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スピーカー 1
いや、一人の人から誘われたんですね。
熊本にいるお友達というか、生徒さんなんですけど、
ゆきさん、行きませんか?って誘われて、
行けるの?今?っていう感じで、行こうっていう感じで行きました。
子供を連れて。向こうも子供を連れてだったんですけど、行きました。
スピーカー 2
お互い子供を連れてっていうのが、行けそうな、頑張れる気になったんですかね。
一人じゃないっていうね。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
その時何歳ですか?息子さんは。
スピーカー 1
息子、その時はもうね、結構先でね、小学校3年生ですね。
一番最初が小学校3年生、4年生、5年生と続けて行きました。
スピーカー 2
ちょっと話が戻るんですけど、
ケン先生のティーティーを受けた後ぐらいから、その頃にはもう、インド行きたいってもうなってたんですか。
タイミングがあんまりなかったんですか。
スピーカー 1
なかったですね。まだちっちゃかったから、なかなか連れて行く自信がなかったっていうのもあるかもしれないです。
スピーカー 2
そっか、その時にインドに行きたいって思う理由というか、やっぱり学びを深めたいみたいな、そういう。
スピーカー 1
もうそれしかないですね。
やっぱりインドを知らなくして、アシュタンガを知ることはできないっていう。
ヨガのアーサナとか、哲学とかもいっぱい学びました。
ユニバにいる頃に、ゴビンダカイ先生とヨシカンメイさんが福岡に住んであって、
ずっと日々一緒に行動とかもしてたし、日々お話を聞いてたので、学びはしてるんですけど、
やっぱり自分が行かずして、やっぱり学ぶことはできないっていうのはあるから、
行きたい気持ちはずっとありました。
でも、そのチャンスっていうのは、もう何もかもを捨てて行くっていうものではなくて、
ちゃんと、やっぱり来るとき来るんですね。
そうすると、誰にも迷惑をかけずに行ける。
そしたら、しっかり学ぶこともできるっていうことだと思うんですけど。
スピーカー 2
そして、その3年通われて、タイミング来ていったインドはどうでしたか?
スピーカー 1
最初、もうね、たぶんね、今のインドとは全然違うと思うんです。
私が3年続けていったんですけど、1年ごとにどんと進化していくんですよ、街が。
今、洗濯機があるでしょ?
スピーカー 2
今、あります。
ありませんでした。
スピーカー 1
もう全部、手で足で踏んで、マットから毎日お洗濯してましたけど、
最初は衝撃的なとこでしたね。
何が衝撃的かって言ったら、
やっぱり、私、何か住むお家がね、ちょっと、このベッドに寝れるのかな?みたいな、
どこからスタートしたりもしました。
最初の1年は床に寝ました、実は。
ベッドあるけど、ベッドには寝たくないから床で。
石の上に布団買ってきて寝ました。
薄い布団で寝ましたから、1ヶ月。
2年目、3年目は同じとこ借りたんですけど、普通に寝れました。
スピーカー 2
さすが。
スピーカー 1
変わりました。
スピーカー 2
行きたいと思ってて、ようやく行った、何年後しかわかんないんですけど、
タイミングが来て行って、
自分が学びたい、どんなことが学びたいとか、行く目的に対しての結果っていうか、
それは、もちろんよかったから、また行ってるんでしょうけど、
感覚的にはどうでした?
やっぱりこれだった、みたいな感じでしたか?
スピーカー 1
私はもうもちろんシャラート先生だったんですけど、
先生も素晴らしいんですけど、
やっぱり一緒に練習する仲間の姿勢とかね、そのエネルギー、
スピーカー 2
ここでやる意味っていうのは必要な学びだなっていうのはものすごく感じました。
スピーカー 1
それでもう、その後2回通って、その後も行く予定で、
ヨガマット、炊飯器とか、いろんなものを置きっぱなしにしたまま行けなかったのは、
息子が中学受験をするっていうことで、急に決まって行けなくなりました。
スピーカー 2
それが最後なんてことですか?
