語学学習の意義
今後語学学習ってどの程度意味があると思いますか?
結構僕はあるんじゃないかなと思い続けている派なんですけど、
理由としては、日本語がうまくしゃべれるようになった外国人と、
日本語ネイティブの人はやっぱり感覚がちょっと違うんですよね。
なので、そこへの言葉というのは、言葉をしゃべれるということとは別に、
同じ文化を持っているというのも含むんですよ。
例えば、日本の小学校みたいなところを通って、みんな日本語をしゃべれるようになっているので、
遠足ってこういうもんだよね。入学式に桜の木があったよねとか、
入学式に黒いブレザーとかを着たよねとか、中学に行くと部活というのがあって、
先輩後輩がいたよねみたいな、という感じの文化を許容しているのも含めて、
日本語をしゃべる人たちという集まりなんですよ。
ここで日本語だけしゃべれます。
でも、部活とか知らないし、入学式とかわかんないし、みたいになっちゃうと、
やっぱりそこに壁はできるんですよ。
なので、言語をしゃべれるというのと文化というのは実は別のものなので、
そこら辺が結構難しいんじゃないかなと思いますけどね。
通訳の役割
翻訳とかというので、ちょうど原田陽平さんという若者研究の人の話をしたときに、
ゴンさんの通訳をやっている人がすげえ年収高かったんですけど、
なぜ年収高いのかというと、やっていることが通訳だけではなかったんですよね。
練馬の人はこういう行動をしてますというのをゴンさんに説明するんですよ。
その人フランス人で日本語がわかるんですけど、
練馬って何だのっていうのは東京の人じゃないとわかんないんですよ。
要するに治安悪いよねとか練馬大根というのがあって、
東京都の中でも区になったの最後の方で大泉と隣り合っていて、
区なのに03じゃない地域があるとか、
練馬というのがどういうポジションの場所であるかというのも含めて、
その文化を伝えて初めてゴンさんはその判断ができるんですよ。
練馬という名前の地域がありますよという話ではなくて、
ここの住民はこういう文化でこう考えていて、練習は大体これぐらいでみたいな、
必要な情報を付加した上でゴンさんが判断しやすい情報を話すというのが優秀な通訳なので、
文字通り地区語翻訳をするという話とはまた違うんですよ。
042の番号がね、042か048の番号が確かあるんですよね練馬。
大泉とかなんだっけ。東京都23区は基本的に電話番号03で始まるはずなのに、
なんか違うみたいなところがあったはずでさえ。
社会と仕事の課題
三十代シングルマザーです。
同級生の友達も新ママで4歳の子供を抱えてパニック障害で痛病を患っていて、
障害年金と生活保護で二人暮らししています。
私は実家住みで仕事をして普通に子育てをします。
先日その友達がロマンス詐欺にあい、消費者金融で借金を始めまい、
自己破産をするそうです。
そんな親の下で子供が幸せに育つわけないと思って子供がかりそうなので助けたいです。
どうやって助けるのが一番いいと思いますか。
子供がなんか飯食いたいって言った時はご飯食べさせてあげるとか、
たまに一緒に遊んであげるっていうので、
助けるというのを誤解しない方がいいです。
実の母親から取り上げるというのは、
一生治らない傷を作る可能性があるんですよ。
助けてるつもりでやっていたとしても、
でも実の母親を取り上げた人だよねという風になってしまうと、
結果として感謝されないんですよね。
なのでその子が腹減った時はちゃんとご飯食べさせてあげるとかっていうので、
別にもともと生活保護レベルだったら自己破産して、
別に対して生活レベル変わんないので、
なので好きにすればいいんじゃないのって思いますけどね。
30代で食品関係の仕事で海外営業をしています。
毎月海外出張があり、残業務付き40時間ほど。正直もう疲れています。
家では専業主婦の夫が非常に神経質になっており、
安心できる場所がありません。
母としての責任感もあるものの、最近は何もしたくないと感じるようになりました。
仕事も向いてない気がして逃げたくなる一方でやめられません。
Fさんはこういう状況の時どう考えておりますか?
