1. 志賀十五の壺【10分言語学】
  2. #62 中島敦『山月記』朗読 3/3..
2020-04-18 07:22

#62 中島敦『山月記』朗読 3/3 from Radiotalk

#落ち着きある #朗読 #小説
[1] https://radiotalk.jp/talk/262072
[2] https://radiotalk.jp/talk/262073
00:01
時に山月、光冷ややかに、白露は地に茂く、樹冠を渡る霊風はすでにや暁の地下記を告げていた。
人々はもはや事の記憶を忘れ、祝禅としてこの詩人の発行を感じた。
里長の声は再び続ける。
なぜこんな運命になったかわからぬとさっきは言ったが、しかし考えようによれば、思い当たることが全然ないでもない。
人間であった時、俺は努めて人との交わりを避けた。人々は俺を虚構だ、存在だと言った。
実はそれがほとんど宗旨心に近いものであることを人々は知らなかった。
もちろん、かつての教頭の記載と言われた自分に自尊心がなかったとは言わない。しかし、
それは臆病な自尊心とでも言うべきものであった。 俺は死によって名を成そうと思いながら進んで死についたり、
求めて師友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。 かといってまた俺は俗物の間に御することも潔しとしなかった。
共に我が臆病な自尊心と存在な羞恥心とのせいである。 己の魂にあらざることを恐れるがゆえに、あえて酷苦して磨こうともせず、また
己の魂なるべきを半ば信ずるがゆえに、ろくろくとして河原に御することもできなかった。 俺は次第に世と離れ人と遠ざかり、
憤問と懺悔とによってますます己の内なる臆病な自尊心を買い太らせる結果になった。 人間は誰でも猛獣使いであり、
その猛獣に当たるのが各人の性情だという。 俺の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。
虎だったのだ。これが俺を損ない妻子を苦しめ、友人を傷つけ果ては、 己の外形を核のごとく内心にふさわしいものに変えてしまったのだ。
今思えば全く俺は俺の持っていたわずかばかりの才能を空飛してしまったわけだ。 人生は何事をもなさぬにはあまりに長いが、何事かをなすにはあまりに短いなどと
口先ばかりの敬語をしながら、事実は才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な禁語と 酷苦を厭う態度が俺の全てだったのだ。
俺よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを僭越に磨いたがために堂々たるしかとなった者がいくらでもいるのだ。
虎となり果てた今、俺はようやくそれに気がついた。 それを思うと俺は今も胸を焼かれるような悔いを感じる。
03:02
俺にはもはや人間としての生活はできない。 たとえ今俺が頭の中でどんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段で発表できよう。
まして俺の頭は日ごとに虎に近づいていく。 どうすればいいのだ、俺の空飛された過去は。
俺はたまらなくなる。 そういう時俺は向こうの山の頂の岩に登り、空谷に向かって吠える。
この胸を焼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。 俺は昨夕もあそこで月に向かって吠えた。
誰かにこの苦しみがわかってもらえないかと。 しかし獣どもは俺の声を聞いてもただ恐れひれ伏すばかり。
山も木も月も梅雨も一匹の虎が怒り狂ってたけているとしか考えない。
天に踊り地に伏して嘆いても誰一人俺の気持ちをわかってくれるものはない。 ちょうど人間だった頃俺の傷つきやすい内心を誰も理解してくれなかったように。
俺の毛皮の濡れたのは夜梅雨のためばかりではない。 しばらく辺りの暗さが薄らいできた。
木の間を伝ってどこからか行客が悲しげに響き始めた。 もはや別れを告げねばならぬ。
酔わねばならぬ時が。 虎に帰らねばならぬ時が近づいたから。
と李徴の声が言った。 だがお別れする前にもう一つ頼みがある。
それは我が妻子のことだ。 彼らはまだ郭略にいる。
もとより俺の運命については知るはずがない。 君が南から帰ったら俺はすでに死んだと彼らに告げてもらえないだろうか。
決して今日のことだけは明かさないで欲しい。 厚かましいお願いだが彼らの孤弱を憐んで今後とも道徒に祈祷することのないように計らっていただけるならば
自分にとって恩公これに過ぎたるはない。 言い終わって早中から道国の声が聞こえた。
縁もまた涙を浮かべ喜んで李徴の意に沿いたい胸を応えた。 李徴の声はしかしたちまちまたさっきの自重的な調子に戻っていった。
本当はまずこのことの方を先にお願いすべきだったのだ。 俺が人間だったなら。
飢え凍えようとする妻子のことよりも己の乏しい修行の方を気にかけているような男だから こんな獣に身を落とすのだ。
そうして付け加えていうことに縁さんが霊団からの人には決してこの道を通らないでほしい。 その時には自分が酔っていて友を認めずに襲いかかるかもしれないから。
06:06
また今別れてから前方百歩のところにあるあの丘に登ったらこちらを振り返って見てもらいたい。 自分は今の姿をもう一度お目にかけよう。
優に誇ろうとしてではない。我が醜悪な姿を示してもって再びここを過ぎて自分に会おうとの気持ちを君に起こさせないためであると。
縁さんは草むらに向かって年頃に別れの言葉を述べ馬に上がった。 草むらの中からはまた絶えざるがごとき悲急の声が漏れた。
縁さんも幾度か草むらを振り返りながら涙のうちに出発した。 一行が丘の上に着いた時彼らは言われた通りに振り返って先ほどの林間の草地を眺めた。
たちまち一匹の虎が草の茂みから道の上に踊り出たのを彼らは見た。 虎はすでに白く光を失った月を仰いで二世三世奉公したかと思うと
また元の草むらに踊り入って 再びその姿を見なかった。
07:22

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