第二百三十八話『全ての基準を善に置く』-【山形篇】写真家 土門拳-
2020-03-21 13:10

第二百三十八話『全ての基準を善に置く』-【山形篇】写真家 土門拳-

山形県酒田市に生まれた、昭和を代表する写真家がいます。
土門拳。
酒田市飯森山公園にある土門拳記念館は、日本で最初の写真美術館。
白鳥が飛来する清廉な湖のほとりにあります。
1974年、酒田市名誉市民第一号になった土門は、自らの作品を全て故郷に贈りたいと願いました。
記念館の設立には、彼の友人たちがその才能を結集。
設計は、ニューヨーク近代美術館の改装を手掛けた谷口吉生。
中庭の彫刻は、イサム・ノグチ。
庭園は、草月流第三代家元・勅使河原 宏が手がけました。
さらに、入口近くに置かれた石に「拳湖」、こぶしに湖という文字を刻んだのは、詩人の草野心平です。
土門拳という圧倒的な求心力が、この記念館を造ったのです。
彼が主張したのは「絶対非演出の絶対スナップ」。
徹底的にリアリズムを追求し、『ヒロシマ』に代表される報道写真や、閉山した炭鉱に暮らす子どもたちを追ったスナップなど、市井のひとびとの暮らしに寄り添いました。
一方で、文豪や政治家など著名人のポートレートにもこだわり、川端康成や志賀直哉、棟方志功など、被写体の人格までもあぶりだす力強い写真は、今も、見るひとの心をわしづかみにします。
写真に命や思想、写す人間の魂までも焼き付ける作業は、ときに周りとの軋轢を生みました。
日本画の大家、梅原龍三郎を撮影したときは、あまりに土門が粘るので、梅原が激怒。
座っていた籐椅子を床に叩きつけましたが、土門は眉一つ動かさず、撮影に没頭。
結局、梅原は折れ、生涯で最高の一枚の写真が誕生したのです。
どこまでも自然光にこだわった土門は、東大寺、二月堂のお水取りの写真でも、真夜中にも関わらず、一切、人工照明を使いませんでした。
何度失敗を繰り返しても、信念を曲げない。
たいまつに照らされる表情は、まさしく「鬼」の形相だったと言います。
なぜ彼はそこまで強くなれたのでしょうか?
なぜ彼はそこまで揺るぎない自分を手に入れることができたのでしょうか?
リアリズム写真の巨匠・土門拳が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

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