第二百八十話『座った場所を王座にする』-【徳島篇】薬学者 長井長義-
2021-01-09 12:08

第二百八十話『座った場所を王座にする』-【徳島篇】薬学者 長井長義-

私たちが今も服用する、風邪薬。
そのせき止めの有効成分、エフェドリンを発見した「日本薬学の父」と呼ばれる偉大な薬学者がいます。
長井長義(ながい・ながよし)。
徳島藩の医者の家系に生まれ、1871年、第一回国費留学生としてドイツで学んだ長井は、諸外国に遅れをとっていた化学、薬学の発展に尽力しました。
徳島に生まれ、徳島を生涯愛した彼は、徳島大学薬学部への支援やユニークな教育施設など、後進の育成にも貢献し、ドイツ人の妻・テレーゼと共に、女子教育にも力を注ぎました。
設立した日本女子大学の「香雪化学館」からは、日本初の女性薬学博士・鈴木ひでるを輩出しています。
妻・テレーゼは、物理学者・アインシュタインが来日した際、通訳をつとめました。
40歳のとき、すでに薬学者としての地位と権威を確立していた長井は、東京薬学会の例会でこのように述べています。

「昔、ギリシアの王が演劇を見に行ったところ、既に観客が一杯で、王座とすべきところがなかった。座主が恐縮していたところ、王は、『席の違いによって王であるかどうかが決まるわけではない。自分の座る席がすなわち王座なのだ』と言って、庶民の席についたという。私は諸君とともに薬学という椅子に座り、身を粉にして働き、たとえ東洋の片隅に在るとも、日本の薬学会を燦然と輝かせることを希望する」。

長井には、長崎に行っても、ベルリンで学んでも、いつも自分の座った場所を王座にする強さがありました。
自分の居る場所を愛し、自分の座る席を王座に変える。
そんな生き方があったからこそ、彼は後世に受け継がれる偉大な功績を残すことができたのではないでしょうか。
幕末から明治、大正と駆け抜けた薬学者・長井長義が、人生でつかんだ明日へのyes!とは?

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