多分鬱病の可能性があるので、診療内科とかに行って診断書をもらって、
給食してひたすらいっぱい出てください。
忙しいから睡眠不足で鬱病傾向になっているみたいなパターンだと思うので、
海外営業であればそれなりに大きな会社だと思うので、
給食したとしても別に普通に元に戻れるし、
給食中も6割くらい給料が出るので、
そういう形でとりあえず休んで健康を優先した方がいいんじゃないかなと思います。
泉佐夫さんの演説を話していたしばついてお知らせです。
白岳さんは自分をやったと言い訳できるかとおっしゃいましたが、
それに何か関わりを見ました。
別に僕は覚悟はないですよ。
例えば僕、デジタル庁に応募したことがあるんですよ。
これもデジタル庁が多分失敗するだろうなと思っていて、
現実問題、最初のデジタル庁って、
ガマメントクラウドと呼ばれるサーバーを置くところのクラウドというやつを、
GoogleとAmazonとOracleっていう全部海外企業にするみたいなことを言い出して、
ほら失敗するじゃんっていう。
要はサーバーを置くというITの根幹の部分を
海外の企業に任せなければならないというルールにしたんですよ。
今はそれが解消されて桜インターネットとかGMOでもいいよねってなったんですけど、
という感じで文句を言う以上は、
一応なんかこれはこうした方がいいよねって文句だけ言ってるよりも、
じゃあ自分が中入って帰るという行動を起こすというのは必要だと思ったんですよ。
別に旗から文句言ってるだけでもいいんですけど、
こうした方がいいよねって言っている側で、
じゃあ本当にできるのかなっていうのも、
中入ってみないとわかんないじゃないですか。
なのでじゃあ入ってみてやろうかなと思ったら落とされたというのがあって、
それはそれで文句も言いやすくなったんですけど。
なので言ってる側で言ってるのは別にいいんですけど、
じゃあやってみるというので、
やってみてダメだったらダメでしょうがないようになるし、
やれるんだったらいいよねって話で、
いつもサフさんも手伝うんだったらありかなって話を神戸に行った時にしました。
創業60年の焼肉屋です。
ECサイトで通販を始めるところです。
独自のメモを取得しました。
おいしいものを作っていると自信ありますが、
これだけで簡単に入れると思っていません。
ネット広告などもやるべきでしょうか。
いや口コミで増やした方がいいですよ。
結局焼肉のネット広告で広告費払ってるところっていっぱいあると思うんですよね。
多分広告費を払ってネット上で宣伝するというのはそんなに得意ではないと思うので、
なのでそこで戦うよりもちゃんと口コミで広げていって、
これおいしいよねっていう顧客を増やすっていう、
近所の周りの人からオンラインでも買えるようにしましたよとかで口コミするとか、
東京の親戚を送る時だったらこういうのあるかどうかみたいな形で、
すでにおいしいと評価している人というのを徐々に増やしていくという形の方が
長期的にはうまくいくんじゃないかなと思いますけども。
AIに仕事を問われることに期間をあおられる昨今ですが、
正直AIに働いてもらって人間が寝て好きなことができる社会のほうが幸せな気がしませんか。
賃金はないので国からもらうしかないですか。
AIの時にこういう議論になっているんですけど、
そもそも昭和の初期に比べると洗濯機というので洗濯が自動になり、
お風呂というのもボタンを押すだけでお風呂が沸くようになり、
いろんなものが便利になっているんですよね。
家事にかかる時間というのはかなり短くなっているんですよ。
食事も作らなくてもコンビニに行って普通に食い物買えるよねとか、
冷蔵庫なくても外で買ってもそんなに値段かからないよねみたいな形で、
どんどん人類は楽になっているんですけど、
それでも1日8時間働き続けているんですよ。
なので結局人間ってどうでもいいことにお金を使い続けてしまうという
業を背負っている人の割合が高いと思うんですよね。
おしかつとかって赤の谷にずっとお金を捧げている人って
明らかに間違った行為だと僕は思うんですよ。
だってそれ返ってこないよ。
その金を稼ぐためには自分の人生の時間を使っていて、
その人生の時間というのは寿命というのは決まっているわけだから、
自分の寿命を使って赤の谷にお金を払っているんですよ。
でもこれ返ってこないですよ。
AIと社会の影響
家族に使いますとか、親戚の娘の学費に使いますとかだったら、
それを大学卒業して就職して、
おじさんおばさんありがとうとかって返ってくる可能性があるんですけど、
おしかつマジ返ってこないから。
ホストとかもね。キャバクラとかも。
