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#32 情報過多時代に生きる。メディアとのほどよい距離の取り方
2025-03-12 21:10

#32 情報過多時代に生きる。メディアとのほどよい距離の取り方

情報社会において知ることは幸せなのか、話をしてみました。

知人との会話から/テレビを見る習慣/無意識に情報を浴びる時代/必要なら向こうからやってくる/半径2メートルでできること/必要性を自問自答してみる/環境を変化させる/一旦やめてみる

#雑談 #トーク #日常 #会話 #おしゃべり

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このPodcastは考えるひといしだと、感じるひとみずほがお届けする番組です。毎週水曜配信。

「夜空にランタンを」飛ばすように、私たちの考えや想いを解き放つことで、リスナーの皆さんの心が少しでも軽くなったらという願いを込め、日々の暮らしの中で気になったことについてお話しています。

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00:04
このポッドキャストは、考える人石田と、感じる人Mizuhoがお届けする番組です。
夜空にランタンを飛ばすように、私たちの考えや思いを解き放つことで、リスナーの皆さんの心が少しでも軽くなったらという願いを込め、日々の暮らしの中で気になったことについてお話ししています。
気のおけない友人とのんびり雑談をしているような気持ちで、番組を最後までお聞きいただけると嬉しいです。
考える人石田です。
感じる人Mizuhoです。
こんにちは。
今日のランタンは何でしょう?
今日のランタンは、情報社会の中で知ることは幸せなのか?です。
私が提案したテーマなんですけれども、
これはですね、年初に私が久しぶりにお会いした知人とお話をしている中で思ったことから来ているんですが、
久しぶりに会って、かつ年初だったので、今年、2025年ってどういう年になりますかね?っていう話題になったわけなんですけど、
その時にお互い比較的ポジティブだったりとか、何かこう理想とか夢とか目標とかそういうものを語るのが好きなタイプというのは見たところがあるんですけど、
でもその今年はどうなるという問いに対しての答えがすごく違ったというところがありまして、
私はどちらかというとポジティブでワクワクしている、何かすごい良いことが起きるんじゃないか、自分の理想とか目標に向かって前進ができるんじゃないのかっていうふうに思っていたという話をシェアしたんですね。
で、それに続いてその知人が彼女の展望を教えてくれたんですけど、それがすごく暗いものだったんですね。
で、例えば今ニュースでこういう事件があってとか、政治家に対してデモがあってとかっていう、どちらかというとすごくマイナスだったりとか暗いニュースを気合に出して、
なので今年は心配ですねとか大変そうですよねっていう展望だったんですね。
同じ2025年の未来ということを考えようというところなのに、こんなにも見方が変わるんだなって思ったときに、
それがなんで私は逆にこんなに天真爛漫な感じで考えているのかなって思ったときに、私はあまりテレビを見る方ではあまりというかほぼ見ないですよね。
なのでニュースに疎いんですけど、今回の例で言えば彼女はニュースをよく見ているっていうところから、
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2025年の彼女なりの展望ができたわけなので、今情報社会と呼ばれて情報があふれている、通ろうと思わなくても入ってくるような社会の中で、
その情報を持っているとか吸収するということが必ずしも幸せにつながるのだろうか、どうなるのだろうかというのを今日は考えてみたいと思います。
はい、ありがとうございます。ちなみに、そのご友人はニュース見過ぎちゃってるかなとかっていう自覚はあるんですか?
いやー、そこまで聞かなかったですけど、たぶん見過ぎているという意識はなく、必要だったりとか、この量が見る量だよねみたいなところで見ているっていう感覚なんじゃないかなと思います。
うーん、習慣にやっぱりこうなっちゃってる部分があるんですかね、何かしら。
そうですね、たぶんそういう感じなんじゃないかなと思います。
そっかー、どうでしょう水尾さん、この点は。
