第二百七十九話『天は心なり』-【徳島篇】陽明学者 大塩平八郎-
2021-01-02 12:05

第二百七十九話『天は心なり』-【徳島篇】陽明学者 大塩平八郎-

うだつの町並みで知られるかつての城下町、徳島県美馬市。
その美馬市にある、吉野川流域の脇町にゆかりをもつ、江戸時代の陽明学者がいます。
大塩平八郎(おおしお・へいはちろう)。
彼は、大坂町奉行の与力や吟味役を歴任したエリートでした。
与力とは、警察の中堅どころ。吟味役とは、裁判官。
犯罪をあばき、刑を執行する立場だった彼は、奉行所内部の腐敗や一部の豪商たちの悪事が許せませんでした。
江戸末期、天保4年、1833年4月に始まった天保の大飢饉は、あっという間に全国に拡がりました。
亡くなったひとは、20万とも30万人とも言われています。
この一大事にも、奉行所は利権を行使。
豪商は米を買い占め、いちばん守るべき、庶民、特に農民をないがしろにしました。
平八郎は、自分の蔵書、およそ6万冊を全て売り払い、救済活動をはかりますが、焼け石に水。
ついには、最後の手段、幕府に対して武装蜂起を決行したのです。
いわゆる、大塩平八郎の乱。
結果、44歳で自らの命を絶つことになりますが、彼が起こした一揆は全国に拡がり、その流れは明治維新や、のちの自由民権運動へと受け継がれていきます。
彼の流儀はこうでした。
「良いと知りながら行動しないのは、知らないことと同じです。知識は、行動のためにある」
そして、もうひとつ。
飢饉にあえぐ農民たちに、こう語ったと言います。
「冷害に洪水、天災はどうすることもできない。でも、できることはあるはずです。どんな天変地異も、心まで奪うことはできない。天は唯一、心で変えることができるのです」
ただの謀反だ、売名だと揶揄されても、一歩も引かなかった男、大塩平八郎が人生でつかんだ明日へのyes!とは?

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