第百十三話『自分の五感を信じる』-【大阪篇】作家 司馬遼太郎-
2017-10-28 14:09

第百十三話『自分の五感を信じる』-【大阪篇】作家 司馬遼太郎-

この夏公開された映画『関ケ原』の原作者は、国民的な作家、司馬遼太郎です。
複雑な人間関係や入り組んだ政治や軍事を、わかりやすい平易な文体で描き、壮大な人間ドラマを具現化しました。
『竜馬がゆく』『坂の上の雲』『街道をゆく』など、数多くの名作を世に残した司馬は、大阪府大阪市に生まれました。
東大阪市にある司馬遼太郎記念館は、彼のかつての自宅と、安藤忠雄設計の建物で構成されています。
司馬が愛した雑木林の庭から見える、彼の書斎。
机の上には、愛用の万年筆、そして推敲用に使った色鉛筆が、当時そのままに置かれています。
彼は、厖大(ぼうだい)な蔵書を持っていました。
その数、およそ6万冊。
その迫力を少しでも感じてもらおうと、記念館には、およそ2万冊の蔵書が、天井まで伸びる書架に納められています。
彼は、とにかく資料を読み込みました。
自分で調べ、自分の目で見て感じ、自分の足で稼いだ情報しか信じない、そんな信念を裏打ちしていたのは、「知らない自分」を知り、森羅万象に謙虚であったからに違いありません。
司馬遼太郎、本名、福田定一。
彼がなぜ、そのペンネームを使うことになったのか。
「司馬遷には、遥かに及ばざる、日本の者」。
歴史家の偉人、司馬遷には、遠く及ばないという謙虚さこそが、彼を厖大な資料から調べ尽くすという苦難の道に導いたのです。
簡単に情報が入る今の時代だからこそ、彼が私たちに問いかけることが多くあるように思えてなりません。
歴史とは何か?と聞かれると、司馬は、こう答えたといいます。
「それは、大きな世界です。かつて存在した何億という人生が、そこにつめこまれている世界なのです」。
小説家、司馬遼太郎が、その生涯でつかんだ明日へのyes!とは?

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