これ深いですし、私の中で結論は出てないんですけど、でも別に情報を取ってくること自体は悪いことじゃない。
今回のお題は幸せなのか幸せのないのかというところで、いいか悪いかという話とはまた軸が違うんですけど、
いいか悪いかで言ったら、別に悪いことじゃないのかなとは思うんですよね。
勝手に入ってきたりもするし、なので、どう向き合うかとか、どう距離を取るかとかなのかなって思いました。
もし悪い情報だったら影響されすぎないような自分であるようにするとか。
でも本当に、今水尾さんが言った距離の取り方っていうのが答えっていうか、気をつけるべきポイントかなって思います。
石田さん、もしかしてもうすでに自覚して、距離を取るっていうのを実践されてたりしますね。
そうですね。人によって大量に情報とかニュースを見ても、自分の中で処理して、自分のメンタルっていうか、
あんまり影響を受けずにコントロールできる人もいると思うし、逆にすごく影響を受けやすい人もいると思う。
自分がちょっとどういう感じのタイプ、どのぐらいの量浴びれば、ちょっとそういうあんまり良くない子になっちゃいそうかっていうところを知っておくのは大事かなと思います。
無意識に吸収しちゃうというか、無意識、その習慣化っていう言葉がさっきありましたけど、生活の一部で入ってくるっていうところはすごくあると思うので、
06:06
なんかそれを一旦見た後に、自分今何を感じているかなという時間が必要かもですね。
もし自分がどれくらい影響されているか、ちょっと分からないなっていう方がいた場合とか。
でもなかなかその習慣、自分がメディアに影響を受けてすごくネガティブになっちゃってるな、情報浴びすぎちゃってるなっていうことは、
習慣として、例えばテレビとかスマホでニュースを見ているところの生活に使っちゃっていると、気づきづらいかもしれないですよね。
なるほど。当たり前すぎてってことですよね。
うん、そうです。もうその世界、そのリズムの中で生きてるから、自分がこういう思考なのはここから来てるんだって分かれば、まあ距離の取り方考えられますけど、
そもそもそこなのかっていうところに気づくというか、それができないと見直せもしないしな。
確かに。なんですかね、もうガラッと生活が変わるというか、旅行に出かけるとか、そういう感じなんでしょうか。
でもそうですね、なんかちょっと環境変わって、あれなんか気分がいいわって思ったら、変わるきっかけとかになると思うんですね。
あともう一個思うのは、ニュースって基本ネガティブなことしか言わないから、なぜならそれがアテンションを引き寄せるのに一番効率のいいやり方だから。
だからニュースって基本ネガティブなことしか言わないし、ネット記事のタイトルはすごくセンセーショナルな付け方をしてあるし、内容もどっちかといえばネガティブなものばっかりだという事実を知っておくっていうのが大事かなと。
そうですね、確かに。なんか私、ニュースって、でも見なきゃ、さっき見てないって言ったんですけど、でもなんかこう、社会で生きてる一員として見なきゃっていう思いもなくはないんですよね。
だけど一方で、以前どこかで、必要な情報って別に自分でそんなにガツガツ取りに行こうとしなくても、自分に必要だったらちゃんとやってくるよっていう言葉を聞いて、私にとってはなるほどというか、ちょっとしっぷりった言葉だったんですけど、
これは感じる人向けの発想かもしれませんが、もしこれで何か楽になる人がいたら、そんなに自らネガティブな方にガンガンニュースを知らなければとか、社会を知らなければっていう義務感から行動しようって思う人がいたら、別にしなくてもちゃんと自分に必要なものは寄ってくるよっていう考えも一つあるなと思いました。
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【佐藤】いいですね、ゆったりと構えておくというかね。私が一つ、情報を取らなきゃ、世界のことを知っておかなきゃ、ニュースを見ておかなきゃって思う人に、今みぞんさんが言ったような何か伝えられることがあるとしたら、ちょっと今考えてたんですけど、仮定ですけど、
例えばその方はすごくニュースを追わなきゃって言って、例えば地球環境問題がとか、政治の世界でこんなことが起きてるとかっていうのを見て、すごくこんなことが起こってるなんて言って、心を痛めたりされてるんじゃないかなと想像するんですね。
