山口県の東南部に位置する、周南市。
その街中にある周南市美術博物館には、ある写真家の記念室が設けられています。
林忠彦。
戦後の焼け跡にたくましく生きる子供たちをとらえた写真や、太宰治や坂口安吾など文豪の写真でもその名をとどろかせた、名写真家です。
彼は我が国の写真文化発展のためにも、尽くしました。
日本写真家協会設立に加わり、昭和28年には二科会に写真部を創設。
全国のアマチュア写真家の資質向上に、尽力しました。
その功績をたたえ、遺志を継ぎ、周南市は未来を切り開く写真家の発掘のために、林忠彦賞をつくりました。
この賞により、数多くの新人写真家が見出されています。
ここに一枚のモノクロ写真があります。
タイトル『犬を背負う子供たち』。
1946年、戦後の焼け跡がまだ生々しく残る町。
三宅坂の参謀本部跡。坊主頭の子供が二人写っています。
一人は座ってこちらを見ていて、もう一人は、立ってどこかに歩き出そうとしています。
立っている少年の背中には、野良犬がいます。
子供をすっかり信用している様子。
手をちゃんと肩にかけています。
子供たちの表情は、決して暗くない。
それどころか、瞳の輝きがわかる。
自分たちの食べるものもままならない時に、犬に餌をあげ、共に生きる子供たち。
写真家、林忠彦は、この写真にこんなコメントを寄せました。
「こんなに優しい少年たちがいるのであれば、戦後の日本の将来は、明るいに違いない」
どんな状況でも生きようとする心、前に進もうとする意志、ポジティブな思いを写真におさめた、林忠彦にとっての明日へのyesとは?
その街中にある周南市美術博物館には、ある写真家の記念室が設けられています。
林忠彦。
戦後の焼け跡にたくましく生きる子供たちをとらえた写真や、太宰治や坂口安吾など文豪の写真でもその名をとどろかせた、名写真家です。
彼は我が国の写真文化発展のためにも、尽くしました。
日本写真家協会設立に加わり、昭和28年には二科会に写真部を創設。
全国のアマチュア写真家の資質向上に、尽力しました。
その功績をたたえ、遺志を継ぎ、周南市は未来を切り開く写真家の発掘のために、林忠彦賞をつくりました。
この賞により、数多くの新人写真家が見出されています。
ここに一枚のモノクロ写真があります。
タイトル『犬を背負う子供たち』。
1946年、戦後の焼け跡がまだ生々しく残る町。
三宅坂の参謀本部跡。坊主頭の子供が二人写っています。
一人は座ってこちらを見ていて、もう一人は、立ってどこかに歩き出そうとしています。
立っている少年の背中には、野良犬がいます。
子供をすっかり信用している様子。
手をちゃんと肩にかけています。
子供たちの表情は、決して暗くない。
それどころか、瞳の輝きがわかる。
自分たちの食べるものもままならない時に、犬に餌をあげ、共に生きる子供たち。
写真家、林忠彦は、この写真にこんなコメントを寄せました。
「こんなに優しい少年たちがいるのであれば、戦後の日本の将来は、明るいに違いない」
どんな状況でも生きようとする心、前に進もうとする意志、ポジティブな思いを写真におさめた、林忠彦にとっての明日へのyesとは?
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