スピーカー 1
そうなんです。
それから中学に入ると、中学生で子供を少しとりおいてはいけないっていうのもあって、
その1週間ぐらいだったら預けられるんですけど、
1ヶ月を預けていくってことがなかなかできなくて、
スピーカー 1
もうそれこそ今もその息子が22歳になるので、
今だったら預けられるんですけど、
預けないと一人でいいんですけど、
中学、高校はやっぱり行けないなっていうのは一つありました。
スピーカー 2
この話はあまり深掘りするつもりないんですけど、
もうインドに行くことはなさそうですか?
スピーカー 1
2、3ヶ月前にうちの生徒さんが1人インドに行かれたんですよね。
サラスワティのクラスだったんですけど、
彼女が準備してるとき、準備のお手伝いをさせてもらったんだけど、
やっぱり話聞いて帰ってきてて言うと、
行きたいなーって、一緒に行けばよかったと思いました。
正直今私65歳、あと1週間、2週間で65歳になるんですけど、
もともと体が悪いところがあって、
いろんなこと普通にそれでもできてたものが、
最近いろんなことができなくなって、
ちょっと練習もできることできないことが、
体の不調もできてきて、
でもサラスワティのクラスは行けるな、行きたいなって、
ちょっと思っている自分がいたりします。
スピーカー 2
でもぜひ行っていただきたい。
僕も去年サラスワティに行ってるし、行きたいと思うんですけど、
サラスワティ先生もね、やっぱりご高齢というか体調もあるから、
スピーカー 1
ぜひ早めに申し込んでいただきたい。
うちの息子が小学校5年生のとき、3回目に私が行ったときは、
1ヶ月間1人でサラスワティのクラスに息子が行きました。
写真がありますね。
で、福岡にサラスワティ先生見えたときも、
私もお金で一緒にお金の人と手伝って、
一緒に先生とも一生の時間も過ごしたりもして、
だからもう1回会いたいなと思っています。
スピーカー 2
なんか今話し切ったら、20年前の話、
10何年前かわかんないですけど、
全く人生は違うけど、
ヨガに出会って、子供とのこととかそういうのは、
すごいうちとリンクしてしまって、
ユキさんたちが経験したことを同じこと経験するんだなというふうに、
まあ環境がいろいろ違うし、時代も違うけど、
やっぱり本質は変わらないからって感じる。
スピーカー 1
でもね、うちの息子は今でも言うんですけど、
ほんとちっちゃい時から、1歳ぐらいからカリフォルニアだったりハワイだったり、
いろんなとこにもずっと連れ回してるんですね。
ハワイも大好きだし、マウイも大好きだし、
カリフォルニアも大好きだけど、
今自分が人生で前に向かっていってる中で、
一番勉強になったのはインドだって言うんですね。
息子は、いまだに誰にでもその話をします。
インドのいろんな思い出が彼にはあると思うんですけど、
母さんのおかげで今の僕があるって言ってくれてるんで、
きっと子供のために、
でも私は子供のために息子を連れて行ったわけでは決してなくて、
自分のために子供を連れて行ったっていうのが答えではあるんですけど、
子供はそういうふうに一切とってなくて、
その時は必死だったかもしれないけど、
今あるのはインドに行ったあの3回はものすごい自分の宝物って言っております。
スピーカー 2
安心するね、その話聞いたらね。
全く同じように僕らもすれ回し合ってるから、
やっぱりでも娘のためになればって思いつつも、
そもそも自分たちの欲求で行っているところもあるので、
スピーカー 1
でもきっとその時が来るだろうって思ってるので、
スピーカー 2
思ってるからちょっと安心します。
スピーカー 1
今どこに一番行きたいの?って言う。
留学でアメリカ行ってたから、アメリカに戻りたい気持ちはたくさんあるんですけど、
でもやっぱりインドはもう1回行きたいって言います。
でも今行ったらびっくりするでしょね。
またいろんなものが変わってるね。
重機っていう工事のシャルボンとかが増えてますね。
前は手で作業してた人が多かったですね。
家建てても1年越しに行った時にまだここまでみたいな。
足場が木でしょ?