でも自分の力で何かそういったことがすぐ変わるわけではないじゃないですか、社会の問題、世界情勢のこととかすべて。だから知らないでいることもできないし、でも知っちゃうとネガティブな方向に自分も引っ張られちゃうっていう状態になってしまいがちだと思うんですけど、
そういう例えば、自分一人だけの力では変えられないニュースとかを見たときに、じゃあ自分が行動できることってなんだろうっていう、すごく半径2メートルぐらいの話に落とし込んで、じゃあこの問題に対して自分はこれをするところから始めようっていうことが見つかって、それを実践することがちょっとずつでもできれば、自分は何もやれてないとか、
ただそちらのニュースを見てイライラしてるだけっていう状況から、ちょっと一歩外に出られるのかなとか思いました。
確かに確かに、ある種のお守りにもなり得るというか、自分も落ち着きますし、結果的に微力かもしれないですけど、その問題に対して何か力になれているっていうことにもなりますね。
そうそうそうですそうです。これはさっきのみぞさんとの対比になるかわかんないけど、考える人アプローチなのかもしれないけど、何もできてない自分にももしかしたらちょっとイライラしちゃったり、もどかしい気持ちになっちゃってるのかなって思ったりしたんですね。
私が割とそういうタイプなんです。いろんな問題を知ることは大事だと思うから、ニュースを見たりドキュメンタリーを見たりするんだけれど、それに対して何もできてない自分に対しても、ちょっとネガティブな気持ちが向くことがあるので、
そういう特性があるということをわかっているから、じゃあこの気持ちをどうしても変化させるために何ができるかっていうと、例えば地球環境問題も自分がすべて行動を変えて解決する問題でもないし、個人一人のやってることって言ってしまったらものすごく微力だっていうこともわかりつつ、
でも無理ない範囲で私はこれができるよねっていうことを決めてやると、さっき水尾さんが言ってくれたように、自分も何かこの事態に対してできているっていうふうに気持ちを消化することができるかもしれない。
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だからどうしても、さっき水尾さんが言ったように、ニュースは必要なものはやってくるからっていう街の姿勢で言ったり構えるのもいいし、でもとはいえ死ななければっていうふうにどうしても思っちゃうっていうタイプだったら、ニュースは取るっていう道を進んで、その先で何かできることをちょっと考えてみてもいいかなと思ったりしました。
そうですね。大前提に私たちがちょいちょい言っている、自分を一番大事にする、その上でそれ以上のこと、まんまわりだったりとかがあるっていうことを言ってると思うんですけど、なので何をするにせよ、まずはご自身を大事にっていうことを考えたらと思うんですけど、
そう考えたときに、いま改めて今日のテーマ、情報社会の中で知ることは幸せなのかを考えたときに、その毎回取っている情報は自分を幸せにするのかなって単純に問いかけたら、何か精査できるのかなって思ったり、冒頭に習慣化したりとか流れてくるので、そのまま特に何も考えないというお話がありましたけど、
毎回はできなくても、何かちょっと余裕があるときにぼーっと見ていたその情報に対して、これって自分を幸せにしてくれてるかなって、問いかける時間って何か面白いのかなと思ったのでした。
ミゾホさんらしいです。私は多分同じ方向を向いてると思いつつ、例えばファグシックとか見ることもあるけど、基本的にはあんまり見ないようにしてるんですね。
そのときに私の思考はどんな感じかって言ったら、こういうことに私の人生の時間を使いたくないって言って見ないんですよ。だから、ミゾホさんのほうがもっとオーラかなと言いたけど、でも言ってることは一緒です。
確かに。記者さんばっさり。でもあれですよね、それを分かってるっていうところがいいですよね。多分その分からないで見ちゃってる人が多いけど、記者さんそれを見たときに、これは私にとって必要のないものだって認識できるわけじゃないですか。
意識的になってる。
ちなみにそこに至るまでの過程は、記者さんどんな感じだったんですか。
何なんでしょうね。うちはでも、実家はすごくテレビを見る家なんですよ。世代がやっぱりそうなの。実家に行くと基本的にずっとテレビがついてるって感じなんですね。
で、めちゃくちゃテレビを見て育ったし、そういうゴシップみたいなニュースを扱ってる番組、ワイドショーとかバラエティーとか何でも見てたんだけど、やっぱりその状況を一人でするようになってとかするうちに、
