して過ごしてたいのかなとかいろいろ考えるようになって
したらアトリエが欲しいと思い始めてアトリエで死にたい
石の台座を掘ってたいみたいな
台座を掘ってちょっと疲れて寝たみたいな時にそのまま死にたいみたいな
それすごい理想ですね
どうやって時間を過ごしていきたいかみたいなところにも繋がるんですけど
どうやって死んでいきたいかみたいな
考えますね
いちがみさんは何かそういうのありますか
死に方?
はい死に方
病院では死にたくないとか
そうですね今の写真という趣味ができて
あとポッドキャストもこれも趣味なんで
自分が楽しんでる時間なんかこれを維持したいですね
動画も
仕事コロナ禍の時に一個契機があって仕事のしてる時間をレコーディングするようにしたんですね
その中で週30時間以上働かんようにしようと
結構な時間事務所に長い時間いるんですけど
うちの2,3割を自分のための時間にすると決めてから
ポッドキャストとかもやり始めて
そうすることでだいぶ心の健康が保たれてる感じがあるんで
個人事業主なんで収益とのバランスもありますが
39:00
なるべくこの状態を維持して
促し置いていけたらなと思っておりますね
いやーでもこんだけね続けてたら本当に続けてそう
なんかねYouTubeとかもね結構長くやられてますし
まあまあやめてないってだけですけどねYouTubeは
やってないけどやめてない
続けてるっていうのはすごいと思いますね
僕はあの何でしょうね最近ここ数年ぐらいよくあの
あの人たちの気持ちはよくこう漫画とかアニメとかに出てくるこう
マッドサイエンティストみたいな人が永遠の命を求めるじゃないですか
ああいう人たちって知識を得たいみたいな
ちょっとあの気持ちが分かってきて
なんかちょっと昔は別になんか普通に生きて死ねばいいじゃんって思ってたんですけど
なんか最近になってようやくいろんなことを知りたいなと思ってたら
全然時間がないじゃんと思って
長生きどころか永遠に生きたいなってこう
っていう人たちの気持ちがちょっと分かるようになってきました
確かになんかいろんなことを知ろうと思ったら全然こう
時間が足りないしでもう全部知ってるAIがいますよ
隣にもうなんか今半ば手に入ってるようなもんじゃないですか
でもなんかちょっとそれはなんか違うなと思ってて
なんかこう自分で知りたいというか
もちろんそんなことは絶対できないんだけど
しまあ肉体的な限界があるのでせいぜい80歳とか
僕は心の中では今現代生きてる人はたぶん120歳ぐらいまで生きるんじゃないかなとは思ってるんだけど
なんやかんやでとはいえもう80年もないので
みたいななんかちょっと不老不死の
不老不死を求める人たちの気持ちがちょっと分かったというか
なんか脳みそだけ取り出してそこだけずっと生きさせるみたいなのはありそうな感じはしますけど
ありそうですよね
まあそこまでして生きていたいかみたいな話にもなってくる
そうそうそうね肉体がないのにみたいな
ポッドキャストなんかもう僕らいなくても勝手に配信できそう
いなくても配信勝手に話しつくって
でもポッドキャストは脳みそだけでできそうですね
42:02
ポッドキャストはやりますから脳みそだけでやったら
勝手に公表してそうです
あいつならこんなこと言ってそうだなみたいな勝手に予測されてる
確かにできそうですね
面白いなあ
まあなんだかんだアウトプットしてる人たちばかりですからね
このゲストに出ていただいてる方も
そうですねしのぶさんももう卒業制作とか写真展とかこれからやられると思うので
そうですね
だからちょこちょこXとかで小出しじゃないけど
なんかこれ作品なんだろうなっていう写真が見えてきましたね
確かに
そうですね
取り進めてるものとあるテーマで過去のねこういうものをこうこれ使えるなみたいなものをいろいろ組み合わせて
作ってるので
それこそこの前おてらーとに出したお皿の写真とかも
今は50枚ぐらいの組みになってるんですけどその中には入ってるし新しく
ここ何ヶ月かで撮ったものもまあ10枚20枚ぐらい入ってるしみたいな
そうなんですそんな感じでこうちょろっと出したりとかみたいな
いいですね楽しみですね
楽しみですね
みんなで京都行きましょう
ありがとうございます
行きたい
京都ツアー
鴨川で鴨川で収録しましょう鴨川で
新しいいいですね
いいですね
大田さん運転手で
車だとそちらのその富山とか金沢のあたりとかだとどれぐらいで
意外と近い
京都はまだ近そうですね休憩入れて3、4時間
多分東京とか行くより全然近いですよね
京都とかのほうが
今年の初めぐらいに
いちがみさんのオフィスに初めて僕と妻で訪問した時もこの後明日京都行くんですよって言ったら
じゃあ金沢から直に行くんですよねみたいな感じでいちがみさんに言われたんで
ようやくそこであそっかこっから行った方が近いんだと思って
予定だとまた東京に帰ってから次の日移動で京都に行こうとしてたの
してて実際そう移動したんですけど
ですよねそちらから近いですよね京都
近いかもそっちのほうが
そっか今北陸新幹線も鶴川まで
45:02
伸びたから
確かに
時間も短くなってんのかなひょっとしたら
かもしんないですね
そうですか
はい
では写真と海外の間掘り下げ会でしたけど
どうやって死ぬかの話になりました
なんかみんな老いてる感じがすごいしたんですけど
若さがない感じがする
逆の話には死にたくないって言ってますけど
それは逆になんか
なんかね若さを
あの
たまには
私の思いが
っていうか
こんなに
あんなに
あの
もっと
普通の人に
いろんな
言葉を
言われて
いろんな
ことを
言うことが
できて
その
呼び方
やっぱり
とっても
いい
まあ
やっぱり
本当に
たまに
ハルカさんとかね、ハクメイさんとかってもうレギュラーであの好評回があるので、なかなかあの短髪の回とかってないじゃないですか。
そうですね、あんまりないかも。
そうですよね。あんまりそう、オープニングトークでちょろっと近況を話すぐらいで。
近況を話すぐらいですね。
だからそう、ハルカさん、ハクメイさんにもね、もっとあのお時間あるときに。
誰か他のイチゴカメラゲストに出ている方がこの人と話したいと言えば、その場をセッティングは試みたいと思いますので。
そうですね、楽しそう。
はい、ぜひ。
はい、では、2週にわたってありがとうございました。
では、しのぶさんとハルカさんでした。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
47:05

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