はいはい、足場が木です。
スピーカー 2
今でも変わってます。
スピーカー 1
これ足場って言えるの?って感じだよね。
本当にそうです。
スピーカー 2
どきどきしてる。
スピーカー 1
足場の意味があるのかなって感じですけど。
スピーカー 2
それが1階、2階の高さとか、腰の高さとかだったらわかるけど、
そこそこ4、5階ぐらいでやりそうなのも、木組みみたいな感じです。
スピーカー 1
そうなんですよ。
スピーカー 2
また一緒に行きたくなりますね。
インドでもね、もしかしたら、僕らが逆に今度、いいやって、今次とかなってるかもしれないけど、
インドで一緒にお会いできたら嬉しい。
スピーカー 1
本当ですね。行きたいですね。
スピーカー 2
楽しみ。
スピーカー 1
行くだけでも行きたい。
本当に。
スピーカー 2
ちなみにその頃ってやっぱり、インドに行った時ですね。
向こうで、ユキさんより先輩とか、先にヨガ始めてる先輩みたいな人もいれば、後輩みたいな人もいたんでしょうけど、
今で言えば、そこに早々たるメンバー、ユキさんとかもそうですけど、いらっしゃったようなタイミングってことですよね。
スピーカー 1
そうです。
スピーカー 2
日本のアシュタンガヨガを広めることに一生懸命だった人たちで。
スピーカー 1
すっごい先生たちばっかりでしたね。
スピーカー 2
それはだから、こんな苗木を見たりしちゃいけないんだけど、
きっと周りのパワーとか刺激とかも、また行きたいと思う理由だったっておっしゃったけど、
それもその早々たるメンバーの中だから、やっぱりみんなすごい感じてたんですよ。
スピーカー 1
隣にこの先生が一緒にいるとかね、そういう感じです。
スピーカー 2
またなんか、もっとそういう空気をまた作っていきたいよね。
スピーカー 2
そうですかね。
でもよかったね、恩師からしか聞けないような話も聞けて。
スピーカー 1
いや、私の方がもう今日すごく嬉しいです。
こうやって、まりこさんがこういう今っていうのも嬉しいんですけど、
まりこさんのパートナーがこうやって夫婦2人で同じことについて話ができるっていう、
いいな、こんな夫婦とないものをねだりをする私です。
スピーカー 2
まあまあ一族みたいなもんですから、見ていただいたら嬉しいです。
あと1個だけ最後に、今タイミング的に息子さんがプリッツされるっていうようなタイミングじゃないですか。
やっぱり人生の一つの節目だと思うんですよね。
そして、さっき言い忘れたのに、いわゆる言ってないよね、執念の中に。
しきおわスタジオが20周年ということですけど、
これから大きな使命を迎えて、ゆきさんが思っていることとか、
もし今考えている、こんな風にしていきたいなとか既にあれば、
そんな何でもいいです、プライベートでもスタジオでも何でもいいですけど、聞かせてもらえたら嬉しいです。
スピーカー 1
そうですね、スタジオ10周年の時は、自分何にも考えてなくて、
スタッフが私のお誕生日の日に、ちょうどいろんな先生が見えててのワークショップだったので、
そういう場を持ってくれたんですね。とても嬉しかったんですけど、
今回20周年ということで、自分でその20周年の重みをものすごく感じています。
20周年の祝いというよりも、20周年の感謝の会という名前を変えさせてもらったんですね。
というのが、感謝しかないんですよ。感謝しかなくて、自分がやってきたというよりも、
皆さんがいた頃から今の自分があるっていうのが答えなわけで、本当に感謝しかないです。
これからやっていこうと思うことは、まず自分が健康でいないと続けられないので、
自分が健康でいるということと、今まで学んだことは何かというと、
やっぱり一人一人とどう向き合って自分が指導させていただくかということが、
やっぱりこの20年間で少しずつ変わってきたというよりも、勉強して変わってきたんですね。
それをまだまだここで終わりではなくて、25年、30年があるかどうかはわかりませんけど、
1日1日をまだ前に進みたいなっていうのが、今の気持ちです。
本当に感謝しかない。これは感謝の気持ちを忘れないっていうのが、一番の私のテーマです。