なのでそういうところにお金を使うというのは明らかに間違いだよねと僕は思うんですけど、
でもそれが当たり前の社会になっていて、
当たり前のようにやっているわけじゃないですか。
ユーチューバーがビール飲んでいるのにスパチャしちゃうみたいな。
という感じで、無駄なお金を使うということを人類はやめられない。
その愚かさというのがある限り、
結局そのAIが働くようになっても、
多分なんかしなきゃいけないよね。
何らかしらの仕事をするようになる。
昔は江戸時代って7割が農民だったんですけど、
その後農民が出て1次産業2次産業で働く人たちというのが、
それなりに社会は真っ白なんですけど、
今1次産業の従事者は10%多分切ってて、
2次産業でも2、3割とか。
なので3次産業とかの方が多いんですよね。
という感じで、実は人間というのは食って寝るだけだったら、
必要のない仕事を勝手に増やして勝手にそれでお金を稼ぐというのをやって、
無駄なことをやり続けてるんですよ。
なのでAIが今の仕事を奪ったとしても、
全然違うまた別のことを始めて、
そこでひたすら働いてどうでもいいお金をぐるぐる回すというのをやり始めるので、
人間が愚かである限り、
AIが働いて人間が働かなくなるというのはないんじゃないかなと思います。
母国語の重要性
最近したけど東大でも英語で授業をしないのやばくね。
大学は全部英語で勉強すると思ったけど。
これが考え方として2つあって、
明治の時代に発行された出版物の世界ランキングの、
世界で発行される出版物の確か3位か4位が日本だったんですよね。
要するにその時に日本が何したかというと、
世界中の学術書とか、農業ってこうやった方がいいよねとか、
鉄鋼を作るんだったらこうだよねとか、
木の売れ物を作るんだったらこうだよねみたいな、
世界中のあらゆる言語のマニュアルテキストになるような学術書というのを、
日本語に翻訳しまくったんですよ。
翻訳しまくって、それも政府がお金を出してたんだけど、
そこでめちゃめちゃ日本語の学習できる教材を増やしたんですよ。
日本語でわしわし教えて、
日本人の技術レベルというのをバカバカ上げていったんですよ。
その結果、わりと軍事能力も高くなって、
内地世界大戦に突入して、俺たち勝つぜって言ってボロ負けするんですけど、
とはいえ、国民のレベルを上げるのであれば、
英語を覚えた人しか勉強できませんというより、
母国語で覚えるためのリソースが多いという方が、
結果としてレベルが上がるよねというのは、
今のところ証明済みのはずなんですよ。
ただ、人口が少ない国とかで、
例えばバルト3国のラトビアですとかで、
ラトビア語多分300万人くらいしかいないかな?
という感じでいくと、やっぱり300万人のラトビア語の教科書を作ったとしても、
教科書を作れるだけの人数もいないし、
それだったら優秀な人に英語を覚えさせた方がいいよねとか、
ロシア語やらせた方がいいよねってなっちゃうんですよ。
これはちっちゃい国だときないんですけど、
人口1億人いる大きな国とかだと、
自国の言葉に変えることによって、
逆に多くの人が学ぶことができるというので、
底上げがしやすいんですよね。
なので、東大は英語で授業を、
別にしている授業はすればいいと思うんですけど、
ただ、自国語で最高各部の勉強ができる国というのは、
それはすごく恵まれていることなんですよ。
要するに、英語はできないけど、
数学のレベルめちゃくちゃ高いですっていう人もいるんですよ。
でも、その人って英語ができないと、
他の国で生まれた場合、諸国で生まれた場合は、
その数学の能力を発揮することなく死んでいくんですよ。
でも、日本だと、日本語はできるけれども、英語はできません。
でも、数学の能力がめちゃくちゃ高いですとか、
英語は全然ダメだけど、お医者さんとしてめちゃくちゃ優秀です、
みたいな人も成立するんですよ。
なので、そこら辺の基本的な人間というのは、
母国語はだいたいしゃべれるんですよ。
なので、母国語はしゃべれるという前提で、
プラスアルフは医療技術ですとか、農業の技術ですとか、
科学の技術ですっていうのをやってくれれば、
それで国の国力になるんですけど、
小さい国の場合は母国語がしゃべれて、さらに英語がしゃべれて、
さらに医学ができてとか、工業ができてとか、
科学技術ができてとかっていう風になって、
スキルをもっと多く持たないと上に行けなくなっちゃうんですよね。
なので、そうじゃない国という意味でいくと、
やっぱり中国とか日本というのは人口の多さというのが、
割と技術発展に寄与した部分というのはあるんじゃないかなと思います。