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あと新しいメディアが、今言ったらポッドキャストとか音声メディアが出てくるうちに、そっちに時間を使うようになると、やっぱり何かの時間を削るっていうことになるわけで、その削る対象が、やっぱりこれは別に、
この情報とこの情報だったらこっちの情報の方が聞いてて楽しいなとか、勉強になるなって思う方にどんどんどんどんシフトしてたんですかね。
なるほど。じゃあ、ご自身の興味関心とか、あと自分らしい暮らしというのかというのを選択していった先に洗練されていったっていう感じなんですかね。
一人暮らしとか、そういう強制的なやっぱり環境の変化があってできたのかもしれないですね。
逆にみずほさんはどうですか、テレビとか、あとニュースを見るっていうことは昔からしなかったんですか。
昔はしたと思います。テレビが物理的に自分の目の前にあるかどうかっていうところですね。医者さんに似たところがあるかもしれないですね。
なので昔はテレビ、自分の部屋にあるとかなくても自分が見れる時間、好きなものを見れる時間があるというのがありましたけど、
今は部屋にないですし、家にはありますけど、家族が基本的には見てる、張り付いてるので、そういうのもあって見ないとかっていう環境ですね。
でも、昔は見てた感じですか。
昔は見てました。いつくらいまででしょうね。新卒くらいまでですかね。
それが見なくなったのは。
見なくなったのは、見られなくなったからじゃないですか。タイに行って、日本のテレビ、入れようと思えば見られましたけど、入れてなかったので見なくなりましたので、その辺からですかね。
そうか、じゃあやっぱり何かそういういつも見てたもの、いつもの生活からちょっと切り離す体験が旅行でもいいし、そういうある一滴感あってみると、やっぱり気づきやすいかもしれないですね。
ですね。あとは一回そういうふうに強制的に環境が変わったのでっていうところがありましたけど、一旦全部やめてみるとか、なんか難しいのかもしれないですけど、
一旦手放せしたときに、それでもやっぱり撮りたい情報みたいなのってあるのかなって思ったりして、
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例えば私も新聞社のメルマガとかは撮ってたりするんですよね。だからテレビからは撮らないんですけど、その実地ネタみたいなのをそういうところからは撮ってたりして、
それは心地がよかったりするので、なんかそういう感じで、これそれでも必要だみたいなところを改めて選択し直すポートフォリオを形成するじゃないですけど、改めて見直すと、より自分にとって心地のいい情報取得の方法が出来上がったりするかもですね。
まずそこにそもそも意識的になるっていうところが必要ですよね。
でもそれはすごくいいですよね。やってみると何か変わりそういろいろ。
あと一個思ったのが、日本に帰ってきてテレビがある生活をしてるんですけど、朝の時間帯とかって特に夫が支度をするのに、割とこういう家庭多いと思うんですけど、テレビを時計代わりに使ってるんですよ。
絶対左上に出てるじゃないですか。だから、なんかそれでテレビがついちゃってるみたいな家すごい多い気がします。
別にNHKの朝のニュースだけだから、うちは基本見てるの。夫が出社したい場合、私はずっと消してるしとかっていう感じなんで、そこまで侵食してる感はないんですけど、
そういう機能を代替的な意味合いで、時計としてテレビを使ってる場合は、普通に例えば物理的な時計を置いてみて、テレビを消してみたら意外と大丈夫かもとか、そういう見直しもあるかもしれないですね。
確かに、そうですね。その機能の一部を変えてみる的な。
だいたい的に使ってるわ、そういえばみたいな、テレビを。
精査してみるのはいいかもしれないです。特にそんな悩んでなくてもっていうか、そんな別にネガティブな感じになっちゃってなくてもあるらしいね。
新生活ということで、いい気はします。
はい、なんかこれを機にアンテナが立つというか、普通と思っていた習慣が実は自分にとっては良くなかったかもというものが、もしあればそれが変わるきっかけになると嬉しいですね。
はい。
今日のランタンで、皆さんの心が少しでも軽くなっていたら嬉しいです。
また来週。
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