まずは私の仕事から、本業の方ですね。
10年くらい化学プラントで働いていまして、今2社目です。
つい最近、2026年1月から別の会社で働いています。
もともと1社目っていうのは、生産技術っていう職に就いていたんですけど、基本的には製造部門の技術部隊として何でも屋さんみたいな感じで働いていました。
会社によっては装置を導入するエンジニアリング部隊と、保全の部隊と、新しい製造プロセスを考える部隊といろいろ分かれていたり、もっと言うと機械の部門と電気の部門と、そうやって詳細に分かれているものだったんですけど、
私の1社目のところはそういう分類が全くなくて、DXとかもやってましたね。
技術系としていろんな設計をするだけじゃなくて、電気工事もしてました。
配線したり、制御板にホルソーっていうので穴を開けてスイッチがつけられるように加工したりとか、板金に穴を開けたりもしてましたね。
共同ロボットを使った経験もありまして、機械的なところでキャドー図面を書いて部品を製作したり、ボール板とかバンドソーっていう金属加工の機械を使って穴開けたり切ったりっていうのも経験があります。
溶接だけはさすがに経験がないんですよね。業者さんに作ってもらってました。
システム的なところで言うと、DCSとかPLCっていう工場の自動化させるような設備があって、そのプログラムを書いたり修正したりとかもしたことがあります。
科学プランと特有の話で言うと、科学工学計算っていうのもよくやってました。
かき混ぜるためにどれくらいのモーターのサイズ、動力がいるのかとか、どれくらい伝熱させるかとか、ポンプの圧力損失がどれくらいあるのかとか、そういう計算はよくやってました。
少し特殊な仕事で言うと、消防署に書類を提出したりとかもしてます。
化学プラントっていうのは基本的に消防法でいろいろ制限されていて、設備を変えようと思ったら消防申請っていうのをしないといけないんです。
その時に必要な書類を準備したり、実際に申請を出す前に消防署の方といろいろ相談したりっていう仕事もしていました。
これに関してはもう完全に人手不足っていうのが理由でして、実際に設計した人が説明しに行った方が話が早いので、結局そういう感じになっちゃってました。
ということで、一社目っていうのは本当にいろんなことを経験させてもらって、今かなり幅広い視点で仕事ができるようになっています。
ただですね、そうやって幅広い仕事ができるってことは、それほど個々の仕事が密になってなかったり、そんなにボリュームがなかったりするんですよね。
会社の規模としてもそんなに大きくはなかったです。
だから転職をしました。
二社目はだいぶ会社規模が大きくなって、完全にそれぞれの部門で仕事が分かれている状態です。
そんな中で私は今、製造技術っていう仕事に注力をしておりまして、
原価の低減とか安全性の向上とか、トラブルの対応にオペレーターの負荷の低減だったり、一貫して現場改善っていう視点で仕事をするようになってきました。
毎日の運転記録を確認して、異常だなって思うような兆候があったら、それを原因を突き止めて対策を講じて、ということを繰り返していきます。
その対策の規模っていうのはまちまちで、経費レベルでできることだったらすぐ対応したりとか、
なんならプログラムを変えるだけとか、パラメーターを変更するだけだったらすぐ対応して、
投資っていう形で工事が必要だったり、大きな金額が必要だったら1年先とか、
次の運転が止まる定期修理、停修っていう期間で工事をするように計画したりとか、
長期で大掛かりな仕事をする場合もありますけど、比較的短期のスポンで対応することが増えてきましたね。
24時間動いてますので、発生したトラブルをどうにかしてその日のうちに応急対応して、大丈夫か検証したりもします。
金曜日に発生したトラブルなんかは土日をなんとか切り抜けられるのかっていう見方もありますね。
前職は比較的余裕のあるスケジュールで仕事ができてたんですけど、
今の仕事っていうのは突発的な内容も多々あったり、元々業務量も多かったりっていうことで忙しさは全然違いますね。
充実感は正直今の方があります。
という感じで、一貫して化学プラントでずっと働いておりまして、現場改善に近い仕事はずっと続けています。
そして技術的な守備範囲は結構広めです。
さあ、それでは情報発信活動の方を振り返ってみます。
2021年の5月ぐらいから始めておりまして、まさに5年前の話なんです。
その時に一番最初に始めたのが技術ブログですね。
けむはくっていう名前で今も公開されています。
もともと大学自体も大したところ行ってなくて、
会社もそんなに有名でもなくてちっちゃいところなんで、
今のままで大丈夫なのかなっていう一種のコンプレックスみたいなのは働いてたんですけど、
そんな中で勉強しようかなって思ったわけです。
でも勉強したことって全然100%仕事で活かせるわけでもなくて、
いろいろ時間使ったはいいけどなんかもったいないなって感じになっちゃうのが嫌だったんで、
勉強したことを書いて発信するようになりました。
多くの方が電気系の発信とか機械、科学工学っていう感じで、
ジャンルを特定して技術ブログを書いてらっしゃる方ばかりでした。
そんな中、私の仕事の影響もあって、
科学工学とか配管、機械、電気系層、データ分析まで、
いろんなジャンルで雑多に書くような技術ブログが生まれてきました。
これがこうそうしてかわからないんですけど、
結局アクセスっていうのはだいぶ増えてきまして、
だいたい月5万PVぐらい出てる感じでした。
生成愛が出てくる前の話です。
それから3、4年くらいはずっとブログを書いてた感じですね。
特段変化もなくて、技術記事を書いてPVを伸ばして、
それがきっかけで発信者の仲間が増えてきました。
その時はやっぱり技術者の方がほとんどです。
それでもだんだんと技術ブログを書く人が減ってきました。
チャットGPTの登場です。
最初は性能もそんなに良くなかったので、
みんな継続して書いてはいたんですけど、
だんだんと書く人が減ってきて、
気づけばいなくなっている人もいました。
寂しいですよね。
とはいっても、私も2023年くらいで記事を書くのが終わって、
24年以降はほとんど書かなくなりました。
でも発信自体はすごく楽しかったんですよね。
だから何か続けたいなとは思ってて、
ノートでもいろいろ記事を書いたり、
ブログも細々とは続けていました。
初めてから3年くらいで、
発信者としての土台が出来上がった感じですね。
そして、2024年の秋くらいに、
いろいろ変化がありました。
今は連載しているMONOistっていうウェブメディアで、
初めての科学工学という連載記事を書くことが決まりました。
外で書くようになるということで、
一つ決めないといけないことがありまして、
それが当時、アカウント名ってぐちゃぐちゃだったんですよね。
気が向いたら時々変えるような感じで、
このタイミングでかねまるという名前になりました。
かねまるって名前、まだ2年も経ってないんですよね。
でも、もうずっとこの名前でいくことに決めています。
そして、時を同じくして、
ホットキャスト、この技術者かねまるのプラントライフを始めました。
そういえば、ロゴも外注して、
作り始めたのも同じタイミングですね。
だから、2024年の秋くらいから、
私の発信活動っていうのはちょっと変えようかなって思ったり、
頑張っていこうかなって思い始めた時期ですね。
少しずつ、自分を残すフォートフォリオを作っていくってことを意識し始めた感じです。
その後は、ホットキャストに力を入れるようになってきました。
かねまるっていう名前は出しているものの、
詳細に顔も名前も出さずに、
自分を出せる場所って言ったら、
ホットキャストの方かなと思いまして。
YouTube大変ですからね。
ということで、ホットキャストの定期配信をして、
だんだん週2に変わってきたり、
リアルイベントに出るようになったり、
自分を出す場所を増やしてきました。